はじめに
……待って!!!!!!(精一杯の反応)
……こんにちは、若月です。前回危惧した通り、もう『テーロス還魂記』なんですけど。まあ落ち着け私、前回のテーロスで学んだのは「急いで書くと絶対後で書き逃しを見つけて後悔する」。焦るといいことはないんだ。
では今回何を書きたいかというとですね。『灯争大戦』の続編小説「War of the Spark: Forsaken」にて、プレインズウォーカーたちはテーロス次元へ赴き、ギデオンを弔いました。まもなく本格的にテーロス次元へ回帰する前にそれを紹介しておきます。ギデオンを見送る各人の想い、大きすぎる戦いが終わったそれぞれの行く先、それと確実に「????」となる、とある人についての真実を。
1. それぞれの想い
ギデオンはリリアナを救うために、契約を肩代わりして消滅しました。全員がその光景を目撃しましたが、とても遠くからでした。実際にそこで何が起こったのかを知っているのは、本人たちと読者だけです。仲間であるゲートウォッチも、本当のところは知らないのでした。
小説「War of the Spark: Ravnica」チャプター63より訳
広場に到着したチャンドラとニッサは、ギデオンが完全に消滅する様を目撃した――見たところ、彼はリリアナの肩に手を触れた、それだけだった。
怒り狂い、チャンドラは鮮やかな炎へと燃え上がり、それは直ちに青白い業火へと荒れ狂った。ニッサは後ずさった。「チャンドラ」 警告するように彼女は声をかけた。
だが今回ばかりは、ニッサの言葉に耳を傾けはしなかった。あの屍術師を殺してやるー―あの女、かつては姉のように思ったリリアナ・ヴェスを燃やしてやる、灰になるまで。
灰。それこそが相応しい死だと思えた。ギデオンの、あいつの、昔の馬鹿な自分が引きつけられて夢中になった男の、兄のように深く慕うようになった男の残滓は灰だけだった。それと同じように。
けりをつけてやる。リリアナ・ヴェスは報いを受けるのだ。チャンドラの人生に、ラヴニカに、多元宇宙にもたらした全ての死と欺きと裏切りのために。
だがジェイスの思考が叩きつけられた。『止めろ、チャンドラ!そうじゃない!ギデオンはリリアナを救ったんだ!あいつを救おうと決めたんだ!それで、俺たち全員を救おうとしたんだ!』
心がぐらつき、チャンドラは理解できなかった。それでもジェイスの言葉に従い、炎を内へと吸収した。その炎は不安定で、まるで彼女の心を、精神を、魂を燃やすかのようだった。涙が頬を伝うが、ほぼ瞬時に蒸発した。
それでもチャンドラは寒気を覚えた。とても、とても寒かった。
これが、ギデオン消滅の瞬間を目撃したチャンドラとジェイスのやり取りになります。それから事態は彼らの手の届かないところで進みました。ギデオンの犠牲によって生き永らえたリリアナは、二ヴ=ミゼットの不意打ちにも助けられて永遠神にボーラスの灯を食わせ、倒しました(&ジェイスが諸々を偽装しました。第80回参照)。
そして全てが終わった後、ゲートウォッチは改めてあの時に何があったのかを振り返ります。
小説「War of the Spark: Forsaken」チャプター4より訳
テフェリーは顎をこすった。「具体的に何が起こったのか、私はまだよくわからないんだ。リリアナ・ヴェスがギデオンの命を奪ったということか?」
「いや」 とジェイス。「正確には違う。少なくとも、俺はそうだと信じてる」
カーンが声を響かせた。「どういったものを信じているのですか」
「俺たち全員が見た、リリアナがボーラスに反逆するのを……」
「けれど遅すぎた」 とサヒーリ。「その前に、彼女の手で何千人もが殺された」
「その通りだ。けど推測はできる。全員が見たように、リリアナは消えかけていた。あのドラゴンに背くと文字通り死ぬことになるんだ。それでもボーラスを止められそうなのはリリアナだけだった。ギデオンはそれを見て、悟ったんだと俺は思う」
ニッサが落ち着いて語った、一同というよりも自らに向けて。「だからその力をリリアナに与えた……」
「交換に、リリアナを殺す呪いを受け取った」
「リリアナがそれを許したの?」 チャンドラが苦々しく尋ねた。
「かもしれない。俺はわからない。全てが終わった後、リリアナに接触した――と言ってもテレパスで。あいつの痛みを、葛藤を感じた。自分で自分の感情が理解できないようだった。俺にわかるのはそれだけだ」
「ジェイス、君は本当に女性に弱いな」 アジャニは咎めるように言った。
「そうですか? みんな、俺がリリアナに辛くあたりすぎだって責めていませんでした?」
チャンドラは顔をそむけた。事実、何度もそうジェイスを責めていたのだった。「もしかしたら、あんたの言う通りなのかもしれない。私達が間違ってたのかもしれない」
ゲートウォッチのオリジナルメンバーにとって、リリアナへの感情は複雑です。ジェイスにとっては昔の恋人、ですが一時期は割とヨリを戻して再び関係を持っていました。チャンドラも、姉のように慕っていました。参っているに違いないリリアナを、せめて追いかけて話を聞くべきなのかもしれない。今出せる結論はそこまででした。
そして、テーロスへは一晩休んで翌朝向かうことになりました。今はラヴニカから離れたところで眠りたい、という要望を受けてチャンドラが自宅へみんなを招きます。ジェイスだけはラヴニカに残り、他の全員はカラデシュ次元へ向かいました。
ですがその夜、寝付けないチャンドラは家を抜け出し、ギラプールの蒸し暑さの中でとある場所を目指しました。その場所とは、かつてカラデシュ領事府の要人であったドビン・バーンの自宅です。ボーラスの手下としてラヴニカにて《不滅の太陽》を守っていた彼でしたが、チャンドラやラヴィニア達に敗北し、両目を負傷して逃亡していました(第79回参照)。
今やその家は落書きだらけで、当然人がいる様子はありませんでした。ですが同じようにドビンの手がかりを求めてきたのでしょう、チャンドラはそこでサヒーリとファートリの2人に遭遇しました。揃って家の中に入り込むと、長く留守にしているにしては綺麗でした。明らかに最近掃除をした形跡があり、さらには比較的新しい血痕が残っていました。目が見えない状態の彼はそれを発見できなかったのだと思われます。3人はそれを辿りますが、やがて途切れていました。チャンドラは一旦その追跡を諦め、自宅へ戻りました。
ちなみにチャンドラ宅で皆が寝ている場面に、ちょっと面白い描写があったので紹介します。
同・チャプター13より訳
チャンドラが居間へ向かうと、テフェリーがソファーで眠っていた。その隣には休止状態のカーンが立っていた。率直に言って、覚醒して立っているカーンとの間に全く違いは見られなかった。
それとも彼は実際起きているのでは?誰かが言っていた――確かヤヤだ――カーンは眠らないと。ただ、有機体の友人たちが楽でいられるように、休止状態のふりをしているだけなのかもしれない。そうであれば、そのままにしておこう。
彼女はアジャニにつまずきかけた。使えるベッドが無く、彼は居間の隅で丸くなっていた。その姿は世界で一番大きな飼い猫のようだった。
ニャーン。マジックの小説には時々、アジャニの「猫っぽさ」がわかる場面があります。丸くなったアジャニのカードイラストを速やかに要求する。
そして翌朝。ギデオンが死を遂げた《ボーラスの城塞》にみんなが集まってきました。ジェイスはヴラスカと並んで(ゆうべはお楽しみでしたね)、とはいえ彼女は同行しないと告げていました。ギデオンについてはほとんど知らない、そしてゴルガリ団での用件があるというのがその理由でした。そしてキオーラも来ていたのですが、彼女もまた同行ではなく見送りが目的でした。
同・チャプター15より訳
どうやらテーロス次元において、彼女は好ましからざる人物らしかった。「アジャニが説明してくれると思うわ。今日持ち出す話じゃないかもしれないけど」
そりゃそうですよね。旧テーロスブロックにてキオーラはタッサの怒りを買い、さらにその神器である《タッサの二叉槍》を持ち逃げしたのでした。いいかげん返してあげようよ。そしてキオーラは一同に何かを言いかけて、けれど最後まで言うことなく故郷ゼンディカーへ帰っていきました。思うに『ゲートウォッチの誓い』の最終局面で、独断専行に走って惨事になりかけた件を謝りたかったのかな、と。これ私いつも言うのですが、キオーラは本当に場を明るくしてくれるキャラクターなので、いつかまた元気に再登場して欲しいものです。
プレインズウォーカーではないため同行できないオレリアも、見送りに来ていました。ラヴニカでギデオンと確かな絆を育んでいだ彼女の言葉は、とても沁みます。
同・チャプター15より訳
「私もみなさんと一緒に行きたかった。ギデオン・ジュラを鍛え上げた世界を、一目見てみたかった」
彼女も自分たちと同等にギデオンを愛していたことをジェイスは知っていた。天使の涙が、ギデオンの鎧を包む緑の葉へと落ちた。
愛されていたよねギデオン……。『ギルド門侵犯』で出会ったオレリアとギデオンは、『灯争大戦』でも息の合った様子を見せてくれました。ラヴニカの、ボロス軍の天使は感情豊かです。最初のラヴニカブロックでも、《贖いし者、フェザー》が相棒アグルス・コスの葬儀に泣きはらした目で参列していました。
そして全員が揃った……というところで、なぜかヤヤも申し訳なさそうに断りを入れました。「長く生きていると、友の葬儀は単純に辛い」というのがその理由でした。テフェリーは疑いますが、チャンドラは少々失望しつつも頷きました。かくしてゲートウォッチとカーン、サヒーリ、ファートリ、タミヨウというメンバーがテーロス次元へと出発していきました。
2. テーロスにて
到着したテーロス次元はすでに夜でした。美しい満月の下、ギデオンが生まれ育った都市国家アクロスのほど近くにて。彼らは辺りから石を集めて積み上げ、ニッサがその背後に種を植えました。そして魔法をかけるとそれは瞬く間に樫の巨木へと成長し、それがギデオンの墓標となりました。
小説「War of the Spark: Forsaken」チャプターより18訳
しばしの間、全員が静かな感服のうちにそれを眺めていた。
やがて、アジャニが口を開いた。「誰か、弔いの言葉を捧げたい者はいるか?」
ニッサは顔をしかめて樫の巨木を見た、まるで「私はもうたくさん喋った」とでも言うかのように。
アジャニはそれに頷いた。それでも、実際の言葉が必要だと明らかに感じていた。チャンドラは彼に見つめられ、素早くかぶりを振った。彼女は不意に圧倒されたように、言葉が出てこなくなった。
声を詰まらせて、ジェイスが言った。「大切な友達だった」
飾りのないその称賛に、チャンドラはこみ上げるものを感じた。血の味を感じるほど、彼女は下唇を噛んだ。
そしてそこでファートリが進み出ると、ギデオンに捧げる詩を謡いたいと申し出ました。彼女はギデオンのことをほとんど知らないのでは?と訝しむ顔もありましたが、保証するようにサヒーリが頷きました。そう、ファートリはイクサラン次元の太陽帝国にて名高い「戦場詩人」。戦うだけでなく、人の心を揺さぶる詩を朗詠するのです。
そしてファートリは謡いました。死した英雄を惜しみ、弔う詩です。強さと暖かさ、眩しい笑み。その犠牲の大きさと、残された者が彼へと捧げることのできるものの小ささを。ファートリが素晴らしい才能の持ち主であることは明白でした。澄んだ低い声は優しく温かく、聞く者皆の心を運び去っていきました。チャンドラはニッサにもたれかかり、泣きました。心が麻痺するような過酷な戦いと多くの死の後に、泣くことができるという事実が嬉しく思えました。そして。
同・チャプター18より訳
チャンドラは夜の涼しい空気を呼吸し、地平線を見つめて息をついた。「ギデオンも気に入ると思うわ。リリアナだって」
そして即座にはっとした。「ごめん。そんなこと言うつもりはなかった。あの人のことを蒸し返すのは。ここじゃないし、今じゃない。ただ……口が滑って」
ジェイスは彼女を安心させようとした。「大丈夫だ。思うに俺たちみんな、リリアナについてはまだ少し複雑だってことだ」
ニッサが咳払いをした。彼女はとても口数少なく、決してリリアナを好んではいなかった。そのため、その言葉はニッサが喋ったという事実以上の驚きで受け止められた。「ギデオンは複雑じゃないと思う。ギデオンはリリアナを守ろうとしたんだもの。あの人を救おうとしたんだもの」
……というところで、小説では少し時間が経過します。ジェイスはラヴニカへ戻り、ファートリたちも帰っていきました。チャンドラ、ニッサ、アジャニ、カーン、テフェリーはまだテーロスに残り、今後の動向を話し合います。誰よりもはっきりとした目的が決まっているのはカーンでした。言うまでもありません、新ファイレクシアとの戦いです。
カーンが創造した金属次元ミラディンは、同じく彼がもたらしたファイレクシアの油に浸食されて新ファイレクシアへと変質してしまいました。そのカーンは『ドミナリア』にて故郷に帰還し、かつてウルザが用いた《Golgothian Sylex》をヤヴィマヤにて発掘しました。それは《ウルザの殲滅破》を起こし、ドミナリアに長い氷河期をもたらした恐るべきアーティファクトです。
そして、今度はそれを新ファイレクシアに用いようというのです。テフェリーとアジャニが協力を申し出るとカーンは了承し、3人は一旦ドミナリア次元へ向かって作戦を練ることになりました。娘ニアンビに紹介したい、というテフェリーの願いもありました。そして行先が決まってふと沈黙した後の、アジャニの台詞がとても切なくなります。
同・チャプター33より訳
アジャニはかぶりを振って言った。「よりによってここでこの議論をするというのは、私にとっては相当な皮肉です」説明する前に、彼は周囲を見て夜の大気を吸った。
「私の愛しき友、エルズペス・ティレルはかつてミラディン人抵抗軍を率いていました。ですが新ファイレクシアが力を確立すると、ここへ逃走せざるを得なくなりました。そしてここテーロスこそ、彼女が死んだ地なのです。私はかつて、この次元を憎んでいました」
彼はギデオンの石塚を一瞥した。「物事の見方がこれほど変わるというのは可笑しいほどです。あるいは、ここは重荷を下ろすのに相応しい場所なのかもしれません」
旧テーロス完結から実時間で5年、話中でもそれなりの時が経ったと思われます。『霊気紛争』の物語で、アジャニはタミヨウ一家にその辛い出来事と心情を打ち明けていました。時と友が傷を癒してくれる……うん、長く遺恨を抱き続けるのは貴方らしくないと思うんだ。いいことだよ、きっと。
そしてチャンドラも来るかと尋ねられますが、やり残したことがあるためラヴニカへ戻ると答えました。それでも、互いの力が必要になった時は、いつでも呼び出しに応えると約束します。また彼女はテフェリー達の行き先をヤヤに伝えることも約束しました。ドミナリア行きの3人に続いてニッサも故郷ゼンディカーへ帰り、一人残ったチャンドラは、ギデオンへと最後の別れを告げました。
同・チャプター33より訳
チャンドラはそこに立って、息を落ち着かせた。やがて、彼女は石塚の上に手を置いて言った。「さよなら、ギデオン。あんたが思うより、私はずっと寂しいんだからね」
やはりギデオンへ最後の言葉を向けるのは、ギデオンと最も付き合いの長いチャンドラですよね……。第83回でも書きましたが、ギデオンが想いを寄せたチャンドラがこう言ってくれることが、一人のギデオン好きの読者としてとても救われる思いでした。Forsakenではこう、個人的に読みたいと願っていた場面をたくさん読むことができたのですよ……。
そういうわけで、ギデオンの葬送が終わった後にゲートウォッチはそれぞれどこへ向かったかを一旦まとめましょう。
ゲートウォッチ | 行き先 |
---|---|
ジェイス | ラヴニカ |
チャンドラ | ラヴニカ |
ニッサ | ゼンディカー |
アジャニ | ドミナリア |
テフェリー | ドミナリア |
ケイヤ | ドミナリア |
(※ケイヤは葬送には不参加)
ここからForsaken中で話が進むとまた少し変化するのですが、一応。ちなみに同じドミナリアではありますが、アジャニとテフェリーが向かったのはジャムーラ、ケイヤが向かったのはベナリアです。エルドラージが対処され、ボーラスも倒され、残る大きな脅威はファイレクシア。けれど今のところゲートウォッチ全員がそこに向かうというわけでもなさそう……なのかな……?
ファイレクシアで戦い続けているであろうこの人とも、そろそろ再会したいですね。
3. 真白の人
さて、Forsakenにおけるテーロス次元関連の記述は以上で終わりなのですが、今のうちに書いておきたいことがもう一つあります。
テゼレットを追跡することになったラルは、その足跡を辿れるという《放浪者》と共にアモンケットを訪れました。放浪者はそのプレインズウォークに関する特異体質から、協力を申し出たのです。そして2人はサムトに出会い、テゼレットがアモンケット次元を発った場所を教えてもらうのですが、以下その際の会話になります。本来、プレインズウォーカーの足跡は時間が経つと辿れなくなってしまうのですが、放浪者にとっては違いました。
小説「War of the Spark: Forsaken」チャプター29より訳
彼女は重く溜息をついた。もしくは、溜息をついたのだろうとラルは思った。彼女の口が動くところを見たことはなかった。その顔は髪か帽子で、もしくはその両方で常に隠されていた。
「それが私の性質なの」やがて放浪者は言った。「性質で、才能で、呪い。2人ともプレインズウォーカーだから、多分、最初のプレインズウォーク以外は、次元を渡るというのは自分で選んでそうすることでしょ。私は放浪者。私にとっては、プレインズウォークが自然な状態なの。あなたたちは渡ろうと決める。けど私は、留まろうと意識しないといけない」
「わからない」とサムト。
「プレインズウォークするためには、プレインズウォークしようと思わなければいけないでしょ」放浪者の声は少しずつ苛立っていった。「私にとっては、プレインズウォークしないために、プレインズウォークしないってことを意識しないといけない。どこか一つの場所に留まっているために。プレインズウォークしないために、集中していないといけないってこと」
「今も?」サムトは唖然として尋ねた。
「今も、ここにあなたたちといるために、いくらかこらえてる。大袈裟なものでも、私にとっては不慣れなことでもないけど。それでも、もし一瞬でもこの世界への集中が途切れたら、何処かへ行ってしまうのよ」
ラルは彼女を見つめ、隠されたその瞳とその内なる秘密を目にしたいと切望した。彼女という存在が起こす効果は……驚嘆するようで、少なからずぞっとした。「どうやって眠るんだ?」彼はそう尋ねた。
「わかるのは、目が覚める度に違う次元にいるってことだけかな」
「ひゃあ」彼はかろうじてそれだけを声に出した。
(略)
「とにかく、私は体質的に久遠の闇にすごく順応してるの。そこを走る波をどんなものでも感じられるし、他のプレインズウォーカーの軌跡をあなたたちよりずっと長く察知できる。どんな典型的なプレインズウォーカーよりも」
第84回でも少し取り上げたけれど不思議な体質だ。プレインズウォークの得意苦手は人それぞれ、またプレインズウォーカーとしての経験にも左右されます。そしてテゼレットが立ち去った場所から2人は追跡を開始しました。アモンケットからイニストラードへ、そして神河へ。テゼレットは追手をまくためか、そこからまたいくつもの次元を渡っていました。
やがてプレインズウォークに疲弊したラルは、イクサラン次元でしばしの休息を求めます。放浪者にとっては一つの次元に留まる方が力を使うのですが、彼女はそれを了承しました。豊かな自然の中で一息つきながら、ラルは問いかけました。
同・チャプター38より訳
「どうして俺を手伝ってくれてるんだ?テゼレットと昔何かあったのか?」
「あったのよ」
ラルは待った。放浪者は詳しく言うことはせず、そのため彼は促した。「それで……」
「それで、あいつが死ねば多元宇宙にとっては良いことだろうと考えて」
「なぜなら……」
「なぜなら、あいつは極めつけの危険人物だから。あなたがそれを理解しているかどうか」
「理解してるさ。俺もあいつと昔ちょっとあった」
「あなたが知っているのは、ニコル・ボーラスのために働いていたあの男でしょう。それでも十分に危険だと思う。けど、それは私が怖れるテゼレットじゃない」
「あれを怖れてるのか?」
彼女はためらい、黙った。その沈黙は続き、やがて気まずさへと変わっていった。ラルがそれを破ろうとした瞬間、放浪者は言った。「ドラゴンの手綱を解かれたあの男が、どんな存在になりうるかを」
テゼレットと昔(恐らくあまりよくない)関わりがあった女性プレインズウォーカーというと……小説「Agents of Artifice」でテゼレットの副官を務めていたバルトリス/Baltrice……なわけないな、あっちはオーガみたいな体格らしいし……ところで私がなぜ今回の記事でこの話をしているのかというと、以下続き。
同・チャプター38より訳
ラルは彼女を見つめた。放浪者はほぼ微動だにしなかった。気づけば、ラルは帽子の鍔の影に隠れたその顔を何としても見てみたいと思っていた。だが、どう尋ねたらいいのかもわからなかった――どう切り出そうとも、考えつく限り、その言葉は脳内で率直に言って無礼に感じた。「だから俺たちはあいつを倒す。多元宇宙の大義のために」
「多元宇宙の大義のために」
「それと多少の個人的な満足のために?」
「それとたくさんの個人的な満足のために」
「君の顔を見せてくれないか?」ラルはそう尋ねるつもりはなかった。ただ、口を滑らせただけだった。
「嫌」返答は短く、簡素だった。
「何で駄目なんだ?何で隠してるんだ?何でそんなに隠すのが上手いんだ?」
「そう?」彼女は髪を払いのけて顔を上げた。帽子の鍔の下に、放浪者は顔を完全に覆う黄金の仮面をまとっていた。その両目ですら影の中に隠れていた。
ラルは目を丸くした。「ああ、そう思う。女性の顔をこれほどまで見たいと思ったことはなかった、一度も。君はそれを謎に変えていた。謎は魅力を作り出す。俺はそれが君の目的だと受け取ったんだ」
!!!!!?????
いやいやいや誰だ貴女は!!!
待って欲しい。ここまで読んで、割と気さくに喋ってくれるし、協力的だし、妙な体質だし、髪は真白だし……「それ」から想起されるキャラとことごとく違うんだけど……?それだけじゃない、旧テーロスの時に出た設定を確認してみよう。
プレインズウォーカーのための「テーロス」案内 その3、「蘇りし者」の項目より引用
その者の名と過去は忘れられているが、技能と個性は保持されている。従って、定命の人生において起こった出来事や関係は失われているが、それらの出来事の結果は損なわれることはない(弁舌の才や、音楽を演奏する能力など)。追加して、蘇りし者は他者との関係を結ぶための長期記憶を構成する能力を失っている――そのため彼らが「新たな生を築く」ことは不可能である。
テゼレットと過去に何かあった、という設定はこれに矛盾するよなあ。肌も灰色じゃなくて真白だし。繰り返すけれど誰だ貴女は!!!ちなみにForsakenは『灯争大戦』の直後のお話です。テーロスとの時間軸の関係がわかればもう少し推測できるのかもしれませんが……ただのミスリードだったりする?
4. 今年もありがとうございました。
というわけで謎を放り投げて今年は多分おしまいです。来年には連載100回に到達しそうですね。しばらくはテーロスとForsakenの内容を扱っていこうかと思っています。そろそろきちんと取り上げたい人もいますし……。
それでは、良いお年を!
(終)