「見事防衛!坪井選手、見事神となりました!防衛です!」
統率者神の防衛は可能なのか?
僕は統率者神の実施検討会でこう発言した。「神の座を防衛することはほとんど不可能だから、”神の座に就く”というコンセプトとそぐわない」と。
誰もが無理だと答えただろう。
6月19日、この日までは。
マッチアップとデッキ選択
SEに残ったベスト12の時点で、互いに顔見知り、同じ調整チームだという選手が多数。そのなかの4名は第1期統率者神決定戦でもSEに残った強豪選手だ。
神に挑む3人。デッキリストはこちら
統率者戦は4人対戦のゲームであり、神は3人の挑戦者を倒さなくてはならない。それも、参加者133人の予選ラウンドを突破した猛者。しかも今回神に立ち向かう3人は互いに知ったプレイヤー。前回の統率者神やこれまでの最強統率者決定戦でも結果を残してきたコミュニティからの刺客なのだ。
決勝卓の席順はランダムに決定される。ただでさえ先手後手の勝率に大きな開きがある統率者戦。特に2ターンキルを狙うこともできるログラクフ&テヴェシュの手番が注目される。
ログ&テヴェは2番手。1番手も高速なコンボデッキであるジョイラ。ティムナ&クラムは4番手。肝心の神は3番手。そのデッキ選択とは――
前回と同じ、トラ&アキリだった。前回のインタビューではデッキ選択の理由として「無限マナの注ぎ口としてのトラシオス、《新生化》の種としてのアキリが好きだ」と答えていた。
- 2022/03/20
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「悩みました。本当に悩みましたよ」
坪井選手に投げかけた質問はこうだ。
――ログ&テヴェも試していたと風のうわさで聞きましたが、なぜ今回もトラ&アキリという選択だったのですか?
「ログ&テヴェも確かに試しました。でも自分に合わなかったんですよね。前のめりなデッキが……」
坪井選手とは以前からインタビューや神関連の手続きを通してやり取りをしてきた。その丁寧で気遣いにあふれた言葉に坪井選手の人柄が見える。確かに、坪井選手の性格には合わないのかもしれない。
「それで、やっぱりなじみのデッキで参加することにしました。リストもほとんど変わっていません。その代わり、今回は師匠とマリガンの研究をしました。ギリギリまで調整と練習に付き合ったおかげで今日のゲームがあります」
坪井選手は《波止場の恐喝者》のある手をマリガンしている。自分より前のプレイヤーが積極的にアーティファクトを展開するデッキなので、かなりいい手にも見えたが、打ち消しが無かった。
「どれだけ自分が早くても、まずまちがいなく他のプレイヤーが最初に走ることになる。だから、必ず最低限1度のリーサルには耐えられる手でキープすることに決めていました」
ゲーム前、ライブラリーカットをする坪井選手
結果、坪井選手は《白鳥の歌》《貴族の教主》、そして数枚の土地を握ってゲームを開始させる。この「師匠と共に作った初手」が功をなすことになる。
ゲーム展開を振り返る
ここからは坪井選手のプレイを中心にゲームを振り返ろう。
ジョイラは《Volcanic Island》をフェッチしてゴー、ログ&テヴェは《沼》をセットして《バネ葉の太鼓》、《ロフガフフの息子、ログラクフ》を展開、《一攫千金》で宝物トークンを作る。
ここで坪井選手は《貴族の教主》をプレイ。一旦は構えるのではなく、次のターンに《トリトンの英雄、トラシオス》をキャストしながら《白鳥の歌》を構えられることを優先。
ところが4番手のティム&クラが大量のマナアーティファクトを展開し、1ターン目に《むかつき》をキャスト。これが解決されれば1ターンキルも十分ありえる。
「やっちゃった。終わったと思いました」
しかしこれはジョイラが《狼狽の嵐》で打ち消すことに成功。「本当はログ&テヴェ用だったんだけどな~」とこぼし、受け取ったターンには《呪文滑り》を唱えてタップアウト。デッキリストは公開されていて、《意志の力》《否定の力》の不採用は明らかになっている。
ログ&テヴェは《炎の儀式》を絡めながら《愚者滅ぼし、テヴェシュ・ザット》を着地させ、《ロフガフフの息子、ログラクフ》を生け贄に捧げて3枚ドロー。一気に手札を回復。
坪井選手は胸をなでおろし、予定通り《トリトンの英雄、トラシオス》を着地させながら《白鳥の歌》を構える。その手札には《偏向はたき》もあり、2段階に構えることに成功。
ティム&クラが《ルーデヴィックの名作、クラム》を戦場に送り出し無防備な《愚者滅ぼし、テヴェシュ・ザット》を攻撃。続いてジョイラが《ファイレクシアの変形者》を《ルーデヴィックの名作、クラム》に変身させ、これも《愚者滅ぼし、テヴェシュ・ザット》に突撃。
アドバンテージ源を失ったログ&テヴェは《波止場の恐喝者》でマナを確保、《不気味な教示者》で手札を整える。
まず間違いなく次のターンに大きな動きがある。坪井選手は《古えの墳墓》をセットして《トリトンの英雄、トラシオス》の能力を構えながら打ち消しも潜ませる。
ティム&クラは《織り手のティムナ》を追加してアドバンテージ回復。ジョイラは《リスティックの研究》をキャスト。
このスタックでログ&テヴェが《むかつき》を放つ!ここで坪井選手から虎の子の《白鳥の歌》!《むかつき》の打ち消しに成功し、《リスティックの研究》が着地。《Mishra’s Workshop》をプレイしてジョイラはターンを回す。
受け取ったターン、再びログ&テヴェが仕掛ける!もう打ち消しはないと踏んだか、《深淵への覗き込み》だ!しかし、これに坪井選手が《偏向はたき》!
《深淵への覗き込み》は二枚目の《むかつき》、あるいはライフを大きく削られてしまったときのための予備。大量のドローをしてそこからマナ加速、コンボを決めるという意味では《むかつき》と同じ役割だが、「対象をとる」という点で大きな違いがある。
そう、呪文の対象を変更する呪文で逆に窮地に陥る可能性があるのだ。もっとも、これはほとんど「机上の空論」。仮にノーガードで《深淵への覗き込み》を唱えて《偏向はたき》されそうになっても、他のプレイヤーが《深淵への覗き込み》を打ち消すからだ。
このときもティム&クラには《汚れた契約》があった。手札に青いカードがないため、《意志の力》《否定の力》では止められないが、《激情の後見》で打ち消したり、《偏向はたき》でさらに横取りが可能。
「《偏向はたき》が上手くいくとは思っていませんでした。どうせ《深淵への覗き込み》本体が消される。それならそれでよかったんです。まさかあんなことになるなんて……」
《汚れた契約》の解決に入りますが、《思考停止》《タッサの神託者》などのフィニッシュ手段が失われてしまう。《偏向はたき》を見つけたころにはライブラリーの大半が飛び、《深淵への覗き込み》の対象を自分に曲げてもコンボ勝利できず、唯一残った道、コンバットでの勝利を目指すのに必要なライフまで失ってしまう……
坪井選手の《偏向はたき》が解決されます。対象が坪井選手に変更される!
曲がったぁ!
坪井選手のものとなった《深淵への覗き込み》が解決される!ライブラリーの半分をドロー!
突如手に入った大量の手札を眺める。
大量の手札からマナアーティファクトを展開。《波止場の恐喝者》をキャスト。そして《エラダムリーの呼び声》で《祝福されたエミエル》をサーチ……
かつて坪井選手はこう語っていた。マジックに数あるコンボの中で「無限マナ」が一番好きだと。そしてその注ぎ口である《トリトンの英雄、トラシオス》が好きだと。
前回の決勝戦でのこと。坪井選手は《波止場の恐喝者》と《祝福されたエミエル》を戦場に並べながらも、宝物トークンの数を誤認し、マナが足りず《祝福されたエミエル》の能力を起動できずコンボが成立しなかったという苦い記憶がある。
「《波止場の恐喝者》の能力の解決で……宝物の数をみんなで確認したい」
「OK!」「ヨシ!」「ヨシ!」
《イーオスのレインジャー長》の能力も解決済みなため、もはや抵抗手段はほとんどない。3人の挑戦者たちが優先権をつぎつぎパスしていく。「ヨシ!」「いいよ!」「どうぞどうぞ!」その声はまるで坪井選手を再び神の座へ送り出すかのようだった。
そして《祝福されたエミエル》が《波止場の恐喝者》をブリンクし始める。無限宝物が成立!そしてマナが《トリトンの英雄、トラシオス》に注ぎ込まれ、ライブラリーのカードを引き切る!クリーチャーを展開してから《破滅の終焉》でフィニッシュ!
誰もが無理だと言った、統率者神の防衛。それを初代神が成し遂げた!
ゲームを終えて
「練習会やフリプでぜんぜん勝てなくて。正直すごく胃が痛かった。本番の日が近づくにつれてしんどくなって、心が折れそうになっていました――」
どうして今回防衛できたと思いますか?と質問した。僕は「こんな練習をした、こんな研究をした」という回答を期待していた。しかし坪井選手からそんな言葉は出てこない。ひたすら感謝の言葉が並ぶ。
「――でも周囲のプレイヤーたちが励ましてくれたんです。今日参加できたのは、勝てたのは、ふだん一緒に遊んでくれるみなさんのおかげなんです。本当に、本当に。一緒に練習してくれて、励ましてくれて。師匠もぎりぎりまで練習に付き合ってくれて。本当にみんなのおかげなんです」
ゲーム前、生放送でのインタビュー。ここでも
「前回今回と応援してくれた方、ありがとうございます」と語っていた。
例えば徹夜で研究したとか、海外プレイヤーと練習したとか、そういう特別な頑張りはない。坪井選手の口からはコミュニティへの感謝の言葉しか出てこないのだ。本人は「緊張した緊張した」というが、前回も間近で観戦していた私に言わせれば、その顔つきは前回の凝り固まった表情とは対照的に、穏やかで、自信を感じさせた。これも多くの仲間の支えのなせる業だろうか。
統率者戦は4人対戦が基本である以上、ある程度の規模のコミュニティでないとなかなか思ったように遊ぶことができない。競技志向な統率者戦ならなおさらだ。そして、当然統率者戦も「たくさんやってるやつが勝つ」ゲームだ。それなりの規模のコミュニティに属し、たくさんのゲームに付き合ってもらえる。坪井選手から感じる懐の深さ、人徳がそれを現実にしている。
マジックは人と人をつなげるゲーム。感染症の蔓延、MTGアリーナの台頭でテーブルトップのマジックの魅力が浮き彫りになったこの数年。日本選手権やコマンドフェストが久しぶりにテーブルトップで開催されることになったこのタイミングで、コミュニティを愛し、コミュニティに愛された選手が神を防衛する。なんと象徴的な出来事ではないか。
ゲーム後、インタビューに答える坪井選手。
最後の質問。
――これから統率者戦をはじめる、これから競技的な統率者戦に挑戦する人に向けてお言葉をいただけませんか。
「僕は本当に勝てると思っていなかった。みんなも自分の好きな統率者を信じて統率者戦を楽しんでほしい」
坪井選手は再び神の座をかけた戦いに挑むこととなる。統率者神決定戦はすべての統率者プレイヤーに開かれている。第三回統率者神決定戦のテーブルでお会いしよう。