Rush Met a Way behind vol.4

高橋 純也



 おおよそひと月前に「グランプリ名古屋2012」が開催され、国内GP最大の参加者を記録した大会として大盛況の末に閉幕しました。大人気アーティストのサイン会やリアルキューブなる特殊なドラフトイベントを筆頭に、同大会中には魅力的なトピックがいくつかありました。それでもスタンダードを触るプレイヤーとして、大会中にカバレッジを手伝った身としては、直前の海外GPを連覇していたラクドスミッドレンジの正否が最大の関心事でした。

 前回の記事でも採りあげたように当時のメタゲームの中心は確実にラクドスミッドレンジで、ちょうど環境にある各デッキがそれへの対策を意識し始めた頃合いだったこともあり、彼らが周囲の対策を受けても結果を残せるデッキであるかが気になったのです。その時点で既に十分すぎるほどの戦果があったため、ラクドスミッドレンジのもつポテンシャルは証明されていたのですが、逆にその証明されたポテンシャルこそが懸念点であり、僕はそれが強すぎるものではないかが心配でした。青白Delverや青白石鍛冶、続唱ジャンド、青黒フェアリーのような支配的な一群がちらつき、それらのデッキが悪いというわけではないものの、僕は「一強が前提」という環境はどこか歪でダメな気がしてならないのです。

 ただ、これは僕の感情的な話なだけで、ゲームとしてはどのデッキもフェアである必要はなく(製品としては別でしょうけれど)、常に少なからず強弱の偏りは存在するので所詮は多寡の話でしかないという見方もあります。また、シリアスなプレイヤーからすれば選ぶべきデッキが目に見えてわかっていることは何よりも心強い状況でしょう。

 それでも、楽しさという面ではなんにせよ土地を置いて呪文を唱えられるだけで面白いので問題ないのですが、デッキ構築という面では一強であるなにかに勝てないという絶対的なハードルがあることで簡単に否定されてしまうことは面白みが減っていると言わざるを得ません。

 これらは蛇足なので一旦脇に避けて記事の内容に戻ると、強すぎる疑惑のかかったラクドスミッドレンジがGP名古屋2012で残した成績からみて彼らが支配的であったかどうか、が今回のテーマです。まずはその是非の理由に迫った後に、影の勝利者に着目し、最後に昨今の構築フォーマットの戦い方について渡辺 雄也(神奈川)の発言を掘り下げて考えていこうと思います。



1. ラクドスミッドレンジの成功の是非



Drewg 「ラクドスミッドレンジ」 Magic Online

7 《沼》
1 《山》
4 《血の墓所》
4 《竜髑髏の山頂》
4 《ラクドスのギルド門》
4 《魂の洞窟》

-土地(24)-

4 《戦墓のグール》
4 《墓所這い》
4 《悪名の騎士》
4 《ゲラルフの伝書使》
4 《ファルケンラスの貴種》
3 《地獄乗り》
3 《雷口のヘルカイト》

-クリーチャー(26)-
4 《火柱》
4 《灼熱の槍》
2 《夜の犠牲》

-呪文(10)-
4 《吸血鬼の夜鷲》
2 《士気溢れる徴集兵》
2 《強迫》
2 《脳食願望》
2 《地下世界の人脈》
3 《忌むべき者のかがり火》

-サイドボード(15)-
hareruya



墓所這いファルケンラスの貴種雷口のヘルカイト


 これは一般的なラクドスミッドレンジのレシピです。他の赤黒のデッキと差別化するために、この記事の中での定義は「《ゲラルフの伝書使》《ファルケンラスの貴種》《雷口のヘルカイト》が投入されているデッキ」とします。

 改めてこのラクドスミッドレンジの強さについて着目すると、それは1マナから5マナまで最高水準のアタッカーを用意しているという点につきます。除去耐性や速攻能力に長けたクリーチャーばかりで構成されており、タフな攻撃陣が重なることで生半可なスタンスをとっていたデッキは全て打破されてしまったのです。このあたりのメタゲームの動向やデッキ構成の推移については前回の記事を参照してもらえると助かりますが、簡単にまとめるならば、様々な速度のデッキが混在している環境のなかで『どの速度においても主導権を握る』と宣言したことがラクドスミッドレンジのおおまかなコンセプトになります。

 最序盤から最終盤まで常に主導権をとる姿勢は、漠然とした速度の定義しかしていなかったデッキたちを圧倒しました。特にコントロールの立場をとっていた一群が受けた被害は甚大で、常にラクドスミッドレンジの攻撃を受け続ける立場になるため、序盤から終盤まで殴られ続けてそのまま負けてしまうといったゲームも少なくありませんでした。速攻能力は優秀なインスタント除去の少ない現環境においては非常にガンであり、ソーサリータイミングの行動を主軸にしていたコントロールは根本的に相性が悪かったと言わざるを得ません。


 そして各デッキが洗練され始めた頃合いに開催されたのが件の「グランプリ名古屋2012」だったのです。この時点でナヤはやや数を増やしており、墓地対策への意識が薄いことからリアニメートが有効な戦略だとも意識されていました。このことや大規模なトーナメントということもあって様々なデッキが入り乱れる乱戦になるかとおもいきや、2日目に進出したデッキの分布図はやや圧倒される内容でした。

2日目デッキ分布図→こちら

 これはX-2の成績で2日目に進出した217デッキをアーキタイプ別の数で表した図なのですが、ここではラクドスミッドレンジが49と約22.5%ものシェアを持っていました。この資料でのアーキタイプの分類はこの記事で扱う内容とは違う部分が若干あるかも知れませんが、おそらく多くのアーキタイプが存在する環境の中では大勢力と言っても問題ないでしょう。

 最終的な結果を見てもトップ16人中ラクドスミッドレンジは6人と、2回の海外GPに引き続き、またもやラクドスミッドレンジの隆盛でトーナメントは終了しました。この結末は言い逃れできないほどにラクドスミッドレンジが優れているデッキだと示しているのですが、大会終了後の僕の感想は、参加前に危惧していた一強環境への疑惑は晴れるとともにラクドスミッドレンジはすぐにでも攻略されるデッキとなる、というものでした。

 なにも当てずっぽうや強がりというわけではなく、大会を通じてラクドスミッドレンジに対して無理なく戦えているデッキが幾つか見られ、それらのアプローチが明確にラクドスミッドレンジというデッキの構造的な欠陥を突いていたからです。

 GP名古屋2012の順位の結果だけを見れば、ラクドスミッドレンジが強かった、で締めくくることもできるのですが、内容だけを追うとラクドスミッドレンジの問題点が浮き彫りになったトーナメントだといえるものだったのです。

 それを示すものが、赤単系(黒をスプラッシュしたものも含む)の成功にあります。GP名古屋2012ではトップ16人に4人の名前を連ね、カバレッジ班の中では大会中で最も成功したアーキタイプだと話題になりました。
 
 

babones 「赤単」 Magic Online

21 《山》
3 《ヘリオンのるつぼ》

-土地(24)-

4 《流城の貴族》
2 《石大工》
4 《ラクドスの哄笑者》
4 《流血の家の鎖歩き》
4 《灰の盲信者》
3 《紅蓮心の狼》
4 《地獄乗り》
2 《雷口のヘルカイト》

-クリーチャー(27)-
3 《火柱》
4 《灼熱の槍》
1 《硫黄の流弾》
1 《忌むべき者のかがり火》

-呪文(9)-
2 《大翼のドラゴン》
3 《不安定な装置》
1 《火柱》
3 《いかづち》
4 《ミジウムの迫撃砲》
2 《小悪魔の遊び》

-サイドボード(15)-
hareruya



流城の貴族灰の盲信者紅蓮心の狼>


 これは赤単色のレシピですが、同大会中に活躍したものは《ファルケンラスの貴種》などが添えられたものでした。ラクドスミッドレンジと同様に攻撃的なデッキではあるのですが、赤単にあってラクドスミッドレンジにはないゲームプランがあることがこのアーキタイプの成功に大きく作用しました。これはすなわち後手番における『相手の攻撃を受ける立場でのゲームプラン』なのですが、ラクドスミッドレンジではこれがすっぽりと抜け落ちているのでした。

 防御を無視して全てのリソースを攻撃に回し、攻撃こそが最大の防御だと、圧倒的なアグレッションで他の追随を許さなかったラクドスミッドレンジでしたが、その代償は小さいものではなかったのです。ひとつは《ゲラルフの伝書使》と《雷口のヘルカイト/Thundermaw Hellkite(M13)》を共存させるためのマナベースへの負担、ふたつは1マナ域から5マナ域まで投入されていることによる不安定、そして、防御的な行動が取れないという件の問題点が最後にあります。

 最高水準の1マナ域を抱えるデッキながら、想定される最序盤における最高のアクションが「1ターン目《ラクドスのギルド門》タップイン」ではないかと噂されるほどの不安定性は攻撃力を得るための妥当な代償だとも考えられます。ただ、《墓所這い》《ゲラルフの伝書使》といった純粋なアタッカー、供給されにくい2色目の除去呪文など、防御行動への無頓着さはリスクとリターンが釣り合う理由がないほど明確な弱点だったのです。

 不安定なデッキ構造によって引き起こされる様々な事故、防御できないというゲームプラン上の欠陥は、簡単に克服できるようなものではなく、それらの問題を抱えこんでも戦い続けられるほど強力なデッキではないように思われたのです。後述する渡辺 雄也の発言にも関係するのですが、ラクドスミッドレンジが常に攻撃側に回る環境であれば、これらの問題は大したことはないでしょう。ただ、GP名古屋2012を機に環境は移り変わり、ラクドスミッドレンジが問答無用で強さを主張できるのは《ゲラルフの伝書使》《ファルケンラスの貴種》を展開できる局面だけとなりました。

 各デッキの洗練とともにラクドスミッドレンジが得意とする速度が限られることで、ラクドスミッドレンジが背負ったリスクの面である不安定性と防御の弱さが明らかになり、もはや『どの速度においても主導権を握る』というメインコンセプトは瓦解し始めているのです。






2. 軸にある“柔軟性”と“安定志向”

 ラクドスミッドレンジの構造的な問題点を取り上げましたが、その後は環境にある他のアーキタイプたちはその問題点をつくように再構築されていきました。

 愚直に攻撃力で張り合ったり、彼らの攻撃を全て受け止めようとするのではなく、彼らの不都合な事故や脆い防御面を勝算に加え始めたのです。彼らとの力比べは、明確に有利がつくだけの差を生むことは難しい上にデッキの構造にかなりの無理を強います。そこで、彼らが勝手に自滅するゲームをこちらの勝率に換算し、こちらは常に一定のクオリティを発揮することを心がけ、ラクドスミッドレンジに一方的に不安定なゲームを演じてもらう方向へと移ったのです。

 これは明確な回答といえるものではないにせよ、都合が良ければすごく強いデッキは、常にそこそこ強いデッキと厳密に比較できるのものではありません。ラクドスミッドレンジが必死にリスクを背負うのならば、どうぞどうぞとまともに向き合わないことで彼らが望む力比べやチキンレースを避けることにして、彼らの土俵に登らないことだけに注力した結果だと言えます。うまく展開されたら「ラッキーだったね」と返して残った2ゲームを取り返すといったスタンスです。

 ただ、この自分が安定して一定のクオリティを発揮するということは、実はそこまで簡単なことではありません。単純にラクドスミッドレンジを無視すればいいというわけではなく、彼らよりも明らかに事故が起こりにくく、彼らよりも柔軟に戦える作りであることが求められるからです。圧倒的な攻撃力をラクドスミッドレンジが手にしたように、それに対抗するためには見合うだけの逸脱した安定性が必要になります。

 その安定性の鍵は、徹底した安定志向と柔軟性の追求にあります。マナトラブルを避ける工夫はもちろんのことですが、赤単系がサイドボード後から大量の除去呪文とともにコントロールへとシフトする工夫を施しているように、先手と後手などのゲーム展開の差異に応じてプランを変更するような根本的な柔軟性が求められるのです。


 それでは幾つかの実践例をとりあげてみます。

 GP名古屋2012から1週間後ほどに行われたMOCS(オンラインのチャンピオンシップという巨大なトーナメント)は、10時間以上の激闘の末、その決勝戦は赤単と緑黒ウーズで争われました。赤単はともかく、耳慣れないであろう緑黒ウーズとは、Brian Kiblerによって考案されたデッキです。
 
 

Spoofdozer 「緑黒ウーズ」 Magic Online

12 《森》
4 《草むした墓》
4 《森林の墓地》
3 《ゴルガリのギルド門》

-土地(23)-

4 《東屋のエルフ》
3 《ウルヴェンワルドの足跡追い》
4 《絡み根の霊》
4 《ロッテスのトロール》
3 《ウルフィーの報復者》
4 《捕食者のウーズ》
3 《屑肉の刻み獣》
2 《死橋の大巨虫》

-クリーチャー(27)-
2 《悲劇的な過ち》
2 《究極の価格》
4 《怨恨》
2 《原初の狩人、ガラク》

-呪文(10)-
2 《死儀礼のシャーマン》
3 《吸血鬼の夜鷲》
4 《強迫》
2 《脳食願望》
2 《血統の切断》
2 《空中捕食》

-サイドボード(15)-
hareruya



捕食者のウーズウルヴェンワルドの足跡追い怨恨


 これは原型からは変更された最近のレシピですが、その骨子はKiblerのアイデアをまっすぐに受け継いでいます。特徴的なカードは《捕食者のウーズ》でしょう。軽量除去への需要から赤の人気が上がったことでこのクリーチャーが注目されるようになりました。ひとたび展開してしまえば無敵のブロッカー兼アタッカーとなる攻防自在なクリーチャーは、とにかく安心感のあるカードであるとともに、《怨恨》《ウルヴェンワルドの足跡追い》などとのコンビネーションも含めてデッキの中核に位置します。

 その他にも《死橋の大巨虫》《ロッテスのトロール》《絡み根の霊》《ウルフィーの報復者》といったマイナーなカード群が並んでいますが、共通してとにかくタフガイだという一点で選択されています。容易に盤面の優位を渡すことがなく、流行のカラーリングに強い構成が魅力です。

 また、マナベースに注目して欲しいのですが、《捕食者のウーズ》が投入されていることもあって、土地の枚数だけ確保できればほぼすべての呪文が安定して唱えられるようになっています。全体的にマナ域は低く、マナベースも強固であり、ゲームプランも特定のカードに依存することなく成立する。まさに先ほど必要だと思われる要素を全て満たしたアーキタイプだと言えます。
 防御的な行動を2色目の除去呪文に頼ることなく、全てメインカラーのパーマネントでまかなっていることがラクドスミッドレンジとの大きな違いです。除去呪文も序盤に価値が偏っていないものを採用し、《ウルヴェンワルドの足跡追い》のようにパーマネントへの干渉手段を強引に主色で採用していることにも努力の跡が伺えます。


 この緑黒ウーズの他には、2012年末に行われた「関東ファイナルズ」で優勝した遠藤 亮太の中速の緑白が同様の工夫を施しています。GP名古屋2012でも同じアーキタイプで上位に食い込んでおり、関西の有力なプレイヤーの一人である岩崎 祐輔の手で製作されていることもありGP名古屋2012のカバレッジではインタビュー記事のひとつのなかで取り上げました。
 
 

saruyama 「ナヤ」 Magic Online

2 《平地》
1 《山》
2 《森》
4 《寺院の庭》
4 《陽花弁の木立ち》
4 《根縛りの岩山》
4 《魂の洞窟》
2 《ケッシグの狼の地》

-土地(23)-

4 《アヴァシンの巡礼者》
2 《国境地帯のレインジャー》
4 《ロクソドンの強打者》
4 《修復の天使》
4 《高原の狩りの達人》
4 《スラーグ牙》
3 《静穏の天使》

-クリーチャー(25)-
4 《遥か見》
3 《セレズニアの魔除け》
2 《原初の狩人、ガラク》
2 《忌むべき者のかがり火》
1 《ニンの杖》

-呪文(12)-
3 《ケンタウルスの癒し手》
1 《鷺群れのシガルダ》
1 《天啓の光》
2 《安らかなる眠り》
2 《忘却の輪》
2 《火柱》
1 《地の封印》
2 《獰猛さの勝利》
1 《ニンの杖》

-サイドボード(15)-
hareruya



遥か見高原の狩りの達人忌むべき者のかがり火


 上の緑白の説明においてナヤの不安定な面を指摘したのに、改めてナヤをピックアップするのにはやや違和感はあるのですが、メタゲームの動向にはデッキの増減や相性差などの要素とともに、構造や共有されている意識におけるトレンドも大いに関わっているという例示として紹介します。このナヤは一般的な構成に近いレシピですが、赤単をより強く意識して《ケンタウルスの癒し手》をメインボードから採用した形も珍しくありません。《ケッシグの狼の地》《高原の狩りの達人》《忌むべき者のかがり火》といった色を増やすことで得られる恩恵をどのように評価するのかは難しいところです。



3. リスクとリターンをバランスする価値とは?

 ここまでリスクを背負うことで得られるメリットと、それに伴うデメリットについて触れてきましたが、いまいち漠然としていてとらえどころがなく感じた方も多かったかと思われます。リスクに対してリターンは常に存在する、そして、そのリターンの価値だったりリスクの質が周囲の意識とどう関わってくるのか。理屈はなんとなくわかるものの、実践するには抽象的すぎる内容かもしれません。そこで、これが具体的な解釈だとは言わないのですが、渡辺 雄也から聞いた『構築フォーマットの勝ち方』を紹介し、その中での彼の言葉を引用してリスクとリターンについての簡単なまとめを行おうかと思います。


渡辺気づけばみんな極端なことしか考えていないよね

 昨年の構築フォーマットで好成績を収めた渡辺 雄也は、近年の構築シーズンを振り返ってこう切り出しました。

渡辺「現在のスタンダードやモダンのカードはどれも強力で、それらを使ったデッキの攻撃力はすごく高いしゲームスピードもすごく早い。ここでいう攻撃が高いとか防御が低いっていうのは相対的なもので、攻撃が高いってことは防御することが難しいってことと同じ意味。それを前提に“極端”ってことに戻るんだけど、最近では多くのプレイヤーが高い攻撃力を極端に意識している」

 この傾向は、最近のスタンダード環境においてもラクドスミッドレンジが登場する以前にも見られたものでした。青白フラッシュが流行した際に、中速度では勝利できないため、早いアグロデッキはさらなる速さを求め、遅いコントロールは極端に遅くシフトしました。前回の記事の中では青白フラッシュが環境を分断したと理由づけましたが、渡辺によると、そもそも両極端な速度や構成へとデッキを寄せるプレイヤーが多いとのことです。

渡辺「もちろんメタゲームにあるデッキとの相性みたいな変化もあるとは思うよ。でも、それ以上に生半可な防御が焼け石に水だって風潮が確かにある。ひとつひとつ考えていくと、まず、アグロ側は環境にある防御手段を突破するためにより強力な攻撃手段を考える」

 このスタンダード環境でいうと、環境初期にあった《スラーグ牙》をめぐるアグロ側の試行錯誤がそれに当たるでしょう。あまりに簡単で明らかな防御手段だった《スラーグ牙》はアグロデッキがとりあえず乗り越えるべき壁でした。

渡辺「その攻撃手段が成立するかどうかでまた分岐はあるだろうけど、最近のカードは強いから大体のケースで突破できて攻撃は成立してしまう。そこでコントロール側はより強固な防御を組み上げる。それこそ徹底的にね」

渡辺「そのあとはアグロとコントロールの間で適当な攻防のバランスが取られる。この状態こそがお互いにとって都合のいい結果なんだけど、最近の問題は、この後さらに変化していくことなんだよね。つまりアグロ側の構成がエスカレートしていくんだ。コントロール相手に防御的な行動は要らないし、攻撃に特化したアグロのミラーマッチにおいて中途半端な防御は目立った効果はないように思える。だから、より早く、より強く攻撃できるデッキへと構成が偏っていく」

渡辺「その結果は、先に主導権を握ったほうが有利になる、いわゆる“先手ゲー”の始まりだね。攻撃に偏るってことは、相手への干渉とか防御がおろそかになるってことだから、ノーガードの殴り合いをしたらどちらが有利かは明らかだよね」

 どうせ防御しきれないならばと攻撃に特化していった結果、本来の目的だったコントロール側の防御網を突破できるラインを踏み越えて、アグロデッキ同士の争いがエスカレートしていくのだと渡辺は語った。ただ、この傾向には大きな落とし穴があると続ける。

渡辺「こうした変化ってさ。先手番がより有利になるんだけど、それだけなんだよね。MTGって先手と後手の確率って同じじゃない。だから攻撃に偏っているぶんだけ後手番を不利に過ごす羽目になる。だから、先手が有利になった分だけ後手の勝率も下がると考えていい。そもそも『生半可な防御は焼け石に水』って前提が少しずれていて極端なんだよね」

渡辺「先手番をしっかりとキープすることはとても重要なことだけれど、それと同程度だけ後手番を戦えることも重要だと思っている。だから根本的に受け切れるほどしっかりとした防御でなくとも、後手のゲームを戦える工夫は必要悪として採用するべきじゃないかな。ラクドスミッドレンジは不安定さはともかく、後手番の頼りなさがとにかく気になって好きになれなかった」

 ダイスロールで先手と後手を決定する以上、先手をいくら希望しても後手番のゲームはやってきます。そして、攻撃面へとエスカレートしたデッキがもつ後手番のゲームプランは、それで勝利するにはやや頼りないことがあるようです。

渡辺「俺が最近の構築トーナメントに参加する前に気をつけていることは、これから調整するデッキ、使うデッキが後手番でも十分に戦えるデッキなのかってこと。常に先手番なら話は違うんだけど、長いトーナメントではそうそうそんなこともないからさ。他のプレイヤーが極端な選択をしやすいから、自分だけは極端な方向に進まないように気をつけているよ」

 この話はリスクとリターンの話にも通ずるものです。渡辺は先手と後手におけるゲームプランのバランスについて言及し、最近では環境に攻撃へと偏重したデッキが存在しやすい傾向から先手番をより有利に進めるための工夫はそれほど有効でないとしました。それよりもやや忘れがちである後手番の勝率に気を配る方が投じる労力に見合った成果を得られるといったところでしょう。

 ただ、この渡辺の話は『周囲がエスカレートした行動をしている』という条件においては、より安定したゲームプランを作れる方へとリソースを注ぐことを推奨している、という一点には注意する必要があります。彼は構築フォーマットのエキスパートで世界の頂点を争うプレイヤーですが、その行動(例:後手番に気を配る)を真似したからといって、いつでも彼のように勝てるわけではありません。彼がなぜそのような選択をしているのか、どのようにそれを分析しているのか、その過程や理由こそがもっとも重要な部分なのです。


 負うべきリスクと得られるリターンのバランスを確認しつつ、リソースを注ぎ込む場所を的確に押さえていく。それは速度かもしれないし、安定性についてや後手番の勝率かも知れません。今より多くのリターンを得られるアプローチはなにか。それは伴うリスクと見合っているのか。

 そのようなバランスを意識して、周囲に合わせて安定志向とリスク選好を行き交うことも構築フォーマットの面白さのひとつなのかもしれません。