デッキビルダーなら、誰しもが夢見ること。
「自分の作ったオリジナルデッキが、多くのプレイヤーの支持を受けて1つのアーキタイプとして定着し、環境に居残り続ける」。
新しいデッキを作るときはいつも、そういった幸せな未来の光景を夢想しては、期待に胸を膨らませながら一人回しを繰り返すものだ。
もちろん全てのデッキがそういったマジック史に残るような活躍をするはずもない。それどころか、大抵は何ら日の目を浴びずに終わったりする。
しかしごく稀に、そう奇跡のような確率で、「当たり」を引くことがあるのだ。
それはビルダーにとっては何にも代えがたい喜びとなる。
「存在証明」……自分という個が世界に在った証であり、最もわかりやすい形での「承認」に他ならないからだ。
かつて私は、限りなくそれに近い軌跡をモダン環境において残したことがあった。
【トロンデッキ】は、私と【らっしゅ(高橋 純也)】が世界に送り出したデッキであり、今でもモダン環境で一線デッキとして活躍し続けている傑作だ。
だが、そのコンセプトは私たち自身が作り上げたものではなかった。
当時はまだ親しくなかった、今では友人となった【遠藤 健司】(彼もまた素晴らしいデッキビルダーだ)のアイデアを、言葉は悪いが剽窃したに過ぎない。
したがって私自身が1から作り上げたコンセプトという意味では、これまで「当たり」を引いた経験はほとんどないに等しい。
だからこそ。記録に残しておきたくなった。
今回私が生み出した、「当たり」のデッキについて。
いや、厳密には「当たり」というわけではない。そもそも「当たり」かどうかを確かめる機会は、既に失われてしまったのだから。
その絶好の機会……【プロツアー『運命再編』】は、とうに終わってしまっているのだから。
もちろんこれについて【津村 健志】を責めるつもりは毛頭ない。もとより参加権利がない方が悪いのだ。
確かめたければ、自分でプロツアーに出ればよかった。それができなかったのは、ひとえに己の弱さ故だ。
だが、今更になって思うのだ。
もし私にプロツアーの権利があって、それまでに「あのデッキ」を現状の75枚の完成度ほどに練り上げることが出来ていたなら。
私は【プロツアーベルリン08】での39位入賞というプロツアーにおける自己最高成績を、塗り替えることが出来たんじゃないかと。
いやそれどころか、日本に久しぶりのプロツアータイトルをもたらすことが、もしかすると可能だったんじゃないかと。
いずれにせよ、全てはもう終わった話だ。
だからこれから語るのは、活躍の機会を失ったデッキの物語。
私が1から作り上げたコンセプトとして、モダン環境で初めてオリジナルな足跡を残した「あのデッキ」。
Super Crazy Zoo。
その全てを、ここに記そう。
■ 1. 誕生
始まりは、《わめき騒ぐマンドリル》だった。
【だらだらクソデッキ vol.6】を書いたとき、主役は間違いなくこの1マナ4/4トランプル(妄言)だったし、一緒に入っていた《強大化》や高速でライフの支払いを強要する《ギタクシア派の調査》《通りの悪霊》といったラインナップは、いわば添え物に過ぎなかった。
1 《繁殖池》 1 《聖なる鋳造所》 1 《踏み鳴らされる地》 1 《寺院の庭》 4 《吹きさらしの荒野》 4 《樹木茂る山麓》 2 《乾燥台地》 1 《森》 1 《山》 -土地(16)- 4 《僧院の速槍》 4 《野生のナカティル》 4 《苛立たしい小悪魔》 4 《通りの悪霊》 4 《わめき騒ぐマンドリル》 -クリーチャー(20)- |
4 《ギタクシア派の調査》 4 《変異原性の成長》 4 《稲妻》 2 《欠片の飛来》 4 《魔力変》 3 《途方もない力》 3 《強大化》 -呪文(24)- |
4 《はらわた撃ち》 4 《紅蓮地獄》 4 《部族養い》 3 《宝船の巡航》 -サイドボード(15)- |
そもそもこの時点では「ちょっと変わったZooを作ってみた」という程度の認識しかなかった。
1~2ターン目に《わめき騒ぐマンドリル》をプレイされれば確かに驚きはするが、サイズ自体は《タルモゴイフ》と大差ないし、キルターンも概ね4ターン目で従来のZooと違いがあるわけでもない。
「Super Crazy Zoo」を名乗ってはいるものの、この時点では実際のところCrazyでも何でもない、ただのカジュアルなZooそのものだったのだ。
転機が訪れたのは、ある1枚のキーパーツを見出してからだった。
《死の影》。
モダンでは【<縞痕のヴァロルズ>とのコンボ】や【<大霊堂の戦利品>コンボ】などでたまに使用されているこのカードだが、その活躍はコンボ方面に限定されており、ビートダウンに採用されるパターンは比較的珍しかった。
しかし、フェッチギルランに加えて《ギタクシア派の調査》《通りの悪霊》《変異原性の成長》という多くのライフロス要因を抱えたこのデッキならば、自然に搭載できそうに思われた。
だから、上のデッキに適当に入れ込んだのだ。
一切試すことなく。
1 《草むした墓》 1 《聖なる鋳造所》 1 《踏み鳴らされる地》 1 《寺院の庭》 4 《吹きさらしの荒野》 4 《樹木茂る山麓》 2 《血染めのぬかるみ》 1 《森》 1 《山》 -土地(16)- 4 《僧院の速槍》 4 《野生のナカティル》 4 《死の影》 4 《通りの悪霊》 4 《わめき騒ぐマンドリル》 -クリーチャー(20)- |
4 《ギタクシア派の調査》 4 《変異原性の成長》 4 《稲妻》 2 《欠片の飛来》 4 《魔力変》 3 《肉体+血流》 3 《強大化》 -呪文(24)- |
4 《はらわた撃ち》 4 《紅蓮地獄》 4 《部族養い》 3 《使徒の祝福》 -サイドボード(15)- |
そう、【だらだらクソデッキ vol.6】のオチとして掲載したこのデッキ「EpisodeⅥ」は、当初の「Super Crazy Zoo」と違って、全く一人回ししないまま掲載したデッキだったのだ。
その事実はマナベースに顕著に表れている。黒マナは《草むした墓》からしか出ない上に、ライフを積極的に支払いたいデッキなのに基本地形を2枚も採用しているからだ。
つまりこのデッキを作り上げた時点では、私自身このデッキの可能性を全く信じていなかったということだ。
しかし、その認識は覆されることになる。
【週2回のニコニコ生放送】を行っている【津村 健志】が、放送の中でネタ混じりにこのデッキを使用し、あろうことか次々と勝利を重ねていったのだ。
津村 「まつがんさん、このデッキやばいですよ」
その言葉を聞いてもなお、私は「EpisodeⅥ」のその後の情勢に興味を持てないでいた。
既に記事はアップされ上々の評判を得ていたし、いくら強いといってもプロツアー調整の俎上にのぼるレベルとはとても思えなかったからだ。
だが、津村は引き下がらなかった。「このデッキはプロツアー用に本気で調整しますよ」とまで言い放ったのだ。
そこまで言われては、一応
プロツアーを控えた津村の時間を、クソデッキに対して無駄に割かせるのは忍びない。
せめて自分の手で限界まで調整して、「それでもクソデッキでした」と引導を渡すべきだと思った。
ところが。
実際に回した津村のフィードバックを受け、若干の改良を施した「EpisodeⅥ」の一人回しをした私は驚愕した。
このデッキには、確かに人を殺すポテンシャルがある。
しかもそれは、私の予想とは違った部分がコンセプトを担っていたのだ。
「EpisodeⅥ」の核となっていたのは、《わめき騒ぐマンドリル》などではなかった(というか、この時点で津村の手によって《わめき騒ぐマンドリル》は1枚にまで減らされていた)。
《肉体+血流》、そして《強大化》。
この2枚のコンボが、《死の影》と相まって「EpisodeⅥ」の3キル率を驚異的に上昇させていたのだ。
それはパラダイムシフトが起こった瞬間だった。
単純なビートダウンの延長線上にあったカジュアルなZooが、《死の影》、《肉体+血流》、《強大化》という3種の神器を得たことにより、純然たるコンボデッキへと変貌を遂げたのだ。
ZooであってZooにあらず。
そう、Zooを超えた(Super)、Zooではありえない(Crazy)、Zooの誕生だった。
もはや私も疑いはしなかった。「このデッキは強い。もしかしたら、プロツアーでも通用するかもしれない」
本気でそう考えるようになっていた。
だから私は決めた。津村が「プロツアーで使う」と言うのなら、本気でこのデッキを調整しようと。
つまりこのとき初めて、「Super Crazy Zoo」が産声をあげたのだ。
■ 2. 進化
津村のために、本気で「Super Crazy Zoo」を調整する。
そう決めた私は、早速無限の一人回しを始めた。
その結果、メインボードはコンボデッキとしてかなり洗練された構成になった。
1 《血の墓所》 1 《草むした墓》 1 《聖なる鋳造所》 1 《寺院の庭》 4 《湿地の干潟》 4 《樹木茂る山麓》 2 《血染めのぬかるみ》 2 《乾燥台地》 -土地(16)- 4 《ステップのオオヤマネコ》 4 《僧院の速槍》 4 《野生のナカティル》 4 《死の影》 4 《通りの悪霊》 -クリーチャー(20)- |
4 《ギタクシア派の調査》 4 《変異原性の成長》 4 《稲妻》 1 《暗黒への突入》 4 《ティムールの激闘》 4 《強大化》 3 《ミシュラのガラクタ》 -呪文(24)- |
4 《思考囲い》 4 《古えの遺恨》 3 《使徒の祝福》 3 《ファイレクシアの非生》 1 《死後の一突き》 -サイドボード(15)- |
◆ スペルの問題
まず大きな変化は、《肉体+血流》が『運命再編』からの新しい力、《ティムールの激闘》に差し替わったことである。
《肉体+血流》はソーサリーであり隙も大きく、しかもマナコストが赤緑なので《強大化》と同じターンに撃つためには赤緑緑が必要となるのがネックとなっていた。
その点、《ティムールの激闘》ならインスタントで打点的にはほとんど同じ(もしくはトランプルで一段目の打点分も生かせると考えればそれ以上の)効果を期待できる上に、マナコストも1赤で《強大化》と同一のターンに撃ちやすい。
《肉体+血流》と違って2枚目以降が運用しづらいという弱点はあるものの、コンボパーツとしてはほとんど上位互換と言っていい性能で、『運命再編』がもたらした嬉しい誤算だった。
次に、《魔力変》が抜けて《ミシュラのガラクタ》が入ったことである。
もともと《魔力変》はフリースペルとして「探査」への燃料供給、兼《僧院の速槍》の「果敢」誘発材という目的で投入されていたが、「ドロー前にマナの色を宣言しなければならないため、裏目が頻発する」ことや、土地1枚キープが当たり前なこのデッキにおいて「2枚目の土地へのアクセスができない」というのは大きな不満材料であった。
無論《ミシュラのガラクタ》にも「フィニッシュターンに引き込むとラグる」という弱点はあるが、それを差し引いても「土地1枚キープがより容易に可能になる」というメリットの方が大きく、また地味にフェッチランドと合わせて「占術」類似のドロー操作が可能になるという小技もあり、採用に踏み切った。
とはいえ、《ミシュラのガラクタ》を4枚搭載するとトップデッキでラグが起きる確率があまりに高くなってしまう。
そこで採用を3枚に抑え、空いた1枚のスロットに収まったのが《暗黒への突入》である。
《強大化》+《ティムールの激闘》によるコンボデッキとなったこのデッキは、「どちらか一方だけが手札に来る」というシチュエーションに滅法弱い。《強大化》だけのパターンならまだしも、《ティムールの激闘》だけ引いてしまうと十分なサイズの《死の影》か複数枚の《変異原性の成長》引いていない限り運用できない。
その点《暗黒への突入》は、ペイライフで《死の影》のサイズを上げつつ、サーチカードとして両方のコンボパーツの5枚目として機能する。
もちろん2枚引くと撃ちきれないことは明白だし、このカードを挟むパターンは3キル率が大幅に下がるためにメインプランにはできないが、地味にデッキに噛み合うカードだったのと、何よりこのクソマイナーなカードを発見できたという喜びもあり、1枚だけ採用することにした。
◆ クリーチャーの問題
課題となったのは、《死の影》《野生のナカティル》《僧院の速槍》に続く4種類目のクリーチャー選択だった。
初手のキープ率を高めるためにも、16枚ほどのクリーチャーは欲しい。しかしその選定については、いかにモダンの広大なカードプールといえど難航せざるをえなかった。
何せ「Zoo」を名乗ってはいてもその実態は《ティムールの激闘》の「獰猛」によるフィニッシュがメインプランのコンボデッキなのだ。《密林の猿人》《壌土のライオン》などでは頼りない。
津村が提案したのは《タルモゴイフ》だった。
なるほど確かにモダン随一のパワーカード、加えてパワーも大抵4を超えて申し分ない。
だが私は容易には首肯しえなかった。
次に津村は《ゴブリンの先達》を推してきた。
確かに単体の打点は目を見張るものがある。
しかし私はこれにも難色を示した。
このデッキは既にビートダウンではない。コンボデッキなのだ。
欲しいのは一瞬の煌めきであり、継続的な打点の高さではない。
また、既に《僧院の速槍》《稲妻》《ティムールの激闘》と負担がかかっている赤マナにこれ以上の偏りを持たせるのは、やはりデッキの最良の動きを阻害しかねない。
私が注目したのは、白マナだった。
《平地》という基本地形タイプは、《野生のナカティル》がいる以上必ずどこかでサーチする。にも関わらず、そこから出る白マナはこのデッキにおいては全く活用されていない。
白1マナで、(《ティムールの激闘》との相性的に)キラリと光る打点を持っているクリーチャー……そう。
《ステップのオオヤマネコ》。やはりZooといえばこいつである。
とはいえ、たった16枚の土地で十分に運用できるのか?と不安に思われるかもしれない。
しかしこのデッキはマジックを3ターンしかプレイしない。
つまり3枚の土地があれば十分なのだ。そして3枚でいいのなら、大量のキャントリップと合わせて、16枚でも十分事足りる。
こうして4種類目のクリーチャーが決まった。
(一応補足しておくと、メインプランが《強大化》《ティムールの激闘》コンボになったため、全ての墓地リソースは《強大化》のために費やされることになり、したがって貴重な墓地をこんなゴミコモンに割くわけにはいかなくなったのである)
◆ 土地の問題
どうしてこの土地構成になったのか。
それにはまず、ここまでで決まったスペルとクリーチャーの構成を前提に、「いかなるギルドランドの組み合わせなら展開を阻害しないか」を考えればいい。
このデッキのスペル・クリーチャー構成からファイレクシアマナのカードを除けば、赤マナを必要とするカードと緑マナを必要とするカードだけが、《強大化》と《ティムールの激闘》の分だけ多いことがわかる。
つまり赤マナと緑マナは他の色マナに比べて使用機会が多いのだ。
ということは、2枚ギルドランドを持ってきたとき、《踏み鳴らされる地》と《神無き祭殿》という組み合わせを持ってきてしまうと、行動が阻害されてしまう確率が高い。
逆に赤マナと緑マナの発生源をバラけさせれば、スムーズに2アクションをとることが可能となる。
もちろん《ステップのオオヤマネコ》を採用する関係上、必要最低限のギルドランド以外は全てフェッチランドにしたい。
したがって採用するギルドランドは「赤黒/白緑」と「赤白/緑黒」という2種類の組み合わせを達成するための、《血の墓所》《寺院の庭》《聖なる鋳造所》《草むした墓》の4種類だけに決まった。
次にフェッチランドの組み合わせを考える。
この4種類のギルドランドを全て持ってこれる「完全フェッチランド」は、《樹木茂る山麓》と《湿地の干潟》だけだ。よってこの2種は4枚ずつ、計8枚が確定。
4枚のギルドランドと8枚のフェッチランドを除いた残る4枚のスロットは、当然フェッチランドを入れるのだが、どうしてもどれか1種類のギルドランドを持ってこれない「不完全フェッチランド」(《血染めのぬかるみ》、《乾燥台地》、《吹きさらしの荒野》、《新緑の地下墓地》)になってしまう。
「不完全フェッチランド」の採用によって何が起きるかというと、2枚目の土地のサーチが不自由になるが故の「1色欠けパターン」(2つのギルドランドの組み合わせが「赤白/赤黒」、「赤黒/緑黒」、「緑黒/緑白」、「緑白/赤白」)が起きるリスクが出てくるということだ。
ではここで、「どの『不完全フェッチランド』を採用するか」をどうやって決めるべきか。
実はこの「1色欠けパターン」にも、それぞれ優先順位がある。その優先順位にしたがって、最も優先しないパターンを避けるようにすればいい。
何の優先順位か。それは抽象的な表現で言えば殺意の量だ。
より具体的に言うと、「対戦相手のライフを0以下にするために、最も起きて欲しくないパターンはどれか」ということになる。
4つの「1色欠けパターン」のうち、最も起きて欲しくないパターンは「緑黒/緑白」だと私は考えた。《山》がなければ、12枚にも及ぶ赤いスペルがキャストできなくなる。《野生のナカティル》の弱体化も含めて、限りなく望ましくない土地の組み合わせだからだ。
これを避けるためには、「《草むした墓》が場にあるときに土地が《新緑の地下墓地》しか手札にない」「《寺院の庭》が場にあるときに土地が《吹きさらしの荒野》しか手札にない」の2パターンを極力起こさなければいい。
つまり「不完全フェッチランド」の中で優先すべきは《血染めのぬかるみ》と《乾燥台地》という結論に至った。
■ 3. 挫折
順調なスタートを切った「Super Crazy Zoo」だったが、大きな落とし穴が待ち受けていた。
前段落のような経緯で上記のメインボードに落ち着いたものの、この時点で1月27日(火)。津村がプロツアーに出発するまで、残り時間はあと1週間ほどしかない。
早速津村に最新レシピを渡して調整をスタートしてもらったものの。
新たな問題点が浮上してきてしまう。
津村 「まつがんさん、【アブザンジャンク】に勝てないです……」
そう、それは必然だった。
「Zoo」の名を冠してはいるが、このデッキは実質手札の全てをリソースとして使うオールインコンボ。【感染】や【ストーム】と同系統のデッキなのだ。
ならば、《思考囲い》や《コジレックの審問》といった手札破壊が刺さらないはずもない。
それだけでなく、《突然の衰微》や《ヴェールのリリアナ》を絡めた執拗な妨害は、初速に全てをかけるこのデッキにとっては致命的に相性が悪いと言って差し支えなかった。
さらに悪いことにこのデッキは、メインボードを落としてしまったサイド後にこれらを克服する術を持ち合わせていなかったのだ。
それは一人回しだけで作ったデッキならではの弊害だった。一人回しだけでも構築できるメインボードの完成に注力するあまりに、実際の対戦によるトライアンドエラーが必要になるサイドボードの構築が疎かになってしまったのである。
急遽アブザンジャンク用サイドカードの発見を迫られる中、刻一刻と過ぎていく時間。
そんな中で私は「とある1枚のカード」に希望を見出していた。
そう、それは星になったはずの《わめき騒ぐマンドリル》であった。
アブザンジャンクというデッキは、一般的なゲーム展開として、
という強靭なプランを強みにしている。
毎ターン着実に対戦相手のリソースを削り、やがて蓋をする。その一貫性を担保しているのは、これら6種類の強力無比なスペル陣だ。
しかし、《わめき騒ぐマンドリル》ならば。
このうち《コジレックの審問》《突然の衰微》に引っかからず、《未練ある魂》は「トランプル」で容易に突破できる。また、《タルモゴイフ》も「探査」で一時的にサイズを縮めることで突破が可能だ。
つまりアブザンジャンクの6種類のキームーブのうち、3~4種類を無効化できるのである。
唯一の懸念点は《強大化》との併用による墓地の食い合いであるが、もともと対アブザンジャンク戦は手札破壊や除去によりリソースが削られ、普段の動きよりも墓地が溜まりやすい。したがって《わめき騒ぐマンドリル》と《強大化》を両方運用することも支障がない。はずであった。
そう、「はず」なのだ。
この時点で私は上記の考えを、脳内ではヴィジョンとして思い描いてはいた。
ただ、実戦だけが圧倒的に不足していた。
「プロツアーに持っていくデッキを選ぶ」ということは、週末の草の根大会に出るデッキを選ぶのとはわけが違う。
プロツアーに出場する以上は、(八十岡 翔太を除いて)デッキに入る75枚がぶっつけ本番などということはおよそ考えられない。全てのプレイヤーは必ず何らかの意思と確かな勝算を持って1枚1枚のカードを採用し、そのサイドインアウトまで覚えてきているはずなのである。
それなのに。既に1日たりとも無駄にできないこの状況で、「《わめき騒ぐマンドリル》強いよ(脳内では)」などという無責任な言葉を津村に投げかけるわけにはいかなかった。
この時点でマジックオンラインでは『運命再編』が導入されていたので、私は「Super Crazy Zoo」を8人構築に何度か持ち込んではいたが、デッキが多様なモダン環境、しかもプロツアー前で皆がデッキを隠したがる時期とあっては、【アブザンジャンク】にそうそう狙って当たれるはずもなく。
《わめき騒ぐマンドリル》の強さは、確かめられず仕舞いとなってしまった。
そして結局私は、《わめき騒ぐマンドリル》が入ったバージョンのレシピを津村に見せはしたものの、津村に対して何らの勧奨も、干渉もしなかった。
何よりも、私は怖かった。
もしこの「Super Crazy Zoo」が単なる幻想、クソデッキに過ぎないとしたら。【青白GAPPO】の悲劇を、再び巻き起こしてしまうのではないかと。
だから私は今回、あくまで津村に選択を委ねようと思っていた。
確かに私が本気で勧めれば、津村は「Super Crazy Zoo」を使ってくれるかもしれない。
しかしそのとき私には、津村が負けたときの責任を一緒に負う勇気がなかったのだ。
断言するが、もし私にプロツアーの権利があったなら、迷うことなく「Super Crazy Zoo」を持ち込んでいただろう。既に私はこのデッキがモダンの他のどのデッキよりも好きになっていたし、それにもとより私の活躍を期待する者などほとんどいないのだ。失うものが何もない以上、ギャンブルのような選択も可能になる。
けれども、津村は違う。
津村は殿堂プレイヤーとして、何より【Hareruya Pros】として、多くの人たちの期待を背負っている。
それにこのとき津村は、プロツアーを3回連続で初日敗退していた。それがもし、クソデッキを使用したせいで4回目ともなれば。
津村を応援してくれる方々に対してどのように言い訳をすればいいか、想像もつかなかった。
津村 「プロツアーは【アブザンジャンク】が多そうなんで、『Super Crazy Zoo』は微妙ですね……」
津村がその言葉を私に告げたとき、正直に言ってほっとした。
そして同時に、私がこのプロツアーに関して津村のためにできることは何もなくなってしまった。
その後も私は自分自身のために独自に「Super Crazy Zoo」の調整を続け、サイドボードも納得いく形に仕上げはしたが、やがて津村は渡辺 雄也や井川 良彦と調整した【アブザンジャンク】を手に、2月5日(木)、飛行機へと乗り込んでいった。
私は「これで良かったのだろうか」という思いを抱えながら、【津村の代理でニコニコ生放送】をして、リスナーの方々に「残念ながら津村が『Super Crazy Zoo』の使用を諦めた」という旨を告げた。
【プロツアー『運命再編』】で津村は、久しぶりに初日を突破したものの、結局モダンラウンド3勝4敗、ドラフトラウンド3勝3敗で途中棄権した(→【津村本人のレポ】)。
起こってしまったことに対して”if”を考えても詮無い話だと、頭ではわかっている。
しかしそれでも私は、「どうすれば良かったのだろう」と考えてしまうのだ。
プロツアーに参加するプレイヤーとそうでないプレイヤーとでは、どうやってもモチベーションの差が生まれてしまう。
だから参加しないプレイヤーは参加するプレイヤーに比べて、低いコミットメントしかできない。
「所詮、自分のプロツアーではないのだから。」
そんな気持ちがなかったと言えば嘘になるだろう。
だが、もし私がもう少しだけ時間を割いて、対【アブザンジャンク】戦の《わめき騒ぐマンドリル》の有用性を確かめた上で、津村を説得できていたなら。
もしかしたら結果は少し違っていたのかもしれない。
いずれにせよ「Super Crazy Zoo」は世界に羽ばたく最大のチャンスを失った。
そして私は後悔に沈んだ気持ちを押し殺しながら、その後も一人ひっそりとマジックオンラインの8人構築でこのデッキを回し続けた。
1 《血の墓所》 1 《草むした墓》 1 《聖なる鋳造所》 1 《寺院の庭》 4 《湿地の干潟》 4 《樹木茂る山麓》 2 《血染めのぬかるみ》 2 《乾燥台地》 -土地(16)- 4 《ステップのオオヤマネコ》 4 《僧院の速槍》 4 《野生のナカティル》 4 《死の影》 4 《通りの悪霊》 -クリーチャー(20)- |
4 《ギタクシア派の調査》 4 《変異原性の成長》 4 《稲妻》 1 《暗黒への突入》 4 《ティムールの激闘》 4 《強大化》 3 《ミシュラのガラクタ》 -呪文(24)- |
4 《わめき騒ぐマンドリル》 4 《思考囲い》 4 《自然の要求》 2 《使徒の祝福》 1 《四肢切断》 -サイドボード(15)- |
■ 4. 飛躍
転機は意外に早く訪れた。
プロツアーが終わった月曜日、私は【再び津村の代理でニコニコ生放送】をしていた。
そこで私は、運命の邂逅を果たす。
そろそろ放送も終わろうかという頃、締めにモダン2人構築で「Super Crazy Zoo」でも回そうかという流れになってイベントにJoinしたところで、【Channel Fireball】の
もともと【クソデッキ連載】で一方的にライバル宣言をしただけの関係とはいえ、全米随一のビルダーとの相対、しかもこちらは今一番自信を持っているデッキを駆っての対決とあらば、血が滾らないはずもない。
Wooのデッキはそのときはまだ記事になっていなかった【<魂剥ぎ>スペシャル】。1本目は相手のデッキがわからなかったのと先手を取られていたこともあり向こうが3キル。2本目はこちらが通常の回りで3キルし返した。
そして3本目。私はマリガンをしたWooに《思考囲い》を撃ってから、《死の影》に《強大化》《ティムールの激闘》を叩き付けて咆哮したのだった。
Wooと
それはまるでWooがパソコンの画面の向こう、地球の反対側から私を激励してくれたかのようだった。
私は終わったことを悔やむのはやめ、これから先、未来のことを考えられるようになった。
まず私は、「Super Crazy Zoo」の力を信じることにした。
Wooを倒した以上、このデッキのポテンシャルは本物だ。
ただサイドボードの構成やインアウトは、依然として完璧とは言いがたかった。
だから次に私は、今度こそ完璧な75枚を追求することにした。
1 《血の墓所》 1 《草むした墓》 1 《聖なる鋳造所》 1 《寺院の庭》 4 《湿地の干潟》 4 《樹木茂る山麓》 2 《血染めのぬかるみ》 2 《乾燥台地》 1 《新緑の地下墓地》 -土地(17)- 4 《ステップのオオヤマネコ》 4 《野生のナカティル》 4 《死の影》 3 《僧院の速槍》 4 《通りの悪霊》 -クリーチャー(19)- |
4 《ギタクシア派の調査》 4 《変異原性の成長》 4 《稲妻》 4 《ティムールの激闘》 4 《強大化》 4 《ミシュラのガラクタ》 -呪文(24)- |
4 《わめき騒ぐマンドリル》 4 《思考囲い》 4 《自然の要求》 3 《ファイレクシアの非生》 -サイドボード(15)- |
実は津村がプロツアーでのこのデッキの使用を躊躇った理由の1つに、《ステップのオオヤマネコ》の不安定性があった。
津村 「何度か回した結果、土地16枚ではやはり安定しないです。何とかして17枚にできませんか」
と、再三にわたって私に訴えかけていたのだ。
そのときは「自分はこれで回せるから」とあしらったのだが、私自身もマジックオンラインのデイリーイベントで土地詰まりが原因で2回ほど1-2ドロップしたのちに、津村が正しかったのかもしれないと思うようになっていた。
土地を17枚にするとスペル・クリーチャー部分から代わりに何か1枚抜かなければならないが、これについてはリソースを削られがちなサイド後に弱いためにサイドアウト率の高い《僧院の速槍》に白羽の矢が立った。
また、《暗黒への突入》の必要性についても早くから疑問符がついていた。
3キルに全てを捧げているからこそ存在価値があるデッキが、《暗黒への突入》が手札に来たときだけ4キルでいいなどというのは虫のいい話だ。
それよりは潔く《ミシュラのガラクタ》を4枚に増量し、メインは60枚全部で一丸となって3キルを目指す方が一貫性があると考え始めていた。
サイドボードについても、この頃には【アブザンジャンク】とも何度か対戦し、その都度《わめき騒ぐマンドリル》が活躍して勝利を収めるようになっていた。
《自然の要求》か《古えの遺恨》かは難しい問題だが、【白緑オーラ】に当たらないと割り切るなら《古えの遺恨》でも構わないとは思う。ただ私はなるべく多くのデッキに勝ちたかったので、《自然の要求》を採用することにした。
また《使徒の祝福》は《思考囲い》の下位互換であること、《四肢切断》は活躍しないこともないが取り立てて必要なマッチアップがないことが確認された結果、サイドの残り3枚のスロットはバーン対策の《ファイレクシアの非生》に割かれることになった。
こうして、何の憂いもない「Super Crazy Zoo」75枚が今度こそ完成した。
そして最後に。
私はこの「Super Crazy Zoo」を何とかして世に出したかった。
プロツアーという最高の舞台は失われてしまったけれど。
それでも、いやそれだからこそ私は、このデッキの力を証明したかったのだ。
私は完成した「Super Crazy Zoo」を携え、再びマジックオンラインでデイリーイベントの門を叩いた。
それは2月14日(土)の夜のことだった。
ラウンド | 対戦デッキ | 勝敗 |
Round 1 | スケープシフト | ○○ |
Round 2 | むかつきコンボ | ○○ |
Round 3 | 白黒トークン | ×○○ |
Round 4 | 精力の護符コンボ | ○○ |
あっさりと、4-0した。
新しい75枚は、それまでのデッキとは見違えたように滑らかに動くようになっていた。
しかし、1回だけなら偶然かもしれない。
そこで日曜の朝方、私はもう一度デイリーイベントのエントリーボタンを押した。
ラウンド | 対戦デッキ | 勝敗 |
Round 1 | アブザンジャンク | ○○ |
Round 2 | マーフォーク | ×○○ |
Round 3 | 緑黒感染 | ×○○ |
Round 4 | 青緑感染 | ○○ |
またしても、4-0。
既に疑う余地はなかった。私はようやく行き着いたのだ。プロツアー前に到達すべきであった地点に、1週間遅れで。
プロツアー前に「Super Crazy Zoo」を津村に勧めなかったのは、きっと正しかった。
あの時点のデッキ(プロツアー直前Ver.)はまだまだレシピが弱いし、サイドインアウトも固まっていなかったからだ。プロツアーに持ち込んでも、優勝など夢のまた夢だっただろう。
だから本当の正解は、もっと早くこの75枚に辿りつくことだったのだ。
翌日、私の望みはついにかなった。
SCZが時代に名を刻むときが来た http://t.co/Wi1liqj3NS pic.twitter.com/YWR9v4UcQH
— Atsushi Ito (@matsugan) 2015, 2月 15
マジックオンラインのデイリーイベントで3-1以上の成績を残すと、運が良ければ【英語公式サイト】にイベントの記録がデッキリストとともに残る。
私が最初に参加した方のイベントが、【記録として残っていた】。
それは、プロツアーの優勝トロフィーの代わりに私が掴み取った敢闘賞だった。
それからというもの、「Super Crazy Zoo」の活躍は様々なメディアで取り上げられ、海外にまで波及した。
“Daily Digest: Immense Rage” (SCG)
“Deck Overview: Modern Suicide Zoo” (Quiet Speculation)
“Modern Monday – Shadow Aggro” (TCGplayer.com) (※2/24追記)
“Crazy Suicide Zoo – Primer” (Moxes.com)(※2/25追記)
“Linear Primers Suicide Zoo, Part 1” (MagicGatheringStrat)(※6/15追記)
“Rogue Modern Decks For Charlotte” (SCG)(※6/15追記)
“Brew of the Week – Modern Suicide Zoo” (Channel Fireball)(※6/15追記)
“5 Decks You Can’t Miss This Week” (GatheringMagic.com)(※6/15追記)
“Ten Innovative Modern Decklists” (TCGplayer.com)(※6/19追記)
“Deck Overview: Modern Suicide Zoo” (Quiet Speculation)
“Modern Monday – Shadow Aggro” (TCGplayer.com) (※2/24追記)
“Crazy Suicide Zoo – Primer” (Moxes.com)(※2/25追記)
“Linear Primers Suicide Zoo, Part 1” (MagicGatheringStrat)(※6/15追記)
“Rogue Modern Decks For Charlotte” (SCG)(※6/15追記)
“Brew of the Week – Modern Suicide Zoo” (Channel Fireball)(※6/15追記)
“5 Decks You Can’t Miss This Week” (GatheringMagic.com)(※6/15追記)
“Ten Innovative Modern Decklists” (TCGplayer.com)(※6/19追記)
デッキビルダー冥利に尽きる、と言っていいかもしれない。
だが何よりも嬉しかったのは、私の報告を聞いた津村が自身の放送で完成版の「Super Crazy Zoo」を使用し、2人構築で連勝を重ねたあとで、こう言ってくれたことだった。
津村 「この75枚がプロツアー前に完成していたら……もしかすると、優勝できたかもしれませんね」
■ 5. 未来
そして、今に至る。
そう、これが現状における物語の全てだ。
「Super Crazy Zoo」は結局、何事も成したわけではない。
マジックオンラインのデイリーイベントで4-0し、その記録が残った。ただそれだけの話であり、何らのタイトルも、ましてやどこかのプレミアイベントのトップ8にすら入っていない。
冒頭で「全ては終わった話」と書いたが。
もしかすると、まだ何も始まってすらいないのかもしれないのだ。
だがいずれにせよ、私はこのデッキのポテンシャルを信じると決めた。
ちょうど今週末、【第3期モダン神挑戦者決定戦】がある。また同時に、モダンの【GPバンクーバー】も開催される。
きっと私の考えに共感した誰かが、「Super Crazy Zoo」を使って華々しい戦績を残してくれることだろう。
また、仮にそうならなかったとしても。
来月3月14日(土)に、マジックオンラインでチャンピオンシップシリーズ(MOCS)のシーズン3ファイナルがモダンで開催される。
私はそれに、この「Super Crazy Zoo」で参加するつもりだ。
そして今度こそ。
「Super Crazy Zoo」をただのクソデッキとしてではなく、「多くのプレイヤーの支持を受けて1つのアーキタイプとして定着し、環境に居残り続ける」デッキとして、世界に広めるのだ。
このクソ長い話に最後まで付き合ってくれてありがとう。
これを読んだ人たちが一人でも多く「Super Crazy Zoo」を回す気になってくれたなら、それは私にとって何よりも喜ばしいことだ。
それでは、またどこかの記事で会おう。