By Kazuki Watanabe
神決定戦の中でも、レガシー神決定戦には独特な空気がある。
その空気を言語化するのは非常に困難なのだが、その空気の根源にあるものは、対戦を見守る我々の思考が、凡そ次の二つに分類されるからであろう。
「神はいつまで勝つのか」「神はいつ負けるのか」
人々は神と挑戦者の闘いを見守る。「いつまでも神に防衛を果たして欲しい」という信仰を持つ者もいれば、「誰か神を倒してくれ」と嘆願にも似た感情を持つ者もいるだろう。
レガシー神・川北 史朗に挑む権利を持つものは、一人しかいない。ここでお届けするのは、その権利を持つ、”若き精鋭”のインタビューだ。
折茂 悠人(千葉)。
第9期レガシー神挑戦者決定戦で優勝を収めた折茂。スニークショーを手に、スイスラウンドを7-0-2という好成績で勝ち抜いた。
インタビューを申し込むと、「私はまだまだ経験が少ない方なので」と謙遜をしながらも快諾いただいた。
早速、伺ってみよう。神に挑む権利を持つ、たった一人の”挑戦者”の話を。
マジックとの出会い
――「折茂さんがマジックを始めたのは、いつ頃なのですか?」
折茂「始めたのは、大学に進学して間もないころです。新しい生活も落ち着いて少し時間ができたので、『何か新しい趣味を始めよう』と思った中の一つが、マジックでした。まだ学生なので、始めてから2年程度ですね」
――「そうなのですね。数ある中からマジックを選んだきっかけは、何かありますか?」
折茂「偶然、プロツアー『タルキール龍紀伝』の生放送を観て、八十岡 翔太さんの活躍を目にしたんです。当時はプロツアーの仕組みもよく分かっていなかったのですが、『日本人が活躍してる。かっこいいな』と思ったことがきっかけですね」
――「プロプレイヤーの活躍を目の当たりにして、マジックに引き込まれたわけですね」
折茂「そうですね。中学の頃の同級生がマジックを少しだけ知っていたこと、それから大学に教室を借りてフリープレイをするというサークルがあって、マジックプレイヤーに出会えたことも大きかったですね。一緒に楽しめる、教えてもらえる仲間ができて、これなら趣味として続けられそうだと思えたので」
――「そこから徐々にのめり込んでいくわけですね。フォーマットは何から始めたのですか?」
折茂「スタンダードはローテーションがあるので、モダンから始めてみました。最初はシャーマンの部族デッキを組んでみたのですが、値段的にも趣味に対する初期投資としてはこれくらいかな、と。ただ、そこからすぐに『スタンダードもやってみよう』と思ってしまったんですよね。スタンダードの方が大会も多いですし、ちょうどその頃、FNMのプロモカードが《血清の幻視》で、良い機会だからスタンダードも触ってみるか、と手を広げてみました」
――「なるほど。参加できる大会があるかどうかは、趣味という意味でも非常に重要ですよね」
折茂「重要ですね。プレリリースも参加しますし、イベントに合わせてマジックの楽しみ方も増やしていく、という感じです」
レガシーを始めるきっかけと、仲間
――「そういった楽しみ方の中で、『レガシーをやってみよう』と思ったきっかけについて、教えていただけますか?」
折茂「しばらくモダンとスタンダードを続けていく中で、『他のフォーマットはどんな感じなのかな?』と興味が湧いて、レガシーの動画を探してみたんです。そして、やはりと言うか、『これも面白そうだな』と思って色々調べ始めたのを覚えています。当然、金銭的な壁はあったのですが、ちょうどその頃、近くに新しいショップができてレガシープレイヤーとお話する機会がありました。そこで、『プロキシでも良いから、フリプしてみませんか?』とお誘いを頂いて、レガシーへの意欲が高まっていきましたね」
――「新たな仲間ができたわけですね」
折茂「そうですね。仲間というか、先輩というか。その上、レガシーのグランプリ・千葉2016が開催されるという話も聞いて、『とにかくデッキを一つ組んで、大会に出られるようにしよう』というのが当時の目標でした。まずはモダンのバーンをレガシーに変えるところからスタートしたのですが、その頃『エターナルマスターズ』が発表されたんです」
――「それもまた、レガシーを始めるきっかけの一つだったわけですね」
折茂「どちらかというと『これでレガシー人気が高まったら、デュアルランドが値上って買えなくなるかもしれない』という焦りがあったような気がしますね。そこで《Bayou》などを揃え始めました。青絡みのデュアルランドは手が出なかったんですけど、このあと大きな事件というか、レガシーがぐっと近づく出来事がありまして……」
レガシーへ導く《意志の力》
折茂「『エターナルマスターズ』が発売されて、何パックか購入してみたんです。『何か当たったら良いな』なんて軽い気持ちだったのですが、《意志の力》の日本語版が光ったんですよ」
――「な、なんと! 大当たりじゃないですか」
折茂「『これは!』と思いました。買い取りに出せば資金的にも楽になるし、ここまで来たら色々他のものを我慢してレガシーのデッキを作ってみよう、と思い立ち、《Underground Sea》なども揃えました。これが本当に大きかったです」
――「予想できないチャンスですもんね。そこから本格的にレガシーに参入したわけですね」
折茂「そうですね。まず、4Cデスブレードを組みまして、大会に出始めました。GPTが各地で開催されていたので、毎週どこかへ出向いてレガシーをプレイする、という生活の始まりですね」
――「そこから様々なデッキに触れていったのですか?」
折茂「いえ、資金の壁もあって、あまり多くのデッキは組めていないんです。バーン、赤黒リアニメイト、4Cデスブレードを使用して、対戦しながら相手のデッキを覚えていくことがほとんどですね。デッキを借りて回してみることも何回かはありましたけど……挑戦者決定戦で使用したスニークショーも、その頃友人に借りて回してますね。『これは使ってみたいな』と思ったデッキの一つだったので」
――「そうなのですね。何かきっかけはあったのですか?」
折茂「グランプリ・千葉2016の直前で、GPTの決勝ラウンドやバブルマッチまでは残るけどスニークショーに負け続けて、『ひょっとして、スニークショーというデッキがものすごく強いんじゃないか?』と思って足りないパーツを借りて回してみたんです。確かに強力で、決まれば爽快だったのですが、ドロースペルの唱え方を始めとして使いこなすのがとにかく難しくて……調整が間に合わないと判断し、本戦では慣れているデスブレードを使用しました」
――「なるほど。スニークショーはお蔵入り、と。神挑戦者決定戦ではスニークショーを使って見事優勝されましたが、グランプリ後に使い込んだのですか?」
第9期レガシー神挑戦者決定戦、決勝: 中川 探吾 vs. 折茂 悠人
折茂「いえ、実はあのタイミングで蔵から引っ張り出してきたんです」
――「そうだったんですね! それまで使用していた4Cデスブレードを使用しなかった理由は何かあるのですか?」
折茂「4月24日の禁止改訂、《師範の占い独楽》が禁止になり、環境が大きく変わりましたよね。大きな禁止改訂もほぼ初めての経験でしたし、『青白奇跡というトップメタがいなくなってどうなるんだろう?』と。そして、自分なりに判断して禁止改訂直後のBMOにも出場したのですが、見事に環境の変化について行けず、『神挑戦者決定戦にデスブレードは持っていけない』と判断しました。そして何を使おうか悩んだとき、『少しでも経験のあるデッキのほうが良い』と思ったんですよ」
――「それが、お蔵入りにしていたスニークショーだったわけですね」
折茂「グランプリの直前では調整時間が確保できない、という理由で諦めたのですが、いつか使ってみたいとは思っていたんです。レガシー特有のカードパワーの高さを体感できるデッキですからね」
『不思議な負け』はなく、『何故負けたのか』を考える
――「改めてお聞きしたいのですが、折茂さんの考える”レガシーの魅力”を教えていただけますか?」
折茂「レガシーは『不思議な勝ち』はあっても、『不思議な負け』がほとんどありません。負けた場合、大抵は自分の選択に間違いがあって、反省点があります。『こうすれば良かった』『ああしていれば』といくらでも反省して、友人たちと議論ができる。そういうところが自分にとっては魅力的な部分ですね」
――「なるほど。不思議な負けではなく、しっかりと理由がある負け、ですか」
折茂「始めた頃は『よくわからない内に負けた』なんて思ったこともあるのですが、それは自分の経験と知識が不足していたんだな、と今では思えます。その上で、例えば《渦まく知識》の唱え方を少し考えるだけでも勝率が変わったんですよ。少し変えて、考えるだけで変化を実感できる……これは本当に面白いな、と思いますね」
折茂「私の場合、マジックに触れられるのは週末だけなので、例えば『土地をたくさん引いて負けた』というのを単純に『仕方がない』と割り切るのはもったいないというか、悔しいんですよね。レガシーの場合は、引きの悪さをドロースペルで補うこともできますし、大抵の敗因は『仕方がない』ではなく『自分のミス』です。大会が終わって電車の中で友人と『あっちを唱えるべきだったよね?』『先に起動すれば良かったね』といくらでも反省できますから」
――「そうやって友人と行う反省会を含めて、レガシーの魅力なのですね」
折茂「そうですね。友人の存在は大きいです。レガシーの場合、フリープレイできる人を見つけること自体が大変ですし、同じ熱量を持ってレガシーに取り組んでくれる仲間は本当に貴重です。先ほど述べたとおり、反省点が山ほど出て来きます。それについてじっくりと考え、議論する時間が必要なのですが、大戦終了後に感想戦で、というのは難しいんですよ」
――「次のマッチまでの時間も限られている上に、同じ熱量で話せるかもわかりませんよね」
折茂「ええ。勝ったけど、調整した部分が効いたのか、それとも逆だったのか。こういったものは、感想戦をやらないと分からない部分です。そうなると、じっくりと話せる仲間がいるかどうかが重要だな、と」
――「そして、友人と話をしながら対戦を振り返り、次の勝利に向かうわけですね」
折茂「そうですね。反省を繰り返す内に、色々と覚えていく楽しさがあります。同じデッキと対戦しても、何百通りという負け方がありますし、今でも『こんな負け方をするのか』と思うことがありますからね」
――「折茂さんのように慣れている方でも、新たな負け方を味わうことがあるのですか?」
折茂「もちろんありますよ。私はレガシープレイヤーの中では経験が浅い方ですし……あと、『自分が敗因』という意味では、私は大きなミスをするんですよ。代表的なものとして《思考囲い》と《外科的摘出》を間違えたことがあって、これは戒めとして今でも覚えてます。大事な舞台ほど大きなミスをしやすいので、本当に気をつけないと……」
――「そういった意味では、今回の神決定戦は……」
折茂「神・川北 史朗さんと戦うという、これ以上ない、大事な舞台ですね」
神と戦う大舞台 -神・川北について-
折茂「川北さんとは、挑戦者決定戦でニコニコ生放送に出演したときが初対面です。もちろん私は一方的に知っていましたが、川北さんはほとんど私のことを知らないと思いますね」
――「折茂さんから見て、防衛を続ける川北さんの強さはどの辺りにあると思いますか?」
折茂「まず、デッキ選択に至るまでの思考がすごいですよね。本命の予想を外しても戦えるデッキを選択している印象がありますし、この神決定戦というフォーマットでの強さが抜きん出ているのだと思います」
――「常に話題になる、”神決定戦での、神の強さ”ですね」
折茂「そうですね。それから、プレイングで言うと、どんな場面でも『あれを引いたら勝てる』という勝機を残していて、それを引き込むんですよね。機械のような正確なプレイ、というよりは、多少のミスがあっても常に勝ち筋を残している印象があります。デッキ選択の段階で挑戦者を上回り、戦う前から既に勝っているような……読みと、その前段階としての情報収集がすごいんでしょうね」
――「そして、今回は折茂さんが読まれ、情報を収集される側になりましたね」
折茂「なってしまいましたね。ただ、私の場合、実績がないので情報がまったくないと思うんですよ。試しに、『川北さんが私を調べた場合、何が出てくるんだろう』とネットで検索してみたんです。結論は、『何も分からない』でしたからね」
――「いくら読みが鋭くても、そもそもの情報がなければ……?」
折茂「もしかしたら、私の想像もつかない方法で読み切ってくるのかもしれません。なので、レガシー神決定戦を見てきたファンの一人として、『何も情報がないときに、川北さんは何をしてくるんだろう?』というのが、私自身の楽しみでもあります」
――「折茂さん自身が知らない情報を仕入れてくるかもしれませんね」
折茂「そうだとしたら恐ろしいですね(笑) デッキ選択や本戦も含めて、レガシー神決定戦はとにかく面白くて、私も生放送はもちろん、動画やカバレージに目を通してきました。ただ、いざ自分があの場所に立つ、となると緊張してしまいますね。過去の神決定戦をリアルタイムで見ながら、自分なりに川北さんの使用デッキを予想したこともあるのですが、前回でわからなくなってしまいましたし」
――「川北さんが、エルドラージを使用した第8期レガシー神決定戦ですね」
第8期レガシー神決定戦:川北 史朗 vs. 川居 裕介
折茂「ええ。『川北さんは青いデッキが好きで、青は使うんだろうな』と思っていたのですが、『青じゃないデッキも使うのか……これはもういよいよ分からないな』と、正直なところ、かなり苦しんでいます」
そう言いながら苦笑いを見せる折茂。しかし、苦しんでいるということは、思考を巡らせている証拠に他ならない。
彼が、仲間と共にこれまでに繰り広げてきた反省会という名の“次の勝利に向けた思考の整理”が着実に行われている。
筆者がインタビューを締めくくるために投げかけた「本番に向けた決意を」という質問に対して、しっかりとした口調で、自身の思考を言葉にしてくれた。これもまた、思考を巡らせている証拠であろう。
折茂「どのような戦いになるのか分かりませんが、二度とないチャンスです。特別な闘いを、しかも大好きなレガシーというフォーマットで戦えるというのはこれ以上ない経験です。だからこそ、意識せずに、いつもどおり楽しみながら戦いたいんです。いつもどおりのプレイをして負けるならば、いつもどおり敗因を分析して、仲間と議論し、次の戦いへ繋げられる貴重な機会ですから。持てる力すべてを投入して、しっかりと仕上げて挑みたいと思います」
Twitterでつぶやく
Facebookでシェアする