217名が集った第7期レガシー神挑戦者決定戦。神への挑戦権を得ることができるのは、この決勝戦の勝者のみ。まずはプレイヤーとデッキを紹介しよう。
平木 孝佳は、コンボデッキを愛することで知られており、【のぶおの部屋 -ドレッジ-】では解説も務めている。そんな平木が今回持ち込んだのは、「《実物提示教育》」。人によっては、「Omni-Tell」という呼び方が分かりやすいかもしれない。簡潔にその”理想の動き”を述べれば、《実物提示教育》によって《全知》を戦場に出し、《引き裂かれし永劫、エムラクール》を降臨させるデッキである。
サイドボードを含めた75枚のカードは、この”理想”のために選択されているのだが、平木は《パズルの欠片》を採用している。
「5枚を公開して2枚の呪文を手札に加える」という効果が、デッキの60%を呪文で埋め尽くしているこのデッキにとってどれほど強力かは言うまでもないだろう。「蘇った《時を越えた探索》」という評価も、決して過言ではない。
対する菊地 雄大は、「エルドラージ」。2016年1月22日に『ゲートウォッチの誓い』が発売され、モダン環境を瞬く間に阿鼻叫喚の渦に巻き込んだ姿は記憶に新しいが、その狂気は確実にレガシーにまで及んでいる。
その狂気を支えているのは、それぞれのエルドラージが強力であること、そして強力な土地である。無色の2マナを生み出す《古えの墳墓》《裏切り者の都》《エルドラージの寺院》、そして2マナを軽減する《ウギンの目》によって、マナカーブを無視した、否、正確にはマナカーブを何段階も前倒しした展開が可能だ。
菊地 雄大(左)/平木 孝佳(右) |
どちらも、エルドラージの力を味方につけるデッキ。果たして勝利を掴むのは……!?
……と、カバレージの冒頭といえば、トーナメントの規模や勝利の意義などを述べつつ、卓に座った2人の人物像とデッキを紹介し、ゲームの展望を述べて、戦いを彩る箇所である。しかも、これからお送りするのは第7期レガシー神挑戦者決定戦の決勝。217名で開催されたトーナメントの頂点に立ち、現レガシー神である川北 史朗へ挑戦する者を決める一戦だ。重々しい言の葉を並べて飾り、読者諸賢の時間と紙幅をいくらでも奪うことが可能だ。
また、実際のトーナメント運営に目を向けても、決勝ともなれば準備にかなりの時間を要する。準決勝が終わって一呼吸を置き、決勝大会運営に携わるスタッフ全員が、来たるべき決勝戦に向けて動き始める。ジャッジは両名に神へと挑む権利についての説明をする必要があり、会場に決勝戦開始のアナウンスもしなければならない。
生放送に目を向ければ、レガシー神・川北が解説者として登場し、これから自分に挑戦する資格を得るために繰り広げられる試合の展望を語るのだが、人を入れ替え、ここまでの状況を把握するためにも、やはり時間が必要だ。筆者もノートパソコンや筆記用具を抱えてフィーチャーエリアに向かい、漏れのないように決勝進出者の名前やデッキリストを確認しつつ、対戦の開始を待つ。これが思った以上に長く、決勝戦を盛り上げる演出のように思われる。
カバレージでも実際のトーナメントでも、必然的に生じる決勝戦前の時間。その時間は慌ただしくも長い。
決勝卓に座った二人は、言葉を交わしながら手早くデッキをシャッフル。ようやく、ゲームが開始となる。後手の菊地はダブルマリガンし、その後の占術1は上。
さて、ここから、1ゲーム目の様子をお届けするのだが、ここまでの“長い時間”とのコントラストを皆さまにも味わっていただくために、今回はこの決勝のカバレージを担当した筆者が実際に記したメモを、読みづらいことを承知の上でそのまま掲載することにしたい。筆者の眼前で繰り広げられた“1分”を伝えるために、彩る言葉は不要、と考えたからだ。
Game 1
平木、《汚染された三角州》。
菊地、《古えの墳墓》から《虚空の杯》。対して《汚染された三角州》から《島》、そして《呪文貫き》。
平木、《裏切り者の都》。《実物提示教育》から《全知》。《定業》。《パズルの欠片》で《狡猾な願い》と《パズルの欠片》を手札に加える。《狡猾な願い》を唱えてサイドボードの《エラダムリーの呼び声》、そして《引き裂かれし永劫、エムラクール》。
菊地、投了。
菊地 0-1 平木
これが、1ゲーム目の全てだ。「瞬殺」という言葉以上のものが見つからず、余分な修飾語を挟む余地すらない。平木の《汚染された三角州》がプレイされ、菊地が土地を片付けるまでの時間は、わずか1分。
フィーチャーエリアを囲む多数のギャラリーからも思わず声が漏れる。その会話を要約すれば、基本的に以下の2点だ。
「速い」、そして「強い」。
マジック史上に残る、過剰ともいえるスペックを持つ《引き裂かれし永劫、エムラクール》。その凶悪なクリーチャーが、わずか2ターンで盤面に降り立った。この事象を説明するには、確かにこの二言で十分であろう。
菊地はダブルマリガンを選択して「Omni-Tell」に対抗し得る1枚のカードを探した。引き直した5枚の中にもそのカードはなかったが、占術1によって確認したライブラリートップに、その1枚はあった。
《虚空の杯》。
2マナを生み出す土地によって1ターン目にX=1で唱えることが可能であり、《渦まく知識》や《思案》などの1マナ呪文を用いてキーカードを探す「《実物提示教育》」を機能不全に陥れる1枚だ。
ここで一旦、時計の針をマリガンチェックの前に戻してみよう。
両者が席に座ると、瞬く間にフィーチャーエリアは大勢のギャラリーによって囲まれた。トーナメントの決勝ともなれば当然の光景……ではあるのだが、今回の空気は非常に温かく賑やかであり、「固唾を呑んで見守る」という雰囲気とは違ったものである。菊地と平木を知る友人たちによって作り出されたその空気は、
菊地「マジックしていて、一番嬉しいよ」
という一言によってフィーチャーエリアが笑い声に包まれ、より一層温かくなった。
菊地「仲良くしている人と、200人以上参加してるトーナメントの決勝で会えるなんてさぁ……」
決勝にたどり着いた喜びに立ち交じる、マジックを通じた友情。漏れ出た言葉が温かい空気の中を吹き抜け、その場にいた全員が噛みしめるように2人を見つめる。
「この2人で決勝かぁ」といった言葉も聞こえる中、ジャッジが勝利した者に与えられる”権利”の説明を始める。
「レガシー神、川北 史朗への挑戦権」だ。
2人とも川北とは面識があるため、冗談を挟みながらその権利について確認する。プライベートで川北と対戦することは可能でも、挑戦者として川北に挑むことができる人間は、たった1人しかいない。改めてその事実を確認した両名は、ゆっくりとシャッフルを初めて、手札を確認した。
ここまでが、対戦前のやり取りである。
話を進めるために、この場面から時計の針をサイドボード中にまで進めよう。
といっても、分針を1つ進めるだけだ。
平木は《呪文貫き》と《パズルの欠片》の2枚を手に取り見つめる。菊地はライフメモに《パズルの欠片》と書き留めた。『イニストラードを覆う影』で登場したカードではあるが、十分にレガシーで活用する様を見せつけられた形である。
1ゲーム目は、いわゆる「2ターンキル」を決められた菊地だが、その動きに対抗する方法は存在する。先述の《虚空の杯》、《実物提示教育》を打ち消す《歪める嘆き》、1マナの重さを痛感させ、大きく動きを停滞させる《アメジストのとげ》という3枚だ。
この3枚が相手に刺さり、各種エルドラージがライフを削りきる姿は容易に想像ができる。そして、それは決して不可能ではない。
Game 2
先手は菊地。ギャラリーの雑談が自然と止むくらい真剣な表情で、7枚の手札を見つめてキープを宣言する。その手札の中に、《虚空の杯》や《アメジストのとげ》はあるのか……。そしてプレイされたのは、《ウギンの目》。
エルドラージ呪文を唱えるためのコストを2マナ軽減する《ウギンの目》。そのため、冒頭で紹介した《エルドラージの寺院》などの「2マナを生み出す土地」と一括りにされるが、マナを生み出すことはできない。つまり、《虚空の杯》や《アメジストのとげ》、そして《歪める嘆き》といった呪文を唱えることはできない。
《ウギンの目》が2マナを軽減して、《エルドラージのミミック》。平木は《溢れかえる岸辺》。盤面に並ぶのは、この3枚のみ。ここで、菊地がターンを受けて長考。
菊地 雄大 |
菊地「時間あるよね?」
たった3枚の場ではあるが、プレイヤーを悩ませる要素は多分にある。ゲームは開始したばかりだが、たった一瞬で勝敗が決してしまうこともあるのだ。
意を決したように《不毛の大地》をプレイし、そこから《作り変えるもの》。《エルドラージのミミック》が3/2に変化し、平木のライフを17点に削る。
平木は《島》、そして《渦まく知識》。菊地は《裏切り者の都》をプレイし、ここで《現実を砕くもの》を唱える。
《エルドラージのミミック》、《作り変えるもの》と合わせて、パワーの合計は13点。平木は《意志の力》で打ち消すことを選んだ。
平木 孝佳 |
ターンを受けた平木は《汚染された三角州》をプレイして《溢れかえる岸辺》と共に起動。《島》を3枚並べる。菊地がマナを生み出せないこの瞬間、マナは《実物提示教育》に注がれる。
盤面に張られる《全知》によって、あらゆる魔力と知識を手にした平木。《引き裂かれし永劫、エムラクール》を呼び出し、追加ターンに攻撃を仕掛ける。
これに対して菊地は《実物提示教育》で《裏切り者の都》を場に出していたため、《歪める嘆き》でトークンを生み出した。
ゲームを決めるため、平木は《狡猾な願い》で《エラダムリーの呼び声》を手札に加え、もう1枚の《引き裂かれし永劫、エムラクール》がライブラリーを呼び出したところで、菊地はその手を差し出した。
菊地 0-2 平木
平木は喜びを仲間と分かち合う。もちろん、その仲間には敗れた菊地も含まれている。その場にいる全員が、彼の勝利を祝福していた。
トロフィーショットの撮影を終えた平木に、スタッフから声が掛かる。実況席で勝者として、そして挑戦者としてコメントをするためだ。そしてその席には、神がいる。
神の座に挑む戦いは、しばらく先の話になる。その間、平木は挑戦者として、そして川北は挑戦を受ける立場として、研鑽を積むに違いない。
他のフォーマットと異なり、レガシーには、川北しか神が存在しない。その地位から眺められる光景を語れるのは、この現世に川北しかいないのだ。
不確かなものが多いこの世界に、確かなものが現在2つある。1つは、レガシー神は世界にただ一人、川北 史朗のみであるということ。そしてもう1つ、
その神へ挑戦することが可能なのは世界にただ一人、平木 孝佳のみである、ということだ。