序章:実在したマナベース警察
お久しぶりです。Hareruya Hopesの浦瀬 亮佑です。
実は自分は昔からいわゆる「マナベース警察」をやっていまして、今回は難解だと言われる4色ケシスのマナベースを一から真面目に考えてみたいと思います。
一応実績を書いておくと、もう4年も前になりますが、瀧村 和幸さんがプロツアー『戦乱のゼンディカー』で優勝された際に使用していた「アブザン・アグロ」のマナベースを考案したこともあります(参考記事:市川ユウキの「ミシックチャンピオンシップ参戦記・プロツアー『ラヴニカのギルド』前編」)。
マナベースを作るときの考え方、具体的な試行錯誤の過程を解説し、最後に完成したマナベースを紹介します。数学っぽい文章が続くので、結果だけ知りたい人は「10.完成したマナベース(まとめ)」をご覧ください。
なお自分はバリバリの文系人間なので、使えるのは高校数学まで、使う道具は紙とペンとエクセルだけです。プログラムを書いてシミュレーションを走らせられる人にはむしろ教えて欲しいくらいです。逆に言えばそんなに難しい話はしていないので、今後の応用のためにもできれば考え方を理解してほしいと思います。
問:4色ケシスの最適なマナベースを求めよ
4 《湿った墓》
3 《神聖なる泉》
2 《寺院の庭》
1 《神無き祭殿》
3 《氷河の城砦》
1 《水没した地下墓地》
3 《疾病の神殿》
3 《静寂の神殿》
1 《神秘の神殿》
-土地 (25)- 4 《精励する発掘者》
4 《迷い子、フブルスプ》
4 《万面相、ラザーヴ》
4 《隠された手、ケシス》
-クリーチャー (16)-
2 《祖神の使徒、テシャール》
2 《軍団の最期》
2 《漂流自我》
1 《狼の友、トルシミール》
1 《古呪》
1 《ウルザの殲滅破》
1 《不滅の太陽》
1 《夢を引き裂く者、アショク》
1 《神秘を操る者、ジェイス》
1 《伝承の収集者、タミヨウ》
-サイドボード (15)-
1. 目標(目的関数)を定義する
「最適なマナベース」というふわふわとした言葉を、数学の言葉に変換する作業になります。マナベースを作る上で、ここが一番重要な作業です。
具体的には、デッキリストを眺めて、何ターン目にどのようなマナが必要なのかを決めます。デッキの動きを理解していないとこれはできません。ただし複雑に設定すると計算も複雑になり、エクセルレベルでは解を求められないことになりかねません。一方で、誤った目的を設定すると意味のない結果しか出なくなります。
今回は、「土地を3枚引いた時に、2ターン目に《迷い子、フブルスプ》か《精励する発掘者》、3ターン目に《隠された手、ケシス》を唱えられる確率」を目標に設定しました。数学的にはこれを「目的関数」と言います。
「土地を3枚引いた時」という条件は、計算を簡単にするためのものです。「土地2枚でキープして3ターン目のドローがXで」などと考えていくと複雑になりすぎます。このような簡略化は今後も何度もしていきます。数字は使っても使われるなです。
また、タップイン・アンタップインの考慮はとりあえず後回しにしてまずは色マナが揃っているかどうかだけを考えます。最初は単純なモデルで考えて、あとから条件を付けくわえて精度を上げていくという手法です。
4色ケシスの土地の枚数は25枚なので、この設定により問は以下のように変換できました。
問:25枚の土地から3枚の土地を無作為に引いた時、それがUとWBGを含む確率を最大化する25枚の土地の組み合わせを求めよ
2. 計算の方法を考える
4色ケシスのマナベースに採用される土地は、UW(青白)、UG(青緑)、UB(青黒)、WG(白緑)、WB(白黒)、BG(黒緑)の6種類の組み合わせの2色土地と、基本土地です。世のリストを見ると基本土地は《沼》を1枚採用するかどうか意見が分かれているようですので、今回は《沼》を1枚採用したパターンと採用しないパターンの両方を考えたいと思います。一方、今回は他の基本土地は考えないことにします。
ここで使うのは「樹形図」です。
例えばUW-UG-UBの組み合わせは条件を満たしています。一方でUW-UW-BGは全色出ますがWBG(ケシス)が出ないので条件を満たしていません。
条件を満たす土地の組み合わせをどんどん手で書き出していきます。UW、UGと書いていくのは大変なので、UWをa、UGをb……というように簡略化して表記すると早いでしょう。
全て書き出すと、条件を満たす土地の組み合わせは23通りあることがわかりました。それぞれの確率の総和が、目的関数(求める確率)になります。
25枚の土地から、例えばUW-UG-UBという組み合わせを引く確率はコンビネーションを使って求めることができます。UWの枚数をa、UGの枚数をb、UBの枚数をcとすると、
です。
これを23通り計算して、全て足せば良いということがわかります。流石にもう手作業は無理なので、エクセルに落とし込んでいきます。
3. 既存のマナベースを評価する
以上でマナベースを評価する枠組みができました。ここで一旦、既存のマナベースがどのくらいの確率で条件を満たせるのか見てみましょう。まずはこのデッキのオリジナルを作成したスタニスラフ・ツィフカ/Stanislav Cifkaのリストです。これと全く同じマナベースの4色ケシスが8/31のMOMCQでもトップ8に2人入賞しており、このマナベースがデファクトスタンダードになっているといって良いでしょう。
4 《湿った墓》
3 《神聖なる泉》
2 《寺院の庭》
1 《神無き祭殿》
3 《氷河の城砦》
1 《水没した地下墓地》
3 《疾病の神殿》
3 《静寂の神殿》
1 《神秘の神殿》
-土地 (25)- 4 《精励する発掘者》
4 《迷い子、フブルスプ》
4 《万面相、ラザーヴ》
4 《隠された手、ケシス》
-クリーチャー (16)-
2 《祖神の使徒、テシャール》
2 《軍団の最期》
2 《漂流自我》
1 《狼の友、トルシミール》
1 《古呪》
1 《ウルザの殲滅破》
1 《不滅の太陽》
1 《夢を引き裂く者、アショク》
1 《神秘を操る者、ジェイス》
1 《伝承の収集者、タミヨウ》
-サイドボード (15)-
表の右下にある数字が条件を満たす確率で、45.17%です。この数字を上げていくことを目指します。
次は、瀧村さんが『基本セット2020』環境名人戦でトップ4に入賞したマナベースです。同じマナベースのリストが友人のryuumeiの手により8/31のMOMCQで3没(準優勝)しています。
3 《繁殖池》
3 《神聖なる泉》
3 《湿った墓》
2 《神無き祭殿》
2 《草むした墓》
2 《寺院の庭》
3 《氷河の城砦》
1 《水没した地下墓地》
1 《森林の墓地》
2 《静寂の神殿》
1 《疾病の神殿》
1 《神秘の神殿》
-土地 (25)- 4 《精励する発掘者》
4 《迷い子、フブルスプ》
4 《万面相、ラザーヴ》
4 《隠された手、ケシス》
-クリーチャー (16)-
2 《軍団の最期》
2 《漂流自我》
2 《ウルザの殲滅破》
1 《マガーンの鏖殺者、ヴォーナ》
1 《暗殺者の戦利品》
1 《再鍛の黒き剣》
1 《ボーラスの城塞》
1 《夢を引き裂く者、アショク》
1 《ゴルガリの女王、ヴラスカ》
-サイドボード (15)-
確率が44.70%。《沼》が入って色マナカウントが減った分、ツィフカのリストに比べて若干悪くなっていることがわかります。《沼》を入れたバージョンはこの数字が比較対象になりますね。
4. とりあえず解を求めてみる
いよいよマナベースの構築に入っていきましょう。これには、エクセルの「ソルバー」という機能を使います。ソルバーの解説はここでは省略させていただきますが、この記事内ではいくつかの条件を組み込んで計算をしてくれる便利な機能だと思っていただければ幸いです。
例えば、「取る値は整数であること」「UG,WB,BGは12以下」「UW,UB,WGは8以下」といった3つの条件を入力し、これを先ほどの目的関数と組み合わせてその答えを導き出すことができます。ここで「UG,WB,BGは12以下」「UW,UB,WGは8以下」というふたつの条件を設けたのは、占術ランドのある対抗色はショックランド、チェックランドと合わせて12枚まで採用可能ですが、友好色は8枚までしか採用できないためです。
問:25枚の土地から3枚の土地を無作為に引いた時、それがUとWBGを含む確率を最大化する25枚の土地の組み合わせを求めよ。
・ただし、
1) UG,WB,BGは12以下とする。
2) UW,UB,WGは8以下とする。
ソルバーにより求めた結果がこちら。
確率は5割を上回り52.43%!既存のマナベースから7ポイント以上アップしています。しかしこれを実際に並べてみると……。
このマナベースには大きな問題点が2つあります。
問題点その1:青マナカウントが12枚しかない
今回の条件を満たせる確率はせいぜい2回に1回なわけで、満たせなかった場合に青マナを引けているかどうかは死活問題になります。青12だと安定して引けるとはとても言えません。そもそも青マナがないハンドはほぼキープできないでしょう。
問題点その2:ショックランドが多すぎる(どの土地を優先するか決めていない)
現状はショックランドが19枚入っています。ある色の土地を採用する場合に、ショックランド、チェックランド、占術ランドのどれを優先するか決めていませんでした。とりあえず「ショックランド→チェックランド→占術ランドの順に採用する」ということにして並べてみましたが、19枚は多すぎます。
これは、条件を単純化しすぎたことによる弊害です。ここから条件を追加していきます。
5. 制約条件追加:青マナカウント
マナベース警察界隈には、バイブルと呼ばれる記事があります。オランダの殿堂プレイヤーにして数学者のフランク・カーステン/Frank Karstenによるこちらの記事で、特定のターンに特定の色マナを用意するために、その色のマナがデッキ内にどれだけ必要か数学的に分析したものです。2013年に執筆された記事ですが、現在でも全く色褪せません。
青マナがキープ基準となることを考えると、1ターン目に必要ということになります。その場合のカーステンが示す基準値は14です。とはいえ、例えばかつての4Cサヒーリが《霊気との調和》有する緑マナカウントについては15を確保していたように、本当に必要な色に関してはカーステンの基準値に+1しておくとちょうどいいです。
ということで、「青マナカウントが15以上である」という条件を追加しておきましょう。
問:25枚の土地から3枚の土地を無作為に引いた時、それがUとWBGを含む確率を最大化する25枚の土地の組み合わせを求めよ。
・ただし、
1) UG,WB,BGは12以下とする。
2) UW,UB,WGは8以下とする。
3) UW+UG+UB>=15とする。
6. 制約条件追加:ショックランドの枚数制限とチェックランドの参照先枚数
「ショックランドの合計枚数は15枚」ということにしましょう。それだけでは十分な条件付けとならないので、チェックランドのアンタップイン条件となる土地の枚数も条件に入れます。チェックランドを置くのは2ターン目であることを考えると、前述のカーステンの基準値ではアンタップインに必要な参照先の枚数は13枚となります。しかし、チェックランドはアンタップインできなくても即負けに繋がるわけではなく、必ず2ターン目に置くわけでもありません。こういう場合は、先ほどとは逆に基準値に-1しておくとちょうどいいです。ということで、「チェックランドを採用する場合、参照先となる土地が12枚以上あること」という条件を追加しましょう。
つまり、ショックランドの枚数を超えて土地を採用する色の組み合わせの土地に関してのみ、参照先の土地の枚数の合計が12以上となるようにすればいいことがわかります。
問:25枚の土地から3枚の土地を無作為に引いた時、それがUとWBGを含む確率を最大化する25枚の土地の組み合わせを求めよ。
・ただし、
1) UG,WB,BGは12以下とする。
2) UW,UB,WGは8以下とする。
3) UW+UG+UB>=15とする。
4) ショックランドの合計は15とする。
5) ある色の土地の枚数>その色のショックランドの枚数の場合、その色のチェックランドの参照先となる土地が12以上とする。
結果はこちら。
確率は49.70%。バージョン1と比べて2.5ポイントほど落ちてしまいましたが、それでも既存マナベースと比べるとかなり高いです。実際に並べるとこうなります。
かなりそれっぽいですね。ただ一点問題があります。さきほどの条件付けでは、ある色の土地の枚数>その色のショックランドの採用枚数の場合、とりあえずチェックランドを採用するということにして、参照先の土地カウントが12以上という条件を付けていました。しかしUG,BW,BGには占術ランドが存在するので、チェックランドを採用せず制約条件を緩和することが可能です。
7. 制約条件緩和:UG,BW,BGはチェックランドを採用しない
UG,BW,BGでは、チェックランドを採用せず占術ランドを採用することにしましょう。
問:25枚の土地から3枚の土地を無作為に引いた時、それがUとWBGを含む確率を最大化する25枚の土地の組み合わせを求めよ。
・ただし、
1) UG,WB,BGは12以下とする。
2) UW,UB,WGは8以下とする。
3) UW+UG+UB>=15とする。
4) ショックランドの合計は15とする。
5) UW,UB,WGに関して、その色の土地の枚数>その色のショックランドの枚数の場合、その色のチェックランドの参照先となる土地が12以上とする。
解いてみた結果はこちら。
8. 最後は手で微調整
ここまでなるべく数学的に分析してきましたが、いろんなところで捨象したり簡略化したりしています。また、ソルバーの機能にも限界があります。占術ランドを考慮する前後の確率が49.70%で変わっていないのにお気づきでしょうか。ソルバーはあくまで最適解の1つを提示してくれるだけなので、解が複数存在する可能性があるのです。最後に頼りになるのは知識と勘です。
このマナベースを見ると、黒マナのカウントが11と若干少ない一方白マナカウントが13と多いことがわかります。ということで、WGを1枚減らしてBGを1枚追加しましょう。ショックランドの枚数は動かせないので、《陽花弁の木立ち》→《疾病の神殿》という変更になります。
確率は49.70%で変わらず、色マナバランスを最適化することができました。占術ランドの枚数も1枚増えて4枚となり、ちょうどいいのではないでしょうか。
こうしてできあがったマナベースはこちら。
確率は49.70%です。既存のリストの45.17%に対して、4.5ポイント以上の改善をすることができました。
9.《沼》を採用する場合の検討
《暗殺者の戦利品》や《廃墟の地》対策に基本土地を入れておきたい、という方も多いでしょう。《沼》を1枚採用した場合の計算結果は以下のようになります。
確率は47.00%で、《沼》非採用時と比べて2.7%ポイントダウンしてしまっています。しかし既存のリストと比べると2.3ポイントの改善です。なお黒マナを1つ増やしたいと思って手作業で試行錯誤してみましたが、確率を下げずに実現できる組み合わせは見つかりませんでした。
10. 完成したマナベース(まとめ)
《沼》を採用しない場合の最適なマナベース
《沼》を採用した場合の最適なマナベース
11. 謝辞
この記事の発端は、瀧村さんに「4色ケシスのマナベース作ってよ」と言われたことでした。できるかどうかもわからなかったので曖昧な返事しかできませんでしたが、きっかけをくれたことに感謝です。また、その場で「3ターン目にケシスって出したいですか?」と尋ねた時に八十岡 翔太さんが「かなり出したい」と言ってくれたことも、目的関数を設定する大きな助けになりました。あとは4色ケシスでMCQを3没した直後にも関わらず、微調整に付き合い意見を出してくれたryuumeiにも助けられました。ありがとうございました。
このマナベースを使用したリストが日本選手権で勝ってくれることを祈りつつ、筆を置かせていただきます。日本選手権に間に合わせるために急いで書いたので、計算ミスなどがあればすいません(最初に書いた通り文系の人間なので、数学的なツッコミはほどほどでお願いします)。
好評でしたらそのうちまたこの手の記事を書きたいと思うので、ツイッターなどで反応をくれると嬉しいです。
浦瀬 亮佑 (Twitter)