1. 自己紹介と本連載記事の概要
こんにちは。この度からhappymtg.comで連載記事「Rush Met a Game!」を担当することになった高橋“らっしゅ”純也です。各所でちょこちょこと記事を書かせてもらってきたため、名前くらいは見たことがあるという方もいらっしゃるかもしれません。既知の方には「お久しぶり」、初めての方とは「はじめまして」になります。
僕の名前はともかく連載の内容は、MOの結果を材料に「スタンダード」環境のメタゲームを思考する、というものです。簡単に一言でまとめてみましたが、色々と疑問符が浮かんだ方も少なくないと思うので、こちらで勝手に想像した疑問点についてお答えします。
■「メタゲームを思考する」とはなんぞや
おそらく、「結果を材料にメタゲームを解説する」記事を目にした方は多いかと思います。多くの戦略記事の内容はこれであり、執筆者が分析した結果を読者にわかりやすいように並べ直して理由付けしたものです。これはある意味ゲームの攻略本に近く、読者にとって簡単に説得力のある“結論”を手にできる有用なものだといえます。
それに対して今回の「メタゲームを思考する」とは、“結論”を提示してそれを解説するのではなく、“結論”を導くための分析や思考等の“過程”を重視したものです。もちろん最後には僕なりの結論を示すのですが、その道中、共に“過程”を見てきた読者の皆さんには馴染むものもあればそうでない内容も当然あることでしょう。その際には、納得できなかった理由の地点まで戻ることができる、というのが本記事のメリットになる予定です。
■何故MOの結果を材料にするのか
グランプリやプロツアー、日本やアメリカで行われているオープントーナメントの結果には、少なからず優秀なデッキが含まれています。それなのに何故MOの結果だけに絞るのかというと、MOというオンラインの環境がMTGというゲームにとって健全な情報源だからです。
この記事では“結果”ありきの展開はしないため、誰もが共有できる情報を参考に考えていくことが重要だと考えています。その点で言うと、「膨大な試行回数」「情報のオープン性」という二点においてMOの結果は健全です。
24時間稼動しているオンラインでは、世界中のプレイヤー達が時間を問わずしてゲームをプレイしています。これはオフラインで行われるゲーム数とは到底比べることができないほど膨大な量であり、多くのデッキはこの「膨大な試行回数」によって洗練されていくのです。また、一度だけ結果を残したデッキと、多くのプレイヤー達に使用されて昼夜結果を残し続けているデッキとでは、比較するサンプル時点での説得力に差が生まれます。
「情報のオープン性」については他の大規模トーナメントにおいても同様のことが言えますが、MOでは「What’s Happening?」というデータベースに毎日新鮮な情報が更新されており、現在フィールド上に何が多く、何が勝っているのかがオンラインプレイヤー全員に等しく共有されているという点で優っています。
健全なデータを材料にメタゲームの姿を想像していくこと。“結論”ありきの答えを与える記事でなく、“結論”を探す、答えを探すことを目的の記事とする予定です。ただ、ここで展開するメタゲームはMOというオンライン環境におけるもので、実際に読者の皆さんがプレイされている環境とはやや異なることもあるでしょう。その際には、上で紹介したように、記事内の展開と皆さんの周囲の様子がずれる段階にまで戻ってもらうことで、思考ベースはそのままに読者の皆さんそれぞれの結論を導いてもらえれば幸いです。
明確で歯切れのいい答えが見えない記事になるとは思いますが、逆に環境を左右している論点は見えやすくなるのではないかと考えています。
それでは前置きが長くなりました。以降が本編です。
2. 今回の内容
隔週更新となる予定の連載であるため、基本的には二週間の推移と、その後の推測で記事が構成されます。ただ、比較する内容がまだ整っていないため、初回である今回は、今後のベースラインを作成する回とします。
なので内容もシンプルで、現在のメタゲームを構成する五つのアーキタイプのメジャーなパターンを紹介し、それに関する簡単なレビューを行っていきましょう。
登場人物である五人は、以下です。
・黒赤緑ビッグマナ
・緑白系コントロール
・白系アグロ
・青白系トラフト
・ゾンビ
この他にも「青黒赤コントロール」や「赤単アグロ」を筆頭としていくつか興味深いアーキタイプもありますが、全てを紹介しても乱雑になるので、多種多様な環境初期においてもある程度の勢力を維持している五種類のアーキタイプに限定して紹介します。
3. 考察対象
ここからはアーキタイプごとのサンプルレシピとベースとなる「共有知識」を提示し、以降の考察における材料を組み立てていきます。まずは簡単にレビューをして考察すべき点を洗い出し、のちの考察段階で詳しいパーツの取捨選択や各アーキタイプの関係性について考えていく形です。
黒赤緑ビッグマナ
1 《山》 5 《森》 4 《血の墓所》 4 《草むした墓》 4 《根縛りの岩山》 4 《森林の墓地》 2 《ケッシグの狼の地》 -土地- 4 《高原の狩りの達人》 4 《スラーグ牙》 3 《オリヴィア・ヴォルダーレン》 -クリーチャー- |
4 《火柱》 3 《戦慄掘り》 2 《突然の衰微》 3 《血統の切断》 3 《忌むべき者のかがり火》 4 《遥か見》 3 《ラクドスの魔鍵》 3 《原初の狩人、ガラク》 -呪文- |
4 《強迫》 3 《ヴェールのリリアナ》 1 《血統の切断》 1 《ミジウムの迫撃砲》 1 《原初の狩人、ガラク》 3 《殺戮遊戯》 2 《トーモッドの墓所》 -サイドボード- |
環境初期に現れやすい多色のボードコントロールです。現状はまだ構成が右往左往していますが、細かい部分を除いた骨格は洗練されています。
■デッキのベース
24《土地/lands》
4 《高原の狩りの達人》
4 《スラーグ牙》
3 《オリヴィア・ヴォルダーレン》
4 《火柱》
3 《戦慄掘り》
3 《忌むべき者のかがり火》
4 《遥か見》
3 《ラクドスの魔鍵》
8 《空き枠/Free Cards》
4 《高原の狩りの達人》
4 《スラーグ牙》
3 《オリヴィア・ヴォルダーレン》
4 《火柱》
3 《戦慄掘り》
3 《忌むべき者のかがり火》
4 《遥か見》
3 《ラクドスの魔鍵》
8 《空き枠/Free Cards》
11枚のコントロールクリーチャーに加えて、豊富な除去呪文を採用しており、典型的なジャンドカラーのボードコントロールと言える構成です。残る2スロットの計8枚は、周囲のデッキによって幅広く選択されていることが多く、以下のカードの組み合わせになっています。
《吸血鬼の夜鷲》
《雷口のヘルカイト》
《血統の切断》
《ミジウムの迫撃砲》
《突然の衰微》
《ラクドスの復活》
《地下世界の人脈》
《原初の狩人、ガラク》
主に追加のフィニッシャー、追加の除去、アドバンテージ源の三種類です。
これらの取捨選別の基準については後述する別節にて考察を進めていきます。とりあえずここまでが共有すべきベースの内容です。
■デッキの論点
コンセプトが決定した後の残り8枚の選択基準は何処にある?
緑白系コントロール
1 《平地》 1 《沼》 4 《森》 4 《寺院の庭》 4 《草むした墓》 2 《陽花弁の木立ち》 1 《孤立した礼拝堂》 3 《森林の墓地》 1 《魂の洞窟》 1 《ガヴォニーの居住区》 1 《大天使の霊堂》 -土地- 3 《東屋のエルフ》 4 《アヴァシンの巡礼者》 3 《国境地帯のレインジャー》 4 《修復の天使》 1 《ボーラスの信奉者》 4 《スラーグ牙》 4 《静穏の天使》 -クリーチャー- |
4 《根囲い》 4 《忌まわしい発掘/Grisly Salvage》 4 《堀葬の儀式》 1 《未練ある魂》 1 《血統の切断》 -呪文- |
1 《魂の洞窟》 3 《ケンタウルスの癒し手》 1 《天啓の光》 2 《忘却の輪》 1 《究極の価格》 1 《血統の切断》 2 《原初の狩人、ガラク》 2 《突然の衰微》 2 《見えざる者、ヴラスカ》 -サイドボード- |
上で紹介したレシピは緑白黒のものですが、コンセプトを同じくした緑白青や緑白赤、純正の緑白も存在します。これらに共通しているコンセプトとは、とにかく《静穏の天使》と《スラーグ牙》を攻防の軸に据えて戦うミッドレンジという面です。
■デッキのベース
色の選択が多岐にわたっている分、必然的に《空き枠/Free Cards》が増えてしまっていますが、このスロットは《スラーグ牙》や《静穏の天使》を早く展開するか、《静穏の天使》が活躍するマナ域まで耐える作りとするか、という二種類の方向性で構築されています。
現状は上に紹介した緑白黒が流行しており、それ以外のパターンはややマイナーとして扱われていますが、《静穏の天使》を利用するアーキタイプ群として一括りにしました。共有地点はここまでで、なぜ黒が使用されているのか等の細部の掘り下げについては以下の節でおこないます。
■デッキの論点
当初は純正緑白が多かったものの、緑白黒へと移行した理由は?
白系アグロ
6 《平地》 7 《森》 4 《寺院の庭》 4 《陽花弁の木立ち》 2 《ならず者の道》 -土地- 4 《東屋のエルフ》 4 《アヴァシンの巡礼者》 4 《栄光の騎士》 3 《銀刃の聖騎士》 3 《ロクソドンの強打者》 4 《荘厳な大天使》 3 《スラーグ牙》 4 《スレイベンの守護者、サリア》 -クリーチャー- |
4 《怨恨》 4 《狩られる者の逆襲》 -呪文- |
4 《ケンタウルスの癒し手》 1 《スラーグ牙》 3 《忘却の輪》 3 《原初の狩人、ガラク》 4 《セレズニアの魔除け》 -サイドボード- |
これは緑白にまとめた白系アグロです。他には《教区の勇者》を中心に白単色+Xでまとめた青白アグロがメジャーです。中心となっているパーツは《荘厳な大天使》と《銀刃の聖騎士》で、これらをより早く、あるいはこれらに頼らずとも戦えるほど骨太な戦線を作ることを目標に構築されています。
■デッキのベース
23《土地/lands》
4 《東屋のエルフ》
4 《アヴァシンの巡礼者》
4 《栄光の騎士》
4 《銀刃の聖騎士》
4 《ロクソドンの強打者》
4 《荘厳な大天使》
3 《スレイベンの守護者、サリア》
4 《怨恨》
6 《空き枠/Free Cards》
4 《東屋のエルフ》
4 《アヴァシンの巡礼者》
4 《栄光の騎士》
4 《銀刃の聖騎士》
4 《ロクソドンの強打者》
4 《荘厳な大天使》
3 《スレイベンの守護者、サリア》
4 《怨恨》
6 《空き枠/Free Cards》
緑白のバージョンでいうと、このあたりまでが共有されるラインでしょうか。残る6枚は《セレズニアの魔除け》や《修復の天使》、《スラーグ牙》まで幅広く選択されます。他のアーキタイプと比べても《空き枠/Free Cards》は少なく、アグロ系の環境初期における早熟性を表しているようです。
■デッキの論点
概ね構成が整っている中での残り6枚の選択基準とは?
青白系トラフト
1 《平地》 1 《島》 1 《山》 4 《神聖なる泉》 4 《蒸気孔》 4 《氷河の城砦》 4 《硫黄の滝》 4 《断崖の避難所》 1 《ムーアランドの憑依地》 -土地- 4 《瞬唱の魔道士》 4 《修復の天使》 2 《雷口のヘルカイト》 4 《聖トラフトの霊》 -クリーチャー- |
2 《送還》 4 《火柱》 3 《灼熱の槍》 4 《アゾリウスの魔除け》 2 《拘留の宝球》 2 《本質の散乱》 1 《雲散霧消》 4 《中略》 -呪文- |
3 《地下牢の霊》 2 《墓場の浄化》 2 《隔離する成長》 2 《否認》 2 《雲散霧消》 1 《月の賢者タミヨウ》 3 《至高の評決》 -サイドボード- |
前環境で猛威を振るった「青白《秘密を掘り下げる者》」の焼き直しでもある青白系トラフトです。《思案》やファイレクシアマナの呪文がローテーション落ちしたことから二色では若干の力不足があり、それらの不足を補うために除去兼ダメージソースである《火柱》と《灼熱の槍》を有する赤を三色目として採用しています。
■デッキのベース
23《土地/land》
4 《瞬唱の魔道士》
4 《修復の天使》
4 《聖トラフトの霊》
4 《火柱》
4 《灼熱の槍》
4 《アゾリウスの魔除け》
4 《中略》
9 《空き枠/Free Cards》
4 《瞬唱の魔道士》
4 《修復の天使》
4 《聖トラフトの霊》
4 《火柱》
4 《灼熱の槍》
4 《アゾリウスの魔除け》
4 《中略》
9 《空き枠/Free Cards》
《ボーラスの占い師》を採用し、前環境のバランスを踏襲したパターンがあるため、ベースとなる構成は二スロット以上の《空き枠/Free Cards》を抱えて未だにぶれているようです。かつての主役である《秘密を掘り下げる者》は原動力だった《思案》の退場とともに姿を消し、現状のアーキタイプの構成はやや中速に偏っています。
■デッキの論点
《ボーラスの占い師》型と《雷口のヘルカイト》型にある違いとは?
ゾンビ
10《沼》 4 《血の墓所》 4 《竜髑髏の山頂》 4 《ラクドスのギルド門》 -土地- 4 《戦墓のグール》 4 《墓所這い》 4 《ラクドスの哄笑者》 4 《血の芸術家》 4 《ゲラルフの伝書使》 4 《ファルケンラスの貴種》 -クリーチャー- |
4 《夜の衝突》 4 《火柱》 3 《灼熱の槍》 3 《硫黄の流弾》 -呪文- |
2 《スカースダグの高僧》 2 《吸血鬼の夜鷲》 3 《脳食願望》 4 《悲劇的な過ち》 1 《霊炎》 1 《戦慄掘り》 2 《炬火の炎》 -サイドボード- |
黒緑と黒赤のバリエーションを持つゾンビです。赤の火力と《ファルケンラスの貴種》か、緑の《ロッテスのトロール》+《怨恨》といった比較になっています。友好色と敵対色の間に見られるマナベースにありがちな問題は、現在の環境では差が見られず、どちらも平等に12枚までの多色地形を組み込むことができます。この二色目の選択に関しては、単純に追加するカードの優劣によって決まるでしょう。
■デッキのベース
ベースとして決定しているのは22枚の土地と16枚のクリーチャーだけです。
前述した二色目の簡単な比較は以下のようになっています。
■ver.赤
《血の芸術家》
《ファルケンラスの貴種》
《夜の衝突》
《火柱》
《灼熱の槍》
《硫黄の流弾》
■ver.緑
《悪名の騎士》
《ロッテスのトロール》
《屑肉の刻み獣》
《ひどい荒廃》
《怨恨》
赤のコンセプトは、かつての「Red Deck Wins」のようなクロックパーミション。対する緑のコンセプトは愚直な肉ビートとなっています。一見すると火力の汎用性が光って見えますが、緑には緑なりのメリットもあるようです。
■デッキの論点
火力の汎用性と比較される緑のメリットとは?
4. 環境の考察
以上がレシピ上の違いや特徴に注目した感想です。主にパーツの枚数、色選択等の見たままの違いしか述べていないので、この段階では疑問を覚える方も、はたまた反論する方もいないかと思います。この段階をベースにして、以降の、または次回以降の考察にも流用する予定です。それでは、それぞれの関係性と取捨選択へと目を移していきましょう。
とりあえず環境初期に共通して言えることとして、環境の定義はコンボあるいはアグロデッキが行う、という前提があります。この理由は非常に単純で、コントロール側が「何をもって何をコントロールするか」を決定する際に、実際に構築されていなくとも仮想敵としてのアグロデッキが必要不可欠だからです。コントロールAへのエッジを期待したコントロールBという構築法もあるかもしれませんが、その際にもコントロールAが作成される理由へと着目すると必ずアグロデッキの存在がちらつきます。
たとえば除去の選択などは顕著な例かもしれません。アグロデッキ側のキーカードがタフネス3に偏っていると2点火力の価値が必然的に下がるように、アグロデッキ側のマナ域、コンセプト、クリーチャー選択のそれぞれにおいて、コントロール側は候補を絞っていくのです。
4-1 ベースから見るアグロデッキのライン
それでは前提条件を導くために、上に挙げた五つのアーキタイプの中からアグロデッキを抽出してみましょう。
・青白赤トラフト
・白系アグロ
・ゾンビ
この3種類が環境の出発点になります。そして改めてベースとなる構成に着目すると、青白赤トラフトはやや特殊であり、白系アグロとゾンビは似通っている部分が見えてきます。
白系アグロの一種である緑白アグロは、土地を除いたほぼすべての構成パーツがクリーチャーに偏っており、そのメインコンセプトをマナクリーチャーからの3、4マナ域の展開に据えています。そのうちタフネスが3以上のクリーチャーは僅かに《荘厳な大天使》と《ロクソドンの強打者》の2種類のみと細い戦線に頼っていることが伺えます。
ゾンビも同様に見ていくと、ベースとなる構成にあるクリーチャーは、12枚の1マナ域と《ゲラルフの伝書使》であるため、どれもタフネスが2までで構成されています。ここに肉付けしていくことを想定しても、ベースはほぼデッキの方向性を決定する要素であり、大きな変革は期待できません。特に二色目を赤にした場合には《ファルケンラスの貴種》が若干の耐性を持っている程度です。
このことからアグロデッキにプレイされるクリーチャーの大半は2点以下のダメージで処理できるため、コントロール側の除去は比較的安価なもので事足りそうです。残る脅威である《ファルケンラスの貴種》や《荘厳な大天使》、《ロクソドンの強打者》のためには別途の枠が必要となりそうですが。
タフネスに着目するとやや頼りなかったアグロデッキの面々ですが、パワーに目を移すと、タフネスの貧弱さが嘘のような印象を受けます。白系アグロは賛美による強化か《怨恨》によるバックアップ。ゾンビも黒赤では目立たないものの、黒緑の形では《怨恨》と賛美による強化とともに《屑肉の刻み獣》や《ロッテスのトロール》といった打点の高いクリーチャーが戦線を底上げしている形となっています。
一旦整理してみましょう。
■二種類のアグロにある共通点
・一定以上はクリーチャーによるダメージによる勝利を期待している。
→白系アグロと緑黒ゾンビは100%クリーチャーに頼っている。
・3以上のタフネスで除去耐性のある生物が少ない。
→青白アグロと黒赤ゾンビには皆無。緑白アグロには2種類、黒緑ゾンビでも2種類追加されている。
・パワーには具体的な予想ラインがない。
→《怨恨》や賛美等の強化によってクリーチャーのパワーは高く、戦闘でこれらを防ぐことは難しい。黒赤ゾンビだけが強化されることがなく、1マナ域のパワー2が水準になっている。
サイズ除去は《火柱》や《死の重み》といったタフネス2まででも十分で、それ以外は《荘厳な大天使》や《ロクソドンの強打者》を攻略するための役割を持ったものがいいことがわかります。
特徴的なのは、一般的なアグロデッキを捌くために採用される高タフネスのクリーチャーがそれほど効果的でないことです。《怨恨》と賛美の強化は低いリスクでこちらの防壁を突破してきます。そのため、パーマネントで戦線を維持しようと考えたら最低でも相打つことができるカードか、複数のブロッカーを並べることのできるパーマネントが必要となります。
この事実は、青白赤トラフトの項で論点として挙げた「《ボーラスの占い師》型と《雷口のヘルカイト》型の優劣」に関わってきます。アドバンテージを失うことなく展開できるパーマネントとして優秀な《ボーラスの占い師》ですが、上に述べた要素を含めると、これがブロッカーとしての役割を持つマッチアップは黒赤ゾンビだけといっても過言ではありません。それ以外はチャンプブロッカーとしての期待しか持てないのですが、環境に《怨恨》がある以上は、犠牲によるゲームスピードの調整も難しそうです。つまりアグロデッキとのマッチアップだけに視点を合わせると、《ボーラスの占い師》を選択する理由は薄いでしょう。
4-2 アグロデッキの動向から見るコントロールの選択
ブロッカーでなく除去で対処しろ。そう言わんばかりのアグロデッキ側の構成ですが、幸いなことにコントロールが採用できるパーマネントもその要求に答えるだけの優秀なラインナップになっています。
■コントロールデッキの「スラーグ牙」軸
そのラインナップを特に支えているのが《スラーグ牙》です。5マナとやや値が張る生物ですが、5点のライフを得て、相打ちを取り、新たにブロッカーを生成するという驚異的な立ち回りを見せます。黒赤緑ビッグマナ、緑白系コントロール共に《スラーグ牙》を軸に構築されており、前者は《スラーグ牙》が出るまでを除去で、後者はマナ加速によってより早く《スラーグ牙》を展開するといった形です。
その軸を支えているのが、黒赤緑ビッグマナでは《高原の狩りの達人》、緑白系コントロールでは《修復の天使》と《静穏の天使》の2枚です。前者は現環境ではやや頼りないもののブロッカーを2体展開できるという点において優秀で、後者の2種類の天使は共に《スラーグ牙》を徹底的に利用できることがメリットになっています。場にある《スラーグ牙》を明滅し、墓地に落ちた《スラーグ牙》を拾い上げることで使い倒していく形です。
緑白系コントロールの項で「当初は純正緑白が多かったものの、緑白黒へと移行した理由は?」という論点を挙げましたが、この《スラーグ牙》への過剰な依存こそが緑白黒へと移行した理由にほかなりません。以前の純正の緑白コントロールでは、《スラーグ牙》を引かなければどのデッキにも勝てない形になってしまっており、ドロー呪文のない色であることもあってその不安定さが目立ちました。そこで黒を入れてリアニメイトエンジンを採用したことにより、《根囲い》と《忌まわしい回収》によってアクセスする機会が増えてデッキの根幹が強固になったのです。また、普通にプレイするにはやや重く感じることもあった《静穏の天使》を素早く展開することができるようになっています。
次に《スラーグ牙》を単純なパワーカードとして扱っている黒赤緑ビッグマナに目を移してみましょう。ベースには《スラーグ牙》を含む11枚のクリーチャーが挙げられており、10枚の除去がそれらをサポートするように投入されています。
4 《火柱》
3 《戦慄掘り》
3 《忌むべき者のかがり火》
アグロデッキの紹介で述べた要素にあったタフネス2を狙った《火柱》に、アグロデッキの構成の大部分がクリーチャーであることを突いた《忌むべき者のかがり火》と、ベースの選定は合理的に行われています。個人的には《戦慄掘り》がやや疑問ではあるものの、使い勝手の悪いカードでもないので大きな不満はありません。
■黒赤緑ビッグマナの空き枠8枚の選択~除去編~
黒赤緑ビッグマナの項では「コンセプトが決定した後の残り8枚の選択基準は何処にある?」を論点に挙げました。ここでいうコンセプトとは、アグロデッキを対策したコントロールの見本という立場です。そして31枚のマナ基盤と11枚のクリーチャー、それに加えた10枚の除去がベースの内容となり、残る8枚はどのような観点で選択されるのかは確かに難しく見えます。マナ基盤は十分であるとしても、他に何が必要であるかはいまいちハッキリとしないからです。
敢えて挙げるのであれば、《ロクソドンの強打者》や《荘厳な大天使》、《ファルケンラスの貴種》に《ロッテスのトロール》と、現状の構成では対処しにくいカード群に対抗するための選択でしょうか。先に述べた通り、これらをブロッカーで捌くことは難しく、なおかつ現在採用されている除去では対応できない範囲にいることは意識する必要があります。それを含めて候補を考えると以下の様なカードが考えられます。
・《突然の衰微》
→《ロッテスのトロール》、《ロクソドンの強打者》etc
・《灼熱の槍》
→《荘厳な大天使》etc
・《悲劇的な過ち》
→《ファルケンラスの貴種》etc
・《ミジウムの迫撃砲》
→《忌むべき者のかがり火》の代替品、《ロクソドンの強打者》etc
まず目立つのが《突然の衰微》の意外な有用性です。効果の範囲は狭いものの、2種類のガンに効果的に対応できる上、インスタントである点は見逃せません。これは白系アグロの《銀刃の聖騎士》や《怨恨》にも対応できるからです。ほぼソーサリータイミングでのアクションしかないデッキであるため、このカードタイプは余計に重宝してもいいでしょう。
次には《荘厳な大天使》の対処しにくさでしょうか。場に出た時点で機能する1枚であるため、ターンを渡って対処することは完全な後手を踏むことになるのですが、上で挙げた《灼熱の槍》以外に程よい選択肢は見当たらないのが辛いところです。この《荘厳な大天使》への対抗策は今後の課題になると思われます。
残る8枚の選択基準の次なる候補は、視点を変えることで見えてきました。それがコントロールとのマッチアップ用の枠です。
4-3 コントロールvsコントロールの視点
これは緑白系コントロールには無かった観点です。最近では《孔蹄のビヒモス》+《未練ある魂》といったオプションも採用され始めていますが、基本的には《ボーラスの信奉者》と《原初の狩人、ガラク》くらいでしょう。デッキのコンセプトに費やしているスロットが多いため、アグロデッキにコントロールにと、柔軟に対応するだけの余裕は残されていないのです》《忌まわしい回収》《堀葬の儀式》の計12枚分が引かれることで、実際の《空き枠/Free Cards》はたったの3枚です)。
その点で言うと、黒赤緑ビッグマナには2スロットあまりの余裕があるので、コントロール同士のマッチアップに気を回す余裕は有りそうです。当然ながら除去カードはあまり有効ではなく、お互いに《スラーグ牙》を有していることから地上戦で生まれるアドバンテージ差もあまり期待できません。そこで注目すべきはカードの枚数のアドバンテージを狙うことでしょう。
■黒赤緑ビッグマナの空き枠8枚の選択~アドバンテージ編~
この環境の特徴とも言い換えていい点として、ドローカードなど枚数のアドバンテージがつくカードが限定されていることがあります。あるにはあるのですが、それよりも優先すべき要素が多くて大抵後回しで採用される部分です。黒赤緑ビッグマナの項ではこのようなカードを選択肢に挙げました。
《ラクドスの復活》
《地下世界の人脈》
《原初の狩人、ガラク》
《ラクドスの復活》は強烈なハンデス、《地下世界の人脈》は遅くとも確実なドロー、《原初の狩人、ガラク》は《戦慄掘り》で落ちるものの確実にアドバンテージを稼ぐフィニッシャーです。この3枚にはそれぞれ特徴があるものの、僕が選択するのであれば、《ラクドスの復活》と《原初の狩人、ガラク》でしょうか。
《ラクドスの復活》は重いものの、最も枚数差を生むカードであり、同時にライフを詰めることができる点を評価しています。仮に対戦相手が《原初の狩人、ガラク》や《地下世界の人脈》を使用してきたとしてもどれにも有効なカウンターパンチとなるのが魅力です。
《原初の狩人、ガラク》はやや日和った選択に見えるかもしれませんが、最も現実的な1枚になります。なぜなら、このカードは対戦相手の《原初の狩人、ガラク》にも有効だからです。ドローのない除去コントロールへの対抗策といえばPWが一般的で、そして実際問題、白緑アグロ、緑白系コントロールはこぞって《原初の狩人、ガラク》を採用してそれなりの結果を重ねています。これらへの牽制及び対処手段になると共に、同型戦における戦果に期待できるとなれば採用しない理由も少ないはずです。
ということで、「コンセプトが決定した後の残り8枚の選択基準は何処にある?」という論点を現時点でまとめるとすれば、対応できないクリーチャーへの専用除去と、コントロール同型を見据えたカード、の2点となります。このバランスについて、あるいはコントロール同型をライフレースで制する》はそれに貢献する)といった観点の変化がこれからの環境を動かしていくでしょう。
4-4 コントロールの動向を見たアグロデッキの選択
それでは最後にアグロデッキの視点に立ち戻ります。なんにせよ均衡点にたどり着くためには互いに行動を起こす必要があるので、「アグロデッキの前提の提示→コントロールの構築→コントロールへのアグロデッキ側の対応」といった1サイクルの最後を紹介します。4-3時点ではコントロール側に優位があるので、アグロデッキ側のベース以外の調整点でどれだけコントロールの優位に迫れるかが焦点です。
■アグロデッキが「スラーグ牙」を克服するには
まずは白系アグロですが、コントロール側のキーカードが《スラーグ牙》であるため、それを乗り越える工夫が必要になってきます。ひとつは軸をずらす、もうひとつは正面突破です。
前者は主に青白アグロにおいて採用されています。《聖トラフトの霊》+《幽体の飛行》といったシンプルなコンボから、《戦慄の感覚》、《軍用隼》といった面々がよく見られます。
後者は緑白アグロで顕著です。《セレズニアの魔除け》で取り除くか、《狩られる者の逆襲》で乗り越えるかといった判断なのですが、強引な割には、意外と1~2枚の《スラーグ牙》くらいはものともせずに乗り越えてくれます。
白系アグロの項での「概ね構成が整っている中での残り6枚の選択基準とは?」という疑問は、すなわち《スラーグ牙》への対抗策と言い換えてもいいでしょう。《修復の天使》がやや怖いものの、《拘引》なんかも悪い選択肢ではないかもしれません。
ゾンビはまさに二色目の選択が影響してきます。赤だと《スラーグ牙》に相性の悪い火力しかなく、緑ならばクリーチャーに寄せている分だけ力押しすることが可能です。また、パーマネントの数で押す戦略はカードの選択にも幅を持たせられ、黒緑のゾンビでは《ひどい荒廃》で《スラーグ牙》を克服しています。まさに生かさず殺さずを実現する一枚で、1マナと軽いことも魅力的です。
このようにデッキのバランスだけを見ると黒赤のほうが好ましく見えるものの、対応された後の環境では前提が変わるため、黒緑にも十分な価値が生まれてきます。ゾンビの項での論点だった「火力の汎用性と比較される緑のメリットとは?」の答えはまさにこのことでしょう。
これまでやや置いてきぼりだった青白赤トラフトに目を向けると、メジャーなアーキタイプ五つで唯一カウンターを採用しているため、《スラーグ牙》への対処は比較的簡単なことが強みです。《中略》と《本質の散乱》は的確にコントロールのクリーチャーを撃ち落とせます。ただ、以前の「青白《秘密を掘り下げる者》」のような決定力はなく、他のデッキと比較して呪文が軽いことから消耗戦を苦手としているところが不満でしょう。
火力呪文と《聖トラフトの霊》は十分なプレッシャーですが、どこかでテンポを取り返された後にゲームをひっくり返すことはとても難しい構成になっているのです。その点を解決するために二つの案があり、それが現状の青白赤トラフトの構成を二分しています。
《ボーラスの占い師》を採用することでデッキ全体のバランスを取りつつ、《ルーン唱えの長槍》などで攻防一体のパーツとして利用する構成が一つ。ただ、この構成は前項で述べたように《ボーラスの占い師》のブロッカーとしての活躍にいまいち期待できないことから、消耗戦には強くなるものの、果たしてデッキ全体が強化されているのかどうかについては疑問符がつきます。
それに対して《雷口のヘルカイト》を採用する構成は、デッキ全体の統一感をあえて排除することで、《聖トラフトの霊》を軸にしたジャンクデッキを目指した形です。消耗戦を見かけどおりのカードパワーで解決していこうというもので、ちぐはぐな序盤戦を強いられることもありますが、繰り出していくカードの交換で不利になることは減っています。
以上の二つが選択肢にあるのですが、コントロール側の除去と重いカードによる制圧という戦略を見るに、後者のほうが現状は優れていると僕は考えています。より環境のスピードが早まって重いカードが悪とされるようになれば手数や安定性を重視できる《ボーラスの占い師》も悪くないのですが、現在のやりたいことをやった者勝ちの力勝負では、ある程度こちらも我慢して力比べに付き合う必要がありそうです。
5. 想定されるメタゲームの動きとまとめ
以上までがアーキタイプのベースラインと環境定義になります。
現状は主にアグロデッキと《スラーグ牙》の関係が焦点にあり、それを取り巻くようにコントロール同士の席争いが展開されていることがわかりました。
次なるステージには、
アグロデッキが《スラーグ牙》を克服する
アグロデッキが《スラーグ牙》を克服できず、コントロール同士の主権争いへ
のいずれかの動向をもって進行するでしょう。とりあえずはアグロデッキの工夫が実を結ぶかどうかが待たれますが、コントロール同士の勢力争いも同時に発生しているため、その相性差やそれに伴う構成の変化によっても状況は動いていくと思われます。
緑白黒コントロールの主軸である墓地エンジンへの対策、黒赤緑ビッグマナの同型を見据えた構成の変化あたりに注目してみると面白いかもしれません。
今回はまず出発点ということで前提や説明のボリュームが多く、本来の記事の目的である考察部分が薄まってしまいましたが、ここからの変化に着目する次回以降に期待していただければ幸いです。それでは激動の次回で会いましょう!!