By Hiroshi Okubo
フロンティア神決定戦。神シリーズの中でも最も新しいこのタイトルは今回が2度目の防衛戦となる。
フロンティアというフォーマット自体が提唱されたのは2016年9月26日。現在までに17ヵ月の月日が経過しているものの、未だ環境の探求は続いており、非常に漸進的なフォーマットと言えるだろう。そして、だからこそフロンティアではメタゲームに立脚したデッキ選択がしにくいのが特徴的だ。もちろん要対策デッキは存在しているが、デッキの種類が多岐にわたる上にそれぞれの力が拮抗しており、分かりやすい“正解の選択肢”が見つかりにくい。
だが、それも裏を返せばデッキビルダーが活躍しやすい場であるとも言える。分からん殺しのもたらすイニシアティブは言うに及ばず、まだまだ環境の研究が進み切っておらず、時計の針を進めるような大規模トーナメントもそれほど多くないことがかえって幸いして、フロンティアはまさに魔境と形容するに相応しい様相を呈している。
――ともすれば。
今回の第10期フロンティア神決定戦は実にフロンティアらしい好カードと言えるのではなかろうか。
第9期フロンティア神・松本 友樹。
BIGMAGIC所属プロの松本。「Aさん」の愛称でも知られており、その気さくで温厚な人柄と独創的なデッキ構築技術で多くのファンから愛されているシルバーレベル・プロプレイヤーだ。フロンティアはもちろん、スタンダードやモダン、果てはヴィンテージまで、様々なフォーマットで強烈なコンセプトを持ったオリジナルデッキを構築する根っからのデッキビルダーである。
特筆すべき点は、彼はただ電波デッキを構築するだけでなく、それらのデッキを使用してしっかりと成果を残しているということだろう。第3期モダン神挑戦者決定戦で輝かしい戦績を残した「松本ハーレー」(※1)をはじめ、The Last Sun 2015で「マルドゥ・イグニッション」を用いてトップ8進出、さらには未経験のヴィンテージ環境に挑んだヴィンテージ神決定戦では《Library of Alexandria》を抜き(※2)、《卓絶のナーセット》2枚を採用した独自の「メンター」デッキを操り、その後第5期~第9期のヴィンテージ神となった森田 侑に決勝で肉薄したりと、松本ブランドのデッキは枚挙に暇がない。
そもそも、プロプレイヤーとして日常的にプレイする機会があるであろうスタンダードやモダンならばいざ知れず、初めてのヴィンテージでも勝ち上がるというのは尋常なことではない。松本の地力の高さももちろんだが、思い描いたコンセプトの強みを最大限引き出す構築ができるというのが彼の強さの秘訣だろう。そして、それこそがフロンティアというフォーマットでも活きる技術なのだ。
(※1:このとき松本自身もトップ8に進出し、デッキをシェアされた市川 ユウキは優勝している)
(※2:ただし、後に《Library of Alexandria》を抜いたのは間違いだったと認めている[参考])
対するは初代スタンダード神・木原 惇希。
記念すべき第1回目の神決定戦にて21歳という若さでスタンダード神の座に就き、その後もグランプリをはじめとした数多のトーナメントで上位入賞。最近の戦績を例に挙げるなら、2016年にレガシーで開催されたグランプリ・千葉2016で準優勝、2017年にリミテッドで開催されたグランプリ・京都2017で準優勝などだろうか。
そんな木原もまた、独自のデッキ構築・調整センスを尖らせてきたプレイヤーの1人である。首都圏近郊で競技マジックをプレイしている者なら、ひたすらMOに籠って経験と研鑽を積み、”環境の最適解”もとい「キハラワークス」と称すオリジナルのデッキリストを引っ提げて戦いに臨む姿に見覚えのある方も多いことだろう。
派手な見た目や挑戦的な言動から誤解を招きやすいが、根っからのマジックフリークであり、だからこそ邁進を続けてきたのが木原だ。フロンティア神の挑戦者として、彼ほど適任な存在はそういないだろう。
さて。松本と木原の2人は見知った仲ということもあって、対戦テーブルに案内された後も朗らかに談笑を交えていた。「Aさんが何を使ってくるかまったく分からなかったw」「僕も全然読めませんでしたw」と互いに胸中を明かし、今日に向けての調整と迷走の日々を振り返る。
松本が「ゴブリンデッキとかも検討しましたからね」と言えば、木原も「僕もマーフォークを考えていました」と応じ、「ゴブリン vs. マーフォークが実現したかも」などと笑い合う。もしこの場面だけを切り出したら、誰もこれから神のタイトルを懸けた戦いが始まるとは思わないだろう。
だが、もちろん実際はそんなわけにもいかない。いかに当事者たちがリラックスして過ごしていようと、互いにシャッフルを終えてマリガンチェックを済ませると、第10期フロンティア神決定戦の幕が上がるのだ。両者固く握手を交わし、松本と木原の思惑が激突する――!
Game 1
先攻の木原が《大草原の川》をタップイン。松本はこの時点で「えっ、なんだろう……」と木原のデッキに検討を付けようと試みるが、「まだ(この時点では)色しか分からないじゃないですかw」と木原が軽快にツッコミを入れる。松本が今日までどれだけ木原のデッキを読むことに腐心したかがよく分かるやりとりだ。
対する松本もタップイン土地を処理しつつ、第2ターン目に《導路の召使い》をプレイ。これに木原が大きく息を呑む。松本がただマナクリーチャーとして《導路の召使い》を採用したとは考えづらい。とすれば、それは「エネルギー」というメカニズムを活用するために採用されているはずだ。木原の脳裏には恐らく“あるデッキ”がよぎったことだろう。
木原はただちにこの《導路の召使い》へと《致命的な一押し》。もしも木原の懸念が正しかったなら、松本が4マナを揃えた暁にはとんでもないことが起こる可能性があるからだ。
さらに露払いを済ませたことで1ターンの猶予を得た木原は《僧院の導師》を戦場に送り込む。が、返す松本も負けじとこれを《蓄霊稲妻》で退け、続けて《霊気との調和》。続くターンに木原が動きを見せず、マナをフルオープンにして見るからに打ち消し呪文を構えているのを受けて、松本は《織木師の組細工》と2体目の《導路の召使い》をプレイする。
《織木師の組細工》まで採用してエネルギーを蓄える様子から察するに、どうやら松本の選択したデッキは木原が懸念した通り大量のエネルギーを使用するデッキ――すなわち、「《霊気池の驚異》」だったようだ。
疑念が確信に変わった今、木原は自らの負け筋を確認しながらじっくりと戦略を組み立てる。まずは松本のターン終了時に《コラガンの命令》で松本にディスカードを強制しつつ、自身は《僧院の導師》を回収。続くターンに回収した《僧院の導師》をプレイしつつ《否認》を構え、返す松本が唱えた《霊気池の驚異》を打ち消す。
“メインボードから《否認》4枚”。これが今回木原が行った選択だった。試合前、松本が放送席に呼ばれている間に木原はこう述懐してくれた。
木原「今回、まったくAさんの使用デッキの見当がつかなかった。だからアグロデッキは切って、それ以外のデッキに対して丸く戦えるようにデッキを組んだんです」
前述した通り松本はデッキビルダーとして数々のデッキを世に送り出してきた実績を持ち、それは当然木原も知るところだ。ともすれば、松本のデッキ選択を読み切るなどということができるものだろうか? 木原はその答えは否だと結論付けた。誰も見たことのないデッキを持ち込んでくるかもしれない相手にヤマを張っても仕方がない。とすれば、選択肢は木原の言った通り「丸く戦えるデッキ」を組んでくることだけだったのだろう。
デッキを読むことを放棄した以上、中途半端に枚数を散らすこともなくメインボードから《否認》を4枚採用。木原自身も言っている通りアグロデッキに対しては効果の薄いカードだが、松本が《チャンドラの灯の目覚め》や《サヒーリ・ライ》、《霊気池の驚異》といったカードを主軸に据えたデッキを持ち込んできた場合は有利に戦えることだろう。そして実際、木原はこの一か八かの賭けに勝利した。松本の選択したデッキはアグロではなく、「《霊気池の驚異》」だったのだから。
さて、勝負に戻ろう。フィニッシャーの《霊気池の驚異》を打ち消されてしまった松本だったが、木原が2枚目の《コラガンの命令》を唱えて隙を晒したところで対応して《削剥》をプレイし《僧院の導師》を除去。モンクトークン2体を出されてしまっているが、構わず《反逆の先導者、チャンドラ》をプレイして木原にプレッシャーをかける。
木原は《最後の望み、リリアナ》をプレイして果敢を誘発させつつ、モンクトークンでこの厄介な《反逆の先導者、チャンドラ》に対して攻撃を行う。2つ以上の呪文を唱えていれば余裕で処理できていたはずのプレインズウォーカーだが、松本のデッキタイプを鑑みるに打ち消しを構えずにターンを終えるのは得策ではない。となると使用できるマナは限られ、《反逆の先導者、チャンドラ》を落とすには至らなかった。
が、それによって松本にチャンスが巡ってきた。松本がここまでのゲームで手札に抱えていたとあるカードが《反逆の先導者、チャンドラ》のマナ加速によって解き放たれる。
唱えられたのは《約束された終末、エムラクール》! 《霊気との調和》、《霊気池の驚異》、《約束された終末、エムラクール》とスタンダードで禁止の憂き目にあった凶悪カードのオンパレードに木原も苦い顔を浮かべつつ《約束された終末、エムラクール》本体を《意思の激突》で打ち消すが、もちろんその唱えたときに誘発する《精神隷属器》能力は解決せざるを得ない。
松本が木原のターンを奪う。明かされた木原の手札は《ヴリンの神童、ジェイス》3枚と《僧院の導師》1枚、続くドローは《血染めのぬかるみ》。まずはと松本がフェッチランドを起動し、デッキの内容を精査する。打ち消しは何枚入っているのか……と《否認》の数を数えて思わず首をかしげ、「《否認》が4枚…………?」と見たままの情報を口にする。
想像を絶するカウンターの厚さに松本が愕然としている中、木原は手の内を知られてかえって気が楽になったのか「ずっと《ヴリンの神童、ジェイス》出せなかったんですよ、《霊気池の驚異》が怖くて。《意思の激突》構えてなきゃいけなかったから」とこれまでのプレイを振り返る。
そう、打ち消しは《否認》だけでなく、《意思の激突》も4枚ある。つまり第2ゲーム以降、松本はこの合計8枚の打ち消し呪文を掻い潜りながらゲームをプレイしなければならないということだ。おまけに木原の手札に無駄打ちできるような呪文はなく、エムラクールの支配の影響は木原の《最後の望み、リリアナ》でモンクトークン1体を除去するにとどまった。
木原も手札を知られてしまった以上、無為に構えて過ごすこともない。モンクトークンで《反逆の先導者、チャンドラ》に攻撃。その忠誠値を1まで減らし、手札の《ヴリンの神童、ジェイス》と《僧院の導師》を解き放って自身のコントロールする《最後の望み、リリアナ》の忠誠値を6にする。
松本はいよいよ苦境に立たされることとなった。《つむじ風の巨匠》をプレイして盤面を取り戻そうとするが、返す木原は《ヴリンの神童、ジェイス》の能力を起動。ルーティングを解決した後久遠の闇へと追放され、プレインズウォーカーの灯が点った状態で戦場に舞い戻った《束縛なきテレパス、ジェイス》が《致命的な一押し》を疑似「フラッシュバック」し、《つむじ風の巨匠》へと差し向ける。盤面で負けている松本はトークンを出すほか選択肢はなく、ここまでにコツコツと貯めてきたエネルギーを注ぎ込んで5体の飛行機械トークンを用意した。
木原の猛攻は続く。手札の尽きた松本のドローステップに《コラガンの命令》でディスカードを強制。さらに目障りな《反逆の先導者、チャンドラ》も処理してゲームの主導権を握ると、木原のコントロール下には3体のモンクトークンと《僧院の導師》、《束縛なきテレパス、ジェイス》、《ヴリンの神童、ジェイス》、《最後の望み、リリアナ》とそうそうたる顔触れが並び立つこととなる。いよいよ松本に逆転の余地はなさそうだ。
1ターンパスすることになってしまった松本は素早くライフの計算を行い、「詰んでますね」と自らの敗北を認めてカードを片付けた。
松本 0-1 木原
対戦相手の選択したデッキは、蓋を開けてみるまで分からない。木原も松本も口を揃えて「デッキの読みに自信が持てなかった」と語った第10期フロンティア神決定戦の第1ゲーム、いわば自己紹介が終わった。
今回、松本が《王神、ニコル・ボーラス》を採用した「《霊気池の驚異》」を持ち込んだのに対し、木原の選択したデッキは《否認》4枚、《意思の激突》4枚。計8名の打ち消し呪文を搭載したコントロール型のダークジェスカイだ。
この強迫的なまでに「相手の呪文は通さない」という意志が垣間見える構築に、松本は思わず頭を抱えることとなった。スタンダード当時から《霊気池の驚異》デッキは打ち消しを多数採用したデッキに弱く、それはフロンティアでも大きな変わりはない。読み合いではデッキ選択の理由に2人とも「使いたいカードを詰め込んだ」といった回答を返していたが、木原は期せずして松本の「《霊気池の驚異》」の天敵と言えるデッキを組み上げることができたようだ。
そして松本にとってはさらに災難なことに、プロツアーの決勝ラウンドに準拠し3本先取で争われる神決定戦では第3ゲームまでサイドボードの使用ができない。すなわち、完膚なきまでに叩きのめされた第1ゲームとまったく同じ60枚で対戦しなくてはならないのだ。
無言でシャッフルを行う2人の間に、試合前の和やかなムードはもう完全に失われている。差し迫った空気、独特の緊張感の中、いよいよ神決定戦の第2ゲームが開始されようとしていた。
Game 2
さきほど先勝を飾った木原だったが、ここでは痛恨のダブルマリガンからスタート。いかに相性のいいマッチとはいえ、ゲーム開始時から2枚もリソースに差がついてしまうのはかなりの痛手だ。
対して開始時点でわずかにリードを得た松本は《霊気との調和》を絡めつつしっかりと色マナ基盤を揃え、木原がプレイした《ヴリンの神童、ジェイス》には《蓄霊稲妻》で対応。マナもエネルギーも十分で、出足は好調のようだ。
が、返す木原も負けじと2枚目の《ヴリンの神童、ジェイス》を送り込む。松本がこれを除去できずに《ならず者の精製屋》をプレイするのみでターンを終えるのを受けて、木原は《ヴリンの神童、ジェイス》で手札を整えつつ《コラガンの命令》で松本の《ならず者の精製屋》を除去。さらに続くターンには《ヴリンの神童、ジェイス》を変身させつつ《アズカンタの探索》をプレイしてゲームを盛り返しにいく。数ターン土地が詰まっていたターンが続いたためにここまで松本とのマナ差は開いてしまっているが、ようやく戦える格好になった形だ。
――つまり、ダブルマリガンで木原の展開が遅れている間に決め手を用意できなかった松本にとっては、これから第1ゲームの焼き直しをさせられることとなる。
松本がフルタップでプレイした《王神、ニコル・ボーラス》には《否認》が突き刺さり、続く木原のターンには《アズカンタの探索》が変身。《束縛なきテレパス、ジェイス》で《コラガンの命令》を疑似「フラッシュバック」してリソース差を埋め、《時を越えた探索》で一気にゲームの主導権を奪う。
レガシーで禁止され、ヴィンテージで制限されたオーバーパワーなドロー呪文、《時を越えた探索》がもたらすアドバンテージは松本もよく知るところだ。おまけに《水没遺跡、アズカンタ》まで立っており、ここから先は唱えた呪文が通るかどうかさえ木原の思うままだ。
松本の生殺与奪の権利を得た木原は《僧院の導師》をプレイ、松本が用意した《ならず者の精製屋》と《導路の召使い》を2枚の《稲妻の一撃》で焼き払い、モンクトークンと合わせて驚異的な速度でライフを奪っていく。
絶望的な苦境に立たされた松本にこの盤面を返せるカードはなく、第3ゲームへ移行すべくサイドボードに手を伸ばした。
松本 0-2 木原
松本「まずい。その手のデッキは相性悪い」
ダブルマリガンの相手に敗北を喫したのはさすがに堪えたのか、苦々しい表情を浮かべつつ松本が口を開く。この日、未だ一度も《霊気池の驚異》を起動していない。
木原「(コントロールを)使ってくると思ってなかった?」
木原が尋ねる。対戦前に放送席で「あまり(松本のデッキを)想定しないようにした」と語っていた木原。今回はあえて読み合いを放棄し、自らの好きなカードを中心に丸く戦えるデッキを組み上げた「キハラフリーダム」で臨んでいる。木原 惇希という人物を知っている人物ならデッキリストを見ただけでその溢れ出るキハライズムを感じられるであろうそのデッキを予想することは決して難しくなかったはずだ。現に、松本は読み合いで木原のデッキを当たらずも遠からずといった精度で予測できている。
それでも《霊気池の驚異》を選んだ理由。それは彼が、木原の問いかけへの返答として語ってくれた。
松本「可能性は全然考えた。けどこのデッキ使いたかったし、もうしょうがないかなって」
使いたいから使った。その欲求に身を委ねただけ。その言葉だけを抜き出すと、まるで勝負を最初から捨てているようにも聞こえるかもしれない。だがもちろん、決してそんな話ではない。つまり松本はこの日、神としてではなく、1人のデッキビルダーとしてここに立っているのだ。
冒頭で「フロンティアというフォーマットはデッキビルダーが活躍しやすい場」だと書いた通り、このフォーマットには、デッキを組み、それを回す喜びが満ちている。アグロデッキもコンボデッキもコントロールデッキも、いずれのデッキもそのコンセプトを成立させるに足るカードが存在しており、そしてそれらのコンセプトはいずれも未だ開拓され尽くしてはいない。可能性を掘り下げるチャンスはすべてのプレイヤーに平等に存在しているのである。
松本が戦っている対戦相手は木原だが、当然対戦相手は対戦相手であって敵ではない。しかし、もしもこの戦いに敵がいるのだとしたら、きっとそれは自分自身なのだろう。ゆえに松本は、そこに絶望的な相性差が横たわっていようとも、自らの選択を信じて戦う。使いたいデッキを使うことの喜びも苦しみも味わい尽くそうと、最後になるかもしれない対戦へと身を投じるのだ。
Game 3
今回もまた木原がマリガン。「7枚でやりたいw」と苦笑を浮かべるが、次にもたらされた6枚の手札には満足いったようで、キープを宣言する。
今度は両者ともに動きを見せることなく、静かにマナ基盤を揃えていくスタート。最初にアクションを取ったのは後攻の木原だった。第3ターン目にあるエンチャントをプレイし、それを見た松本から悲鳴が上がる。その正体は……
《厳粛》。
『破滅の刻』に収録された露骨なエネルギーメタカード。これが貼られた以上、松本の《霊気池の驚異》はもちろん《導路の召使い》も《つむじ風の巨匠》もバニラクリーチャーに成り下がる。完全にデッキのコンセプトを否定する1枚の登場に、松本は動揺を隠せない様子だ。おまけに、ここまで土地を置くことしかしていない松本の所持エネルギーは0。まさかこんなカードを採っているとは想定外だったのだろう。
松本「ギャッ……まだエネルギーないんだけど!!」
木原「メタっていきますよ」
頭を抱えて声にならない声をあげる松本と対照的に、後顧の憂いを断った木原は爽やかに笑みを浮かべる。これまでのゲームでも木原は《霊気池の驚異》の着地を許さなかったが、それもひとえに“常に《霊気池の驚異》への警戒を怠らなかったから”だ。だが、《厳粛》の設置に成功したことで今後はその脅威に怯えることもない。
だが、松本もまだ負けたわけではない。活路を開くべく《ならず者の精製屋》と《導路の召使い》を並べ立て、ビートダウンプランを狙っていく。木原も《稲妻の一撃》で《ならず者の精製屋》は除去するが、《導路の召使い》のクロックを止めることができない。
さらに松本は《強迫》で木原の手札を確認する。明かされた手札にあったのは《否認》と《意思の激突》3枚。
松本「すんっごい量のカウンター……」
木原「見せたくなかったんですけどねw」
木原の手札にあったのは4枚のカウンター。とりあえず松本の唯一のクロックである《導路の召使い》がすぐさま除去されることはなさそうだが、だからといってクロックを追加することもままならなそうだ。まずは万能カウンターである《意思の激突》1枚を捨てさせ、続いて《つむじ風の巨匠》をプレイする。《厳粛》の影響下ではただの3マナ2/3バニラに過ぎないクリーチャーだが、除去のない木原もこれを通すわけにはいかず、その手札のカウンターを残り2枚まで減らすことに成功する。
木原はドローゴーを続け、松本は《導路の召使い》でコツコツとライフを削っていく。ここまでにフェッチランドやダメージランドのペイライフも蓄積しており、木原のライフは7まで落ち込んでいた。徐々にだが活路が見えてきた、そんな矢先。
これまで大人しく殴られていた木原だったが、1枚の《時を越えた探索》がゲームの流れを一瞬で変えた。松本のターン終了時に2枚のカードを手札に加え、続く木原のターンに《アズカンタの探索》を設置。引き続きカウンターを構えながら一度は《導路の召使い》の攻撃を受けるが、松本のターン終了時には《コラガンの命令》で《導路の召使い》も処理する。さらに《アズカンタの探索》も変身し、一気に形勢が逆転した。
続くターンに松本が動きを見せることなくターンを終えると、木原はリードをさらに突き放すべく《水没遺跡、アズカンタ》の能力を起動。2枚目の《否認》を手札に加え、さらに《時を越えた探索》で優位を絶対的なものにする。残りライフは松本が19で木原が4とここまでにかなりのライフを失っているものの、ただでさえ《厳粛》によって死に札を抱えている松本と溢れんばかりの手札を抱える木原のリソースの差は圧倒的だ。松本は木原の手札が整っていくのをただ眺めていることしかできない。
松本が《導路の召使い》をプレイすれば再びの《コラガンの命令》で焼き、《水没遺跡、アズカンタ》でさらに3枚目の《コラガンの命令》を手札に加える。《僧院の導師》をプレイして《アズカンタの探索》を設置し、モンクトークンを呼び寄せる。この《僧院の導師》も《引き裂く流弾》されてしまうが、木原はどこ吹く風とばかりにこの日何度目かも分からない《コラガンの命令》で《僧院の導師》を回収して再度唱える。
リソースの差は歴然で、このままゲームを続けていても松本の敗北は必至。だが、松本はまだ諦めはしない。木原のライフは残り4で、そのコントロール下にはダメージランドとフェッチランドがある。つまり、《約束された終末、エムラクール》でターンを奪って《コラガンの命令》か《稲妻の一撃》を探し、木原自身を対象に打ち込めば勝てる――!
松本は勝利の算段を付けると、すぐさま実行に移した。まずは《約束された終末、エムラクール》を唱え、木原が《意思の激突》で応じる。大丈夫、《約束された終末、エムラクール》自体が打ち消されるのは織り込み済みだ――木原ももちろんそれは理解しており、コントロールを奪われる前に溢れかえりそうな手札を消費しにかかる。《コジレックの帰還》でモンクトークンが無為に焼き払われるのを阻止し、自身の負け筋となり得る《コラガンの命令》を自身に撃ち込み、それを《意思の激突》を「X=0」を当てて、残る手札を打ち消しだけにする。
さて、これが松本にとってのラストターンとなった。木原のターンを奪い、アップキープに《アズカンタの探索》が誘発し――
松本はそれを解決することを選ぶ。そしてそれが明確に失策だった。
ここで本来松本は可能な限り多く木原のライブラリーを掘り進め、火力呪文に辿り着く必要があった。であれば、《アズカンタの探索》が誘発したときにスタックで《水没遺跡、アズカンタ》の能力を起動し、その後《アズカンタの探索》の能力を解決。これを変身させ、レジェンドルールによって一度起動してタップ状態になっている《水没遺跡、アズカンタ》を墓地に送り、再び《水没遺跡、アズカンタ》の能力を起動するべきだったのだ。
もちろん松本もこのプレイに気づいていなかったわけではないのだが、うっかりアップキープにライブラリートップを見てしまった。《アズカンタの探索》のライブラリートップを検閲する能力と変身は一連になっている一つの能力なので、ライブラリートップを見てから変身するまでの間に優先権は発生しないし、仮に変身した場合、レジェンドルールは状況起因処理として処理されるため、スタックを用いない。つまり、すでに場にあった《水没遺跡、アズカンタ》の能力を起動する機会は失われてしまうのである。
しかし、時すでに遅し。《アズカンタの探索》の能力はそのまま解決され、そのままドローステップに移行する。火力は引けず、続けて《水没遺跡、アズカンタ》の能力を起動。めくった4枚の中に火力は……
なかった。
すなわち、この戦いの勝者が決定したのだった。
松本 0-3 木原
松本「プレイミスった。《アズカンタの探索》もそうだし、《約束された終末、エムラクール》をもう1ターン早く出していればよかった」
敗北が決まった瞬間、松本はすぐさま自分のプレイを振り返り、木原と盛んに意見を交換する。第1ゲームのあのプレイは、サイドボードは、構築は。無数に分岐し得たあらゆる可能性を模索し、試合自体が終わっても、彼らは貪欲にそこに散らばっている知識と経験を吸収していく。
今回のカバレージでは何度も「フロンティアというフォーマットはデッキビルダーが活躍しやすい場」だと述べてきたが、きっと正しくは“マジックそのものを探求する者たちが活躍できるフォーマット”なのだろう。構築、調整、プレイング、そのすべてにおいて開拓の余地が広大に拡がっており、そしてその範囲が狭まっていくことはない。より深遠に、より茫漠と。フロンティアは圧倒的な広がりを以って我々を新天地へと誘う。
そしてその地の新たな神は――
木原 惇希と相成った。
第10期フロンティア神決定戦、勝者は木原 惇希!
おめでとう!!