あなたの隣のプレインズウォーカー 第80回 まだまだ! 『灯争大戦』

若月 繭子

この先には2019年4月23日発売の書籍「War of the Spark: Ravnica」(もしくは「灯争小説」と表記します)を資料とする「ネタバレ」が含まれていることをご了承下さい。

こんにちは、若月です。

先日、『灯争大戦』Magic Storyウェブ連載が完結しました。「ダイジェスト版」として少々駆け足感は否めないかもしれませんが、元のあの長い物語がすっきりとまとまっていたと思います。

なにせ元はこの分厚さですから。そしてウェブ版は、語り手の視点である都合上、網羅されなかった箇所もたくさん存在します。ボーラスを裏切るに至るリリアナの心情、ジェイスとヴラスカの詳細、ニヴ=ミゼットの死は実際どういうことだったのか、などなど。そちらは元小説を読むしかないのですが、正直私自身喋りたくてたまらないことばかりでした。ウェブ連載が完結してもう大丈夫でしょうということで、詳しく書きます!!

とはいえ、どうやら各国語への翻訳の話は出ているようです。いや、まだだ……まだ喜んではいけない……日本語版が出るとアナウンスされない限りは……!

『灯争大戦』関連過去記事一覧

1. ウギンとボーラス

人知を超えるもの、ウギン龍神、ニコル・ボーラス

『灯争大戦』の物語にボーラスだけでなくウギンも登場するというのは、カードが存在することから早い段階でわかっていました(実は36人の中には、小説・ウェブ連載の両方で一切登場していなかったプレインズウォーカーもいるのですが……まあそれは別の話)。

そして、ボーラスの動きは何枚ものカードからはっきりとわかりました。城塞と彫像を築き、次元橋から永遠衆と永遠神を送り込み、プレインズウォーカーの灯を収穫し……ですがウギンの動向は謎でした。本人以外でウギンが関係していそうなカードはわずか2枚、それを見てわかるのは「瞑想領土で何かしているらしい」というくらいでした。

ウギンの召喚体啓示の終焉

《啓示の終焉》フレイバーテキスト

ウギンは、ボーラスと瞑想領土を繋ぐその宝石が、彼を滅ぼす鍵になると目星をつけた。

なおこのフレイバーテキスト、日本語では「彼」になっていますが英語は「his brother」ボーラスとウギンが双子であるとカードでも示されたのは、これが初めてです(設定の初出は『基本セット2019』ですが、物語は後になって決まったため、カードの方にウギンは一切登場せず)。そういうわけでウギンについては小説待ちでした。

そして2019年4月23日、いざ手元にきたもの(電子書籍版)を読み始めると……いきなり「Spirit Dragon」と「Dragon Spirit」が瞑想領土で会話をしている。なんだこれ? スピリットドラゴンがウギンなのはわかるけど、ドラゴンスピリットはこれ誰だ?

小説「War of the Spark: Ravnica」チャプター1より訳

ドラゴンの霊はこの物言いに腹を立て、半透明の肩を怒らせ、薄赤の翼をわずかに広げた。

赤い翼のドラゴン、の霊。つまり……ドラゴンスピリットは「なんかよくわからないけど、すでに死んでいたらしいニヴ=ミゼット」、だと理解するまでしばらくかかってしまいました。ニヴ=ミゼットはボーラスに倒されて死亡したものの、その霊体をオルゾフの技術で保存しており、それが何でも、サルカンの手によって瞑想領土のウギンのもとに持ち込まれた……のだと。複数のカードから「ニヴ=ミゼットはどこかで死んで再誕する」ことはわかっていたので、かろうじて理解できました。でも、物語開始時点で死んでいるとは思わなかったんですけど!

失礼、ウギンの話をしていたのでした。そこから物語を読み進めるも、一向にウギンの気配はなく……ボーラスが時々回想で名前を出す程度で……サルカンが登場しても特に何もなく……そしてリリアナによってボーラスは倒されてしまった。永遠神に灯を奪われ、すさまじい断末魔を残して消えていった……あれ?

灯の燼滅

Magic Story「ラヴニカ:灯争大戦――結末の灰燼」(『灯争大戦』第6話)より引用

私はたった3歩進んだところで、ボーラスが消えてくのを見つめた、ついさっきジュラ氏が消えていったのと同じように。そして、消えながら、ボーラスも吠えて、一粒また一粒、それは風に吹かれて散っていった。

ウェブ連載版でもこの通り。あれ?じゃあ《牢獄領域》は一体どういうこと?これに関しては、エピローグを読み進めると真相が明らかになりました。リリアナによってボーラスが倒される直前、ジェイスはウギンから精神的接触を受けました。ボーラスを殺してはならない、と。

小説「War of the Spark: Ravnica」チャプター67より訳

『ジェイス・ベレレンよ、考えるのだ。ボーラスはかつて一度死亡し、さらに危険な存在として蘇った。我もまた死亡し、その結果が今の姿だ。死したニコル・ボーラスがその双子の片割れと同じ精霊龍となって蘇ってくる可能性は?そのボーラスに、おぬしは対峙できると思うか?』

『双子の片割れ?けどボーラスを生かしては――』

『誤解するでない。片割れがどのような存在かは熟知しておる。力を貸すのだ、我は生けるボーラスを永劫の牢獄に封じ、我自らその永劫の看守となろう。我らは共に去る。永遠に。単純な安全策ではなく、多元宇宙の安全を確かなものとする唯一の策だ』

『そこまで決心してるんでしたら、俺に何をしろっていうんですか』

『おぬしらはボーラスを打ちのめし、弱らせておる。だがそれでもあやつは強大なる古龍であり、望んで共に来るはずもない。この地から連れ出すには我が全力を必要とするであろう。我らの諍いを隠すのだ。仲間のプレインズウォーカーからも、そうでない者からも。ニヴ=ミゼットからも。ボーラスが生きているという事実を隠すのだ』

世界を騙せ。ジェイスはウギンに言われた通りに、幻影を用いてボーラスの死を偽装しました。悟られないよう、ボーラスの断末魔を念入りにリリアナの心にまで響かせて……その際、ギデオンの犠牲を受けた彼女の心を、悲しみで砕けそうな彼女の本心を、ジェイスは知ってしまいます。リリアナのことはきっぱりと見限ったジェイスでしたが、それは、慰めの言葉を伝えたいと思うほどに痛く切ないものでした……慰め、それが彼女にとってはたまらなく辛いものだとしても。

そして灯を失い、酷く弱ったボーラスをウギンは瞑想領土へ連れて行きました。力を失った片割れを、自分の翼に包んで。それでも本来プレインズウォーカーのみが通過できる久遠の闇を旅することは、ボーラスにとってはとてつもなく過酷なものでした。彼が瞑想領土で意識を取り戻すまで数週間、傷が癒えるまでには数か月を要しました。

牢獄領域

角の間の球がなくなっているだけでなく、黄金に輝いていた体色もくすんでいる。このカードについてはマローからもある程度のネタバレがありました。

公式記事「さらにさらなる大戦のゲーム」より引用

物語の終わりに、ボーラスは灯を奪われ、彼の瞑想領域に(看守としてのウギンとともに)囚われた。それを表すカードが欲しかったので、このセットの《忘却の輪》にその役割を与えることにした。このカードでプレインズウォーカーを追放できるようにしたので、物語の流れにも合っている。

生達の池

瞑想領土は、もともとウギンのものでした。それをボーラスが奪ったのですが、今回ウギンはサルカンの協力を得て取り戻していました。《人知を超えるもの、ウギン》の背景は見るからに瞑想領土、けれどその角の形状はウギンのそれということでこれは何だ? と思われていましたね。

《牢獄領域》フレイバーテキスト

何千年にもわたって勝利を画策してきたボーラスは、敗因を熟考する永遠の時間を手に入れた。

敗因を熟考。元小説では、ウギンが延々と敗因をボーラスに聞かせていました。ニヴ=ミゼットを侮っていたこと、ハゾレトの槍を失念していたこと、そしてプレインズウォーカー達の力を、結束を、覚悟を過小評価していたこと……もうやめてあげて!ボーラスのライフはゼロよ!!そのように灯を失ったという事実を、ただの老龍へと成り果ててしまったという事実を突きつけられ、ボーラスは片割れへと反論しようとしたのですが。

小説「War of the Spark: Ravnica」チャプター68より訳

否定することを止めず、定命の龍は吼えた。「いかなる牢獄であろうと、この我、……」

困惑に、言葉が途切れた。自分の名が。生まれ出た時の名、そして自ら与えた名が。それが、出てこないなどと――

『おぬしはもはや名を持たぬ』

精霊龍の思考が片割れに届いた。『どちらの名も。おぬしは生まれながらの真の名と、自ら与えた名の力をもはや持たぬもの。名もなきもの。無なるもの』

ようやく彼は気づきました。自分の、名前が、出てこない。生まれ持った名前も、自ら名乗った名前も、出てこない。それはまるで、全てを失ったに等しいようで……。

小説「War of the Spark: Ravnica」チャプター68より訳

『片割れよ、思い知るがよい。我こそおぬしの残されし生涯の牢番、決して逃しはせぬ。おぬしの策略、陰謀……小さき夢の全ては終わりを告げた。幕は下りたのだ』

力も名も失い、双子の片割れに見守られて、内省のうちに死までの時を過ごす……それがボーラスのエンディングとなりました。「ボーラスは死んでいない」ことを知るのは、ウギンとジェイスだけです。ボーラスへの復讐の企ては、そのままボーラス解放への危険に繋がる……というウギンの主張にはジェイスも反論しませんでした。ウェブ連載版のエピローグでジェイスがどこか投げやりだったのは、主にこの心労のせい。ギデオンの死と同等に、この件はジェイスの心に重くのしかかったのだと思います。

小説「War of the Spark: Ravnica」チャプター67より訳

肉体的、精神的、道徳的にも疲労しきって、ジェイスは広場に座り込んだ。隣ではチャンドラとニッサが号泣していた。そして2体のドラゴンと、リリアナは姿を消した。

今、チャンドラとニッサはギデオン・ジュラの鎧を抱いて歩きながら、ボーラスを倒すために全てを捧げた男を悼んでいた。ジェイスはその隣で、自らの一歩一歩が、偽りであるように感じていた。

最近はあまりそうでもないですが、とにかく「死」というのが信用ならないのがマジックの世界。ヨーグモスなんて、いつまでも復活の要望が出ては公式が死を強調しています(ところで『モダンホライゾン』でカード化おめでとう!)。一方ボーラスは再起不能な程に弱り、永遠に収監。共に生まれ共に成長した片割れと、けどやがて決裂した片割れと、最後には一緒に……これからの長い時を、2体はどんな会話を交わして過ごすのでしょうね。

2. ソリンとナヒリ

小説「War of the Spark: Ravnica」チャプター43より訳

そして何やら不可解な理由から、他の全員がボーラスの軍勢と勇敢に戦っているにも関わらず、石術師ナヒリはやや遠方の建物の上にいた。そして吸血鬼のプレインズウォーカー、ソリン・マルコフとの戦いに没頭していた。

(マルコフは壁に閉じ込められていたと誰か言っていなかったか?)

ギデオンはその馬鹿2人(※原文:two idiots)のもとへ飛んで行き、一体何を考えているのかと問い質したかった――だが時間と労力を無駄にはできなかった。

_人人人人人人人人人人人_
> 馬鹿2人/two idiots <
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復讐に燃えた血王、ソリン石の嵐、ナヒリ一騎打ち

日本語版限定イラストでは両者対峙していてかっこいい。《復讐に燃えた血王、ソリン》《石の嵐、ナヒリ》《一騎打ち》がまとめて公開された時は、多くのプレイヤーが笑い、頭を抱え、また「ウギン早くどうにかしろー!」と叫んでいました。私も全くもって同じでした。滅多に人を悪く言うことなんてないあのギデオンが「馬鹿2人」なんて呼んだり、相手にするのは時間の無駄って思うとか相当だぞ。

ちなみによく「痴話喧嘩」と言われていますが、設定上この2人の関係はむしろ父娘とか師弟という感じです。いやこれはイニストラード影ブロックが男女の喧嘩に満ちていたのが悪い(別に悪くない)。

『異界月』にて、ソリンはナヒリとの一騎打ちの末に岩の中に閉じ込められてしまいました。そして「岩に噛まれ続け、痛みのために集中できずプレインズウォークでの脱出は叶わない」ということになっていました。では、どうやって脱出したのでしょうか?オリヴィアとか、生きているならエドガーにでも助けられたのか、それとも《次元間の標》の吸引力が相まって(かなり強かったらしい)痛みに打ち勝ったのでしょうか。

ちなみに2人が勝手に喧嘩していた場面は、前回の記事で紹介した《永遠神ロナス》&永遠衆軍団との戦いのさなかです。この少し前、アゾリウス評議会本部にギルド代表者とプレインズウォーカーが集合する場面があったのですが、小説版ではナヒリが誰かを探すようにきょろきょろする様子が見られました。一方ソリンの姿は(少なくとも描写は)ありませんでした。すぐ後に来たのか、それとも見つけたけれど会議の場で喧嘩をふっかけるのは我慢したのか。

ソリンの渇き

よく見るとこの背景は《王神の立像》じゃないか。ボーラスも多分呆れているぞ。さらに言うとこれクリーチャーしか対象に取れないから、ソリン本当はナヒリを傷つけたくはないんじゃ?とはいえ、2人は喧嘩しているだけではなかったとフォローしておきます。物語中盤で一度《不滅の太陽》がオフにされ、その際に多くのプレインズウォーカーがラヴニカを去りました。ですが、その後に勃発した永遠衆との大規模戦闘において、ソリンとナヒリ両方の姿が確認されていました。それも、しっかり一緒にいる様子が。

Magic Story「ラヴニカ:灯争大戦――結末の灰燼」(『灯争大戦』第6話)より引用

吸血鬼のプレインズウォーカーが1人、ものすごい力で永遠衆の首を次から次へと落としていた。一緒にいるコーのプレインズウォーカーは石を鋭く尖らせて一度に3体か4体を突き刺していた。

両者とも、無関係の次元に閉じ込められていい気分なわけはありません。周囲を気にせずに喧嘩を続けたいならさっさと立ち去っていたでしょう。この場面に至るまでに何があったのかは語られていませんでしたが……。何度も言うけれど、私は仲の良い2人をまた見たいんだよ。大修復を経て吸血鬼のソリンはそのままでも、ナヒリは普通のコー並みの寿命になっただろうから、ナヒリの方が先に年老いていっちゃうよ……?

ちなみに、牢獄領域へ引きこもったウギンがこの2人に接触していったか否かはわかりません。タルキールの時の描写を見るに、ソリンにとってウギンは「多少ウザい年長者」でもあったでしょうが、それを置いても大切な友人だったと思うのです。再編前の歴史でソリンがウギンの死を知った時、《苦々しい天啓》で見せてくれた切ない表情が忘れられません。何も言わずに別れになってしまったとしたら、それはとても悲しいよなあ。

3. ヴラスカとジェイス

群集の威光、ヴラスカ神秘を操る者、ジェイス

お待たせ!『イクサラン』、『イクサランの相克』にて確かな友情と信頼を築いた2人。「デートの約束」はしたけれど、戦いが終わってもし生き残ったら実際その関係はどうなっていくのだろう、種族も違うし……と思っていました。どんな過程を辿ったのか、やっと詳しく語れます!一部は第78回からの繰り返しになってしまいますが改めて。

実のところ、この2人はイクサラン次元で思い描いた理想的な動きを取ることはできませんでした。そこには様々な要因がありました。

ゴルガリの女王、ヴラスカ

ヴラスカの記憶は、実は、同じゴルガリ団の精神魔道士によって早くに戻っていたのだそうです。まあ確かにゲーム的には《誘導記憶喪失》が外れれば、ってことですからね。緑にとってエンチャント破壊はなんら苦ではありませんし。ですが、記憶が戻ってもヴラスカはボーラスに反逆することができませんでした。ゴルガリ団は弱肉強食、常に何人もの実力者がトップの座を狙っています。ボーラスの後ろ盾を失ったなら、「ゴルガリの女王」という地位を維持することは不可能に思われたのでした。

クロールの死の僧侶、マジレク

さらに、ヴラスカの右腕であったマジレクもまたボーラスの手下だと明らかになりました。彼が使役する古のゾンビ軍団、往時軍。ヴラスカがギルドマスターであり続けるにはその力が不可欠でした。そして記憶が戻っていても、その後に続く結果がわかっていても、ヴラスカはアゾリウス評議会へ復讐したいという欲求を抑えることはできませんでした。『灯争大戦』物語序盤、ジェイスはラヴニカに帰ってくるとすぐにラヴィニアからその出来事について説明を受けます。

ギルド会談暗殺者の戦利品

小説「War of the Spark: Ravnica」チャプター7より訳

「その計画は瓦解しました。ボーラスはすでに暗殺者ヴラスカを雇っており、ゴルガリ団のギルドマスターの――女王の座に就く手助けをしました。ヴラスカはギルド会談の最中にイスペリア様を暗殺し、それによって全ギルドは敵対する結果となりました」

ジェイスは何も表情に出さなかったが、内では自らへの怒りに震えていた。

全部、俺のせいだ!

誘導記憶喪失

『イクサランの相克』にて、ヴラスカの記憶を預かったジェイス。そしてヴラスカはラヴニカへ戻り、その間にジェイスはゲートウォッチを集めて対ボーラスの作戦を練り、ラヴニカに帰還したならすぐにヴラスカの居場所を探し、記憶を返し、共にボーラスを倒す……という想定でいました。

ですが、ジェイスは思った以上に時間を食ってしまいました。すぐにゲートウォッチを連れて行こうと思ったものの彼らはドミナリアでの用事にかまけており、さらにジェイスはゼンディカーへ赴いてニッサを探し、戻ってくるように説得したのですが、数週間をかけたそれは無益に終わっていました(後にニッサは自分で来ましたが)。

そして――どうもここからは『ラヴニカの献身』(アートブック)と『灯争大戦』(小説及びウェブ連載)とで記述が食い違っており、推測するしかないのですが、《有事の力》においてギルドパクトの権限をニヴ=ミゼットに移譲する作戦を実行した際、(暗殺の件があっても色々なものを乗り越えて参加した)ヴラスカが土壇場で裏切ったようなのです。ちなみに元の、ラヴニカアートブックでの記述はこうです。

書籍「The Art of Magic: The Gathering – Ravnica」P.226より訳

他ギルドの協力が無くとも、ラル・ザレックはニヴ=ミゼットの計画を遂行すべく仕組んでいました。ギルドパクトを転換させ、その究極の力と顕現を手にするというものです。彼は全ギルドの領域に通る魔力の集積点へと接続する装置を開発しました。それはニヴの計画との協調を拒んだギルドも含まれています。

ドビン・バーンもその計画に加わりましたが、ボーラスのラヴニカ到来が迫っていました。ドビンはその装置を破壊し、ギルドパクトは損なわれることなく残りました――不在のジェイス・ベレレンをその体現として。

そしてニヴ=ミゼットは古く強大なドラゴンのままでした。ラルはかろうじて標を起動し、ボーラスとの戦いを多元宇宙全てのプレインズウォーカーへと呼びかけました。ですが遅すぎました……ボーラスが襲来したのです。

有事の力

『灯争大戦』の小説序盤に、この直後と思しき場面があるのですが、アゾリウス評議会からの参加者としてドビンではなくラヴィニアがおり、ヴラスカが裏切ってプレインズウォークで逃亡し、またその裏切りのために、ラクドス教団からの参加者ヒカラ(ウェブ版にも登場)が死亡したことが語られています。ニヴ=ミゼットが死んでいたことも合わせて、しばらく私は「?????」でした。繰り返しますがはっきりとしたことはわかりません、あくまで私の推測です。

ただ現在、『灯争大戦』前日談の配信がこちらで進行しています。そしてこれがまさしく「Magic Story『ラヴニカのギルド』本編」とでも言えるような内容であり、近いうちに具体的な真相が語られるかもしれません。こちらの展開も追って取り上げたいと考えています。

そして、逃亡したヴラスカがどこに行っていたのかというと。

氷河の城砦

……懐かしきイクサラン、孤高街。ヴラスカはかつての仲間の姿を遠巻きに見ながら、標が起動されたことを感じます。ジェイスはこれに応えてラヴニカへ戻ってくるのだろうか?けれどヴラスカは今は戻れないと感じました。ゴルガリ団に戻ったところで、もはや後ろ盾はない。そしてジェイスに合わせる顔もない……。

一方のジェイスも、苦しい状況にヴラスカを想います。しばしば幻影で虚勢を張るジェイスですが、逆にそれを用いない時は無防備に自らの感情をさらけ出します。特に親しい友人の前では。

Magic Story「ラヴニカ:灯争大戦――結束という難問」(『灯争大戦』第3話)より引用

「ヴラスカの復讐は正当な権利だ!」 ベレレン氏の声は低くて小さくて、聞き取るために私はちょっとだけ乗り出さないといけなかった。けどその言葉にこもった熱はよくわかった。「君は知らないんだ。彼女の過去を」

「ああ、知らない、と思う」 ジュラ氏はいくらか驚いて言った。

私にはわかった。少なくとも、ベレレン氏はヴラスカ様に何かこう恋してるんだって。そして考えてみた。すごく可愛い組み合わせじゃない?

この『灯争大戦』ウェブ連載版は、門なしの16歳の女の子、ラット(アレイシャ)の視点で語られていまして、その子が見て曰く「恋してる」「可愛い組み合わせ」。つまりしっかりそういう関係に向かって行くんだねえ、と。そしてギデオンも、ジェイスの声色にある熱に気付きました。ギデオン視点で同じ場面を小説版から。

小説「War of the Spark: Ravnica」チャプター32より訳

「ああ、知らない、と思う」

ジェイスにとってヴラスカは何だ?明らかに、ただの暗殺者以上のものだ。前はリリアナ、今はイスペリアの暗殺者を?ジェイスはどういう好みをしているんだ。

まあ、そう思う気持ちはわかる。そもそもリリアナがゲートウォッチに加入した時、ジェイスはどう紹介したんでしょうね。2人の仲については、ゲートウォッチの皆どこかで把握に至ったようですが。ちなみにチャンドラはこんな感じでした。小説序盤から、リリアナについて思いを巡らす場面です。

小説「War of the Spark: Ravnica」チャプター3より訳

5人全員(※ギデオン・チャンドラ・ヤヤ・カーン・テフェリー)が、リリアナは真の友人であり仲間だと強く思っていた――上手に施した我儘の外面があろうとも。リリアナも、自分達を気にかけてくれていた。ジェイスのことも。もしかしたら、特にジェイスのことを。

あの2人、付き合ってたんでしょ?

恋人繋ぎでラヴニカを歩く2人の姿も、今や懐かしい。ちょっと話がずれましたね。

小説「War of the Spark: Ravnica」チャプター25より訳

イクサランでヴラスカと共に過ごした時間でジェイスは変わった、きっと良い方向に。リリアナの哀れな手駒として遊び、謎を解き、真に負いたくもない責任を友人たちに抱えさせることはしたくなかった。

ジェイスは、ヴラスカの黄金色の瞳を通して自らの本当の可能性を見ることで、別の生き方を見つけたと思った。だがヴラスカの影響を離れるや否や、昔の姿に戻ってしまうのだ。

同・チャプター47より訳

イクサランでヴラスカと共に過ごした時間は、ジェイスに多くのことを教えてくれた。ヴラスカは海賊であり、暗殺者であり、ボーラスの協力者だった。その上、芽生えたばかりの自分達の関係は、リリアナとのそれがいかに不健全なものだったかを純然と突き付けた。

同時に元カノをディスる。お前なあ。ジェイスはこの47章にて、リリアナ殺害作戦を指揮します。この状況を選んだのはリリアナであり、もう戻れないところへ来てしまったのだから……と未練を振り払って。そしてテフェリーがリリアナの時間を遅らせ、ヤヤが炎を、ビビアンが矢を用いて一斉攻撃を仕掛けたのですが、ヴェールの力とボーラスの介入があってそれは失敗に終わりました。撤退しながらも、ジェイスは心のどこかでほっとしたことを否定できませんでした……。

秘宝探究者、ヴラスカ

やがて物語後半、次元間の標が切れたことを知るとヴラスカは海賊姿のままにラヴニカへ帰還します。戻ってきた目的については彼女自身、まだ迷いがありました。けれどそれは戦うためでした、ゴルガリの民のために。ヴラスカは部下から報告を受け、ようやくジェイスの現状を知ります。

小説「War of the Spark: Ravnica」チャプター42より訳

「前ギルドパクトの体現者の仲間が、市民の避難を率いております」

「前?」

「その通りです、女王陛下。ベレレン氏はおりますが、ギルドパクトの力は保持しておりません」

ようやく、ヴラスカはジェイスがラヴニカにいることを知った。

当然だ、あいつは戻ってきた。けど私の魂を救うには遅すぎた。私の内に、救う価値のある魂があるのなら。そもそも、私に魂があるのなら。

辛い状況の中、ジェイスについて知ることができて彼女は少なくとも安堵します。ちなみに、ジェイスがギルドパクトの力を失ったのは、庁舎の位置に《次元橋》が現れてギルドパクトを構成する力線が切断されたため。ヴラスカはラルとケイヤの未だ懐疑的な視線を受けつつも、協力を申し出ました。そしてアジャニやファートリと合流し、襲撃を受けていた人々を地下道へ避難させます。ウェブ連載版にこんな場面がありました。

Magic Story「ラヴニカ:灯争大戦――退路なき任務」(『灯争大戦』第4話)より引用

ヴラスカ女王はエルフの小さな女の子を手渡されて――5歳か6歳くらい――その子はゴルゴンの胸に顔を埋めて、恐怖と悲しみに泣きじゃくってた。女王は驚いたようで、けどその子をしっかり抱きしめていた。

実はここにはとても切ない真実があります。小説版がこちら。

小説「War of the Spark: Ravnica」チャプター42より訳

ヴラスカは5、6歳のエルフの少女を手渡された。この子のことは知っていた――ギルドマスターの座に就くために、ボーラスの助力を得て抗争を起こした際、この子の父親を石へと変えたのだった。その石像は、純粋な恐怖を永遠にその顔に貼りつけたまま、玉座の左3番目に陳列されている。この子が自分の正体を、もしくは今の状況における役割を知っていたとしても、その様子は見せていなかった。ただ、この怪物の胸に顔を埋め、恐怖と悲しみに泣きじゃくっていた。

自分の罪に底はない、とヴラスカは実感します。そして突入してきた永遠衆を石に変えてこの子を守りながらも、心は揺れました。自分はあまりに多くの友を裏切ってきた。この先死ぬとしても当然のこと。それでも……その前に、何かできることをしようと。ゴルガリには多くのものを負ってきた。自分への償いはできなくとも、人々への償いはできるのだと。

そんな紆余曲折と困難を乗り越えて、最終決戦前。ようやくジェイスとヴラスカはきちんと再会を果たしました。

Magic Story「ラヴニカ:灯争大戦――結末の灰燼」(『灯争大戦』第6話)より引用

「ジェイス」 ヴラスカ女王は言葉を詰まらせた。

ベレレン氏は振り向いて、立ち止まって、微笑んだ。そして片手をそっとヴラスカ女王の首後ろに回すと、背伸びをして額を近づけて囁いた。「ごきげんよう、船長」 すごく小さな声で、実際、私が完全に2人の世界に割り込んでなかったら、聞こえなかったくらいに。

小説版はヴラスカ視点で語られていまして、こちらになります。

小説「War of the Spark: Ravnica」チャプター52より訳

広場に向かいながら、ヴラスカはジェイスに背後から近づいた。話す機会は未だに持てていなかった。ジェイスが何を知っているのか――どう反応するのか――わからず、けれど乗り越えたいと思っていた。乗り越える必要があった。

「ジェイス」 声を詰まらせながら、ヴラスカは呼びかけた。

ジェイスは振り向き、立ち止まり、微笑んだ。そして片手をそっとヴラスカの首後ろに回すと背伸びをして、額を近づけて囁いた。「ごきげんよう、船長」 自分へと向けてくれる信頼に、ヴラスカの心は砕けそうだった。

背伸びをして。そうジェイスの方が低いんだよね、可愛いじゃないか。時間はかかったけれど、上手くは進まなかったけど、それでも「船長」って呼ばなければ本当の再会じゃない、ここからまた始めようという意志なんだろうなと思いました。

そして、ジェイスがリリアナのことを自嘲気味に「元カノ」と呼ぶ様子に、自分はどうなんだとヴラスカは尋ねます。ジェイスは少し慌てました。元カノじゃない、少なくとも恋人同士にすらなっていないのだから……それなら。2人は新しい約束を交わしました。生き残ったら、その関係になろうと。

小説「War of the Spark: Ravnica」チャプター52より訳

ヴラスカはジェイスの手をとった。そんな自分達をラル・ザレックが睨み付けていた。イスペリアを暗殺した悪名高いゴルゴンとの関係や諸々が、すでに傷ついた前ギルドパクトの名声を回復しはしない、それはわかっていた。けれどジェイスがそれを気にしないのであれば――ジェイスがラルへとあざ笑うように手を振って見せた時の笑みからは、気にしていないように見えた――ヴラスカも気にしないことにした。

明日、生き延びたなら。

不意に、ヴラスカは心から思った。生きよう、と。

先ほどは自分の行いを悔いて「死んでも当然」と思っていたヴラスカは、こうして生きる目的を見出しました。そして最終決戦での地上軍に2人も加わり、ヴラスカはカットラスと石化能力で、ジェイスは不可視状態になって幻影で永遠衆を攪乱して活躍していました。味方にも見えないため、イゼット団の火炎放射部隊に燃やされそうになっていたのは笑いどころでしたが。

戦いは誰もが思いがけぬ方向に進み、ギデオンの犠牲によって救われたリリアナが永遠神を用いてボーラスの灯を食わせ、跡形もなく消滅させました――ジェイスがそう偽装しました。そちらの詳細は上述したウギンとボーラスの結末を参照です。そうして心に負ったものは大きくとも、2人とも最後の戦いを生き延びました。

ところで繰り返しますが、『灯争大戦』ストーリーは小説版とウェブ版とで展開こそ同じですが、語り手が異なっています。小説版、ラヴニカサイドのエピローグはテヨ視点のため、ウェブ版で触れられなかった(触れようがなかった)場面がいくつか存在します。そのひとつが、ヴラスカとジェイスの。

小説「War of the Spark: Ravnica」チャプター67より訳

ジェイス・ベレレンがヴラスカの背後にそっと進み出て、肩を叩いた。ヴラスカは振り返り、2人は向き合った。ジェイスはどこか老け込んだように弱々しく見えた。ヴラスカは表情を和らげ、腕をジェイスの背中に回して抱擁した。ジェイスも抱擁を返した。しばしの間、2人はそのまま動かずにいた。言葉はなかった。そして、2人は口付けを交わした。

……おめでとう。

ちなみに、この直前にラルとトミクのもあって、テヨは続けて見せつけられているのである。ところで覚えている人もいるかと思いますが、ヴラスカは他者に触れられることをひどく怖れます。かつてアゾリウス評議会に捕らわれていた時に受けた仕打ちと、その傷によるものです。それがイクサラン次元にて、過去の辛い記憶を取り戻してむせび泣くジェイスをヴラスカは抱きしめました、この時は心からそうしたいと思ったのでした。そしてこの無言の、長い抱擁。まるで、先に進んでも大丈夫かを確かめるかのように。大変だったけど、2人はここまで辿り着いたんですよ。

共にボーラスに立ち向かうという約束はあまり果たせなかったけれど、一緒にブリキ通りでコーヒーを飲むことはできるよね。終わりよければ、ってことでいいじゃないですか。恋愛フラグは死亡フラグとはよく言うマジックの世界。なのにボーラスの野望に関わって、揃って生き延びただけでも万々歳です。

……しかしゲートウォッチメンバーにとっては、ジェイスはリリアナと別れたと思ったらもう次の彼女がいる、って状況ですよね。チャンドラとかは「何なのこいつ」って目で見てそう。

4. まだあります

ダク・フェイデン

月イチ連載のペースを完全に無視するくらい、『灯争大戦』についてはまだまだ語りたいことがたくさんあります。今回の死亡者の1人、ダクについても……今だから言うけど私、いつか通常セットでフィオーラ次元(『コンスピラシー』シリーズの舞台、ダクの故郷)に行ってそこで彼の物語を読みたかったんですよ。叶わない願いになってしまった。

盾魔道士、テヨ放浪者謎めいた指導者、カズミナはぐれ影魔道士、ダブリエル

そして、新キャラ達についても。ウェブ連載でテヨ君の頑張りと純粋さと健気さに打たれた人は多いのではないでしょうか。放浪者さんは色々推測されていますが、小説を読む感じ……なんていうかな、なんかこういう人。サルカンとは知り合い。特に過去キャラではなさそうだと私は思いました。

黒き剣のギデオン戦慄衆の将軍、リリアナギデオンの犠牲

この2人については7月に書く予定です。ギデオンで始まったこの連載、その8周年の節目にきっと、じっくりと。

(終)

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若月 繭子 マジック歴20年を超える古参でありながら、当初から背景世界を追うことに心を傾け、言語の壁を越えてマジックの物語の面白さを日本に広めるべく奮闘してきた変わり者。 黎明期から現在までの歴代ストーリーとカードの膨大な知識量を武器にライターとして活動中。 若月 繭子の記事はこちら