決勝: 小澤 毅(宮城) vs. 川居 裕介(東京)

晴れる屋

By Atsushi Ito

川居「このために《スカラベの神》を買いましたよ」

スカラベの神

 数日前に川居の姿を晴れる屋トーナメントセンターで見かけたとき、川居はそう言っていた。

  《死儀礼のシャーマン》の跋扈する現在のレガシーで《スカラベの神》を使おうと思ったら、リアニメイトのサイドボードかあるいはNic Fitでなら出番はあるかもしれないが、いずれにせよ大抵は《意志の力》の餌になってしまうことだろう。まして川居は《師範の占い独楽》が禁止になる以前から「奇跡」を愛用し、禁止になってもなお「奇跡」を使い続けている生粋のレガシープレイヤーである。スタンダードでしか使わないであろう《スカラベの神》を購入するというのは、川居にとってはおそらく一大決心だったに違いない。

 それも、すべてはこの日のため。川居は2カ月以上も前から、このThe Last Sun 2017のために、斉藤 伸夫をはじめとしたレガシープレイヤーの友人たちとスタンダードの練習をしていた。

 「エネルギー」という、スタンダード特有でレガシーではほとんど使わないリソースには、慣れるのに随分苦心していたようだった。数日前になってすら、平日スタンダード20時の部に出場していたときの川居は、《霊気拠点》《逆毛ハイドラ》の誘発を頻繁に忘れていた。それでも、いくつもの大型大会での実績を積み重ねた川居の実戦における集中力は群を抜いていた。2Byeスタートの川居は結局、4敗ラインのオポネント勝負を制して、8位ギリギリでトップ8に滑り込んだ。

 8位通過の川居には、決勝ラウンドでのフォーマットの選択権はない。だがそれにもかかわらず、高橋 優太をスタンダードで倒し小林 友哉をレガシーで倒し、川居は決勝まで勝ち上がってきた。それは「4色エネルギー」と「白青奇跡」という、どちらのフォーマットであっても相手が対戦しづらくなるであろう強力なデッキを選択したからだ。弱点になりかねないスタンダードを練習によってあらかじめ潰すという、川居の努力が結実した形となった。

 そうして今、川居は決勝戦のテーブルで、決勝戦の対戦相手である小澤がフォーマットを選択するのを待っている。「川居、決勝進出」の報を受けて応援に駆けつけたレガシー勢も、祝福に備えて静かに見守っている。

川居「好きだわこういうレシピ、シンプルで」

 フォーマットが決まるまですることがない川居は、小澤のレガシーのデッキリストを見て軽口を叩く。実際問題、小澤のグリクシスデルバーは川居にとって好ましいものだった。ただしそこに含まれる言外のニュアンスは、好みと同時に有利不利について「相性が良い」という川居の印象をも表していた。メインに《罠の橋》まで搭載した白青奇跡の川居からしてみれば、《終末》と合わせてかなり捌きやすい相手には違いない。

 一方の小澤は、そんな川居のトラッシュトークには付き合わず、無言でスタンダードとレガシーのデッキリストを繰る。

  東北の古豪として知られる小澤は、グランプリ・山形2006準優勝、グランプリ・仙台2010トップ8という2回のGPトップ8のほか、特にリミテッドのグランプリにおいて極めて安定して好成績を残す堅実派のプレイヤーである。同じ東北勢であるHareruya Pros・熊谷 陸とも親交があり、チーム戦のグランプリにともに出場するほどにその実力を信頼されている。

 だが、昨シーズンはグランプリ・静岡2017春のサイドイベントのPTQを突破して出場したプロツアー『破滅の刻』でプロポイント4点を獲得してブロンズレベルに到達し、もはや東北でその名を知らぬ者はいないほどの実力と実績を持ちながらも、 小澤にはプレミアイベントのタイトルを獲得した経験だけがなかった。

  そんな小澤がいま、決勝戦のテーブルに座っている。観客の中には、このThe Last Sun 2017のために同様に東北から遠征してきたプレイヤーたちの姿もあった。小澤がタイトルを獲得する瞬間を見届けるために。

 小澤は川居のレシピを見比べ、じっくりと吟味する。スタンダードとレガシー、どちらの方が勝率が高いのか。

 ……やがて意を決した小澤は、2人の命運を決める一言を口にした。

小澤スタンダードで」

川居「おーのー……」

 予想通りとはいえ少し消沈した様子の川居。だが選択権のある小澤からすれば、レガシープレイヤーである川居に対してわざわざ相手の土俵で戦う必要もない。

 すなわちマッチアップは、4色エネルギー同型戦となった。前週のThe Finals 2017でHareruya Pros・津村 健志が見事優勝を飾った、今のスタンダードにおける最強のデッキ同士がぶつかり合う。

 優勝賞金50万円をかけた、The Last Sun 2017最後の戦い。

 決勝戦。2日間の激闘を戦い抜き、何よりも勝ちたいという思いに満ちた小澤と川居が、7枚を手に取った。

決勝: 小澤 毅(宮城) vs. 川居 裕介(東京)

決勝: 小澤 毅(宮城) vs. 川居 裕介(東京)

Game 1

 ダイスロールで先手となった川居に対し、意外にも小澤の後手3ターン目《ならず者の精製屋》がファーストアクションになる立ち上がり。

 その理由はすぐに明らかとなった。よく見ると、《植物の聖域》《霊気拠点》《霊気拠点》と置いた川居の様子が微妙におかしい。4ターン目にようやくプレイしたのは一手遅れの《ならず者の精製屋》で、ドローする手にも力がこもっている。そして続いた言葉は「エンドです」…… 4枚目の土地が、ない。

 これを見て返す小澤は《反逆の先導者、チャンドラ》を着地させると、「+1」でマナを出して《蓄霊稲妻》。奥義へと一直線に向かう。

 一方の川居はなおも土地を引けず、「これはちょっとねー……」と言いながら《牙長獣の仔》を送り出す。そして小澤が《ならず者の精製屋》《つむじ風の巨匠》と並べて盤石な盤面を形成したところで、決定的な差がついたと判断した川居はカードを片付けた。

小澤 1-0 川居

川居「ちょっとリスキーな構成だしなー、土地22で頑張るみたいな……でも土地3はやるよなー」

 ひとりごちる川居に対し、思わぬ僥倖で1本目を拾えた小澤はしかしあくまで冷静な態度を崩さず、これに応じない。川居の対戦中の多弁さに惑わされず、決して油断できない相手だと見抜いているのだろう。

 確かに川居の4色エネルギーは、通常なら23枚の土地が入っているところ、22枚の土地しか採用していない。しかしそれは土地を少なめに絞ることでデッキパワーの最大値を高め、プレイングの差を埋めようという明確な意思によるものだった。

 1ゲーム目は、その川居の選択が裏目に出た形となった。だが、決勝ラウンドは3本先取。事故で落とした1本の価値は相対的に低くなる。

 「互いに事故なく回った上での1枚の差を生み出す」という川居のデッキ構築上の狙いを知ってか知らずか、リードした状況でも小澤は少しも気を緩めることなく、2ゲーム目に臨む。

Game 2

 小澤の《導路の召使い》をエンド前に《蓄霊稲妻》しつつ、3ターン目に《ならず者の精製屋》を送り出して今度は順調な立ち上がりを見せる川居。一方フラッド気味の小澤は3ターン目のアクションがなく、川居の《逆毛ハイドラ》の返しでこちらも《逆毛ハイドラ》で応えるのだが、続けて川居は《つむじ風の巨匠》をプレイ、エネルギー量で一気に差を広げつつ使い道の選択肢を自分だけ増やしていく。

つむじ風の巨匠

 エネルギーデッキ同型戦において、《蓄霊稲妻》《逆毛ハイドラ》といった「エネルギーの使い道をいくつ用意できるか」は、それ自体が毎ターンのプレイの選択肢の量に直結するため、極めて重要な要素だ。とりわけ《つむじ風の巨匠》は、他のカードと違ってエネルギーを飛行機械・トークンというリソースに直接変換できるカードとなる。

  だが、このゲームでは川居が《つむじ風の巨匠》を引き込んだのに対し、小澤は引き込めなかった。空から攻める川居の軍勢を止める術を持たない小澤は《ならず者の精製屋》でドローを進めるのだが、なおも川居は《スカラベの神》を着地させてプレッシャーをかける。

小澤 毅

小澤 毅

 《隠れた茂み》の「サイクリング」を連打しても《つむじ風の巨匠》 たどり着かない小澤は、《スカラベの神》に対しては仕方なく《蓄霊稲妻》を自分のターンのエンドステップに打ち込むテクニックで対処し、一時的にとはいえ脅威を排除する。

 だが、2体目の《つむじ風の巨匠》を戦線に追加した川居は本格的に飛行機械・トークンだけでライフを削りきる構えを見せる。《反逆の先導者、チャンドラ》をプレイし、「+1」能力で忠誠度を維持して《つむじ風の巨匠》を引くまでのターンを稼ごうとする小澤だが、川居は全力で飛行機械・トークンを生み出すと、さらに《削剥》《ならず者の精製屋》に打ちこんだ上で《反逆の先導者、チャンドラ》を無視して本体にフルアタックを敢行する。

 返すターンにも《反逆の先導者、チャンドラ》の「+1」能力を起動するが、なおも《つむじ風の巨匠》を引けなかった小澤は、飛行機械・トークンの群れに押し潰されてしまった。

小澤 1-1 川居

川居「昨日まではレッドブルが幸福のドリンクだったんですけど、今日はレッドブルだと調子が悪くて……代わりにミルクティーを飲んだらレガシーで3連勝したんですよ」

 そう言いながら一息を入れてミルクティーを買ってきた川居。文字通り”エネルギー”を補充しながら勝負に臨む様は、将棋の棋士を彷彿とさせた。そして実際川居はまるで将棋の棋士のように、数ターン先の未来を読んでプレイをしているように見受けられた。

 なぜなら中盤に難しい選択肢が生まれたターン、川居はかなり時間をかけて考える。それはおそらく、そこから数ターンのやりとりをシミュレーションした上で行動を決定しようとしているからなのだろう。

 《師範の占い独楽》を失ったレガシーの「白青奇跡」は、《思案》《先触れ》で何とかデッキコンセプトを維持できてはいるものの、相手のアクションを見てから後出しでライブラリートップを操作できるお手軽さを失っていた。その結果、デッキを使いこなすには数ターン先の互いの状況を正確に予見する必要が出てきている。

 だが「奇跡」を使い続けた川居にとっては、もはやそうした未来予測は呼吸にも等しい行いにもなっているのかもしれない。

 ともあれ、メイン戦は1勝1敗。ここからはさらに複雑なサイドボード後のゲームに突入する。

Game 3

 先手2ターン目の《牙長獣の仔》《マグマのしぶき》で対処された小澤は、3ターン目を《霊気との調和》2枚でエネルギーの充填に充てる。一方川居は2ゲーム目で大活躍した《つむじ風の巨匠》を送り出す。

 小澤が《逆毛ハイドラ》を送り出すと、川居は《霊気との調和》《沼》をサーチしつつ2体目の《つむじ風の巨匠》を並べる。2ゲーム目と違って川居の側が《逆毛ハイドラ》を引けていないため、地上と飛行のダメージレースになる。小澤が《ならず者の精製屋》を出せば、川居はこれに《削剥》を打ち込んでフルアタック。小澤も《つむじ風の巨匠》1体に《蓄霊稲妻》を打ち込み、互いに4点ずつライフを減らす一進一退の攻防。

 だが返すターン、ゲームが大きく動いた。小澤が繰り出したのは《スカラベの神》。そして返す川居は……《秘宝探究者、ヴラスカ》!!

スカラベの神秘宝探究者、ヴラスカ

  すぐさま「-3」で《スカラベの神》が手札に帰る結果になってしまうと、飛行機械・トークンが邪魔でこのプレインズウォーカーを落とせない小澤はやむをえず《スカラベの神》を再キャストするのだが、なおも川居は「-3」で《スカラベの神》を処理すると、あろうことか2枚目の《秘宝探究者、ヴラスカ》を送り出す。

 2ゲーム目に引き続いてまたしても《つむじ風の巨匠》を引けていない小澤は、対処が見えている《スカラベの神》をひたすら仕方なく送り出し続ける。

川居 裕介

川居 裕介

 これを見て川居は《秘宝探究者、ヴラスカ》をさらに「+2」で起動して奥義を近づけつつ、自分のターンのエンドステップに《蓄霊稲妻》《スカラベの神》へ。飛行機械・トークンが空を舞うこの状況でライフ1にされるのは致命傷と同義。川居が、小澤を追い詰める。

 それでも小澤は《反逆の先導者、チャンドラ》の「+1」能力で《秘宝探究者、ヴラスカ》の忠誠度を8まで後退させて抵抗するが、川居はなおも《蓄霊稲妻》の空打ちで飛行機械・トークンを戦場にバラまいていく。なおも《慮外な押収》《ならず者の精製屋》を奪い去った川居は、都合4度目となる《スカラベの神》プレイの返しでついに《秘宝探究者、ヴラスカ》の「-10」能力を起動すると、フルアタックで一息に小澤のライフを刈り取った。

小澤 1-2 川居

Game 4

 《牙長獣の仔》《導路の召使い》《蓄霊稲妻》されてしまった小澤は、土地が2枚で詰まってしまう。対する川居も土地が《山》《霊気拠点》《霊気拠点》の3枚で止まり《導路の召使い》を送り出したところで、小澤はようやく《霊気との調和》を引き込むことに成功する。

 川居は《つむじ風の巨匠》、小澤は《ならず者の精製屋》。続く《つむじ風の巨匠》のアタックを相打ちで処理した小澤だが、第2メインに《反逆の先導者、チャンドラ》を出されてしまう。一方小澤は《スカラベの神》で応える。

 だが《反逆の先導者、チャンドラ》の「+1」でマナを出した川居は《慮外な押収》《スカラベの神》を奪い去る。小澤もすぐさま《慮外な押収》し返すが、返すターンにも「+1」能力が起動されると、《反逆の先導者、チャンドラ》の奥義は目前。なおも盤面には《ならず者の精製屋》《つむじ風の巨匠》と並び、絶望的な状況。

 しかしそんな状況でも、小澤は解答を持っていた。6マナフルタップ、《川の叱責》

川の叱責

 マナベースとなっていた《導路の召使い》もバウンスされたことで莫大なテンポを失った川居。《スカラベの神》も定着しており、ゲームの趨勢が一気にひっくり返る。

 それでも川居は《導路の召使い》《つむじ風の巨匠》と展開し直し、《スカラベの神》の2度目の攻撃もスルーする。さらに6マナを立ててターンを返した小澤に対して、飛行機械・トークンをフル生成して攻め合おうとするが、小澤もブロック前に墓地の《つむじ風の巨匠》を釣り上げ、トークンの攻撃は通らない。

 ならばと第2メインに《反逆の先導者、チャンドラ》から《ならず者の精製屋》と送り出す川居だが、対応して小澤に《蓄霊稲妻》《つむじ風の巨匠》に打ち込まれたことで、戦線の要だったエネルギーの費消先がなくなってしまう。

 どうにか《多面相の侍臣》《スカラベの神》をコピーするのだが、対応して墓地の《つむじ風の巨匠》を釣り上げられ、先に《スカラベの神》をコントロールしている小澤が完全に一手先んじている状況。

 しかし。この未来を、川居は既に計算していた。

  エンド前にコピーしていた《スカラベの神》の能力起動で小澤に対応して《スカラベの神》の能力を起動させ、フルタップとさせたのちに、自分のターンにプレイしたのは……まさかの意趣返し、《川の叱責》!!

川の叱責

 《川の叱責》を打たれて劣勢だったにもかかわらず、川居は自分の盤面が十分強くなり、自分の《川の叱責》が最も効果的に打てるターンを待っていた。その未来を、何ターンも前に見ていたのだ。我慢が実り、小澤が積み上げた盤面が一瞬にして崩壊する。

  川居の場に《スカラベの神》《反逆の先導者、チャンドラ》と揃った状態でターンが返ってきた小澤。残りライフは、1点。

  その手札には、「-4」で7点をプレイヤーに飛ばすことができる《王神、ニコル・ボーラス》があった。川居のライフは、8点。

小澤 1-3 川居

 小澤がカードを畳んだ瞬間、万雷の拍手が鳴り響く中で、普段レガシーをともにプレイする友人たちが川居の下に駆け寄ってきた。

駆け寄る仲間たち

 それは、間違いなく快挙だった。多くのプロプレイヤーや招待選手も参加する複合フォーマットのThe Last Sunで、レガシーの予選を抜けて出場権利を獲得したレガシープレイヤーが、2日目スタンダードラウンドを0-3しながらも8位通過でトップ8に進出し、フォーマット選択の余地のない状態で決勝ラウンドを勝ち抜くと、最後はスタンダードでのマッチに勝ってトロフィーを手にしたのだ。

 だが、確かに川居にはその資格があった。川居は「スタンダードを十分練習すれば勝てる」という自らの未来予測を信じて、スタンダードの練習に打ち込み続けたからだ。

 「奇跡」を掴むために努力をした川居だからこそ、この未来にたどり着いた。

 もしかしたら。2か月前に既に、川居は見ていたのかもしれない。今日この日にトロフィーを掲げるという、自分の未来の姿を。

The Last Sun 2017、優勝は川居 裕介!おめでとう!!

 The Last Sun 2017、優勝は川居 裕介!おめでとう!!

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