鈴木 健二。
日本のマジックを黎明期から見つめ続け、レベル3ジャッジとして多くのイベントに携わってきた。彼の薫陶を受けたプレイヤー、そしてジャッジは数え切れないほど存在するであろう。「すずけん」という愛称とともに、グランプリ会場で彼を目にしたプレイヤーもきっと多いだろう。
その鈴木が、今年7月、このグランプリ千葉をもって、レベル3ジャッジとしての活動を終えることを、自身のブログで告げた。
マジック関係の方々へのお知らせ https://t.co/b4DRXVvvmv #DiaryNote
— すずけん (@suzuken) 2016年7月11日
大きな衝撃を日本のマジック界に与えたことは間違いない。それくらい彼の存在は大きいのだ。一つの時代が終わったかのような印象を受けるのも、無理はない。
このグランプリでは、ヘッドジャッジを補佐し、会場のアナウンスや通訳を担当する激務の合間を縫って、お話を伺うことができた。
これが最後になるかは分からないが、一つの節目としての言葉。最後までじっくりとお読みいただきたい。
■ 鈴木 健二インタビュー
――「レベル3ジャッジ引退を表明されて、かなりの反響があったと思いますが、いかがですか?」
鈴木「そうですね……『残念だ』と言ってくれた人が多かったのは、本当に嬉しかったです」
――「鈴木さんは、日本のマジックを黎明期から見つめ、育ててきた方ですから、当然の声だと思います。薫陶を受けた人は、数え切れないくらい多いわけですよね。関東では知らない人がいないくらい、でしょうか?」
鈴木「たしかに、そうなるかもしれませんね。『僕よりもっとすごい人がいる』と僕自身は考えているので、なかなか実感できないのですが、かなり年齢が上の方になりましたからね。だからこそ、頼られる部分もあるのかと思います。なので、引退することに関しては『申し訳ないな』と思う部分が、たしかにありますね。長年携わってきたので、寂しさももちろんありますよ」
■ 鈴木の見てきた、マジックとグランプリ
――「長い時間をジャッジとして過ごし、グランプリを、そしてマジックを見つめてきて、『ここが変わったな』と思う点はありますか?」
鈴木「まず、グランプリに関しては人数がとにかく増えましたよね。昔のグランプリは、もっとこじんまりとしていたんですよ。3~400人くらいのグランプリが普通にあって、あるときに1000人を越えて、『これはすごいね』とジャッジの間で話をしていたことを覚えています。それが今やこの人数ですからね。現在から考えると、信じられないくらいです」
――「たしかに、WMCQのようなイベントでも300人集まることもありますよね」
鈴木「ありますね。そういった大会情報の共有も含めて、マジックの情報も増えたな、と思います。もちろん、マジックを楽しむ環境も整ってきていますね。当時、パックを売っている場所も少なく、ルールの整備も不十分だった頃を知っている私としては、素直に『羨ましいな』と思います」
――「情報に関しては、本当に増えていますよね。ネットを使えば、デッキリストが簡単に見られるようになっていますし」
鈴木「そうですね。ただ、情報が増えているからこそ、『考えることの楽しさ』を忘れないで欲しい、と強く思いますね」
■ マジックは、やはり楽しい
――「考えることの楽しさ、ですか。それが長年マジックを見つめてきた鈴木さんの考える、『マジックの楽しさ』なんですね」
鈴木「そうですね。マジックの楽しさは、自分で考えることだと思っています。これは昔から変わりません。プレイするときは、『どのカードをプレイするべきか』『ブロックするべきか』といったことを考えること、そしてデッキを組むときも『このカードを入れたらどうなるんだろう』と考える楽しみが、マジックにはありますよね」
――「そうですね。自分の考えたデッキで、自分の考えたプレイができる、というのはやはり楽しいことですよね」
鈴木「その楽しさを、忘れないで欲しいんです。大会で優勝したデッキレシピも簡単に見つけられますが、それをそのまま使うのではなく、『どうやって使うのかな?』と考えることは大切ですし、自分なりのデッキを組むことも、情報が増えている今だからこそ、忘れないで欲しいな、と。そして、マジックは、やはり楽しいんですよ」
■ 知らない人と、どうやってコミュニケーションを取るか
鈴木「昔話になってしまいますが、ルール関係でギスギスしていた時代もありました。今は、そういうものがないようにルールも整備されています。そして、グランプリのような競技レベルではあっても、一番の前提となるのは『マジックを楽しむ』ということだと思います。そのためには、相手とのコミュニケーションが重要です」
――「ジャッジの方が口にする『お互いにコミュニケーションを取ってゲームを進めてください』という言葉どおりですね」
鈴木「マジックは勝ち負けを決めるわけですが、対戦相手がいるからこそ成り立つゲームです。そして、対戦相手は人間ですからね。一期一会、ではありませんが、お互いが楽しめるように、コミュニケーションしながら、気持ちよく戦って欲しいと思いますね。昔のグランプリは人数が少なくて、顔見知りと対戦することも多かっかもしれませんが、今はユーザーの数、そして層も広がって、初対面の人と対戦するのが当たり前、という状態です。そういうときこそ、『知らない人と、どうやってコミュニケーションをとるか』が大切になってきます」
■ マジックと、技術の発展
――「たしかに、グランプリの参加人数は増えてきていますよね。それによって、ジャッジ業務の忙しさは増していますか?」
鈴木「そうですね。ですが、プレイヤーも大きなトーナメントに慣れてきていますし、グランプリにたくさんの人が来ても大丈夫なように、運営する側のジャッジと主催者にも、蓄積された知識や情報がありますから」
――「なるほど。ノウハウの共有、ですか。これもまた変わった部分かもしれませんね」
鈴木「そうですね。たとえば、今回はデッキリストがオンライン登録になりましたよね。それから、プレイマットなどの参加賞はインフォメーションでお渡しする形を採ったので、朝の段階で配る物もありませんでした。結果的に、朝の進行が非常にスムーズだったんですよ。『朝の時間をできる限り短縮しよう。そうすれば、早く終わってプレイヤーの負担も減る』という考えなのですが、これもグランプリを長年開催してきたことで、日本のマジック界に蓄積された知識と情報、経験を活かした結果だと思います」
――「オンラインペアリングの利用で、ラウンド間の進行も素早いですよね。こういった背景には、マジック界のみならず、社会全体の技術が発展した影響もありますよね」
鈴木「もちろんありますね。技術の発展によって、様々なシステムが改善されていることが、非常に大きいです。ジャッジ専用のウェブサイトもありますし、何より大きいのはスマートフォンです。これによって、オラクルの確認もかなり楽になりました。検索して、その場で見せられるので」
――「ちなみに、スマホがなかった時代に『オラクルを見せてください』と言われたら、どうしていたんですか?」
鈴木「それはですね、本部に走るんです。スコアキーパーのPCのみがネットにつながっているので、それでオラクルを検索して印刷。それを持ってプレイヤーのもとに走る、ということをしていました」
――「そ、それはものすごく大変ですね」
鈴木「大変でしたね。なので、『この能力は聞かれるかも?』と思ったものは、あらかじめ印刷していました。これも、経験です(笑) そういった意味では、今はジャッジ用のアプリもありますし、様々な部分が改善されていると思います」
――「その場で確認できれば、ジャッジの負担も減るわけですからね」
鈴木「そうですね。他に手を回さなくていいので、本当に必要なところへ集中することができるんですよ。これがかなり大きいですね。僕がマジックと付き合っていくうちに、色々な部分が変化しましたね」
■ これからの、マジックとの付き合い方
――「では改めてお伺いしたいのですが、今後、どのようにマジックと付き合っていく予定ですか?」
鈴木「そうですね……まずは、プレイヤーとして、グランプリに出てみたいですね。国内のグランプリに最後に出たのは、10年以上前だと思うので、久しぶりに」
――「ジャッジとしてではなく、一人のプレイヤーとして、ですか」
鈴木「そうですね。プレイヤーとして楽しみたい、という意味もあるのですが、やはりプレイヤーになってみないと分からない、気づかない部分が結構あると思うんです。実際にプレイヤーとして座ると、『ここはこうした方が良いかも?』『これがプレイヤーに必要だ』といったことに気づけると思うので」
――「鈴木さんがプレイヤーとして参加していたら、ジャッジはびっくりするでしょうね」
鈴木「するかもしれませんね(笑) 気づいたことを現役のジャッジたちに、こっそりと伝えることもあるかもしれません。ただ『ジャッジとして』という視点ではなく、肩の力を抜いて、マジックを楽しみたいですね」
■ マジックの魅力とは
――「最後に、改めて鈴木さんの考える、マジックの魅力を教えてください」
鈴木「魅力……。付き合いが長すぎて、今になって”魅力”と言われると困ってしまいますね。何しろ、人生の半分はマジックに関わっていますから。ただ、長年付き合って思うことは、マジックにはただのゲームを超越した、ある種“現象”のような側面がある、と考えています」
――「現象、ですか。ただ『楽しいゲーム』で終わるのではなく、それ以上のものがある、ということですよね?」
鈴木「そうですね。マジックから学んだことって、本当に多いんです。それこそ、語りきれないくらい。それに……」
鈴木さんは振り返り、大勢のプレイヤーが集った会場を見渡し、そして、こう答えてくれた。
鈴木「これだけの人を魅了して、これだけの大きな大会が開催される。改めて考えると、すごいことですよね」
筆者も、思わず筆を止めて会場を見つめた。本戦に参加している人、サイドイベントを楽しむ人、そしてジャッジを始めとするスタッフ……マジックに魅了された人々が集う会場が、鈴木さんの背後に広がっている。
鈴木「プレイヤー、ジャッジ、カバレージ……様々な形で、“能動的にゲームに関わることができる”。これもマジックの大きな特徴であり、魅力です。本当に良いゲームだな、と思いますね」
何千人、何万人というマジックプレイヤーに対して向けられてきたであろう笑顔を見て、筆者の涙腺は少し緩んだ。
インタビューを終えた鈴木さんは、「それでは」と一言だけ告げて、颯爽と立ち去っていった。
会場の人々の中へ。鈴木さんがその半生を捧げ見つめ続けてきた、マジックプレイヤーの中へと消えていく。
もう鈴木さんには、会えないのだろうか?
いや、そんなことはない。いつかどこかのグランプリ会場で、ジャッジシャツではなく、私服に身を包んだ鈴木さんに出会えるはずだ。そのときも、その笑顔とマジックユーザーを見つめる目線の優しさは変わらないだろう。
今はただ、そのジャッジシャツの背中に記されたプレインズウォーカーシンボルを見つめて、しばしの別れを告げよう。
鈴木 健二さん、ありがとうございます。あなたのおかげで、日本のマジックはここまで成長できました。
そして、これからもよろしくお願いします。
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