伝説の人物が語る、カードゲームの力
2023年はマジック:ザ・ギャザリングと晴れる屋にとってひとつの節目に当たる。マジックが世界初のトレーディングカードゲームとして産声をあげてから30周年を迎え、300席のプレイスペースを擁する「晴れる屋 トーナメントセンター」もオープンから10年の歳月を重ねることとなる。
マジックの歴史は人の歴史でもある。野球やサッカー、将棋やチェスのように、これまで数多くのプレイヤーがさまざまな物語を紡いできた。
今回は日本のマジックコミュニティの立役者とも言える、二人のデュエリストにお話を伺う。
マジック黎明期から数多くの大会で実績を残したトッププレイヤーであり、現在はゲームデザイン事業をおこなう有限会社遊宝洞代表の中村 聡――通称NACと、株式会社晴れる屋代表にしてプロツアー出場経験を持つ岩田 太。
マジックの歴史の証人ともいえる二人にカードゲームの過去と未来について語っていただこう。
マジックは何がすごかったのか
マジック黎明期から活躍するお二人のマジックとの出会いを聞かせてください。
岩田:もともとボードゲームやTRPGが好きで知りました。当初は『マジック:ザ・ギャザリング』のプレイ自体は一人回しがメイン。たまに土日の大会に出るっていうぐらいの、とてもカジュアルな付き合い方でした。
岩田 太
株式会社晴れる屋代表取締役社長。アルバイトとして晴れる屋でのキャリアをスタートし、トレードチーム責任者などを歴任。現場を知るリーダーとして慕われている。
プロツアーを3度経験、直近では『イニストラード・チャンピオンシップ』では13位など、プレイヤーとしての活動も継続。
中村:『リバイズド』のころに輸入されて、日本語化されて。それまでのアナログゲームの世界では考えられないぐらい、革命が起こるぐらい流行ったんですよね。
中村 聡
アジア太平洋選手権98優勝をはじめ、数々の輝かしい成績を持つ伝説的プレイヤー。奇抜な帽子をかぶってイベントに現れることでも有名。
ゲームデザイン事務所「遊宝洞」代表取締役。ゲームシステムデザイナーとして活躍。カードゲーム「ヴァイスシュヴァルツ」「ビルディバイド」などの開発に携わる。
漫画『デュエル・マスターズ』ではテクニカル・アドバイザーとして、登場するデッキやゲーム展開を提案するなど執筆に協力。劇中に登場するアジア最強の男「NAC」のモデル。
中村:友人の誘いがあってマジックを買いに向かったんですが、そのお店で声をかけてくれたのが、後に一緒に遊宝洞を立ち上げるヒロキ(広木克哉氏)でした。「これから遊ぶんだけど一緒にどうですか?」って誘われて、そこでみんなではじめたのがマジック人生のスタートです。
マジックが流行すると、「ポケモンカードゲーム」(1996年)や「遊戯王OCG デュエルモンスターズ」(1999年)が誕生しましたね。他のカードゲームと比べて、マジックはどういう部分が優れていると思いますか?
中村:僕はカードゲームは全部面白いと思ってますが、マジックだけが持つ功績がひとつありまして。それは世界を変えた、時代を作ったということです。
中村:すべてのカードゲームの父であり母であるっていうことは、単に最初に作られたということだけではないんです。儲ける仕組み、ビジネススキームを作ったんです。
岩田:新しい産業を作ったともいえますね。株式会社晴れる屋だけでみても、マジック専門店を全国に25店舗も展開して、500人以上の社員・アルバイトを雇用しています。
中村:立派に産業ですよ。 僕はゲームデザイナーであり会社経営者なので、産業を作り上げたってことの凄さを実感しています。
中村: ゲームという意味では、マジックと同じくらい面白いゲームはあったかもしれません。マジックの後から出てきたゲームの中に、それよりも優れているゲームがあるかもしれない。一方で、マジックは何もないところから生まれ、そして世界を変えた。同格なのは同じように時代、世界を変えたものだけ。ほかのTCGとは比べようがないんです。初めて作られた映画、初めて作られた飛行機みたいなものなんですよ。
岩田:カードゲームの競技イベントをはじめたのもマジック。しかもかなり早い段階からやっていた。
中村:最初に参加した世界選手権1996は思い出深い。日本代表が初めて参加した世界選手権であり、4人でアメリカに行きましたね。
中村:いわゆる「ネクロの夏」です。「俺たちはコンボデッキだ、どうだ!」と見せつけたら、「ああ、それならこれで対策はこれね」ってオフェンシブサイドボードの対抗策を打たれているところまで海外ではもう研究されつくしていた。悔しい思いをしました。
中村:でもうれしいこともありました。記念にもらったプレイマットに対戦相手みんなにサインをしてもらったんです。真ん中にはリチャード・ガーフィールドのサイン!
岩田:いいなあ。僕は3回プロツアーに参加しました。最初のプロツアーはフィラデルフィア。『神河ブロック』限定構築。直近ではオンラインで開催された『イニストラード・チャンピオンシップ』。でも、オンラインよりテーブルトップの方が断然面白いですね。プロツアーでアメリカへ行った時はめちゃくちゃ知り合いが増えたけれど、オンラインの時は誰1人増えなくて残念でした。
インターネットの普及や感染症対策でマジックのイベントは変化しつつありますね。
異常なカードを探せ
インターネットの普及で、今日ではどんなデッキが勝った流行ったという情報がかんたんに手に入れられるようになりました。それ以前からデッキビルダーとして名をはせ、アジア太平洋選手権を制した中村さんはどのように独創的なデッキを構築していたのでしょうか。
中村:基本的には勘だった気がしますが(笑)……言語化するなら「「パンデモノート」や「おにぎりシュート」を開発した笹沼さんの言葉がわかりやすいですね。数値やテキストに異常なことが書いてあったら注目すべし、と。
中村:どんなカードゲームでもバランスを取るために、カードは一定の範囲の強さでデザインされているはずなんですよね。例えば、マナコストが0や1だったり、パワーが極端に高かったり、特殊なテキストだったりすると、それ相応のデメリットも書かれている。そのデメリットを帳消しにできたら、それはデッキになるんですよ。
中村:「スパイクの誓い」もそんな発想から構築しました。《エラダムリーのぶどう園》は1マナで2マナ加速。強い!でも相手にも2マナあげますよ、しかも恩恵を受けるのは相手が先ですよって書いてあったら、どう考えても弱い!でも、もしそれが自分だけブン回りに使えて、相手側に出るマナがデメリットになるような構造にしたらゲームにならないかなって。
アジア太平洋選手権98「スパイクの誓い」
《エラダムリーのぶどう園》で得たマナで《冬の抱擁》《忍び寄るカビ》で相手のマナ基盤を破壊する。自分は浮きマナを《スパイクの織り手》で消費できるが、対戦相手は緑マナの使い道が無ければマナ・バーン(未消費のマナを失うとき、その点数分のライフを失うというルール。現在では廃止)になってしまう。
中村さんはこのデッキを使用し、アジア太平洋選手権98で優勝。中村さんが監修したマジックを題材にした漫画『デュエル・マスターズ』の第1話では中村さんをモデルにしたキャラクター「NAC」がこのデッキを使用している。
中村:デザイナーがこうさせたいんだろうなっていう匂いも、同じデザイナーだからわかる。で、それは避ける。デザイナーが意図したデッキはみんなが作るから。
岩田:ただ、それもだんだん通じなくなってきましたね。デザインが洗練されてきています。
中村:うん、昔とくらべて、ユニークなデッキを構築するのは難しくなっていると思います。理由は2つ。
中村:ひとつは、デッキが公開共有されるようになったことで、すごいスピードで研究が進んで、皆さんが強くなっている。「オリジナリティ溢れるデッキ」というのは通用しにくくなってきてますね。
中村:もうひとつは、カード単体のパワーが強くなり、差がつきやすくなったことにありますね。プレインズウォーカーが出てきたあたりから、一部のカードは「出されて対処できなかったら負け」というレベルへいってしまった。そんなカードをデッキに入れていないと、たとえ複数のカードを組み合わせてそのクラスにたどり着いたとしても、1枚1枚のカードパワーの差で負けてしまう。
中村:結果的にみんな同じようなデッキになりやすい状況かも、と横で見ていて感じます。最近のプレイヤーは構築力が落ちたとか、オリジナルデッキを作ってないっていうわけじゃなく、今のマジックの環境でオリジナルデッキを作られてる方がすごいのだと僕は思っています。
プロプレイヤーはどうあるべき?
マジックの世界にも野球や将棋のようにプロプレイヤーと呼ばれる人たちがいます。ご自身を含め、多くのプロ選手と関わってきたお二人が考える理想のプロプレイヤー像を聞かせてください。
中村:先日ツイートをしたんですが、その背中に憧れられる人であってほしいですね。滅茶苦茶強くて勝ち続けるような人であったとしても、その人を見ていると観戦者や対戦相手が嫌な気分になるようでは、その競技を壊していると思っています。
競技プロは、その姿を見た人がその競技を好きになり、プロに憧れる存在であってほしい。
— 中村聡 (@nakky0127) June 7, 2023
誰にでも愛されるトッププロは、競技のファンを広げ、自分の強さと勝利の価値そのものを上げる。
どれほど強く勝利を積み重ねても、プロを見た人が競技を嫌いになるならば、やがて賞金大会は消えるだろう。
中村:その人と対戦するたびにほかのプレイヤーが辞めていき、誰もいなくなっちゃったら、その人の強さや価値を認めてもらえないわけじゃないですか。誰かを不快にさせるたびに自分の勝利の価値を落としていき、自分が持つ強さや勝った意味を、無駄なもの、無意味なものに変えていってるんですよ。
中村:プロってそれで食っていくっていう人なんだから、そのコンテンツにただ乗りして利用するだけの存在ではなくて、その世界そのものの価値を上げられる人であってほしいですね。
岩田:マジックのファンを増やそうと思って行動する人が理想ですね。
中村:それが、「背中に憧れられる人」ってこと。
岩田:実際にプロチームHareruya Prosを支援している企業としては、「強ければプロ」という時代は終わりつつあると思います。カードゲームってユーザーが増えてこそなので、むしろゲームの面白さを伝えられるかどうかっていうゲームプロデュースの形へどんどんシフトしていると思いますね。
岩田:プロプレイヤーを目指す方々は、自分がプレイしているゲームの面白さをきちんと伝えられるような形で活動していただけたら、私たちもスポンサードしやすいなと。そういう方をどんどんスポンサードしていきたいなと思っています。勝ってはいるんだけどネガティブ発言が多いという方もいて、そういう方はちょっとスポンサードしたくないかな。
中村:極端な話、ぜんぜん強くなくても、見ているだけで楽しくて、そのゲームで自分も遊びたくなるって人はある種のプロですよね。トロピ大塚さんはプロツアーで優勝はできないかもしれないけど、彼を見てマジックしたくなるっていうんだったら、それも立派なプロ。
岩田:昔、競馬でハルウララという馬がいましたね。全然勝ってなかった。でもすごい人気でしたよね。やはりその人を見ていて応援したいとか、面白いって思えるっていうのが、プロに求められる条件なんじゃないかなあ。
岩田:今はSNSなど情報発信媒体が沢山ありますし、大会の結果以外の部分を見られることが増えていますよね。一般の方から見られるのはどちらかというと結果以外の部分。たとえばサッカーではそういうセルフプロデュースの教育にとても力を入れていて、どの選手にもプロとしての心構えが備わっている。マジックの方でも、もっと浸透してくれるといいなとは思ってますね。
改めてマジックの面白さとは
中村:幸いなことに僕はクリエイターとして自己実現や自分の作品を出せる立場ですが、カードゲームの世界では誰だって自分だけのものを発表できるんです。こんなにワクワクするものはありません。
中村:カードゲームの楽しさにはサイクルがあります。「購入」「構築」「対戦」です。パックを買ってランダムなカードを手に入れると、デッキを組みたくなる。出てきたカードで自分だけの戦略を考えてみんなを驚かせたい、ってね。デッキができると対戦です。もっと面白いゲームにしたいって思って、デッキを調整したくなる。カードが欲しくなるんですよ。この3つのサイクルです。
中村:このサイクルが停滞したころに新しいセットが出たり、アニメが放送されたりする。そうするとまたサイクルがはじまる。たのしいことがぐるぐる繰り返されるんです。こんなホビーはなかなかないですよ。デッキが完成するまでずっと楽しい。対戦して結果がでるまでは俺のデッキは最強に違いないと。だから早く対戦したくなる。定期的に楽しみを持てるんですよ。まぁ、試したら大抵デッキは壊れるんですが(笑)
岩田:失敗するところまで含めて楽しいですよね 。
中村:「あーだめだこりゃ、まあわかってたけどね」って強がるところまで含めて、ね!
岩田:他のカードゲームと比較してマジックが面白いなって思うのはゲームにジレンマ、リスクとリターンがあるところですね。マジックは土地がないと呪文を唱えられないけれど、土地ばかりあっても負けてしまう。
岩田:こういう要素って最近のカードゲームではあまり見かけなくなっています。ターン経過に応じて勝手に1個エネルギーが増えていきますよみたいのが多かったりしますよね。一方マジックでは色が足りないとか点数が足りないとか、不自由な場面があります。その部分こそがマジックを面白くさせている理由だと思っています。新規のプレイヤーにもその部分を大いに楽しんでいただきたい。
中村:毎回完璧だったらつまんないよね。
岩田:もしマジックに事故の要素がなかったら。こんなにハマれなかったと思います。負けても一呼吸おけば楽しさが勝って、すぐに戻れる。やっぱり、この思い通りにならないってことこそがマジックの醍醐味なんですよね。
中村:マジックの面白さってつまりカードゲームの面白さだと思うんだけど、それは「毎回違うことが起こる」ってこと。これは何度も繰り返し伝えたい。
中村:環境は変化していくし、それにともないデッキも変わっていく。毎回対戦相手は違うし、ゲームではドローが変わっていくから同じ体験はないんですよ。山札の上には未来がある。夢と希望がある。必ず次もまた驚きと楽しみがあるんだ。それがカードゲームの面白さ。
マジックの歴史は続く。そこにはこれまでと全く違う景色が広がっているかもしれない。きっとそこには新しい夢と希望があるはずだ。