『スタンダード神』。
こうして改めてみると、中二病も甚だしいような、思わず笑っちゃうようなネーミングだ。
だが、事ここに至っては。もはや誰であっても、その称号を鼻で笑い飛ばすことはできないだろう。
何せあの渡辺 雄也ですら辿りつけなかった境地であり、そしてそれ以上に、渡辺を破った張本人でもある八十岡 翔太がここに座っているという事実がある。
その座は、まさしく『スタンダード最強』にふさわしい。
だから今ここに座っている木原もまた、それだけの強さを持っていたと、そういうことなのだろう。
それを証明するかのように、公開となったお互いのデッキリストによって、驚くべき事実が判明した。
八十岡 「《今わの際》いっぱい入ってるしカウンターもいっぱい入ってますね。そしてサイドは……どこまで入るんだろうねこれ」
木原 「13枚くらい入るんじゃないですかね」
木原のサイドボードには、「鬼神」八十岡もちょっとたじろぐほどのバーン対策が詰め込まれていたのだ。
ここまでは比較的難なく勝ち上がってきた八十岡だが、最後に立ちはだかった障害。これが「神」の試練か。
一方、無論木原にとっても、いかに相手がバーンといえどもプレイヤーが「ヤソ」なだけで試練であることに変わりはない。
スタンダードプレイヤーの頂点、「スタンダード神」。
栄えある第1期の神々として晴れる屋トーナメントセンターの歴史に新たに名を刻むのは、木原か八十岡か。
Game 1
先手は八十岡。お互いマリガン後、土地を静かに伸ばしていく。八十岡は《チャンドラのフェニックス》を抱えているが、簡単にはプレイしない。《中略》《今わの際》《拘留の宝球》……対処手段はいくらでもある。出すのはマナが揃ってからだ。
ゲームが動いたのは5ターン目。木原が土地を置かずに《思考を築く者、ジェイス》をプレイして即座に-2能力を起動したのだ。《解消》《思考を築く者、ジェイス》《変わり谷》とめくれて珍しく悩んだ八十岡、しかし結局セオリー通りに土地とそれ以外に分ける。と木原、「それ以外」をもらって手札から《島》を置いてターン終了を宣言。
ここでようやく八十岡の手から《チャンドラのフェニックス》が解き放たれ、《思考を築く者、ジェイス》を落とすと、さらに返すターンに撃ちこまれた《今わの際》の「追放」は《ショック》で自滅させてかわす好プレイ。
木原 惇希
ここまで八十岡はいまだ木原のライフを1点も削れていないが、木原は先ほどの《思考を築く者、ジェイス》の2択でスペルを選んだのが響いたか、土地が5枚で詰まりディスカードに入ってしまう。一方それを見届けた八十岡は、次のターンに木原が再びディスカードに入ろうとしたところでエンド前《ボロスの魔除け》を《解消》させてから《ショック》を本体に撃ちこみ、《チャンドラのフェニックス》を墓地から蘇らせて再びクロックを作る。
そして木原が《拘留の宝球》に対応した八十岡の自殺用の《ショック》を《中略》して《チャンドラのフェニックス》を彼方へ葬り去ったところで、八十岡が2体目の《チャンドラのフェニックス》を走らせて木原のライフは14。
再び《拘留の宝球》→自殺目的の《稲妻の一撃》→《中略》で妨害という《チャンドラのフェニックス》をめぐる繊細なやりとりを経て不死鳥の脅威が完全に去ったところで、八十岡はメインで《戦導者のらせん》を撃ちこむのだったが、返しでついに《スフィンクスの啓示》X=4がキャストされ、ライフは「行って来い」で減らないまま。
さらにめげずに《戦導者のらせん》を本体に撃ちこむが、ここで木原は《太陽の勇者、エルズペス》をキャスト。まだこの時点でライフは10点を残しており、バーンの八十岡にとっては絶望的な状況に見えた。
だが八十岡はカードを引いて静かにターンを終えると、木原のエンド前にまずは《稲妻の一撃》。さらにスタックで2マナを残して再びX=4の《スフィンクスの啓示》が飛んだところで《頭蓋割り》を合わせる!
しかし、木原はその上を行った。スタックで自分の兵士トークンに《今わの際》を撃ち、4点ものライフを引き戻したのだ。
この一連で、八十岡が火力2枚を撃ちこんだにもかかわらず木原のライフは8。
八十岡の残り手札は2枚。
八十岡のドロー……
6枚目の土地!
八十岡 「8点」
木原 「……うーん」
手札0枚、フルタップ。相手のライフ0点。
まさしく「神業」と言えるほどの、美しい幕引き。
紙一重の攻防だが、わずかに八十岡が上を行った。
八十岡 1-0 木原
ここで八十岡、木原のサイドの《ニクス毛の雄羊》と《ヴィズコーパの血男爵》4枚ずつを見ているため、《岩への繋ぎ止め》を残して《ショック》《稲妻の一撃》《戦導者のらせん》を全抜きしてクリーチャーを全力投入という興味深いサイドインアウトを見せる。
Game 2
《思考を築く者、ジェイス》の+1能力に対して《ボロスの魔除け》と《チャンドラのフェニックス》のアタックを使用した八十岡。しかしこれが《今わの際》されると、攻め手がなく土地を置き続ける。
全力のX=6《スフィンクスの啓示》には《頭蓋割り》するものの、《ニクス毛の雄羊》がライフを高い水準に保つ。
《否認》、《今わの際》、八十岡のあらゆる行動を否定するスペル群に、クリーチャーもスペルも区別なしに成すすべなく絡めとられていく。
そして消耗したころに放たれるのは、
2発目の《スフィンクスの啓示》だった。
八十岡 1-1 木原
ここで八十岡はメインに近い構成に戻す。先手なので《若き紅蓮術士》と軽量火力の群れで押し切ろうという構えなのだろう。
Game 3
八十岡が《変わり谷》で殴る立ち上がりに対し、すぐさま《ニクス毛の雄羊》が立ちはだかるが、これを《岩への繋ぎ止め》してクロックを続ける。さらに《拘留の宝球》は《若き紅蓮術士》プレイから《損耗/Tear》するが、《今わの際》がクロックの拡充を許さない。
さらに《ヴィズコーパの血男爵》まで降臨してしまうと、八十岡は《変わり谷》2体を差し出さざるをえず、頼みの綱の《頭蓋割り》も《中略》されてしまう。
そして満を持して《スフィンクスの啓示》X=5。八十岡の手札に《頭蓋割り》は……
ない。
ゲームの天秤が、一気に木原のもとへと傾き始める。
《ニクス毛の雄羊》が2体並び、2体目の《ヴィズコーパの血男爵》がアタックを始める。
毎ターン6点ゲイン。
それでも八十岡は《チャンドラのフェニックス》で殴り続ける。
八十岡は言った、「<スフィンクスの啓示>は嫌いだ」と。だが、3枚目の《スフィンクスの啓示》がX=5で飛ぶ。
しかし八十岡はゲームを続ける。まるでこれがプロツアーの決勝であるかのように。
ライフがゼロになるまでは、ゲームは終わらない。
だからその姿を見せることが、プロの誇りなのだ。
羊は3体になった。八十岡は土地を引いた。
それでも。
ここで投了しないことが、マジック:ザ・ギャザリングなのだと。
人間の、証なのだと。
「人は神になれない」と言ったのは八十岡だった。
八十岡 翔太
そして八十岡はどこまでも、人間だった。
木原のライフは40を超えた。50を超えた。
《ヴィズコーパの血男爵》が空を舞った。
そして木原は、
遥か高みへと振りきれんばかりのライフとともに、
『神』の座へと、到達した。
八十岡 1-2 木原
第1期「スタンダード神」は、木原 惇希(新潟)!おめでとう!