マジックを愛し、競技マジックを支えてきた男
カードゲームにおける「イカサマ」とは、対戦相手やジャッジを欺き、騙し、名誉なき勝利を手に入れることである。
マジック:ザ・ギャザリングの歴史が始まって30余年。数々の競技イベントが開催され、数々の名勝負が生まれてきた。そんな競技マジックを誰よりも近くで見続けた男がいる。

▲カメラを向けると、おちゃらける癖があります。
牧野充典。現在のジャッジ組織の前身団体では、日本で数人しかいないといわれる、レベル3ジャッジ資格を取得した上、ジャッジプログラム日本リージョナルコーディネーターまで務めた経歴を持つ。
「ジャッジ」と聞くと厳粛なイメージがあるが、牧野は非常に気さくでユーモアのある「楽天家」だ。今もなお、日本のジャッジ界におけるキーパーソンとして知られる牧野は「社会におけるマジックの地位向上」を目指すべく精力的に活動している。
今回の記事では、そんな牧野にあえて「マジックで行われてきたイカサマ行為 」について話を聞いてみた。イカサマとは我々が愛するマジックを汚す行為ではあるが、イカサマについて学ぶことは正しく、マナーの良いプレイを知ることにつながるはずだ。
牧野充典インタビュー -イカサマと予防策-

イカサマとジャッジの対応
牧野:意外に思われるかもしれませんが、イカサマをジャッジが見つけることは基本的にありません。そもそもイカサマとは対戦相手やジャッジの目を盗んで行われるものなので、イカサマが発覚する場合、隣の卓のプレイヤーとか、周囲のプレイヤーがたまたま現場を目撃したというケースがほとんどです。
牧野:そのため、どんなに「黒い」と感じていても、ジャッジは事情聴取を最優先します。そんなとき、私が当該プレイヤーに熱心に伝えるのは「正直にあったことを話してください」ということです。多くの人が誤解していると思いますが、ジャッジの仕事はゲームをスムーズに、正常に進行させることです。ペナルティを与えたり、失格処分にすることが仕事ではありません。
牧野:ゲーム中に不正が起きた場合、それが故意でも、過失でも、素直に事実を認めてくれたら私は許すつもりで話をします。もしも悪いことをしていたのなら、それを悪いことだと認めて反省してくれたらそれでいいんです。それにも関わらず、自分にとって都合がいいように話を捻じ曲げたり、罪を軽くするために嘘をついたり、ジャッジを欺こうとしたプレイヤーに対して、失格・ゲームロス・マッチロスといったペナルティを与えるということはあります。ただ、現在のマジックでは、ほとんどそういったことは起こりません。
牧野:私たちがペナルティを宣告することが減った要因は、マジックプレイヤーの多くがマナーやルールを遵守するようになったからという背景があります。私はマジック以外のカードゲームでもジャッジを務めていますが、マジックプレイヤーの遵法意識はかなりハイレベルです。長い年月をかけて、マジック業界全体がそうなっていくのを見てきました。
マジック暗黒時代に行われたイカサマの例

牧野:私がジャッジとしてマジックに関わるようになって24年。昔は、イカサマ、もしくはイカサマになるすれすれのダーティープレイが横行していました。ダブルドロー、積み込み、デッキに入っていないカードの持ち込み、遅延行為などです。マジック暗黒時代とも言うべきときには、それらのイカサマや不正行為を咎めるために、抑止力としてジャッジが重いペナルティを課す必要がありました。今よりもずっと、厳しく取り締まられていたんです。
牧野:すると、今度はジャッジを利用して真っ当なプレイヤーを敗北させるイカサマをする人が登場しました。詳しいイカサマの方法について記事で紹介するのは本来、かなり危険なことではありますが、今では通用しない方法なので1つ紹介させていただきます。
相手のライブラリーからカードを1枚盗む
牧野:ゲーム開始時や対戦相手がフェッチを切った場合など、「対戦相手のデッキをシャッフルする機会に、こっそりカードを1枚盗む」という荒技がありました。普通に犯罪なのですが、盗んだカードはテーブルの死角や衣類の中などに隠し持っておきます。
牧野:そのままゲームを進行し、機をみて盗んだカードを床に落とします。そして、あたかも今、気がついたかのようにジャッジを呼び、「床に対戦相手のカードが落ちています。ゲーム中、対戦相手のライブラリーは不正(59枚以下)であったようです」と訴え、処分に持ち込むというイカサマがありました。
牧野:このケースは、今のジャッジの判断基準なら床に落ちているカードをライブラリーに戻し、シャッフルしてゲーム再開となります。昔と違い、この程度のことで対戦相手を敗北させることはできないんですね。
正しくゲームをするために、プレイヤーができること

牧野:暗黒時代は昔の話です。現在はイカサマをしない、そしてイカサマをさせないという意識がプレイヤーたちの間で浸透したことで、ジャッジの裁定がかなり緩和されました。いわば、現在の健全な競技マジックは、歴代のマジックプレイヤーたちが勝ち取ったものなんですね。そして、これからのプレイヤーたちが守っていくべき文化でもあります。
牧野:せっかくなので、ここからは「イカサマ・不正を防止するため」「イカサマ・不正を疑われないため」にプレイヤーの皆さんに意識して欲しいことを紹介したいと思います。
引いたカードを1度、テーブルに置く
牧野:ドローをするときは、ライブラリーから引いたカードを直接手札に加えるのではなく、テーブルに置いてから手札に加えることを推奨します。この方法なら、お互いに確認しながら正しい枚数のドローを処理することができますし、疑われることもありません。
牧野:もしも、こういった細かい心遣いがマナーとして広まれば、ダブルドローというイカサマはなくなるのではないでしょうか。また、うっかり自分がダブルドローすることもありませんので、おすすめです。
「カット」で済ますのではなく、しっかり「シャッフル」!
牧野:相手のデッキをシャッフルするとき、カット(山札を半分、もしくは3分の1などに分けて、積み直す)だけで済ましてしまうプレイヤーも多いかと思います。ライブラリートップの積み込みさえケアできれば良いという考えかもしれません。しかし、そのカットの癖を読まれると、簡単に積み込みを許してしまいます。
牧野:例えば、「デッキを半分にカットするタイプ」の人に対しては、デッキをシャッフルするふりをしながらお目当てのカードをライブラリーの真ん中付近に置くことで、相手のカットによってライブラリートップ近辺にカードを送り込むことが可能です。それこそ「引けば勝ち」レベルのカードなら、必ずしもライブラリーの一番上にある必要はなく、ライブラリーの上部に来れば十分というケースはいくらでもあります。
牧野:積み込みをさせない、また、自分が積み込みをしていると疑われないためにも、カットで済ませるのではなく、しっかりとシャッフルすることが大切です。ちなみにシャッフルをする際はデッキを見るのではなく、相手の目を見るのがおすすめです。相手の不正を予防しながら、自分が不正をしていないことのアピールにもなります。
ライフは増減した数ではなく、変化後の残りライフを共有する
牧野:ライフの増減を誤魔化す、また、誤魔化すつもりはないけれど処理を忘れてしまうことはいくらでもあります。そういったことが起きないために、ライフの増減があった場合は「いくら増えた、いくら減った」ということを共有するのではなく、「残りライフが今、いくつか」を確実に共有するようにしましょう。
カードは正しくスリーブに入れよう
牧野:スリーブは消耗品です。角が折れたり、端がよれていたり、どうしても個体差が出てきます。神決定戦シリーズなど、晴れる屋の大型大会でもスリーブ交換をお願いすることがあるのですが、正しくスリーブ交換ができているプレイヤーは少ないと感じています。
牧野:例えば、市販の80枚入りのスリーブがあったとしましょう。40枚ずつ袋に入っていたとして、40枚の束Aと束Bのスリーブで、色が微妙に違う(ロット違い)ことはいくらでもあります。それなのに、メインデッキのカードの表面を見ながらスリーブにカードを入れはじめるプレイヤーをたまに見かけます。
牧野:これだと、60枚入れ終わったときに、微妙にスリーブの色が違う40枚と20枚のデッキが完成してしまうかもしれませんし、サイドボードのカードに関しては丸々、別ロットのスリーブに入ってしまうことも考えられます。これでは、マークドを疑われる可能性が生じてしまいます。
牧野:スリーブを入れ替えるときは、必ずサイドボードのカードも加えて、すべてのカードをシャッフルしてから、裏面のまま入れ替えるようにしましょう。この方法であれば、例えスリーブ側に多少の問題があったとしても、マークドを疑われずに済みます。
盤面がどんなに複雑でも、スロープレイは厳禁
牧野:盤面が複雑になるとプレイの判断が難しくなるため、ついつい時間をかけてしまいがちです。しかし、もしも「盤面が難しいから時間をかけても許されるだろう」と思っているのなら、それは大きな間違いです。ジャッジは常にスムーズなプレイをするように促しますし、あまりにもスロープレイが目立つようであれば、警告を出すこともあるかもしれません。
牧野:そもそも、ジャッジはすべてのゲームで強いほうのプレイヤーに勝って欲しいと考えています。「複雑な盤面で正しいプレイを選択できる」かどうかはプレイヤーの実力が試される場面です。時間をいくらでもかけて良いのなら誰でも正しいプレイにたどり着きますよね。それでは技術の差が出ません。
牧野:ときには、考えがまとまる前にプレイを進めなければいけません。「急かされる」と感じさせてしまうこともあるかもしれませんが、ジャッジは違反が起きないようにプレイを促しているということをご理解ください。そして、「どんな状況でも規定時間内に正解のプレイへと辿り着けるよう、腕を磨く」というマインドを持っていただけると嬉しいですね。
小さなことでイカサマは防げる

いかがでしたか。私たちは歴代のマジックプレイヤーたちが築き上げた礎の元で、マジックを楽しく遊べているということが理解していただけたかと思います。
そして、私たちひとりひとりが正しいプレイ、マナーの良いプレイを心がけることで、このマジックの文化を守ることができます。ドロー、シャッフル、ライフ管理、スリーブ、プレイ速度など、ベテランジャッジの牧野が推奨していることは、意識をすれば誰でもできることばかりです。
これから大会に出場する方、そして、日々のイベントに参加される方。ぜひ、自分ができることから始めてみてくださいね!