あなたの隣のプレインズウォーカー ~第12回 ヴェンセールの内緒じゃない話~

若月 繭子

ヴェンセールは創造者であり、英雄ではない。
世界を救いたい、などとは思っていない……


ヴェンセールの憤りが膨らむにつれ、怖れと不安は炎の中の紙のように萎れていった。彼をここまで、我慢の限界にまで押しやったのは織手の王の過ちだ。あまりに多くの人々が、あまりに多くを彼へと要求していた。プレインズウォーカー達と永遠の大魔導士はともかく、ヴェンセール自身の義務感と、その義務感から逃れ続ける罪悪感は彼に行動を起こさせるには十分すぎた。織手の王は彼の弱さへと囁き、頭を隠して危険が去るのをやり過したいという子供じみた欲求を沸き起こす。理不尽にもほどがあるが、それは実に強迫的な考えだった。だがヴェンセールにはもう何かを強制される気はなかった。ウィンドグレイスも、ジョダーも、ラーダも、ジョイラも、決してそんな策略に屈したりはしないのだろうから。

ヴェンセールは歯を食いしばり、その指を慎重に、整然と動かした。移動機械は彼の指の下で命を得て動き出した。黄色の魔力の薄膜が高座を這い上がり、椅子の肘掛けへ、そして音を立ててゆっくりとヴェンセールを包んだ。動くな。行ってはならぬ。許さん、休め……
「俺は休まない」 ヴェンセールは言った。「やるべき事が終わるまでは」


……だが、それができるのは彼だけなのだ。
(小説Planar Chaos 冒頭より抜粋・私訳)


マジックの物語に古くから存在する重要な職業の一つに、アーティファクト職人を指す「工匠」があります。
まず何といっても「兄弟戦争」を引き起こし、後に長いことドミナリアの物語に関わってくるウルザ・ミシュラ兄弟。



時代はずっと下って氷河時代に活躍したアーカム、ウェザーライト・サーガのヒロインの一人ハナ、旧ミラディンブロックのメインキャラでありその心意気の熱さと友情の篤さで名高いスロバッド。



まだ記憶に新しいプレインズウォーカー、テゼレット。



マジックの物語では多くの工匠が重要な役割を果たしてきました。そして時のらせんブロックで登場した彼もその伝統に違わず、いえ、それどころか世界そのものを動かし、変わりゆく世界を担った重要人物でした。



こんにちは、若月です。前回から間があいてしまってすみませんでした。
ラヴニカへの回帰が発売されて、ミラディンの傷跡ブロックともスタンダードではお別れとなりました。今回は、時のらせんブロックにて初の新世代プレインズウォーカーとなり、ミラディンの傷跡ブロックにて新世代プレインズウォーカー初の死者となってしまったヴェンセール。個人的にも大好きな彼のことを書かせて下さい。

冒頭の翻訳は小説Planar Chaosより、表紙をめくってすぐになかなか衝撃的な文章が書かれています。カードでの彼については第2回第6回でかなり語ってきましたので、今回はヴェンセールと様々なプレインズウォーカー達との関わりを中心に、物語周辺の様々な話を織りまぜながら進めたいと思います。



1. ある意味衝撃的な初登場

背景世界的にではなく現実のマジックにおいて、彼は少し変わった形で最初に私達の前へと姿を表しました。
ヴェンセールの名が初めてカードに登場したのは時のらせん、《ヴェンセールのスリヴァー》。ですが実は、彼のビジュアルだけは時のらせん発売以前に公開されていました、「小説の表紙」という形で。



繰り返しますがこの画像が世に出た(amazon等に掲載された)のは時のらせん発売前です。カードには使用されていないイラストですので初めて見るという人も多いかと思います。

機械仕掛けの玉座に座る邪悪そうな謎の男、そして背後にいるのは明らかに、小説Fifth Dawnのエピローグ以来姿を見せていなかったカーン……あまりに意味深なアートに全世界の背景世界ファンが議論を交わしました。

既存キャラではないようだがこの男性は何者? 背後の二面性を示すようなカーンは何を意味しているのか? 背景の場所は一体? そして大半の意見の中でこの男は悪役であろう、と言われていました。ええ、明らかに悪役顔ですし私もそう考えました。
ですが少し時が経ちましてTime Spiralの小説が発売されますと、「この表紙の男性は今回登場した新キャラVenserでは? 椅子型の瞬間移動マシーンってあるし」という結論で落ちついたのですが彼、ヴェンセールは小説表紙絵からの「どう見ても悪役」というイメージからは遥かにかけ離れた、本当に善良な人物でした。



2. 証言 時のらせんブロック

ヴェンセールは工匠としては類稀な才能と技術を持つものの、プレインズウォーカーでも魔術師でも戦士でもない、穏やかで素直な心を持つ、それこそ何処にでもいるような人間の青年です。しかし彼に会ったプレインズウォーカー達は、一様に何かひっかかるものを感じていました。
時のらせんブロックの物語では、ファイレクシアのドミナリア侵攻(インベイジョンブロックの物語です)を生き延びたプレインズウォーカーが多数登場しているのですが(そして第5回第6回で述べました通り、そのほとんどが死んだり灯を失ったりしたのですが)、そのほぼ全員が物語中でヴェンセールと関わっています。彼等とのやり取りから伺えるヴェンセールの人物像を見てみて下さい。


・テフェリー


フレイバーテキストが示す通り、《問題児》は少年時代のテフェリーです。
小説Time Spiralによると9歳当時だとか。


第6回記事にも書きましたが、テフェリー達はドミナリアの「裂け目」を調査する旅の途中でヴェンセールに出会います。ヴェンセールは故郷アーボーグにて、ファイレクシア兵の残骸から自作アーティファクトを組み立てていました。


「信じられない。見事だ。驚くべき発明だ」
テフェリーの声は興奮にかすれていた。ヴェンセールの装置を見れば見る程、テフェリーのその賛辞が大袈裟なものではないとジョイラも実感した。ヴェンセールは極めて限られた物資から、この極めて能率的な瞬間移動装置を組み上げたのだった。もし彼が言うように動くのであれば、彼はほとんどの工匠が生涯を費やした技術を身に着けていることを示している。
(小説Time Spiral P.182より抜粋・私訳)


この一節が示すように、当初ヴェンセールは(クリーチャーの彼のサブタイプが示すように)ウィザードではなく、類稀な才能を持つ工匠として登場しました。彼の最高の発明である瞬間移動マシーン(小説Planar Chaosの表紙絵で彼が座っている玉座のような装置がそれです)、その素晴らしさに興味を持ったテフェリー達に請われてヴェンセールは起動実験を披露し、その際に起こった時空間の乱れに文字通り巻き込まれたことからそのまま仲間に加わります。
]そして旅の途中、テフェリーは裂け目の一つを塞ぎ、それによってプレインズウォーカーの灯や魔術師としての力の大半を失いました。一方その旅の中で新世代プレインズウォーカーとして覚醒したヴェンセールは、先輩プレインズウォーカーとしてのテフェリーの言葉へと進んで耳を傾け、その知識を吸収していきました。


「君はとても多くのことを学んできた。私は少しでも、君の助けになれていたかな」
「少しどころか」
「それならよかった。私はずっと研究に携わってきた……生徒だったし、研究者だった。魔術師でプレインズウォーカーだった時でさえ、常に生徒を持っていたよ。ヴェンセール、知識というのは貴重で素晴らしいものだ。力よりもずっと価値のあるものだ。だから君に願おう、学んだこと、経験したことを他の者達と共有してほしい。君やラーダのような可能性を持った者が、きっと多元宇宙には沢山いる。もしそういった者に出会えたなら、勇気づけて能力を磨いてやってほしい。プレインズウォーカーとなる手助けを、だけど彼らがなりたい存在を目指す手助けをして欲しい」
「ああ、きっと。俺はやってみる、どんな事でも」
「ならば、君は紛れもないプレインズウォーカーだ」
(小説 Future Sight P.301より抜粋・私訳)


・ウィンドグレイス


プレーンシフトの「プレインズウォーカー・エンチャント」サイクルには
それぞれプレインズウォーカーが描かれています。
白はガフ提督、青はボウ・リヴァー、黒はテヴェシュ・ザット。



ヴェンセールの出身地、アーボーグの守護神ウィンドグレイス卿。獰猛で勇敢な豹頭のプレインズウォーカーです。インベイジョンから数百年経っても激しくファイレクシアを憎んでおり、その技術を用いるヴェンセールを快く思ってはいませんでした。ですが忠義を示され、そしてヴェンセールが新たな世代のプレインズウォーカーとなる存在であることを知ると彼を認めるようになりました。第6回と少しかぶりますが、そのやり取りです。


「お前は、プレインズウォーカーなのだな」
「そう思います。俺自身、完全に理解できてはいないんですが。でも俺は一度、久遠の闇に行きました。何よりも、場所から場所へと瞬間移動できました」
「次元から次元へはどうだ?」
「まだやった事はありませんが、多分」
(小説Planar Chaos P.257より抜粋・私訳)


また、ファイレクシアのドミナリア侵攻を戦い生き延びたもう一人のプレインズウォーカー、フレイアリーズ。スカイシュラウドの守護女神である彼女も時のらせんブロックの物語に登場しているのですが、彼女はラーダ(第6回記事参照)と関わることが多く、ヴェンセールとの接触はあまりありませんでした。



フレイアリーズはテフェリーがその身を捧げて裂け目の一つを修復したのを目撃し、心から衝撃を受けます。それはテフェリーの成功にではなく、死ぬつもりで裂け目へと入った彼の勇気と献身に対してでした。そして自身はスカイシュラウドのエルフ達を何があっても守りたい、と本気で思ってはいなかったのだと気付き、テフェリーのように(「自分も同じ道を進もうとしている、そう彼が知ったらどう思うかは考えたくない」とはフレイアリーズ談)その身を裂け目へと捧げることを決意します。長いので訳はしませんがその心境の語られ方と、彼女がスカイシュラウドの裂け目を目指すシーンは小説Planar Chaos屈指の名場面だと私は思っています。
フレイアリーズを見て、そしてカーンに説得されてウィンドグレイス卿もまたアーボーグの為にその身を捧げました。あまり信心深いわけではないヴェンセールも、故郷の守護神的存在を喪失した衝撃を隠すことはできませんでした。


・ニコル・ボーラス



おなじみボーラスさん。
ラヴニカへの回帰では知性的なドラゴンが既に一体いるので出番はお休み説



時のらせんブロックでタイムシフトとして再録されているニコル・ボーラス。彼は他のカードに何気ない顔で混じって再録されているだけでなく、時のらせんブロックの物語で重要な役割を果たしていまして、その後アラーラブロックやゼンディカーブロックへと続くことになります。
ボーラスは遠い昔に一度死亡し、残留思念だけがあったのですが、ラーダとヴェンセールを「扉」として現世へと帰還しました。ボーラスはすかさずその二人から未知の何かを感じ、ただならぬ興味を示します。


「ならば彼を頂けるかな? 他の者はいらぬ。その肉の風味をこの歯で味わいたいのだが? 我が必要とする、彼の中にある何かをそこから見つけるとしよう、不可能かもしれぬが」
(小説Time Spiral P.249より抜粋・私訳)


ボーラスはジェイスを筆頭として「新世代の青いPW贔屓」な気があるように思えるのですが、この頃からその片鱗が見られるとも取れる台詞です(笑)。この後ボーラスはテフェリーと決闘し、彼をバラバラにして勝利しました。とはいえまだ旧世代PWであったテフェリーはそれでも生きており、裂け目の存在やドミナリアの危機を伝えて説得すると、ボーラスは鉤爪門をくぐって一旦去って行ったのでした。
そしてボーラスは未来予知にて再登場します。氷河時代に名を馳せた邪悪なプレインズウォーカー、レシュラックを打ち負かして彼を裂け目の一つへと放り込んで無理矢理修復すると、自身はドミナリアから飛び去って「大修復」の行方を静かに見守りました。別れ際、ヴェンセールに向けた言葉は実にしみじみとします。


「矮小なおぬしらではオタリアの裂け目を塞ぐことはできまい。あの裂け目はあまりに混乱し、あまりに広がり、あまりに砕けている。プレインズウォーカーとしておぬしらが見てきたどれとも違う。逃げられる者は逃げた方がいいのではないかな?」
彼はヴェンセールを一瞥し、工匠はたじろいだ。
「感謝する、偉大なるボーラス」
彼はどうにか口を開いた。
「だけど、俺はここに残るつもりだ」
「ならばおぬしの新たな人生は短いものとなろう。それまで精一杯生きるがよい、小さきプレインズウォーカーよ」
「ああ、頑張ってみる」
(小説Future Sight P.265より抜粋・私訳)


・カーン


彼が初めてカードに登場したのはウェザーライト、
複数のカードのフレイバーテキストでした。
もう15年も前になります。



この記事冒頭のシーンの直後、ヴェンセールは初めて次元の間に存在する混沌「久遠の闇」へと飛びます。それはプレインズウォーカーとしての覚醒を意味します。そこで彼は様々な次元世界の姿をその外から見ました。


例えば、赤と橙の炎に包まれた世界。


隙間なく都市に覆われた世界。


その中でヴェンセールが最も興味を抱いたのはこの、「磨かれたような金属からなる世界」でした。近づこうとして、彼はその世界から何かがやってくるのを見ます。それは銀色をした、生けるゴーレムでした。


「おお」
その銀色の人物は言った。その声はゆったりとして思慮深く、真面目で博識な者のどっしりとした響きがあった。
「そういうことですか」
自分でもわからない怖れから、ヴェンセールは震える手を挙げた。
「やあ」
銀の人物は魂のこもった瞳を見開いた。彼は四本指の手を、移動機械に座ったままのヴェンセールへと伸ばした。
「なんて興味深い。君は本当はそんなものは必要ではないでしょう、違うかな?」
(小説Planar Chaos P.174より抜粋・私訳)


「君は、とても多くのものを持っている」
彼はヴェンセールへと言った。
「まだ実感していない潜在能力、まだ成されていない偉大な行い。次に会う時には、互いの事をもっとより深く知りたいものです」
(小説Planar Chaos P.175より抜粋・私訳)


この不思議な出会いの後にヴェンセールはジョイラからカーンの事を聞き、深い興味を抱きます。カーンもまた他のプレインズウォーカー達と同じように、新時代を担うヴェンセールへと大いなる可能性を感じて手を差し伸べます。また第6回とかぶりますが、この台詞がカーンの気持ちを一番象徴していると思います。


「よろしければ、私と一緒に来ませんか?」
「俺が? なんで、どうやって?」
「君は他に類を見ない存在だからです。もしドミナリアが生き残ったなら、君や君のような者が、世界を未来へと導く先駆者になるでしょう」
(小説Planar Chaos P.279より抜粋・私訳)


工匠であるヴェンセールにとって、古の技術で創造された生けるアーティファクトというのは興奮するほど知的好奇心をそそる存在でした。そしてずっと独学でやってきたヴェンセールにとって、師匠について世界を巡り知識を深めるというのはずっと憧れていたことでした。
しかしその願いは叶いかけたところで潰えてしまいます。カーンはヴェンセールを連れ出し、トレイリアの裂け目を塞ぐ所を見せたのですが、プレインズウォーカーの灯を捧げたことにより彼の内部に残っていた「ファイレクシアの油」が活性化してしまいます。プレインズウォーカーはファイレクシアの油に影響を受けることはないようなのですが、灯を失ってしまってはそうはいきません。自身の中に汚染が広がるのを察したカーンは「決して追ってきてはいけない」と言い残し、自我を失いかけながらも自身が創造した世界ミラディンの奥深くへと飛び込みました。
共に過ごした時間は決して長くはなかったものの、この出会いがヴェンセールに与えた影響はとても大きく、その後のプレインズウォーカーとしての彼の人生において「カーンを探す」というのは大きな目標の一つとなります。



・ジェスカ


ジェスカはマジックの数多いキャラクターの中でも、
トップクラスに数奇な人生を歩んだ存在です。


ジェスカとして生まれ、後に《触れられざる者フェイジ》に、更に《邪神カローナ》となり最後にジェスカに戻るという波乱万丈の人生を送った彼女は、オンスロートブロックのエピローグにて(旧世代)プレインズウォーカーとして覚醒しました。そしてカーンを師と仰ぎ、彼に連れられて多元宇宙を旅していたのですが、師が行方不明となったことから生まれ故郷のドミナリアへと降り立ち、裂け目の脅威を知ります。独立心の強い彼女は誰の力も借りようとせず(ラーダを無理矢理連行したりして)残る裂け目を修復していったのですが、レシュラックの策にはめられていたと知り、最後にはテフェリー達全員と協力して最大の裂け目を塞ぐべくオタリアへと向かいます。テフェリーとジョイラが見守る中、ジェスカはラーダとヴェンセールを伴って裂け目へと突入しますが、その中に待ち受けていたのはジェスカのかつての姿、カローナの巨大な幻影でした。そのあまりの強大さに挫けそうになったジェスカへと、ヴェンセールが言葉と手を差し伸べました。


「一緒ならできる。俺の手をとれ。君に起こることは俺にも起こる。俺はカーンを助けられなかった、だけど君のことは助けると誓おう。全てが終わった時、君がどこに行こうと、どんな姿になろうと、俺は君を見つけ出す、連れ戻してみせる」
彼はその手を伸ばした。ジェスカはまるで初めて会ったかのように、色白の若者を凝視した。
「どうして貴方は、そこまで」
「俺にはできるから。俺がやりたいと望むから。それがアーボーグのやり方だから」
ヴェンセールは微笑んだ。その真面目さと純真さに、ジェスカは笑い出すところだった。
(小説Future Sight P.291より抜粋・私訳)


彼のこの言葉に勇気づけられたジェスカは、まっすぐにカローナへと立ち向かい、その幻影を打ち破ります。最後にはヴェンセールとラーダを道連れにしないよう二人の手を離し、ジェスカは裂け目と同化してドミナリアを救うと同時にその数奇な人生を終えます。最期に、届かなくともカーンへと感謝の言葉を呟いて。

そして時のらせんブロックが無事エンディングを迎えた後、旅の仲間達はそれぞれの道を歩み出しました。テフェリーがヴェンセールへと贈ったこの言葉は、そのまま旧世代から新世代へのメッセージでしょう。


「君に出会えてよかったと思う、ヴェンセール。私のようなプレインズウォーカーの時代は終わろうとしている。未来は、君や君のような者のものだ」
(小説Future Sight P.300より抜粋・私訳)


……といった所で、ヴェンセールとは全く関係ないのですが昔から人気のプレインズウォーカーがもう一人、時のらせんブロックにて名前を言及されています。ヤヤ・バラード。



ジョダーは表情を変えた。彼は咳こみ、折れた歯を吐き捨てるとフレイアリーズに正面から向き合った。
「ヤヤは、もういない」
彼は静かに言った。プレインズウォーカーは一瞬、口ごもった。
(小説Planar Chaos P.178より抜粋・私訳)


小気味のよい台詞から今も人気の高い紅蓮術士ヤヤ・バラード。彼女はアイスエイジブロックの物語結末にてプレインズウォーカーとして覚醒しました。再登場を望む声がとても大きかっただけに、この「ヤヤはもういない(原文:Jaya’s gone)」 というジョダーの台詞にはそれこそ表紙のヴェンセールの次くらいに騒然となりました。「gone」という単語がまた微妙な表現なのが非常にずるい!
なお彼、ジョダー(《ジョダーの報復者》に名前のみ登場)はアイスエイジブロック小説三部作の主人公であり、ヤヤの師でもあります。恋人……とまでは行かなかったもののそれなりに仲の良い関係でした。彼は若い頃に&#12299若返りの泉》で溺れかけたことからプレインズウォーカー並みの長寿を得ました。長いこと登場していなかったのですが、次元の混乱の物語にて主にフレイアリーズ絡みで重要な役割を果たしています。
そして彼はウルザ・ミシュラの直系の子孫であり、その事を非常に苦々しく思っているようです。ドミナリアにおいてウルザに対する評価は時代によって異なります。ある時は世界を荒廃させた極悪人、ある時はファイレクシアからの侵略を退けた救世主。ジョダーはウルザが「極悪人」と評価されていた氷河時代に少年~青年期を過ごしたためにそう感じているのではないか、と私は思います。


子孫版(右)の持つ能力はどれも先祖版(左)当時には存在しなかったものです。奥が深い。



話がそれたついでに、ヴェンセールといえば外せないアレを。そう、年齢差四桁の恋です。



アーボーグにやって来たテフェリー達の中で、唯一ヴェンセールが心を許せたのが彼女、テフェリーの長年の友人にしてギトゥの工匠ジョイラでした。何せ他にいたのは奇妙に馴れ馴れしい魔術師やら、血に飢えた恐ろしい女戦士やら、アーボーグでは見たこともないトカゲ人間やら。怯えて警戒する様子の彼を見てジョイラは他のメンバーへと「最初は自分が話をするべき」と言っていたくらいです。
ヴェンセールは出会ってすぐにジョイラも自分と同じ工匠であること、そしてその知識の深さを知って彼女へと興味を抱きます。旅の仲間へと加わると、ニコル・ボーラスとの出会いやテフェリーの命がけの裂け目修復といったとてつもない出来事が続く中で、ヴェンセールにとってジョイラはある意味「安心できる、かつ憧れの存在」になっていったように思えます。 Time Spiral~Planar Chaosの話中のどこで彼が自身の想いに気付いたのかは明確ではありません。ですが小説Planar Chaosではヴェンセールが主役として描かれていた事もあり、彼はそれはもう呆れるくらい素直に小説の各所で自分の気持ちを(地の文で)語ってくれていました。
ジョイラはトレイリアのアカデミー時代に時間流れの遅い水を飲んだことから長寿となり、時のらせんブロック時点での外見年齢は19歳、ですが実際には一千歳を超えていました。対するヴェンセールの実年齢は定かではないものの、そのジョイラを「自分より十歳は年下に見える」と評していることから三十代と思われます。ジョイラのその見た目に不相応な深い知識にヴェンセールも時折違和感を抱いてはいましたが、ある時彼女がプレインズウォーカー並みの長寿であることを知ります。が、ヴェンセールにとってそれは驚きではあっても落胆や失望ではありませんでした。


ヴェンセールに自分自身を欺く趣味はなく、また興味を持った物事については何よりも実際に目にしたものを受け入れていた。もし先程の眩暈がするような会話の半分も理解できているならば、ジョイラは彼が考えていたよりもずっと歳を経ている。だが彼にしてみれば、彼女がよりいっそう印象的な存在になっただけだった。ヴェンセールが出会ってきた長命の者達とは違い、彼女はその経験から厭世的でもなく、鈍感にもなっていない。むしろジョイラはヴェンセールが知るそういった人々の中でも温かく、より忍耐強く、より人間的だと思えた。
(小説Planar Chaos P.117より抜粋・私訳)


そしてプレインズウォーカーとして目覚めていく中、また自身を狙う敵との戦いの中でヴェンセールはジョイラを異性として欲するというよりも常に彼女の力になりたい、より多くを学びたいという姿勢を崩すことはありませんでした。
最終的にジョイラはやはり同じ長命繋がりでジョダーを選んだこと、そしてヴェンセールもプレインズウォーカーとして覚醒しドミナリアを旅立つことを決めたために、その想いを伝えはしなかったようです。とはいえ彼の「素直さ」「正直さ」から周りの皆には(そして恐らくは本人にも)割とバレバレだったようで、テフェリーも小説Future Sightのエピローグにて、ヴェンセールへとそれらしき事を問いただしていました。


テフェリーはヴェンセールの肩を抱き、横に並んだ。
「ところで一つ、是非とも聞きたいことがあってね」
「いいけど」
テフェリーはヴェンセールを連れてジョイラから離れた。二人の会話は聞きとれず、どうやら男同士の大切な話をしているようだった。
(小説Future Sight P.300より抜粋・私訳)


過去記事にも(主としてジェイスとリリアナ関係で)書きましたが、マジックの物語中にもこのように色恋沙汰があり、時には物語の中で結構大きなウェイトを占めます。そこからは彼らの「人間らしさ(種族は人間に限りませんが)」が伺えます。微笑ましくも少し不器用だった彼の恋愛模様は、多くのプレインズウォーカー達が見てきた通りに善良で正直でひたむき、そんなヴェンセールの人柄を更によく示してくれていました。



3. 証言 Quest for Karn

実時間で4年、物語時間でおそらく数十年。カードタイプとしてのプレインズウォーカーも作られる時代になり、ヴェンセールもプレインズウォーカーとして改めて登場しました。ミラディンの傷跡ブロックの小説「Scars of Mirrodin: The Quest for Karn」ではヴェンセールが主人公となっていまして、ほとんどが彼視点で進行しています。そのため他の誰かがヴェンセールについて述べる、というシーンはあまりありませんでした。
なお、この小説の表紙イラストはカードには使用されていません。とても格好いいので見たことがないという人は是非一度見てみて下さい。

ところで時のらせんブロックでは小説初出だったヴェンセールですが、傷跡ブロックにおいてもカード以外の場所で初めて登場した、という経緯がありました。2010年9月初頭に開催されたプロツアー・アムステルダムにて傷跡ブロックの先行プレビューが行われていたのですが、その会場入り口に巨大なバナーとして堂々と飾られていたのはプレインズウォーカー・ヴェンセールのイラストでした(6枚目の写真)。クリーチャーの彼は素顔が見えていないためにこれがヴェンセールだとは一目ではわかりにくいかもしれませんが、小脇に抱えたヘルメットがヒントになっていますね。二度の登場が二度とも普通とちょっと変わった形でとはなかなか洒落ているじゃないですか。



・コス


今のところ、最も使用された赤単色プレインズウォーカーは彼でしょうか。


公式記事「ミラディン世界の人間文化」によりますと、コスはファイレクシアの影響によって汚れてしまった鉱石を浄化する力を持っていたことから頭角を表し、ヴァルショックのリーダーとなったのだそうです。「槌の/ Hammer」は「槌族の」という意味ですね。ミラディンに密かに広がり続けているファイレクシアの脅威に気付いた彼は対抗策を求め、かつてファイレクシアとの戦争に勝利したドミナリアを訪れます。そこで彼はエルズペスと、続けてヴェンセールに出会いました。その物語はウェブコミック「Gathering Forces Part 2」「Gathering Forces Part 3」にて語られています。

ファイレクシアの技術を研究しているヴェンセールに怒り狂ったコスは彼を無理矢理ミラディンへと連れ出し、そこから傷跡ブロックの物語が始まります。そして今も時折ネタにされる「Ready?」「Ready.」を筆頭に、続編のウェブコミック「Scarred」では割と仲良さそうにしていた印象がありますが、小説ではヴェンセールは無理矢理連れて来られたことについてかなり後まで怒っており、コスはコスでミラディンの創造主カーンを探すよりもファイレクシアと直接戦うことを望んでいたりと、二人の中は決して良くはありませんでした。ヴェンセールが前々からミラディン次元に興味を抱いていたのは確かなのですが、それはそれで別の問題だったようです。そんな中で数少ない、二人がわかり合っているシーンを紹介しましょう。


入口の正面に長机があり、その脚はただれたぬかるみに半分沈んでいた。机の上には様々な種類、様々な大きさの金属製の鉢が置かれており、その隅に特に大きいものがあった。黒い金属、ヴェンセールが観察していると、蛍のような黄色の光の微片がその端を、軌道を描いて巡っていた。
「ダークスティールだ」
彼の隣でコスが囁いた。
ヴェンセールは目を細くしてその鉢を見た。そう、ダークスティール。彼は冶金を学んだ時にそれを知った。ミラディンでのみ産出する、事実上破壊不能の金属。加工は極めて困難、極めて稀、そして極めて高価。
(小説Scars of Mirrodin: The Quest for Karn P.157より抜粋・私訳)


というように、共通の興味を発見して一瞬ですが意気投合していました。このダークスティール製品が物語中に重要とかそういうわけではないのですが、こういった些細な描写からカードと物語との繋がりをいっそう感じることができてニヤリとします。
また小説Quest for Karnによりますと、コスの実家は果樹園を営んでいるそうです。ですからヴェンセールもコスも戦闘職ではないわけで、デュエルデッキの内容が……なのは背景設定的に仕方ないんですよ、たぶん。



・エルズペス


「純白」「高潔」といった雰囲気をまとう彼女ですが、
傷跡ブロック小説ではファイレクシアの油や何やらにまみれて大変でした。


こう言ってしまっては何ですが、エルズペスは小説Quest for Karnでは純粋な戦闘要員といったポジションでした。彼女はかつて故郷をファイレクシアに侵略され、その苦しみを味わってきたためです。彼女はコスのようにカーンを探す旅に反対はしなかったものの、ひたすら、ただひたすらにファイレクシア兵と戦っていました。とはいえ玉座の間に辿り着き、ヴェンセールがしようとしている事を察知した時は流石に動揺を見せていました。


エルズペスは溜息をついた。
「きっと、何か別の方法がある筈よ」
「どんな方法がある? 誰か他の者の心臓を? 君のか?」
ヴェンセールは言った。
「あなたじゃないわ」
(小説Scars of Mirrodin: Quest for Karn P.285より抜粋・私訳)


カーンが復活すると、彼女はメリーラとともにファイレクシアと戦う決意を新たにしていました。いつの日かミラディンを取り戻す戦いが描かれる日が来るとしたら、彼女もまた再登場するかもしれません。



・テゼレット


非常に個性的な能力ながら、スタンダードでは結構な活躍をした青黒のテゼレット。


カーンを探す道中、ヴェンセール達はニコル・ボーラスの命令により新ファイレクシアへと潜入しているテゼレットに遭遇しました。かつてアラーラ、バントにいたエルズペスはすぐに彼がエスパー出身であると見抜き、警戒します。ですがテゼレットに敵対の意志は無く、比較的友好的に接した後で彼らに《シルヴォクののけ者、メリーラ》を預け、カーンへと至る道を教えました。その別れ際、礼を言うヴェンセールに対して彼は謎めいた言葉を返します。


「私は君が知っている以上に君に助けられているんだよ。そうでなければこんな事はしなかっただろう」
(小説Scars of Mirrodin: The Quest for Karn P.139より抜粋・私訳)


テゼレットが何の事を言っているのかは定かではありません。少なくともこの小説以外に二人に接点があったという情報はありません。テゼレットとしてはあまり急激にファイレクシアが力をつけるのは好ましくないようなのですが、ヴェンセール達がその抑止力になったかと言われるとそうでもないのでその事ではなさそうです。となるとボーラス関係なのか、もしかしたら次に記述する彼関係のことかもしれません。
この後しばらくしてテゼレットは再登場し、自分が新ファイレクシアを支配するという野望を露わにすると一応の仲間である幹部、《裏切り者グリッサ》と戦い始めました。その結末は描かれていませんが、いずれきっとテゼレットとは物語上で再会するのでしょう。とはいえ次に現れる彼がどのような姿なのか、それはまだわかりません。



・おまけ 青いあいつ?
かつて、彼の創造物の一つを盗み出そうとした精神魔術師から攻撃を受けた時、ヴェンセールはその盗人の精神とのリンクを形成して攻撃を返そうと試みた。盗人が自身の精神攻撃を防いだ時、ヴェンセールは大したことのない一撃を受けただけで済んだ。
(小説Scars of Mirrodin: Quest for Karn P.160より抜粋・私訳)


確かに、ヴェンセールは精神攻撃に対してかなりの免疫を持っていました。彼の故郷アーボーグは夜魔の棲家であり、精神へと囁きかけて正気を蝕む怪物は身近な脅威でした。更にはプレインズウォーカーとして覚醒する過程で、心を読む狂気のシャドーにその能力と身体を狙われたという経緯もあります。それはいいんです。「精神魔術師」。原文では「mind-mage」となっています。そんな表現をされる人物はマジックの背景世界でも一人しか思い当たりませんが……本当に「」なんでしょうか? そうだとしたら一体何をしていたんだとか、何を盗もうとしたんだとか……



4. ヴェンセールの結末

これは第2回でも説明しましたので繰り返しになりますが、もう一度書かせて下さい。

どれほどの時間が流れたのかもわからない長い探索の旅の末、ヴェンセール達は新ファイレクシアの最奥、機械の父が鎮座する玉座の間に辿り着きました。そこで彼等が見たのは、ファイレクシアの油に汚染され、自我を引き裂かれたカーンの姿でした。


公式記事「堕落した良心」にて、新ファイレクシアの
「機械の父」となったカーンの痛ましい様子を読むことができます。


この時ヴェンセールは、自身の余命が僅かであることを知っていました。カーンの「心臓」が汚染されている以上、彼を完全にファイレクシアの油から浄化することはできない。同行するメリーラからそう聞かされたヴェンセールは、最後に残された力で得意の瞬間移動魔法を使います。カーンでなければこのミラディン世界をファイレクシアの手から取り戻すことはできないと信じて、自身の心臓をカーンの中へと。



そうしてヴェンセールの心臓ごと灯をもらったカーンは再びプレインズウォーカーとなり、また先程も書いた通りにファイレクシアの油から解放されたのですが、そもそも何故それで油から解放された事になるのでしょうか。物語中ではなく公式記事と掲示板で少しだけ説明されていました。

マロー「ファイレクシア人はプレインズウォーカーの灯を持つことができない」

ブレイディ「ヴェンセール(とコス、エルズペス)はメリーラに触れていたために油からの免疫を持つ、それがカーンへと渡された」

とはいえ何故ファイレクシア人が灯を持つことができないのか、それはまだ謎です。いずれ明かされることを願いましょう。
さてPWカーンとPWヴェンセール。二人のカードを見比べますと共通するテキストの存在が、ヴェンセールの灯がカーンへと渡ったことを暗示しています。

滞留者ヴェンセール/Venser, the Sojourner
[-8]: あなたは「あなたが呪文を1つ唱えるたび、パーマネント1つを対象とし、それを追放する。」を持つ紋章を得る。

解放された者、カーン/Karn Liberated
[-3]: パーマネント1つを対象とし、それを追放する。

《解放された者、カーン》のプレビュー記事「ゴーレムの遺産」ではカーンの小マイナス能力は《レガシーの兵器》のそれだと説明されていました。確かにそうなのですが、これはヴェンセールの能力でもある、そうですよね!? 初めてそれに気付いた時は何と言うか圧倒されました。
余談ですが、ええ今回の記事は余談ばかりですが、そのプレビュー記事においてある意味最も話題となったのは「機械の父ヨーグモスは痕跡も残らず抹消された/ Yawgmoth, the Father of Machines, was obliterated」という一文でした。何せ《ファイレクシア流再利用》のフレイバーテキストが示すように「死は労働をやめる理由にならん」のがマジックの世界。旧ファイレクシアの支配者ヨーグモスの人気は高く、公式記事で何度となく「死んだ」と言及されていたのですがそれでも復活論が絶えませんでした。私はこの記事を翻訳した時、「obliterated」の一語に公式の本気を見た気がしました。


ヨーグモスの名前を冠するカードがまた強力だというのも人気の理由でしょうね。


と、そうして「解放された」カーン。彼は油に汚染されていた間の記憶を所有しており、また足元に倒れるヴェンセールの身体を見て全てを悟ります。


「なんと悲しいことか、我が友ヴェンセールは、もういないとは」
(小説Scars of Mirrodin: Quest for Karn P.289より抜粋・私訳)


そしてカーンは必ず戻ってくることを誓いながらも、「ヴェンセールの死体を玉座の間にそのまま置いて」旅立ちました。ミラディンは手遅れだとしても殺せる限りのファイレクシア人を殺し、そしてプレインズウォーカーとして多元宇宙を旅してきた間に振りまいてきた油を始末するために。少なくとも小説のラストシーンではそうでした。これはもうどう読んでもヴェンセールがファイレクシアによって蘇らせられて云々、という伏線にしか見えないのですが、マローは「我々には『死んだ者は死んだままにしておく』というポリシーがある」と述べています。私としては……何かこう、当初は「安らかに眠らせてあげて!!」と思っていたのですが、そのうち一周まわって「再登場してくれたらそれはそれで嬉しい」というスタンスになりました。灯をカーンに渡した以上、もしヴェンセールが再登場するとしてもプレインズウォーカーではないでしょうね。ウェブコミック「Gathering Forces Part 2」によれば、ミラディンへと連れて行かれる前に彼は「次元航行船」の研究をしていたとあります。これも何かの伏線なのでしょうか。三度目の登場があるとすれば、今度はどのような形で私達の前に姿を現すのでしょうか。

そしてやっぱり、繰り返しになりますが改めて。

カーンの姿を見る時は、少しだけでいいので思い出して下さい。
あの逞しい胸の中にはヴェンセールの小さな心臓があるということを。
(終)