あなたの隣のプレインズウォーカー ~第32回 さるかんリフォージング~

若月 繭子



 こんにちは若月です。今月はちょっと掲載遅れましてすみません、5月22日発売「マナバーン2015EXTRA」の原稿を書いていました。いつも通りに背景ストーリー記事ですが、商品紹介にありますように今回はゼンディカーについてがっつりまとめました。是非買ってください!!(直球の宣伝)

 さて「背景ストーリー週刊連載」ではウギンが目覚めました。起こしたのはソリン。『覇王譚』の歴史でもソリンはウギンを探してタルキールを訪れていましたが、その旅の結末は悲しいものでした。敬愛し頼りにする友人、エルドラージ再封印に欠かせないと彼が考えるウギンは遥か昔に死んでしまっていました。ですが運命が再編されたことによりその歴史は消失し、ソリンのタルキール訪問というイベントそのものも書き換えられ、ウギンは1280年の眠りから解き放たれました。





勇士の再会。



 面晶体の繭という要するに「石の構造物」を壊せるってことはやっぱりソリンは白入ってるじゃないですかー。久しぶりにウギンに会えてどこか嬉しさを隠せないソリン、ですがその公式記事「ソリンの修復」を読んだ人は皆気になったと思います、エルドラージ封印仲間の「三人目」であるナヒリの行方を尋ねられたソリンの挙動が明らかにおかしいことに。「(ナヒリは)生きている」とソリンは言いますが、どうも二人が仲違いするような出来事が、もしくはナヒリに何か尋常でない出来事があったようです、それもソリンの責任で。ナヒリ……白い髪に白い肌……あー……いやまさかね……以前第7回にも「獄庫と面晶体は似ている」とは書いたけれど……? ※あくまで個人の感想です ※私も真相は知りません

 そちらの展開も非常に気になる所ですが、今回は『運命再編』~『タルキール龍紀伝』の序盤におけるサルカン周辺のお話です。そう、まだ終わっちゃいないんですよ。



1. 「サル-カン」

 第30回では、1280年前の過去へと辿り着いたサルカンが、世界に龍を取り戻そうと決心した所までを説明しました。
 彼はそのまま、龍を倒したそのティムールの女性を追いかけますが、しばらく進んだところで彼女が従える剣牙虎に押さえつけられてしまいました。


龍爪のヤソヴァ


 何者かと尋ねられ、彼は名乗ります。サルカン・ヴォル。その名を聞いて彼女が手に持った杖が輝きました。疑念を表すように。サルカン・ヴォル。


サル-カン、偉大なるカン。高位のカン。空のカン。タルキールのあらゆる者にとって、それは名の一部というには馬鹿げた主張だった。とりわけそれが、正体も定かでない一人の放浪者のものとあれば。彼はもっと詳細を知っているべきなのだろうが、自身を忘れてしまっていた。記憶の内では、それは彼の名前だった。頭の中の声が彼をサルカンと呼んでいた、沈黙する前に。だがボーラスは彼をヴォルと呼んでいた。
(公式記事「書かれざるもの」より)


 サルカンを主人公とするこの物語は「タルキール覇王譚」。英語タイトルは「Khans of Tarkir」。直訳すると「タルキールのカン達」。タルキール世界の指導者は「カン」という称号で呼ばれています。そしてこのブロックの主人公の名は、サルカン。Sarkhan/サルカンとKhan/カン。この二つには何か繋がりがあるのか? とは早くから一部で噂されていました。そしてここで、彼の名の意味が明らかにされました……おい何だかとんでもない設定だったー。

 サルカンの名前については、Khan/カンとの関係以外にも以前から気になっていたことがあります。サルカンの出身氏族であるマルドゥでは、「『兜砕きの』ズルゴ」「『死に微笑むもの』アリーシャ」のように、戦功を現す「戦名」を得て一人前とみなされます。ですがサルカンのフルネームは「サルカン・ヴォル」。上述の記事によれば本人もその由来を覚えていないようですが、ということは「サルカン・ヴォル」という名前は一体何なのでしょう。思えば同じマルドゥのズルゴも公式記事にてサルカンのことを「ヴォル」と呼んでいました。少なくとも「サル-カン/空のカン」は戦名ではないですよね……? サルカンとはサル-カン。「ウギンがそう呼んでいた」とは本人談。謎です。

 さて、彼女がティムールのカン《龍爪のヤソヴァ》だとわかり、サルカンはその領域に侵入した無礼を詫びます。公式記事「書かれざるもの」ではとても腰が低く礼儀正しい態度と喋りですが、ボーラスの下僕時代に鍛えられたんでしょうかね。「ヴォルはいつでもご主人様の下僕にございます」の台詞はウェブコミック公開当時に割と話題になったのですが、本人的もかなり隷属時代の象徴のように気にしているようです。


狂乱のサルカン残酷な根本原理

各種公式記事でやけに頻繁に使用されている、サルカンがお仕置きをされる《残酷な根本原理》
グランプリ・静岡2015の日本語カバレージのバナーも何故かこの絵でした……



 ヤソヴァは謎めいた印を岩に刻みながら雪の山道を進んでいました。勝手にしろと言われ、サルカンは彼女を追います。そして続く会話から様々なことが明らかになりました。龍の嵐から龍が生まれ、龍の嵐はウギンがいるからこそ起こる。そしてどうやらタルキールに海は無いらしく、サルカンは「海」という「別の世界の言葉」を「広大な湖」と言い換えていました。サルカンはバントやエスパーを訪れたこともあるようですが、青くて広い海を初めて見たときはきっとさぞかし驚いたのでしょう。



つまりこれも湖なんですね。


 一方ヤソヴァはその印の意味を聞かれ、自身が見た幻視について語ります。ウギンを殺すことでやってくる、龍のいない未来を。それは生き延びるために命懸けで龍と戦ってきたこの時代の人々にとって、まさに夢のような繁栄の未来でした……サルカンがやって来た荒廃の未来ではなく。彼の知る歴史では、龍が滅んだなら待っていたのは人の争いでした。

 その幻視を与えた霊は「磨かれた黄金色の鱗、二本の角の龍」だったとヤソヴァは言います。サルカンはそこで、ヤソヴァが刻む印に見覚えがあることに気付きました。彼女へとその幻視を与えた相手。これ以上ないほどに嫌な心当たりがありました。

 ニコル・ボーラス。




 ボーラスはウギンを殺すため、ヤソヴァを利用していたのでした。精神操作を得意とする彼にとって、偽りの未来の幻視を見せることなど造作もないことでしょう。ボーラスがウギンを「横たえた」のは「そう遠くない昔のこと」、そうボーラスは言っていました。そう遠くない昔、ですが二万五千歳を越える龍にとっての「そう遠くない昔」とは? ウギンに危機が迫っている。サルカンは龍化し、ヤソヴァを振り切って飛び立ちました。

 飛んで、飛んで、飛んで、そしてサルカンは初めて、ウギンのその姿を直接目にしました。


彼は轟く雲の塊を突き抜け、そして目にしたものに息を呑んだ。ゆらめく幽霊のような龍が、ウギンが、嵐の尾を長く引いて彗星のように空を横切って飛んでいた。サルカンは即座にそれがウギンだとわかった、太陽や大地がわかるように。淡い青色の霧がその精霊龍の背後に残り、嵐と混じり合った。彼をタルキール全てへと繋げて広がる外套のように。

 サルカンはこの瞬間へと彼を連れて来た全てを忘れた。彼の魂が震えた。ウギン――ボーラスではない――彼の、龍への心酔を真に生み出した者。ウギンはこの連環の真の始まり、サルカンをサルカン自身たらしめた――そしてタルキールをあるべき姿にした。サルカンは永遠に龍の姿でいたいと感じた、この計り知れない、賢明なる始祖をとり巻く雲の中で踊りたいと。

(公式記事「再編の連環」より)


精霊龍、ウギン


 ウギンの壮大な姿に圧倒され、それまでの焦りも怖れも何もかもを忘れて息をのむサルカン。自身の過去、ボーラスの存在、そういったものに思い悩みながらひたすら飛んできて、目の前の空にウギンが飛ぶ光景が広がった瞬間の晴れやかな静寂、この動と静のコントラスト。サルカンを主人公として語られるタルキールブロックの物語は本当に彼の心の動きが豊かに語られます。

 ですがやがて、「世界が道をあけ」るように、ボーラスが出現しました。幾つか言葉を交わした後、始まる古の龍たちの戦い。そこが歴史の分岐点。命運の核心。




命運の核心


 公式記事「再編の連環」にて語られるウギンとボーラスの戦いは、全てがそうというわけはないですが互いのカード能力を思い起こさせる展開になっています(そりゃあ、カード同士を忠実に対決させようとするとボーラスの「-3」でジエンドですしね)。
 ウギンは「+2」能力の《幽霊火》を連発してボーラスを攻撃した上で、奥義を使用して多くの龍を呼び寄せます。ですが狡猾なボーラスはウギンが呼び出した龍たちの精神を支配し、逆に主へと向かわせました。龍の姿、龍の心を持つサルカンもまた、その術に支配されそうになります。「ウギンを殺せ」と囁く自らの心に、彼は変身を解除することで抗いました。その結果は当然の……落下。即死しなかったのが不思議なくらいの長い落下。全身を複雑骨折し、そして雪崩に埋もれてしまいました。

 ですが身動きすら困難な彼をヤソヴァの剣牙虎が掘り出し、更にヤソヴァが癒しの呪文をかけてくれました。ティムールの巫師のもとへと連れて行き、何者かを見極めるために。そこでボーラスにとどめを刺されたウギンが地面へと落下した衝撃に、戦いが終わったことを知ります。ボーラスは満足したのか、ウギンの死を念入りに確認することはなくタルキールから去っていきました。

 ウギンが敗北する、という結末は変わりませんでした。彼らは絶大な力を持つ旧世代プレインズウォーカー。サルカンが割り込んだところで何とかなるものでもなく、そもそも割り込むことすら不可能でした。過去の時代に戻ったらサルカンも旧世代並みの力を得るのでは? という推測もありましたが、特にそういうわけではなかったようです。

 サルカンは(死なない程度の《苦悩火》をぶつけて)ヤソヴァを振り切るとかろうじて動く身体を引きずり、ウギンが落下した地点へと向かいました。そこは巨大な裂け目が続く谷と化していました。元の時代では《精霊龍の墓》となっていた地。谷を転げ落ちるように降り、死にかけのウギンへと、導きを求めて懇願します。恐らくはきっと、初めて。そのためにこの地、この時代までやって来たのですから。しかしサルカンの想い空しく、返ってきたのはウギンではなく自分自身の内なる声でした。


教えを理解したか?
…..お前ではない龍を求めている限り、決して自身の内なる龍にはなれないことを?

(公式記事「再編の連環」より)


 ……サルカンはずっと、理想とするドラゴンを追い求めてきました。その言葉をどう感じたのか。

 彼をここまで導いた面晶体の欠片に特別な力があるとは知っていました。それがどのように創造されたかまでは知らずとも、その内にウギンの力が眠っているとは知っていました。
 面晶体の欠片にサルカンが魔力を吹きこむと、それ自体が複製を開始しました。石の面が広がり、組み合わさり、次第にウギンの身体を包み始めました。




精霊龍のるつぼ


 《精霊龍のるつぼ》のカードが公開されたとき、「何故タルキールに面晶体が?」と気付いた人も多かったですよね。それはサルカンが持ってきた面晶体の欠片から広がったものでした。あのちっぽけな石の欠片が、谷一杯の塊に。石に込められていたウギンの魔力と、龍魔道士としてのサルカンの力が反応して。石の「繭」がウギンをすっかり覆う寸前、サルカンは、ウギンの瞼がわずかに開かれ、そして再び閉じるのを見ました。

 ウギンは救われました。タルキールの龍は滅びから救われました。それだけではありません、サルカンもまた救われました。解放されました。苛まれる過去から、脳内の囁きから。それも全て、ここまでの苦悩と失敗に満ちた道程があったからこそ。その全てがあったからこそ今自分はここにいる。サルカンはその心に清明を取り戻し、ヤソヴァに笑顔を向け、満足とともに……その場から文字通りにかき消えました。



2. 再編される氏族

 サルカンはウギンを救い、龍が滅びるというタルキールの未来を変えました。その行動は世界へと多大な影響を及ぼします。龍の嵐は龍を生み出し続けるだけでなく、公式記事曰く「ウギンの負傷に怒り狂ったかのように」凶暴化し、絶え間なく生み出される龍が人類を圧倒し始めます。
 そんな中、真っ先に龍との関係を模索したのがアブザンでした。


不屈のダガタール永遠のドロモカ


 『運命再編』のカン達にも(サルカンのメインストーリーに関わったヤソヴァ以外に)それぞれ「主役回」がありました。ダガタール回である「終わりなくして始まりなし」では、龍と人の関係の変化が描かれます。アブザンと生息域を共にするドロモカはアブザン氏族の頑健さ、不屈さを素晴らしいものと認めながらも、彼らが大切にする祖先の霊との繋がりを「屍霊術」として忌み嫌っていました。アブザンはドロモカ種の龍と共存するため、彼女(雌龍ですよ)が条件として示した「祖先との決別」を受け入れます。この「アブザンが祖先との繋がり=黒成分?を捨てる」という展開は、この頃はまだあまり情報のなかった『タルキール龍紀伝』のゲーム性、カード的なテーマの伏線なのでは? 『龍紀伝』は「友好二色テーマ」になるのでは? と話題になりました。

 そしてこのアブザンの「転向」を重く見たシュー・ユン、ジェスカイ道のカンは人類の存亡を賭け、五氏族のカンを集めた前代未聞の「頂上会談」を呼びかけます。うちダガタールはこの時点でカンの座を退いており、またアブザン氏族の多くが彼に従ってドロモカへと下ったため、残る僅かな氏族員を従えるレイハンという女性がアブザンの代表者として出席していました。


沈黙の大嵐、シュー・ユン黄金牙、タシグル死に微笑むもの、アリーシャ龍爪のヤソヴァ


 必ずしも仲が良いわけではない五氏族のカンが素直に集まったという事実に、彼らの置かれた状況がいかに切迫しており、また彼らがそれをいかに重く見ていたかがわかります。アリーシャの言葉を借りるなら、「状況が今よりも良いのなら、誰もここにはいない」。そしてシュー・ユンの書記官が彼らの言葉を記録する中、会談が始まりました。

 ヤソヴァは憔悴した様子で、数年前に怒った出来事を皆に語ります。龍の嵐を止めるため悪意ある龍の声に応えてウギンを殺す手助けをしたこと。サル-カン、「大いなるカン」と自ら名乗る「霊」との出会い。巨龍たちの戦い。ウギンが倒され、死に瀕するとそれとともに世界の生命力も衰えはじめたこと。そしてサル-カンの行動と消失。ウギンは石の繭の中に横たわったまま反応はなく、龍の嵐は怒り狂い続けている。彼女の態度や言葉には明らかに、世界の現状の原因の一端は自分にあるという自責がありました。

 衝撃を受けるカン達、ですが皆ヤソヴァの行動も理解できました。龍の嵐が止めば龍は生まれなくなる。氏族に脅かされ続ける現状は変わるのですから。実際、『覇王譚』の歴史ではウギンが殺されて龍の嵐が止み、新たな龍が生まれなくなりました。人々は一体また一体と龍を狩り、やがて最後の一体を滅ぼしました。けれどその先に平和などなく、人々は龍に向けていた刃を互いに向け、終わらない争いに世界は疲弊していました。
 ならば眠りについていると思しきウギンをどうするか。話し合っていた所に、龍の襲来を知らせる鐘の音が響きました。


漂う死、シルムガル冬魂のオジュタイ


 シルムガル、続いてオジュタイ。縄張り意識が強いはずの龍王達が奇妙にも争うことなく、それぞれの種の龍たちを従えて会談の場へと向かってきていました。各カンが速やかに戦いの準備をする中、シュー・ユンはここまでの会談を記した巻物を要塞の地下へと密かに隠しに向かいました。

 龍は圧倒的でした。兵の多くが死に、ヤソヴァとアリーシャは命からがら船で脱出、そしてシュー・ユンはオジュタイへと膝をつき、自らの命と引き換えに氏族を生かすことを懇願し、それは受け入れられました……オジュタイの氷の息吹とともに。

 続いてオジュタイの言葉を通訳のエイヴンが人語で伝えます。龍殺しの証である幽霊火の入れ墨を持つ者を全員処刑する、そしてジェスカイという氏族、カンという地位はもはや存在しない。その名は記録から全て抹消され、今日より新しい歴史が始まるのだと。
 会談を記録していた書記官のクーアンは、いつか誰かが秘密の記録を発見してくれることを願うのでした。

 そしてアブザン、ジェスカイと同様に、他の三氏族もその名とそれぞれの何かを諦め、龍へと支配を委ねることになります。それは同時に『運命再編』から『タルキール龍紀伝』へと、氏族の姿がフレイバーとカードの両方の意味で変化することを意味しました。

 スゥルタイ。タシグルは会談が行われる以前に翡翠の玉座を貢物としてシルムガルに差し出し、命を長らえていました。宮廷に戻ってきた彼が見たのは、玉座の間に居座るシルムガル。そしてタシグルは龍の配下であるナーガに黄金の首輪をはめられ、カンではなく龍の「最高の戦利品」として残りの人生を過ごすことになりました。


 ……と、シリアスな流れの中で少し話がそれますが、かいつまんで結末だけを書くと悲惨なタシグル。ご存知の通り彼はMtG稀代の「ネタキャラ」として愛されるに至っています。カード能力自体は登場した当初からこいつ強いんじゃね? と言われ、実際その通りだったのですが、主にネット上では彼のアート右側のバナナがやけに注目されていました。さらに、

「主役回『黄金牙の破滅』でも開幕バナナ」
「海外でもタシグルと言えばバナナ。タシグルに関してマローが受け取る質問のうち9割はバナナについて
「何と実年齢15-16歳。おまえのような15歳がいるか!!(個人の感想です)」

 そして止めを刺すように『タルキール龍紀伝』プレビューの初日。《龍王シルムガル》のカードが発表されましたが、もしかしたらその能力以上に話題になりましたよね、玉座に寝そべる龍王が首から下げた一体のミイラ。





 『運命再編』にてタシグルは首輪をはめられて龍王のペット「戦利品」になるという結末を迎えましたが、それで終わりではありませんでした。さらにその件について「シルムガルの豪奢な装飾品」という記事一本まで貰って豪快な死体蹴りをされる始末。記事カテゴリが何故か「お知らせ」というのがじわじわきます。物語でのひどい(けれど笑える)扱いと、トーナメントでの活躍。そのギャップは同じ黒の凶悪伝説クリーチャー《グリセルブランド》と並び称されるほどです。


 失礼、話を戻しましょう。次はマルドゥです。
 宿営地を目指して馬を駆るアリーシャと側近達は、遠くで飛ぶコラガンの姿を目撃しました。武器を構えるアリーシャ達、コラガンも気付いたのか進路を変えて向かってきます。交錯する一人と一体の視線。静止する時。そして飛び去るコラガンを見るアリーシャには、晴れやかな決意がありました。龍にひざまずくことはしない。ただ、その速さを追いかけ、ついて行く。統率の証であるマルドゥの戦旗を投げ捨てて。

 そしてティムール。無尽蔵の食欲を持つ龍王アタルカへと、ヤソヴァは食糧を差し出します。生きるために龍と戦うことを止め、自分達が有益だと龍に知らせることで生きるという転換。そしてこの過去世界唯一の、サルカンの証人としてヤソヴァは彼の伝説を後世に向けて残します。


彼女は立ち上がり、低い岩棚へ向かうと、彫刻した象牙の欠片を既に置かれていたもう一つの隣に置いた。それに描かれているのは龍の翼を持つ人間であり、「カン」を意味する魔法文字二つとともに、龍の嵐の下に立っていた。
(公式記事「カンの落日」より)


 ヤソヴァの手と証言によってサルカンはタルキールの歴史に記されました。思えば『運命再編』のカードのうち、最初に公開されたのは《命運の核心》《龍爪のヤソヴァ》でした。もしかしたらそれは彼女がサルカンの物語と深く関わり、彼の行動の証人となることの暗示でもあったのかもしれません。そして……



3. 龍紀伝のサルカン

 一方のサルカンは時の力に押し流され、あっさりと現代へ戻ってきました。空に龍が飛び交う現代へ。喜び勇んで龍に変身して飛び立ち、歓喜の咆哮を上げながら共に空を舞います。自分の奮闘があったからこそ、今この世界がある。龍たちがいる。願ってやまなかったことでしょう。


龍の大嵐


 そして旧マルドゥ、現コラガン氏族の宿営地に降りたサルカンは衝撃的な再会を?いえ出会いを? します。かつてのマルドゥで共にいたゴブリン、そしてズルゴ。姿は変われど、彼らはこの歴史でも生きていました。


鐘突きのズルゴ強迫


 カードよりも先に公式記事「龍たちのタルキール」にて龍紀伝ズルゴのアートは出ていたのですが、体型もP/Tも細ッ!! えらい細ッ!! 能力シンプル!! むしろサルカンよくズルゴだとわかったなあ。そしてまさかこのズルゴの「ピンポンダッシュ」がプロツアーで活躍するとはねえ。


《強迫》フレイバーテキスト
サルカンはズルゴに復讐することを望んでいた。かつて仇敵であった男の凋落した姿を見るまでは。


 そう、ズルゴはナーセットの仇でした。ですが記事ではそんなことを思い出せもしないくらいにサルカンは戸惑うことになります。ズルゴの変わりように、そしてどうやら、誰も自分のことを知らないらしいという事実に。自分はこの氏族に存在しない。この世界に生まれてきてすらいないのかもしれないと。

 再び翼を生やして飛び立ち、空虚な衝撃の中でサルカンは自問自答します。この願った世界に自分は存在しない。だが何か問題があるか? 歴史が変わり、彼の知る人々も変わったのだと考え、そしてようやく彼の思考はナーセットへと至ります。その名は沈んでいたサルカンを文字通り空高くへと引き上げました。運命が変わっているのなら、彼女はこの世界に生きている筈だと。彼女のために成したこの素晴らしい世界に生きていると。

 そしてジェスカイ、現オジュタイの要塞を訪れたサルカンの前に現れたのは、ナーセットではなくテイガムという僧でした。サルカンは知るよしもないのですが、『覇王譚』の歴史においてはナーセットの弟子であり、後にスゥルタイへと下った人物です。彼はナーセットを「異端者」と呼び、彼女はもういないとサルカンに告げます。それでも食い下がるサルカンはテイガムの拳法に吹き飛ばされ、そしてサルカンは失意と憤怒の中再び飛び立ちました。


タルキールの空を飛びながら、サルカンは世界を見下ろすことができなかった。これまでは、タルキールはあまりに完璧なものに、見事なものに思われた。だが今やそれは傷つき荒廃していた。彼女のいない世界になど、何の意味もなかった。
(公式記事「龍たちのタルキール」より)


 ですが手がかりは、まだ希望はありました。ウギン。サルカンを過去に導き、歴史を変えさせた存在。全ての始まり。ウギンならば何か知っている筈だと、彼は未だ眠り続けるウギンを目覚めさせに向かうのでした……。



 この記事を書いている4月初旬現在、サルカンの物語はここまでとなっています。そして今回の冒頭に書いたようにウギンはソリンが目覚めさせました。急げサルカーン!!

 しかしタルキールの物語は読んでいるこちらも本当に熱くなってきますね、テンションの上下が凄まじいサルカンに引っ張られるように。改めて赤は感情、感受性の色だなあとしみじみ思っています。心を動かし動かされる色。思えば新ファイレクシアで赤派閥が味方側(というか不干渉)になったのは、赤のマナに触れたファイレクシア人たちがその「感受性」を得てミラディン人へと「共感」してしまったからなのでした。当時からそう説明されてはいましたが何だか今になってよくわかります。

 話がそれました。ところで、疑問に思っている人は多いかと思います。歴史を変えたことによるタイムパラドクスや、タルキール外への影響はあるのか。まず、クリエイティブ・チームのDoug Beyerは「他の次元の歴史を変えることは意図していない」と述べていました。いずれにせよサルカンと名乗る何者かが現れ、ジャンドでアジャニと出会い、ボーラスへと忠誠を誓い、ウギンの目へと赴き、チャンドラ&ジェイスと戦うのだと。


復讐のアジャニ

サルカンがいなければジャンドで死んでしまっていたかもしれないアジャニ。でもどうやら大丈夫。


 よく言われるところの「歴史の修正力」の一種かもしれません。サルカンがいなくとも、サルカンの役割を担う誰かが現れる。とにかく、他の次元の多くに影響はない……のだそうです。そりゃあ、例えば今回の出来事でエルドラージの解放というイベント自体が無くなったとしたら、多元宇宙の平和にとってはその方が良いのでしょうがゲーム的には興醒めですよね。

 そして『龍紀伝』の歴史においてサルカンは生まれてこなかった。公式に、この歴史でサルカンの両親は出会わなかったと明言されていました。(【PAX East Panel】 40分50秒付近から)。今私達が目にしているサルカンは、『覇王譚』の歴史から『運命再編』へと遡り、『龍紀伝』の歴史へと移動してきたサルカンという一つの個人。願ってやまなかった、龍が生きる故郷の世界。そこに自分は生まれてこなかった。誰も自分の存在を知らない。ある意味それは歴史を変えた報いなのかもしれません。

 ですが『龍紀伝』世界に生まれてこなかったからこそ、あの清々しい「揺るぎない」サルカンがあるんじゃないかとも私は思っています。そのあたりは「揺るぎない」の話が出てから……たぶん。



4. ナーセット

 そう、焦るサルカンには申し訳ないのですが私達は知っています。タルキールブロックのヒロイン、ナーセットはこの歴史でもしっかり生きており、それもプレインズウォーカーとして覚醒していると。サルカンと同じ、プレインズウォーカーに。


「これは、過去に戻り世界を変える物語。運命を再編し彼女に新たな世界を見せるのだ。龍がいる世界を」


悟った達人、ナーセット卓絶のナーセット


 上の一文はホビージャパンさん発行の「運命再編公式ハンドブック」の冒頭、「運命再編エキスパンション俯瞰」の扉絵ページからの抜粋です。近頃ハンドブックの序文はストーリーに触れるものになっていまして毎回結構わくわくしているのですが、『運命再編』ではかなり踏み込んでいて驚きました。サルカンのあの決意だ!


彼女が死ぬ必要などなかったはずだ。
この光景を見せたかった。彼女は、これを見るに相応しい。
そして、見るだろう。見せてやる。サルカンはその瞬間決心した。どんな事でもしてやろう、力の限りに、物事を正すために。彼女の時が訪れたなら、ナーセットが再びタルキールに生きる時が訪れたなら、彼女を、龍たちが待っているように。

(公式記事「古の、新たなタルキール」より)


 第30回でもこのシーンは引用しましたが、このサルカンの決意は何度読んでも震えるわ……。歴史を変えるというあまりにも壮大な目的を彼に持たせてくれたタルキールの龍、そしてナーセットの存在。サルカン個人が龍とともにこの素晴らしい世界に生きたいというだけなら、過去に留まればいいだけのこと。(『覇王譚』の)タルキール世界は争いに傷つき疲弊している。それはサルカン自身気付いていましたが、だからそれをどうしよう、正そう、とは特に思っていませんでした。ナーセットがいて、彼女の運命を変えたいと、そしてこの「龍とともにあるからこそ人も強い、素晴らしい世界」を見せたいと思ったからこそ、サルカンは歴史を変える決意をした。こんな熱い献身がある? ないよ!!

 ちなみに、『覇王譚』でのナーセットも「プレインズウォーカーの灯」は保持していたものの、覚醒しなかったのだそうです。サルカンはナーセットへと温かな親密さを感じていましたが、それは彼女がプレインズウォーカーの素質を宿していたからというのもあったのかもしれません。プレインズウォーカー同士は覚醒前であっても、なんとなく互いがそうだとわかることが多いので。

 サルカンはナーセットについて「彼女のいない世界になど何の意味もない」とまで言い放ち、彼女の行方を探してウギンのもとへと向かっています。

公式記事「古の、新たなタルキール」からサルカンの想い:
「氏族は強かった、人は素晴らしかった」
「この光景を見せたかった」「見るだろう。見せてやる」
「彼女は龍とともに強く、力強く成長するだろう」

公式記事「大師の学徒」よりオジュタイの言葉とナーセットの想い:
「お前は強く、力強く、賢くなった。それは常に悟りを求め続けていたからこそ」
「彼女は龍へと微笑みかけた。彼はタルキールの一部、そして彼の存在があるからこそ、大地は、人々は、歴史はよりよくなった。世界はより強く、より完璧になった。彼女は今それを目にすることができるのだ」


 ……サルカン、貴方の願いは叶っているのだよ。
 サルカンを龍へと導いたナーセットが龍の導きで強く、力強く成長し、やがてプレインズウォーカーとして覚醒した。そんな彼女がサルカンに出会った時、歴史の連環は真に完成する。そう思いませんか。

 未だかつてない程に多くのプレイヤーの注目を集めているタルキールストーリー、まだもうちょっと終わらなそうです。

(サルカン編、まだ続く)



※編注:記事内の画像は、以下のページより引用させて頂きました。
『ソリンの修復』
http://mtg-jp.com/reading/translated/ur/0014545/
『再編の連環』
http://mtg-jp.com/reading/translated/ur/0012022/
『シルムガルの豪奢な装飾品』
http://mtg-jp.com/publicity/0014504/