高橋 「一応、念の為に聞きますけど、日本代表でWMC行きます?」
佐々木 「えぇ」
高橋 「ですよね」
試合開始前に二人の間でこんな会話がかわされる。ここまできたらあと1勝。それは当然、ここは戦って、代表の座を勝ち取るだろう。
マジックをやる意味は勝利にあるとは限らない。やはり単純にこのゲームは面白いものだし、そんな面白いゲームを通じて得た人間関係は、なかなか得がたいものだろう。
今、大体時間は22時半といったところ。ここからさらに1時間の対戦が行われるとしたら、人によっては終電すら危うい。特に、長野に住む佐々木にとっては死活問題どころではなく、もはや帰れないのではないか?
佐々木 「いや、車できているんで」
なるほど。そして、佐々木と同じ車に乗ってきた仲間たちが、佐々木の後ろでシャッフルする姿を見守っている。その反対側では高橋 優太(東京)を始めとする高橋の友人たちが高橋の背中を見守り、そして和田 寛也(東京)がツイッターで実況をしている。携帯の電池は大丈夫だろうか。
二人の決勝を見守るべく、この時間まで会場に残る仲間たち、そして、ネットの向こうで、勝敗の結果を待つ友人たち。そんな人々とのつながりを作れるのもマジックの大きな価値だろう。勝つことだけが価値ではない。
とはいえ、この大会はWMCの日本代表を決める戦い。ふたりがこの場に残って、冒頭のような会話を交わしていたということは、少なくとも、ここで得られる日本代表という名誉は、ふたりにとってマジックを続ける価値となるものなのだろう。
そして、それはこのマッチの勝利の向こうにある。まずは、このマッチを勝利することが名誉につながる。
Game 1
先手の佐々木は《魂の洞窟》を人間で宣言し、《教区の勇者》をプレイ。さらに、続くターンに《寺院の庭》をアンタップインし、2体の《教区の勇者》を追加。これによって3/3となった《教区の勇者》でアタック。この猛攻にはギャラリーからも息が漏れる。
高橋は《剣術の名手》をプレイ。この《剣術の名手》は、《火拳の打撃者》で2/2となった《教区の勇者》と相打ちをする。残りはスルーして、高橋はこのターンに7点のダメージ。
《聖トラフトの霊》をプレイした高橋だったが、佐々木が《実験体》をプレイすると、落ち着いた様子でこういった。
高橋 「投了するかどうか、少し考えます」
高橋 0-1 佐々木
高橋 「決勝でNaya Blitzはやべー!」
今回、高橋が使用している呪禁バントは、先月末に更新された自身の記事で紹介しているアーキタイプであり、それを踏まえて自信を持って持ち込んできたデッキではある。だが、この回の記事は、まさにNaya Blitzとそれにまつわるメタゲームについて書かれた内容であり、その恐ろしさは誰よりも高橋が理解しているのだ。
佐々木 「ちょっと、重い空気になっている所で申し訳ないんですけど……トイレ行ってきていいですか?」
高橋 「うわ、決勝でトイレいけるタイプの人だ……もっとやべー!」
決勝ラウンドでトイレに行けるメンタルの強さを持つプレイヤーは高橋にとっては、非常に厳しいタイプの相手だ。攻めて緊張をほぐそうと、トイレから戻ってきた佐々木に話しかける。
高橋 「いいんですか?1本目からそんなに運を使っちゃって?」
佐々木 「まぁ、ここまでできたんなら……負けても本望ですよ」
そして、続ける。
佐々木 「緊張がほぐれてきてよかったです」
バックに友人がいるとは言え、東京の会場はアウェイ感が強いことは間違いない。
ここまで、全ては書いてきていないが、高橋と佐々木はかなりの量の会話を交している。そして、その会話を通して、佐々木も緊張がほぐれてきているのだろう。だから、さっきの会話は、高橋の牽制に対する気の利いた返し以上の何者でもない。
ここまで来たんなら「負けても本望」なんてことはない。ここまで来たんなら「せっかくだから勝ちたい」のが人情だろう。
Game 2
先手の高橋がキープしたのに対し、十分な1マナクリーチャーや《炎樹族の使者》はあるものの、土地が1枚の初手を少考の末にキープする佐々木。
高橋は1ターン目に《アヴァシンの巡礼者》をプレイし、佐々木は土地が引けなかったものの、《実験体》をプレイする。
ここで高橋も土地が1枚でキープしていたことが判明し、《アヴァシンの巡礼者》のマナを使って《剣術の名手》をプレイする。一方の佐々木は2枚めの土地をトップデック。これには大きく息を付き、最善手を模索する。
結果、《炎樹族の使者》をプレイし、《実験体》を進化させた上で、《灼熱の槍》で《アヴァシンの巡礼者》を除去する選択をとる。
すでにかなり追い詰められた様子の高橋だったが、ここで神はラッシュに2枚めの土地をもたらす。《怨恨》、そして《天上の鎧》をプレイした高橋。パワー5の二段攻撃でアタックする。すでに2枚のショックランドをアンタップインしている佐々木はこの10点のダメージを通すわけには行かず、《炎樹族の使者》でチャンプブロックし、8点のダメージを通す。
続く佐々木のターン。《実験体》の2枚めと《アヴァブルックの町長》を出し、《実験体》を残したターンを返す。ここで高橋は《近野の巡礼者》をプレイ。《剣術の名手》と結魂することで、絆魂を与える。
この《剣術の名手》を2/2《実験体》でブロックし、ライフを1点残した佐々木だったが、絆魂で26点となった高橋のライフを削り切るプランは残されていないのだった。
高橋 1-1 佐々木
冒頭で和田がツイッターで実況を行なっていると書いたが、もうとっくに和田の携帯の充電が切れており、実況は途切れていた。ネットの向こうで勝敗を待つ人々はやきもきした気持ちでいるだろう。
そして、TLに釘付けとなっている人々にこんなメッセージがTL上で流れた。
こりゃ勝つわ (高橋純也)
管理人は不明だが、プロプレイヤーやそれに準じるプレイヤーの名言や失言を集めたMTG名言bot。22:36。ちょうど決勝戦が始まる瞬間に(フォローしている人にのみだが)向けられたこのメッセージは、緊張感を持って決勝戦を待っていた人々に失笑を与えた。
このメッセージは、八十岡 翔太(東京)がグランプリ・神戸で優勝した時に、そのデッキレシピを見た高橋が思わずつぶやいた一言だ。もちろん、尊敬するプレイヤーに八十岡の名前を挙げる高橋なので、八十岡を馬鹿にしたニュアンスがないことはみんなも重々承知なのだが、だが、この高橋のツィートに「(このデッキが勝つってわかったのならば)なんでこのデッキ使わなかったの?らっしゅ(高橋)のデッキはこりゃ勝つってデッキじゃなかったの?」というツッコミが殺到し、めでたく名言bot入りした。
現在はhappymtg上でスタンダードのメタゲームを詳細に分析した記事を公開し、多くのファンを持つ高橋。佐々木のライフメモにも「(対戦相手のメモとして)らっしゅさん」とハンドルネームで書かれるくらいには名の知られた存在だ。また、その記事の分析は鋭く深い。高橋の持つその能力に疑いがあるプレイヤーはいないだろう。
だが、一方で、記事の内容も含めてだが、高橋はあまりに詳細に、そして構造的にデッキやメタゲームを分析しすぎてしまう故に、実際のゲームが存在していることそして、それを人間がプレイしているということをしばしば失念してしまう欠点があるように思われる。
それを象徴するエピソードとしてプロツアー・京都のエピソードがある。
この時、高橋は数人のプレイヤーに青白のアーティファクトビートダウンデッキをシェアしていた。実際には使用しなかったものの、逢坂 有祐(北海道)と若山 史郎(東京)にもシェアされ、彼らの調整に組み込まれ、結果、二人は「このデッキは少なくとも勝ちを狙えるデッキでは無い」と判断し、使用はしなかった。このデッキを使用したのは、伊藤 敦(東京)と高桑 祥広(東京)の二人と、そして直前PTQを突破した高橋自身。
逢坂と若山の調整の結果はあながち間違いではなく、このデッキをシェアされたプレイヤーたちの成績は散々、どころか、3-9、マジックの神に感謝の意を表すサンキューだった。「さすがにこのデッキは弱すぎるだろ」とのことで、大会終了後、逢坂と若山に「なんでこんなデッキ渡したの?これで勝てると思ったの?」と詰め寄られた高橋の返答は伝説として、これもまた名言botに残っている。
高橋 「勝ちたいなら勝ちたいって言ってよ」
これが完全な本心とはさすがに信じていないが、だが、高橋に「勝ち負けではなく実験としてプロツアーでこのデッキがどう成績を残すかを見てみたかった」という気持ちは少なからずあっただろうと思う。少なくとも、前述のように、高橋はデッキやメタゲームをそういう視点で見る傾向がある。
もちろん、高橋の提供したデッキが、例えばプロツアー・ヴァレンシアの小池の時のように、トップ8入賞の原動力となることはあるし、デッキビルダーとしての高橋の実力自体を疑うものはいない。また、最近では記事執筆によって、さらに、その名声は高まっている。
高橋のマジックのモチベーションは、実際のゲームからは離れていってしまっているのだろうか?それは分からないが、少なくとも、目の前のゲームに関してだけは、離れていないようだ。
Game 3
再び先攻は佐々木。土地が3枚に1マナ域のクリーチャーのいない初手をマリガン。対して高橋は初手をキープする。続いて、《実験体》をはじめ、十分なクリーチャーがいるものの、土地が1枚の初手をさらにマリガンする。
すでに高橋のデッキも圧倒的な速度を持っていることはGame 2で証明されている。なまじな初手ではキープすることができないのだ。とはいえ、それはダブルマリガンまで。5枚の初手に土地が1枚の初手を佐々木はキープする。
ゲームは佐々木が1ターン目に《ボロスの精鋭》をプレイし、土地を引いた所で2ターン目にはそれを《アヴァブルックの町長》で強化するところからスタートする。対する高橋のファーストアクションは2ターン目の《近野の巡礼者》。
佐々木の3ターン目はトップでックした《炎樹族の使者》をプレイし、そこからでたマナで《アヴァブルックの町長》の2枚めをプレイし、大隊を達成せずとも3/3となった《ボロスの精鋭》でアタックするというもの。ライフ自体はまだ15点あるものの、盤面を見る限りでは文字通り後手に回らされている高橋。
このターンが正念場。高橋は土地のセットから長考を始める。そして《寺院の庭》を2点のライフを支払ってアンタップインさせると《平和な心》を《炎樹族の使者》につけた上で、《天上の鎧》を《近野の巡礼者》にエンチャントする。
これによって4/3となった《近野の巡礼者》。《ボロスの精鋭》のポテンシャルを最大に発揮するべく2体の《アヴァブルックの町長》でアタックすれば、《アヴァブルックの町長》が討ち取られてしまうという悩ましい盤面となってしまう。このターンにトップデックしたカードが《ボロスの魔除け》だったことで、この悩みはさらに深いものとなる。
手札、そして盤面を見て長考した佐々木は、2体の《アヴァブルックの町長》を変身させるべく、何もプレイせずにターンを終了。高橋がアタックしてくれば、《ボロスの魔除け》を使って、最高効率でアドバンテージを稼げるプランだ。高橋のターンに《アヴァブルックの町長》は《吠え群れの頭目/Howlpack Alpha》へと変身する。
そして、この2体が変身した後のドローを見た高橋は、思わず強く叩きつけ、その上で椅子に座り直す。明らかにゲームのキーとなるカードを引いた動作だ。決して間違えないように注意深く盤面を確認した上で、高橋は《神聖なる泉》をアンタップイン。これでライフは11。《ロクソドンの強打者》を召喚し、《近野の巡礼者》と結魂させると、こちらにも《天上の鎧》をエンチャントする。
高橋が2枚の呪文を使用していたため、《吠え群れの頭目/Howlpack Alpha》は再び《アヴァブルックの町長》へと変身。これを《吠え群れの頭目/Howlpack Alpha》に戻すべく、佐々木は何もプレイせずにターンを終了する。
ここで高橋が《ロクソドンの強打者》にプレイしたのは、3枚めの《天上の鎧》、そして《幽体の飛行》。これによって、16/16絆魂となった《ロクソドンの強打者》が佐々木へと強襲する。
自身のターンに、佐々木は2体の《吠え群れの頭目/Howlpack Alpha》を《アヴァブルックの町長》へと戻すと、ドローを見て、高橋へと手を差し出した。
高橋 2-1 佐々木
佐々木 「《ボロスの魔除け》をトップデックしたターン、フルアタックが正解でしたかね……」
Game 1でわかるようにキルターンの速さではNaya Blitzに分があるが、中盤の一撃の殺意では断然呪禁バントだ。あそこのターンは、ライフを詰めに行っていた方が勝てたかもしれなかったと佐々木は語る。
負ければ悔しいの当たり前で、だから人は「勝ちたい」と思う。そして、勝てば嬉しいのも当たり前で、だから人は「せっかくだから勝ちたい」と思う。
京都で、勝ちたいなら言ってよ、と高橋は言った。あの日、高橋がどのような心境でその言葉を言ったのかは筆者にはわからない。
今日、高橋は家を出るときに、自分に「勝ちたい」と言ってから来たのだろうか?Magic Onlineでこのデッキを調整する自分に対して「勝ちたい」と言い続けていたのだろうか。
せっかく勝負の場にいるのだから「せっかくだから勝ちたい」と高橋が考えたのは、この決勝の席についたときだったのか。8年前のグランプリ・松山のトップ8で浅原 晃にまけたあの日からだったのだろうか?
それは高橋しか、いや、もしかしたら高橋すらも知らないかもしれないことだ。でも、少なくとも、松山以来の高橋の大勝利に多くの友人が祝福していることだけは、だれの目から見ても明らかなことだ。
少なくとも、勝敗など気にしない男に、こんなに祝福の言葉が集まることはない。
おめでとう、高橋 純也!一人目の日本代表選手!