最近は「家眠杯」なるものがあるらしい。
もし私、平林が出るとしたら、何を持っていくだろうか。
そう考えたとき、5つのデッキに思い至った。
18年のマジック歴の中でも、特に思い入れの深い、大好きなデッキたち。
私の好きな5つの物語を、語らせて欲しい。
本企画、トリを務めるのはトリックス(*1)。もはや知らない人も多いと思うので端的に説明すると、コンボデッキ(*2)である。
ここまで「サイクル型コンボデッキ」「即死型コンボデッキ」の2パターンを、グレイトフルデックスvol.2とvol.3で紹介してきた。
今回のトリックスはどちらかと言えば「即死型コンボデッキ」に分類されるものだが、戦略そのものが単純なコンボデッキとは異なる。
コンボと違った戦略がミックスされた、言わば「ハイブリッド型コンボデッキ」だ。
私見ではグレイトフルデックスvol.4で語ったゼロックス、近年猛威を振るうテンポ系デッキ(*3)と並び、近年でも最強のコンセプトだと思っている。
これまでのグレイトフルデックスでは、同じ系譜に連なるデッキを時系列に見ていくことにより、過去と未来のデッキを繋いでいった。
最後となるvol.5ではこれまでと趣向を変えて、「何故トリックスが強かったのか」という点に着目し、「ハイブリッド型コンボデッキ」の強さを解きほぐしていこうと思う。
目次
■ 1.トリックスはコンボデッキである。
■ 2.コンボデッキ何故強い?
■ 3.変形サイドボード
■ 4.青いコントロールと多角戦略の強み
■ 5.トリックスは最強だった……?回るメタゲーム
■ 6.コンボと異なるアプローチ
■ 7.終わりに
■ 1.トリックスはコンボデッキである。
■ 2.コンボデッキ何故強い?
■ 3.変形サイドボード
■ 4.青いコントロールと多角戦略の強み
■ 5.トリックスは最強だった……?回るメタゲーム
■ 6.コンボと異なるアプローチ
■ 7.終わりに
*1 トリックス
次項で解説するが、《Illusions of Grandeur》《寄付》コンボの総称。実のところネクロドネイトもトリックス。
海外ではどちらもトリックスと称されていたのだが、国内では分かりにくかったのかネクロドネイトと呼ばれることが一般的だった。
当時の時代背景はこちらを参照あれ。
『トリックス――起源と歴史』
また、私のグランプリ仙台2001調整録はこちら。
『Trix – the history of progress:前編』
『Trix – the history of progress:後編』 →戻る
*2 コンボデッキ
実のところ一説によると、このグレイトフルデックスはコンボデッキ特集じゃないかという話もあった。
vol.1 サバイバル
vol.2 ピットサイクル
vol.3 アングリーグール
vol.4 ゼロックス
確かに3/5がコンボデッキ、こう取られても仕方が無いかもしれない。
あくまで私の思い出語りではあるが、コンボデッキが好きだったのは事実。
じゃあ何故好きだったのかといえば、「強かったから」。
身も蓋もないが勝てれば楽しいのである。アンフェアさいこー。→戻る
*3 近年猛威を振るうテンポ系デッキ
《秘密を掘り下げる者》《宝船の巡航》……うっ頭が……→戻る
■ 1.トリックスはコンボデッキである。
《Illusions of Grandeur》(*4)と《寄付》、この2枚のカードを叩きつけると概ね対戦相手は死ぬ。
マナ状況次第では勝つまでに時間がかかるが、《転覆》(*5)により速やかに20点のライフを失わせることも出来る。
もちろんこのコンボにも欠点はある。
まず《浄化の印章》《エルフの抒情詩人》を始めとした、置物系の《解呪》(*6)スペルに弱いこと。
一度置かれてしまうとカウンターで対抗することが出来ず、《転覆》を使い捨てて排除するしかない。
それからサイドボード後に良く見る《紅蓮破》は、カウンターこそ出来るものの、マナが余りに軽すぎるためケアすることが難しい。
これらの対策カードは《寄付》がフィズる(*7)のはもとより、《Illusions of Grandeur》の『20点のライフを得る』能力の誘発にスタックされてしまうと、逆にこちらが先に20点を失って敗北してしまう。
また、あくまでこのコンボは「20点」のライフを奪うことしか出来ないというのもポイントだ。
だからこそ自身のクリーチャーに《剣を鍬に》で延命するというのもよく見られた光景であるし、《スパイクの飼育係》が出てしまうと《火+氷》を2回使わなければライフを削りきることが出来なくなる。
だが、あくまでこれらは「理論上の」不利になる要因でしかない。
そもそも《解呪》に類するスペルを使うという選択肢は、よほど極端なメタゲームが形成されない限り手札で腐る可能性を常に持つ(*8)。
例えばベスト8が《修繕》系デッキに占められたプロツアーニューオーリンズ2003でさえ、トータルのデッキ分布では《修繕》デッキが過半数を占めていたわけではなかったのだから(参考:プロツアーニューオーリンズ二日目デッキ分布)。
例外は《頭蓋骨絞め》に支配されたスタンダード期くらいだろう。
《電結の働き手》に留まらず、《ゴブリンの女看守》《ウッド・エルフ》に《貪欲なるネズミ》まで絞められるご時勢では、アーティファクト破壊は入れ得であった。
そのような例外を除き、ヘイトベアーのようなデッキがプレミアイベントを制することが稀なことを考えれば、例えメインメタのデッキが分かっていたとしても抗するのが難しいことは分かるだろう。
ライジングウォーター(*9)のようなケースは少ない。
対策を講じるより、自身が勝ちに向かう方がより勝ちやすいのだ。
*4 《Illusions of Grandeur》
2001年冬の仙台。
エクステンデッドというあまり遊ばれていないフォーマット、トップメタのトリックスを使用するに際しアイスエイジのレアが4枚必須とあって一時的に需要が集中してしまった。
需要が高まればカードの値段が上がる。この市場原理にのっとり、《Illusions of Grandeur》は当時としては珍しいほどの高騰を見せた。
私が思い出深いのは他にプロツアーヴェネチア2003の《テフラダーム》、世界選手権2008の《静月の騎兵》。
特に《静月の騎兵》はバイヤーから”It’s hottest card!” って言われて売り切れを宣告されました。→戻る
*5 《転覆》
バイバック滅ぶべし。マジック「やっちまった」メカニズムの一つ。
ただの《ブーメラン》のはずが、バイバックというキーワードを付けただけで一つの勝利手段になってしまった。
《サファイアの大メダル》を並べてのバイバックモードが、トリックスの裏勝ち筋である。
(参考:マスターズニース2002 第1回戦 岡本 尋 vs Jelger Jelger Wiegersma 3本目)→戻る
*6 《解呪》
昔は《帰化》も白かったんです(懐古厨的発言)!
アーティファクト&エンチャント破壊は、以前は色の役割(カラーパイ)として白に与えられていた能力だった。→戻る
*7 フィズる
適正な対象が無くなり立ち消えするの意。
これは過去のルールで、現在ではルールによって打ち消される。
fizzle(=立ち消える)から来た和製英語。→戻る
*8 《解呪》に類するスペルを使うという選択肢は、よほど極端なメタゲームが形成されない限り手札で腐る可能性を常に持つ
この欠点を克服したのがスリーデュースである。
打撃力に劣る《エルフの抒情詩人》や《農芸師ギルドの魔道士》、《モグの狂信者》を強化する《怨恨》、《浄化の印章》等の非戦闘要員を容認できる継続的なダメージソースである《樹上の村》《呪われた巻物》。
当時の最新セット「オデッセイ」から《獣群の呼び声》というこれ以上にない援軍も現れ、スリーデュースは対トリックスの急先鋒とも言える存在だった。
だがBenzo(From the Vault : Extendedを参照のこと)という戦略的に噛み合わないデッキに苦戦し、後のトリックスに「秘密兵器」が搭載されるにいたってスリーデュースは駆逐されることになる。
それが《破滅》。
カウンターを持たない中速デッキ、スリーデュースやジャンクは滅ぶより他なかった。→戻る
*9 ライジングウォーター
《果敢な勇士リン・シヴィー》の存在ゆえ、白系レベルが圧倒的な支持を集めたマスクスブロック限定構築。
同系を意識するあまりメイン《真理の声》が珍しくないという、まだマジックオンラインやウェブによる情報拡散が多くなかった頃とは思えない歪んだメタゲームが形成されていた。
だがそこでプロツアーニューヨーク2000を最終的に勝利したのは、レベルメタの青単《水位の上昇》だった。
構造上のレベル耐性は勿論だが、パワーカードでデッキを埋めることが難しいため多少の格差が許容されやすいという、限定構築という制限されたフォーマットだからこそ起こりえたメタデッキの勝利である。→戻る
■ 2.コンボデッキ何故強い?
コンボデッキというものは、ただそれだけで大きな3つのアドバンテージを得ている。
まず安易なタップアウトを咎められるということ。
例えば昨今の双子コンボ(モダン)。《やっかい児》《詐欺師の総督》に《欠片の双子》を付ける、相手は死ぬ。
無論1マナあればどんなデッキからでも《四肢切断》の可能性は残るし、それが白マナなら《流刑への道》、BG系なら《突然の衰微》。
各種除去の可能性が消えない限り、双子側のプレイヤーはコンボに向かいづらい(*10)。
とはいえプレイヤー心理とは各々で異なるものだ。
手札に除去がない状況下、他に選択肢もないし、コンボが揃っているとも限らない。
ならタップアウトで《出産の殻》でも置いておくか……うわっ相手の顔すごく嬉しそう、やっちまったかー。
なんて状況は日常茶飯事だろう。
なら構えるのが正解か?そうとも限らない。
準備が整わない相手に拙攻を仕掛けた結果、ギリギリ間に合われてしまったという未来だって有り得る。
このタップアウトに対する理不尽な二択、その都度変わる難しい選択肢を対戦相手に突きつけるのがコンボデッキ(*11)。
次にクリーチャー戦闘に関わる必要がないということ。
マジックの歴史というものはある意味クリーチャーの歴史でもある。
かつてのマジックはスペルが強く、比してクリーチャーの性能は見劣りしていた。そのためコントロールデッキが幅を利かせ、コンボデッキが横行していた。
だが昨今のマジックの傾向は真逆である。スペルは弱められ、対してクリーチャーは強化されている。
元よりクリーチャーというカードタイプは強いのだ。
例えマナ効率が良かったとしても《溶岩の撃ち込み》はライフ3点しか奪わず、《灰色熊》は継続的に2点ずつのダメージを与えることが出来る。
これはあまりに極論であるが、なればこそクリーチャーはメタゲームの主役になり得るし、だからこそクリーチャー除去も同様だ。現代マジックでは無視することの出来ない要因である。
だが言い換えればそれ自体を無視することが出来るのなら、そのこと自体がアドバンテージに繋がるとも言える。
例えばバーンデッキ。《突然の衰微》や《剣を鍬に》を何枚引かれようが、ダメージソースをクリーチャーに頼らないのであればそれはただの足枷にしかなり得ない。
実証されているのがプロツアーチャールストン2006決勝、齋藤 友晴とPaulo Vitor damo da Rosaのマッチアップである。
オルゾフミッドレンジを使うPV(*12)に対しWBRのバーンアグロ(*13)駆る齋藤は、サイドボード後をバーン戦略に絞ることにより不利なマッチアップの一点突破を成し遂げた。
PVは火力によりライフを削り切られるその時までクロックらしいクロックを展開することが出来ず、手札には除去スペルを腐らせていたのだ。
この様に戦略的に噛み合わせないことにより一方的に勝利することが出来る、これもまたコンボデッキの強みである。
さて最後の3点目はここまでの総評に近いものでもあるが、耐性がないアーキタイプを一方的に食い物に出来ること、になる。
かつてスタンダードを支配したフェアリーという凶悪なデッキがあった(私もさんざん使い倒した)。
6 《島》 2 《沼》 4 《人里離れた谷間》 4 《地底の大河》 4 《沈んだ廃墟》 1 《フェアリーの集会場》 4 《変わり谷》 -土地(25)- 4 《呪文づまりのスプライト》 2 《ヴェンディリオン三人衆》 4 《霧縛りの徒党》 2 《誘惑蒔き》 -クリーチャー(12)- |
4 《思考囲い》 4 《苦悶のねじれ》 3 《砕けた野望》 3 《霊魂放逐》 1 《恐怖》 4 《謎めいた命令》 4 《苦花》 -呪文(23)- |
4 《瞬間凍結》 4 《蔓延》 2 《エレンドラ谷の大魔導師》 2 《ジェイス・ベレレン》 1 《誘惑蒔き》 1 《思案》 1 《思考の粉砕》 -サイドボード(15)- |
ではフェアリーの何が一番凶悪だったのだろうか?
対処されづらく、フェアリーシナジーを一手に担う《苦花》が話題に上ることも多かったかもしれない。
事実同系では2ターン目に《苦花》を置けるかどうかで決まる部分も多く、クソゲー感があったのも確かだ。
だが私は《霧縛りの徒党》を推したい。
何故ならこの《枯渇》生成マシーンが、インスタントタイミング以外の行動に制約をかけていたからである。
例え《カメレオンの巨像》を持っていたとしても、マナが揃う前に《霧縛りの徒党》が出てしまえばただターンが飛ぶのみ。
ましてや4/4飛行という苛烈なクロック、フェアリー以外のデッキのとっては理不尽そのものだったのではないだろうか。
また《謎めいた命令》との理不尽な二択もただ酷い(*14)。
そんなフェアリーは構築の幅を大きく狭めていた。相性の良いデッキをただ食い物にすることによって。
コンボデッキも同様である。
アンフェアデッキが跳梁跋扈してしまえば、環境の多様化などという言葉とは無縁の世界になってしまう。
そこには捕食者と餌しか存在しない(参考:Play the Best Deck→訳文)。
*10 各種除去の可能性が消えない限り、双子側のプレイヤーはコンボに向かいづらい
《ギタクシア派の調査》《のぞき見》というゆとりツールもあるが、根本的な解決にはならないためあまり好まれない。
また一部のパワーカードに依存しているというわけではないため、単純にデッキの中身を薄くしてしまうのは得策とは言えない……というのが近年の構築スタイルだった。
やはり《宝船の巡航》《時を越えた探索》の存在は重い。→戻る
*11 理不尽な二択、その都度変わる難しい選択肢
いつだって自身で直面したいことではないし、だからこそ相手に押し付けることが最善手。
《嘘か真か》と《蒸気占い》の差を考えれば分かるだろう、選択肢は押しつけるに限る。
だが忘れてはいけない。相手にとっての自分にも同様のことが言えるのだから。
真の最善手を目指すのなら練習段階で可能な限り克服しておきたい。→戻る
*12 PV
4度の世界選手権ベスト8を含む、都合9回のプロツアーベスト8を達成(うちプロツアーサンファン2010を優勝)し、2012年プロツアー殿堂入りしたPaulo Vitor Damo da Rosa。
実のところ彼にとってこのプロツアーチャールストン2006が初めてのプロツアーサンデーだった。
保有するタイトルこそ少ないものの平均レコードは驚異的。→戻る
*13 WBRのバーンアグロ
タルキール風に言えばマルドゥ。
オロス?ディガ?知らない子ですね。→戻る
*14 《謎めいた命令》との理不尽な二択もただ酷い
フェアリーを使うプレイヤーが4マナを残している!
1.マナを残してアタック→ブロック前に《霧縛りの徒党》登場で後続が呼べなくなる
2.アタック前にクリーチャーをプレイ→カウンター&クリーチャーフルタップでアタックが出来なくなる
どっちも持ってたというオチもあるある。→戻る
■ 3.変形サイドボード
変形サイドボードという言葉をご存知だろうか。
端的に言えばメインボードのコンセプトをサイドボード後大幅に変更する、というものである。
モダンのスケープシフトがサイドから《強情なベイロス》や《業火のタイタン》を入れるのもそうだし、シールド戦での大幅な色変更や先手後手コンセプトの交換も広義で言えば同様だ。
最もメジャーな手法は、ノンクリーチャーデッキがサイドボードからクリーチャーを追加するというものだろう。
常識的に考えれば手札で腐った、もしくは腐る可能性が高いクリーチャー除去をサイドボーディングで抜くのが当たり前であり、その隙を突こうというのが変形サイドボードの思想になる。
故にサイドボードには、単体で勝てる一騎当千タイプのクリーチャーが採用されやすい(*15)。
無論読まれていれば効果は薄くなるが、それにしてもどのプランを選択するかの主導権は変形サイドプランを持つ側にある。裏目が発生する以上、対応側プレイヤーの判断は難しくなるのだから。
ただし欠点はある。
まずサイドボードの枠を大きく圧迫すること。サイド後に効果を発揮する、例えば《赤霊破》《反論》《闇の裏切り》のようなカードに枠を割くのが難しくなってしまう。
また既存の戦略から逸脱してしまうと、本来の勝ち方から遠ざかり勝ちパターンに持ち込みにくくなる可能性がある。
親和やストームのような全体で完成されているデッキのサイドボーディングに苦心した人は多いだろう。
異物混入になるくらいならサイドしない方が良かったということもままあるのだ。
だが成功したときの戦略的なリターンが大きいことは事実であり、だからこそ今でも語り継がれているエピソードは多い。
この戦略は古くから存在した。プロツアーレベルの成功例で言えば、プロツアーシカゴ1997におけるJon Finkel(*16)のデッキがそうだ。
4 《Tundra》 3 《Savannah》 2 《Plateau》 1 《Volcanic Island》 1 《氾濫原》 2 《知られざる楽園》 4 《ミシュラの工廠》 -土地(17)- -クリーチャー(0)- |
4 《税収》 2 《剣を鍬に》 4 《対抗呪文》 2 《ガイアの祝福》 1 《紅蓮地獄》 3 《ハルマゲドン》 3 《神の怒り》 2 《ジェラードの知恵》 2 《森の知恵》 3 《沈黙のオーラ》 4 《乳白色のダイアモンド》 3 《空色のダイアモンド》 3 《冬の宝珠》 4 《氷の干渉器》 3 《鋸刃の矢》 -呪文(43)- |
3 《アーナム・ジン》 3 《ワイルドファイアの密使》 2 《紅蓮破》 2 《ジェラードの知恵》 1 《赤霊破》 1 《解呪》 1 《ガイアの祝福》 1 《ハーキルの召還術》 1 《沈黙のオーラ》 -サイドボード(15)- |
メインボードはガチガチのプリズン(*17)だが、サイドボードには《アーナム・ジン》《ワイルドファイアの密使》(*18)。
正直こんなクリーチャーで本当に勝てるのか私にしても「良く分からない」のだが、元のプリズンが純然たるコントロールだったことも功を奏しこの変形サイドボードプランは成功した(らしい)。
またFrom the Vault : Extendedで紹介済みのネクロドネイトも変形サイドの成功例だ。
ネクロドネイトというデッキ自体、本稿のトリックスコンボを《ネクロポーテンス》という史上最悪のエンジン(*19)でデコレートするという大変ふざけたデッキなのだが、サイドボードに鎮座した《ファイレクシアの抹殺者》(*20)がこれまた強かった。
ライフに訴えるデッキはトリックスコンボ=《Illusions of Grandeur》+《寄付》のままでも優位に戦えるし、そうでないデッキの場合《ネクロポーテンス》を巡る攻防になる。
《強迫》《紅蓮破》という搦め手を掻い潜るだけでも至難な中、3マナ5/5トランプルというスペックを止めることもまた難しい。
コントロール色の強いデッキは、《ファイレクシアの抹殺者》の障害になるような骨太なクリーチャーを用意出来ないのが常なのだから。
そしてトリックスの《変異種》。
思えば《変異種》というのも不思議なクリーチャーである。
出自が「ウルザズ・サーガ」という希代なぶっ壊れセットだったこともあって、着目されるまでに幾ばくかの時間を要した。
すなわちコンボに類するカードが全て禁止されていった後、青茶単というデッキが登場するまでは見向きもされていなかった。
だが戦闘ダメージのスタックというルール追加も相まって(*21)、いつしか環境最強クリーチャーの座を欲しいままにすることとなる。
何より恐るべきはそのことがスタンダードに留まらず、エクステンデッドにもその嵐が吹き荒れたということだろう。
青いデッキのフィニッシャーはすべからく《変異種》となった。
マナコストを踏み倒す代表格、《ドルイドの誓い》のフィニッシャーにすら選ばれているのだ。
ネクロドネイトの《ファイレクシアの抹殺者》同様、トリックスの《変異種》はサイド後のゲームで圧倒的な支配力を見せつけた。
勝利手段という意味そのもので考えるのなら、トリックスコンボは2枚コンボである。
そして対戦相手の妨害にさらされる以上、カウンターやドロー呪文によるバックアップが必要になる。
しかし《変異種》なら、ただ1枚でいい。
こうして《変異種》はトリックスのサイド後定番カードとなった。
コンボと思えばコントロール、コントロールと思えばコンボ。
実際にはサイドボーディング後はほぼ《変異種》に頼ったコントロールとして振舞うことが多かったものの、だからといってトリックスコンボの強さが損なわれるわけではない。
また先だって語った欠点であるライフ回復やエンチャント破壊を克服出来るということもあり、《変異種》はメインボードへ昇格することになる。
*15 一騎当千タイプのクリーチャー
《武芸の達人 呂布》は刷り直すべきである。→戻る
*16 Jon Finkel
マジック界最強という話題になると概ねFinkel派かBudde派に分かれるくらい、マジック初期を牽引したアメリカのスーパースター。
3度の優勝含むプロツアー決勝ラウンド14回進出というのもめちゃくちゃだが、しばらくプロツアーシーンから姿を消したと思えばプロツアークアラルンプール2008で復帰からの優勝、わけが分からない。(なおプロツアーベスト8に5回入れば殿堂入りというのが定説です。3倍殿堂ですね)
1997年プロツアートップ4→2000年世界選手権優勝というキャリア。
ちなみに私はBudde派です。→戻る
*17 プリズン
《氷の干渉器》が強かったということを知っているプレイヤーは少ない。
確かにアンリミテッド版のイラストは何だか格好良いが、現代マジック的にはピンと来ないだろう。
実は一瞬制限カードに指定された経歴を持つほどである。
まず当時常在型能力を持つアーティファクトはタップ状態で機能がオフになったこと(後にこのルールは変更されたが、一部カードは「このカードがアンタップ状態である限り~」という文が追加されたため、同様の機能を残している)。
主に《冬の宝珠》との相互作用により、対戦相手だけを縛り自身の自由を確保することが出来る。
これはグレイトフルデックスvol.1のNWO-Prisonにおける、《対立》《冬の宝珠》コンボと同様である。
《冬の宝珠》《ハルマゲドン》によりマナ拘束下で土地をタップする能力は悪魔的であるし、クリーチャーを無力化した上での《神の怒り》というのも王道ムーブだ。
また黎明期には「ブロッカーがタップされると戦闘ダメージを与えない」というヘンテコルールが存在していたというのも理由の一つだろう。
なおプリズンとは《氷の干渉器》《ハルマゲドン》《冬の宝珠》《神の怒り》を行使する、ハーフロック/コントロールの総称である。
使用者は総じて性格が悪かった(主観)。→戻る
*18 《アーナム・ジン》《ワイルドファイアの密使》
今見ても何が強いのか分からないスペックだが、大丈夫、10年前にも良く分からなかった(笑) もはや20年近く前のクリーチャーたちだから仕方ない。
黎明期は2マナ騎士(《黒騎士》《Order of the Ebon Hand》《ストロームガルドの騎士》)に代表される低マナクリーチャーこそ優秀だったものの、中堅以上のクリーチャーの選択肢は少なかった。
特に《ワイルドファイアの密使》のスペックに疑問を抱く諸兄は多そうなので説明しておくと、クリーチャー除去といえば《剣を鍬に》の時代、プロテクション白かつ《稲妻》で落ちない高タフネスクリーチャーは重要だった。
《イーサンの影》のようなほぼバニラクリーチャーすら、《暗黒の儀式》のバックアップにより使われていたというのだから驚きである。→戻る
*19 《ネクロポーテンス》という史上最悪のエンジン
From the Vault : Extended 第一回を参照のこと。
近代マジックにおいてライフはきわめて重要なリソースとなっているが、初期のそれは今に比べて重要性が低かった。
スペル>クリーチャーの構図が強いためダメージ先行デッキの割合は少ないし、カウンターやマナ拘束戦略が跳梁跋扈している状況では、今でいうミッドレンジ戦略はほぼ成立しなかったのである。
つまり《ネクロポーテンス》が通ることはほぼ死を意味する。→戻る
*20 《ファイレクシアの抹殺者》
某初号機に似ているものの、基本的にはそのまま「ネゲーター」と呼ばれることが多かった。
今でこそ3~4マナ圏のハイスペッククリーチャーも良く見かけるが、1999年当時は《ファイレクシアの抹殺者》のオンリーワンである。
多少状況がもつれてしまえば相手がアグロでも関係なく殴り倒せる(かもしれない)という、おそらく調整ギリギリのスペックに仕上がっている。
邪魔な《肉占い》をサクると気分がいい。→戻る
*21 戦闘ダメージのスタックというルール追加
戦闘における大きなルール変更が第6版発売時に施行された。これが世に言う「戦闘ダメージスタック」ルールである。
これによりリミテッドの《魔術師の導師》は大幅に強化され、《変異種》は一対多の戦闘を制するほどのスペックへと変化を遂げた。
また《巨大化》系スペルはダメージスタック後にプレイしろ!など細かなテクニックが横行したものだ。
なお2009年のM10発売と同時に戦闘ダメージは再びスタックを介さず処理されるようになった。もうこんな前のことなのか。→戻る
■ 4.青いコントロールと多角戦略の強み
マジック最強の色は何か。
特定の宗教に身を投じていない限り、絶対的に優遇されているのが『青』だ(*22)。
特にレガシー、ヴィンテージでは顕著だろう。
カードゲームにおいて絶対的なアドバンテージが得られるのがドロー呪文、その第1色であり(*23)《Force of Will》という最強の盾をも合わせ持つ。
現スタンダードではこういった風潮は払拭されてきている。
カウンター呪文は年々弱体化の一路を辿り(*24)、カウンターがないと防げないコンセプトも排除されてきた(*25)。
なればこそ《包囲サイ》のような若干重いカードも活躍している。
だが言い換えれば古いマジックは青に支配されていた。
3マナ以上のスペルはテンポを取られ、ゲームの長期化は必然的な不利を表す。
そして致命的なコンボの存在がその他の台頭を許さない。
何よりそのコンボデッキ自体がコンボ達成のため青を採用していることもほとんどであり、そうなってしまうと青いデッキが勝っていたという事実だけが残される。
絶対的にカウンターが強かった時代の産物がこれだ。
18 《島》 4 《流砂》 4 《隠れ石》 -土地(26)- 1 《虹のイフリート》 -クリーチャー(1)- |
4 《ミューズの囁き》 4 《魔力の乱れ》 4 《衝動》 4 《対抗呪文》 3 《マナ漏出》 1 《記憶の欠落》 3 《禁止》 2 《雲散霧消》 4 《放逐》 4 《ネビニラルの円盤》 -呪文(33)- |
4 《シー・スプライト》 4 《水流破》 4 《不毛の大地》 2 《転覆》 1 《丸砥石》 -サイドボード(15)- |
まだ大陸選手権(*26)があったころ、ヨーロッパ選手権で優勝したことにより「ヨーロピアンブルー(ユーロブルー)」と呼ばれたのがこのデッキ。
現代では考えられないフルパーミッションというコンセプトのデッキである。
今のスタンダードでも《真珠湖の古きもの》のみが勝利手段という青黒コントロールもあるが、コントロール要素をクリーチャー除去以外でまかなえてしまう辺りが大きく異なる。
また、グレイトフルデックス vol.4で紹介したオプトブルーも同系統のデッキにカテゴライズされる。
つまるところ、「全てカウンターしたらいいんだろ!」というデッキの繊細さとは裏腹の大雑把仕様。
こんなデッキも許されてしまうところが当時のカウンター事情であり、相対するクリーチャー陣営であった。
さて青のお家芸といえばカウンターもその一つだが、それにも増して重要なのがドロー呪文だ。
そもそもカウンターの有用性といえば、いかなる時にも腐らない有用性と獲得できる可能性のあるテンポ部分だが、その強さはアドバンテージ獲得手段に依存する。
常に一対一が約束されている以上、リソースの供給部分に差を付けてしまえば勝つことが出来るからだ。
打ち消しによる妨害、ドロー強化によるリソース供給。
この二つが達成されているのなら、デッキの軸になる部分は完成されていると言える。
コントロールと中長期戦略が確約されているのだから、あとは時代に合わせた戦略を取り込めば、少々乱暴だが最適戦略足りうる。
20 《島》 4 《リシャーダの港》 2 《黄塵地帯》 -土地(26)- 3 《マスティコア》 3 《変異種》 -クリーチャー(6)- |
4 《誤算》 4 《対抗呪文》 3 《目くらまし》 3 《天才のひらめき》 4 《巻き直し》 2 《妨害》 4 《不実》 4 《厳かなモノリス》 -呪文(28)- |
3 《時間の名人》 3 《無効》 3 《冬眠》 3 《誤った指図》 3 《退去の印章》 -サイドボード(15)- |
アーティファクトによるマナ加速という飛び道具を得た青茶単。
《修繕》系でも無く、青トロン系のデッキでもない、良くも悪くもコントロール色の強いデッキである。
どんな劣勢からも、巨大な《天才のひらめき》は局面を跳ね返す。
10 《島》 3 《沼》 4 《塩の湿地》 4 《地底の大河》 1 《ダークウォーターの地下墓地》 2 《セファリッドの円形競技場》 -土地(24)- 4 《夜景学院の使い魔》 4 《サイカトグ》 -クリーチャー(8)- |
4 《対抗呪文》 3 《記憶の欠落》 3 《チェイナーの布告》 4 《排撃》 3 《堂々巡り》 3 《狡猾な願い》 3 《嘘か真か》 3 《綿密な分析》 2 《激動》 -呪文(28)- |
4 《強迫》 3 《恐ろしい死》 1 《棺の追放》 1 《反論》 1 《テフェリーの反応》 1 《冬眠》 1 《枯渇》 1 《殺戮》 1 《はね返り》 1 《嘘か真か》 -サイドボード(15)- |
古参プレイヤーにはお馴染みのニクいやつ。
From the Vault : Extended 第二回でも紹介済みだが、ドローそのものも擬似火力と見なせる一時代を築いたクリーチャー。
正直イラストは旧バージョンじゃないと違和感しかない。
5 《島》 3 《沼》 1 《霧深い雨林》 1 《新緑の地下墓地》 4 《闇滑りの岸》 4 《水没した地下墓地》 4 《忍び寄るタール坑》 4 《地盤の際》 -土地(26)- 2 《海門の神官》 3 《墓所のタイタン》 -クリーチャー(5)- |
4 《定業》 3 《コジレックの審問》 2 《見栄え損ない》 1 《強迫》 4 《マナ漏出》 2 《破滅の刃》 1 《取り消し》 2 《弱者の消耗》 4 《広がりゆく海》 2 《ジェイス・ベレレン》 4 《精神を刻む者、ジェイス》 -呪文(29)- |
3 《記憶殺し》 3 《漸増爆弾》 2 《見栄え損ない》 2 《強迫》 2 《瞬間凍結》 1 《破滅の刃》 1 《剥奪》 1 《ソリン・マルコフ》 -サイドボード(15)- |
カウブレードやデルバーと悩んだがこちらを。
カウブレードは一部の暴力的なカード(*27)に支えられていたし、デルバーはコントロールというよりテンポデッキになるからだ(*28)。
《マナ漏出》《呪文貫き》などの制限カウンターが主力になった部分を、《コジレックの審問》《強迫》等手札破壊と、《広がりゆく海》《地盤の際》による拘束戦略という絡め手を合わせ持つことで補っている。
結局は《精神を刻む者、ジェイス》《墓所のタイタン》のカードパワー頼みでもあったりするが、まあそこはそれ。
トリックスというデッキを強者にしたのはこの部分だ。
コンボという飛び道具、《変異種》という必殺兵器。青いデッキ特有の強固なデッキ基盤。
余談になるが、この項で強調したいのは『青』いデッキが強すぎるとかそういうことではなく、あくまでデッキ基盤の強さが最強に近いということ。
結果的には青いデッキがそれに近い時代は多かった(*29)。
前述のデッキたちはまさしくそうだし、フェアリーについても同様である。
*22 絶対的に優遇されているのが『青』だ
異論反論は是非マロー(Mark Rosewater)へ。カードが青いというだけで、《Force of Will》のピッチコストに充てられて加点評価になるのだから恐ろしい。
そう考えると《Bayou》さんは頑張っていると思うんです(主に青絡みデュアルランドとそれ以外の価格差的に)。→戻る
*23 カードゲームにおいて絶対的なアドバンテージが得られるのがドロー呪文、その第1色であり
《Ancestral Recall》の時代より「カードを引く」ことは青の役割である。《時のらせん》《精神を刻む者、ジェイス》《宝船の巡航》いずれも青いカードだ。
そして《頭蓋骨絞め》が禁止になっている事実からも分かる通り、「カードを引く」能力がゲームを壊してしまうという状況は枚挙に暇がない。
何故なら1ターンに1枚カードを引くことと、1ターンに1枚ずつ土地を置くことが出来る→マナが増えていくということ、この二つがゲームのバランスを支える根幹だからだ。
青の強さは《Ancestral Recall》が刷られたその時から決まっていたのかもしれない。→戻る
*24 カウンター呪文は年々弱体化の一路を辿り
第7版を最後に姿を消した《対抗呪文》について、熱心なファンからの再録希望がしばらくやまなかった。
半分はネタだったものの、それだけカウンター愛好家は多かったのである。
だが今にしてみれば明らかに《対抗呪文》は強すぎた。《マナ漏出》、まして《本質の散乱》すら許されなくなった現状を見れば分かるだろう。→戻る
*25 カウンターが無いと防げないコンセプト
一つはコンボ、もう一つはマナ拘束戦略。
《ハルマゲドン》《冬の宝珠》に代表されるものもそうだし、《石の雨》のような3マナ土地破壊も許されなくなった。
相対的に1:1手札破壊(《強迫》《思考囲い》《コジレックの審問》)が強化されていったことからも見てとれる。
コントロールは青だけの特権では無くなったのだ。→戻る
*26 大陸選手権
APAC(アジア太平洋)選手権、ヨーロッパ選手権、ラテンアメリカ選手権の総称。1997年から開催され、2003年にその役目を終えた(APAC自体は2001年が最後)。
ベスト8に世界選手権の参加資格が与えられたため、世界選手権の最終予選のようなトーナメントであった。
また参加資格はほぼレーティング招待のみとややハードルが高かったものの、各地域のみのランキングからになるためそこまで厳しいものではなかった。
個人的には普段会わないオーストラリアのプレイヤーと仲良くなれる良い機会でした。→戻る
*27 一部の暴力的なカード
スタンダードでも禁止になるのだから大概である。そう、《石鍛冶の神秘家》《精神を刻む者、ジェイス》のこと。
だがいずれも健全に使われていた時期もあるというのが面白いところだろう。
まあ《血編み髪のエルフ》が《精神を刻む者、ジェイス》を押さえ込んでいたことを健全と呼んでいいのかは疑問の残るところだが……→戻る
*28 デルバーはコントロールというよりテンポデッキになる
グレイトフルデックス vol.4を参考のこと。
思えば登場以来環境を支配し続け、《宝船の巡航》の登場によりその勢力拡大は止まるところを知らない。
一時期禁止になり、戻ってきたと思えば見向きもされない《野生のナカティル》さんに謝ってほしい。→戻る
*29 青いデッキがそれに近い時代は多かった
ローテーションが無いという縛めがあるフォーマットならいざ知らず、スタンダードについてはそうとも限らない。
『親和』『ジャンド』『黒信心』これらのデッキは青くは無かった。そして共通項はミシュラランド。→戻る
■ 5.トリックスは最強だった……?回るメタゲーム
では主題に戻ろう。トリックスははたして最強だったのか?
プロツアーニューオーリンズ2001当時の環境を見てみよう(*30)。
フォーマットはエクステンデッド、第5版&アイスエイジブロック以降がリーガルだったころ(*31)。
折しもその春《ネクロポーテンス》《Demonic Consultation》《適者生存》《補充》が禁止され、環境の健全化が押し進んだ結果。
高速から中速の、多様なアーキタイプが出揃った。
このプロツアー最大のトピックはチーム”Your Move Games” の躍進だろう。
後に主要メンバーが殿堂入りしているこのチーム(*32)、墓地活用というオデッセイのテーマを正しく使い倒したのはまさしく彼らだけであった。
チームCMUが持ち込んだZombie Nation(*33)より、YMGのBenzoは確かなパフォーマンスを示したのだ。
製作者たるRobert Doughertyこそスイス最終戦で敗れ13位という結果に終わるものの、Darwin Kastleはベスト8、Robを最後に下したDavid Humpherysはベスト4という確かな結果を残している。
詳しくはFrom the Vault : Extended 第一回の《納墓》項をご覧いただきたい。
戦前に注目を浴びたのは新カード《影魔道士の浸透者》を採用したフィンキュラだった。
同じインビテーショナルカード(*34)たる《翻弄する魔道士》のピキュラとフィンケル、合わせてフィンキュラ。
その安易なネーミングセンスはともかくとして、《Force of Will》《剣を鍬に》《名誉回復》と多様なコントロール要素を持つため対応力に優れたデッキだった。
が、如何せん突破力に欠けていた。速度的に間に合わない相手も多く、またクロック面での不足もあり勝ち切ることが出来ない。
結果から言えば人気を集めたものの失敗していた。
またプロツアーが終わってみたらトップレアへと躍進していた《獣群の呼び声》系デッキはかなり奮闘したといえる(*35)。
前述のスリーデュース、PTジャンクを一括りにするなら、二日目の分布では最多数を誇った。
まだまだサイドボードにおける《破滅》戦略はメジャーではなかったためトリックスに対しては戦えてはいた。
彼らの誤算は墓地だろう。盤面には多角的にプレッシャーをかけられるこれらのデッキ、実のところ噛み合わない戦略には耐性がない。
スイスラウンドが終わるころにはBenzoに淘汰されてしまっていた。
最終的に決勝へと残ったのはTomi WalamiesとKai Buddeだった。
まずTomi Walamies。
数多のコントロール戦略が失敗している中、《獣群の呼び声》を青いコントロール戦略に組み込むという、当時では最先端のコントロールが彼をスイスラウンド首位通過という結果に導いた。
1 《平地》 4 《Savannah》 4 《Tropical Island》 4 《Tundra》 3 《氾濫原》 3 《アダーカー荒原》 2 《不毛の大地》 -土地(21)- 1 《変異種》 -クリーチャー(1)- |
3 《渦まく知識》 3 《税収》 3 《剣を鍬に》 4 《衝動》 4 《対抗呪文》 2 《ガイアの祝福》 3 《獣群の呼び声》 1 《直観》 1 《禁止》 4 《嘘か真か》 3 《神の怒り》 4 《Force of Will》 3 《浄化の印章》 -呪文(38)- |
3 《赤の防御円》 2 《ルートウォーターの泥棒》 2 《誠実な証人》 2 《水流破》 2 《火薬樽》 1 《剣を鍬に》 1 《獣群の呼び声》 1 《直観》 1 《浄化の印章》 -サイドボード(15)- |
今思えばオデッセイというセットはパワーハウスであった。
《納墓》《獣群の呼び声》に加え、この時点では日の目を見ていないが《野生の雑種犬》《サイカトグ》《激動》もこのセットに収録されている。
この混沌の最中、クラシックなコントロールが結果を出したという事実に驚いた人は当時かなり多かった。高速化が進めば進むほど、受けるより攻める方が簡単なのだからなおさらだ。
たしかにこの”Operation Dambo Drop” と名付けられたトリーヴァコントロールが輝いたのはこの一瞬だけだった(*36)。
だが少なくともこのイベントに限り彼の《嘘か真か》《獣群の呼び声》戦略は成功していたし、彼だけがBuddeの牙城に肉薄していたのだ。
しかし彼をしてもKai Buddeを止めることは出来なかった。
直前のチームプロツアー、プロツアーニューヨーク2001を優勝したBuddeはその時点で4回目のプロツアー優勝を飾っており、名実共にマジック最強プレイヤーとして君臨しようとしていた。
そう、あくまでしていた止まりだ。何故ならJon Finkelとどちらが上かという話題が出ると、まだまだFinkelの方が上だと思っていたプレイヤーも多かったからだ。
「Kaiがプロツアー連覇出来たら帽子を食べてやるよ!」 こんな逸話すら残っているほどである。
はたしてBuddeはFinkelとの直接対決を制し、Jelger Wiegersmaには敗れたもののBrian Kibler、Brian Hegstadと倒してのトップ8入り。
前述のDarwin Kastle、David Humpherysをそれぞれ3-0で下し決勝まで上り詰める。
このWalamiesとBuddeの決勝戦はまさしく激戦だった。
確かにBuddeが持ち込んだトリックスは当時で考えればほぼ完璧なデッキレシピだった。
14 《島》 4 《Volcanic Island》 4 《シヴの浅瀬》 -土地(22)- -クリーチャー(0)- |
2 《渦まく知識》 4 《蓄積した知識》 4 《商人の巻物》 4 《対抗呪文》 3 《火》/《氷》 1 《衝動》 4 《寄付》 3 《直観》 1 《転覆》 4 《Force of Will》 4 《Illusions of Grandeur》 4 《サファイアの大メダル》 -呪文(38)- |
4 《紅蓮破》 3 《変異種》 3 《紅蓮地獄》 2 《水流破》 2 《天才のひらめき》 1 《冬眠》 -サイドボード(15)- |
だからこそコントロール合戦の末のバイバック《転覆》と《変異種》はBuddeに2本目と3本目の勝利を与えているが、1本目と4本目はWalamiesの《獣群の呼び声》に蹂躙されている。
事実3本目は勝利しているとはいえライフ1まで追い詰められてのことであるし、既にWalamiesは同じトリックスを使うBenedikt Klauserに勝ってきているのだ。
そして運命の5本目。
かくしてBuddeは劇的な《変異種》トップデッキによりプロツアー連覇を成し遂げた(*37)。
この後どうなったかはグレイトフルデックス vol.4で述べた通りである。
一時は《変異種》をメインボードに据えるという戦略により復権するトリックスを挫いたのはミラクルグロウだった。
そのミラクルグロウに対してオースが流行り、巡り巡ってトリックスへとメタゲームが逆行するものの、トリックスが最後の栄誉を手にすることは無かった。
そしてこれが最後だった。
ローテーションによる消滅、コンボとしての立ち位置はストームに追いやられ、そして新たなフォーマットとなったレガシーでは速度的に間に合わなかったからだ。
こうしてトリックスは姿を消す。Buddeの全盛期と共に鮮烈なイメージを残して。
*30 プロツアーニューオーリンズ2001
Kai Budde vs Jon FinkelというマッチアップやGary WiseにMichael Turian、Alex Shvartsmanと何とも懐かしい。
だが何よりBrian Kibler、Patrick Chapin、彼らが10年以上経った今殿堂入りしているという事実がとても感慨深い。
そして当たり前だが当時の写真は若い。→戻る
*31 第5版&アイスエイジブロック以降がリーガルだったころ
特例としてデュアルランドの使用が許されている辺り、当時のエクステンデッドにおけるマナ基盤を緩い状態に留めたかったという思惑が見て取れる。
この時代ではデュアルランドと《Force of Will》が使えるフォーマットという印象が強い。→戻る
*32 主要メンバーが殿堂入りしている
初のチーム戦となったプロツアーワシントンD.C.1999を優勝した3人はいずれも殿堂入りしている。
またプロツアーニューオーリンズ2001の翌年に開催されたプロツアーヒューストン2002では1位から3位まで総なめ、さらに各々が違うデッキによる入賞と、エクステンデッドプロツアーの構築シーンはまさしく彼らの独壇場であった。→戻る
*33 Zombie Nation
《生き埋め》《灰燼のグール》《死の火花》を主体とした墓地循環デッキ。
かなり嫌らしい動きを見せるが、Benzoの高速性とスマートさに比べると少々見劣りしてしまう。
ワイルドゾンビの原型とも言えるかもしれない。→戻る
*34 インビテーショナルカード
選抜されたトッププロや、投票によって選ばれたプレイヤーのみが参加できる特殊なトーナメント。
現在の世界選手権に似ているが、よりカジュアルでファンイベントだったのがデュエリストインビテーショナルで、その勝者は一枚だけカードをデザインすることが出来た。
《なだれ乗り》に始まり最後にデザインされたのが《瞬唱の魔道士》と一線級のカードばかりである。
一部《ラクドスの穴開け魔道士》のようなボンクラもあったがこれは何かの間違いであろう。→戻る
*35 プロツアーが終わってみたらトップレアへと躍進していた
プロツアー初日、二日目、最終日と日を越す毎に値上がりが続き、イベント中に4倍近い値上がりを記録した《獣群の呼び声》。
今年においても《ゴブリンの熟練扇動者》《世界を目覚めさせる者、ニッサ》《時を越えた探索》。プレミアイベントのシングルカード価格に与える影響は計り知れないものがある。→戻る
*36 Operation Dambo Drop
ダンボドロップ大作戦。どういう意味か気になったらggろう!
デッキ名的には一般的にワラミーズと呼ばれていた。→戻る
*37 劇的な《変異種》トップデッキによりプロツアー連覇を成し遂げた
一方Eric Taylorは約束どおり”帽子を食べた”。
(参考:Eric Taylor Eats His Hat-Week In Review: January 10 – 17, 2002→訳文)→戻る
■ 6.コンボと異なるアプローチ
トリックスというデッキは我々に残した教訓は、「コンボという一面を持つ」コンボデッキほど厄介なものはない、ということだ。
分かりやすい例を挙げればモダンの《欠片の双子》だ。
《宝船の巡航》の追加により高速化が進み、現在ではやや落ち目なもののかつてのメタゲーム上の主要な位置を占めていた。
その強さは無論コンボデッキ特有のものだとも言えるが、最も厄介なのは豊富なバリエーションだろう。
Patrick Dickman(*38)という双子マスターに支えられ、テンポツイン、タルモツイン、トリコツインと多様な亜種が生み出されていった。
何より《瞬唱の魔道士》というテンポ&アドバンテージソースが、双子にとって『コンボに頼らない』という第二の勝ち筋を作り出す。
すなわちコンボに依存する必要がないこと。そしてコンボを無視出来ないこと。
この相反する事実が対戦相手を悩ませる。
はたしてこの除去を《やっかい児》に使って良いのかどうか。使用者よりもむしろ相対したプレイヤーに錬度を要求してくるのだ。
他にも同じモダンで言えば《出産の殻》デッキも似た特性を持っている。
双子コンボよりコンボ色は薄く盤面を作るタイプのデッキだが、だからこそ飛び道具としてコンボの存在が惑わせる。
コンボ色という意味では異色なのがレガシーのエルフだろう。
各シナジーを考えれば完全にコンボデッキだが、《垣間見る自然》《自然の秩序》という必殺パーツに警戒を集中させるといつの間にかライフを減らされている。
クリーチャーコンボという特性上妨害されやすいものの、だからこそそのクリーチャーが少なからぬクロックとして機能するのだ。
まして《クウィリーオン・レインジャー》《死儀礼のシャーマン》(*39)というインチキコンボもある以上、殲滅戦略以外には安全確保が難しくなる。
コントロール+コンボという様式に拘るのなら、《風景の変容》と《ジェスカイの隆盛》がトリックスの後継と言えるかもしれない。
かつての状況と違い《時を越えた探索》は『ハイブリッド型コンボデッキ』の状況を一変させた。
コントロールし続けることで勝利に近づくシステムはモダン環境へとインパクトを与えている(*40)。
*38 Patrick Dickman
グランプリアントワープ2013優勝、プロツアー「神々の軍勢」3位、いずれも双子コンボによる入賞と、自他共に認める《欠片の双子》第一人者。
双子コンボに依存し過ぎないテンポツインを提唱したかと思えば、コンボとは無関係の《タルモゴイフ》を採用したタルモツインでプロツアートップ4入りと、年々人気の高まるモダンフォーマットに話題を提供し続けてきた。
次のプロツアー「運命再編」が楽しみである。→戻る
*39 《死儀礼のシャーマン》
誰ですかエルフにした人は!→戻る
*40 コントロールし続けることで勝利に近づくシステム
《宝船の巡航》が使われるとその限りではない。
いずれにせよ《宝船の巡航》が咎められるのなら《時を越えた探索》も同罪であろう。→戻る
■ 7.終わりに
さて本稿でグレイトフルデックスは終わる。
10年以上の前のデッキについて、こんなにも長々と書けることがあるとは私自身驚いているくらいだ。
こんな昔のデッキでも、現代のデッキに連なる何かがあるというのも面白い。
昨今の《宝船の巡航》乱舞を見る限り、vol.4のゼロックス回以外はあまり役に立たないかもしれないが(苦笑)
いずれにせよマジックの歴史は長いものになったし、これからも続いていくことだろう。
使い込んだデッキ、もしくはこれから使い込もうというデッキについて深く詳しく知っておくことは決して損にはならない。
かつて考えていたこと、その戦略は未来の自分にとって糧になる。先人の知恵も同様である。知識は力だ。
そして本稿が何かの役に立てば幸いである。
また何処かの記事で会いましょう。
※編注:記事内の画像は、以下のサイトより引用させて頂きました。
『MAGIC: THE GATHERING』
http://magic.wizards.com/en