Translated by Nobukazu Kato
(掲載日 2021/04/08)
はじめに
グレイビー・トレインから降り、再就職し、組織化プレイが今のような状況にあるなかで、私は2か月以上マジックから離れています。選手として一番脂が乗っている時期に一線を退くというのは甘く切ないですが、人生とはこういうものでしょう。きっとすぐに戻ってくると思いますよ。マジックとずっと距離を置くなんて考えられないですから。
こういった現状にあっても、記事として書き起こしておきたいことはいくつかあります。スタンダードやヒストリックに関しては一切わかりませんから、仮に私がそれを提示したところでみなさんは信じるべきではないでしょう。ただ、引き続きここ2年で私が経験したブレイクスルーについて考察したり、私が培ってきたものをできるだけ共有したいと考えています。今もプロツアー出場の夢を見ているみなさんにとって、私の記事がその旅路を穏やかなものにできればと思います。
偉大なる道
マジックは奥深く、多面的です。競技レベル向けの理論はそのほとんどがプレイングに関するものですが、マジックにはもっと多くの側面があるのです。デッキ選択、カード評価、メタゲーム予想、サイドボード構築、情報処理。マジックに関する分野を挙げ始めればキリがありません。この点についてはブライアン・ブラウン=デュイン/Brian Braun-Duinが素晴らしい記事を書いています(編注:リンク先は英語)。
さまざまな分野があるなかで、誰もが得意とするところと不得意とするところを持っています。もちろん、経験者と始めたてのプレイヤーを比べれば、前者は全面的に上手かもしれません。ただ、競技レベルの2人の間にスキルの差が大きくあるとしても、弱いほうのプレイヤーにも相手より得意とする部分があるのがふつうです。スキルが均衡したプレイヤー同士でも、トップクラスのプレイヤー同士でも、こういった不均衡が千差万別に存在しています。
「マジックを上達させたいなら自分より上手いプレイヤーに相手をしてもらえ」と言われることがよくあります。これは確かにもっとも円滑な方法でしょう。自分より全ての側面において上の相手と戦えば、強くならないほうが難しいはずです。
ただ、自分よりも断然レベルが上の相手と練習することは通常選択肢に入りません。自分が相手に与えられるものを持っていないからです。みなさんが運よくルイス・スコット=ヴァーガス/Luis Scott-Vargasと高校の同級生なら、マジックの飛び級ができるかもしれませんね。しかし彼と知り合いでない人にとっては、仲間に教えたり仲間から学んだりすることが成長の糧となるのです。
ほかのプレイヤー、特に私がそれまで自分より格下だと蔑ろにしてきたプレイヤーがどうゲームに向き合っているのかを意識するようになったとき、私の世界観は大きく変わりました。出会った人たちの多くが学びの機会を与えてくれます。学習という行為の神髄は、相手から何が学べるのかを探すことなのです。
私の強みは昔からプレイングでした。戦略を練ったり、テクニカルなプレイをしたり、相手の手札を読んだりすることですね。レベルが高くない大会で良いプレイングをするとそれが極端に有利に働くため、私は弱点を抱えていたにもかかわらず成功を収められていました。その結果、私は自分の実力を過信するようになっていきました。しかし、プロツアーに参加するようになると、弱点が露わになっていきます。勝率が下がり始めたものの、どうしてそうなってしまったのかわからずにいました。
ほかのプレイヤーに目を向けるようになると、自分の強みが完璧ではないことがわかっただけでなく、それまで考えもしなかった新しい概念に出会いました。たとえばデッキ選択に関して言うと、それまではベストデッキを見極めて選択することを常に考えてきました。綿密にメタゲームを予測し、それに強いデッキを選択・構築するという考えは縁のないものだったのです。こういったギャップを認識したことで、観戦していると自然と学びを得るようになっていきました。
この変革が起きる前、不注意なプレイを観ると私はそのプレイヤーを軽視していました。しかしその後、弱いプレイングをしたり理論を十分に理解していなかったりするのに成功しているプレイヤーに注目するようになっていきました。すると、彼らは私がそれまで完全に見向きもしてこなかった分野を非常に得意としていることがほとんどだったのです。
どんなこともそうですが、大切なのはバランスです。しっかりと信念を持って相手の意見に異を唱え自分の考えを貫くことも必要ですが、同時に謙虚さも持って新たな考え方を受け入れていくべきです。自らの手で戦略・デッキ・テクニックを試したうえで自分の考えを変えないこともありますが、アイディアを一蹴するようなことはしません。どんなことも一度は試してみるのです。
アベンジャーズ、アッセンブル!
理想的な調整チームとは、大会調整における側面ごとに専任の選手を設けているチームでしょう。強盗団みたいなものですね。望ましいのはデッキビルダー、リーダー、一組のテストプレイヤー、データアナリスト……といったメンバー構成です。
しかし実際にはプレイヤーたちが専任することはなく、調整過程のあらゆる部分を触ることになるでしょう。視点が多いのは好ましいことで、誰しも自分の不完全さを埋めてもらわなくてはなりません。とはいえ、チームを結成する際にはこういった視点を持つべきです。メンバー個人の総合スキルよりも、メンバーの得意・不得意をバランスよく合わせることのほうが重要なのです。
競技レベルでは、理論もそうであるように、プレイングに極端に重きを置かれがちです。デッキの扱いが上手いメンバーでチームを組んだところで、彼らがデッキを組めない・メタゲームを予想できない・テストプレイの段取りをできないのであれば機能不全に陥るのは自明でしょう。良いプレイングはデータの収集・マッチアップの理解・サイドボードプランの確立に役立つでしょうが、それは大会調整の全体のプロセスで見れば小さな一部に過ぎません。
チームに参加しようとするときは、自分が何を得られるのかを考えるのではなく、自分が何をチームに与えられるのかを考えましょう。自分のスキルがチーム内のメンバーと被るようであれば、責任は薄れ、貢献しているという感覚が少なく、結果的にチームへの貢献度が下がっていきます。大した学びも得られず、悪い印象すら残してしまうかもしれません。その大会に良いデッキを持ち込むことはできても、その大会で成功を収める確率をあげられないおそれもあります。調整過程の輪に溶け込めていなかったわけですからね。
徹底的なホンネ
もちろん実際問題としては、一緒に作業をしてみるまでプレイヤーの長所・短所を把握することは難しいでしょう。通常、この問題には2通りの解決策があります。まずは、よく知るプレイヤーとしかチームを組まないことです。そうすれば、実際に調整をする前から意図的に全員の親和性を担保できるようになります。マジックの有名なチームはこういったアプローチを採ることが多いですが、新たな才能の発掘ができないという大きなデメリットがあります。マジックのプロ業界は閉鎖的であることで有名であり、このひとつ目の解決方法はその噂をつくる大きな要因となっています。
ふたつ目の方法は、「結末が予想できなくても楽観的でいること」。これはチーム7%の原動力となった手法です。
チーム7%というチーム名は、冗談のつもりでつけられた名前です。2019ミシックチャンピオンシップⅥのとき、ジェイコブ・ナグロ/Jacob Nagroは参加者の5%がチームメンバーであることに気づきました。その後チームはどんどん大きくなり、プレイヤーズツアー・フェニックス2020の参加者の7%を占めるほどになったのです。
チームの基本原則は「調整チームに加わりたい人が来たら、基本的に受け入れること」でした。参加を拒否するのは、チーム内で明確な反対があったときのみ。結果的にチームは肥大化し、人物像を定めて募集していたわけでもなかったのに、重要なポストの全てにスペシャリストを迎えることができました。すべてのメンバー加入が上手くいったわけではないですが、失敗に終わった加入の損失よりも成功した加入の恩恵が上回っていました。
これだけ大きなグループになると、その規模ならではの扱いづらさが出て来るのも確かです。これまでの調整チームよりも明確なプロセス・厳格な組織化・綿密な”マネジメント”がチーム7%には求められました。幸いにも、チームの初期メンバーにベテランが多く、チーム内の文化を育む助けとなりました。たとえば、メンバーには労働統計局でマネージャーを務めているティム・ウー/Tim Wuがいます。
もちろんチームのシステムは完璧とは呼べませんでしたが、メンバーが20人以上になっても耐えられるものでした。チームの方針はこちらからご覧いただけます(編注:リンク先は英語)。パンデミックの発生以降は改訂されておらず、詳細な部分は現在にそぐわないものかもしれませんが、核となるコンセプトは色あせません。
我々の調整過程の大きな欠陥は、チームに溶け込めないプレイヤーを出してしまうことでした。先ほどアドバイスしましたが、チームに貢献でないのであれば参画すべきではありません。それとは裏腹に、当時の私たちはチームに寄与できない/寄与する準備が整っていないプレイヤーを多く迎え入れ、彼らは結局ことごとくチームから離れていきました。
チームのシステムからすれば、こういった離脱は予想の範囲内です。しかし、離脱していった個々人にとっては良い経験にはならないでしょうし、1人で調整したほうが良い結果になっていたかもしれません。本来であれば新加入のプレイヤーに期待するものを鮮明にし、メンバー整理の方針も明確にしておくべきだったと思います。
組織心理学の本を読んでいるせいで考えが歪んでいるのかもしれませんが、チーム7%はこの10年の競技マジック界でもっとも野心的で成功したプロジェクトのひとつだったと認識しています。このチームはここ数年で登場した有望なアメリカ人プレイヤーを発見・サポートしてきました。かくいう私もその一人です。
プレイヤーズツアー・フェニックスではチームメンバーが全体参加者の7%を、トップ8の50%を占め、最終的に優勝トロフィーを掲げました。『ゼンディカーの夜明け』チャンピオンシップではトップ8を逃しましたが、ギャビン・トンプソン/Gavin Thompsonはライバルズ・ガントレットの参加権利を、デビット・イングリス/David Inglisとジョニー・ガットマン/Jonny Guttmanは『カルドハイム』チャンピオンシップの出場権利を得ています。
マジックから距離を置くため私はチームの調整過程から身を引くことになりますが、オースティンやデイビッドやジョニーがチーム7%の精神を引き継いでくれることでしょう。これからも彼らを応援し、常識をどんどん打破していくことを願っています。
若いおサカナが二匹、仲よく泳いでいる
ネットワークは昔も今も私の弱点です。今思えば、マジックで人とのつながりを作っておいたのは幸運でした。私はMagic Onlineを通してプロツアーに出場するようになったため、グランプリへの参加経験がないままプロツアーに出ていました。そのため、プロのコミュニティと全く縁がなかったのです。
シカゴにある地元のカードショップで知り合ったフィル・シルバーマン/Phil Silbermanは、三度目となったプロツアー・シドニーで私を不器用な人間なんだとティエン・ヌウェン/Thien Nguyenに紹介してくれました。そのティエンを通してネイサン・スミス/Nathan Smithと知り合いになり、現在まで競技マジックで出会った人々のほとんどはネイサンがつないでくれたものです。
同じく、ジェイコブ・ナグロとの出会いはニューメキシコのプロツアー予選でした。当時は全くの赤の他人です。私は人生初のプロツアーに参加したばかりの頃であり、ジェイコブはまだ参加したことがありませんでした。彼は対戦していて気持ちのいいプレイヤーでありながら、プロツアー予選で2度も私をコテンパンにしました。
彼にとって初となったプロツアーはホノルルで開かれ、ここでも私を負かします。大会終了後、プロツアー予選での印象が忘れられず、ネイサンやほかのチームメンバーと一緒のディナーに彼を招待しました。結局、2人そろって参加権利があるときは毎回一緒に調整するようになっていきました。ジェイコブはもっとも多くのことを教えてくれたプレイヤーの1人です。
この経験から得た教訓は、この記事のテーマに通ずるものですが「結末が予想できなくても楽観的でいること」です。みなさんが謙虚で、人想いで、実力があればみなさんのもとに人が集まってくるでしょう。もし人の気持ちを害するようなプレイヤーであれば、みなさんが想像するよりも長く、正確に競技コミュニティの記憶に残っていきます。協調性と謙虚さがみなさんの生来的な性質でないのであれば、みなさんの努力次第でその性質が身に着いていくはずです。
おわりに
屈するからこそ打ち勝てる。縮むからこそ真っすぐになれる。くぼんでいるからこそ満ちることができる。破れているからこそ新しくできる。少なければこそ得られ、多ければこそ迷うもの。完全であるからこそ、全てが自分のもとにやってくる。
これは『老子道徳経』にあるお気に入りの言葉です。このフレーズを読んでからは、マジックにおいても人生においても成長するうえで忘れないようにしています。『老子道徳経』にはこのような言葉が多くありますが、どれも矛盾をはらんでいます。屈することと打ち勝つことをどうすれば両立させられるのでしょう?完全であるならば、それ以上何を求めるというのでしょうか?
しかしここで大切なのは、なぜ屈するのか、なぜ打ち勝とうとするのかです。どんな状況であれ、どちらのアプローチを採るにしても賛成・反対の論拠があるでしょう。それと同じく、信念を貫くことにも謙虚でいることにもメリットとデメリットが常に存在します。成功するためには(少なくとも平和的でいるためには)、両極端の間でバランスをとることが必要です。言うは易く行うは難し、ですが。私もその中心を見つけ、それを維持していけるように絶えず意識しなくてはいけませんね。
今回の記事がみなさんの役に立てば幸いです。私の意見に賛成できるのであれば、反対できる点はないか探してみましょう。逆に賛成できないのであれば、そのなかでも何か学べる点はないか探してみてください。
ではまた次回お会いしましょう。それまでお元気で。
アレン・ウー(Twitter)
(参考文献)
『The Great Tao』 Stephen Thomas Chang、 Tao Longevity
『GREAT BOSS シリコンバレー式ずけずけ言う力』 Kim Scott、関 美和(訳)、東洋経済新報社
『これは水です』 David Foster Wallace、阿部重夫(訳)、田畑書店
『老子』 蜂屋 邦夫(訳注)、岩波文庫