プレインズウォーカー・ポイントと歴戦の戦士たち

晴れる屋メディアチーム

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プレインズウォーカー・ポイントを振り返ろう

マジックの大会に出たことがある人であれば、「プレインズウォーカー・ポイント」(以下:PWP)というものをご存じでしょう。

大会に参加したり試合に勝利することで得られるポイントで、自分のDCI番号(※大会参加時に必要な5~10桁の番号)をPWPのサイトに入力すると、いまポイントがいくつ貯まっているのかを確認できました。一定のPWPを貯めてグランプリの不戦勝(Bye)を獲得するために、多くの大会に足を運んだ人も多いのではないでしょうか。(グランプリにおける不戦勝は2020年5月25日に廃止となりました)

しかし、そんなPWPが本日2020年5月27日をもって廃止となり、PWPのサイトへのアクセスも終了しました。そこで今回は、PWPにまつわる話をお届けしたいと思います。

“レベル50″に到達したHareruya Pros/Hareruya Hopesは?

こちらはPWPのページの画像です。PWPには「生涯ポイント」というものがあり、名の通り最初にマジックの大会に参加してから今まで獲得したPWPが表示されています。このPWPを集めると「レベル」が上がり、最高位のレベル50に到達するまでに50,000ものPWPを必要とします。マジック人口多しといえど、このレベル50に到達しているのは全世界にわずか120人と大変少なく、それだけマジックをやり込んでいるというひとつの証になるのです。

ではここで、そんなレベル50に到達したHareruya Pros/Hareruya Hopesをご紹介しましょう。

齋藤 友晴:101422ポイント

齋藤 友晴

Hareruya Prosの中でもっともPWPを獲得していたのは、齋藤 友晴選手でした。なんとこの数字は全世界中で2位と誰よりも群を抜いています!マジックを始めてからわずか数か月でThe Finals’99を優勝し、その後もトーナメントシーンで活躍し続け、プロツアートップ8入賞5回、グランプリトップ8入賞26回と数多くの実績を残しています。現在は『晴れる屋』社長であり、Youtuber『トモハッピー』としてマジック界をさらに盛り上げるべく活動を行っています。

ラファエル・レヴィ:100125ポイント

ラファエル・レヴィ

PWP保持数は世界4位。マジックにおいてもっとも名誉な称号のひとつである「プロツアー殿堂」の称号を持つ選手です。初のプロツアー参戦は1997年で、そこから2017年のプロツアー『イクサラン』まで、なんと91回連続(!)でプロツアーに出場し続けた驚異の経歴を持ちます。

そして今回、レヴィ選手に過去を少し振り返ってみてもらいました!

特別インタビュー ~ラファエル・レヴィ編~

Q1. ご自身のPWPの歴史について、率直な感想を教えてください

レヴィ「自分のPWPの歴史を見ると、人生の中で参加したすべてのトーナメントやそのとき俺が世界のどこにいたのかを物語ってくれるね。これらを見返すと、どんなデッキを使ったか、どうやってプレイしたか、誰と旅行したかなどたくさんの記憶が蘇ってくる」

Q2. 初めてPWPを獲得した大会。また、そのとき使用したデッキや思い出があれば教えてください

ほくちの壁魔力の櫃アーナム・ジンオーグ

レヴィ「1996年の国別選手権でDCI番号(144958)を取得したのを覚えているよ。使用したのは赤緑のデッキで、《ほくちの壁》《魔力の櫃》《アーナム・ジン》《オーグ》などが入っていたね」

レヴィ「地域予選のトップ8に入れば、国別選手権の出場権利だけでなく、15歳以下の”ジュニア部門”のランキングで1位になれるポジションにつけていたんだ。そして(その地域予選で)同世代のプレイヤーとタイブレイカーで同点となり、タイブレイカーマッチを行うことになったんだ。結果、俺は勝利し、その年の国別選手権に招待されたよ

Q3. 初のプロツアーやグランプリへの参加。また、そのとき使用したデッキや思い出があれば教えてください。

ネクラタル墓所のネズミ

レヴィ「初めて参加したプロツアーは、1997年4月にパリで開催されたプロツアーだね。フォーマットはたしか『ミラージュ』-『ビジョンズ』のブロック構築で、黒単を使ったよ。そのときは《繁栄》を使ったデッキがあちこちにいたから、ベストなデッキ選択とは言えなかったね!

レヴィ「家で一緒に練習してくれる相手なんていなかったから、プロツアーに参加できたことは本当に嬉しかったよ。そして同じ年のグランプリ・バルセロナ(『ミラージュ』-『ビジョンズ』のリミテッド)に出場して、12位でフィニッシュしたんだ。バルセロナは家(トゥールーズ)から車で行ける距離だったから、友達3人で行ったんだけど、その友達の母が運転してくれてた。あれは本当に楽しい思い出として俺の中に残っているよ」

Q4. 印象に残っている大会を教えてください

レヴィ「1998年2月に開催されたグランプリ・リヨンでの優勝だね。あれが俺にとって初めての大成功だ。そのときはまだ子供(16才)だったんだけど、しっかり準備をして臨んだんだ。もちろんみんな俺のことなんか知らないし、誰も俺に期待していなかった。ただ、俺は彼らが間違っているということを証明したかったんだ

Q5. 過去に対戦した中で、一番強いと思う相手は誰ですか?

カイ・ブッディ

レヴィ「過去の対戦履歴を見てみると、カイ・ブッディと10回も対戦していた。勝ったのは2004年のプロツアー神戸だけで、それ以外の9回は負けてたよ。よく、家に帰って母に大会の結果を聞かれたときは、『またカイに負けたよ』と報告してたね。母はカイのことを嫌ってたさ(笑)」

マルシオ・カルヴァリョ:60239ポイント

マルシオ・カルヴァリョ

ポルトガル出身のトッププレイヤーで、現在MPLプレイヤーでもあるカルヴァリョ選手。リミテッドの腕前は一級品で、2015-2016シーズンのドラフトマスターとして世界選手権2016に招待されています。もちろん構築フォーマットにおいても実力は確かで、世界選手権2016と世界選手権2019の両大会で準優勝という成績を残しています。

ハビエル・ドミンゲス:52181ポイント

ハビエル・ドミンゲス

ここ数年で誰よりもプロシーンの最前線に躍り出たのは間違いなくこの選手でしょう。世界選手権2017での準優勝で勢いづいたドミンゲス選手は、翌年の世界選手権2018で見事優勝し世界1位の称号をつかみ取りました。その後も結果を残し続け、MPLに選出されます。彼はスペイン、そしてマジック界のスターなのです。

さて、そんなノリにノッている彼にも少しお話を聞いてみました!

特別インタビュー ~ハビエル・ドミンゲス編~

Q1. ご自身のPWPの歴史について、率直な感想を教えてください

ハビエル「これまでのマジックの歴史をすべて覚えていられるのは、初めて参加した大会から楽しかったからさ!それはとっても価値があることだよね!」

Q2. 初めてPWPを獲得した大会。また、そのとき使用したデッキや思い出があれば教えてください

白の防御円青の防御円黒の防御円
赤の防御円緑の防御円

ハビエル「『オデッセイ』のプレリリースが開催される直前に、スタンダードのフライデー・ナイト・マジックで、いとこの友人が《神の怒り》を4枚貸してくれたから、青白コントロールを使ったんだ。あまりうまくいかなかったんだけど、その翌日に同じデッキで40~50人規模のスタンダード・トーナメントがあって、全色の『防御円』をサイドボードに入れて2位になったんだ!昔の《ヤヴィマヤの火》デッキは「防御円」に対してとても相性が悪いことが分かったね」

Q3. 初のプロツアーやグランプリへの参加。また、そのとき使用したデッキや思い出があれば教えてください

修繕隠遁ドルイド縫合グール

ハビエル「初めてのグランプリはグランプリ・バルセロナ2002で、フォーマットは『オデッセイ』シールドだった。直前トライアルで優勝したおかげで不戦勝を3つもらったんだけど、2日目にはいけなかったね。最初のプロツアーは2003年のプロツアー・ニューオーリンズ『プロツアー・ティンカー(《修繕》)』って呼ばれてたよ。俺は《隠遁ドルイド》コンボをプレイしたんだけど、《修繕》デッキを使わなかったから、成績は振るわなかったね。でも、この旅の楽しい思い出はたくさんある」

Q4. 印象に残っている大会を教えてください

ハビエル世界選手権2017が一番印象に残った大会かもしれないね。世界最高峰の大会で準優勝できたことは、いま思い返しても素晴らしい出来事だ]

Q5. 過去に対戦した中で、一番強いと思う相手は誰ですか?

ハビエル「そうだな、一番強かったのは津村 健志だね!

ペトル・ソフーレク:51894ポイント

ペトル・ソフーレク

PWPのレベル50に名を連ねるのは古豪ばかりではありません。チェコのプレイヤー、ソフーレク選手は現在26才という若さながらグランプリトップ8に9回入賞、うち4回を優勝と凄まじい記録を保持しています。現在は日本で活動しており、Youtubeの『晴れる屋チャンネル』でもその腕を振るいます。

日本国内で年間PWPをもっとも多く獲得した選手は?

さて、次に注目するのは国内のPWP事情についてです。ここでは、年間ごとにどの選手がもっとも多くのPWPを獲得していたのかご紹介しましょう。

2018-2019年&2019-2020年シーズン:小林 龍海

小林 龍海

2シーズンを通して1位だったのはHareruya Hopesの小林選手でした。前シーズンが6956ポイント、そして今シーズンが5091と1年間でとてつもない量のPWPを稼いでいます。知る人ぞ知るレガシーのミラクルマスターで、同デッキを使わせれば右に出るものはいないのだとか。また、レガシーだけでなくスタンダードで行われたプロツアー『ラヴニカのギルド』地域予選を突破するなど、ほかのフォーマットでも結果を残しています。

2017-2018年シーズン:名出 和貴

名出 和貴

2017-2018年シーズンの1位を飾ったのは同じくHareruya Hopesの名出選手。獲得ポイントは6349ポイントで、そのほとんどが海外グランプリへ積極的に参加し獲得したというのですから驚きです。なんとその数15回以上!まさしくこの年もっともマジックに打ち込んだ人物と言えるでしょう。

2016-2017年シーズン:宇都宮 巧

宇都宮 巧

当時まだHareruya Hopesへ加入する前の宇都宮選手が、このシーズンでは6244ポイントを稼ぎ最多ポイント獲得者となりました。マジックに対する熱意は誰よりも強く、その後もメキメキと実力をつけ、今ではグランプリのトップ8入賞3回と競技シーンで目覚ましい活躍をみせています。このころからの努力や挑戦が現在の活躍に繋がっているんでしょうね。

では、そんな若き精鋭である宇都宮選手にもお話を聞いてみましょう!

特別インタビュー ~宇都宮 巧編~

Q1. ご自身のPWPの歴史について、率直な感想を教えてください

宇都宮「プロツアー権利を獲得するまで、がむしゃらに大会に出ていたことを思い出しました。年間1位は結局1度しか達成できませんでしたがいい思い出のひとつです」

Q2. 初めてPWPを獲得した大会。また、そのとき使用したデッキや思い出があれば教えてください

アーティファクトの魂込め爆片破

宇都宮「全く記憶はないんですが調べたら池袋のBIG MAGICさんのフライデー・ナイト・マジックに参加していました。使ったのは青赤ハサミだったはずです。アーティファクトという名前の響きがすごい好きで当時活躍していたデッキの中でアーティファクト中心のデッキを選んだ覚えがあります」

Q3. 初のプロツアーやグランプリへの参加。また、そのとき使用したデッキや思い出があれば教えてください。

鐘突きのズルゴアタルカの命令

宇都宮「初めてのグランプリは諸藤 拓馬さんが優勝した2015年のグランプリ・神戸です。当時は初心者で技術がなく安かったこともあってアタルカレッドを使用しました。何度かインタビューとかでも話していますが、このときに初日突破を懸けた最終戦でルールミスによって初日落ちした悔しさがあったから今があると思っています」

王神の贈り物ゴブリンの鎖回し

宇都宮「初のプロツアーは2018年のプロツアー『ドミナリア』です。当時青白《王神の贈り物》をめちゃくちゃ擦っていたのですが、直前に遠征でいったグランプリ・トロントでトッププロ相手に有利と認識していたマッチアップを3連敗して、慌ててそのときのトップメタだった赤黒アグロに乗り換えました。デッキ変更の甲斐もあり最終戦を勝てば次のプロツアーに参加できるところまでは行けましたが、津村さんに最終戦ぼこぼこにされちゃいましたね」

Q4. 印象に残っている大会を教えてください

宇都宮「やっぱり一番は準優勝したグランプリ・香港2018です。シルバーレベルにならない限り次のプロツアーに参加する手段がなく、この大会が集計期間的にもラストチャンスでした。準優勝以上縛りかつ大型台風という悪条件だったものの、奇跡的に準優勝して無事に帰ってくることもできました。帰国後『武蔵調整チーム』にもお誘いいただき、僕のこれまでのマジック人生において間違いなくNO.1の出来事です」

Q5. 過去に対戦した中で、一番強いと思う相手は誰ですか?

宇都宮ブラッド・ネルソンさんです。上に書いたグランプリ・トロントで3連敗した内の1人がネルソンさんだったんですが、当時自信があったプランをしっかりできたうえでそれを完封されてしまいました。もっともトッププレイヤーとの壁を痛感した試合ですね」

各地域の生涯PWPをもっとも稼いだ選手は?

次は話題を日本から世界へと広げ、各大陸ナンバー1のマジックプレイヤーをご紹介しましょう。どの選手も強者ばかりで、その国を代表する選手です。

アジア:中村 修平/119503ポイント

中村 修平

マジック界のレジェンドであり、「プロツアー殿堂」にも選出されている中村選手。また、世界でもっとも多くのPWPを獲得した選手が彼なのです。まだ日本人プレイヤーの参加者がそこまで多くなかった2002年のプロツアーから参加し続け、今に至るまでにプロツアートップ8を6回、グランプリトップ8は34回と、まさに「Play the Game, See the World」を体現している選手なのです。

ヨーロッパ:マーティン・ジュザ/100469ポイント

ヨーロッパで頂点に立ったのは「プロツアー殿堂」のジュザ選手でした。先ほどご紹介した中村選手とともに世界を渡り歩き、数多くの輝かしい成績を残しています。チェコ人初の殿堂入りを果たしたのもこのジュザ選手で、スタニスラフ・ツィフカ、イヴァン・フロック、オンドレイ・ストラスキー、ペトル・ソフーレクとチェコには世界的な強豪たちが集結しています。

ラテンアメリカ:パウロ・ヴィター・ダモ・ダ・ロサ/72266ポイント

世界で一番上手いプレイヤーは誰かと尋ねれば、彼の名が挙がることは多いのではないでしょうか。PVの略称でおなじみ、パウロ選手はブラジル出身で2012年に「プロツアー殿堂」に選ばれています。プロツアー・サンファン2010プロツアー『破滅の刻』で優勝し、ついに今年行われた世界選手権でも優勝を果たすなど、マジックプレイヤーにおける最大の功績を達成したのです。

ノースアメリカ:サム・ブラック/96442ポイント

マジックの故郷、アメリカでもっとも多くのPWPを獲得したのはブラック選手でした。プロツアーで3回のトップ8、世界選手権2015でトップ4に入賞しており、世界選手権2008では団体戦において優勝を果たしています。また、彼はデッキビルダーとして知られており、プロツアー『ギルド門審判』では彼が生み出した「The Aristocrats」によってトム・マーテル選手を優勝へと導きました。

おわりに

いかがだったでしょうか。プレインズウォーカー・ポイントとともに歩んできた数々の選手をご紹介しました。こうして振り返ってみると、偉大なる選手たちが経験した過去の懐かしい大会や思い出に触れることができ、改めて彼らの凄さを実感することができましたね。

プレインズウォーカー・ポイント制度が終わってしまうのはどこか寂しいものがありますが、今後もなにか大会の記録が残るようになるといいですね。あなたもぜひ、過去の思い出に浸ってみてはいかがでしょうか?

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