By Kazuki Watanabe
我々は「神」という言葉をその信仰に左右されずに使用する。起死回生のドローをすれば「神引き」と言い、パックを剥いて高額レアが出れば「神パック」と言う。
この場合の「神」は「凄い、優れている、幸運」といった言葉の代用ではあるのだが、マジックに携わるものの多くは、地位としての「神の座」を目指す。或るものは、デッキビルダーとして「神(ゼウス)」を、そしてまた或るものは、各フォーマットの「神」を目指す。
ここでお届けするのは、「神でありつづけること」を目指すものと、「神になること」を目指すものの一戦だ。
”中野の最終兵器”という呼び名と共に“モダン神”という称号がすっかり馴染んだ松田 幸雄。
ライターとして名を馳せながら、デッキビルダー、そしてプレイヤーとしても功績を残し続ける、細川 侑也。
その両名が、モダン神決定戦で激突する。
さて、神決定戦の空気は非常に独特だ。各フォーマットの神、挑戦者、そしてカバレージライターやジャッジといったごく僅かなスタッフのみが、この空気を味わうことができる。その空気は、単なる緊迫感のみではない。
そこに流れる空気は、大げさに言ってしまえば、“マジックに携わる者のみが楽しめる”と言うべきものだ。
この空気を、モダン神決定戦が始まる直前に筆者は味わった。会場に設けられた出場者とスタッフの控室にはモニターが置かれており、対戦の様子をリアルタイムで眺めることができる。松田と細川が会場に入ったのは、スタンダード神決定戦の対戦が最高潮を迎えるところであった。その光景が映っているモニターを眺めながら、
細川「《天才の片鱗》手札にあるから、ここで……あ、やっぱり打ちましたね」
松田「そうですね。それにしても《霊気池の驚異》と《電招の塔》か……和田(寛也)さん、大丈夫かなぁ」
細川「どちらかは機体使うと思ったんですけどね」
松田「たしかに。なんでこのデッキ選んだんだろう」
細川「さっき記事あがってましたよ、読み合い」
と、終わることない雑談を繰り広げている。
奇しくも、両名は先日開催されたグランプリ・静岡2017春で独特なデッキを持ち込み、公式カバレージでインタビューされている(デッキテク:細川 侑也の「Wrath Dredge」、デッキテク:松田 幸雄の「黒単ジャパニーズトラディショナルスナック」)。スタンダードに対する造詣が深いことはもちろんだが、マジックへの愛が炸裂しているため、話が止まらない。一つ一つのプレイに対し、延々と冗談交じりの議論を繰り広げるのだ。
その会話の光景を見ながら、「紅白歌合戦の副音声のように、この2人に喋らせておきたいと思った」ということは、ここに記しておこう。
スタンダード神決定戦の終戦を眺めた両者。これまで見つめていたモニターに、今度は自分たちが映る番だ。
では、ゲームの様子を届ける前に、互いのデッキについて触れておこう。二人がどのような思考でデッキを選択したのかは、神と挑戦者の読み合い: モダン編で触れられているので、ここでは簡単にまとめておくに留める。
挑戦者である細川が選んだのは「《均衡の復元》」だ。
モダンのデッキとしては、そこまでメジャーではないかもしれない。《荒原の境界石》といった境界石を利用してマナを伸ばし、デッキ名となっている《均衡の復元》で戦場をリセットしつつ勝利を目指すデッキであり、晴れる屋のデッキ検索でもわずか16件のみ登録されているアーキタイプだ。
デッキの大まかな動きやリストを知っている人はいるであろうが、「対戦相手が何を使ってくるか」と想像したときに、このデッキを選択肢として浮かべられる人物は、そこまで多くはないであろう。
対するモダン神・松田が選択したのは「グリクシス《死の影》」。グランプリ・神戸2017に向けてモダン熱が高まっている現在、最も勢いのあるアーキタイプと言っても過言ではない。
フェッチランド、ギルドランドなどによるダメージをメリットにできる《死の影》を活かし、グリクシスカラーを選択することで《瞬唱の魔道士》やドロー呪文、カウンター呪文の搭載を可能としたデッキで、松田の言葉を借りれば「速度、安定感、対応力全てが高く環境最強のデッキ」である。
先ほど紹介した神と挑戦者の読み合い: モダン編を読めばわかるのだが、両者、盛大に読みを外している。
松田 幸雄 vs. 細川 侑也
これから始まるゲームでは、互いのデッキの動き方こそ知ってはいるだろうが、想定とはまったく違うデッキとの対戦を繰り広げることになる。
Game 1
先手を選んだ細川は、ダブルマリガン。さらに、初手から動き出すことができず、1ターン目は何もせずに終える。対する松田は《湿った墓》、《思考囲い》と動き出す。公開された手札は、《暴力的な突発》、《献身的な嘆願》《猿人の指導霊》《火荒の境界石》。松田は手元のメモにカード名を記しながら、
松田「《火荒の境界石》? ん? なんだ……?」
と呟いた。公開された手札から、あらゆるデッキの可能性を探る。その横顔は、真剣そのものだ。
さて、松田は己のライフを削りながら、一気にゲームを畳み掛ける。《通りの悪霊》を「サイクリング」し、そこから《死の影》。ライフは8……1マナ、5/5という破格の性能で盤面に降り立つ。
細川が《ジェイスの誓い》をプレイすると、松田は頷きながら《頑固な否認》。
《血染めのぬかるみ》から《蒸気孔》をアンタップイン。《死の影》はさらに成長して1マナ、8/8。さらに《グルマグのアンコウ》も追加し、「探査」コストを支払いながら《頑固な否認》を残しておくことも忘れない。対処法を持たない細川は、そのまま投了を宣言。手早く土地を畳んでいく。
松田 1-0 細川
細川「先手貰います」
シャッフルを始めると同時に、細川は明るい声で呟く。そこから、二人は互いのデッキについて所感を述べていく。
細川「《死の影》は予想してませんでしたよ」
松田「そうですか? 私は細川さんが《死の影》を使うと思ってました。しかし境界石、かぁ……」
細川「まあ、予想外ですよね。」
1戦目は思うように動き出せなかった細川。しかし、神決定戦では、2戦目もサイドボードを使用せずに行う。メインボードの動きを見せつける時間は、まだ残されている。
Game 2
両者キープを宣言。細川は静かに《霧深い雨林》から《島》。対する松田は《血染めのぬかるみ》から《湿った墓》をアンタップイン。《血清の幻視》を唱えて、ゆっくりとゲームプランを練り始める。
しかし、その幻視は幻と化す。1ゲーム目の遅れを取り戻すかのように、早くも細川がゲームを決めにかかる。2ターン目にプレイしたのは、《森》。そして《猿人の指導霊》を追放して、《血染めの月》!
戦場に浮かぶ、赤い月。松田のゲームプランが瓦解し、赤く染まった瞬間である。松田は頭を一度掻くと、視線をしっかりと盤面に向けながら呟いた。
松田「メインに月、ですか……」
ここから、ゲームは一方的に展開する。各種ギルドランドとフェッチランドが《山》となった松田がデッキを駆動させるためには、《島》《沼》をドローするしかない。対する細川は、境界石を並べながら《ジェイスの誓い》。さらに《先駆ける者、ナヒリ》、《大いなるガルガドン》と続けていく。
赤マナ以外を捻出できない松田がようやく《沼》を引き込んで《思考囲い》で幾ばくかの妨害を試みたころ、細川は《先駆ける者、ナヒリ》の奥義を悠々と発動し、《引き裂かれし永劫、エムラクール》を盤面に降臨させた。
松田のライフは15。攻撃されることを良しとせず、潔く投了を宣言する。
松田 1-1 細川
2ゲーム目を振り返るならば、長々とした考察は必要ない。サイドボードに手を伸ばすと同時に松田が呟いた、次の言葉に集約されるであろう。
松田「《島》、《森》と来て、2ターン目に《血染めの月》を置かれるとは思わなかった」
3ゲーム目からは、サイドボードを用いた戦いになる。ここまで、時間はほとんど消費されていない。
Game 3
松田はじっくりと手札を見つめ、少し悩んでからキープを宣言。細川はマリガンし、再度引いた6枚を眺めて、小さく頷いてからゲームを開始する。
先攻の松田が《血染めのぬかるみ》起動すると……。
松田「《血染めの月》あるからなぁ……」
細川「どうします? ライフ17まで減らします?」
静かな会場内に響く、明るいやり取り。松田も苦笑いをしながら、
松田「いや、19で止めておきます」
と返し、《沼》を戦場に。そして、《思考囲い》で細川の《大いなるガルガドン》を抜き去った。
「2ターン目の《血染めの月》」がもたらす衝撃はやはり大きい。2ゲーム目の展開を縛って速やかに終わらせたのみならず、3ゲーム目の松田の動きさえも縛っている。《死の影》を展開するためにライフを減らす速度も、圧倒的に落ちている。
それでも、松田は制限された中で的確に動き続ける。《島》から《血清の幻視》、そしてもう1枚の《思考囲い》を唱えて安全を確認する。返すターン、細川が再び《猿人の指導霊》を利用して2ターン目に《血染めの月》を唱えたことも意に介さず、唱えられたのは《悪夢の織り手、アショク》だ。
「《悪夢の織り手、アショク》は、同型用」
と対戦前に松田自身は語っていたが、ここから八面六臂の活躍を披露する。早速「+2」能力で《大いなるガルガドン》、続いて《不屈の追跡者》を追放する。
そして、《血染めの月》で赤マナの捻出が容易なことを活かし、《破壊放題》で細川が並べた2つの境界石を破壊する。
《悪夢の織り手、アショク》の「-X」能力で《不屈の追跡者》を戦場に。土地を伸ばしながら「調査」を行い、そのままゲームを押し切った。
松田 2-1 細川
Game 4
細川はこのゲーム3度目のマリガン。対する松田は《血染めのぬかるみ》から《沼》、そして《思考囲い》と動き出す。
細川は、《均衡の復元》を「待機」。デッキ名となっているカードが、ようやく姿を見せた。
対する松田は《沸騰する小湖》。デッキを手に取ってから一呼吸を置いて、ここでは《蒸気孔》を選択。続けて、自身を対象に《思考掃き》を唱え、墓地のカードは6枚。それらを「探査」し、《グルマグのアンコウ》を戦場に送り出す。
《均衡の復元》があるため、戦場に居座れる時間は限られている。しかし、順当に攻撃を続ければ「待機」カウンターが減るよりも速く、相手のライフを削りきることが可能だろう。
その速度を落とすために、細川は《猿人の指導霊》を戦場に。《グルマグのアンコウ》の攻撃をブロックさせ、時間を稼ぐ。
しかし、松田はその時間稼ぎをものともせず、攻勢に出る。ドローしたカードは《悪夢の織り手、アショク》。そのまま盤面に降り立ち、細川のライブラリーを削る。めくれたのは……《暴力的な突発》《不屈の追跡者》《神聖の力線》という「細川がいま欲しい3枚」だった。
細川は《先駆ける者、ナヒリ》をプレイし、《グルマグのアンコウ》を除去。これで少しゲームが落ち着くかと思ったが、松田は《戦慄掘り》で優勢を維持し、《死の影》も唱えて攻撃の準備を整える。
潤沢な手札を維持する松田。それでも過度な展開はせず、《均衡の復元》の「待機」が空けるのを待つ。カウンターは「2」。たとえ戦場が更地になっても《悪夢の織り手、アショク》は《均衡の復元》の影響を受けないため、悪夢を織り続ける。
松田は続いて《コラガンの命令》でアーティファクト破壊と、手札を捨てさせるモードを選択。盤面の《原霧の境界石》を破壊し、手札の《暴力的な突発》が捨てられ、細川の対抗手段をじわりじわりと奪っていく。
《均衡の復元》に乗ったカウンターが0となり、戦場をリセット。《死の影》こそ姿を消したが、《悪夢の織り手、アショク》が《大いなるガルガドン》を寝返らせる。細川は《献身的な嘆願》から「続唱」。再び《均衡の復元》を唱えて、どうにか戦場を落ち着けようと試みる。
何度リセットされても、盤面には《悪夢の織り手、アショク》が残り続ける。残りの忠誠度3をすべて捧げて《不屈の追跡者》を味方に引き込み、「調査」。自身の心強い味方として活躍したであろうクリーチャーを眺めながら、細川は室内に響く声で叫んだ。
細川「俺の《不屈の追跡者》、強いなー!」
その叫び声の残響が消える前に、次の悪夢が襲う。細川の叫びを耳にしながら、松田は少し微笑み、2枚目の《悪夢の織り手、アショク》を唱える!
松田の操る《不屈の追跡者》の攻撃。
松田「通ります?」
細川が小さく頷くのを確認し、手札からカードを叩きつけた。
《コラガンの命令》が、第8期モダン神決定戦の終幕を告げた。
松田 3-1 細川
細川「負けました」
悔しさを交えながらも、明るい声で敗北を伝える細川。それを聞いた松田は笑みを浮かべ、手を差し伸べ、こう伝えた。
松田「楽しかったです。ありがとうございました」
そこから二人は、再び会話を始める。互いのデッキ選択について、サイドボードプランについて、一つ一つのプレイについて、そして、自分たちの愛するマジックについて。
彼らの尽きることのない会話を「終わることのない議論」と大げさに表現することは可能だが、この世のすべてには終わりがある。彼らの会話は非常に楽しそうであり、いつまでも耳を傾けていたいと筆者も思っていたのだが、そういうわけにもいかない。細川は挑戦者であった者として、松田は神として、インタビューに答えねばならないのだ。
この長くなったカバレージも、そろそろ終えねばならない。二人の会話を耳にしている中で、書いておきたいこと、残しておきたいことが山ほど湧き出てくるのだが、それをすべて書き記すには、紙幅が限られている。
その限られた中で、筆者にはあと一つ、どうしても果たさなければならない使命が残されている。
防衛を果たしたモダン神の功績を、改めて讃えることだ。
第8期モダン神決定戦、勝者は松田 幸雄!
防衛、おめでとう!!
この記事内で掲載されたカード
Twitterでつぶやく
Facebookでシェアする