3年前。
日本のプロプレイヤーたちに対して、とある1つの宿題が出された。
『日本勢は、なぜ勝てなかったのか。』
トッププロに赤裸々な言葉で共通の反省を語らせたこの名記事は、賛否両論含めて数多の議論を巻き起こした。
ビルダーの不在。コミュニティの消失。海外プロとの差。
記事が上梓される原因となったプロツアー・アムステルダム10はだから、日本勢が抱えるそういった多くの根強い課題を浮き彫りにした大会だったのだ。
そして時は流れ、2013年。
かつて確かに在った『プロマジックシーンで日本が最も強かった時代』はとうに過ぎ去り、アムステルダムで指摘されたはずの問題はいつしか棚上げにされ、『日本勢は、だから勝った。』のようなアンサー記事も書かれることはないままで。
上の記事でインタビューされているプロたちも、そのほとんどが定期的なプロツアー参戦から離れてしまっている現状。
いやそれどころか、当時より第一線にとどまり続けているプロ自体、数えるほどしかいなくなってしまった。
……けれど。
それでも。
日本のプロマジックシーンには、また新たな潮流が芽生え始めている。
たとえば、プロツアー・パリ11での中田 直樹(愛知)・石村 信太朗(埼玉)両名の活躍であったり、プロツアー・名古屋11での角岡 利幸(東京)の準優勝であったり、プロツアー・闇の隆盛12での永井 守(神奈川)の鮮烈なトップ4入賞など。
この3年の間でも、次の世代のプロマジックを担うべき様々な萌芽が実は感じ取れていたのである。
そして。
そんな新世代たちの中に、このアムステルダムでの失敗をこそむしろバネにして大きな成長と飛躍を重ね、ついには日本のトッププロの一人として最前線に立つことに成功した男がいた。
プロツアー・アヴァシンの帰還12で、オリジナルデッキ『リアニメイト』を駆り見事トップ4に入賞した、次世代のホープ。
4 《平地》 3 《森》 2 《山》 1 《沼》 4 《進化する未開地》 4 《森林の墓地》 4 《断崖の避難所》 1 《魂の洞窟》 -土地(23)- 4 《大聖堂の聖別者》 4 《悪鬼の狩人》 4 《国境地帯のレインジャー》 3 《高原の狩りの達人》 3 《ファルケンラスの貴種》 3 《栄光の目覚めの天使》 4 《グリセルブランド》 -クリーチャー(25)- |
4 《信仰無き物あさり》 4 《根囲い》 4 《堀葬の儀式》 -呪文(12)- |
3 《墓場の浄化》 3 《冒涜の行動》 3 《修復の天使》 3 《霊誉の僧兵》 2 《魔女封じの宝珠》 1 《ファルケンラスの貴種》 -サイドボード(15)- |
行弘 賢(和歌山)。
渡辺以後の世代では最も活躍していると言っていい戦績と、八十岡に匹敵するほど愛すべきキャラクターの持ち主である。
例えば我々が八十岡に機械的あるいは非人間的と評されるほどの逸脱性・天才性を感じ取り、そこに憧れるのだとすれば。
対してどちらかといえば行弘は、ニコニコ生放送などで露出が多いためだろうか、そのどこかひょうきんな言動と相まって、何となく身近に感じられるような……つまるところ『人間くささ』が魅力的な人物と、そう言えるかもしれない。
そして、そんな行弘だからこそ。
我々は彼の並々ならぬ努力を推しはかることができる。
行弘が今の地位を築き上げるまでの努力の軌跡を。決して天才ではないだろう彼が、それでもプロマジックで勝てるようになるための方法論を確立する物語を。
その原点が、
たとえ青白GAPPOと並び立つほどの伝説のクソデッキだったとしても。
1.プロツアー・アムステルダム10
行弘の原点……それはアムステルダムでの失敗にあった。
まずはその前提となるメタゲームを確認しておこう。
アムステルダムの構築ラウンド。それは今ではモダンに取って代わられてしまった懐かしのフォーマット、エクステンデッドで行われた。
使用可能セットは10th、M10、M11と、タイムスパイラルからエルドラージ覚醒までで、禁止カードは《弱者の剣》と《超起源》の2枚のみ。
ということは、レガシーでも一線級のコンボとして活躍している〈罰する火〉〈燃え柳の木立ち〉コンボが、何らの制限も受けず、野放しになっていたわけで。
一旦この2枚が揃ってしまえば、タフネス2以下のクリーチャーは死滅。また仮にタフネス3以上のクリーチャーであっても、十分なマナさえあればアドバンテージを失うことなく処理されてしまうのだ。
そんな環境で、ビートダウンが隆盛するはずもない。
だからメタゲームの中心は、コンボデッキだった。
9 《山》 3 《森》 1 《新緑の地下墓地》 4 《燃え柳の木立ち》 4 《火の灯る茂み》 3 《樹上の村》 2 《溶鉄の尖峰、ヴァラクート》 -土地(26)- 4 《タルモゴイフ》 4 《台所の嫌がらせ屋》 4 《血編み髪のエルフ》 -クリーチャー(12)- |
2 《稲妻》 4 《罰する火》 4 《不屈の自然》 4 《明日への探索》 4 《調和》 4 《風景の変容》 -呪文(22)- |
4 《思考の大出血》 3 《原初の命令》 2 《クローサの掌握》 2 《虚空》 1 《古えの遺恨》 1 《自然に帰れ》 1 《原始のタイタン》 1 《沼》 -サイドボード(15)- |
《罰する火》コンボの有する、まるで《ボガーダンの鎚》のような永久火力としての性質に着目し、ダメージアプローチを強くとった赤緑スケープシフトは、コンボビートという複雑なポジションであることも相まって、人気のアーキタイプであった。
6 《島》 4 《地底の大河》 4 《沈んだ廃墟》 4 《宝石鉱山》 2 《反射池》 1 《アダーカー荒原》 -土地(21)- 4 《猿人の指導霊》 1 《ザルファーの魔道士、テフェリー》 -クリーチャー(5)- |
4 《思案》 4 《定業》 4 《天使の嗜み》 3 《神秘の指導》 4 《むかつき》 4 《否定の契約》 1 《殺戮の契約》 1 《燃焼》 1 《思考囲い》 4 《睡蓮の花》 4 《連合の秘宝》 -呪文(34)- |
3 《思考囲い》 3 《燻し》 3 《ヴェンディリオン三人衆》 1 《殺戮の契約》 1 《沈黙》 1 《拭い捨て》 1 《貴族階級の嘲笑》 1 《弱者の消耗》 1 《突撃の地鳴り》 -サイドボード(15)- |
プロツアーの2週間ほど前からその存在が認知されていた《むかつき》《天使の嗜み》コンボは、もちろんメタられてはいたものの、その登場の早さにより他のデッキとは一線を画す高い完成度を誇っていた。
4 《島》 1 《山》 1 《森》 4 《沸騰する小湖》 4 《霧深い雨林》 4 《燃え柳の木立ち》 4 《滝の断崖》 -土地(22)- 4 《タルモゴイフ》 -クリーチャー(4)- |
4 《思案》 4 《定業》 4 《マナ漏出》 4 《謎めいた命令》 2 《時間のねじれ》 4 《稲妻》 4 《罰する火》 4 《魔力変》 4 《紅蓮術士の昇天》 -呪文(34)- |
4 《田舎の破壊者》 3 《否認》 3 《大祖始の遺産》 2 《瞬間凍結》 2 《精神を刻む者、ジェイス》 1 《火山の流弾》 -サイドボード(15)- |
主に日本勢が好んで選択した《紅蓮術士の昇天》デッキは、軽量ドローにより《罰する火》コンボを揃えやすく、かつその唯一無二の角度が対戦相手にわからん殺しを誘発させやすいアーキタイプであった。
また、コンボ以外のデッキ、例えばビートダウンにおいても、《罰する火》の存在は当然大きな影響を与えていた。
3 《森》 1 《沼》 4 《つぶやき林》 4 《新緑の地下墓地》 4 《霧深い雨林》 3 《反射池》 3 《樹上の村》 1 《黄昏のぬかるみ》 -土地(23)- 4 《ツリーフォークの先触れ》 4 《壌土のライオン》 4 《タルモゴイフ》 4 《朽ちゆくヒル》 4 《包囲の搭、ドラン》 3 《聖遺の騎士》 -クリーチャー(23)- |
4《思考囲い》 4《強迫》 1《殺戮の契約》 1《名も無き転置》 3《大渦の脈動》 1《遍歴の騎士、エルズペス》 -呪文(14)- |
3 《虚空の力線》 2 《蔓延》 2 《法の定め》 2 《台所の嫌がらせ屋》 2 《目覚ましヒバリ》 1 《殺戮の契約》 1 《外身の交換》 1 《遍歴の騎士、エルズペス》 1 《ボジューカの沼》 -サイドボード(15)- |
《罰する火》があるなら、タフネス3以上のクリーチャーで手早く殴ればいい。それを忠実に実現した《包囲の搭、ドラン》デッキは、プロツアー当日の台風の目だった。
とりわけ、従来のドランのイメージを覆す『《貴族の教主》不採用』と『《壌土のライオン》の採用』は、《罰する火》メタを如実に表している。
さらに、かつての最強デッキも、《罰する火》の支配からは逃れることができなかった。
6 《島》 4 《人里離れた谷間》 4 《涙の川》 2 《地底の大河》 2 《沈んだ廃墟》 2 《忍び寄るタール坑》 4 《地盤の際》 2 《変わり谷》 -土地(26)- 4 《呪文づまりのスプライト》 3 《ヴェンディリオン三人衆》 3 《霧縛りの徒党》 -クリーチャー(10)- |
4 《祖先の幻視》 1 《呪文貫き》 4 《マナ漏出》 4 《謎めいた命令》 4 《思考囲い》 3 《燻し》 4 《苦花》 -呪文(24)- |
4 《大祖始の遺産》 3 《死の印》 3 《滅び》 2 《強迫》 2 《否認》 1 《呪文貫き》 -サイドボード(15)- |
《祖先の幻視》《苦花》と揃っていてもなおフェアリーがメタの最上位に名を連ねなかったのは、《罰する火》に致命的に弱いからであった。高橋 優太(東京)をはじめ、一部の腕に自信がある者たちが選択したが、《罰する火》のためだけにサイドに《虚空の力線》を採ることすら肯定されるレベルの相性の悪さであった。
これらを見ればわかるように。
このときのエクステンデッドは現在のモダンと比べて明らかに禁止カードが少なく、その結果、メタゲームは《罰する火》コンボを中心として怪獣大決戦の様相を呈していた。
……そんな中で。
行弘の目は、全く別次元を見据えていた。
そう……別次元すぎるクソデッキだった。
皮肉なことに、行弘がむしろデッキビルダーとしての賞賛を浴びるきっかけとなったそのデッキの名前は。
オリスチャント。
行弘の伝説は、ここから始まった。
2.オリスチャント
行弘 「ほんとはあのデッキでプロツアーに出るつもりはなかったんだけどね」
オリスチャントを選択した理由について問われた行弘は、恥ずかしそうに語った。
行弘 「まず、池田(池田 剛)さん経由で教えてもらったモリカツ(森 勝洋)の赤単の情報を、調整の過程でそうとは知らずに関東の人たちに漏らしてしまったんだよね。当時は僕も若かったから。それで赤単は使いづらくなったんだけど。さらにプロツアーの前日夕方に喫煙所にいたトモハル(齋藤 友晴)さんに、他の参加者もいる前で『昇天は良さそうですか』と聞いてしまって、逆に『ゆくひろ、もしかして昇天のこと言い触らしてない?』と軽く詰め寄られて、いやそんなことないですって答えたけど、それで昇天も使いづらくなってしまって」
なんだか政治的な理由で使用候補2つも消えてるんだな。それにしても気にしすぎじゃない?
行弘 「いやいや、僕結構そういうの気にするタイプなんで。それで前日夜にいやー困ったデッキないなーっていうときに、そういえばってオリスチャントの存在を思い出して、試しにヤソのドランとスパーしたら割と相性良くて、ついでにヤソも『これでいいんじゃない?』って言ってくれたし、じゃあこれでいいかーって」
完全にヤソに乗せられたね。
行弘 「まあドランにはデッキの構造上強かったから。それで『このデッキは強い』と勘違いした節はあるね」
4 《森》 1 《島》 1 《つぶやき林》 4 《霧深い雨林》 1 《新緑の地下墓地》 4 《古代の聖塔》 2 《樹木茂る砦》 1 《ヤヴィマヤの沿岸》 1 《反射池》 1 《セジーリのステップ》 -土地(20)- 4 《極楽鳥》 4 《貴族の教主》 1 《ツリーフォークの先触れ》 4 《根の壁》 4 《獣相のシャーマン》 3 《スクリブのレインジャー》 1 《ガドック・ティーグ》 4 《サマイトの守護者オリス》 1 《ゴブリンの太守スクイー》 1 《包囲の搭、ドラン》 4 《聖遺の騎士》 3 《神秘の蛇》 1 《ザルファーの魔道士、テフェリー》 1 《絶滅の王》 3 《領土を滅ぼすもの》 1 《真実の解体者、コジレック》 -クリーチャー(40)- |
-呪文(0)- |
3 《大祖始の遺産》 3 《避難所の印》 3 《クァーサルの群れ魔道士》 2 《ガドック・ティーグ》 1 《ブレンタンの炉の世話人》 1 《コーの火歩き》 1 《悪斬の天使》 1 《雲打ち》 -サイドボード(15)- |
(当時のDech Techは【こちら】)
行弘 「しかし改めて見直してみると、ものすごいリストだねこれ。当時は1枚1枚に採用を正当化できる理屈がついてたはずだけど、結構ぱっと見意味不明なカードいっぱい入ってるし」
まず入ってるカードが全部クリーチャーだしね。ていうかそもそも、このデッキはどうやって出来たの?
行弘 「もともとカジュアルで《サマイトの守護者オリス》というカードは使ったことがあって、存在は知ってたんだよね。でプロツアーでエクテンやるぞーってなったときに、僕は《獣相のシャーマン》をすごく使いたかった。で、何持ってきたら勝てるかなーって考えて、お?《サマイトの守護者オリス》を毎ターンサーチしたら『壮大』連打できてこれハーフロックじゃね?ってなって」
そこは思いつかなかった方が良かったね。
行弘 「その線で色々考えてみると、《獣相のシャーマン》がいればあらゆる課題に打ち勝つことができるってわかって。《サマイトの守護者オリス》が4枚だけだと足りないなってなって、墓地をリシャッフルできるエルドラージがおるやん!とか。どこかでインスタント除去合わせられるとマズイから、《ザルファーの魔道士、テフェリー》まで入れたら完全ロックだな、とか。自分より早いコンボデッキを妨害したいなら、《領土を滅ぼすもの》はサーチできる《ハルマゲドン》だな、とか。そうして、『オリスを回し続ける』というロック構造が現実味を帯びていった」
まあ確かに、これだけ聞くとかなり美しいコンボではあるね。現代に甦ったセプターチャント、みたいな。
行弘 「しかもこの構造はドランには咎められないんだよね。《根の壁》や《聖遺の騎士》がいるから地上の突破は容易ではないし、コンボを阻害する要素も少ないし。だから結果的に『正解だったドランに対して強いデッキ』として、このデッキも正解たりえたと思うよ」
他にも、冷静にメインから《領土を滅ぼすもの》が3枚も入ってるのは斬新すぎるよね。
行弘 「スケープシフトやむかつきみたいなコンボデッキが強い環境だったから、こういうカードがむしろ必要だった。だからやっぱり、この75枚にはきちんと意味があったし、このデッキを選択したことはむしろ全く後悔してないよ。たまたま苦手なジャンドを2回踏んでしまって、あえなく2勝3敗だったけどね」
それなんだけど、正確には1-3と1Byeだよね?
行弘 「……それは墓まで持っていこうと思っていたのに……」
現実を見よう。
ていうか、さ。
行弘 「うん」
『全く後悔してない』とかいうけど、じゃあ行弘にとっては、何が敗因だったと?
行弘 「何に強くて何に弱いのか、ちゃんと把握せずに出たことかな。ドランに強いことだけはわかってたけど、それ以外は全部脳内だったから」
当時の一線級だったドラン相手でもコンボから抜け出せずに勝ててしまうくらいなんだから、他のデッキにも勝てるんじゃね?
行弘 「いや、そもそもこのコンボは決まりさえすれば抜け出すことは不可能なんだよ。だから問題は、コンボを決めさせてもらえるか……つまりコンボ完成に至るプロセスにある」
つまり『ドランに勝てる』っていうのは、ドランがあまり妨害してこなくてコンボが決めやすいよ、っていうだけってこと?
行弘 「このデッキの有する致命的な弱点を、ドランだけは突いてこなかったからね。というのは、《罰する火》が入ってないデッキだからって意味なんだけど」
え。このデッキ、〈罰する火〉に弱いの?
行弘 「ちょっと構造を見てもらえばわかるけれど」
こうして見ると、結構ガチャガチャやらないと決まらないコンボなんだね。
行弘 「そうね。それでもドラン相手なら《根の壁》が5/5扱いになったり《サマイトの守護者オリス》の素の能力とかで時間を稼ぎながらゆっくりパーツを揃えることができる。けど、軸が違うコンボデッキ同型戦とかになると……」
速度が間に合ってない、と。
行弘 「このデッキは盤面だけはがっちりするけど、クリーチャー単なだけあって相手のコンボを阻害する要素はほとんどない。それでも一応《神秘の蛇》や《領土を滅ぼすもの》でお茶を濁してはいるけど、いずれにせよ大抵は先にコンボを決めたもん勝ちなゲームなのに、基盤となるマナベースや《獣相のシャーマン》が《罰する火》によって除去されちゃったりすると……」
Oh…
でも一応ドランだって手札破壊や単体除去で妨害してくるのは一緒だよね?
行弘 「そういう単純な1:1交換なら、生物を出す順番を考えるとか、《獣相のシャーマン》で予備の《獣相のシャーマン》をあらかじめ持ってきておくとか、プレイングで対処のしようがある。でも《罰する火》コンボの場合、相手はカードを実質1枚も消費してないのに、こっちの生物は『出すだけ無駄』な状態になっちゃうから、ただでさえ遅いコンボなのに、大幅に減速しちゃうんだよね。そうなったら、まず相手のコンボが先に決まるよ」
あの、行弘さん。《罰する火》コンボというのは前提の前提、環境の中心だったはずでは……
行弘 「……最初にドランとスパーして満足しちゃったからなー。いやーヤソにやられたなー」
やっぱり完全なるクソデッキなんじゃねーか!!
行弘 「『メタ外に当たったらどうなるか』ってのも考えてなかったから、ジャンドにコテンパンにやられてしまったしね。一応メタの上位3つには(脳内で)勝てるつもりだったけど、脳内と現実はよく食い違うものだということを学んだ大会だったね(笑) ヤソくらい正確にメタが読めればともかく、そんなの普通無理でしょ」
確かに、脳内と現実はよく食い違う。
行弘 「メタ上位だけでなくメタ外の雑多なデッキにもちゃんと勝てる、『基礎がしっかりしたデッキ』を作らないとダメで、そういう意味で『全部に5割5分』というのが理想なのは間違いないと思う。現に、グランプリと違って、プロツアーで勝つデッキはやせてない。対応するデッキになりすぎてはいけないということだね。ただ他方で、現実には全部に勝つのはまあ無理で、どこかで『特定のデッキには不利』というのを受け入れなければいけない。そのバランス取りが難しいんだ」
そういえば最近のけんちゃんはあまり尖ってない気はするね。自分でデッキを作ってはいるけど、オリスチャントみたいなクソデッキじゃなくて、ちゃんとプロっぽいデッキ選択をしているというか。
行弘 「調整の時間的限界を考えると、ベストではなくベターを目指すのも大事だなって。もちろんプロツアートップ8やその先を目指すことに変わりはないけど、あまり奇抜なことをやりすぎるのも問題だなって思うようになってきたね。メタ外に負けないように、『基礎がしっかりしたデッキ』を持っていきたいから」
私やらっしゅが青白GAPPOの悲劇を二度と繰り返さないよう戒めとしているように。
行弘もオリスチャントの失敗を反面教師にして、多くを学んだ。
行弘 「あと、このときはあらゆる調整チームを渡り歩いたのも結局信頼を失うだけだったね。かといって僕はヤソみたいに自分が全部一人でできるとは思ってないんで、自分が実力を認める数人のチームで調整することで、クソデッキを使うリスクを減らすことが必要だと思ったな」
『基礎がしっかりしたデッキを作る』『信頼できるチームで調整する』……そういった教訓を胸に、行弘はアムステルダムを後にした。
3.その後
例えばプロツアー・アヴァシンの帰還。
自身初のプロツアートップ8入賞をもぎ取ったこの大会で、行弘はどのようにブロック構築のデッキを選択したのだろうか。
4 《平地》 3 《森》 2 《山》 1 《沼》 4 《進化する未開地》 4 《森林の墓地》 4 《断崖の避難所》 1 《魂の洞窟》 -土地(23)- 4 《大聖堂の聖別者》 4 《悪鬼の狩人》 4 《国境地帯のレインジャー》 3 《高原の狩りの達人》 3 《ファルケンラスの貴種》 3 《栄光の目覚めの天使》 4 《グリセルブランド》 -クリーチャー(25)- |
4 《信仰無き物あさり》 4 《根囲い》 4 《堀葬の儀式》 -呪文(12)- |
3 《墓場の浄化》 3 《冒涜の行動》 3 《修復の天使》 3 《霊誉の僧兵》 2 《魔女封じの宝珠》 1 《ファルケンラスの貴種》 -サイドボード(15)- |
行弘 「リアニメイトというシステムが強い、というところからスタートして、一緒にプロツアーに出る関西勢と調整していた。で、リアニメイトで出ることは決まってたけど、出発前日に浅原さんの記事を読んで無限コンボの存在を知って、アキマサ(山本 明聖)が試してみようって。僕はもう時間ないからって反対したけど、まあ試すだけ試してみようってなって、そしたら何とすべてのデッキに有利だった」
無限エンジンの採用により、ただのリアニメイトだった行弘のデッキは、劇的に進化した。リアニメイト同型戦では一方的に勝てる切り札を獲得したことになったし、その他のデッキ相手も、より精度の高いフィニッシュ手段を確保したことにより、互角以上に戦えるようになった。
つまりそれは、『基礎がしっかりしたデッキ』への進化だったのだ。
そしてそのアイデアを試すきっかけは、同じ調整チームの仲間である山本からもたらされたものだった。『信頼できるチーム』が、行弘の活躍を影から支えていた。
ここで。
渡辺、中村、八十岡といった他のトッププロとは違い、行弘は東京近郊に住んでいない。
それはすなわち、和歌山という地方に生活の本拠を置いたまま、プロツアーの調整をしなければならないということだ。
それでも行弘は自分から仲間を集め、コミュニティを立ち上げ、真剣にプロツアーの調整ができる場を作り上げた。
いかに大変なことだったか、想像に難くない。
あるいは、今年行われたプロツアー・ドラゴンの迷路でも、同様のことが言える。
3 《森》 2 《平地》 1 《沼》 4 《寺院の庭》 4 《草むした墓》 4 《神無き祭殿》 3 《オルゾフのギルド門》 2 《ゴルガリのギルド門》 1 《セレズニアのギルド門》 -土地(24)- 4 《実験体》 1 《死儀礼のシャーマン》 4 《復活の声》 4 《ロッテスのトロール》 2 《カルテルの貴種》 4 《縞痕のヴァロルズ》 3 《ロクソドンの強打者》 3 《罪の収集者》 2 《幽霊議員オブゼダート》 -クリーチャー(27)- |
3 《肉貪り》 3 《突然の衰微》 3 《化膿》 -呪文(9)- |
3 《セレズニアの声、トロスターニ》 3 《ヴィズコーパの血男爵》 2 《花崗岩の凝視》 2 《地下世界の人脈》 2 《ひるまぬ勇気》 1 《真髄の針》 1 《化膿》 1 《罪の収集者》 -サイドボード(15)- |
まだスタンダードでドランアリストクラッツのようなデッキが出来る前だというのに、この完成度。一体どうやったらこんなデッキができるのか。
行弘 「まず《スフィンクスの啓示》《ラル・ザレック》みたいなトリコを作ったんだけど、やはり調整仲間と調整してる際に《復活の声》を出されて。で、思わず手札の《アゾリウスの魔除け》を見るわけですよ」
はぁ。そしたら?
行弘 「尿が漏れましたね」
え?なんて?
行弘 「いや、あまりの強さに尿がね」
いえやっぱり詳しく聞きたくないんでいいです。泌尿器科に行ってください。
行弘 「……そんなわけで《復活の声》は絶対使おうってなって。でバントFlashを組んだんだけど、色拘束がきついし、タップインが多くて。それでいつしか緑白黒になってましたね」
このとき行弘がブロック構築のデッキの核となる『閃き』を得たのも、頼もしい仲間たちとの
またそれだけでなく、行弘には新しいカードや新しいアイデアに貪欲に挑戦する気概がある。だから《復活の声》の強さに気づき、それを最大限にうまく使える緑白黒へとたどり着くことができた。
この緑白黒がメタ外をも跳ね返すことができる『基礎がしっかりしたデッキ』だったのは言うまでもない。
『日本勢は、なぜ勝てなかったのか。』から3年。
あのときの宿題に対して、答えを出せなかった者はプロシーンから去り、日本のプロマジックも一時期ほどの勢いは失ってしまったけれど。
少なくとも行弘は、オリスチャントというクソデッキを乗り越えて、自分なりの答えを出したのだろう。
『基礎がしっかりしたデッキ』を作れるビルダーとして成長し。『信頼できるチーム』を中心とした新たなコミュニティを作り。今や海外にも『Ken Yukuhiro』の名は認知されてきている。
ならば今こそ。
『行弘は、だから勝った。』と、そう言っていいのかもしれない。
というわけで、今回の教訓はこれだ。
クソデッキからこそ、人は学べる。クソデッキを乗り越えて、プロにもなれる。
うん、今回こそ普通にいい話で終われるな。
それでは、最終回で会いましょう。
良いクソデッキライフを!
4.最強の調整方法
にしてもさ、一つ疑問があるんだけど。
行弘 「……何かな?」
和歌山にそんなに毎回プロツアー権利持ちがいるとも限らないしさ。調整相手になる人たちは、行弘にとってはそりゃありがたい話だけど、調整に付き合っても何にもメリットないよね?
それなのにどうして手伝ってくれるのかなぁ、と。
行弘 「それはもう、コミュニティの友情……といいたいところだけれど。実は秘策があるんだ」
……ほう。もう嫌な予感しかしないけど。
行弘 「例えば信頼できる調整メンバーが6人いたとする。それで、調整したい環境でスイスドロー3回戦とかの小さい身内大会を開くんだ」
まだまともだね。
行弘 「そうすると0-3とかするやつが出てくるよね。」
ああ。
行弘 「最下位のやつは全員に晩飯を奢るんだよ」
!?
行弘 「もちろんプロツアー参加者じゃない人は負けても何にもなし。勝てば晩飯タダだから、調整に付き合うメリットはある。互いにWin-Winでしょ?奢り目当てのやせた連中を誘えば、権利持ちも権利なしも全員真剣になって調整できる。まさに合理的な調整方法だよ。どう、画期的じゃない?」
『信頼できるチーム』のはずの仲間を『奢り目当てのやせた連中』呼ばわりだと……!?
行弘「この身内大会をプロツアーまで毎日開くと、それはもうみんな必死になるからね。自然と『閃き』もどんどん生まれるってもんですよ。もちろん僕が負けることだってあるし、かなり良いシステムだと自分でも気に入ってるんだよ」
それはもちろん行弘だって0-3することはあるだろう。だが、何といってもプロプレイヤー。基本的には行弘がコミュニティで技術も経験も一番のはずだ。
こいつ……悪魔か。
せっかく美談に仕立て上げたってのに……
仲間をなんだと思ってやがる……っっ!!
行弘 「くっくっく……わしは平成の森田やからな」
いや、どっちかっていうと行弘はチンチロの班長な気がするけどな。
これもう完全に一致じゃね?
賭博破戒録ケン~完~