M12リリース直後の開催となった今年の日本選手権。トップ8に赤いデッキが存在しなかったのは意外でしたが、その他は大方の予想通りといったものではないでしょうか、《溶鉄の尖峰、ヴァラクート》に《精神を刻む者、ジェイス》を失いながらも存在感を示した高尾の青系コントロール。八十岡デッキとしか言いようがないテゼレットに、ローリースペシャル。
ですが最後まで立っていたのは石田龍一郎と白単鋼デッキでした。
今回はその石田のデッキで私が感銘を受けたカードについてです。
1. その前に
白単鋼というデッキの構造について少し話しましょう。
もしこの白単鋼というデッキをタイプ別に区分するならば、ビートダウンとするのが一番適切なように思われるでしょう。
軽量なクリーチャーを出して、何かで強化、後は殴るだけ。鋼デッキが出来る事はこれ以外ありませんし、この動きをとってみればたしかにビートダウン以外の何者でもありません。
ですが実体は違います。どちらかというとこのデッキの挙動はコンボデッキに近いものがあります。
例えば通常の白ウィニーやゴブリンデッキ。《清浄の名誉》や《ゴブリンの酋長》を唱える事ができれば確かに有利な展開となるでしょうが、しかしこれらのカードは必須ではありません。引かなくともデッキとしては充分に機能します。
ひるがえって鋼デッキでは強化系のカードが無い場合、戦場に現れるのは1/1の群れ。それならまだ良い方で場合によってはパワー0の群れという可能性すらあります。
そしてよっぽどの事態でない限り、鋼デッキでは強化系カードがない初手はマリガンです。
通常のビートダウンデッキではクリーチャーが無い手札がマリガンなのに対して鋼デッキでは主従が完全に逆転しています。鋼デッキにとっては強化するカードが何枚あるかがキープ基準となります。
鋼はコンボデッキと言った由縁です。
どの組み合わせでパワーを上げてダメージ効率を良くしていくか、鋼デッキにとってクリーチャーそのものには価値はなく、従って真っ先に入るクリーチャーはクリーチャーとしての価値に評価が与えられていません。
それが廻りのパワーを上げるカード《信号の邪魔者》であったり《鋼の監視者》です。
その次に入るクリーチャーも性能は完全に無視され、《メムナイト》のような出しやすさにのみ焦点が置かれています。
最後に残ったあまりのカード、間を埋めるためのカードとしてようやく《磁器の軍団兵》のようなカードが投入される事になります。
つまりクリーチャーの単体性能という項目を切り落としたビートダウンとは似て非なるデッキなのです。
鋼デッキは毎ゲーム《鍛えられた鋼》を引ける人間が使えば強いデッキ、と評されるのもこんな理由からです。
ありとあらゆる効果で通常ならば使えるレベルじゃないクリーチャーを無理やり強化する。その中で1枚で一気に2枚分の強化効果が付くカードなのですから喉から手が出るほど欲しい訳です。
2. 優勝の原動力
そろそろ本題に入りましょう。私が石田のデッキに感銘を覚えた点、それは《激戦の戦域》のメインボードからの投入です。
11 《平地》 4 《墨蛾の生息地》 3 《激戦の戦域》 -土地(18)- 4 《メムナイト》 4 《羽ばたき飛行機械》 4 《信号の邪魔者》 4 《きらめく鷹》 4 《大霊堂のスカージ》 4 《鋼の監視者》 3 《磁器の軍団兵》 -クリーチャー(27)- |
4 《急送》 4 《鍛えられた鋼》 4 《オパールのモックス》 3 《きらめく鷹の偶像》 -呪文(15)- |
3 《呪文滑り》 4 《コーの火歩き》 2 《精神的つまづき》 2 《天界の粛清》 4 《忠実な軍勢の祭殿》 -サイドボード(15)- |
鋼デッキは強化系のカードに依存しているデッキ、その類のカードがあればあるほどデッキの強度は増していきます。
《信号の邪魔者》、《鋼の監視者》、《鍛えられた鋼》のデフォルト12枚に加えてメインボードから2枚追加されている石田のデッキが同系は基より、ほとんど全てのデッキに対してただの鋼以上の優位を取れたのは当然でした。
戦前から《激戦の戦域》は知られていたカードでした。
例えばデッキタイプは微妙に違えど、青白鋼でトップ8に入賞している井川のデッキにはサイドボードに取られています。井川がサイドボードに取り、他の大多数の鋼プレイヤーも右に倣った大きな理由は戦域自体のデメリットにあります。
7 《平地》 4 《氷河の城砦》 4 《金属海の沿岸》 4 《墨蛾の生息地》 -土地(19)- 4 《メムナイト》 4 《信号の邪魔者》 4 《大霊堂のスカージ》 4 《呪文滑り》 4 《鋼の監視者》 1 《刃砦の英雄》 -クリーチャー(21)- |
4 《急送》 2 《定業》 4 《鍛えられた鋼》 3 《オパールのモックス》 3 《起源の呪文爆弾》 4 《きらめく鷹の偶像》 -呪文(20)- |
2 《刃砦の英雄》 4 《統一された意思》 3 《天界の粛清》 2 《存在の破棄》 2 《屈折の罠》 2 《激戦の戦域》 -サイドボード(15)- |
『戦闘ダメージを本体が受けてしまった場合、コントロールを奪われる。』
この一文を嫌気して、ほとんどのプレイヤーは戦闘ダメージを受ける事がほとんど無い対コントロール用のサイドボードカードというポジションに置いてしまったのです。
ですが、《激戦の戦域》のこの一文からもたらされるデメリットが理由で、サイドボードに落とす意味は薄いのです。例えばコントロールを奪われた時、その状態でも殴り返せるなら常にイーブンの状況です。決定的になる為には一方的に攻撃を受け続けている状況しかありません。
もうひとつ、コントロールを奪われる事によりマナ不足に陥ってしまう可能性。
これもそもそも最もコストが高いカードで《鍛えられた鋼》の鋼デッキにとってはあまりある状況ではありません。そもそも再三の通り、鋼を引ければ劇的に勝率が上がるデッキです。
また、このデッキでクリーチャー数で押されているゲーム展開というのがそもそもが論外です。鋼デッキはただクリーチャーを出すという行為では最も特化したデッキです。
0マナ、1マナクリーチャーがこれほど入っていてそれでも展開量で負けているのならばマリガンをミスしているか、あるいは何をどうやっても勝てない状況です。
石田のデッキも、ただ漠然と《激戦の戦域》をメインボードに移しただけではありません。
メイン《激戦の戦域》を運用しやすいように、そして、維持できるように序盤に強い白単鋼デッキを更に前のめりに特化させています。4枚の《羽ばたき飛行機械》、《きらめく鷹》、そして4枚目の《オパールのモックス》。
誰もが考えるまでも初手に2枚ある事を嫌気して実行に移せない選択です。
ですが、コンボデッキとは最速を目指して踏み込むもの、彼らの鋼デッキこそが最も鋼デッキの本質を捉えています。
石田本人はひたすら謙遜していましたが勝つべくして勝ったのです。
石田と藤本、そして3位決定戦を勝ち抜いた、三原による日本代表チームでの更なる飛躍を期待しています。
さて、このコラムですが今回を持ちまして最終回となります。
happymtgでの今後の予定は全く決まっていませんが、機会があれば今度は違ったものを書ければなと思っています。
短い間でしたがありがとうございました。