ジェイスは片足を引きずるドローマッドを見つけた狼のように、生気を取り戻した。
「それはもう! 聞いたことがあります、その世界の色々な面白い事! いつか行ってみたいって思っていたんです、ずっと!」(小説「Agents of Artifice」ペーパーバック版P.141より)
ジェイスは神河、将軍が治める国の話をテゼレットから聞いていた。それに魅了され、彼はその世界の何層もの屋根をもつ寺院や華麗な宮殿を見てみたいと、そして街を歩いて人々の音楽のような言葉の抑揚の中に身を浸してみたいと、長いこと願っていた。(同、P.143より)
こんにちは、皆さんマジック楽しんでいますか? 若月です。
冒頭の翻訳はジェイスがテゼレットの下で工作員として働いていた頃、任務で神河に行くように言われた時の反応です。この時彼は気の合わない同僚と組まされてテンションが下がっていたのですが、神河という名前を聞いたとたんにこの通り。ありとあらゆる世界を渡り歩くプレインズウォーカーにとっても神河はとても不思議な、魅惑の異国として映るようです。マジックに登場してきた世界の中でも、神河が際立って個性的なのと同じように。
侍、忍者、修験者。そこに生きる人々も神河次元独特の存在です。
そんな神秘の次元から突然、プレインズウォーカーがやって来ましたよ!
1. タミヨウの能力
さて近世ヨーロッパ的ゴシックホラーで統一されたイニストラード世界に突然飛び込んできた、「和」テイストのプレインズウォーカー。まずはその能力を探ってみましょう。
月の賢者タミヨウ 3UU
[+1]:パーマネント1つを対象とし、それをタップする。それは、そのコントローラーの次のアンタップ・ステップにアンタップしない。
[-2]:プレイヤー1人を対象とする。そのプレイヤーがコントロールするタップ状態のクリーチャー1体につき、1枚のカードを引く。
[-8]:あなたは「あなたの手札の上限はなくなる。」および「カードが1枚いずれかの領域からあなたの墓地に置かれるたび、あなたはそれをあなたの手札に戻してもよい。」を持つ紋章を得る。
初期忠誠度4
タミヨウは青を含む初の女性プレインズウォーカーです。Duels of the Planeswalkers2012にマーフォークの青緑プレインズウォーカー、キオーラ・アトゥアが先行登場していましたが、別の青プレインズウォーカーが彼女よりも先に出るとは驚きでした。
タミヨウの種族、神河ブロックに存在した空民/moonfolkはそのほとんどが「土地を手札に戻す」ことをコストに様々な能力を発揮していました。フレイバー的には手札のイメージは「まさに今目の前にあって使用することのできる、確定した知識」。空民は土地という既に場に出ているもの、既にそこに存在するものを手札という「確定した知識」にします。
見ての通りにクリーチャーとしての線は細めですが、空民は様々な能力を持っていました。
そしてタミヨウはそのカードイラストが示すように、その知識、見聞を物理的に巻物へと記録します。タミヨウにとって知識とは記録して残すもの、固定するもの。タミヨウの背景設定が語られている公式記事「アヴァシンの帰還の世界」によると、彼女は「実地研究を専門とする学者」、つまり書物からだけではなく、実際に自分の目で見て知識を得る研究者です。ならば彼女の小プラス能力、タップすることは「調査する」こと、タップしたカードの数を参照してカードを引くのは、「調査して知識を得る」ことなのでしょう。
またタミヨウの奥義は、手札という「手に入れた知識」を際限なく活用することができるというもの。「手札の上限がなくなる」という効果を持つカードはいくつか存在しますが、呪文書であったり書庫であったり、「非常に多くの知識を得ることを助ける」というフレイバーがわかりやすく表現されています。
一方、同じ青単色のプレインズウォーカー、精神を操るエキスパートであるジェイスはといいますと。彼は戦場も手札もライブラリも、バウンスし、ブレストし、はたまた削ったりと、(墓地以外の)あらゆる領域の知識を手際良く操ります。彼にとって、知識は常に流動するものなのでしょう。二人の違いをドロースペルで例えるのなら、「自身の精神を探り、よりよい知識を手に入れる」ジェイスは《渦まく知識》、一方「場の状況を参照して知識を得る(カードを引く)」タミヨウは《流れ込む知識》や《生術の熟達》などが近いかと思われます。
《生術の熟達》はラヴニカ、シミックギルドに属するカードですが、そのフレイバーテキストからは「実際に目の前にあるもの(この場合は生物)を調査し、そこから知識を得る」というカードであることがわかります。
というように、タミヨウとジェイスでは「知識」へのアプローチが全く違います。【第6回記事】に「プレインズウォーカーはこれだけの数がいるのにキャラかぶりがない」と書きましたが、同じ「知識を探究する青のプレインズウォーカー」でもこれほど違うとは改めて驚きです。
あー、ところでお気づきの方も多いと思いますが、タミヨウの能力と《ギデオン・ジュラ》はとても相性がいいですねえ、それこそこの連載で何度も言及してきた《ジェイス・ベレレン》&《リリアナ・ヴェス》のように。マジックの長い歴史において、成立したカップルはそのほとんどが同色か友好色の組み合わせだという事実が……まあそれは置いておこうか。
タップ絡みの能力が実にいい感じにかみ合う二人。
自身の「正義」のあり方を探究するギデオンは神河の侍に出会ったら
その武士道精神に興味を持ちそうです……まあそれは置いておこうか。
2. 月と空民
では明らかに違和感を醸し出しているタミヨウが何故イニストラードブロックに登場したのでしょうか?
そもそも、外見的違和感こそあれプレインズウォーカー達は次元を巡る旅人であり、誰がどこにいても何らおかしくはありません。例えばローウィンで初めて登場した5人のプレインズウォーカーは一人もローウィン出身ではないどころか、ローウィンを訪れたことがある(とわかっている)のはジェイスだけです。
上でも述べました、タミヨウについて書かれた公式記事を読みますと、彼女はイニストラードで大きくフィーチャーされている「銀の月」に惹かれたとあります。タミヨウの種族、空民のクリーチャータイプは「moonfolk/ムーンフォーク」、つまり月の民という意味です。神河ブロックはそのモチーフである日本の事をかなりしっかりと調べて作られており、空民は日本の「月にウサギが住む」という伝承やかぐや姫伝説を元にしてデザインされたのだそうです。そのことは公式ウェブサイト、Ask Wizards 2004年12月1日分にて説明されています。
(抜粋・訳)
Q:私はほんの今、空民の「耳」に気が付きました。兎の耳のように見えます。もしかしたら、神河の空民は実際、日本と中国の伝承にある、月に住む兎なのでしょうか?
–バンコク、マイクより
A:マジック・クリエイティブ・ディレクター、ブレイディ・ドマーマスより
よく気がついたね、マイク。マイクが言っている事がよくわからない皆のために説明すると、西洋人は月に人の顔を見るけれど、日本人は兎の姿を見る。月兎だ。空民は日本人アーティスト、一徳(Ittoku)の発想によるもので、彼は兎に似た微妙な要素を取り入れてくれた(白い髪、長い耳、などなど)。空民のアイデアは有名な日本の民話、かぐや姫伝説から来ている。
空民は男女間の外見的違いがあまりない種族なので、見た目ですぐに男性か女性かが判別できません。名前が「-ク(ku)」で終わるのが男性、「-ヨウ(yo)」で終わるのが女性です。
《雲の宮殿、朧宮》壁紙引用
実際には空民は月ではなく、雲上の都市に住んでいます。
この美しい《朧宮》は彼らの宮殿です。
マジックの舞台となっている次元の姿は様々で、月の姿や扱いも全く異なります。公式ウェブサイトに掲載されている「多元宇宙」の説明によりますと、
(抜粋)ほとんどの次元は、太陽と月がめぐり、大気に覆われた球体です。ほとんど惑星と似ています。 しかし、すべての次元に共通する物理法則というものは存在しません。 物質が無限に広がる次元、ごく小さな虚無の空間、あるいは通常の現実の論理を無視する逆転の世界も存在しえます。 宇宙空間全てを含む次元もありますし、何も無い次元すらあります。
物語中で「月」が重要な役割を果たしていた次元としては、まずドミナリアとミラディンが挙げられます。
ドミナリアの月は二つありました。霧月(Mist Moon)と虚月(Null Moon)です。霧月は本来の月、いわゆる惑星を周回する月ですが、虚月はその昔古代スラン帝国が作り上げ、帝国のアーティファクトを統制していた人工衛星的なものでした。ですがインベイジョンブロック、ファイレクシアのドミナリア侵攻において《レガシーの兵器》が作動した際に虚月は破壊されてしまいました。
《大沼沢地》のイラストにはドミナリアの二つの月がはっきりと描かれています。
アポカリプス版《レガシーの兵器》のイラストには
虚月が蓄えていた白マナを受ける《飛翔艦ウェザーライト》の姿が。
ミラディンの月は太陽でもあります。ミラディンは球形をしており、その周囲を純粋なマナの塊である5つの太陽がめぐっています。エルフ達はそれを「月」と、他の種族は「太陽」と呼んでいました。ミラディン次元を侵略した新ファイレクシアはこの強烈な5色のマナにさらされて進化し、新たな特性を得ると同時にかつての統一性を失いました。
5色の太陽(月)のうち、緑はダークスティールの物語クライマックスで初めて昇りました。
ミラディン版《彩色の宝球》のフレイバーテキストからそのことが判ります。
また、ラヴニカやメルカディアにも月はありますが、特に重要なファクターではなかったように記憶しています。ラースには……ああ、別の意味で有名な《蒼ざめた月》が。
「月が綺麗ですね」
そのように様々な次元に様々な月が存在する中、イニストラードの月は狼男の衝動を左右し、月の銀でできた武器はイニストラード世界の怪物達へと絶大な効果を発揮するなど、住人達に大きな影響を与え、深く関わっています。「月の民」である空民の研究者がイニストラードへとやって来たら、そんな月に興味を持つのはとても自然なことのように思えます。そう考えますと、今回空民プレインズウォーカーが登場したというのは驚きこそすれ実に納得のいくことかもしれません。少なくとも私は「うまいこと考えたなあ」という感想を抱きました。
3. スピリットに満ちた世界
月の他にももう一つ、タミヨウがイニストラード世界で興味を持っていそうなものが存在します。それはスピリット。イニストラードでは死者が永遠の眠り(現地では「祝福されし眠り」と表現します)につくことはなかなか難しいようで、善良な守護霊から悪意に苛まれた怨霊まで、様々な幽霊がさまよっています。
トラフトは偉大な聖者であり、死後も悪魔と戦い続けています。
一方、怪物じみたスピリットの《モークラットのバンシー》は
適切な埋葬をされずに廃棄された死者の霊です。
タミヨウの故郷である神河にも、多くのスピリットが存在します。
神河次元は物質と生命の世界である「現し世(うつしよ)」と精霊や精神の世界である「隠り世(かくりよ)」の二つから成り立っています。小説「Future Sight」によれば外からは「涙形が二つ合わさって球体を成している」ように見えるそうです。公式ウェブサイトの「既知の次元」のページでは神河ブロックの物語背景を読むことができます。神河ブロックはそこに書かれているように、物事や感情、自然現象などあらゆる事象を司る精霊/スピリットである「神」と人間との戦い、「神の乱」がテーマとなっています。
夜陰明神は夜や影を司る神。
また雪女やずべら(のっぺらぼうの別名)といったいわゆる「妖怪」も
スピリットとして登場しています。
何故そうなったのか。実は空民が原因の一端を担っていました。
神河の他の全ての種族からは、空民は高い知性を持つ存在として尊敬され、同時に怖れられていました。半神的存在であるとして彼らを敬う者さえいました。そのような中で空民は《三日月の神》と結託し、神河次元における支配種族になろうと画策します。彼らはそのために、人間の国の将軍である《永岩城の君主、今田》を力への誘惑でそそのかしました。現し世と隠り世とを隔てている「世界の帳」を司る神である大口縄(おおかがち)の「要素」を今田大名に奪わせ、そのお陰で今田はそのカードが示すような年齢不相応の力(70歳です!)を手に入れます。全ての神の頂点でもある大口縄は怒り狂い、隠り世に住むあらゆる精霊達が姿を現し、人々を襲うようになりました。
今田は「破壊されない」能力を持っています。彼が盗み出したものが、大口縄の子供とも言える存在《奪われし御物》。それを手に入れて今田が「破壊されない」となったのは実に納得。大口縄自身はカード化されていませんが、《最後の裁き》のイラストに登場しています。
今田大名の娘である《真実を求める者、今田魅知子》は父の態度を不審に思い、教育係や学友、また落武者《梅澤俊郎》の力を借りて真実を探し求め始めます。そして訪れた《水辺の学舎、水面院》で、自分が生まれたまさにその同じ時に父が秘密の儀式を行い、大口縄の「要素」を手に入れたことを知ります。その結果、魅知子と、今田が手にした《奪われし御物》、時を同じくして現し世へともたらされた二人は姉妹にも等しい繋がりを持っていることが明らかになりました。
最終的には魅知子と、生物の姿をとった《奪われし御物》(の中の人)が大口縄を、そして今田大名を討ち倒し、神の乱は終わりました。二人は「肉体と精神の姉妹(Sisters of Flesh and Spirit)」として大口縄の後を継ぎ、現し世と隠り世の境界を司り護る存在となりました。
そんな中、空民は神の乱そのものではなく、空民の手下である若者が強大な力を持つオーガ(神河では「大峨」)、《無情の碑出告》の弟子の一人を殺してしまったことからとばっちりを受けてしまいます。彼らが住まう雲上の都市、その宮殿である朧宮は弟子の仇を討とうとした碑出告と彼が召喚した鬼に襲撃され、かなりの被害をこうむりました。
碑出告は配下の山伏軍団とともに《潮の星、京河》も倒していました。
神河ブロックの物語背景は、具体的な数字こそ明かされていませんが「遥か昔」の物語であり、恐らくは新世代プレインズウォーカー達が活躍する現在よりも数千年前ではないかと言われています。多くは推測でしかありませんが、空民は滅びはせず、その種族としての性質もあまり変わることはないまま、神の乱の終わった神河で生き続けたのでしょう。タミヨウの記事から察するに、朧宮も再建されたようです。
また冒頭にも紹介しました小説「Agents of Artifice」には、アラーラブロック頃の神河世界の様子が少しだけ描かれています。今はもう神と人々が敵対してはいないようですが、土地には神が住んでいて他所者がその地のマナを使うことは難しく、そして神の機嫌を損ねることは良くないとされています。
と、神河もイニストラードもスピリットが密接に関わる世界です。システム的にも、イニストラードブロックの両面カードは神河ブロックにあった反転カードの反省を踏まえて作られたのでした。そしてタミヨウが滞在しているネファリア州は幽霊が多く出没する地です。地元神河のスピリットは万物に宿る精霊、一方イニストラードのスピリットは主に死者の霊。月だけでなく、その違いと共通点もタミヨウにとっては興味深い事項かもしれません。
神河とイニストラード。一見して何もかもが違う二つの世界ですが、タミヨウを鍵として探っていくと幾つもの共通点があって驚かされます。これもまた、背景世界の楽しみの一つです。
……とはいえ、やはりビジュアル的違和感はいかんとも。まあ、それでこそプレインズウォーカーかもしれません。ローウィンで登場したプレインズウォーカー5人について書かれた公式記事「Planeswalkers Unmasked」(未訳)にはこんな記述があります。
(記事より抜粋・私訳)
ああ、彼らはローウィンにそぐわない。そこがきっとポイントだ。彼らはプレインズウォーカー、どんな世界においても異邦人なのだ……生まれ故郷にいてさえも。
だから君が次にローウィンのブースターパックの中身を広げて、突然レアの場所にプレインズウォーカーの違和感を抱いたなら、少しの間そこにある背景設定を認識して欲しい。それはローウィンのボガートが、他の世界から来たようなリリアナにじっと見つめ返された時とほぼ同じ感情だろうから。
イニストラード世界のイメージは1790~1800年頃の西ヨーロッパ。そして冷涼な気候の次元なので、カードイラストに見られる人々は多くが分厚く着込んでいます。タミヨウの白い髪や彫りの浅い顔立ちといった空民としての特徴ももちろんですが、ゆったりとした着物のような衣装や草履もまた独特なものとして映ります。イニストラード現地の人は彼女をどう思っているのでしょうか?
4. 次はラヴニカに行こう!
皆さんももうご存知かと思いますが、アヴァシンの帰還プレビューが始まるまさに前日、この秋に発売の次期大型エキスパンションが発表されました。「ラヴニカへの回帰」、いつか戻るだろう戻るだろうと言われていたラヴニカをついに再訪です。公開されたメインビジュアルではラヴニカの都市風景をバックに立つジェイスと《火想者ニヴ=ミゼット》。大ニュースでした。
更には基本セット2013でニコル・ボーラスも出るようです。再録なのか新ボーラスなのか、それはまだわかりません。基本セットにバックストーリーはありませんが、タミヨウやボーラスの登場は今後の何かの伏線なのでは? と期待せざるをえません。タミヨウもアヴァシンの帰還で登場して終わり、ではなさそうですよね……ボーラスがかつての力を取り戻すために空民の知識を求めたり、なんて妄想も広がります。無限連合支部は神河にもありますし……
個人的に最も気になるのは、ラヴニカに向かったギデオンはどうなったのかのかが遂に明かされるかもしれない、という事でしょうか。そこが解決されればきっと(恐らくエルドラージが暴れっぱなしの)ゼンディカーの行く末も。プレインズウォーカー達から目の離せない日々はまだまだ続きますよ!
(終)