はじめに
こんにちは、若月です。
マジックのストーリーには今も明かされない謎が多く残されています。次のエキスパンションで明かされそうな謎、将来も決して明かされないであろう謎。ああでもないこうでもない、と議論しながら解明の時を待つのも背景世界愛好系プレイヤー、ヴォーソスの(とても気長な)楽しみの一つです。
例えば、ミラディン包囲戦でカーンが久しぶりにストーリーに登場し、そして新たなるファイレクシアではプレインズウォーカーとしてカード化されましたが、「灯を失った筈のカーンが何故またPWに?」という物語面での謎が残されていました。
カーンの「プレインズウォーカーの灯」は時のらせんブロックで失われていたので、どうやって灯を再び手に入れるのか、それが議論の的でした。「実は2つあった」、「誰かから貰う」、「過去にタイムトラベルして云々」、様々な仮説が立てられていた覚えがあります。
結局その謎はエキスパンションから数週間後に発売された小説「Scars of Mirrodin: The Quest for Karn」で明かされ、新世代PW初の死者が出る(【第2回記事】参照)という、その内容はヴォーソスのみならず各方面に多大な衝撃を与えました。昔から大好きだったキャラクターの一人が死亡し、私は立ち直るのに数日を要しました(恥ずかしながら、割とマジで)。
もっと気長な例もあります。ミラディン世界を侵食したファイレクシアのぎらつく黒い油。これは物語では旧ミラディンの小説「Moons of Mirrodin」のプロローグにてその存在がほのめかされ、これが原因で《メムナーク》が狂ったらしいという事はわかっていたのですが、その黒い油が一体何だったのかが明かされたのは傷跡ブロックに入ってからでした。
その間なんと7年!まあ、これは気長すぎる例です。気長すぎるのと、旧ミラディンブロックの物語が結構綺麗な終わり方だったために傷跡まですっかり忘れ去られていたような気がします。私は忘れていました。
とまあ、今回フォーカスを当てるのはイニストラードブロックでそんな「謎」がわりと解明されたプレインズウォーカー、ソリン・マルコフです。彼はゼンディカー次元で何をしていたのか?何故エルドラージと関わることになったのか?何故イニストラードで再登場したのか?何故新バージョンの彼は白黒なのか?そもそも彼は「悪人」なのか?そんな謎に満ちたイケメン吸血鬼のお話です。
1. ゼンディカー
それでは、ソリンがマジックに登場したゼンディカーから順を追って。
恐らく遥か昔、ソリンはエルドラージと関わります。”久遠の闇”に生まれ、次から次へと次元を貪り食らう怪物。ソリンはもう二人のプレインズウォーカーと手を組み、これら忌まわしきものどもを打ち負かそうとしました。
一人は名も知れぬlithomancer(未訳、公式ハンドブックの仮訳は「石操術士」)、もう一人(一体)は無色魔法の使い手、精霊ドラゴンのウギン。ですがプレインズウォーカー三人の力をもってしても、エルドラージを滅ぼすことはできませんでした。三人は妥協を強いられ、エルドラージらを豊富なマナが満ちる魅力的な次元であるゼンディカーへと誘い、アクーム大陸の地下に幽閉しました。
牢獄の鍵は「プレインズウォーカーの灯三つ」とウギンの操る「無色の炎」。エルドラージを封じたことはゼンディカー次元とその住人達を脅かしますが、多元宇宙は救われました。そして再びエルドラージが目覚めることがあったなら全員が戻ることを誓い合い、彼らは解散しました。
数世紀が経過し、封印が弱まったことを感じ取ったエルドラージは一旦覚醒し、ゼンディカーを食らい始めました。とはいえ《ウギンの目》に残っていた魔力によって彼らは次元を離れることはできず、再び結集した三人によってより注意深く封じ込められました。
ですがこの覚醒の際にゼンディカーでは多くの生物や文明が滅亡しました。そしてゼンディカー次元そのものがこの蹂躙の記憶を有しており、彼らは荒々しく変化する大地や自然の罠に代表される、エルドラージに自ら対抗する免疫のようなものを構築したのでした。
またこの時にエルドラージがゼンディカーを蹂躙した事が伝説となり、エムラクールはエム(エメリア)、ウラモグはウーラ、コジレックはコーシという名でゼンディカーのマーフォークやコー達に神として信奉されるようになります。
そして再び長い年月が経過し、エルドラージはその牢獄からごく僅かに自由になることができ、内側からゼンディカー次元を食らい始めました。封印が弱まったのを感じ、ソリンは再びゼンディカーへと戻りましたが、もう二人の姿はありませんでした。
単独行動を強いられ、彼はゼンディカーに到着してすぐに出会ったエルフのプレインズウォーカー、《ニッサ・レヴェイン》と吸血鬼の《遺跡の賢者、アノワン》を仲間に加え、アクーム大陸の《ウギンの目》を目指して旅をするのでした。
一方、ウギンの目では異変が起きていました。《プレインズウォーカー、ニコル・ボーラス》の命令を受けて「目」を監視する《狂乱のサルカン》、「目」を財宝か何かであると信じる《燃え立つチャンドラ》、彼女を追う《精神を刻む者、ジェイス》。三人の戦いの中、チャンドラが目に見えぬ炎を放ちました。
プレインズウォーカーの灯が三つ、そして透明な炎。エルドラージを閉じ込めていた扉の鍵が開いてしまった瞬間でした。とはいえ、この時点ではまだあくまで「鍵が開いた」というだけでした。
ソリンの物語に戻りまして。理由は不明ですが、旅の間ずっとソリンはプレインズウォーカーであることを隠していました。やがて過酷な旅の果てに一行はウギンの目へと到着するのですが、そこでニッサが思いがけない行動に出ます。彼女は面晶体を破壊し、エルドラージを封じていた魔法を解き放ったのでした。
エルドラージ達が自由になればゼンディカーから去って行くだろうとニッサは考えていたのですが、それは間違いでした。解放されたエルドラージ達はゼンディカーを蹂躙し始めました。
そしてソリンは諦めたように一旦ゼンディカーから手を引き、何処かへと去って行ったのでした。
「自分自身の行いがもたらすものを見ておけ」
ニッサへとそう言い残して。
2. ソリンのパーソナリティ
さて、闇の隆盛現在登場しているプレインズウォーカー15人の中でも、個人的に一番「何を考えているのかよくわからない」のがソリンだと思います。ゼンディカーブロック、イニストラードブロック両方の物語に登場する彼にはそれなりに豊富な情報があるのですが、それでもよくわからない所が多い人物です。
ソリンは齢数千歳以上の大変な長寿です。知られている限り、ニコル・ボーラスの次に歳を経たプレインズウォーカーです。前回記事にも少々書きました通り、大修復による灯の変質からプレインズウォーカー達も自然の法則に従い、老いるようになりました。
ですがソリンはプレインズウォーカーであると同時に「吸血鬼」でもあることから(カードタイプとしてではなく、設定としての話です)不老性を保持し続けることができたものと思われます。ボーラスとは異なり、力や支配に興味はないようで、その時その時の気まぐれや興味、楽しみの為に生きることを満喫しているようです。
同じ「元・旧世代」であってもボーラスやリリアナのように老いや過去の所業への不安が無いためか、ソリンは実にのびのびと生きているように思えます。
公式ウェブサイトのプレインズウォーカー紹介ページによれば彼は「目新しさと新たな気晴らしを求める、いわば一種の享楽家」であり、「広範囲の次元同士を交戦し、侵略させようとする秘儀的な計画」を企てているようです。……とはいえ、実のところゼンディカー・イニストラードの両ストーリーからそのような様子はほとんど伺えません。むしろ「ワルぶって格好つけている実はいい人」なのでは?という思いが拭えないほどです。
そもそも何故ソリンがエルドラージと関わり、それを対処することになったのかがわかっていません。好意的に考えれば、故郷のことが心をよぎったのかもしれません。それこそ《審判の日》のフレイバーテキストにあるように、エルドラージに次元が食われてしまうのを見たものの「何の喜びもなかった」からなのかもしれません。
追加しまして、小説「Zendikar: In the Teeth of Akoum」からは、ニッサのゲテモ……ワイルドな野外料理にドン引きしたり、どうも高い所が苦手らしい等、「人間らしい」とも表現できるような微笑ましい面を持ち合わせていることが明らかにされています。吸血鬼には飛行持ちと飛行無しとがいますが、ソリンは飛べないのか、それとも飛びたくないだけなのでしょうか。
そしてイニストラード第二エキスパンション、闇の隆盛にて、今まで謎であったソリンについての多くが明かされました。出身次元、家庭の事情、プレインズウォーカーとして覚醒した経緯、そして今までよりも深い人物像も。
3. イニストラード
ソリンはニッサの根気強い追跡を振り切ると、故郷の次元イニストラードへと帰還しました。恐らくは数十年、もしかしたら数百年ぶりに。そして故郷を去る時に残してきた創造物である守護天使アヴァシンが姿を消し、吸血鬼や狼男、ゾンビ、幽霊といった怪物達によって人類が危機に瀕していることを知ります。
ソリンはイニストラード、後にステンシアとなる地に生まれた人間でした。その地が飢饉に見舞われた時、彼の祖父であり錬金術師のエドガー・マルコフがデーモンの助言を受け、暗黒の実験を行いました。それは飢饉を生き延びるためでしたが、飢饉そのものが実験を行う言い訳であった事も恐らく否定はできないでしょう。
エドガーは吸血鬼となり、不死の身体と、血を食料として生きてゆく能力を得ました。そして孫のソリンにも同様の儀式を施したのですが、吸血鬼への変質する際の精神的外傷が、ソリンの「プレインズウォーカーの灯」を点火させたのでした。
そしてエドガーを祖としてイニストラードの地に吸血鬼が数を増やして行くのを見ながら、ソリンは次第に故郷と距離を置くようになります。ですが吸血鬼達が勢力を増し、力をつけるにつれ、ソリンは人類が追い詰められるのを見過ごせなくなりました。彼はイニストラードの人類を生き残らせるために、彼らの守護天使を創造しました。そしてそれをアヴァシンと命名し、吸血鬼や狼男と戦い、人類を守るという役割を与えました。
アヴァシン教会、アヴァシンへの信仰はソリンの行動から生まれたのでした。それは吸血鬼の同胞達が人類を滅ぼして自滅してしまうのを防ぐためでもあり、彼の祖父が人類へともたらした惨害への罪悪感の現れでもありました。吸血鬼の一部は彼の行動を理解していますが、ソリンは多くの同胞から裏切り者と呼ばれています。
ところでソリンが何故人類の守護者として「天使」という形を選んだのか、そして創造することができたのか。公式記事「闇の隆盛の世界」には、「多元宇宙を旅し、故郷の次元が抱える難題の解決方法を探し」たと書かれています。もしかしたら、天使が守護する何処かの次元を訪れて学んだのかもしれません。
いくつかのカードイラストでアヴァシンの姿を見ることができます。同じ人造天使でも《怒りの天使アクローマ》とは違い、外見モデルがいるのかどうかは今のところわかっていません(アクローマのモデルは彼女の創造者の死んだ恋人です)。
公式記事「銀の牢獄」には、アヴァシンはデーモンのグリセルブランドとの決闘の末、共に《獄庫》へ落ちてしまったとあります。そして今、故郷へと帰還したソリンはイニストラードの夜の勢力と戦うために力を振るおうとしています。彼はアヴァシンの居場所を突き止め、彼女と再会することができるのでしょうか。
その答えはきっとイニストラードブロック最終エキスパンション「アヴァシンの帰還」にて!
……あれ?いやほら、本当に注目すべきは「どうやって『帰還』するのか」ですから!
4. ソリンのカード
ところで吸血鬼にも様々な姿があります。そもそもマジックにおける「吸血鬼」の定義は何でしょうか。MtGWikiには至ってシンプルに「人や動物の血を吸い不死を保つ怪物」とあります。マジックでの吸血鬼の姿は実に多様で、舞台となる次元によって大きく異なります。
例えばゼンディカーの吸血鬼は、エルドラージに下僕とされた者の末裔であり、その特徴を今も有しています。ラヴニカには人型をしてすらいない吸血鬼がいます。ミラディンの吸血鬼は牙ではなく、長く伸びたスポイト状の指先から血を吸います。
次元によって吸血鬼の姿は様々。公式記事「The Eldrazi Arisen」(未訳)によりますと、ゼンディカーの吸血鬼の肩には「下僕の種族をエルドラージが掴みやすいように」フック状の刺が生えているそうです……確かに!
そんな風に結構「モンスター」的な吸血鬼が多い中、ソリンを含むイニストラードの吸血鬼は元が人間であるためか、古典ホラー「ドラキュラ」等の流れをくんだ、高貴なる支配階級的存在です。
吸血鬼が血を吸うのは食事のためでもあり、下僕や仲間を増やすためでもあります。二枚のソリン、特にその最終奥義を比較しますと彼の「吸血鬼」としての能力がよくわかります。
プレインズウォーカー – ソリン(Sorin)
[+2]:クリーチャー1体かプレイヤー1人を対象とする。ソリン・マルコフはそれに2点のダメージを与え、あなたは2点のライフを得る。
[-3]:対戦相手1人を対象とする。そのプレイヤーのライフの総量は10点になる。
[-7]:プレイヤー1人を対象とする。あなたはそのプレイヤーの次のターンの間、そのプレイヤーをコントロールする。
公式記事「プレインズウォーカーのためのイニストラード案内 ステンシアと吸血鬼」によりますと、マルコフ家の吸血鬼は精神魔法の才能に恵まれているとの事です。他者の意識を支配して隷属させる。旧ソリンの大マイナスはまさにその通り、いわゆる《精神隷属器》。【第5回】、【第6回】でも書きましたが、プレイヤーもプレインズウォーカーです。プレイヤーというプレインズウォーカーを支配する旧ソリン、カードというプレインズウォーカーを支配する新ソリン。根底にあるフレイバーは同じです。
プレインズウォーカー – ソリン(Sorin)
[+1]:絆魂を持つ黒の1/1の吸血鬼・クリーチャー・トークンを一体戦場に出す。
[-2]:あなたは「あなたがコントロールするクリーチャーは+1/+0の修整を受ける。」を持つ紋章を得る。
[-6]:クリーチャーや他のプレインズウォーカーを最大3つまで対象とし、それらを破壊する。これによりいずれかの墓地に置かれた各カードを、あなたのコントロール下で戦場に戻す。
さて新ソリンのカードで最も気になるのがその白黒二色のマナコストだと思います。能力だけを見ますと黒単色のものと言ってもさほど違和感はないでしょう。【第2回】と【第6回】でも少々述べましたが、プレインズウォーカーの色はメンタル、能力、状況、様々なものに引っ張られ、各人の個性を反映します。
公式記事「ソリンの帰郷」によりますと、新ソリンが白黒なのは「葛藤する義務感を表現している」ためだそうです。
人間と吸血鬼、両方の側に立つソリンの危うい位置を反映するとともに、この白マナには故郷の次元、特に人類に対する義務感、責任感といったものが込められています。黒に列する人物がそういった感情を抱くのは、珍しいかもしれませんが無いというわけでもありません。とはいえそれが全くの対抗色である白という色となって現れるというのは余程のことでしょう。
公式記事「来いよイニストラード その2」でマローは「白は他の4色の「邪悪」に立ち向かう「正義」の色なので(このブロックの話であって、全般的に通用する話ではない)」と言及しています。イニストラードの白は正義の色。そして闇の隆盛で明かされたソリンの背景設定から「邪悪さ」のようなものはどうも見えてきません。ソリンの設定の黒成分は「吸血鬼」というだけでは?と思ってしまうくらいです。
一方、公式記事「基本セット2012の内部情報 その1」の「今週のお便り」コーナーにて、クリーチャーのコントロール奪取のフレイバーについて色毎に説明がされています。黒は「犠牲者を再活性させる」ことと「精神制御ではなく完全に暴力の脅し」によってクリーチャーを支配します。逆に白は「ほとんどの時において(略)クリーチャーを奪う領域へと冒険することを許しはしない」とあります。
新ソリンのコントロール奪取能力は明らかに「破壊→リアニメイト」という黒のやり方です。とはいえ、白もクリーチャー破壊は(限定的ですが)可能ですし、僅かにリアニメイト呪文も存在します(《生命の息吹》《再誕の宣言》)。「アヴァシンの帰還」でソリンのパーソナリティがもっと深く明かされたなら、今は「黒的」と解釈できる彼の能力の見方もまた変わってくるかもしれません。
さて、イニストラードブロック最終エキスパンションのタイトルは「アヴァシンの帰還」。つまり次回、獄庫に閉じ込められているアヴァシンは何らかの方法で解放されるのでしょう。
カード能力と繋げてすぐに思いつく解決法は「テゼレットに獄庫を貸したら5/5になって帰ってきた」、《ボーラスの工作員、テゼレット》に獄庫をクリーチャー化してもらえば新ソリンの奥義で破壊できるのですが、テゼレットは目下のところ新ファイレクシアで諜報活動と権力争いに忙しいのでそれどころではないでしょう。
ストーリー的に考えると、契約相手のデーモンであるグリセルブランドを追うリリアナが怪しい所ですが、「獄庫は誰の手によって、いかにして破壊されるのか」、それも楽しみな謎です。
5. おわりに
旧ソリンは開発側からとても可哀想な事を言われていました。《精神を刻む者、ジェイス》と《石鍛冶の神秘家》が禁止となった際の記事、「スタンダードの禁止に関する声明」によりますと、
(記事より抜粋)
「ワールドウェイクがデベロップの卓上にあったとき、ゼンディカーのプレインズウォーカーは3種類ともあまりにも弱かったと気づいていました」
原文:(By the time Worldwake was in development, we had an inkling that the three planeswalkers in Zendikar were ultimately too weak as a whole,)
「ならば何故M12に入れた!?」という非難の声も少なからず上がっていました。それにしても「ultimately too weak」とはあまりにもひどい言いようじゃないですか。更にM12プレビューの公式記事「刺激的で魅力的な《炬火のチャンドラ》10の秘密」によれば「《ソリン・マルコフ》ははっきり言うとすごいカードです。私の娘ベラ・フローレスのお気に入りのプレインズウォーカーだということと(以下略)」。いや開発者からのカードの褒め言葉じゃないでしょうそれは。
カードの強さと物語における強さ、格好良さが必ずしも一致しないのは珍しいことではありません。ですが新ソリンはまぎれもなくカード、物語、そしてイラストまで全てにおいて強さと格好良さを備えています。
さあ、今までの不遇に復讐できますかね、ソリンさん。
(終)