勝ちたいなら勝ちたいって言ってよ!vol.4

高橋 純也



 「ベストを尽くします」

 僕が幼い頃に憧れていたスポーツ選手たちは、いつだって試合前にこう語っていた。ひねくれた子供だった僕は、それを観衆に向けた建前だと思いこみ、執念や泥臭さが無く、むしろどこか小奇麗さを感じさせる言葉の並びに、嫌気がさしていた。

 ベストとかどうでもいいから勝ってくれ。どうせ勝てないと満足できないんでしょ?

 斜に構えてこんな文句を言いつつも、結局は試合に熱中することが常だったのだが、試合の中で彼らの必死な気迫を確認するたびに、試合前の言葉がより浮ついたものに感じられて、残念な気持ちになったことを覚えている。

 しかしそれからしばらくが経ち、僕自身が真剣に打ち込むものを見つけてからは、彼らの言葉はまた違ったものに感じられるようになった。応援してくれる者への配慮だとか、試合前にできることはやりきっている、といった話ではなく、ただ単純に「ベストを尽くす」ことが誇り高くも難しい目標であることに気が付いたのだ。

 人間できることしかできないならば、その最大限を発揮するための努力こそが最も勝利に近づく行動なのは明らかである。また、如何なる技術や知識を持っていても、それらを使用する場面において思うように使えないのであれば、それは知識や技術を持っていないに等しい。

 これらのことから僕は、「ベストを尽くす」ことがすべての競技者にとって目指すべき理想的な目標だと考えるようになった。

 自分が発揮できるはずの最大限のパフォーマンスを見せること。おそらくこれが「ベストを尽くす」ということの一般的な内容だと思われるが、皆さんもご存じのとおり、これがなかなかに難しい。普段と違う舞台や対戦相手、試合の先にある期待と失望、大なり小なりの非日常のプレッシャーが、感覚を覆い隠してしまうからだ。

 そして覆い隠された感覚は常々、プレイミスを呼び寄せる。

 盤上だけの簡単な戦闘処理を間違えてしまう。プレイしようと思っていた呪文を使い損ねる。このようなミスは、誰しもが経験したことがあるはずだ。頭では理解しているつもりなのに、何故か平凡な間違いを犯してしまう。そして勝敗に関わらずベストを尽くせなかったことを、夜な夜な夢の中で後悔する羽目になるのだ。

 MTGプレイヤーが目指すべきベストにとって最も大きな障害とは、このようなうっかりなミスである。
 
 ここでいうミスとは、上手い下手といった技術的な問題ではなく、できるはずのことができない、といった「プレイ中のエラー」に相当するものだ。席に着いた後で技術的な向上は望めないのだから、その時点で知っていることを知っているだけ発揮することこそが、プレイヤーにとってのベストである。したがってそれを阻害するうっかりなミスは、プレイヤーにとって天敵といえる。

 ところで、僕が見てきたトッププレイヤーと呼ばれている人々は、当然ながらうっかりなミスが圧倒的に少なかった。それはおそらく、自身の得手不得手を知ることでそれを材料に自分のミスが少ないデッキを選択したり、あるいは他者よりもゲームに時間を割くことで考えなくても慣れで行動できる範囲を広げたりと、ミスを減らす努力を欠かしていないからだろう。

 MTGは不確定な要素が多く、プレイヤーの技術でコントロールできる範囲が少ないゲームである。つまり互いの技術差が少しでも埋まると、ゲームの勝敗はドローの内容とミスの頻度に左右されることになる。その上で、ドローの内容は神に委ねるしかないとすれば、すなわち「うっかりなミスを減らした分だけ勝率が向上する」ということになるのだ。

 さて、今回の記事ではこのうっかりなミス(エラー)について考えていこうと思う。

 なぜ勘違いが起こってしまうのか。それが繰り返し起こってしまう理由とは。再発を防ぐ効果的な反省方法は何か。

 これらを通じてミスへの意識が変われば、勝率はグッと高まるはずだ。



1.うっかりなミスの整理について

 まず、題材となるうっかりなミスについての整理から始めよう。要するに「ミスを分類しよう」ということなのだが、この分類には様々な方法が考えられる。

 影響、原因、表面形態、発生といったアプローチが手ごろだが、今回は発生、つまりプレイヤーの認知過程のどこでミスが発生したのかについて注目していこうと思う。

 ただ分類するのではなく、最終的にはミスの原因を追究し、その頻度を減らすことにこそ価値があると考えたからだ。

 学術的にはすでに様々な分野においてモデル化と研究が進んでいるが、今回は簡単に紹介するために、情報処理過程の図をMTG仕様に整理してみた。





 それぞれの過程の下にある、誤認、誤処理、仕損ないといった3つがうっかりミスの区分である。つまりこれは、「情報処理する手順のどこでどのようなミスを犯しているか」を示す参考図だ。

 しかし、こうして並べるとこれらはいずれも一度きりしか過ちを犯さないような、再現性の低い内容に見える人もいるかもしれない。なんといってもこの3つの言葉は、「ただの勘違い」や「不注意な間違い」とまとめてしまっても普通ならば何の不都合もないのだから。

 ただ、MTGなどといったプレイエッジ(プレイングによる差)の少ない思考ゲームにおいては、明確に分けて考える必要がある。

 それは、どのミスを犯しているかによって反省する手段と重要度が異なり、その偶発的とも思えるプレイミスの頻度が成績を大きく左右するからだ。

 とはいえ、この3つの単語だけ並べられてもあまりイメージがつかめないことだろう。そこで1つの簡単な例を考えてみることにしよう。




 やや単純すぎるが、例としてはちょうどいいかもしれない。

 他の情報をなしに考えると、あなたは2/2を無駄に失ってしまっているため、損な1手を指してしまったようだ。あなたは「やっちゃった」と言って頭を掻くかもしれない。

 だが、ここで重要なのは「何を」やっちゃったのか、である。

 結局のところ、盤上で起こったことと失ったものは変わらないのだが、何を見落としていたかによっては、ミスの再発に大きくかかわってくる。

○:相手のクリーチャーのサイズが1/2だと思っていた
△:相手の2/4がいると知りつつも2/2で攻撃しようと考えてしまった
□:相手の2/4を確認し、隣にいた4/4で攻撃しようとしつつ、2/2で攻撃してしまった

 うっかりな選択肢を並べてみた。どれも赤面ものなのは間違いないが、これらが起こった原因と段階はそれぞれ異なっている

 ○は誤認、△は誤処理、□は仕損ないといった具合だ。今回は例示が単純であるため、△の内容が異様にも思えるが、これが仮に複雑な局面であれば、誰もが身に覚えのあるミスに早変わりする。

 ここで注目すべきことは、○の見落としをしているにもかかわらず、□の反省を行っても仕方がないということだ。

 現象としては同じことが起きても、その原因に注意を払わなければ再発を繰り返してしまう。上の例では原因の取り違いは起こりにくいが、ミスの状況が複雑化するにつれて、プレイヤーは現象自体を気にかけてしまうことがある。

 繰り返すが、ミスの内容や結果ではなく、なぜそのミスが誘発されてしまったか、という原因に注意を払うことが重要なのだ。

 何故なら、原因を取り除き、「結果的にミスを減らすこと」がプレイヤーが目指すべき目標だからである。

 ミスの原因を慎重に分析してから、次のステップに進んで欲しい。

 さてそれでは次に、その改善に取り組むための手段について考えていこう。



2.うっかりなミスは練習で直せ

 ここまでうっかりなミスが発生するメカニズムについて話してきた。うっかりなミスは情報処理の3つの過程に対応して分類され、それぞれにおいて原因の異なるミスが発生していることが分かった。

 それでは、いよいよミスを減らす作業へと取り掛かることにしたいのだが、たとえ原因が判明しても、闇雲に取り組んではいい結果が得られないことには注意しなければならないだろう。

 たとえば試合中のうっかりミスが多い人が自己分析をして、入力過程での見落としが多いことに気が付いたとしよう。そこで試合中は練習とは気持ちを入れ替えて、情報の見落としがないように注意深く指さし確認をすると誓った。

 これは一見正しい解決策のようだが、実のところはあまり効果的ではないだろう。

 それは試合中に限定した試みだからだ。根本的にミスを減らすことを目的としているならば、練習中から指さしをしながらプレイする習慣をつける必要がある。練習でしないことを試合中に行うのはあまりいい結果を生まないことが多いからだ。

 人間がミスを犯しやすい状況とは、何かしらの要素において普段とは異なる状況である。プレーオフがかかっている、対戦相手が有名人、体調が悪いなどといった状況がストレスを生み、結果としてミスを誘発する。

 これは試合中に限定した試みについても同様のことがいえる。慣れないことをするのはストレスを生む。試合中とは只でさえストレスフルな環境なので、自ら慣れない行動を率先して行うことは、異なるミスを犯しに向かっているに等しい。

 ここで整理すると、うっかりなミスを減らすには、練習中から解決策となるであろう行動に慣れておく必要があるということだ。

 ミスする機会が試合中に多かったとしても、試合中だけそれを行うことは愚策に等しい。試合中に目指すべきベストとは、プレッシャーやストレスを感じない状態と同じ行動を行うことだ。つまり練習中のプレイを再現することが試合中の目標と言い換えてもいいだろう。

 練習では急に行うには苦労する行動に慣れるようにしておき、試合では慣れ親しんだ行動を淡々と実行するべきなのだ。




 僕が尊敬する浅原 晃曰く、「MTGにおけるすべてのミスと呼ばれる行動は、無駄なことを考えた結果によって生まれる」とのことだ。練習とは無駄な思考を判断しそぎ落とすために行われる。その場で何を考えて何を考えないべきなのか。よりシンプルな思考を持つことが、プレイヤーとして目指すべき理想の姿ということなのだろう。

 他の人よりも多くのミスを重ねてきた僕だったが、現在では少しばかり成長し、試合を練習の延長だと強く意識して取り組んでいる。それを通じてうっかりなミスは減り、取り組みの中のいくつかには、自分の技術そのものを向上させるアイデアを生んでくれたものさえあった。

 次の節にまとめてみたため、気になった方は参考にしてみてもいいかもしれない。



3.うっかりなミスを防ぐための6つの試み

 これらの6つの取り組みは僕がこれまで行ってきた中で効果的だったものだ。

 以上まででミスの仕組みについてはイメージが掴めても、具体的な解決策が思いつかなかった方も多いと思う。あくまでも僕個人の取り組みの結果だが、ひとつの形あるアイデアとして試してみても面白いかもしれない。


一.ミスについてメモを取ること

 人間は反省した振りが上手な生き物だ。

 これは反省することと忘却することが同時に機能するためだが、よほどショッキングなミスでもない限りは、すぐに忘れ去られてしまう。そこで、「自分がどのようなミスを起こしやすいか」を把握するために、ミスをするたび適当なメモを取っておくことをお勧めする。自分が現在重要だと考えている要素から順番に上から記すといいだろう。「疲れていた」や「イライラいしていた」というような考えられる要因も書いておくと便利だ。

 この手法は、僕がポーカーの友人からTilt Buster(冷静さを保ってゲームへと集中する方法)として紹介したもらったものだ。時間帯、空腹、睡眠時間、ゲーム経過時間、ミスの状況、自己評価の深刻さ。そういった要素を、僕はミスのたびにメモしている。こうすると、自分がミスを犯しやすい状況を把握することができるようになる。また、他人と共有できる情報にまで落とし込めたりもするので、友人のそれと比較してみてもいいだろう。


二.盤上を綺麗に保つこと

 これまでに紹介したように、入力過程におけるミスはあらゆるミスを生む温床となる。そこで、ゲームの盤上を綺麗に配置することをその防止策としてお勧めする。見落としや見間違いは知識ベース(記憶違いなど)で起こることもあるが、大抵は注意不足が原因である。盤上のカードの配置は、自分にとって無理なく確認できるように整理しておこう。

 攻撃する選択肢を持ったクリーチャーを右に並べる、墓地を確認しやすいよう扇形に広げて置く、などのちょっとした工夫だけで、無理なく他の事項に思考を進められるため、最初にきちんと考えてカードを配置しておくと、自分が疲れた時などに助かることが多い。ただ並べるのではなく、目的をもって並べておくと、上達した際の応用性も高い。


三.思いついた情報はメモしておくこと

 これは処理過程のミスを防ぐ手助けになる。多くの処理過程におけるミスとは、何かしらの前提を省いたり、考えていたはずのことをその瞬間だけ忘れたりといったラプス(欠落)を原因としている。そのため、相手のカードのプレイ手順などで気が付いた内容や、リミテッドにおいてみた相手の除去カードなど、ふと意識に上がってきて再考する可能性のある情報はメモしておくことをお勧めする。

 読みにくいミミズ文字でもいいし、カード名ならはっきりと書いてしまってもいいだろう。対戦相手がこちらのメモを見る可能性もあるが、皆さんの経験として対戦相手のメモに気を払うプレイヤーと今まで対峙したことがあるだろうか。おそらく少ないのではないかと思う。相手との知恵比べの前に、「自分のベストを尽くすこと」が重要だと僕は考えている。


四.何かを実行する際には手札を伏せること

 これは僕個人が出力過程のミスを減らすために行っている。何事も「ながら作業」はいい結果を生まない。これはMTGにおいても同様で、必ず作業と作業には間を設けて、今自分が何の行動をとっているのかを意識して実行するべきだ。

 こう考えた僕は「目をつぶってから行動する」や「口の中で話す」といった手法を試したが、全部めんどくさいことがわかったので、余計な情報をカットするという意味で「手札を伏せること」を試している。例えば、手札の内容を意識しないシチュエーションにおいては常に手札をテーブルにおいて状況の整理をすることにしている。これは疲れないし無駄な思考を省けるので、常に手札を開いて何をしようか悩んでいる人は、一度伏せてから考えてみることをお勧めする。


五.練習中のミスはその場で検討すること

 お手付きのミスやルート選択を間違えることは多くあるが、そのままゲームの終局まで進めてはいないだろうか。その結果勝利しても敗北してもミスを犯していれば、それは等価値に反省すべき内容だ。練習中に一つミスをすることは試合中のミスを一つ減らせる機会だと考えてみよう。練習のゲームを勝つよりも本番のゲームでミスを繰り返さないほうが価値はある。そのため、練習相手が付き合ってくれる範囲で巻き戻しや検討をその場で行ったほうがいい

 なぜその場で行う必要があるのかというと、一つは「正確な状況を忘れてしまうから」、また一つは「ミスした状況で続けることは悪い癖につながる可能性があるから」だ。前者は説明せずとも十分だろう。後者については、練習中の行動が試合中でも再現されることを理想としている、ということに立ち返るとわかりやすい。練習中にできないことは試合中にもできず、練習中の行動は試合中でも同様についつい行ってしまうものだ。これは癖や慣れであり、練習は「いい癖を身につけること」や「いいプレイに慣れること」を目標としている。そのためミスをした疑惑が浮かんだ時点で手を止めるべきだ。


六.異なる視点を持つ意見者を大事にすること

 ゲームに慣れてくると自分の中でMTG観ができあがってくる。何をすれば勝利できて、何が正しいのか。あくまでも個人レベルの話だが、そういったスタイルは気が付けば身についている。これは多くの場合では武器になる。MTGという複雑なゲームをシンプルに解釈する材料になるし、その手法が他者よりも得意だと自覚できていることは強み以外の何物でもない。

 ただここで気を付けなければならないのは、ミスやエラーの訂正や補強は個人の力では達成できないことが多いということだ。

 上達してシンプルな思考ができるようになると同時に悩むべき状況が減ってくる。なぜなら悩む選択肢とはプレイヤーにとって悪でしかなく、悩みが減ることが上達した証拠だと言い換えることができるからだ。しかしこの「上達によるゲームの簡略化」は、時に大きなリーク(漏れ)を残してしまうきっかけになる。当然こうだと思って処理した情報は、後から反省しても見過ごしてしまうことになり、もしそこを原因としているミスであれば、いつまでたっても自分だけでは解決できないものとして残ってしまう。

 では初心に戻って多くに注意を払えばいいのかというと、そういうわけでもない。基本的にはゲームに慣れてシンプルな思考を目指すことが望ましいからだ。ただ、その副作用として改善しにくいミスを抱えてしまう危険がある。

 その際に自分を助けてくれるのは異なる感性を持った意見者である。自分が彼を信用するかはともかく、おそらく違う視点で状況を解釈してくれるため、何かしらのヒントを与えてくれるだろう。仮にその意見に納得がいかなかったならば質問してみればいい。曖昧な根拠ならば詳細に分解して検討するといいだろう。相手の上達にもつながり、いつか上達した相手はきっとよりよい意見を与えてくれる。

 自分だけで成長し続けることは難しく、自分の力だけでミスを減らしていくことも同様に困難だ。強固な意見と柔軟な思考。これが今の僕が憧れる競技者の姿だ。



4.おわりに

 最後まで一切のカード名が登場しなかったが、いかがだっただろうか。

 たまにはメタゲーム環境を離れて、このような内容もいいかと思ってチャレンジしてみた。

 僕自身もまだ発展途上の競技者であるため、「勝利するための方程式だぜ」といった自信満々の紹介ができないことがもどかしいが、これくらいのTIPSのほうが皆さんも半信半疑で考えてもらえるのではないかと思っている。

 ここまで「うっかりミス」を題材として進めてきたが、これは試合観と練習観でもあり、その他のもう少し高度な技術的なミスを訂正する試みにも通じるものがある。多くのミスは今回紹介したメカニズムのとおりに発生し、それらを防止するためには、習慣やシステムによるコントロールが必要となるからだ。

 悪い癖をつけないこと。

 処理に負担がかからない行動(ゲーム中の所作や配置)をとること。

 簡単にまとめるならば、この2つの内容が最も的確かもしれない。



 それでは、下らないミス(この動画の27:50あたり~のようなものを指す)のせいで眠れなくなるような人が、この記事を読んで1人でも減ることを祈って。

 また次回に会おう。