プレイヤー・オブ・ザ・イヤーへの道

Luis Salvatto

Translated by Nobukazu Kato

原文はこちら
(掲載日 2018/12/12)

序章:マジック25周年記念プロツアー(チーム構築戦);8/3~8/5

マジック25周年記念プロツアーが終わった、日曜日のことだ。俺が所属するチーム、Hareruya Latinは2つのチームに分かれ、このチームプロツアーに参加していた。それぞれ6位とトップ4に入賞し、大満足の結果に終わった。Hareruya Latinとしても、プロツアー・ポイントを合算するとプロツアー・チームシリーズで1位になり、Ultimate Proとラスベガスで栄光をかけて戦うことになった。

Hareruya Latin

Hareruya Latin
※画像はMAGIC: THE GATHERINGより引用しました。

そんなとき、友人たちがこんなメッセージを送ってきた。「ルイス、プレイヤー・オブ・ザ・イヤーになれる可能性がまだあることに気づいてる?今シーズンはまだグランプリが6つも残っていて、ルイスはセス・マンフィールド/Seth Manfieldと3ポイント差リード・デューク/Reid Dukeと2点差の状況なんだよ?」 (プレイヤー・オブ・ザ・イヤーはシーズン中に獲得したプロツアー・ポイントで争われるが、グランプリで獲得したプロツアー・ポイントは上位6戦分のみが加算される。俺はそのうちの3つの枠のプロツアー・ポイントが1点、1点、0点だった。)

Seth Manfield

セス・マンフィールド

Reid Duke

リード・デューク

束の間の休息、そして決意

この話を聞いたのは、故郷のアルゼンチンを離れて1か月が経とうとしていた頃だった。グランプリ・サンパウロ2018に参加し、その後グランプリ・ミネアポリス2018、マジック25周年記念プロツアーと立て続けに参加していたからだ。俺は一度故郷へ戻り、以前より予定されていた「Enter the Battlefield」の撮影を行った。だが、心のなかで考えていた。「このチャンスを逃しちゃいけない。何が何でもプレイヤー・オブ・ザ・イヤーを狙いにいくべきなんじゃないか」と。だから、どうすべきかを自分でも考えたし、家族や友人にも相談した。数時間かけた末、俺は決断した。「世界中のグランプリを回ろう。世界一をとろう。」

戦いの覚悟

それから俺は、ブエノスアイレスからオーランドへの航空券と、50日後に使うラスベガスからブエノスアイレスへの航空券をとった。旅の始まりと、旅の終わりの航空券だ。旅の日程は、基本的に毎週末のグランプリに参加するようになっていた。オーランドから始まり、ロサンゼルス、プラハ、リッチモンド、デトロイト、一週間休みを挟んでラスベガスの世界選手権だ。

日程の管理は徹底しようと思った。マジック25周年記念プロツアーが終わった時点ですでに1か月の旅であり、そしてアメリカから故郷のアルゼンチンへ帰り、3日だけ滞在し、また50日間の旅を始める。決して楽とは言えないものだ。国内便のチケットもホテルも予約してなかったし、大会で使うカードも用意しなくちゃいけなかった。

グランプリ・オーランド2018(スタンダード);8/11~8/12

旅の始まりはグランプリ・オーランド2018からだ。フォーマットはスタンダード。使用したデッキはターボフォグで、結果は10-5だった。プレイヤー・オブ・ザ・イヤーの順位を上げることはできなかったが、まだ旅が始まって一発目のグランプリだ。

グランプリ・ロサンゼルス2018(スタンダード);8/18~8/19

次はグランプリ・ロサンゼルス2018。フォーマットはスタンダードで、エスパーコントロールを使うことにした。前週のベストデッキだったからだ。しかし結果は10-5。オーランドに続いて少し不運な部分もあったが、まだチャンスはたくさん残されている。

2つのスタンダードのグランプリに参加した結果、わかったことがあった。それは「前週のベストデッキが今週もベストデッキ」と考えるのは間違いということだ。なぜなら、前週の時点ではベストデッキだったとしても、次の大会ではベストデッキではなくなっているからだ。そして俺は黒赤ミッドレンジをマスターすることが最善だと気づいた。運が巡ってきたときに勝てる可能性が一番高いデッキだ (それに渡辺 雄也が赤黒ミッドレンジを使っていたところを目撃すれば、仮にそのデッキが好きでなくても、赤黒ミッドレンジが使うべきデッキなんだとわかるはずだ)。

渡辺 雄也

渡辺 雄也
※画像はTeam Cygamesより引用しました。

グランプリ・プラハ2018(モダン);8/25~8/26

マイケル・ボンデ

マイケル・ボンデ
※画像はSnapcardsterより引用しました。

そして次はヨーロッパへと戦場を移す。デンマークの マイケル・ボンデ/Michael Bondeの家に滞在させてもらったが、この旅を通じて最高の一週間だったと思う。まるで実家にいるような気分で、友人と時を共にし、マジックをプレイしたりしたんだ。マジックが与えてくれるものはいろいろあるけど、そのなかでも友人の存在は大きい。マジックを通して、世界中のさまざまな人と出会い、友情を育むことができる。こうやって君たちと出会えたのもね。

マイケルの家には水曜日から翌週の水曜日まで泊めてもらった。その間の土曜日に、1時間のフライトでグランプリ・プラハ2018へと向かった。フォーマットはモダン。使うデッキはもちろん青白コントロールだ。自信満々で臨んだが、少し奇妙な開幕になった。

天界の列柱精神を刻む者、ジェイス水没遺跡、アズカンタ

コントロールのミラーマッチで、相手はエスパーコントロールだった。最初の2ゲームはかなりの長期戦で、3ゲーム目を始めたときには、もうそのゲームを終えるだけの時間は残されていなかったんだ。そしてゲームは進行していき、俺は手札が2枚、戦場に忠誠度3の《精神を刻む者、ジェイス》と7枚の土地 (その中には《天界の列柱》《水没遺跡、アズカンタ》もあった) という状況で相手にターンを返した。その時点で相手は、手札が0枚、戦場に《翻弄する魔道士》がいるだけで、相手のライブラリートップは《精神を刻む者、ジェイス》で確認した《翻弄する魔道士》という状況だった。

そして制限時間が終了し、エクストラターンに突入。その4ターン目に俺は相手を倒すことができなかった。盤面は圧倒的に俺の有利だったが、相手はまだこの状況からでも勝てる可能性があるから、投了したくないとのことだった。もうこの状況では勝ち目がないと説明してみたが、彼の言い分もわかる。ルール上は引き分けだからね。

そこで俺はこのマッチを投了することにした。ここで引き分けにしてしまうと、他の引き分けをしたプレイヤーと今後対戦することになる可能性があったからだ。その引き分けたプレイヤーが、コントロールミラーで必要とされる速度でプレイできる人とも限らない。そうすればまた引き分ける可能性が出てきてしまうんだ。それに引き分け自体俺には不要なものだった。目標とするプロポイントを獲得するためには、11-4か12-3が必要だったからだ。

それ以降は何回か負けてしまったものの、10-3というところまでたどり着けた。しかし14回戦のフィーチャーマッチで、優秀なプレイヤーが駆るジェスカイコントロールに敗北。そして15回戦。1ゲーム目も2ゲーム目も土地が3枚で詰まってしまい、またもや敗れてしまった。本当に不運だったと思うが、現実は時として自分が思うよりも過酷だ。また10-5だった……。まぁ人生こんなこともある……。この時点で俺は大会の結果にも、旅にもうんざりしていたし、ストレスも相当なものだった。まさに疲労困憊だ。

グランプリ・リッチモンド2018(スタンダード);9/1~9/2

アメリカへ戻る道のりは長かった。バスに乗り、車を乗り換え、電車に乗り、船に乗り、4時間のフライト。そのときの俺の気持ちがわかるだろうか。故郷から遠く離れ、独りぼっちで、大会で結果も残せない当時の俺の気持ちを。

そして俺はアメリカに戻り、グランプリ・リッチモンド2018に参加した。セスが準決勝まで残ったその一方で、俺は初日8-0だったものの、2日目はふるわず、最終的になんとか11-4という成績で大会を終えた。この時点で俺はセスに3ポイント差をつけられ、リードとは同点で2位タイになった。まだグランプリ・デトロイト2018 (フォーマットはチーム共同デッキ構築モダンで、俺はティアゴ・サポリート/Thiago Saporitoアレクサンダー・ヘイン/Alexander Hayneと出場することになっていた) が残されていたものの、俺は本来行く予定にはなかったグランプリ・ストックホルム2018に参加することを決めて航空券をとった。自分に与えられたありとあらゆるチャンスを逃したくなかったんだ。

グランプリ・デトロイト2018(チームモダン);9/8~9/9

グランプリ・デトロイト2018は思うような成績を残せなかった。

ルイス・サルヴァット

写真左から:ルイス・サルヴァット、アレクサンダー・ヘイン、ティアゴ・サポリート
※画像はMAGIC: THE GATHERINGより引用しました。

チーム全員が勝てるマッチもあったが、何度か接戦をとりこぼしてしまったんだ。チームメイトの二人には恵まれていた。一人は昔からの友人で5色人間を使い、もう一人は最近できたばかりの友人で《硬化した鱗》デッキを使った。二人とも本当にうまいプレイヤーだが、運が味方についてくれなかった。普段ではあり得ないような負け方をした試合が何度もあったし、マリガンも多く、引きも弱かったんだ。2日目を終えて賞金もプロポイントも獲得できなかった。青白コントロールを使った俺個人の成績はよかったものの、プレイヤー・オブ・ザ・イヤーレースではまたも足踏みする恰好になった。

グランプリ・ストックホルム2018(モダン);9/15~9/16

そして……グランプリ・ストックホルム2018。これがラストチャンスだ。再びヨーロッパに舞い戻った俺のことを驚いた人もいたようだった。そしてリードもストックホルムまで、はるばる参加しに来ていたために、観客の注目は俺とリードに注がれることになった。何度もフィーチャーに呼ばれながら、接戦をものにしていったが、プレイヤー・オブ・ザ・イヤーへの道が閉ざされそうな瞬間もあった。

終末

俺はこの大会で最低でもトップ8に残り、セスとプロ・ポイントで並ぶ必要があった。そして迎えた最終ラウンド。勝てばトップ8、負ければトップ8にも入れずプレイヤー・オブ・ザ・イヤーの夢もついえる戦い。ここ数か月で一番緊張したゲームといってもいい。その3ゲーム目、奇跡的に《終末》をトップデッキしたとき、ツキが回ってきているなと感じた。最後の最後で運気が最高潮に達したと思った。俺の執念とあきらめの悪さが報われた瞬間。この勝利が意味するものは大きかった。これまでにしてきた旅も、時間も、努力も、すべてに意味がもたらされた。プレイヤー・オブ・ザ・イヤーの順位はセスとタイの1位になり、歴史に名を刻むチャンスが訪れたんだ。

この旅を通して、俺はいくつもの教訓を得た。なかでも、一緒にいてくれる友人やチームメイトの重要性を痛感した。Airbnbやホテルで友人と一緒に過ごせた俺は恵まれていると思う。独りでいたらあり得なかった輝きにあふれていた。

ルイス・サルヴァット

写真左から:セバスティアン・ポッツォ、ルイス・サルヴァット
※画像はMAGIC: THE GATHERINGより引用しました。

もうひとつの重要な教訓は、結果の良し悪しにかかわらず、大会を楽しむことだ。これは旅路の途中で、彼女と電話で話している際に学んだ教訓だ。シーズン終盤にプレイヤー・オブ・ザ・イヤーを目指して戦えている現状がいかに素晴らしいことか、だからこそこの状況を楽しまなきゃいけないと彼女は俺に気づかせてくれた。もしも新しい目標を達成しようと試みるのであれば、その過程を楽しんでほしい。目標を設定し、それを達成するために精一杯努力している時点で、それはとても素晴らしいことなのだから。その過程を楽しむことができれば、プレイもうまくなるし、すべてに突出した良いプレイヤーになれるはずだ。

世界選手権2018(混合フォーマット)/チームシリーズ決勝;9/21~9/23

プレイヤー・オブ・ザ・イヤーのプレイオフに参加できることが、どれだけすごいことなのかを理解する暇もなかった。世界選手権とチームシリーズの決勝が間近に迫っていたからだ。

その世界選手権は16位という少々残念な結果に終わり、チームシリーズでも敗れてしまった。50日間に渡る長い旅を終え、俺はようやく故郷のアルゼンチンへの帰路についた。といっても故郷で過ごせるのは一か月足らず。また飛行機に乗り、2つのグランプリ、プレイヤー・オブ・ザ・イヤーのプレイオフ、そしてプロツアーに参加しなければならない (アルゼンチンや南米では多くのグランプリが開催されるわけじゃないから、プロ・ポイントを稼ぐためにはプロツアー前のグランプリに参加するしかないんだ)。

プレイオフに向けた準備

この先に待ち受けているグランプリやプロツアーのことも考えようとはした。だが、どうしてもプレイオフのことを考えてしまっていた。「セスは、俺が何を考えていると思っているのか」ということを考えてばかりだった。俺はセスの予測の上を行こうとしていた。

考え抜いた結果、どんなデッキにも戦える無難な4つのデッキにしようと決めた。セスがどんなデッキを持ち込んでくるか予想もつかなかったため、彼がどんなデッキを持ってきても困らないような4つのデッキを選択したんだ。具体的には、3つは速いアグロデッキ、残りの1つはジェスカイコントロールだ。この4つであれば、セスが予想外のデッキを持ち込んできたとしても戦えると考えた。このプレイオフにおいて重要なのは、相手の4つのデッキすべてに勝てないようなデッキを持ち込まないことだ。

終章:プレイヤー・オブ・ザ・イヤー決定戦;11/8

プレイオフ本番。セスの4つのデッキリストを受け取り、俺は胸を撫で下ろした。お互いに同じようなデッキ選択をしていたからだ。これならば、実力と運がものをいう。俺がもっとも恐れていたのは、相手のデッキ構築の方が優れていることだった。

遂にプレイオフが始まったが、俺は緊張していた。その結果、間違ったゲームプランを選択し、青単を使った1戦目は落としてしまった。セスからすれば、俺がデッキを青単以外に変更したいと思っていると考えたはずだ。しかし、青単がその時点で一番弱いデッキであり、青単で早めに勝っておきたかったため、2戦目も使うことにした。

そして2戦目。セスが赤単を選択してきたため、これはまずいと思った。青単が赤単に勝つには運を大きく味方につけなければならないと知っていたからだ。しかし、幸運にも俺はそのゲームをものにし、セスと肩を並べることになった。0-2になってしまうとかなり分が悪い。最弱の青単で1-1にできたことは本当に大きかった。

この後どうなったかはご存知の通りだ。俺はセスよりも運に恵まれた。最終戦は白ウィニーを使用し、これ以上ないというほどのドローで勝利をものにし、マジック史上で屈指のタイトルをものにしたんだ。

俺はときおり思い出す。かつてプレイヤー・オブ・ザ・イヤーに輝いた選手たちのことを。

そして誇りに思うんだ。その選手たちの一員になれたことを。

ルイス・サルヴァット

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Luis Salvatto 長きにわたってプロツアーでの成功を夢見ていたルイスは、2016年に開催されたプロツアー『イニストラードを覆う影』で悲願のトップ8入賞を成し遂げた。その後さらなる研鑽を積み、プロツアー『イクサランの相克』ではアルゼンチン出身のプレイヤーとして初となるプロツアー王者に輝く。この優勝によりプレイヤーオブザイヤーへの足掛かりを得たルイスは、熾烈なタイトル争いの末にセス・マンフィールドを下し年間最優秀賞のタイトルをも獲得。史上最高の南米選手の1人として認知されるほどの成長を遂げ、2019年にはマジック・プロ・リーグに選出された。 Luis Salvattoの記事はこちら