唯一の初日全勝者
年末の2日間に渡って開催されるマジックの祭典、『THE LAST SUN 2024』には厳しい予選を勝ち抜いた強豪プレイヤー220名が参加した。そのなかには世界選手権覇者やプロツアー優勝者など最高峰のプロプレイヤーが含まれる。
そんなハイレベルな大会でのスイスドロー8回戦。220名がスイス式でぶつかり合った場合、全勝(8-0)できるのはたったの1名だ。
北陸は富山の雄、奥野 篤哉。初日、すべてのゲームで勝利を収めた唯一の人物である。
無論、「素晴らしい成績」である。しかし、実は「素晴らしい」で済む単純な話ではない。『THE LAST SUN』で勝つことはすべてのプレイヤーにとって「いばらの道」だが、今年は奥野にとって一層厳しい道のりとなっていた。
なぜなら、奥野の主戦場はレガシーだ。かつて『Eternal Party 2022 in Tokyo』で準優勝するなど、実績を見れば奥野のマジックプレイヤーとしての実力を疑うことはない。しかし、今年の『THE LAST SUN』はレガシーの出番がないのである。
そして何を隠そう、奥野はテーブルトップ、MTGアリーナを含めてほとんどスタンダードを触らないプレイヤーなのであった。
「正直、スタンダードのことはよくわかりません」
そう話す奥野が、どのようにしてスタンダードで勝利を手にしたのか。その秘密に迫りたいと思う。
土地は「縦」に置いたほうが絶対に強い。黒単デーモンの優位性
- 2024/12/21
- THE LAST SUN 2024:メタゲームブレイクダウン(スタンダード)
- 晴れる屋メディアチーム
『THE LAST SUN 2024』のスタンダードにおけるメタゲームは使用率26.13%のディミーアミッドレンジと使用率18.47%のグルール果敢による圧倒的な二強環境となった。
だが、偏ったメタは「スタンダードほぼ未経験」の奥野にとっては望むところだ。有力なアーキタイプが決まりきっているのだから、自分がディミーアミッドレンジを、あるいはグルール果敢を使えば良い。もしくはその2つに対して有利なデッキを持ち込んでも良いのだ。奥野クラスの使い手なら、未経験のデッキでも1ヵ月ほどやり込めば使いこなせるだろう。
では実際、彼が選択したデッキを見てみよう。
まさかの「黒単デーモン」である。
トップメタどころか、それに準ずる対抗デッキでもない。「究極」と言って差し支えない『THE LAST SUN』の舞台で、「有力デッキ」とはお世辞にも言い難い黒単デーモンを持ち込む胆力に驚かされた。
「もちろん、ディミーアミッドレンジも触りましたよ。でも、タップイン土地がどうしても気になります。黒単なら《沈んだ城塞》以外はアンタップインで、上振れ(ブン回り)が狙えると思ったんです」
「土地は縦置きの方が絶対的に強い」という、マジックの根本的な部分が響いたようだ。レガシープレイヤーの奥野ならではの感覚なのかもしれない。
続けて、奥野の口から混じり気のない、純粋な黒単の強さが語られた。
スタンダード最強クラスのクリーチャーたち
「一番の魅力はクリーチャーの質の高さです。現スタンダードで強いカードは黒に集まっていると思いまして」
名前が挙げられたのは《分派の説教者》《黙示録、シェオルドレッド》《ドロスの魔神》。特に《黙示録、シェオルドレッド》については、かなりの確率でサイドボードから3枚目が投入されるのだとか。これらのクリーチャーをスムーズに出すことで、赤系のアグロデッキにも互角以上に戦えるのだと言う。
そう。これらを最短でプレイするために17枚もの《沼》をデッキに投じることが奥野の最大のテクニックなのだ。
「警戒3/3のデーモンになれる《魂石の聖域》が強いため、必ずしも《ドロスの魔神》にはこだわりません。《ドロスの魔神》は急いで勝ちにいくときには重宝するカードですが。」
その言葉の通り、9回戦ではオーバーロード相手に《ドロスの魔神》で無双する展開を見せてもらった。
「スピードアップしたいときもあれば、《不浄な別室/祭儀室》などでゆっくりしたいときもある。相手に合わせて目指すべきゲームレンジを自在に変えられるのも魅力ですね」
例えば《ドロスの魔神》はディミーアミッドレンジに有効とは言えず、メインでも3枚までの採用に抑えてある。サイドボード後はむしろ抜けることが多いのだとか。
黒単デーモンというアーキタイプは珍しいかもしれないが、目標が明確でとても使いやすいデッキだという。ハンデスや除去も豊富で、序盤戦も強そうだ。
「土地を縦に置いて、パワーカードを叩きつけるだけです(笑)」
「置き物」に触りづらい黒単を使うことは怖くないか?と尋ねたところ、まったく気にしないとのことであった。
「トップメタのディミーアも置き物には触れないですよね?」
その通りである。このインタビューのあとも奥野は勝ち星を重ね、予選ラウンドでの敗北はフィーチャーマッチとなったオーバーロードとのゲームだけ。
全14回戦を11-1-2(スタンダード6-1、モダン5-0-2)という最高の成績でスイスラウンドを1位で抜ける。
決勝トーナメント進出が決まり、プロフィール用の写真を撮影するために再会した奥野が笑顔で言った。
「ここまで来れただけで十分です。あとはボーナスステージですね(笑)」
非常に謙虚だが、実はまったく同じセリフをインタビューが終わった直後にも聞いていた。
準々決勝、準決勝と勝ち上がり、小坂 和音が待つ決勝の舞台へ向かう奥野の姿を確認しながら、最高のボーナスステージとなることを祈るのであった。