※WARNING!!
この記事はテーロスブロック小説『Godsend』のネタバレが多数含まれています。まだ読んでいる途中なので知りたくない、という人は戻ることをおすすめします。
お前は本当にこの呪いを求めるのか?」
こんにちは若月です。先月、テーロスブロック小説第二弾『Journey Into Nyx, Godsend Part II』が発売されました。テーロスブロックの小説は二部作でして、パート1がテーロスの、パート2が神々の軍勢&ニクスへの旅のストーリーを網羅しています。
で、読み終わりました。そして上記の《クルフィックスの指図》のフレイバーテキストを思い出しました。この物語を知ってしまったなら、エルズペスを今までと同じ目で見ることはできないでしょう。クルフィックス神の言葉を借りますが、本当にこの呪いを求めますか? いやすいません。私自身、衝撃に次ぐ衝撃に圧倒されたもので。白状しますが前回記事は色々「外して」しまっていました。こんな展開予想できるわけあるかー!! 裏切られました、勿論、いい意味で。
そして先日、公式記事「旅の終わり」にて、大体のあらすじも公開されました。大丈夫です、あらすじから読み取れる程のバッドエンドではありませんから。きちんと救いはありますから。とはいえ、繰り返しますが衝撃の展開です。覚悟を決めてどうぞ。
1. エルズペスを巡る人々と出来事
それでは詳しい話に入る前に、前回あまり大きく扱っていなかった重要人物二人と、重要な出来事について説明させて下さい。
まず「重要人物」。一人目は前回も少し名前を出していましたが、《メレティスのダクソス》です。
ダクソスはその誠実な心と情熱で自然と人々を惹きつける、魅力ある人柄の青年です。そして生まれながらに神々に愛され、多くの神々の声を聞くことができる神託者です。彼の能力、色マナを気にせずに呪文を唱えることができるというのはその「あらゆる神々に繋がる」力の表現なのかもしれません。「信心」というように、テーロス世界においてマナの色はすなわち信仰ですからね。
神に愛される彼は幼い頃、エレボスに連れ去られそうになった事がありました。その時は母親が彼の身代わりとなりました。現在ダクソスはヘリオッドに仕える身ですが、母を連れ去ったエレボスだけでなく、それを阻止してくれなかった主神に対して、恨みと憤りを感じてもいます。
そして、母親を連れ去られた直後、ダクソスはこの次元にやって来ていたエルズペスと出会いました。彼女はすぐにテーロス世界から去ってしまったのですが、この世界の存在とはどこか違うような不思議な女の子を、彼はその後もずっと忘れずにいました。そして時が経ち、ポルクラノスとの戦いにて彼女と再会を果たしました。
ヘリオッドの刃を携えた女性を目にして、ダクソスは狼狽するほどの衝撃を受けた。その武器が無くとも、彼女が誰なのかを理解できただろう。彼はその髪の色を、顔の形を、他の誰にも見えない、霊的な「違い」を知っていた。あの打ちひしがれた女の子が、ヘリオッドの勇者へと成長した姿だった。
(『Theros, Godsend Part I』 チャプター11より)
ちなみに小説によるとダクソスは22歳、エルズペスはDotP2014の情報から少なくとも24歳。年下の男の子か~。
そして重要人物二人目は、そんな白青らしい爽やかな好青年とは正反対の危険人物。そう、ゼナゴスです。
サテュロスは快楽を追い求め、飲めや歌えの浮かれ騒ぎを楽しむ悪戯好きの種族であり、彼らの間ではそれが美徳とされています。ゼナゴスはそんなサテュロス達の中でも一目置かれるカリスマ性を持ち、王と呼ばれる存在です。公式記事「神々に感謝を」は、その名前こそ明言こそされていませんが恐らくはゼナゴスの子供時代の物語です。その危険なほどの奔放さは、産まれる前から発揮されていました。
ゼナゴスがいつ、どのようにプレインズウォーカーとして覚醒したのかは不明ですが、他の次元世界を見てきた彼にとっては、サテュロス達が日々繰り広げる享楽の宴もただ退屈なものでした。ですが彼は無関心に沈むのではなく、更なる宴を企てました–神の座へと昇るための宴を。そして自ら熱心に世界を奔走し、着々と「大歓楽」の準備を進めます。その中で《狩猟の神、ナイレア》を挑発し、《鍛冶の神、パーフォロス》の創造物を奪うなど、テーロス世界においては信じられないほどに不遜な行いを続けてきました。やがて「太陽の勇者」の存在を知り、エルズペスの姿を見て、彼女が自分と同じ、テーロスの外の世界を知る者であると気付きます。そして神となる計画を進めるべく、彼女を利用しようと企みます……。
そして「重要な出来事」。時期的にはエルズペスとポルクラノスが戦う少し前のことでした。「(神々の)沈黙」と呼ばれる、神々がその住処であるニクスへと引っ込んでしまい、人々の前に姿を現さなくなり、一切の繋がりを断つという事件がありました。人々は怖れおののき、自分達は何か神々を怒らせたのだろうかと囁き合いましたが、これは《彼方の神、クルフィックス》の仕業でした。
予言者の動きは四本腕を模していたのか!
定命の世界が神々の諍いにより荒らされ、多くの命が失われていました。これ以上神々の身勝手を捨て置けないと判断したクルフィックスは「沈黙」を宣言します。全ての神々をニクスへと帰還させ、定命の世界へと一切の手出しをさせなくしてしまう、それは誰も抗えないものでした。神々の中でも最年長にして最も謎めいた存在であるクルフィックスには、実のところ世界の主神である《太陽の神、ヘリオッド》さえも逆らえません。
クルフィックス神は全く正体不明の存在ですが、家庭の守り手である《収穫の神、ケイラメトラ》や都市と法の守り手《都市国家の神、エファラ》らと同様に定命の世界の被害を気にかけてくれる、心優しい神の一柱のようです。
2. 「神々の軍勢」ストーリー
テーロスのストーリーは前回記事の、エルズペスがポルクラノスを倒した所までにあたります。その後の展開の詳細は、小説『Journey Into Nyx, Godsend Part II』でようやく知ることができました。繰り返しますが公式記事「旅の終わり」にあらすじが紹介されていますので、ここでは「そこに書かれていないこと」を中心にお届けしますよ?
「私はもう、彷徨いたくはない」
グリフィン達が都市の上で弧を描いて飛んでいた。それらが風に乗るのを見ているうちに、エルズペスは倒れそうになり、そしてダクソスの腕に身体を支えられるのを感じた。彼はエルズペスの手をとった。
「おかえりなさい」
(『Theros, Godsend Part I』 チャプター12より)
これはポルクラノス討伐から続く、テーロス小説のラストシーンです。エルズペスはテーロスの三大都市国家の一つメレティスに辿り着きました。そしてヘリオッド寺院に迎え入れられましたが、「太陽の勇者」として人々から慕われることに、都市の守り手として求められることに戸惑いと悩みを抱き続けていました。自分は何のために戦うのか、果たして本当に都市を守ろうとして戦ったのだろうか。自分が静かに生きるためじゃないのかと。
そんな彼女に寄り添い、親身になったのがダクソスでした。二人は神々やその教えについて、生き方について語り合い、悩みを打ち明け合い、また戦いの腕を磨き合いながら親密になっていきました。やがて彼が見せる人懐こい笑顔にエルズペスは安らぎと、そして少しの戸惑いを覚えるようになります。
どうして戦闘で敵と対峙するよりも、友達に心を打ち明ける方が難しいのだろう。
「『沈黙』を怒ってるの?」 エルズペスは尋ねた。
ダクソスは彼女を、奇妙な感情とともに見た。そして笑顔になったかと思うと、大声を上げて笑い始めた。まるで彼の顔がすっかり変わったようだった。その予期せぬ喜びを見て、エルズペスも笑顔になった。彼は彼女に近づいた、その頬に口付けをするように。だがそうではなく、囁いた。
「今までの人生で、一番幸せだよ」
エルズペスが返答する前に、彼は悪戯っぽく笑ってみせた。
「水について面白いことを知ってるかい?」
「水?」 話題の変化に彼女は困惑して尋ねた。
ダクソスは頭を左右に揺らしだした。何をしているのかエルズペスは考えていたが、視界の端に何かを見た。清流から立ち上る、水の流れ。よく見ようとして、ダクソスが呪文を唱える声を聞いたと思うと、彼女は既にずぶ濡れになっていた。
「水かけた!?」 エルズペスは声を上げた。
「そんな反応でいいのかい、太陽の勇者様?」 ダクソスは彼女をからかって言った。「偉大なるポルクラノスは倒せても、単純な水かけには反応できないとはね」
エルズペスは魔法を咄嗟に思いつかず、そのため彼へと体当たりをした。不意をつき、優勢になれた。彼の胸の上に膝をつき、ほとんど地面に押しつけたと思ったが、その時彼は不意に体重を移動させた。エルズペスは体勢を取り戻そうと左に身体を傾け、そしてダクソスは彼女を右へとひっくり返した。彼女は体勢を数秒維持できたが、あっさりと地面に押しつけられた。二人の体格はほぼ同じだったが、彼の方が力は強く、格闘の技に長けていた。
「降参、降参!」
エルズペスは言った。そして彼を押しのけると身体を起こして座った。二人とも泥と落ち葉、潰れたスミレの花まみれになっていた。
(共に『Journey Into Nyx, Godsend Part 2』 チャプター3より)
何してんだ君ら! しかしエルズペスが登場する小説はアラーラブロック・傷跡ブロック含めて4作ありますが、これほど楽しそうにはしゃぎ、笑う彼女の姿は初めて見ました。テーロスに着いたばかりの頃、書いた手紙を沼に沈めていた暗さが嘘のようです。
これエルズペスは白でダクソスは白青と、「色が合っている」んですよね。過去のストーリーにおいても、親密な仲になる男女のキャラクターの色の組み合わせはだいたい「同色」「友好色」でした。例えば以前も紹介したジェイス&リリアナは青と黒。友好色・対抗色の差が曖昧な昨今のマジックですが、こんな所に生き続けているようです。
さて。ゼナゴスはミノタウルスの大将軍をけしかけ、都市国家アクロスをミノタウルスの大群で包囲させます。やがてその危機の知らせは他の都市国家へと届き、エルズペスとダクソスも、セテッサから訪れていた英雄アンソーザも加わって、兵とともにメレティスからアクロスへと向かいました。
チャンレンジデッキのミノタウルスの軍勢と戦った人もいるかと思います。
ゲームデーのイベントは、エルズペスが繰り広げた戦いの再現です。
ゼナゴスは一方で自らアクロスの王宮へと侵入して捕えられ、自白をする相手としてエルズペスを指名しました。彼は正体を明かさぬままエルズペスへと、ミノタウルス軍団に勝利する作戦を囁きます。アクロスの崖の下を流れる川を魔法で氾濫させ、ミノタウルスを押し流す。それほどの魔力を持つ者は……いるのでした。ダクソスと、サイミーディ女王の力があれば、それは現実的な作戦と思われました。
そして作戦会議の場でエルズペスは、その謎めいたサテュロスから教わった作戦を語ります。彼女は決して話し上手ではないのですが、よどみなく言葉が出て、話が終わった時には自分を見る皆の目が変わっていることに気が付きました。その案は受け入れられました。
都市国家アクロスの王と王妃です。
そして戦略会議のシーン。ダクソスとエルズペスは……きっと手前にいるんですよ。
そして崖下で魔法の準備が進む一方、アクロス軍とミノタウルスの直接の戦いが勃発します。アナックス王はミノタウルスの大将軍との一騎打ちに挑みます。その挑戦は王としての、戦士としての彼の矜持でした。ですがミノタウルスの神、《殺戮の神、モーギス》の祝福によって強化された一撃に、王は身体を貫かれてしまいます。
魔法が長引けばアクロス軍に甚大な被害が及びます。サイミーディは命と引き換えに、《嵐の神、ケラノス》からの助力を得て魔法を完成させました。戦場の上空に雷雲が巻き起こり、雷鳴が轟きはじめると、エルズペス達は急いで退散します。ケラノスは河を氾濫させるだけでなく、水のエレメンタルまでも呼び寄せ、信徒の願いに応えました。圧倒的な流れに、ミノタウルス達はなすすべなく押し流されていきました。
その次は、嵐の神がその捧げ物を手に入れる時でした。サイミーディ女王の身体は炎の柱と燃え上がり、一陣の風だけを残して消えてしまいました。女王がその神の御許へ召されるのを、ダクソスは無力に見ていることしかできませんでした。
能力は至って真面目ですがそのあたりにイゼット団にも通じる「青赤」の気配が。
失ったものはとても大きく、そして自身も重傷ながらアナックス王は戦勝の宴を開くよう命令しました。勝利を讃え、兵を労い、《勝利の神、イロアス》へと感謝を捧げるために。エルズペスも珍しく髪を下ろし、アクロス様式のドレスで着飾って宴席に加わりました。絵が無いのが痛恨の極み! そしてようやく、彼女はダクソスと二人きりの時を過ごすことができました。互いの無事を喜び合い、寄り添い、見つめ合って、エルズペスは彼と自分の想いを知りました。二人を邪魔するものはなく、エルズペスは彼の笑みにこたえ、そして……
……そして深夜。外で響く奇妙な不協和音と歪んだ笑い声、騒乱の気配にエルズペスは目を覚ましました。
隣で眠るダクソスは奇妙に静かで、何か魔法の影響を受けているのを感じました。操られるようにエルズペスは立ち上がり、自分達が眠っていた天幕の入り口へと向かいます。そこには勝利をもたらす戦略をエルズペスへと伝えたあのサテュロスが。
そこで彼は初めて名乗りました。彼、ゼナゴスはまず、自分の思い通りに動いてくれた事に対してエルズペスに礼を言います。そして、引き連れていたフィナックス神の信奉者へと、二人を殺害するように命じました。欺瞞の神の使者は彼女の「最悪の悪夢」を実体化させます。それは彼女が新ファイレクシアから脱出する寸前、襲いかかってきたあの怪物……
エルズペスは抹消者を倒しますが、悪夢が晴れるとそこで彼女が見たのは、胸を血で赤く染め、動かないダクソスの姿でした。抹消者の鉤爪でか、もしかしたらエルズペスの刃でなのか……
考える暇はなく、天幕を切り裂いて、怪物が襲いかかってきました。エルズペスは逃れてきた友の手を引いて駆け出しました。狂乱の宴、外ではあちこちで炎が放たれ、戦いの音と悲鳴が響き渡っていました。ゼナゴスの大歓楽。その魔力に夜空そのものが赤く染まり、歪んでいました。
エルズペスは命からがらアクロスを脱出します。そして見たのでした、地平線の彼方で山々が震え、大歓楽の魔力が神的なものへと変質し、そして山頂からゼナゴスの巨体がニクスの星々をまとって、炎のように弾けて飛びだすのを。
安全と思える所まで逃げ、エルズペスはヘリオッドへと助けを求めますが、返ってきたのは主神の怒りでした。
ヘリオッドが怒り狂ったのは、ゼナゴスが神の座へと昇り、万神殿の秩序が乱されたためですが、もう一つ。前述したようにダクソスはヘリオッドに仕える神託者です。その選択基準こそ謎ですが、神にとって神託者は愛する存在であり、定命の世界への扉です。だからこそ神は彼らへと力を与え、声を届かせる。それを死の国へと奪われたのですから。ヘリオッドは「沈黙」を破り、人類への報復と、エルズペスを見つけ出すことを宣言ました。エルズペスは神の目を避け、一人荒野へと逃れたのでした。
と、ここまでが小説で明かされた神々の軍勢のストーリーでした。公式記事で語られたものと大枠は同じでしたが、細部はずいぶん違いました。何に驚いたかって、エ、エルズペスがー。
なんか驚きの方向性がずれている気がして申し訳ないのだけど。
うん。第12回記事にも書きましたが、マジックの物語中では時折色恋沙汰が描かれます。そしてカードを見ただけではわからない意外な一面や人間らしさ(種族は人間に限りませんが)が伺えて微笑ましくなるとともに、プレイヤー的には「いやあ、このカードとこのカードがなあ」と、変な感慨を抱いたりするものなんですが、よりによって(失礼)エルズペスが、構築で結果を残して続けている強キャラが、白単の「女騎士」キャラが。本当、こういう驚きがあるのが背景世界の醍醐味です。
とはいえ、エルズペスは恐ろしい故郷から逃げてきて、バントでは安心を得ていたとはいえ騎士として心を張りつめて生きてきたのでしょう。それが今回、ただの女性として、愛した男性と心から笑い合えた、たとえ一時でも。それは本当に良かったんじゃないかなと思うのですよ。
それと話は変わりますが、軍勢当時に何度かこんな質問を頂きました。
「ゼナゴスが神の座に昇るまで、赤緑の神はいなかったの?」
はい、おなじみDoug Beyerが質問に答えてくれていました。本当いつもお世話になっております。要約しますと、
「テーロスの時点で赤緑の神の座は空位であり、世界には十四柱の神々がいた。かつては赤緑の神もいたのかもしれないが、そうだとしても既に忘れられてしまう程に遠い昔のこと。ゼナゴスが現れるまで、《奔放の神殿》はただ空の玉座が置かれた、人々の集会場というだけだった」
むしろゼナゴスが神の座に昇ったことにより、単色の五神と二色の十神が「揃った」のでは? 良いことなのでは? と思わないでもないのですが、それはあくまでプレイヤー視点での意見であって、テーロス世界のバランスが取れていなかったというわけではないのでしょう。神がいなくてもそのマナや、その組み合わせはきちんと存在しているんですからね。
3. 「ニクスへの旅」ストーリー
ここまでで既に、公式記事には書かれていない衝撃の展開でした。まだ言いますがあのエルズペスがなあ……。ですが勿論終わりではありません、もう1エキスパンションあります。
心に深い傷を負い、追放されはしましたが、エルズペスはこの世界を去ろうという気は微塵もありませんでした。彼女には前を向いて歩き続ける目的がありました。ダクソスの仇を討つという目的が。
それに、表向きは追放という形でしたが、エルズペスに罪はない事を知る者も多くいました。やがて、森を歩き続ける彼女へと近寄ってくるレオニンの姿がありました。何故かエルズペスを知っているらしいその様子、続いて背後から現れたのは……彼女がよく知る、何度も頼りたいと願った、あの大きくて温かな存在でした。
アジャニはこの世界のレオニンとも以前から交流があり、王である《オレスコスの王、ブリマーズ》からも助言者として一目置かれる存在です。アジャニはエルズペスを心配してテーロスを訪れ、レオニン達へと彼女を探す協力を依頼していました。
エルズペスには確固たる意志がありました。どんな困難があろうとも、ニクスを目指す。ゼナゴスを倒す。レオニンの都市オレスコスにてブリマーズ王、人間でありながらもレオニンと友好関係にある歴史家ラナトスとともに、その方法を模索します。そして目指すは、世界の果てにあるという《彼方の神、クルフィックス》の神殿。
旅に出ると、世界の各地で神々が怒り狂う様子がわかりました。都市国家メレティスはその守護神格である《都市国家の神、エファラ》に守られてはいるものの、その神もヘリオッドの神殿までは気にかけていませんでした。
皮膚が石っぽいのは建築の神でもあることの証なのかな。
挫けることなく進むエルズペスの旅路には、希望もありました。多くの者が彼女の力になります。あの惨劇の夜以来の再会となる《セテッサの英雄、アンソーザ》。世界の果てへと向かう船を案内するのは伝説的トリトンの盗賊……と思いきやそれは仮の姿、あのマーフォークの異邦人。そして《海の神、タッサ》。実のところ多くの神々にとっても、主神ヘリオッドの自分勝手さは悩みの種でした。タッサはエルズペスの状況を理解し、手を差し伸べました。海の神はエルズペス達の船を世界の果てまで届け、さらに助言までも与えます。ニクスに入ってもゼナゴスの元へと行くには誰か他の神の助力が必要です。タッサは自分の名を呼ぶように告げました。そうすれば容易く、ゼナゴスの元へと辿りつけるだろうと。
そして辿り着いた世界の果ての滝、クルフィックス神殿。地平線にそびえるクルフィックス神の姿そのものが、ニクスへの入り口でした。アジャニの手に支えられながら、星空ゆらめくその「門」をくぐり抜けて進むとそこは、幾つもの柱と祭壇が並ぶ、荘厳な神殿でした。
ここでタッサの名を呼べば、彼女が力を貸してくれるはずでした。ですがエルズペスは声高らかに、死の国の神エレボスへと試練を求めます。
世界が変わり、エルズペスは質素ながら小奇麗な家の中にいました。農場へと出かける夫を見送り、娘が「剣を教えて」と彼女の裾を引っ張ります。ずっと求めていた、夢に見た穏やかで幸せな光景。娘との「思い出」が彼女の胸をよぎります。誕生。日々成長する幼少の頃。ほんの最近、夏の長い夕に共に遊んで過ごしたこと……。その娘、ミーナは労りとともに、母へと杯を差し出します。この場に不釣り合いな……黄金の杯。エルズペスは悟りました。これは全て、エレボス神が見せる偽り。この安らぎを、娘の愛を振り払うことこそが試練だと。エルズペスはその杯を壁へと叩きつけ、すると世界が引き裂かれるように、彼女はニクスへと戻ってきました。
アジャニの声を聞いて我に返り、そしてエルズペスは罪悪感に押し潰されそうになりました。あの娘の、ミーナの顔がよぎります、お腹にいる子の。……え?
ですが足を止め、後悔している時間はありません。ゼナゴスは天の炎の中に、あらゆる種族のニクス生まれを捕えていました。彼らがエルズペスとアジャニに襲いかかります。ですがそこで、《狩猟の神、ナイレア》が二人に力を貸します。ゼナゴスの前に立ちはだかるサテュロスの群れを風がなぎ払い、道を作りました。まるで山へと迫るようにエルズペスはゼナゴスへと向かいます。そして不可能な速さで、愛した者の名を込めながら、エルズペスはゼナゴスへと神送りを振るいました。背後はアジャニが守ってくれていました。ゼナゴスからの激しい攻撃を受けながらも、エルズペスは歓楽の神の中にほんの僅かに残る、定命の真髄を発見しました。その心臓はまだ生者として脈打っていました。エルズペスはそこに狙いを定め……
It,
is,
done.
その傷から星々が河のように溢れ出し、ゼナゴスの巨体は倒れました。
そして、エルズペスがタッサではなくエレボスの名を呼び、試練を求めたのは、死の神への願いがあるためでした。
「エレボスよ、私は試練を通過しました。望みがあります」
「駄目だ、エルズペス!」 アジャニが叫んだ。
「私の命と引き換えに、ダクソスを定命の世界に!」
(『Journey Into Nyx, Godsend Part 2』 チャプター15より)
……その声は風に乗り、死の国へと届きました。
エルズペスの身体が揺らぎ始めました。彼女に生きて戻る気はない、そう悟ったアジャニはここからプレインズウォークできるかと尋ねますが、彼女に次元を渡る気力はもう残されていませんでした。それでも、せめてニクスから脱出しようとする二人の前に、ヘリオッドが現れました。
エルズペスの命はもはやエレボスへと捧げられたものでした。とはいえテーロス世界の主神は、ゼナゴスを倒しはしたもののこの騒動の一員となった、そして神々の知り得ない世界を見ることができる彼女を許すことはできませんでした。エルズペスは言われるままヘリオッドへと《神送り》を返すのですが、ヘリオッドはその刃をエルズペスの胸へと突き立てました。神送りはエルズペスの胸で砕け、その神性を失いました。……そう、何か、物語のこの部分だけ取り沙汰されて「ヘリオッドがエルズペスを殺害した」という噂が出回りましたが、真相はこの通りです。「この時に灯を奪われた」という噂も流れましたが、小説を読む感じでは特にそういうわけではないと思います。
ヘリオッドは二人へと告げました。エレボスのものとなるために、定命の世界に戻れと。ここで死んでしまったなら、魂すらも消え去って死の国に行く ことは かなわない。
そしてアジャニに連れられて戻ってきた定命の世界、陽の光の下。エルズペスを終焉が迎えに来ました。黒い衣をまとった、エレボスの使者達が。
ダクソスと再会することは叶わなかった、けれど彼は再びこの世界を歩くことができる。それで十分でした。
エレボスの使者の手が触れ、意識が消え去るのを感じながら、エルズペスは終わりの場所へと逝きました。最期は心穏やかに、ダクソスと共に過ごした、何よりも幸せだった時間を思い浮かべながら。そして今一度、主神へとその願いを繰り返しながら。平穏を下さい。平和を下さい。終には安らぎを下さい。
……ああ。それで終わりでしたら。それで終わりでしたら、どんなに良かったか。
ありし日に、二人が笑い合った清流の傍。そこには黄金の仮面をつけた青年が、心なく彷徨う姿がありました。
4. つまりどうなったの
エルズペス、退場……ですね。ニクスへの旅トレイラーの通りに、最後はエレボス様が全てを持って行きました。
本当に「壮麗な 寂滅の運命」でした。彼女はまさにすべてを賭し、テーロスの緑の野を、神々の軍勢の血煙と炎の中を、ニクスの夜空の世界を白くまばゆく駆け、出会い、戦い、愛し、別れ、また駆け抜けて、そして私達の前からも走り去ってしまいました。確固たる意志を持って目的へと邁進するエルズペスの姿は、清々しいほどにとても真っ直ぐでした。ゼナゴスを倒して神々の怒りを鎮め、世界に平和を取り戻す。そして愛する者の仇を討つ。そのために彼女は戦い抜きました。
エルズペスはダクソスが蘇ることを願いました。彼は戻ってきました……「蘇りし者」となって。黄金の仮面に灰色の身体。知性こそ持つものの、生前の自我は失われています。愛した家族が蘇りし者となって帰ってくる、そんな悲しい再会を描いた公式記事「アスフォデル」にはこうあります。
「悲しい皮肉です。彼らは蘇るほどに生を愛していたというのに、その愛を持ったまま戻っては来られないのですから」
蘇りし者はテーロス世界のゾンビです。彼らは自らの意志で死の国から帰ってきます、生者の世界へと戻ることを切望して。ですが戻るためには「自我」を、その切望の理由を忘れなければなりません。愛する者のために戻ってきたとしても、愛する者の顔も、時には自分が誰を探しているのかもわからない……。ダクソスも、それは同じでした。ただ、彼が自力で戻ってきたのか、エレボスがそのように帰したのかはまでは不明です。死の国の神の御許にいるエルズペスはせめて、彼の顛末を知らないでいることを願います……。
そして、エルズペスはニクスへと入る前に心を決めていました。エレボスの試練を請い、自分の命と引き換えに、愛する者を定命の世界に戻すことを願うと。もう帰ってこないことを決心していました。そして死の国へ往く。もしかしたら、お腹に宿った子を連れて。知った時にはもう戻れなかったとはいえ、彼女が抱いた罪悪感の重さは想像することしかできません。エレボスがそれを見せたのも、エルズペスの覚悟を試していたのでしょうね。
と、何もかもが悲しい展開なのですが、そしてここまでの余韻台無しな話をしますが、いや驚いたってもんじゃなかった。前回「ゼウス的に考えて」とか書きましたが、相手こそ違うものの孕ませ展開が本当にあったよ。エルズペスが試練の中で見た娘、ミーナ。原文にて「unborn child」と書かれていまして、これ辞書ひきますとそのまま「胎児」の意味。このまま解釈して良いのか、試練の中での描写を読むと迷わないではないのですが。とはいえ、エルズペスが抱いた「罪悪感」はきっと、この子への罪悪感なんでしょう。それにほらギリシャ神話モチーフの話なんですから孕ませ展開はむしろ自然じゃね(ゲス顔)。ちなみにマジック20年の歴史で、旧世代も含めてプレインズウォーカー(覚醒後)に子供ができた最初の事例かもしれない。
え、既成事実? 戦勝の宴が大歓楽になる前のことでした。
アンソーザが退出するとすぐに、ダクソスはエルズペスの隣にやって来た。サイミーディ女王の悲報とともに戻ってきて以来、二人は話をする時間をほとんど持てていなかった。エルズペスがダクソスに寄りかかると、その肩に腕が回された。
「生きていてくれて良かった、ってもう言ったかな」
「私も、同じことを言いたかった」
「外に行こうか?」 彼は尋ねた。「楽器の音色で踊ろうか?」
「ううん」 エルズペスは答えた。「ここからでも音楽はよく聞こえるから」
「話をしようか?」 ダクソスは再び尋ねた。彼はその手を彼女の首の後ろに軽く添えた。顔を向けられると、彼は歯を見せて笑った。それは「いいよな?」という笑みだった。エルズペスは一つ深呼吸をして、微笑みを返した。まるで唐突に、世界の全てが意味を成したようだった。
「話なんて」 彼女は言った。「いらない」
エルズペスは彼へと手を伸ばし、触れた。
(暗転)
(略)
ダクソスは彼女の隣で眠っていた。二人は身体を絡ませ合って寝台に横たわっていた。
(『Journey Into Nyx, Godsend Part 2』 チャプター8より)
It is done.
ダクソスのGodsendがエルズペスをIt is done。一つ深呼吸とともに「心の準備」をするエルズペスが可愛いですよ。そういえば公式記事でもありました。男女の組み合わせこそ逆ですが、神託者と恋をして、結ばれて、でも死んでしまう物語。これがまた大丈夫なの? って心配になるくらい「描写」が濃いんですよ。マジックの対象年齢は13歳以上だったと思います一応。
それはともかく、「唐突に、世界の全てが意味を成したようだった」とあるように、エルズペスはダクソスと結ばれ、この世界に生きる目的を見出し、心の強さを手に入れました。求めた安息や安寧、それは世界とか神とかそんな大きなものではなく身近に、目の前にあったということでもあるのでしょう。だから逃げなかったんです。バント、ミラディン。今までは失ったものを置いて逃げてきたエルズペスが、心揺らぐことなく終わりまでを駆け抜けました。自身の安息を求めてきたエルズペスが、自分ではない者のために。ひたすらに、まっすぐに。その姿は眩しかった、美しかった、私は心からそう思います。
5. 前回記事ラストの疑問への解答
《神討ち》というカードから、ゼナゴスが倒されたことはわかっていました。だけどその後に何があったのか? 前回記事にていくつかの疑問を提示していましたが、それらに対する解答をまとめました。
■エルズペスは神を倒してどうなったの?
神々の世界を乱したゼナゴスを倒し、愛する者を蘇らせることと引き換えに、エレボス神の御許へ旅立ちました。テーロスの物語が始まる前に「平穏を下さい。平和を下さい。終には安らぎを下さい」と願っていた彼女。この結末をどう見るかは人それぞれかと思いますが、少なくともエルズペスは望んでいたものを得られたのでしょう。《太陽の勇者、エルズペス》のカードが《神送り》を装備できない件? なんか灯がどうとかそういうレベルの話じゃなかったよ……。
■アジャニもどうなったの?
ニクスを出てテーロス世界に戻ってきてすぐに、ブリマーズ王の配下達に保護されました。アジャニ自身はそのまま生きていると思いますが、エルズペスを失った悔恨はずっと残るでしょうね。
■クルフィックスが言っていた「神を殺すための対価」とは何だったの?
「神を殺すために捧げなければいけないもの」というよりはむしろ、「神を殺したエルズペスがどうなるのか」を彼は予期していて、それを「対価」と表現したような気がします。
■ゼナゴスは死んだの? それとも神ではなくなっただけで生きているの?
ゼナゴスの意識がその身体から消え去り、彼の身体はかつての大きさへと縮んだ。そして世界の間の裂け目に飲み込まれ、そのぼろぼろの身体は絶望の地にて眠るべく落ちていった。
(『Journey Into Nyx, Godsend Part 2』 チャプター15より)
うーん、これはどうなんでしょう。「絶望の地/Despair Lands」とは定命の世界の中でもエレボスの力の影響を受けた不毛の地です。カード的には《神討ち》で除去されるのは神ゼナゴスだけであってプレインズウォーカー・ゼナゴスは残るので生きてるんじゃないかな、と思いましたが。さすがに心臓刺されたら死んでるか。
■キオーラは何をしていたの? アショクは?
まず二人とも、テーロスブロックの複数のカードに顔を出していました。
キオーラは公式記事の他に、JOU小説後半にて驚きの登場。まさに波のように軽やかに楽しそうに存在感を主張していました。彼女は自身の目的のために、別の、とある伝説的トリトン(テーロス世界のマーフォーク)のふりをしてアジャニ&エルズペスをクルフィックス神殿へと導く手助けしていたのですが、ある時正体を表しました。
「ヴェルス山に侵入してパーフォロスの涙を盗んだって話を聞いたことはある? フィナックスの後ろに隠れてその秘密を一年間書き記したって話は? コーシの名において、そいつらは私を何だと思ってるのよ?」
アジャニの耳がぴくりと動いた。「コーシ?」
「君は何者なんだ?」 アジャニは尋ねた。
「キオーラって呼んで」 彼女は言った。「アリクスメテスを見つけるために、モンスーン号が必要だったの。それがないといけなくて。じゃ、頑張ってニクスへ行ってね」
「でも、世界の果てって何処にあるの?」 エルズペスが尋ねた。
「そんなことは船に聞いて!」
(共に『Journey Into Nyx, Godsend Part 2』 チャプター13より)
公式記事も小説も重い展開の多いテーロスブロック。その中にあってキオーラの明るさ、悲壮感の無さには読んでいて心が軽くなります。
ところでアジャニが「コーシ」という名前に反応していました。《コーシのペテン師》《コーシの荒廃者》といったカード名に登場しているコーシ/Cosiとはゼンディカー世界、《真実の解体者、コジレック》の神話上の名です。アジャニはもしかしたらゼンディカーにも行ったことがあるのかもしれません。
アショクは数本の公式記事に登場し、《欺瞞の神、フィナックス》と青黒同士で組んで色々と悪巧みをしていました。小説には登場していませんでしたが、コミックの方であの!《ダク・フェイデン》と関わっているようですよ。
6. 最後に
エイスリオスの神殿は、死の国へと向かう船を待つ桟橋でもあります。全ての死者が通過する門。エルズペスもここから、通行の神の導きでエレボスの御許へと向かったのでしょう。
ニクスへの旅のトレイラー「完全版」にて、死の国の奥深く、死者達に守られた先にエルズペスが眠る様子を見ることができました(6:08頃からご覧ください)。
その葬送の仮面は、《神送り》の柄。エレボスのものとなったエルズペスは、まさに宝物のように大切に守られているのでしょう。そして宝石が光る……エルズペスは生きている、というのも変ですが、死の国で死者として生きている。意志を持ってそこにいる。
彼女はエレボスへと、愛する者と自分の命の交換を願いました。そのため、死の国から出て行くことを望みはしないでしょう。ですが、「旅の終わり」の最後にはこう述べられていました。
テーロスにて定命の者が死すと、その者は死の国へと往く。死の国が真にどのような所なのか、生者は推測するのみである。蘇りし者は何も語らない。
もしも、更なる困難がエルズペスを待ち受けているとしても、彼女は世俗的な心配や懸念に阻まれることなく、これまで以上の更なる強さでそれらと対峙するだろう。
エルズペスは納得して逝きました。そしてエレボスの御許にいます。ですがこの、一見「復活フラグか?」というような、やや唐突に思わないでもない最終段落。そして「更なる強さで」。小説の内容を踏まえるのであれば、「エルズペスは死の国でダクソスの子供を産んで育てるのかもしれないよ」という意味なのかな……? そして完全に予想、妄想でしかないのですが、もしも、その子がエルズペスの「プレインズウォーカーの灯」を貰っていたとしたら……? そしてもしかしたらいつか、エルズペスを探しに死の国を訪れたアジャニが、その子を託されたとしたら……?
そんな夢を見ながら、いつか来るかもしれない日を待ったっていいと思いませんか。
テーロスのモチーフはギリシャ神話。その基本は、神々の身勝手に翻弄される人々の悲劇の物語です。せめてエルズペスがその最期に感じた安らぎに、私達は救いを求めずにはいられません。
今は、テーロス世界に住まう人々と同じように願います。自らの運命を受け入れたエルズペスが、どうか心安らかに神の御許にいますように。
(終)
※編注:記事内の画像は、以下のサイトより引用させて頂きました。
『プレインズウォーカーのための「ニクスへの旅」案内』
http://mtg-jp.com/reading/translated/0008678/
『プレインズウォーカーのための「ニクスへの旅」案内 その2』
http://mtg-jp.com/reading/translated/023503/
『失われし告白』
http://mtg-jp.com/reading/translated/ur/023543/
『Looking Ahead』
http://www.wizards.com/Magic/Magazine/Article.aspx?x=mtg/daily/arcana/1366
『自己の本質』
http://mtg-jp.com/reading/translated/ur/0006817/