By Kazuki Watanabe
時刻は、17:40。準決勝の試合が終わり、ヘッドジャッジが声を掛けた。
「では、少し休憩を挟んで、決勝は17:55から始めましょう」
そこから15分間、朝8時から始まった戦いに、短い休息が訪れる。決勝進出者とともに、ジャッジ、そして、カバレージを担当する筆者も、一息ついた。
とは言え、その休息を堪能する余裕は、この場にいる誰にも存在しない。
グランプリ・神戸2017も最終日。本戦も決勝ラウンドを迎え、各種サイドイベントも落ち着き始めた今、このイベントは最後の一戦を迎える。
イベントの名は、BIG MAGIC協賛「プロツアー『破滅の刻』予選」。
戦いを乗り越えた勝者に与えられるのはプロツアーへの参加権利。それは、多くのプレイヤーが目指す権利であり、更なる戦いに身を投じる権利だ。
日比野 泰隆(愛知) vs. 川口 テツ(福岡)
そのプロツアー予選の決勝に進出したのは、日比野 泰隆(愛知)と、川口 テツ(福岡)の二名である。
向かい合い、ニ、三の言葉を交わした辺りで、ヘッドジャッジから合図があった。腕時計の長針が、10と12の間を指し示している。
ここまで戦ってきた二人に、余計な言葉は不要であろう。権利や、賞品の説明を一通り終えた後に発せられたヘッドジャッジの言葉が、それを示している。
「何も言うことはありません。頑張ってください」
そして、こう続けられた。
「プロツアー予選決勝、試合を開始してください」
Game 1
プロツアーへと向かう戦いは、川口の《平地》、《聖なる猫》から開始される。2ターン目も《平地》を並べ、《結束のカルトーシュ》と続ける。
対する日比野は《森》《島》と並べて《死者の番人》と動き出した。
先攻の川口が、そのまま主導権を握って戦いを進めていく。戦士トークンに《知識のカルトーシュ》を身に付けさせ、《聖なる猫》と共に攻撃を加える。
4点のダメージを与えられ、ターンを受けた日比野。こちらも《死者の番人》に《活力のカルトーシュ》を付けて、相手の戦力を削ろうとするが、これを川口は《デジェルの決意》で受け流す。
川口 テツ
相手のプランを崩した川口。ドローを確認して、一言。
川口「強いカードを引いた」
手札に留まることなく、唱えられたのは《結束の試練》。
打点が大きく向上し、8点。残りライフを6点まで削る。さらに《聖なる猫》の絆魂がライフ差を大きく広げており、川口のライフは30点まで増加していた。
大きくライフ差が開いてしまったが、日比野は逡巡することなくドローを確認。《知識のカルトーシュ》を《死者の番人》に付け、2つのカルトーシュを身に纏わせる。サイズは4/4。さらに《苦刃の戦士》を追加して、戦線を構築する。
ここまで攻撃を続けてきた川口は、《選定の司祭》を唱えてターンエンド。
日比野 泰隆
相手の攻め手が緩んだところで、日比野は《活力の試練》を唱えてビーストトークンを生み出し、さらに《活力の模範》を加えて戦力を増強。対する川口は《ター一門の散兵》を唱え、どうにか展開を続けていく。
日比野が展開を続ける。追加された《鱗ビヒモス》を見て、川口も姿勢を正した。ライフは潤沢。対する相手のライフはごくわずか。落ち着いて《補給の隊商》を唱えて、トークンを生み出す。
続くターン、川口は盤面にある土地を勢い良く倒して、《釣りドレイク》を唱えた。カルトーシュが2つ付いた《死者の番人》を手札に釣り上げ、一気に戦況を傾ける。
空を遮ることができない日比野は、ここで投了を宣言。素早くデッキをまとめて、サイドボードに手を伸ばした。
日比野 0-1 川口
両者、サイドボードにかける時間は極めて短い。数枚のカードを入れ替えて、シャフルを始める。
その間、言葉が交わされることはない。静かな時間が訪れ、微かにシャッフルの音が聞こえるのみだ。本戦のフィーチャーテーブルから聞こえてくる拍手が一際大きく聞こえたのも、そのせいであろう。
グランプリ最終日の夕方。会場に流れる空気は静かで、少し寂しげである。マジックの祭典であるグランプリに残された時間は、あとわずかだ。
そして、プロツアー予選に残された時間も。
Game 2
先攻の日比野は《島》、《森》と続けて《苦刃の戦士》を戦場に送り出す。対する川口は《平地》から《聖なる猫》、さらに《苦刃の戦士》を《強制的永眠》で封じ込める。
互いに土地を伸ばして、迎えた第4ターン。まずは日比野が《秘法の管理者》を戦場へ。
盤面に降り立ったスフィンクスを眺めると、川口は少し微笑みながら《主張》をサイクリング。ターンを受けて、同じく《秘法の管理者》を戦場へと送り出す。
盤面で睨み合う、2体のスフィンクス。とは言えその状況も長くは続かない。日比野が《活力のカルトーシュ》を《秘法の管理者》に付けて、格闘を行わせる。
ここから、互いにクリーチャーを並べていく展開に。日比野は《活力の模範》、《微光鱗のドレイク》と続ける。対する川口は《多面相の侍臣》。さらに《釣りドレイク》で《秘法の管理者》を手札に戻させた。
そして、日比野が《修練者の相棒》を唱えてターンを返すと、《釣りドレイク》、《多面相の侍臣》の2体で、攻撃を仕掛ける。
その攻撃を見て、日比野の手が止まる。ここまで忙しなく動いてきた盤面が、一瞬止まった。
朝8時に集合し、シングルエリミネーションのシールドを5回戦。そして、決勝ラウンドはドラフト。手元の時計に目を落とせば、集合時間から10時間が経過したことを針が告げている。
次のプロツアー『破滅の刻』は京都で開かれる。アメリカや、アイルランドで開催されることに比べれば、我々日本人には近い場所である。だからこそ、目指すものは多いであろう。
しかし、プロツアーへの距離は、やはり遠い。選ばれた者、権利を持つ者のみが参加でき、その権利を得るためのPTQでは、一切の敗戦が許されない。負ければ、即座に戦いから振るい落とされる。両者は、ここまで無敗で駆け抜けてきた”勝者”なのだ。
そのどちらかは、この決勝で初めて敗者となり、プロツアーとの距離を一切縮めることなく、会場を去る。それは、日比野なのか、それとも、川口なのか。
攻撃がスルーされたことを確認し、川口は《補給の隊商》を唱えてトークンを引き連れさせる。自身の盤面には、《釣りドレイク》《多面相の侍臣》《補給の隊商》、そしてトークンの4体が並んだ。
ターンを返して、対する日比野の盤面に目を向けると、《修練者の相棒》《微光鱗のドレイク》《活力の模範》が居並び、そこに《横断地のクロコダイル》が《活力の模範》に-1/-1カウンターを乗せながら加わった。即座に《活力の模範》が攻撃に参加し、カウンターを除去。
《横断地のクロコダイル》が加わったことで、形勢はやや不利か。相手の戦力は十分となり、気を許せば一気にライフを削りきられてしまうだろう。打点を計算し、盤面を指で叩いて計算している川口には、それが分かっているはずだ。慎重にブロックを選ぶ手つきを見る限り、その恐怖と戦っているようにも見える。
しかし、川口はここで2ゲーム目を落とすつもりも、ましてやプロツアーの権利を手放すつもりも、微塵もないようだ。
手元のメモに、次のゲームを記す欄はない。
《微光鱗のドレイク》を《強制的永眠》で戦線から削ぎ落とし、相手の唱えた《古代ガニ》を静かに見つめて、ターンを受ける。
朝からの戦いの中で、川口は何百とドローを繰り返してきた。そして、これがこの日最後の、そしてプロツアーへと向かう最後のドローとなった。
《知識のカルトーシュ》が、川口にプロツアーの権利と、そこに至る道への知識をもたらした瞬間である。
日比野 0-2 川口
《釣りドレイク》が《知識のカルトーシュ》を身に付けて攻撃を加えると、日比野は右手を差し出した。
川口はその右手をしっかりと握り返し、喜びを爆発させた。その言葉には幾ばくかの疲労も混じっている。
勝者として、ヘッドジャッジから説明を受ける川口。そこに記されているのは、「新たな戦いの始まり」である。
7月に開催されるプロツアー『破滅の刻』に向けて、これから川口は忙しくなるであろう。その頃の環境はまったくの未知数であるし、プロツアーへ挑む準備となれば、想像を遥かに越える慌ただしさであるに違いない。
だからこそ、今だけは。
暫しの休息を、勝者に味わっていただきたい。
朝から続いた戦いが終わり、漸く訪れた休息の時間。
その休息を、プロツアー参加権利と共に。
プロツアー『破滅の刻』、優勝は川口 テツ!
おめでとう!
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