こんにちは、若月です。
これを書いているのは4月上旬、『灯争大戦』プレビューまっただ中。月一連載のこの記事は、新カードの公開が進むにつれ書く内容が増えて収集がつかなくなってしまいます。かと言って完結まで待っていたら月内に書ききれなくなってしまうジレンマ。そこで今回は「ラスボス」であるボーラスのこれまでと、『灯争大戦』で何をしようとしているのかをまとめます。
1. カードで辿る軌跡
ボーラスの歴史はマジックそのものに匹敵する長さを持ちます。マジックの発売は1993年8月の『Limited Edition Alpha(アルファ版)』、ボーラスが登場したのはそれから1年もしない1994年6月の『レジェンド』でした。マジック最初期に登場した面々であるウルザやミシュラ、セラといった最古参、その次に古いキャラクターと言っていいでしょう。以来26年間ずっと登場し続けていたわけではありませんが、とても息が長いことは確かです。繰り返し顔を出してきたボーラスのカードを辿ってみましょう。
■レジェンド(1994年)・クロニクル(1995年、日本語版1996年)
『レジェンド』は初めて多色のカードが、そして「伝説のクリーチャー」が登場したセットです。当時は「レジェンド」というクリーチャー・タイプを持つ扱いでした。友好2色と3色の伝説クリーチャーは実に派手であり、ボーラスは3色の「エルダー・ドラゴン」のサイクルのひとつでした。全員揃って『基本セット2019』にてリメイクされたのは、まだ記憶に新しいですね。
後に、『レジェンド』の多くのキャラクターを取り上げた小説が発刊されました。舞台はドミナリア次元でも、どこか日本的な(「神河的な」?)マダラ帝国。そこで繰り広げられた《ニコル・ボーラス》と《Tetsuo Umezawa》の物語についてはこの連載の第57回で解説しています。
- 2017/07/10
- あなたの隣のプレインズウォーカー ~第57回 ボーラスと梅澤もリマスター~
- 若月 繭子
そして、『クロニクル』は少し特殊なセットになっています。『基本セット第4版』の拡張セットとして発売され、『アラビアンナイト』『アンティキティー』『レジェンド』『ザ・ダーク』からの再録カードで構成されています。『モダンマスターズ』系セットの遠い祖先、かもしれませんね。日本のマジックで初めてボーラスの姿が認識されたのは、この『クロニクル』からだと思います。そしてこのボーラスはまた、初期のリアニメイトデッキ「ニコル・シュート」に名を残しています。
以来、カードの方のボーラスは「強いけど重い昔の伝説クリーチャー」くらいの認識で時が流れていきました。とはいえ、『インベイジョン』(2000年)で友好3色の伝説ドラゴン5体が登場した際には、多くの人が『レジェンド』の先輩たちを思い出していました。当時の冊子記事でも熱く語られています。
書籍「デュエリスト・ジャパン」Vol.13、「インサイダー・トレーディング――『インベイジョン』が始まった」より引用
だが、もっとも刺激的なアイデアの新解釈は、“レジェンド”(と“クロニクル”)の「エルダー・ドラゴン・レジェンド」を仕立て直したサイクルだろう。「エルダー」と同様、“インベイジョン”のドラゴン・レジェンドも3色カードで、それぞれ非常に強力な能力を備えている。新しいドラゴン・レジェンドが先輩と違うのは、実用性を高めることに特別の注意が払われ、少なくとも一部がトーナメント・レベルのカードに仕上がっていることだ。
■時のらせん(2006年)
そして『時のらせん』。時間の流れが乱れ、過去が現在に姿を現すこのセットでは、「タイムシフト」として過去のカードがそのままの姿で(オラクルは現代仕様となって)収録されていました。「こんなカードあったんだ」と思うような日本語初登場のカードから、少し前までスタンダードにいなかったっけ?といったカードまで様々なラインナップ。そしてその中に、「ああ昔の有名なクリーチャーですよ」と言いたげな顔でニコル・ボーラスが入っていました。
ですがボーラスが他のタイムシフトカードと違うのは、『時のらせん』ブロックの物語に直接関わっているということでした。当時は現在のような物語の日本語展開がなかったので、知る人はわずかだったかと思います。もちろんボーラスは当時から設定上はプレインズウォーカーでしたが、それもカードでは語られていませんでした。一応、ただの再録ではないことを示すかのように別カードのフレイバーテキストに登場しています。
《インプの悪戯》フレイバーテキスト
罪なき者は罪ある者の犯罪の報いを受けるのか? もちろんその通り。 それこそが弱者の運命と言うものだ。 ――ニコル・ボーラス
そしてこれも過去に何度か書いてきましたが、『時のらせん』ブロックの物語を経てプレインズウォーカーの性質が変化しました。彼らはこれまで「強すぎてカードにすることができない」とされていたのが、その性質が変化して……言い換えれば、弱体化したことでカードとして登場させられるようになったのでした。
2008年から17年まで発売されていた『From the Vault』シリーズ、その最初のセットである『From the Vault: Dragons』。ここで初めて別アートのボーラスが収録されました。スマートかつ獰猛な姿は抜群にかっこいいと当時から評判であり、『マスターズ25th』ではこちらの絵で再録されました。ちなみに『From the Vault』シリーズにはフレイバー性豊かな新絵・新フレイバーテキストが多く、この連載でも過去に取り上げています。
繰り返しますが、上記の『時のらせん』ブロックのエピソードによってプレインズウォーカーが「弱体化」しました。そしてそれを実際に経験したニコル・ボーラスが、かつての力を取り戻す野望と共に物語へと再登場。さらには、初の3色プレインズウォーカーとして話題になりました。これは開発側のテンションもとても高かったようで、プレビュー記事でも熱く語られていました。
公式記事「Nicol Bolas, Planeswalker」より訳
このブロックにてニコル・ボーラスを物語に復帰させることは決まっていた。そして今一度強力なカードとして作ること、元の青黒赤を維持するべきであるということも決まっていた。そしてこの色はまさしくグリクシスのそれに一致するではないか。
何てことだ、そう気付いた時の興奮たるや。3色のプレインズウォーカー! そしてドミナリア史上最も強大かつ最古のプレインズウォーカーを元にしたカードなのだ!ニコル・ボーラスが遂にゲームにて真にプレインズウォーカーの姿で登場する。多元宇宙の起源から存在する力のひとつが、新たなカードタイプにて具現化するのだ!
このボーラスは、マナコストも能力も最初の《ニコル・ボーラス》の面影を強く残しています。色拘束はやや緩くなったものの3色8マナ、奥義の7点ダメージと7枚ディスカードはそのまま《ニコル・ボーラス》の攻撃が通ったかのよう。そして強力かつ派手な呪文である「根本原理」サイクルには、『アラーラの断片』ブロックのプレインズウォーカーそれぞれが描かれているのですが、唯一例外であった《残酷な根本原理》も、新絵で再録された際にきちんとボーラスが描かれました(「お仕置きされている」サルカンも一緒に)。
こうしてマジックに帰還したニコル・ボーラスでしたが、物語では《復讐のアジャニ》によって一旦は退散させられてしまいます。ですがボーラスの行動は、後のセットにも大きな影響を及ぼしています。次なる『ゼンディカー』ブロックではエルドラージの解放を仕組み、『ミラディンの傷跡』ブロックでは手下のテゼレットを新ファイレクシアへと送り込みました。
表に出て来なくとも、深慮遠謀をもって密かな策略を続ける。それこそがボーラスです。
上でちょっと触れましたアジャニとボーラスの対決、それがデュエルデッキになりました。「決闘」をテーマに様々な組み合わせが発売されているデュエルデッキですが、このアジャニとニコル・ボーラスは、一番「デュエル」していると(主に私の中で)評判のセットです。そう、デュエルデッキはこのアジャニとボーラスのように物語で因縁を持って対決しているものから、対立こそあれ戦うまでは至っていないもの、完全に味方同士のもの、はたまた実際に会っているのかすら疑わしいものまで多種多様。詳しくは第31回で取り上げましたので興味がありましたら読んでみて下さい。
驚いたことに、ボーラスは基本セットにも進出したのでした。今でこそ珍しくなくなりましたが、基本セットでの多色カード収録はこれが初でした。さらには新カードとして、グリクシスカラーの手下3体までもが収録されていました。
今やおなじみ、「ボーラスの角」の形状がモチーフ的に使われ始めたのはここからだと思います。メインストーリーに直接関わるものではありませんでしたが(当時は『イニストラード』ブロックと『ラヴニカへの回帰』ブロックの中間)、ボーラスは確かな存在感を示していました。ちなみに新規フレイバーテキストもたくさんあります。
《血の報い》フレイバーテキスト
「私に敵対すること以上の愚行もあるまい。」――ニコル・ボーラス
《居すくみ》フレイバーテキスト
「それが信仰の最後の拠り所であると悟ったとき、恐怖を完全に理解することになる。」――ニコル・ボーラス
《機知の終わり》フレイバーテキスト
「下らない作戦もそれまでだな、プレインズウォーカーよ。身の程知らずのうぬぼれはどこへいった?」――ニコル・ボーラス
次にやって来たのはボーラスのホームグラウンド、アモンケット次元。ここは驚くほど「どこを見てもボーラス」でした。ありとあらゆるカードに描かれた2本の角、「王神/God-Pharaoh」の存在感。以前にも書きましたが、多元宇宙最大の悪役であるボーラス本人を出すのであれば、こっそりと気配を漂わせるのではなく「これから出るぞ覚悟しておけ!」と予告しておいてくれるくらいの方が個人的には好みです。ひとつ白状しますと「ゴッドファラオ」の字面を初めて見た時は笑いましたが。
ところで、「セット名が物語のネタバレになる」ことについては、賛否両論かつケースバイケースだと思いますが、『破滅の刻』については誰も異論はないと思います。慈悲深く人々を導く「王神」は、実際には自らのために人々を死へと駆り立て破壊をもたらす巨悪だった。用済みになった世界は蹂躙され、主人公たちはなすすべもなく敗れる……。
青・黒・赤の「敗北」がボーラス自身にも引っかかるのは、仕方ないとはいえ笑えてしまいます。ボーラスはこの次元に60年ほど前(=大修復直後)に現れ、都合の良いように世界を作り替えていたのでした。目的は屈強な軍団を作り上げること。
5柱の神々の試練を乗り越えた英雄たちが、その力を保持したままゾンビとなった「永遠衆」。ボーラスの最終目的にとって重要なパーツのひとつがここで整ったのでした。
アモンケット・ブロックに合わせて、ボーラスと対戦できるorボーラスとなって相手を蹂躙できる多人数戦向け特殊セットが発売されました(英語版のみ)。
プレインズウォーカー達を威圧するようにそびえるニコル・ボーラスと、それを見上げるゲートウォッチの3人。ボーラスと色が共通する&昔から因縁のあるジェイスとリリアナがいない(未収録)のは不安を感じないでもなかったですが、単にデッキ構成の都合だと思います。
公式記事「こぼれ話:『基本セット2019』」より引用
我々は直前の基本セットにしてストーリー重視だった『マジック・オリジン』を振り返り、そしてそれを前例として用いることにした。『基本セット2019』を現行のストーリーの続きにするのではなく、ストーリーを補完するような過去の穴埋めのために用いることにしたのだ。
この結論に到ってしまえば、焦点をどうすべきかは明らかだった。現在進行中のストーリーの全体像を理解するために最も重要なのは誰の過去か。その答えはこの上なく明らかだった。ニコル・ボーラスだ。
3年ぶりに帰ってきた基本セットでは、ラヴニカ次元での決戦を前にしてボーラスの出生が明かされました。カードとしても『マジック・オリジン』のプレインズウォーカーと同じく、覚醒前と覚醒後を表すようにクリーチャーとプレインズウォーカーの両面で。
で、ボーラスの出生というか、ボーラスとウギンの出生というか。何やらボーラスと深い因縁があるらしい、と以前から語られていたウギンですが、いや待って、双子って、双子って。おまけにエルダードラゴンズの中では末っ子って。私だってボーラスの過去についての古い情報はそんな詳しくないけれど。
それに『タルキール覇王譚』当時の記事に「ウギンはタルキールの生まれ」ってしっかり書かれてたじゃん……設定変更とか別に珍しくないけど……。そして、それほどの重要キャラクターであるウギンが『基本セット2019』にいない理由は、マローから説明がありました。
簡潔にまとめれば、「物語が決まったのはセットデザイン後期で、かつデザインの難しさからウギンを追加するには間に合わなかった」。仕方ないとは思いますが残念。それはそれとして、ボーラスの過去が語られたMagic Story『基本セット2019』編の物語自体は大好きです。ボーラス&ウギンとティムール(アタルカ)氏族の双子姉妹の対比、『運命再編』直後のタルキール次元の様子。ちなみに、ボーラスとウギンの双子設定については、過去にひとつだけ気になる描写がありました。『破滅の刻』でのことです。
Magic Story「破滅の刻」(掲載:2017年7月)より引用
ジェイスはニコル・ボーラスへと精神攻撃を試みた。
ドラゴンの精神を取り囲む壁は黒曜石のように滑らかで一様だった。入口は、手がかりになるようなものはないように思われた。ここまで見通せない精神に遭遇したことはなかった、ただ……? 記憶のごく小さな一片。水晶の壁のように滑らかで目がくらむような、とある精神の表面……だがその思考が心に入りこむと、それは自然と消えた。何処でそのようなものを見たのか――もしくはそれが一体何だったのか、彼は思い出せなかった。
「どこで見たのか」、「一体何だったのか」。私もどこか覚えのある描写でした。探してみるとそれは『戦乱のゼンディカー』編、ジェイスがウギンの精神を覗いた時のもの。 Magic Story「『目』での天啓」(掲載:2015年10月)より引用
ウギンは遠い昔に死んだとジェイスは想像していた、そもそもウギンが生物だったならば。それでも彼はここに、輝く肉体を持って存在している。ジェイスはこの偉大な存在の精神を読み、その話を確かめようとした。だが彼の精神は水晶の壁のように滑らかで目がくらむほどだった。
これは第58回でも取り上げたのですが、当時は全くの謎でした。今思うに伏線だったのかもしれませんね。
そして遂に、その時が来ました。想定されていたようにアモンケットのゾンビ軍団を引き連れ、現地で受けていた崇拝をも一緒に持ち込んだかのように。まもなく結末が訪れます……。
Magic Story「ドミナリアへの帰還」第9話より引用
「君の新しい友人たちは知っているのかい、私がかつてボーラスと戦ったことを」
「いいえ。それにあなたの灯を返そうと決めた時、ボーラスと戦おうとしているプレインズウォーカー達に会うとは思わなかった。その所は想定外よ」
「ならば運命なのかもしれないな、円環を描いて戻ってきたということか」
これを詳しく説明したことはないのですよね。スタンダードで大活躍中のプレインズウォーカー、テフェリー。彼もボーラスに次ぐほど息の長いキャラクター(初登場は1996年『ミラージュ』)ですが、「過去にボーラスと戦ったことがある」事実はあまり知られていないと思います。
『時のらせん』でのことでした。時の裂け目近くで魔法を使用したためか、テフェリー達は時間流の乱れらしきものに呑みこまれてしまいます。そして、過去に時の裂け目を作り出した幾つもの大事件を垣間見ます。それは裂け目が見せる幻なのか、それとも実際に時を遡っているのか……。
兄弟戦争の終焉を。 魔力の化身の顕現を。 大魔道士の悲しき最期を。 そして、テフェリー自身がプレインズウォーカーとなった、トレイリアの時間災害を。
やがて一行は現実へと戻りましたが、テフェリーだけは姿がありませんでした。そこは見知らぬ岸辺、沖には2本の角のような岩が突き出ています。そこに謎めいた声が聞こえてきました。それは「龍師範」と名乗り、ここはマダラ帝国、自分はとある裏切りによって死した存在の残留思念だと告げました。龍師範は何故か、彼らの中でもラーダとヴェンセールへと強い興味を示します。そして2人が持つ未知の力を――新世代プレインズウォーカーとしての素質を――荒々しく用いて、それを錨とするように、現世へと帰還を果たしました。
小説「Time Spiral」チャプター19より訳
「我が名はニコル。ボーラス」声色は穏やかながら、その言葉は雷鳴のようにとどろいた。「エルダー・ドラゴンにしてプレインズウォーカー也。礼を言おうぞ。さて」その両目に宿る不浄の光が強まった。「有益な虫けらどもよ、いかにして報いてやろうかの」
ジョイラは焦り、畏怖と義務にかられた。ニコル・ボーラス。最古にして最も危険なプレインズウォーカー。起源たるドラゴンの一体、太古の伝説の一体。あらゆるドラゴンに流れるものの源。プレインズウォーカーとなる以前から神のごとき存在であり、それ以後は多元宇宙全てを狩猟場とし、最古の歴史が記されるよりも以前からその餌食としてきた。今、このドミナリアに今一度現れ、この残酷な暴君の謝意から生き延びる手立てを見つける時間は僅かだった。
絶体絶命、ですがそこで遅れていたテフェリーがようやく姿を現しました。彼は恭しくボーラスへと挨拶をし、穏便に立ち去らせて欲しいと願いますが、ボーラスは断固拒否します。自分は長いこと影となってきた、この世界が再び自分の存在に耐えうるのか、それを試す材料になってもらうと。ならば手段は一つと、テフェリーはボーラスへと決闘を申し込み、それは了承されました。
……が、まあ勝てるはずもなく。テフェリーは多少健闘したようにも見えましたが、あっけなくボーラスに四肢切断どころか全身バラバラにされてしまいました(本当)。ですが旧世代プレインズウォーカーである彼はそれでも死なず、ボーラスを説得にかかります。テレパシーであったため、内容の詳細はわかりません。けれどドミナリアの現状、裂け目の脅威、多元宇宙そのものが崩壊する可能性を知らされたであろうボーラスは、一瞬ひるんだようにも見えました。そして翼を広げて浮かび上がると、沖合の2本角――鉤爪の門をくぐっていずこかへと去っていったのでした。その際の台詞が印象的です。
小説「Time Spiral」チャプター20より訳
「このマダラに禍をもたらした地へ向かい、我が帝国を穢したあの精霊を見つけ出す。帝国が真に我がものとなる以前のことであったとしても関係は無い」その両目が怒りに閃きを放った。「復讐を。あのような苦しみをもたらした闇の女を滅し、次に多元宇宙の果てまでも赴いて梅澤の血筋を根こそぎ灰と帰してみせよう。生者の世界を既に去った者も例外ではない」
あまり表に出すことはありませんが、梅澤に対するボーラスの憎しみは凄まじく深いことがわかります。ちなみに、梅澤の血統が神河からドミナリアにもたらされた経緯は第59回、《復讐の神、大口縄》の項目に書いています。
『時のらせん』ブロックでのボーラスの出番はこれで終わりではありませんでした。『未来予知』でボーラスは鉤爪の門から戻ってくると、そこで待っていたプレインズウォーカー・レシュラックと対決します。2体はドミナリアを飛び出し、様々な次元を飛び交いながら戦い、やがてボーラスが追い詰められ、弱り果ててドミナリアへと戻ってきました……が、それは見せかけでした。一瞬にしてボーラスはレシュラックをその尾で突き刺すと、瞬く間に白磁の仮面に――神河のあの夜の精霊の仮面に――その精髄を封じ込めてしまいました。
そしてボーラスはその戦いを見守っていたテフェリー達に、どこか清々しく対面します。ボーラスはこの地にある時の裂け目を塞ぐつもりでした。とはいえそれは自分ではなく、レシュラックの灯を用いて。この時のボーラスの語りも、時代が変化しつつあることを示唆しています。
小説「Future Sight」チャプター20より訳
「多元宇宙はひび割れておるが、大いなる修復が始まろうとしている。おぬしらの努力の賜物ではあるが、未だ終わってはおらぬ。この地より裂け目が拡大して多元宇宙は崩壊するか、それとも傷を封じられて新たな姿となるか。いずれにせよ、変わらぬものは何もない。魔力を振るう者はその性質が変化したことを知るであろう。卓絶した力を多元宇宙に振るう者はその力を諦めざるを得なくなるであろう。ドミナリアも、また無数の他次元も崩壊するか否か。何にせよ我は、相応しい地にてその時を待とうではないか」
そしてボーラスは時の裂け目へレシュラックを放り込むと、鉤爪の門をくぐってドミナリアを去りました。「いずれにせよ、変わらぬものは何もない」。この小説を初めて読んだのは12年前になりますが、私にとってボーラスのこの言葉はひときわ印象深く残っています。
ボーラスとテフェリー。旧世代プレインズウォーカー同士ではありますが、年齢は10倍以上の差があります。テフェリーは一度プレインズウォーカーの灯を失い、ただの人として大修復後を過ごしてきました。かつての力を渇望するボーラスと、新たな時代における自らのあり方を受け入れ生きてきたテフェリー。もし再戦するのなら、どんなやり取りが交わされるのかがとても楽しみです。
さて長い年月に渡って壮大な計画を企ててきたボーラス。実のところ、その目的とは何か? 『マジック・オリジン』のリリアナ編に、非常に印象深い台詞があります。
「なんと墜ちたことか」
「かつて、我らは神であった。知る次元にも知られざる次元にも、思うがままに破滅を振りまいた」
これはボーラスが、同じ旧世代プレインズウォーカーのリリアナへと――大修復によって不老不死の肉体を失い、老女となったリリアナへと――嘆くようにかけた言葉です。そしてこの物言いはすなわち、「神ではなくなってしまった」とボーラスが認めているのです。大修復は不可避のものであり、ボーラスもその成り行きを受け入れはしましたが、かと言ってそのままでいるつもりはありませんでした。力を渇望する黒のプレインズウォーカーが、失ったものを取り戻したいと願うのは当然のことです。リリアナへと悪魔との契約を仲介する一方、ボーラス自身もかつての力を取り戻そうと動き出していました。
公式記事「Nicol Bolas, Planeswalker」より訳
この変化(訳注:大修復)はニコル・ボーラスにも及びました。このドラゴンの広大な知識を削ぎ始め、多元宇宙に及ぼす力を維持することを困難にしていくとともに、神のごとき全知全能という目的から遠ざけていったのです。彼はそれを自覚しています。記憶と力が一片また一片と失われていくのを感じています。それは全くもって喜ばしいものではありません。
『未来予知』小説の終盤にて、ボーラスはドミナリアを離れました。その後は隠れ潜み、大修復の影響が多元宇宙に広がる様を見守り、自身の魂の内に起こる弱体化を観察しました。数千年数万年を経てきて初めて、ニコル・ボーラスの時は終焉へと刻み始めたのです。それによって、何千年単位での狡猾な策略によって影響と知識を蓄積していくという遠大な手段はもはや使えなくなりました。必要なのは一つの計画でした。力を取り戻すための、少なくとも着実な弱体化を食い止めるための――それも早急に。
これは、『コンフラックス』での《プレインズウォーカー、ニコル・ボーラス》プレビュー記事からのものです。この時ボーラスは莫大なマナ源を取り込もうと、《衝合》しつつあるアラーラ次元の5つの断片に目をつけました。そして今わかる限り、ボーラスの最終目的は変わっていません。全盛期の力を取り戻す。ではその方法とは?
こちらの公式動画に、これまでのボーラスの動きがわかりやすく解説されています。英語ですが、かなり聞き取りやすくわかりやすいと思います。そして、6分30秒付近から結論が説明されていました。
「プレインズウォーカーの灯を大量に収穫して究極の力を得る」
そうなの?そうすれば究極の力が得られるの?という疑問はさておき。これを念頭に置いて『灯争大戦』トレイラーを見てみると、人魂のようなものが幾つもボーラスへと飛んでいく様子がわかります。なるほどそれが灯、そしてそれを刈るのが永遠衆というわけですね。
なお、今回収録されていないダク・フェイデンがトレイラーにいるのは、またしても「セット内容が確定した後に物語に登場することが決まったため」だそうです。ウギンの時といいこれは難しい問題ですね。
そしてこのために、ボーラスはどのような準備をしてきたのでしょうか?
一見それほど関係なさそうなこの出来事。ですが書籍「The Art of Magic: the Gathering: Amonkhet」によれば、ボーラスがエルドラージ解放を企てたのは「多くのプレインズウォーカーをそちらへ向かわせるとともに、そのような次元を超える脅威に対して彼らがどう結束し対処するのかを見るため」。
自分が「次元を超える脅威」を起こした場合、どのような抵抗が起こりうるのか?また、プレインズウォーカーは広大な多元宇宙に散らばって存在しています。通常、偶然出会うのはとても難しいでしょう(ゲーム的な都合上、よく出会っていますが)。それを「ある程度一か所に集めておく」ことで、後々一網打尽にするのが容易になる狙いもあったのかもしれません。全部推測ですが。
プレインズウォーカーを刈るための軍隊。屈強で、休むことなく、絶対服従、負傷も厭わない兵士にはゾンビが最適です。5柱の神々の試練を通過した最高峰の戦士を、生前の身体能力を保ったままゾンビ化。さらには次元間の輸送に耐えられるよう、その体はアモンケット次元産の特別な石、ラゾテプ鉱石でコーティングされています。永遠衆の皮膚が硬質な青色の物質なのはそのためです。
軍団を準備した。それを他の次元まで輸送しなければなりません。ですが大修復によって、それまで稼働していた次元間ポータルは全て機能を停止しました。しかし、カラデシュ次元にて再びそれを可能とするものができてしまったのです。
空間を越えて物体を輸送する技術、《次元橋》。それが悪しき者の手に渡ったならどのような災いが巻き起こるのかは明白であり、ゲートウォッチはその名を「呪いの言葉のように」口にしていました。『霊気紛争』のラストバトルにて次元橋は破壊されたように思われましたが、テゼレットはその核部分を持ち逃げしており、後にその身へと取り込みました。
前回の記事で「テゼレットがいない」って書いたけれど普通にいましたね。とはいえ、「あの36人の中にいない」ことに意味はあるのか否か、それはわかりません。
プレインズウォーカーを一網打尽にするには、絶対に必要な条件があります。それは、プレインズウォークを不可能にすること。あらゆるプレインズウォーカーが持っている究極的な逃走手段を封じてやらなければなりません。丁度よく?ボーラスには心当たりがありました。1280年前、自分をイクサラン次元に封じようとした計画、それに用いられたアーティファクトが。
《退路なし》フレイバーテキスト
ジェイスは自分たちが、ボーラスの罠に向かって歩いているような気がしていた。そのとおりだと分かっても喜びはなかった。
……こうしてボーラスにとってのセッティングは整いました。
これを書いている今も、日々新カードがプレビューされてボーラス軍との戦いが進行しています。次々とやって来るプレインズウォーカー、ギルド同士のいがみ合いを棚に上げて共闘するラヴニカ市民、恐るべき実力を持つ永遠衆、偉容を現した空中要塞……どこを見ても熱い展開になっています。カードだけでも語りたいことだらけ、本当この先どうしましょう。
例えばこの2人。フブルスプは初登場から6年、フェザーは何と14年目のカード化です! (終)■From the Vault: Dragons(2008年)
■コンフラックス(2009年)
■Duel Decks: Ajani vs. Nicol Bolas(2011年)
■基本セット2013(2012年)
■アモンケット・破滅の刻(2017年)
■Archenemy: Nicol Bolas(2017年)
■基本セット2019(2018年)
■灯争大戦(2019年)
2. 『時のらせん』で何があったのか
3. ボーラスの最終目的
■エルドラージの解放
■永遠衆/戦慄衆
■次元橋
■不滅の太陽
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