チャレンジャー・ガントレット ~人生のターニングポイント~

Arne Huschenbeth

Translated by Nobukazu Kato

原文はこちら
(掲載日 2021/8/17)

4人しか掴めない夢

先々週末、私の人生は大きく変わりました。

私は60,000ドル(約600万円)の懸かったチャレンジャー・ガントレットに参加。本大会は出場資格を持つ24名のプレイヤーで行われ、2日目時点で12名のプレイヤーが脱落(彼らには『イニストラード』チャンピオンシップの権利が付与)、残った12名のプレイヤーが次期ライバルズリーグのポジションを確保します。続いて、その上位12名はマジック・プロリーグと今年の世界選手権への招待という夢を懸け、4つの枠を争うという形式になっていました。

参加者は2日間をかけてスタンダードとヒストリックをそれぞれ6ラウンド戦い、そのスイスラウンドの結果を受けて上位12名が決勝ラウンドへと進出。3日目に決勝ラウンドが行われ、世界選手権とMPLに招待されるプレイヤーが決定されます。

そして今回、私はこの世界選手権とMPLの権利を獲得するという夢を実現したのです。

仲間とともに

今回の成功は、チームメイトのサポート、そして一丸となって調整した時間・努力なくして語れません。

  

デイヴィッド・イングリス、サム・ロルフ、マッティ・クイスマ

一緒に調整したのは、デイヴィッド・イングリス/David Inglisサム・ロルフ/Sam Rolphマッティ・クイスマ/Matti Kuismaという精鋭たち。彼らと協力しながらデッキを調整し、両フォーマットのメタゲームにおける最強を見極めようと努めました。この作業はとても楽しいものであり、特にスタンダードのメタゲームを攻略しようと独自のデッキ構築をする過程は素晴らしいものでした。

 

サイモン・ニールセン、カール・サラップ

調整は、最近主流になっているDidcordを使って行われました。ありがたいことに、サイモン・ニールセン/Simon Nielsenやカール・サラップ/Karl Sarapもスパーリング相手として協力してくれました。

チーム内では時差の問題があり、同じタイムゾーンに住むメンバーはいませんでした。しかし、マッティとサムは違うヨーロッパの地域に住んではいたものの、比較的近いタイムゾーンです。ただ、デイヴィッドだけはアメリカの西海岸に住むプレイヤーでした。この問題を解決するべく、調整は基本的にヨーロッパプレイヤーの夜、デイヴィッドの早朝に行いました。

 

佐藤 啓輔、茂里 憲之

この場を借りて、日本人プレイヤーの偉業に触れておきたいと思います。彼らは日本時間の深夜から大会をはじめ、その状況から2名を世界選手権へと輩出したのです。これは本当に信じられないことですよ。佐藤 啓輔さん、茂里 憲之さん、おめでとうございます!

デッキ選択

調整の結果、チームはスタンダードではグルールアドベンチャーを、ヒストリックでは《マグマ・オパス》なしのジェスカイコントロールラクドスアルカニストを選択しました。サム・ロルフだけがチームの選択を外れ、ヒストリックではラクドスアルカニストを選択しています。

ヒストリック:ジェスカイコントロール

ほかのメンバーがラクドスアルカニストを選ばなかった理由は何でしょうか?ラクドスはジェスカイコントロール/ジェスカイオパスに非常に有利だというのがチームの認識でした。《戦慄衆の秘儀術師》と1マナの手札破壊呪文は、遅いデッキ全般にとって脅威です。

戦慄衆の秘儀術師思考囲い

ラクドスアルカニストを選ばなかったメンバー3名は、ほかのアーキタイプの出現を懸念していました。イゼットフェニックスとの相性の悪さ。高速アグロとのマッチアップへの懸念。墓地対策されたときの被害。今メタゲームを振り返れば、ラクドスアルカニストは素晴らしい選択です。ここはサムの賢明な判断でした。

デイヴィッド、マッティ、そして私はラクドスアルカニストではなく、最近注目されなくなってきているデッキを選びました。《マグマ・オパス》《ミジックスの熟達》《奔流の機械巨人》が一切入っていない純粋なジェスカイコントロールです。

ジェスカイコントロール

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マグマ・オパスミジックスの熟達奔流の機械巨人

ここには、ヒストリックにおける強力なカードの1枚、《表現の反復》を最大限に活用したいという狙いがありました。《マグマ・オパス》のパッケージは非常に強く、目の覚めるような動きが可能になります。その反面、《マグマ・オパス》《奔流の機械巨人》は単体で見ればややカードパワーに難があります。また、打ち消し・手札破壊・墓地対策にも弱いでしょう。

ドミナリアの英雄、テフェリーアズカンタの探索

ジェスカイコントロールはこのパッケージがなくても、あらゆるデッキと戦えるだけの力があります。現環境のデッキに勝つには、《奔流の機械巨人》《マグマ・オパス》を「フラッシュバック」するまでもありません。相手のゲームプランを崩し、《アズカンタの探索》《ドミナリアの英雄、テフェリー》でじわじわと勝てるのです。

神秘の論争大祖始の遺産

さらに、ジェスカイオパスとのマッチアップでは、《マグマ・オパス》パッケージを弱点として突けることに気づきました。そこでチームはオパス型を念頭にデッキを構築。その意図が表れているのはメインに2枚ずつ採用された《神秘の論争》《大祖始の遺産》です。そのリストのジェスカイオパスとの戦績は6-2でした。

もう一度参加するとしても、ほぼ同じリストを使うことでしょう。この選択は素晴らしかったと思いますし、同じ戦略を採用したプレイヤーがいなかったのは意外でした。メタゲームが変わればジェスカイオパスが優勢になることもあるでしょうが、現時点ではジェスカイコントロールが上だと考えています。『ヒストリックホライゾン』でどんな変化があるのか。今から楽しみにしましょう。

スタンダード:グルールアドベンチャー

スタンダードではグルールアドベンチャーを選択しました。主な理由としては、《軍団のまとめ役、ウィノータ》デッキが多く、ウィノータ戦略を打破しようとする妨害デッキがいると予想したから。誰もがウィノータを警戒し、あるいは自ら使うメタゲームであれば、ウィノータは使うべきではないと考えたのです。

軍団のまとめ役、ウィノータ

選択したグルールはウィノータよりもシナジーに寄せておらず、妨害への耐性があります。デッキパワーそのものも高く、3ターン目に《帰還した王、ケンリス》を展開するほどの強さはなくとも、安定性があり、個々のカードパワーが高めです。

レイ・オヴ・エンフィーブルメント

チームのグルールは、黒を足したことでウィノータと互角に渡り合えると感じました。《レイ・オヴ・エンフィーブルメント》は、ウィノータの理想的な動きを止める有効な手段となります。黒1マナというのも非常に重要であり、この妨害呪文を構えていても、自分自身のゲームプラン遂行に支障が出ません

グルールアドベンチャー

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しかし驚いたことに、蓋を開けてみればウィノータを選択したプレイヤーはたったの4名。出まわっているデータを踏まえれば、プレイヤーたちはウィノータはグルールよりも優れた戦略であると考えるだろうと予想していました。だからこそ、同じグルールを選択したプレイヤーがほかにもいたことは予想外でした。チームのリストは《恋煩いの野獣》デッキへの準備が万端ではなく、ウィノータ・ローグ・コントロールを念頭に構築してしまっていたのです。

巨人落とし精鋭呪文縛りスカルドの決戦

さらには、ナヤアドベンチャーの姿もあり、これはグルールを選択したプレイヤーにとって朗報とは正反対のものでした。

結局のところ、ほかのプレイヤーのデッキ選択は自分ではどうしようもありません。それでもグルールは環境屈指のパワフルな動きができるデッキです。

ヤスペラの歩哨厚顔の無法者、マグダ黄金架のドラゴンスカルドの決戦

その証拠に、大会最後のゲームでは1ターン目《ヤスペラの歩哨》、2ターン目《厚顔の無法者、マグダ》、相手のエンドフェイズに宝物トークンを生成、3ターン目に《黄金架のドラゴン》を出して攻撃、そして戦場に残った宝物トークン2つを使って唱えた《アクロス戦争》《恋煩いの野獣》を奪取、という動きをしました。3ターン目に9マナ相当の動きをしたことになります。

今デッキを選びなおすとすれば、おそらくコントロールへの耐性があるウィノータを素直に選んだことでしょう。あのメタゲームではそれが正解だったはずです。

人生を変えた大会

大会そのものは類を見ないものでした。これほどの賞金と名誉が懸かっている大会に出た選手は、会場全体を見渡してもいなかったでしょう。強豪である、サム・パーディー/Sam Pardee、ローガン・ネトルズ/Logan Nettles、ヤン=モーリッツ・メルケル/Jan-Moritz Merkelでさえも、私の知る限りではこれほど大きなものが懸かった試合をしたことがないはずです。

それだけに、選手たちにかかるプレッシャーは計り知れないものでした。私はこういったストレスの対処が比較的得意だと自負しているつもりです。しかし、今回は集中するのが難しく、目の前のこと以外のことを考えずにいるのは困難でした。感情に飲まれてしまったのは一度どころではなかったでしょう。

大会に臨もうというころ、メタゲームブレイクダウンを見て、スタンダードのメタゲームを確認した私はダメかもしれないと思っていました。ヒストリックで勝ち星を重ね、スタンダードではダイスロールと運を味方につけてなんとか数勝をもぎ取るしかないと思ったのです。

順風

ところが、初日を終えてみれば、予想外なことに5-1でスタンディング最上位にいました。スタンダードで3勝、ヒストリックで2勝です。文句のつけようのない出来であり、最高の気分になるとともに、2日目への期待に胸を膨らませました。

しかし、2日目の初戦、私は集中力を欠いていました。負けたゲームはどちらも敗北に直結するミスをしてしまったと思います。フィーチャーマッチであり、視聴者に自分の失態を観られたと思うと、自分を責めずにはいられませんでした。

集中すべきことに意識を戻すのは難しいと感じた私は、大親友であるレオ・カドゥー/Leo Cadouxに助けの電話をかけ、精神的に立ち直れるように努めました。この行動はとても良かったように思います。幸いなことに、このマッチは時間の関係からフィーチャーされておらず、公衆の面前で恥をかかずに済みました。

瞑想

次のラウンド、私は集中力を取り戻し、ジェスカイオパスを駆るプレイヤーを撃破。その次は、チームメイトであるマッティ・クイスマとミラーマッチを戦わなくてはなりませんでした。接戦の3ゲームの末、僅差で勝利したのはマッティのほうでした。

ヒストリックの戦績は1-2となり、通算成績が6-3となった私はまだトップ4に向けて良いポジションにつけていました。しかし、上位陣のメタゲームを見るに、スタンダードラウンドの不安は拭えません。

表現の反復真夜中の時計キオーラ、海神を打ち倒す

次の対戦相手は、イゼットコントロールを使う茂里 憲之。3ゲーム目までもつれたものの、彼には及びませんでした。私は打ちのめされ、もしかしたらライバルズリーグという目標さえ叶わないかもしれないという不安がよぎっていました。

私は少し休憩を取り、内省し、友人と会話を交わし、スイスラウンド最後の2戦へ向けて集中力を取り戻そうとしました。これが功を奏し、2戦とも勝利した私は気づけばスイスラウンドを4位で終えていたのです。

予想外の牙

2日目は上がり下がりの激しい日でした。初戦でひどいスタートをしたかと思えば、最終的には最高の出来になっていました。私は胸をなでおろしましたが、まだ終わりではありませんでした。5位のギャヴィン・トンプソン/Gavin Thompsonが私と同じ勝ち点を稼いでおり、3日目の勝利者側ブラケットの座を懸けて3マッチの2本先取をスタンダードで戦うことになったのです。

これだけ感情的に揺さぶられた一日の後で私は疲労し、ストレスが溜まっていましたが、なんとか最後までふり絞ろうと努めました。お互いにミスはあったものの、見ごたえのあるプレイを披露。最終的に私が勝利を収めましたが、どれだけ自分が運に味方されただろうと思いました。これで残る2マッチのうち、1マッチでも勝てば世界選手権とMPLが確定します。他方、ギャヴィンと6~12位のプレイヤーは3マッチ続けて勝利すれば理想の目標を達成です。

合同勝利

ここで特筆すべきは、チームメイトであるマッティ・クイスマがトップ4に入賞し、サムとデイヴィッドもトップ12に入り、最低でも次期ライバルズリーグを確定させたことです。チームメンバー全員が調整した努力を大きな成功につなげたのは驚くべきことであり、今回の成功からさらなる飛躍も期待できます。

3日目の模様はカバレージで詳細に掲載されていますので、そちらをご参照ください。最初のマッチはうまくいかず、ナヤアドベンチャーを駆るサム・パーディーに粉砕されました。2マッチ目はデイヴィッド・イングリスとのグルールミラーであり、2戦とも強い初手に恵まれ、上位シードによる先手の利を活かして勝利しました。

ここでデイヴィッドの素晴らしい活躍について触れさせてください。彼はタイブレイカーの末にトップ12に入り、最下位のシード、つまり3日目は全て後手だったにもかかわらず2マッチを勝ち抜いたのです。これは信じられない強さですよ。きっとこれからデイヴィッドの姿を頻繁に見かけるに違いありません。そして、デイヴィッドだけでなく、マッティやサムともこれからも一緒に練習したいものですね。

物語への没入

世界選手権とMPLの権利を決める戦いに勝利した瞬間は、まるで映画のワンシーンのようでした。感情を抑えきれずに雄たけびをあげ、最大限の笑みを浮かべながら深く呼吸し、全身は震えていました。3日目を通してストレスやプレッシャーに滅入っていた私は、大きな安堵に包まれました。この大会の終わりは、私の人生を変える成功でもあり、かつてないストレスのかかる大会の終わりでもありました。

何が起こったのか。自分が何を成し遂げてしまったのか。今日までなかなか理解できずにいます。きっと完全に腑に落ちるまでしばらく時間がかかるでしょう。今年の1月に「君は今年の世界選手権に出るよ」と言われたら、きっとみなさんを笑い飛ばしていたはずです。年が明けたころはセットチャンピオンシップの権利すらなかったのですから。そしてこの2か月の間に、MPLの座を勝ち取り、世界選手権の権利も獲得しました。こんな話を誰が信じるでしょうか。

コミュニティへ

今回の勝利は、さらにマジックに傾倒できるようになったことも意味します。私が夢や目標を達成してきたように、同じを想いを抱えるほかのプレイヤーたちを支えたいと思っています。これまで長い年月支えてきてくれたコミュニティのみなさんのために、コーチングや配信を通して私の知識を少しでもシェアしてきたいですね。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

アーネ・ハーシェンビス (Twitter / Twitch)

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Arne Huschenbeth ドイツの若きプロプレイヤー。スタンダードへの造詣が深く、グランプリ・リミニ2016優勝、プロツアー『破滅の刻』では構築ラウンド10勝0敗など数々の実績を誇る。 他にも3度のGPトップ8経験を持つ彼は、2017-2018シーズンでも安定した成績を残し、41点ものプロポイントを獲得。見事ゴールド・レベルに到達した。 Arne Huschenbethの記事はこちら