決勝: 竹下 徹(長野) vs. 原根 健太(東京)

晴れる屋

By Hiroshi Okubo


竹下「最後かぁ、疲れたー! もうシャッフルしすぎて手が痛いです」

原根「あー、分かります分かります。キツいですよね(笑)」

 試合前、デッキをシャッフルしながら談笑を交わす2人。その話題は蓄積した疲労のことが主だった。

 スイスラウンド9回戦に加えて決勝ラウンド2回戦を終え、すでに時計は21時半を指している。開会式が午前9時半にあったので、これまで12時間ぶっ通し。休憩などはラウンド間の空き時間にしか取れていないはずなので、その疲労度は尋常ではないだろう。

 だが、2人のシャッフルは確かな手つきで、声には生気が込められていて、試合に臨むその表情には闘志がみなぎっていた。


 原根 健太(東京)。

 マジックに本格参入してからわずか半年にも満たないうちに【グランプリ・静岡2015】で11位に入賞。その3ヵ月後には【グランプリ・京都2015】でトップ4入賞、昨年10月に開催された【グランプリ・北京2015】で16位に入るという新進気鋭のゴールデンルーキーだ。

 「モダン歴はかなり浅い」と言っていたが、複雑な青赤昇天デッキを華麗に操ってここまで数多くの競合プレイヤーや先輩プロプレイヤーを打倒してきた。天賦の才と不断の努力。その両方を持ち合わせた原根がこの決勝の舞台にいることは、至極自然なことのように思える。


 竹下 徹(長野)。

 【グランプリ・名古屋04】トップ8への入賞経験もある強者ではあるが、今回の壮絶なトップ8の面子の中で、竹下の存在は無名と呼んでも過言ではなかった。ギャラリーの注目は津村 健志や瀧村 和幸、玉田 遼一といったスタープレイヤーたちへと注がれ、誰も彼の存在を十分には認識していなかったことだろう。

 そんな彼が戦ってきたのは、本大会の決勝ラウンドで最も過酷と呼んでも過言ではない対戦組み分け。

 【2012年度マジック・プロツアー殿堂】顕彰者・津村 健志。

 【プロツアー『戦乱のゼンディカー』】優勝者・瀧村 和幸。

 【「The Finals」5年連続トップ8入り】古豪・浅原 晃。

 ただでさえ濃いトップ8の中からさらに厳選を重ねたような。そんな日本を代表するトッププレイヤーが組み分けられたポッドで、正確無比にドレッジを操る津村 健志や、青赤昇天を軽快に乗りこなす浅原 晃を相手に互角以上に渡り合って、見事に決勝のテーブルへと駒を進めてきた。

 予選ラウンドではゴールドレベル・プロにしてHareruya Pros所属の高橋 優太とも戦い、勝利を収めている。その独自のチューンナップが施された「スケープシフト」は【高橋からも感嘆の声が挙がっている】ほどだ。

 彼は一体何者なんだ? フィーチャーエリアに詰めかける人だかりの注目は、今、竹下へと向けられていた。


 ゴールデンルーキー VS ダークホース。どちらにとっても負けられない決戦の火蓋が切って落とされる――






Game 1


 先攻の原根は1ターン目に《血清の幻視》、2ターン目に《手練》で順調に手札を整えていく。

 対する竹下は静かに土地を置くのみで淡々とターンを終える。そのややマナフラッド気味の手札には《仕組まれた爆薬》が見えた。序盤の攻防の鍵はこの《仕組まれた爆薬》が握っているようだ。


仕組まれた爆薬


 その間にも原根は《思考掃き》で自分を対象にさらに墓地を肥やし、《紅蓮術士の昇天》のための下準備を着々と進めていく。竹下も《桜族の長老》でマナを加速し、原根の攻撃に備える。

 返す第3ターン、原根がプレイしたのは《紅蓮術士の昇天》


紅蓮術士の昇天


 これが通るや否や、すかさず《血清の幻視》を唱えて探索カウンターを1つ乗せる。

 これにも竹下は動じず、まずはルールを確認した後自分のターンに「X=2」の《仕組まれた爆薬》をプレイ。起動はせずに原根の出方を窺う。


 原根は《ギタクシア派の調査》で竹下の手札をピーピングする。ここで竹下の表情が少しゆるみ、その手札を公開した。

竹下「土地と《仕組まれた爆薬》しかないよ」

 少し恥ずかしそうに表にした手札にあったのは、3枚の土地と2枚の《仕組まれた爆薬》


繁殖池霧深い雨林踏み鳴らされる地
仕組まれた爆薬仕組まれた爆薬


 これには原根も頭を抱える。それもそのはず、原根が操る《紅蓮術士の昇天》デッキは《氷の中の存在》《紅蓮術士の昇天》という2種類の2マナのパーマネントに勝ち手段を大きく依存したデッキだ。

 すなわち、現在戦場に出ている《仕組まれた爆薬》と合わせて3枚の《仕組まれた爆薬》を乗り越えない限り、勝算は限りなく薄いということだ。原根は視線を自分の手札に移し、熟考しつつターンを返す。



原根 健太


 竹下は2枚目の《仕組まれた爆薬》を先置きしようとするが、これは原根から《差し戻し》によって阻止されてしまう。

 返す原根のターン、《思考掃き》をプレイして《紅蓮術士の昇天》にカウンターを乗せていいか竹下に確認する。これに竹下から待ったが掛かって《仕組まれた爆薬》が炸裂。

 まずは1枚。残る2枚の《仕組まれた爆薬》を使い切らせるべく、《氷の中の存在》をプレイして竹下にプレッシャーをかけていく。


氷の中の存在


 当然、竹下にとって無視はできないフィニッシャーの登場である。原根の魂胆を理解していたとしても、これには《仕組まれた爆薬》で応じざるを得ない。

 だが、ゲームが中盤戦を迎えたことで竹下も土地が伸び、2アクションを取れるようになっている。まずは《遥か見》で7枚目の土地を探し出し、ライブラリーに眠っている《風景の変容》《白日の下に》を待つゲームへと移行する。狩る側と狩られる側の立場が入れ替わったことを自覚した原根の表情は険しい。


 原根は《稲妻》《魔力変》《手練》とプレイしていき《氷の中の存在》のカウンターを1つずつ取り除いていく。竹下はそれを静観し、「変身」までを許し、原根の攻撃クリーチャー指定ステップに《仕組まれた爆薬》を起動。ようやく、2枚目。


目覚めた恐怖


 竹下の目論見は、原根のタップアウトである。このターン《氷の中の存在》を「変身」させるために全力で動いたことで、原根は打ち消しを構えることができない。

 返す竹下のターン、「今度こそ」と《仕組まれた爆薬》が先置きされる。


仕組まれた爆薬


 原根は竹下がフィニッシュ手段を引いていない今のうちに攻勢を仕掛けるしかない。2枚目となる《紅蓮術士の昇天》をプレイし、《ギタクシア派の調査》。これによって明かされた竹下の手札は《謎めいた命令》1枚。


ギタクシア派の調査


 《仕組まれた爆薬》《謎めいた命令》。2枚の凶悪な妨害手段によって鉄壁の防御を築いている竹下に対して、このまま押し切れるプランを立てることができない原根はターンを終了して竹下のトップデッキがフィニッシュ手段でないことを祈る。

 返す竹下のターン。アップキープに《明日への探索》の「待機」が空け、もうライブラリーにはわずかとなった基本土地の1つである《平地》をサーチ。そしてドローステップ、ライブラリーに置いた手にわずかに力がこもる……


風景の変容


 引き込んだのは待望の《風景の変容》

 原根はこれに対して最後の抵抗として《思考掃き》を竹下に対してプレイし、《紅蓮術士の昇天》にカウンターを乗せていいか確認する。が、竹下は冷静に《仕組まれた爆薬》を起動し、《思考掃き》を解決する。

 《山》よ、減ってくれ……祈りを込めて竹下がライブラリーを2枚めくるのを見届けるも、通じず。《風景の変容》が解決され、「はい、7枚!」という声とともに《溶鉄の尖峰、ヴァラクート》の噴火が原根を飲み込んだ。


竹下 1-0 原根


 メインボードから《仕組まれた爆薬》3枚という竹下のカード選択が華麗に刺さり、ワンサイドゲームとなってしまった第1ゲーム。その構築は一見ピーキーなように見えて、「序盤からボードに触れる」「自身に被害がない」「キープしやすい」など、様々な面においてスケープシフトの戦略に合致している。


仕組まれた爆薬


 この驚異のメイン《仕組まれた爆薬》には原根も唸るばかりで、有効なサイドボーディングの考えがまとまらない様子だ。サイドボードの合間にメインボードとサイドボードのカードを行ったり来たりさせて、綿密に思考を組み立てながら、第2ゲーム開始前に竹下に告げる。

原根「サイドボード14枚、メインボード61枚です」

 まさかのメインボード増量という、非合理的な合理的判断。原根の導き出した答えは竹下に届くか――!?


Game 2


 原根は初手を見るやいなや即座にマリガン。対する竹下は「ちょっと考えます」と断ったうえで、数秒手札を睨んだのちにキープを宣言する。その7枚の手札を見ると……


神聖なる泉桜族の長老明日への探索自然の要求
仕組まれた爆薬仕組まれた爆薬謎めいた命令


 オープニングハンドには土地1枚。後に竹下はこのキープについて振り返る。

竹下《仕組まれた爆薬》があって、土地を1枚引ければ2マナの置物に触れるこの手札はキープです。『青赤昇天』相手に急いでゲームをする必要はありませんし」

 たしかにそのとおりかもしれない。しかし、この勝負に懸かっているものの大きさを考えると、つい“土地1枚”という手札を投げ捨て、マリガンという選択肢に飛びつきたくなってしまう。

 竹下の判断は吉と出るか凶と出るか――?


 先攻1ターン目に《手練》からスタートを切る原根。【トップ8プロフィール】では、このデッキのベストカードとして挙げていた1枚である。これを速やかに解決し、竹下にターンを返す。


手練


 竹下のファーストドローは《島》! 無事に2枚目の土地を引いたことで、ひとまず《紅蓮術士の昇天》《氷の中の存在》に対しては《仕組まれた爆薬》で凌ぐことができそうだ。


氷の中の存在ギタクシア派の調査


 原根は《氷の中の存在》をプレイし、《ギタクシア派の調査》。明かされた竹下の手札を見てわずかに顔をしかめるも、その豊富な妨害手段の数々をしっかりとメモする。

 竹下は構わず2ターン目に《仕組まれた爆薬》を設置。まずは《氷の中の存在》の脅威を取り除かねばならない。

 竹下がフルタップしている状況でターンを迎えた原根は自身を対象に《思考掃き》。これにより、さきほどの《ギタクシア派の調査》と合わせて《氷の中の存在》の上に載るカウンターは2つに減る。


仕組まれた爆薬


 次のターンには竹下が《仕組まれた爆薬》を起動できるようになってしまうので、できればここで一撃でも竹下のライフを削っておきたい展開だが……望むドローが得られなかったのか、ここは引き下がりターンを返す。



竹下 徹


 竹下は2ターン目に《仕組まれた爆薬》を設置できたことで、受け身ながらもまるで原根ににじり寄るようなプレッシャーを与えることに成功している。ロングゲームになってしまえばスケープシフトの独壇場だ。そして、原根ももちろんそれは認識している。

 仕掛けどきをしっかりと見極め、竹下のターン終了時に《稲妻のらせん》を本体へ。これで《氷の中の存在》の上のカウンターは1つのみとなる。


稲妻のらせん


 まさしく一触即発。あとは理想的なタイミングで「変身」させ、その後の展開で少しでも優位に立ちたい。もはや速攻で仕留めるプランは崩壊している。ロングゲームを受けて立とう、と原根は機が熟すその瞬間を待つ。


 ここまでたった1枚の《仕組まれた爆薬》で原根をここまで苦しめていた竹下にとっても、辛抱の時間であった。永らく《島》《神聖なる泉》の2枚の土地しかコントロールしていなかったが、ようやく緑マナソースである《繁殖池》を引きこむ。


繁殖池


 さっそくこれをアンタップインして《明日への探索》を「待機」。いよいよゲームが動き出す。

 これを受けて、原根もいよいよタイムリミットを意識せざるを得ない。《稲妻》をプレイし、《氷の中の存在》を「変身」させる。これに《仕組まれた爆薬》を使用させると、原根は2枚目の《氷の中の存在》をプレイする。

 対する竹下も続くドローで《霧深い雨林》を引き、《森》をサーチ。もう緑マナに困ることはなさそうだ。すでに《ギタクシア派の調査》で見られていた2枚目の《仕組まれた爆薬》を「X=2」でプレイ。


仕組まれた爆薬氷の中の存在


 誘いだと分かっていても、竹下はこのクリーチャーを生き残らせるわけにはいかない。盤面では再び《仕組まれた爆薬》《氷の中の存在》が睨み合うこととなる。


 ドローゴーする原根に対し、竹下はアップキープに「待機」が明けた《明日への探索》を唱える。さらにメインフェイズには《桜族の長老》。これは《差し戻し》されてしまうも、竹下は今のところゲームを急ぐ必要はない。2マナを残したまま、慎重にターンを終了する。


 原根はじっくりと竹下の残り11点のライフを削り取る算段を立てる。竹下の鉄壁の防御を破るにはどうしたらいいのか? 《血清の幻視》《信仰無き物あさり》とプレイして手札を整えつつ、《氷の中の存在》《仕組まれた爆薬》で処理させて火力で押し切るプランを検討する。

 対する竹下は《桜族の長老》をプレイし、土地の枚数はいよいよ事実上6枚となる。原根はこのゲームでまだ《風景の変容》を見てはいないが、当然脳裏にちらついているはずだ。次のターンまでにゲームを決めなければ敗北する。そんな最悪のケースが。

 だから、返す原根のターン。わずかな勝機に懸けてプレイしたのは、渾身の《紅蓮術士の昇天》


紅蓮術士の昇天


 竹下は勝利が目前にあることをしっかりと理解し、これに対して《マナ漏出》を突き付ける。

 原根の行動を全てシャットアウトしたうえで、《明日への探索》を手札からプレイ。7枚目の土地を探して、叩きつけられたのは……


風景の変容


 《風景の変容》


 その解決を見届けた原根は、日本代表となったその男へ、右手を差し出した。


竹下 2-0 原根


 原根の右手を握り返して、竹下は天に向かって吠える。威風堂堂。勝利を掴み取った彼の風格と勝鬨に、フィーチャーエリアの空気は気圧されるかのように震えた。


 誰からともなく拍手が贈られ、勝者を称えるスタッカートはトーナメントセンターのフロア全体に波のように広がり、なおも両手の拳を固く握りしめて勝利の余韻に浸る彼を賛美する。


 そして、それが鳴りやむ頃になって、ジャッジによって日本代表の2席目を勝ち取ったプレイヤーの名がコールされた。


--「ワールド・マジック・カップ2016 東京予選、優勝は……」





 日本が、彼の名を知ることとなる。







 ワールド・マジック・カップ2016 東京予選、優勝は竹下 徹(長野)!日本代表おめでとう!!



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