七転び八起き~プロツアートップ8への旅~

Kasper Nielsen

Translated by Nobukazu Kato

原文はこちら
(掲載日 2018/12/05)

むかーし昔あるところに……

時は1998年1月。とある土曜日。寒々とした朝のことだった。地元のゲームショップの前に、おじ・おばと一緒に立っている10歳の少年がいた。少年の名はカスパー・ニールセン/Kasper Nielsen。彼の胸は期待で溢れていた。

途方もない夢

地元のゲームショップに来たのは初めてのことだった。おじとおばに買ってもらったクリスマスプレゼントを手に、彼は今、長き旅への一歩を踏み出すことになる。彼自身も想像さえしていなかった旅。マジック・ザ・ギャザリングのプロツアーへの旅だ。

少年はほんの数か月前に、いとこのおさがりとして素敵なコレクションを受け取ったばかりだった。「マジックカード」と呼ばれることの多かったカードゲームのコレクションだ。いとこはもう「マジックカード」にすっかり興味をなくしていたが、このコレクションが少年の興味の灯をともすことになる。その灯が消えることはなく、その年のクリスマスプレゼントとして「マジックカード」を買いに行きたいと、おじ・おばにねだったのだ。

楽園の贈り物

ゲームショップに入ると、彼の眼は輝きに満ち溢れた。シングルカード、ブースターパック、バインダー、スリーブ。飾り物ではない。マジック・ザ・ギャザリングというゲームが好きな人たちのために用意された売り物だ。少年は、このお店には「ローカル・トーナメント」というものがあると聞いていた。土曜日の朝から午後にかけて開催されるらしい。とてもつよい魔法使いたちが集まり、しのぎを削るそうだ。

おじ・おばと一緒にお店を出た少年の手には、たくさんのシングルカードと『テンペスト』のブースターパックがあった。これでまたコレクションが増えた。ブースターパックを開けたくてうずうずしていた少年は、おじとおばの許しを得て、ランチ中だというのにパックを開け始めた。無我夢中だった。出てきたカードや、包装していた袋が散乱していくなか、とうとう最後のパックまで開封し終わる。少年は、さっきまでブースターパックに入っていたカードたちを手に抱えた。

しばらくそのカードたちをパラパラと見ていたが、強力なカードが彼の眼にとまった。《クラキリン》だ。

クラキリン

自分はなんてラッキーなんだろうと思った。こんな強いクリーチャーは見たことがない。おじ・おばはこのカードゲームのことを知らないというのに、少年は次から次へと語りだす。自分がどれだけラッキーなのか、このカードがあれば近所や学校の友達だけでなく、どんな大会でも勝てるのだとまくしたてた(両親の言いつけで、まだ小さい彼が一人で大会に出ることは許されていなかったがね)。

それから何年もの間、少年はその地元のゲームショップに通い、大会に出続け、コレクションも増やしていった。でも一番の目的は、マジックを通じてできた友達と会うことだった。年下の人、年上の人、背が高い人、背が小さい人。いろいろな人がいたが、みんな共通していることがあった。素晴らしいゲームに夢中だったことだ。マジックという素晴らしいゲームに。

そして現在……

よし、昔話はここまでにしよう。はじめまして、俺の名前はカスパー・ニールセン。この間のプロツアー『ラヴニカのギルド』ではトップ8に入った。なぜこんなくだらない昔話、俺の原点を書いたのか不思議に思った人もいるだろうね。その理由は、この記事が戦略的なアドバイスやデッキ解説を目的としたものではないからだ。もしそういうものをお望みなら、Hareruya Prosたちの素晴らしい記事を見てもらえればと思う。

戦略的なことが目的でないのなら、何のためにこの記事を書いたのか。それは「旅」について書くためだ。俺がマジックに復帰してからのこの6年間と、復帰するまでの年月の旅路だ。

ゲーム中の戦略的な判断・プレイひとつで、PPTQやグランプリでマッチの勝敗が決まることもある。しかしマジックはそれがすべてではない。マジックは(俺の考えではマジックにおける成功も)技術的な側面と同じぐらい、メンタルの状態が重要だと思う。俺の信念は「自分にあったやり方でマジックをしていれば、結果は自ずとついてくる」だ

当然の結論

どういうことか、俺自身を例にとって説明しよう。およそ3年前、俺は強豪のマジックプレイヤーだと自負していた。しかし、その膨れ上がった己のイメージに見合う結果が出ていたわけではなかった。プロツアーに参加したこともなければ、取り立てて自慢できるようなグランプリの結果を残してもいなかったのだ。仲間内では俺は強豪扱いで、プロツアーに参加してもおかしくないプレイヤーだと思われていた。しかし現実はそうではなかったのだ。

そしてここから俺の人生は転落していく。人生の状況、もっと言えば健康に問題があったのだ(慢性的な関節炎を患い、先行き不安な状況に立たされた)。その結果、「自己肯定感が人生で一番低くなった」とでもいうべき状態に陥った。果てには、マジックばかりの生活をするようになっていった。主に自分を突き動かすものがマジックになってしまったのだ。少しづつ苦しくなっていく。勝利至上主義になり、試合に負けたときには、すべてを否定されたような感覚にすらなった。自分のせいだったのかどうかわからなかったが、自分の不運を責め続けた。包み隠さず言えば、呪われているとすら思っていた。

重要な教訓

気楽な休止

その呪いは数か月も続いた。プレイも、結果も、人生も一向に良くなる兆しがなかった。俺はマジックへの取り組み方を少し緩めてみようと決めた。仕事も今までより少しだけ頑張るようになった(いままでは決して褒めらないような働き方だったが、人並みに働くようになった)。健康にも気を遣うようになった(運動もするようになったし、食生活も見直した)。人生のバランスを取り戻すことで、人生が大きく変わり始めていた。マジックは人生において重要なものであり続けたが、もはや強迫観念のようなものを感じなくなっていたのだ。

気が付けば、競技マジックでプレイする喜びが戻ってきていた。調整も楽しく、毎日10マッチはこなすようになっていた。グランプリに向けた調整は、ストレスや不安を象徴するものから、楽しさや期待・興奮を象徴するものへと、いつの間にか変わっていたのだ。こうしたことすべてが繋がり、2017年の初めに開催されたグランプリ・ユトレヒト2017で、人生で初めてのトップ8に入ることができた。下にある写真はトップ8に入ったときの写真だ。この写真を見てもわからないかもしれないが、俺は天にも昇る思いだった。

一番左にいるのが俺だが、なぜこんなに平然としているように見えるのかわからない……。

いずれにせよ、念願のプロツアーに参加することになった。自分の実力を世に示すチャンスがやってきたのだ。この先どうなったかわかるだろうか?また昔の俺に戻ってしまったのだ。仕事も、運動も、何もかもを犠牲にしてマジックだけに力を注いだ。お察しの通り、人生初のプロツアーは、ドラフトで0-3のスタートとなり、2日目に進出できなかった。しかし、この経験は俺の目を覚まさせるとともに、一瞬で考え方を改めさせてくれた。俺は頭の中で描いていたような立派なプレイヤーではないのだと気づいたのだ。気づいたのはそれだけではない。世界レベルのプレイヤーになるには、俺が再び失ってしまったもの、「バランス」が必要なのだ

天秤

それにしても、どこで道を踏み外したのだろうか。何が原因でバランスは崩れたのだろう?そうだな、率直に言えば、原因がひとつだったわけではない。俺は自分のことを過大評価し始めていたし、マジックのことも真剣に捉えすぎていた。マジックプレイヤーである前に、一人の人間であることを忘れるぐらいに、マジックだけになってしまっていたのだ。この経験からみんなにアドバイスをするとすれば、「マジックは楽しむもの」だということ。もしその「楽しさ」がなくなったときはどうするべきか。楽しかったものが苦痛なものになり、ストレスを感じるようになり始めたらどうすればいいか。そういうときは一度立ち止まろう。マジックで人生のバランスを崩し始めていないかどうか、立ち止まって考えてみるのだ。

共有の絆

そして時は流れ、2017年の末に開催されたグランプリ・リヨン2017。このグランプリは思いもよらず、人生で最高に楽しいイベントになる。チームリミテッドだ。ここでの経験は、かつての成功をもたらしてくれたもの、「バランス」を取り戻させてくれた。それは良き友人であり、良きチームメイトになってくれた2人のおかげだった。そして栄光と賞金をかけたグランプリ決勝、なんとデンマーク人6人による決勝になった。俺たちのチームは負けてしまったが、今まででもっとも記憶に残る対戦だった。それはひとえに、友人と素晴らしい経験を共有できたからだ。

準優勝したことで、再びプロツアーへ挑戦する権利を得た。今回こそは、という思いだった。プロツアー『ドミナリア』は、自分の実力を証明するチャンスだと意気込んでいた。しかし、前回とは違うミスをしてしまった。スタンダードのデッキ選択をあまりにも深く考えすぎてしまったのだ。

ゴブリンの鎖回し

根拠もなければ、身の丈にも合わない方法で、俺は他のプレイヤーの一歩先を行こうとしてしまった。環境のデッキを一通り使ってみた結果、《ゴブリンの鎖回し》を使った赤黒デッキがおそらくベストデッキだろうとわかっていた。そして俺は、その上を行く、別の何かを試そうとしてしまったのだ。それが上手くいくだろうと思い込んで。しかし、現実は甘くなかった。そして本番どうなったか。リミテッドは上手くいったものの、スタンダードでボロボロになり、2日目に6-8でドロップしたのだ

しかし、このときの経験は大きな教訓となった。デッキ選択を深く考えすぎるのは、裏目に出ることがあるとわかったのだ。プロツアーのような場合は特にそうだろう。これ以降、俺はデッキ選択を深く考えすぎることはなくなった。

つづくマジック25周年記念プロツアーの参加権利を得ることはできなかった。言うまでもないが、少々ガッカリした。25周年のプロツアーに参加できていれば貴重な体験になっていただろう。と同時に、これまでの長い間、マジックが俺に与えてきてくれた経験により深く感謝するようになったのも、このタイミングだったのかもしれない。

解放された精神

俺はRPTQに参加し続け、Magic OnlineのRPTQにも参加した。そして、Magic OnlineのRPTQでラッキーなタイブレイカーでかろうじてプロツアーへの参加権利を得た。以前プロツアーへの参加権利を得たときの感情とは異なり、幸福、もっというと、再びプロツアーで世界を駆け巡ることができる喜びを感じていたグランプリ・アトランタ2018では、幸運にも12-3という結果を残し、プロツアー『ラヴニカのギルド』に向けて弾みをつけることができた。プロツアーの調整は、Bolt the Birdという俺が所属するチームで行った。今回は、「良い結果を残してやろう」というプレッシャーであったり、「今後を占う大会だ」というような不安も感じていなかった。今までのプロツアーのときとは違っていたのだ。これが功を奏し、よく眠り、よく食べ、そして良いプレイにつなげることができた。

みなさんに知って欲しいこと

安全な道

今回の記事の要点だけを知りたい人のために、最後にまとめておこう。「マジックが自分にとって重要なものであることは全く問題ない。でも忘れてはいけないのは、自分の人生も思考も、バランスをとるのが大切だということ。決してマジックやプロツアーだけに人生を捧げてはいけない。」この教えを守ってもらえれば、結果的により幸せなマジックプレイヤーになれるだろう。そうすれば必然とパフォーマンスも結果もついてくるはずだ。

俺のライトノベル「七転び八起き~プロツアートップ8への旅~」を読んでくれてありがとう。みんながこのストーリーをどう思ったかはわからない。でもみんながマジックをしていく上で、人生のバランスをとったり、成功したりするための一助になれたら幸いだ。

カスパー・ニールセン

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Kasper Nielsen カスパー・ニールセンはデンマーク出身のプロプレイヤー。小さなころから大舞台での成功を夢見ていたニールセンは、グランプリ・ユトレヒト2017で自身初となるトップ8進出を果たすと、後にチームメイトとともにグランプリ・リヨン2017でもトップ4に入賞。プロツアー『ラヴニカのギルド』ではボロスアグロを駆り、念願のプロツアー決勝ラウンドへとたどり着いた。 Kasper Nielsenの記事はこちら