前回はグランプリ・静岡14の直前だったということもあり、グランプリという大規模トーナメントに焦点を当てた戦略を紹介した。
グランプリには様々な思考をもったプレイヤーたちが集うことからメタゲームが働きにくいため、デッキの相対的な強さに戦略的な価値は期待できない。そうなると『骨子が強いデッキ』を選択することが望ましく、それに該当する赤単信心と青単信心についてコメントした。これが前回の概要である。
そして続く今回は、今開催されている「PTQニクスへの旅」にフォーカスしていこうと思う。グランプリほどの人数は集まらないが、ショップで開催されるFNMよりは明らかに人数が多い。そんな中規模トーナメントの代表格であるPTQを戦いぬく戦略を考えていこう。
ただ、PTQを戦いぬくと一言にしてみても、PTQというトーナメントをどのように捉えるかによって、戦略には幅が生まれてきてしまう。
プロツアー予選として、PWPポイントを獲得する場として、真剣勝負を楽しむ場として。
目標や捉え方といった前提が違えば、そもそも最適なアプローチなどは存在しないからだ。
ここで、「誰もに参加権があるトーナメントで、上位者にプロツアーの権利が与えられる」という点に注目すれば、PTQもグランプリと同じ趣旨のトーナメントだ、という解釈もできる。
しかし結局PTQはグランプリとは全く異なる性質をもったトーナメントであるから、PTQを攻略するためには単純な上位入賞を目指すのではなく、「プロツアーの権利を獲得するための大会」だということを強く意識する必要があるのだ。
では、PTQの有する「グランプリとは異なる性質」とはなにか?
上位入賞を目指すだけではないトーナメント戦略とはなにか?
これらの疑問に一つ一つ答えながら、「PTQニクスへの旅」の攻略へと乗り出そう。
1.ウィナーテイクオール!PTQに隠された謎!
まず、「グランプリとは異なる性質」についてだが。
これはずばりプライズの分配比率にある。
以上の図を参照すると、グランプリは順位ごとになだらかな線状にプライズが分配されているが、PTQでは優勝者にプライズが偏って配られていることが分かる。
このようなプライズ分配比率のトーナメントは、マジックオンラインチャンピオンシップ(MOCS)やスーパーサンデーシリーズ(SSS)予選、ワールドマジックカップ予選(WMCQ)などでも時折見られるが、なかでも頻繁に開催されているPTQは、これらのなかで最も馴染み深いものではないかと思う。
プレイヤーたちは、公開情報であるプライズの分配比率を参考にして、トーナメントにおける仮初の目標設定を行い、それを共有する。何をどうしたらどれだけ何を得ることができるのか。このような損得勘定を基本としてトーナメント戦略は練られるからだ。
ここで、PTQのような優勝者にヘビーな分配比率を見る限り。
ほとんどのプレイヤーの間では、「PTQとは優勝を目指すべきトーナメントだ」という仮初の目標が設定されていると考えることができる。
0-2での悲劇的なドロップも、決勝戦での惜敗も、その観点からいうと差はない。
惜しかったとか、あと1勝だったとか。そういった甘えはPTQでは許されないのだ。
優勝者だけがすべてを得て、それ以外の者はすべて敗者という、無慈悲なトーナメントだといえる。
つまるところ、優勝する期待値を最大化することこそがPTQを攻略する鍵になるだろう。
そして、その優勝する期待値の最大化の秘密とは、プレーオフに隠されているのだ。
それでは次に、このプレーオフに隠された秘密を探りにいこう。
2.プレーオフの罠!先手後手の決定権とは?
プレーオフとは、優勝者を決定するために行われる、予選スイスラウンド後の決勝ラウンドである。PTQではスイスラウンドを通過した順位に従って組み合わせが発表され、それ以降はシングルエリミネーションのトーナメントへと早変わりする。
要するに、優勝するためにはプレーオフで全勝しなければならない。予選ラウンドで全勝しようが、プレーオフで負けてしまえば優勝することは叶わないのだ。
となると、次のように思われるかもしれない。
「なるほど。PTQのスイスラウンドはあくまでも予選。一番重要なのは本番のプレーオフ後だったか」
この感想は、ある意味では正解で、また、ある意味では不正解だ。
本番がプレーオフである点は正解。スイスラウンドが予選であることも正解だ。
ただ、真に重要な場面は他にあるのだ。
この理由を説明するためには、プレーオフ後の先手後手の決定方法に触れなければならない。
「PTQなど競技レベルの高いイベントのプレーオフでは、スイスラウンドの順位にしたがってマッチアップされ、スイスラウンドの順位が高いほうが先手後手の決定権を得る。」
これこそがスイスラウンドがただの予選で終わらない理由である。
この図はスイスラウンドの順位ごとの優勝確率を単純に計算したものだ。
「主体はなくデッキとプレイヤーにも差はない」「先手後手決定権を持つほうが勝率が高い(ここでは6割と設定した)」ことを前提にした思考実験で、これによるとスイスラウンドの順位に応じて優勝確率が高まっていることが分かる。
驚異的なのは1位通過と2位通過の場合の20%にも迫る数値だ。先手後手決定権がない状態では12.5%(8人で100%を等分した場合)だと考えると、いかにスイスラウンド終了時の順位が大切かが理解できる。
つまり、実はPTQにおいて真に重要な場面とは、スイスラウンドの順位が決定される最後のチャンスである、スイスラウンド最終戦なのだ。
優勝する期待値を最大化するためには、先手後手決定権の影響の大きさを加味すると、スイスラウンドの最終順位を軽視することはできない。先手後手の決定権は、メタゲームやデッキのアクセントといった小手先の技術では賄えないほど確実に、プレイヤーたちに有利や不利をもたらす存在だからだ。
そして多くの場合では、スイスラウンド最終戦の勝敗において順位が決定されるため、高順位でスイスラウンドを終えるためには最終戦で勝利する必要がある。プレーオフへと進出するためにIDをすることは、すなわち高順位での突破を諦めたに他ならない。
では、PTQを攻略する鍵とは、無難なIDではなく、予選落ちを覚悟してまで最終戦を戦い、高順位で予選ラウンドを突破する覚悟なのだろうか?
しかしこの思考こそが、プレーオフに仕掛けられた罠なのだ。
それでは、その罠の中身に注目していこう。
3.トーナメントストラテジ!スイス最終戦の選択!
早速プレーオフに仕掛けられた罠の話を続けよう。
まずはこれまでに話したルートを整理すると、
一見するとこの1.~4.の論理展開に間違いはない。
しかし、ある一点の誤りが大きく結果をねじ曲げてしまっているのだ。
それは4.で最大化してしまったのが『プレーオフ後の「優勝確率」』だというところである。
本来、プレイヤーたちに与えられた命題とは『トーナメントを通じた「優勝する期待値」』を最大化することなのだ。
プレーオフにまで残ってしまえば、先ほどの順位ごとの優勝確率が期待値と直結する。ただ、スイス最終戦を戦うリスクを背負った場合、「最終戦の勝率」が「プレーオフ後の優勝確率」に影響することは自明だろう。
例えばスイス最終戦の勝率が50%だと仮定しよう。50%で予選落ちをして「優勝する期待値」は0になり、50%で1位通過することで約20%の優勝確率=「優勝する期待値」を手にするのだ。
つまり、「スイス最終戦をIDをせずに戦う」という判断が正しくなるためには、「最終戦を勝利することで掴んだ高順位の優勝確率>IDで得られる順位の優勝確率×2」でなければならないのだ。
その条件で前の図を見直すと、先手の勝率が60%だという前提においては、「勝てば1位通過だがIDするとスイスラウンド5位以下になるプレイヤー」は最終戦を戦ったほうが得することが分かる。
もちろんこれは思考実験であり、実際的には様々な誤差が生まれるが、「先手後手の決定権を持つほうが有利」という根本にある前提が覆らない限りは大きく結果が違うことはないだろう。
さて、基本が見えたところで、一つだけ視点を引き上げて考えてみよう。
それは、「勝率の変化がどのようにスイス最終戦の選択に影響するか」である。
これまで先手後手選択権を持つほうの勝率が60%と仮定して進めてきたが、デッキによっては、先手後手の決定権が勝率にさほど影響しないこともある。
先手後手決定権の恩恵が大きなデッキとそうでないデッキとでは、どのように優勝確率は変化するのだろうか。
4.デッキによる優勝確率の違い?やっぱりMTGはデッキでしょ!
それではおなじみの図を引っ張ってこよう。
今回は決定権をもつ強みの変化を確認するために、効果大(勝率65%)、効果中(60%)、効果小(55%)の3種類の数値を用意してみた。
ここで理解できるのは、「決定権の重み」は、すべてのプレイヤーが同条件を仮定するなら、勝率が高まるほどに大きくなるということだ。効果大ほど優勝確率の順位ごとの乖離が激しくなり、効果小では差は見られるものの格差は小さくなっている。
ここから導き出せることは、対戦相手にかかわらず先手後手決定権が重要なデッキ(効果大)は高順位を狙う必要があり、反対に対戦相手にかかわらず先手後手の差が小さなデッキ(効果小)はプレーオフに残ってしまえば安定した優勝確率を得られるということだ。
前者についてはプレーオフにただ残るだけではあまり意味がなく、実質的には高順位で通過しない限りはスイスラウンドでの脱落とさほど変わりない結果が待っている。大吉か凶しかないおみくじのようなものだ。
対して後者はプレーオフに残った際の順位差が小さく、スイス最終戦における高順位をめぐる戦いに挑まずともIDで十分チャンスを掴みにいけることが魅力だろう。これは中吉しかないおみくじだと喩えられる。
現実のデッキに当てはめてみると、ビートダウンやミッドレンジ、Tier1のデッキは効果中・効果大に相当し、ボードコントロールは効果小に当たるものだろう。主体がない仮定なので先手と後手の勝率がゼロサムになってしまっている点が現実的ではないが、デッキによってスイス最終戦で選ぶべき選択肢が異なることは示唆できる。
先手後手差が大きなデッキは、高順位を掴むためにスイス最終戦でリスクを背負うことが望ましく、
先手後手差が小さなデッキは、高順位のメリットが小さいため、リスクを背負わずIDしたほうが無難だ。
ここから「ではどこが均衡点なのか?」に話を移してもいいのだが、仮定と前提が簡素で詳細な計算には向いていないため、今回は傾向論で話をまとめさせてもらう。
ここで注意したいことは、これまでに取り上げた内容は思考実験であり、実用的な数値ではないということだ。
この思考実験の趣旨とは、安易なプレーオフ進出を受け入れるな、という一点に尽きる。優勝するためのフローチャートにプレーオフ進出という文字は誰もが書き加えていることだろう。ただ、通過点とはいえ、そこは優勝するために通過しなければならない。
先手が有利なアグロデッキを駆っているのに、IDして低順位で通過し、プレーオフが3連続後手で始まることなどは、優勝を自ら手放したに等しい。
「自分が優勝するためにはどのような形でのプレーオフ進出が望ましく許容できるものなのか」を理解し、通過点をしかるべき体勢で通過する算段を整えることこそが、正しいフローチャートの作り方に違いない。
取るべきリスクはどれなのか。自分のデッキはどうするべきなのか。
これらを考えることなく損することがないように備えること。
このような思考はプロツアーに挑むまでの準備作業とよく似ている。
これこそがPTQを攻略するための鍵であり、プロツアーへの登竜門を開くにふさわしい鍵だろう。
今週末には各地でPTQが開催される。参加される方は、ここで読んだことを生かして是非プロツアーの権利を獲得して欲しい。
5.おまけ
思考実験には前提が多く含まれすぎて実用性が大抵ないことが知られている。
ただ、実用性がないからこそ、非現実的な数値や前提を思案できることはひとつの魅力だろう。それは空想でしかないとも言えるが、空想としか思えないような取り組みが、新しい戦略を生み出すきっかけにもなりうるのだ。
そこで今度は大胆に、プレーオフに残った時に先手後手選択権を持っているときの勝率を7割に設定してみたところ、高順位を獲得した際の優勝確率が1位が34.3%、2位が24.6%にもなることがわかった。
つまり、なんとプレーオフに残りさえすれば3~4回に1回は優勝できる!!
さらにスイス最終戦の判断についても、IDして高順位でない限りはすべてガチればいいので、「気がつかないうちに期待値を失ってた……」なんてこともない!!
これに気がついてしまえば、先手勝率7割を目指さない理由はないだろう。
こうしてプレーオフ専用最終兵器は完成した!!
16 《山》 2 《変わり谷》 -土地(18)- 4 《ラクドスの哄笑者》 4 《火飲みのサテュロス》 4 《鋳造所通りの住人》 4 《軍勢の忠節者》 4 《火拳の打撃者》 4 《炎樹族の使者》 4 《灰の盲信者》 2 《瓦礫帯のマーカ》 -クリーチャー(30)- |
4 《タイタンの力》 4 《稲妻の一撃》 4 《向こう見ずな技術》 -呪文(12)- |
4 《チャンドラのフェニックス》 4 《頭蓋割り》 3 《電謀》 2 《ミジウムの迫撃砲》 2 《変わり谷》 -サイドボード(15)- |
どこかに《ショック》を入れられればさらに良かったが、まあ先手勝率が7割もあればその程度の悩みはきっと誤差の範囲に違いない。
※なお、このデッキを使用してそもそもプレーオフに残れるかについては責任を負いかねます。