はじめに
再びこんにちは、若月です。速やかに前回の続きを語っていきましょう。
イスペリアを暗殺して全ギルドの結束を壊し、ラルやケイヤの敵となったヴラスカ。彼女にはもう、ボーラスの意に従い続ける道しか残されていませんでした。さもなくばゴルガリ団は引き裂かれ、大切にする者は1人残らず死に、それを見せつけられた後に自らも永遠の時を苦しむことになる……ボーラスからそう突きつけられてしまっては、屈する以外になかったのです。
- 2020/03/19
- 第96回 『灯争大戦』前日談 孤独の女王、ヴラスカ
8. Point of No Return
ヴラスカはゴルガリ団の本拠地へと戻ってきました。そして、いずれラルが復讐のために攻め入ってくると確信します。あの諦めの悪さは彼の長所なのですから。実際、ラルは武力行使の準備をしていました。ヴラスカは知りませんでしたが、彼は全ギルドの協調が叶わずともギルドパクトを改訂する手段を探し当て、そのためにはゴルガリ団の縄張り内を一部確保する必要があったのです。もちろん、相手が素直にそれに応じるとは思っていませんでした。
疲労と心労にヴラスカは目を閉じ、頭痛を覚えました。心の奥底にある記憶から、ジェイスが自分を見つめてくるようで厄介でした。あくまで自分はゴルガリのために行動したのです。そしてそれを置いても、イスペリアが石と化す様子を眺めるのはいい気分でした。
そんな考えを巡らせていたところで、ラクドス教団から訪問者がやって来たという報告が入りました。ヴラスカには心当たりがあり、通すよう命じます。すると思った通り、ラクドス教団の使者である剃刀魔女ヒカラが、なぜかずぶ濡れの姿で現れました。
本人のカードは今のところ存在しませんが、ウェブ連載版では《刃の曲芸人》のアートが使用されていたので。この連載ではあまり言及してきませんでしたが、ヒカラは前日談の序盤からラクドス教団の使者として登場しており、ラルやケイヤにとっては頼もしい仲間の1人です。とても賑やかで色々と際どいところもありますが、フレンドリーな女性です。「剃刀魔女」の肩書きの通り、剃刀を自在に操って武器とします。ケイヤのオブゼダート暗殺の際にも、陽動として加わっていました。
小説「The Gathering Storm」チャプター13より訳
ヴラスカは尋ねた。「なにがあった?」
「濠に落ちてさ」即答だった。
「クロコダイルがいっぱいいただろうに」
「いたねえ」歯を見せて笑いながらヒカラは答えた。「噛んできたよ!」
ヴラスカはかぶりを振った。可笑しさに触手が巻き上がった。「ここに来たこと、ラルは知ってるのかい?」
「いや。ただ、話をしたくてさ」彼女は唇を噛み、そして衛兵とゼディックを一瞥した。
ヴラスカは彼らに告げた。「2人だけにしてくれ。ゼディック、お前もだ。後で話そう」
ゼディックは前脚を曲げてクロール式のお辞儀をして引き下がり、往時軍がその後に続いた。ヒカラはまだ濡れたまま、跳ねるように玉座へ近づいた。
人払いの後、ヒカラはヴラスカへ告げました。いろいろあったけれど戻ってくるべきだ、自分たちは相棒なのだから、と。自分はなんら気にしないし、今ラルはごねているけれど、そのうち落ち着くはずだと。友人からの率直な申し出はありがたかったのですが、ヴラスカには了承できない理由があり、そしてそれを明かすこともできないのでした。
同チャプターより訳
「そういうのは……」ヴラスカは大きく溜息をついた。「ゴルガリは私を必要としてる。こいつらを守らなきゃいけない義務がある」
「昔の師匠がよく言ってたんだけどね。お前には3つの義務がある。ボスの言うことを聞く、仲間に気を配る、自分のことは自分でやる」ヒカラは首を傾げた。「あんたはボスだから、最初のはいい。なんならあんたの友達の虫くんを連れてきたっていい。私の部屋に置いてやるよ。誰にも見つからないように」
「できないんだよ、ヒカラ」ヴラスカは落ち着いて言った。
「けどこのままでもいられないだろ」ヒカラの唇が震えた。「このままじゃ、いずれラルと戦うことになる。あんたは仲間だ。ラルにも同じことを言おうとしたんだけど、あいつは聞く耳持たなかった。あいつのボスはあのドラゴンだけど、あんたにボスはいないからさ……」
私にも別のドラゴンが上にいるんだよ。ヴラスカはそれを声に出さずにいた。それにボーラスがいなかったとしても、私はゴルガリの民に応えなきゃならない。
「ごめん」
ヴラスカを説得できないと悟り、ヒカラは地団駄を踏んで去って行きました。少しして、彼女がまたも濠に落ちたという報告が入ります。ヒカラを掬い上げて安全に地上に戻れるようにと手配を命じ、ヴラスカはラルの軍勢を迎撃する準備を開始しました。
9. 地底街での戦い
そしてヴラスカが予想した通り、ラルは軍勢を従えて地底街へ向かっていました。その大半はオルゾフ組のスラルです。かろうじて人型生物の形をした感情なき役畜、とはいえそれらが殺到したなら恐ろしいことになります。所々に同じくオルゾフ組の騎士が様々な武器を携えていました。その多くは人間ですが、巨人の姿もありました。
もちろんあらかじめ偵察が放たれており、ゴルガリ団との接触は今のところないと報告が入っていました。ラルはケイヤと並んで、時に世間話をしながら長く曲がりくねった下り坂を進みます。
小説「The Gathering Storm」チャプター14より訳
「これ、無限に続いているの?」トンネルの先を示し、ケイヤが尋ねた。
それは古の道らしく、両脇には崩れた建物の壁が残って、今知る者もない惨害の瓦礫や岩に埋もれていた。1万年をかけ、ラヴニカは瓦礫そのもの上に層を成して築かれていた。
「もっと深くまで掘れば、海がある。シミック連合のゾノットはそこまで通じてる」
ケイヤは理解できないというように驚くばかりだった。
「こういうのには慣れていないみたいだな?」
ケイヤは鼻を鳴らした。「私が生まれ育った街は、人口100人にも満たなかったのよ。街はあるけど、こことは似てなかった」
ラルは誰もが顔見知りの、無名の人物などいない場所というのを想像しようとした。心がそれに逆らった。
「大丈夫、私もそこを離れて長いから。街でも長いこと過ごしてきた。幽霊がたくさんいるようなところでね」
「幽霊狩りってのも興味深い仕事だな」
「どうやって始めたか、いつか語ってあげられるかもね。けど長くなるし、どうやらそろそろ到着みたいよ」
前方で、偵察に出ていたボロス軍のゴブリンが待っていました。崩れかけたアーチの先に、広い空間が通じています。そこが目標の場所、今や地下に埋もれた古の街の廃墟。ラルはまず様子見のためにスラルを送り込もうとしますが、そのゴブリンが言いました。街の中心部でヴラスカらしき人物が待っていると。むろん罠の可能性もありますが、ラルは指示を出すと途中で斥候を待たせ、1人ヴラスカのもとへ向かいました。
その空間は広大で天井は高く、異質な建築物を湿った苔が何層も覆っています。ラルはヴラスカの裏切りを責めたくもありましたが、彼女が話し合いに応じ、この地点を使わせてくれるのであれば戦うつもりはありませんでした。ヴラスカは街の広場らしき開けた場所で待っており、ラルが20歩ほど離れたところで止まると、彼女は声を上げました。
同チャプターより訳
「快適な話し合いをしたいのだけど、ちょっと遠いね」
「ギルド会談の結果を見れば当然だ。近くで顔を合わせたくないって気持ちは許せ」
「それは残念だよ。イスペリアのついでに、石像庭園にお前を追加できたら素敵なんだがな」
ラルは拳を握り締め、静電気が散るのを感じた。心臓が高鳴っていた。イスペリアほどの強大な存在に彼女がなにをしたのかを見るまでもなく、ヴラスカと直接対決することの危険性はわかっていた。石化能力を使うためには近づかねばならない。イゼットの書庫での調査によれば、その効果が発動するまでは一瞬の間がある。ゴルゴンの目が輝く瞬間、獲物にはまだ逃げる時間がある。それでも、ヴラスカに対する自らの敏捷性を試したいとは思わなかった。
「ん?お前は俺と話をするために待っていたんだと思っていたが。俺はそのために来た」
「へんてこな軍隊を連れて?なんのために?復讐かい?」
「そう思うよな。ボーラスのために働くなんてどういうつもりだ?あれが勝ったなら、どうなるかわかってるのか?」
「お前こそ、ニヴ=ミゼットが優しくも情け深い独裁者になるって確信しているじゃないか。神にもなれる力をくれてやるってのに」ヴラスカはかぶりを振り、触手が悶えた。「説明する必要はないよ、ザレック」
「ああ、ない。それに、俺達は復讐しに来たんじゃない。いつか決着はつけなきゃいけないかもしれないが。けど今、俺達にはこの場所が必要ってだけだ」彼は周囲を身振りで示した。「邪魔をしないでくれ。そうすれば危害を加えるつもりはない」
「必要なのはそれかい。ゴルガリ団の最も古き都市だ。地上の住人は本当に気前がいいことだ」
「つまり、戦うつもりだな」
ヴラスカは微笑んだ。その歯は鋭く飢えていた。「勝つつもりさ」
そしてヴラスカが片手を挙げると、遥か頭上で轟音が聞こえ、足元の地面が揺れました。続いて天井の至るところで火球が弾けたかと思うと、建築物が崩壊を始めました。塵と黒煙が巻き上がって視界を遮ります。ラルの軍勢はすでに動きだしていましたが、石と苔の破片はそこかしこで道を塞ぎ、彼らを細かく分断してしまいました。そのような状態では、あらゆる地下道や地割れか現れるゴルガリ団が圧倒的に有利です。ラルは斥候の一団と共に出口へ向かい、ヴラスカはマジレクとゼディックを伴って彼を追いました。
辺りは直ちに大混乱となり、魔法やクロスボウの矢が飛び交います。ヴラスカは立ちはだかるオルゾフ騎士を石に変え、スラルの群れを切り裂きながら進みました。ですが爆発音とともに地面が大きく揺れ、彼女は足を止めてラル達がやって来た入り口へ目を向けます。そこは最初の崩落によって塞がれていましたが、なにかが瓦礫を投げ飛ばす様子が見えました。やがて入り口が十分に広がると、そこから現れたのは――イゼット団の戦闘機械の群れだったのです。何本もの脚、巨大な拳のついた太い腕、炎を噴き出すチューブ。ラルは瓦礫の上に立ち、満足の表情で増援の到着を見つめていました。
とはいえ、雑多な戦闘機械のいくつかは(いかにもイゼットらしく)早くも壊れ、着火したり、または爆発したりしていました。それでも残ったものはゴルガリの軍を焼き払い、回転刃でばらばらに切り裂いていきます。戦場はさらなる混乱に陥り、ラルは一旦ケイヤと合流するために引き返そうとします。そこでヴラスカは急襲を仕掛けました。足音に気付いたラルは振り返って稲妻を放ちますが、ヴラスカは避け、そして彼女はマジレクへと呼びかけました。
すると、瓦礫の中でなにかがうごめきました。人型生物――だったものの屍。苔がそれらを一つの姿にまとめており、それは崩れながらもラルへと向かっていきました。彼は稲妻でそれを焼き尽くしますが、さらに2体が迫ります。ラルはそれらも燃やしますが、さらなる数がやってくるのが見えました。ヴラスカは瓦礫に隠れ、その様子を見つめました。ここは地下深く、ラルが力を引き出せる雷雲は遥か彼方です。増幅器を背負ってはいますが、いつまでも持つかはわかりません。
やがてラルの消耗を見てとると、ヴラスカはゾンビの間から進み出ました。両脇にはマジレクとゼディックを従えています。ラルはそれでも稲妻を放とうとしますが、それはかき消えました。ヴラスカは石化の魔力を両目に込め――
同チャプターより訳
「そうはさせません、裏切り者!」
その声は頭上から轟き、ヴラスカは即座に飛び退いてサーベルを抜いた。一瞬の後、オレリアがラルの目の前に着地し、その衝撃波は岩を揺らしラルの歯を震わせた。天使は立ち上がってゴルゴンに向き直り、手を差し出した。純粋な光でできた長剣がそこに形を成した。
「私はイスペリアとは異なります」オレリアが口を開いた。「それを否定はできません。ですが同時に、公益とラヴニカを守ることへのあの方の献身は、いかなる思想的相違があろうとも否定できないものです。あの方は貴女を信頼し、誠意を持って会議へと招待しました。貴女はその信頼を裏切ったのです」そして天使は剣先をヴラスカに向けた。「ゆえに、許すことはできません」
オレリアは翼の羽ばたき1つで即座にヴラスカとの距離を縮め、魔法の刃を振るいました。ヴラスカは鋼の剣でそれを受け止めますが、力の差は明らかで、彼女は1歩また1歩と後退していきます。やがてその猛烈な攻撃に剣が砕け、ヴラスカはマジレクの名を叫びつつ下がりました。
しかし、そこに現れたのはマジレクではなく、ゼディックでした。彼はヴラスカとオレリアの間に割って入り、テレパスで絶叫を響かせたのです。あまりの騒音に、ラルは膝をつくほどでした。
同チャプターより訳
「ゼディック!」ヴラスカは悲鳴を上げ、両手で耳を覆ったが精神的絶叫を防ぐことはできなかった。
オレリアはただ1人その精神攻撃に耐え、嵐に逆らうように歩みを進めた。1歩、また1歩、翼を完全に広げて。真白のクロールは彼女を見つめ、攻撃を強めた。一瞬、天使は立ち止まった。
『オ逃げ下さい』心の声が聞こえた。『ドウカ』
ヴラスカは激しく罵り声を上げ、近くの岩を飛び越え、姿を消した。同時にオレリアがまた1歩踏み出した。その光の刃が振り下ろされ、純白のクロールの頭部は体液を弾けさせて真っ二つに砕けた。それが崩れ落ちると精神的圧力は即座に消え、ラルは1人粗く息をついた。しばし視界が霞んだ。それが戻ってくると、目の前にオレリアがいて、手を差し伸べていた。
そうしてヴラスカは撤退し、ラルは勝利したとはいえないまでも、必要としたものを――ギルドパクト改訂のために必要な、その場所そのものを――手に入れたのでした。
10. 最後の戦い
本拠地へ戻ったヴラスカの前に、再びボーラスからの使者が送り込まれてきました。今回はボロス軍の制服の残骸をまとった若い女性です。往時軍が2体、そこに付き添っていました――これらはボーラスの手の内にあると見せつけるように。
その女性はヴラスカへと、次なる任務を伝えました。ラルが最後の手段として地上に築いた機械の起動を、ゴルガリの軍勢を用いて阻止せよ。ヴラスカは詳細を知りませんが、つまりは《次元間の標》の起動を阻止しろというものです。けれどヴラスカは断りました。すでにボーラスのためにゴルガリ団を使ってきた、私が自分で行ってザレックを殺す……と。ボーラスの操り人形は了承すると、その女性の身体を捨てて消えました。
ヴラスカは自室に戻り、暗殺者の衣装をまとって武器を選ぶと、ストーレフに後を任せて独り出発しました。ラルを殺し、後は成り行きのままに。もう自分にはその道しか残されていないと悟って……。
一方、地上でラルとニヴ=ミゼットが進めていたギルドパクト改訂の作戦は、ドビン・バーンの裏切りによって失敗してしまいます。それでもニヴ=ミゼットはボーラスを迎え撃ちました。ラルは標の起動を託され、再びケイヤとヒカラと共に向かいます。妨害をかいくぐって標の塔に突入すると、幸いにも機械そのものは無事のようでしたが、標を起動するための制御室には先客がいました。
ところで、ここから先はしばらくラル視点で描かれており、ヴラスカからは少し離れますが重要な場面なのでしっかり取り上げさせてください。
小説「The Gathering Storm」チャプター19より訳
不幸にも、その部屋は無人ではなかった。鋼の柱が等間隔で並び、鋼線や導管や複雑な歯車構造を支えていた。機器のいくつかは床の格子を通って下の階へ繋がっており、ほかは壁から、外の闇がかすかに覗く格子を通って繋がっていた。
それらの密林のただ中、彼らと操作盤との間に、女性2人が並んで立っていた。ラヴィニアはフードの外套ではなく青と金のアゾリウスの鎧をまとい、剣を手にしていた。その隣では黒ずくめのヴラスカが、触手をすでにうねらせていた。ゴルゴンは3人を見て、軽蔑するような笑みを向けた。
「やあ、ずいぶん遅かったじゃないか」
ヴラスカはともかく、ラヴィニア。ボーラスは精神の欠片のようなものを使い、相手を操ります。ラヴィニアはこの直前までボーラスの工作員を追っており、ラルはそれがテゼレットではないかと推測していました。彼女が逆にその手中に落ちてしまったことは明らかでした。
ヴラスカの対処を2人に任せ、ラルはラヴィニアと対峙します。自分の電撃を用いれば、殺すことなく気絶させられると考えてのことでした。彼は試すように稲妻を放ち、それはラヴィニアに真正面から命中しましたが、鎧の防護魔法に吸収され、簡単には行きそうにありませんでした。
それを合図にしたかのように、ラヴィニアが動きました。滑らかで、まるで何気ない剣の一振りがラルの喉元を襲います。彼は鋼の手甲で続く攻撃を受け止め、至近距離で稲妻を弾けさせましたが、それも吸収されてしまいました。ラルは必死に考えます、その防護を焼き切ることはできますが、背負った増幅器のエネルギーの大半を使うことになり、また加減を誤ったならラヴィニアを殺してしまう危険性もあります。戦いながら、ボーラスはラヴィニアの口からラルを挑発してきました。
小説「The Gathering Storm」チャプター20より訳
「どうした、ラルよ」ボーラスの嘲りをラヴィニアが口にした。「いつもの熱気で荒々しく飛び込んで来ぬか」
「なぜラヴィニアを?」ラルは注意深く旋回した。「俺を止めたいなら、なぜテゼレットを送り込んでこない?」
「おぬしはテゼレットに報復したがっておるからな」ボーラスはそう言って、ラヴィニアの顔をすねさせた。その感情は全くもって彼女には不自然だった。「だが哀れなラヴィニアを傷つけることは、おぬしにとっては辛いであろう」
「辛い?俺がそれで傷つくとでも?」疑うようにラルは言った。
「我がおぬしをいかにするつもりか、わかるまい」とボーラス。「ラル・ザレックよ。我は不履行というものを好まぬ。我はおぬしを今の姿にしたが、代価を求めたならおぬしは背を向けた。ゆえに、ラヴィニアは死ぬこととなる。ここにいるおぬしの友人らも。だがおぬしは生かしておこう、心を砕く者が皆死にゆく様を見てもらうために。あの哀れで小さきトミクから始めようか。実に良い子だ」ラヴィニアの唇が不自然に、あのドラゴンの嫌な笑みを再現した。
ラルは必死に怒りを顔に出さないよう努めます。一瞬だけ視線をやると、ケイヤとヒカラはヴラスカ相手に持ちこたえていましたが、優勢とも言えませんでした。ラヴィニアは素早く、繰り返し打ち付ける剣さばきにラルは後ずさります。ですがそこで、ヒカラが投げナイフを放ってきました。ラヴィニアは下がり、柱を用いて次なる攻撃をやり過ごしますが、続く刃の雨に防御に回らざるを得なくなります。ラルは剣の一撃をやり過ごしたところで飛び込むと、エネルギーをまとわせた手を振り上げました――
同チャプターより訳
「ラル!」ラヴィニアが彼女の声で叫んだ。「やめて!」
ラルは躊躇した。長くはなかったが、十分だった。ボーラスの笑みがラヴィニアの顔に浮かび、彼女はラルの腹部を蹴りつけた。ラルは膝をつき、喘いだ。
「愚かな」ボーラスの声をともに、剣が迫った。
半狂乱の動きが一瞬、そして静止の一瞬があった。
3人は密集していた、抱きしめられるほど近く。ラルは立ち上がろうとし、ラヴィニアは剣を突き出していた。2人の間にヒカラが、ラヴィニアの剣を胸の高い位置で受け止めていた。それは明らかに彼女がまとう市松模様の革鎧を貫通し、剣先は肩甲骨の内側へとわずかに飛び出していた。そしてラルの皮膚には触れながらも、刺さるには至っていなかった。
倒れるよりも速く、ラルは彼女を受け止めた。「ヒカラ!」
ヒカラは背をもたれ、笑ったまま振り返った、「仲間、だろ?」
「仲間だ」耐えながら、ラルは答えた。
「それはそうと」ヒカラはそう言って、ラヴィニアの剣が肉に突き刺さった部分に両手をやった。「こんなふうに刺されるのは初めてだよ。どんな感じなのかってずっと思ってた」彼女は咳こみ、鋼に血を巻き散らし、それをうっとりと見つめた。「悪く、ないね。思ったほど痛くはないや」
ラヴィニアは下がり、歯ががたつくような骨の軋み音とともに剣を抜いた。ヒカラの両目が大きく見開かれ、傷口から血が溢れ出た。
「あぁ」小さな声だった。「むしろ、こんなふうなんだ」そして髪に下げた鈴をわずかに震わせ、彼女はこと切れた。
ヒカラの死を見て、ボーラスは咎めるような満足と共にラルへと語りかけます。ですがラルは咆哮と共に立ち上がり、ヒカラの屍を跳び越えると、相手が振るってきた剣を手甲で受け止め、もう片方の手でその根元近くを掴みました。掌が切れましたが、そんなことは気にしません。瞬時に増幅器のエネルギーがラルの内にうねり、奔流となって剣へと流れ込み、鋼の刃が赤熱しました。ラヴィニアは反射的に剣から手を放し、その隙を逃さずラルは彼女の腕を掴んで強く引き寄せると、その喉元にあるものへと掴みかかりました。ヒカラが刺された際に目にした、輝くクリスタルを埋め込んだ金属片です。機能はわからずとも、見た目からそれはテゼレットの製作であることは明白でした。ラルはそれを引きはがしました。
同チャプターより訳
「まだ無駄な努力を――」ラヴィニアは距離をとり、よろめきながら頭を抱えた。「いかん、よせ」そして、ずっと彼女そのものの声が上がった。「出ていきなさい!」
ラヴィニアは身体を2つに折り、頭を抱え、そしてなにかが弾け出た。ラヴィニアが倒れると、霧のような半透明の姿がその上に浮かび上がった。ぼんやりとしていたが、それでもラルにはその輪郭がわかった――人型に近く、けれどその頭部には湾曲した2本の長い角があった。
『愚か者どもよ』その声はボーラスのもので、ラルの思考を繰り返し軋ませた。『ただ次の身体を探してやれば良いだけのこと。我を止めることはできぬ』
「できない」ケイヤが紫色の光を弾けさせ、柱を抜けて現れた。「けれど私はね」2本のダガーがエネルギーに燃えて、ボーラスらしき姿の背中をとらえた。「私達全員、お前なんて大嫌いよ」
霊はドラゴンの咆哮の音を発し、それは湯沸かしのような悲鳴へと変わっていった。無形の身体が萎れ、そして風に吹かれた綿毛のように散っていった。
とはいえ、まだ戦いが終わったわけではありません。ヴラスカがいるのです。ラルが警告の叫びを上げて稲妻を放ちますが、狙いは外れました。ケイヤはヴラスカが振るった鋸歯の刃をダガーで受け止めるも、柄で側頭部を強打されて意識を失い、倒れてしまいます。ヴラスカは触手を躍らせ、ラルへと向かいました。ゴルゴンの死の視線から逃れるため、彼は後ずさります。手甲はまだ電気を帯びていましたが、かなりの力を使ってしまっていました。
同チャプターより訳
「こんなこと、お前は本当に望んでるのか?」声にかすかな絶望を滲ませ、ラルは呼びかけた。「ボーラスに勝たせたいのか?あいつが、お前にそのままゴルガリ団を任せると思うのか?」
「もちろん、思っちゃいない。私が用無しになったら、すぐ殺すだろうね」
「ならば――」
「論点はそこじゃない。なんにせよ、勝つのはボーラスだ。ニヴ=ミゼットでも止められない。お前の標でも。ゴルガリ団が生き延びる方法が、勝つ側につくってことだけなら……」ヴラスカは肩をすくめた。「そうするだけだ。どんな対価があろうとも」
「ボーラスは嘘をつく。お前だって知ってるはずだ。あれに約束を守る理由なんてない」
「わかってるよ」ヴラスカは両目を狭めた。「けど、私にはこれしかなかった」
やがてラルは追い詰められてしまいました。今回、助けに来てくれる天使はいません――ですがここは地上。ラルは手を掲げ、1つの格子に触れました。電線や導管が外へと伸びる出口です。ラルが渾身のエネルギーを送り込むと、火花が弾けて格子が融け、空へと続く穴が開けました。外では嵐が遂に弾け、土砂降りの雨とともに稲妻が飛び交っています。反響するエネルギーを身体に感じ、ラルはゆっくりと笑みを浮かべました。
同チャプターより訳
「地底街で戦ったときはお前の勝ちだったな。けど見せてやろう、ラヴニカの空の下にいる俺が、どれほど強いかを!」
ヴラスカは唸り、突進し、両目は死の光を帯びはじめた。だが遅すぎた。近くの雲から何本もの稲妻が弧を描いた。それらは一斉に、まるで手探るようにドームの穴へと突入した。稲妻は針穴のように細く撚られ、ラルに命中した。白く眩しい、きらめく熱いオーラが彼を覆った。髪が完全に逆立ち、背中の増幅器は焼き切れたが、今それは必要なかった。ラルは片手を掲げ、エネルギーを流れるに任せた。長く鬱積した嵐のエネルギーを得たその稲妻は怪物のように、わずかな一瞬にして彼とヴラスカの間を駆けた。
光が消えたとき、ヴラスカの姿はなかった。鋼の床から煙が立ち上っていた。
このときラルは、十分相手を殺せるかつ完全に燃え尽きない程度の稲妻を放っていました。つまり、ヴラスカがプレインズウォークで逃走したことは明白でした。ケイヤとラヴィニアが生きていることを確認すると、ラルはようやく標の操作盤へと対峙します。ニヴ=ミゼットがラヴニカ最後の希望と願い、託したものです。
同チャプターより訳
蒸気音と共に標の核部分が開いた。操作盤の上部から、1つの巨大なボタンが現れた。ただ1つ。この標の機能はただ1つなのだから。これを押したなら、標の光は多元宇宙の隅々にまで輝きを届かせる。
そしてそのボタンは、言うまでもなく、鮮やかな赤色をしていた。それを嫌がるイゼットの技術者はいない。
いいだろう。ラルは一瞬それを見つめ、そして深呼吸をした。賭けてやろう。
彼は力の限り、手を振り下ろした。
ニヴ=ミゼット対ボーラスと同時に進行していた、もう1つの熾烈な戦いの顛末は以上です。決着の直前、ラルからの問いかけにヴラスカは「私にはこれしかなかった」と辛い本音を覗かせていました。その通り、一度ボーラスに関わったなら、その手を逃れることは容易ではないのです。そして続く『灯争大戦』の物語は、ヴラスカを登場人物には含めずに後半まで進むことになります。
11. 灯争大戦とその次へ
というわけで、『灯争大戦』前日談でのヴラスカの動きを解説しました。イクサランでジェイスと共に思い描いた展開からはほど遠く……ラヴニカを守るどころか、ボーラスのために働き続けなければいけなかった。最近は割と優しくなったと思いますが、マジックの物語は時に過酷さを突き付けてきます。『灯争大戦』本編の後にこの一連の前日談が公開され、読むだに「なぜこれをギルド・献身のリアルタイムで読ませてくれなかった……」と思うのですが、そうだったとしても誰か死ぬんじゃないかって毎回たまらなく不安になっていたんだろうな……。
そして『灯争大戦』本編、ヴラスカの帰還やジェイスとの再会については第80回に書きました(ウェブ連載版にない重要な場面も取り上げていますので、読んでね!)。思った通りに行かなかったのはお互いさま、それでもまた始めよう……そんな雰囲気でした。繰り返しになりますけれど、2人ともボーラスに関わって、さらにあの戦いを生き延びただけでも万々歳だと思うのですよ。そして続編では。
小説「War of the Spark: Forsaken」チャプター4より訳
「確か、デートの約束をしてたよな」
「そうです、船長。ブリキ通りで、コーヒーと本屋へ」
「お前は回想録が好きだったよな、面白い生き方をした奴らの」
「はい。ヴラスカさんは歴史書ですよね」
「そうだ」
2人は歩きだした。
しばし、2人は黙ったままでいた。一緒にいることがただ嬉しかった。ヴラスカはなにかに思い悩んでいるとジェイスにはわかった。けれど彼女はなにも言わず、そのため彼も詮索しないことにした――精神魔法でもほかの手段でも。ヴラスカには秘密がある。けれどそれがなんであろうと、自分がヴラスカから隠している、全員から隠しているそれよりも大きいわけは、そして真に恐ろしいわけはないのだから。
理想として思い描く人物のように決断しなければ、ジェイスはそう思っていた。長い間、彼は記憶の大きな欠落に悩まされていた。そのため頑固で、他人へと打ち解けなかった。全ての記憶を取り戻した今、ジェイスはよりよい人物になりたいと、そしてヴラスカと共によりよい人物になれればと願っていた。
彼は、あの口付けを思い出した――戦いの後の、自分たちの初めてのそれを。
ふとジェイスは立ち止まり、伺うような視線で顔を向けた。ヴラスカは察したらしく、理解して頷いた。両手でヴラスカの頬を抱き寄せ、ジェイスは再び口付けをした。甘美だった。魂の重荷を和らげてくれるようだった。そして、彼女の重荷もまた、そうであればよいと彼は願った。
ヴラスカは彼に微笑みかけ、ジェイスもそれを返した。
再び2人は歩きだした。どちらも、秘密を打ち明けることはなかった。
……こんなふうな。続編Forsakenはまだラル関係しか語っていないに等しいので、もうしばらくお付き合いください。『テーロス還魂記』本編ストーリーが来ないのをいいことに(良くはない)まだまだ『灯争大戦』から離れられそうにありません。
(終)