晴れる屋トーナメントセンターリニューアルに寄せて。

伊藤 敦

伊藤 敦

■0. 馬鹿の夢は続いているのか。

その光景は、中高生の頃に数回だけ訪れた渋谷のDCIトーナメントセンターをいとも簡単に想起させた。

2013年8月末。高田馬場駅の早稲田口から東側に7分ほどの距離にあった旧店舗から移転し、西側4分ほどのビルの2階に満を持してオープンした「晴れる屋トーナメントセンター」は、マジック:ザ・ギャザリング専門店でありながらも300席の対戦スペースにフィーチャーテーブルも完備という、当時としては前代未聞の規模感を持つ店舗として、業界の内外に衝撃をもって迎えられた。

そしてそれから7年半が経った2021年1月。晴れる屋トーナメントセンターは店舗内の大規模なリニューアルを敢行し、新たなステージへと踏み出そうとしている。

晴れる屋 トーナメントセンター 東京

2021年1月28日(木) 晴れる屋 トーナメントセンター 東京 リニューアルオープン

私自身、2013年9月から2018年3月まで晴れる屋で働き、対戦スペースから聞こえてくるプレイヤーたちの楽しそうな声を耳にしながら仕事をしていた身としては、今回のリニューアルは感慨深いものがあった。

神決定戦The Last Sunなど、カバレージに残るような幾多の名勝負を生み出したあの場所が。友人たちと一日中他愛もないブースタードラフトに興じ、一喜一憂したあの場所が。

そんな思い出深い場所がリニューアルによって生まれ変わるというのはどこか寂しくもあるけれど、コロナ禍で大会や遊びから遠ざかる日々が続く現下の情勢にあっては、マジックコミュニティの未来に清新な風を吹き込んでくれそうな良いニュースに感じられたからだ。

だが、だからこそ気になることがある。

7年半前、「晴れる屋トーナメントセンターに寄せて。」で「次は1800人が楽しめる場所を作りたい」と豪語した馬鹿の夢。その夢の続きは、今はどうなっているのだろうか。

かつて「トキメキ」をキーワードに夢を語った馬鹿は、その夢を今でも追い続けているのか。それともこのリニューアルは、夢を追いかけ続けるのに疲れた馬鹿が現実を見据えて妥協した結果なのか。

齋藤 友晴

株式会社晴れる屋 代表取締役 社長 齋藤 友晴

株式会社晴れる屋の代表取締役である齋藤 友晴に、7年半の軌跡で積みあがった想いとそこからつながる今回のリニューアルに込められた決意について、この機会に語ってもらうことにした。

■1. なぜこのタイミングにリニューアルなのか。

齋藤「今回のリニューアルのきっかけは、もちろんもともとリニューアルしたいなというのはあったんだけどなぜこのタイミングかというと、うちが今やってる『47都道府県出店計画』というのが前提としてまずあって。たださすがにこのコロナ禍で今までみたいに元気よく出店するのはリスキーだなと。とはいえ新しい場所にかける予算や人員はすでに用意しちゃってるから、じゃあどこにそのリソースをかけようかと考えたら、TCのリニューアルがいいね、ってなったんだよね」

齋藤「というのも、一番最初に始めた50席の旧店舗の第二形態がこのトーナメントセンターなわけだから、要は今まで晴れる屋が全国各地に10店舗以上出店してきたノウハウが生かされてなかったんだよね。たとえば『通販システムを生かして店内注文PCを備えたコンパクトな売り場で、でも品ぞろえ豊富』っていうのがうちのウリだけど、各地に出店していくにつれて『結局ショーケースはショーケースであったほうが嬉しい』ということがわかってきて。やっぱりカードを実物で見て楽しくなったり欲しくなったりするのがあって、それも併用できてると強いな、と感じるようになった」

晴れる屋 トーナメントセンター

7年半前のトーナメントセンター

齋藤「ただショーケースを増設しようにも、今までのTCそのままだと場所がない。かといって対戦スペースを減らして売り場を増やすのも違うだろうと。そんな中でリニューアルすることで、お客さんに喜ばれながら売り買いしやすくなって、しかも綺麗になる。プラス、これまで高田馬場で点々としていた事務所がまとまることで、スタッフの労働環境も良くなる。外側ばかり良くても、内側も合わせて発展できる部分はしていかないと、授業参観のときだけおめかししてるみたいな状態になっても良くない。もちろん客商売だから見える部分がよりリッチになるのはしょうがないとは思うんだけど、会社として伸ばしていくにはやっぱり内も外も強化していかないとね

TCリニューアルは支店で得たノウハウを還元するため……齋藤のその言葉に嘘はないだろう。だが、冒頭からあまりに核心の質問を直球で投げすぎたせいか、過程が省かれて結論だけを先に得てしまったような感触がある。

何より、齋藤の口からはまだあの言葉(・・・・)が出てきていないのだ。

7年半前、トーナメントセンター立ち上げのキーワードとなった「トキメキ」という言葉が。

だが、冷静に考えてみるとそれも当然かもしれない。一口に7年半といってもそこには様々な出来事があったはずだ。この「現在」におけるリニューアルという結論も、当然7年半という長い年月の果てに凝縮された齋藤の哲学から発せられたものであることは間違いない。

であるならば、「トキメキ」はすでに齋藤の哲学の中で咀嚼され、晴れる屋の色々な施策により具体的な形で表れているはずなのである。したがって「トキメキ」を知るためには、積み上げられた「過去」を紐解いていかなければならない。

鍵となるのは、「47都道府県出店計画」。その計画とは、そもそもどのように始まったものなのか。

■2. 支店を出していく中で見えてきたものとは何か。

齋藤じゃあそもそもなぜこんなに店舗出店するのかという話になるけど、まず晴れる屋の2号店は成田店で、発想としては倉庫を持ちたいとかネット買取の事務所も兼用させたいというのがメインだったんだよね。でもそれじゃスタッフがマジックできなくてつまらないかもだから、成田市っていう人口10万人ちょっとの場所で店舗を作ったらどうなるか長い時間をかけてテストしてみよう、ってことで店舗機能も付けてスタートしたわけ。このときはもちろん多店舗展開とかも考えてなくて、店舗単体としては赤字だった」

齋藤「でも、続けていたらそんな場所でもマジックプレイヤーが増えていくんだよ。やっぱり遊ぶ場所さえあればもともとやってた人が復帰したり、新しい人を誘って始めてくれたり、親子でやってくれたりとかで、ほとんどマジックが流行ってないところでも店を出して月日をかければ広がっていくっていうことがわかって。特に成田は自分も1年半住んで店舗の成長を見てきたから、それが自分の肌で体験できたのが大きかったね」

晴れる屋成田店

店舗出店の始まりとなった晴れる屋成田店

齋藤「都心ってマジックプレイヤーがいっぱいいて、行けば必ず誰かがいる。それは便利なんだけど、人とのつながりが薄いんだよね。でも地方の場合、最初は数えるほどしかプレイヤーがいなかったりして、初心者ともなれば宝物みたいな存在だから、何回も会う人同士はお互いに価値が高いし、共通の知り合いがいる可能性も高くて、マジックというコミュニケーションツールを通じたつながりが形成されていくんだよね。そしたらあとはマジックというゲームが持つ魅力のパワーと、何よりスタッフもお客さんもマジックが好きな人しかいないおかげで、遊ぶ場所と仲間が少しずつ増えていくようになる。そんな風にマジックっていうゲームの魅力にひたすら寄り添っていけば何とかなるということを目の当たりにしたのが、成田で得られた一番の経験だったね」

齋藤「そういった経験を経て『もう少し人口の多い場所でやってみたい』と思い、今度はちゃんと支店を出す目的で2016年12月に大阪店をオープンした。最初は全然儲からなくて、便利だからお客さんはいらっしゃるけど、通販付きでやってるTCよりは全然という感じだった。でもそれも続けていった結果大阪周りのマジックが盛り上がっていって、遊びに来てくれる人がどんどん増えて、TC化して大移転にまで結びついている。その場所で誰も遊んでない状態からお客さんが付くのってやっぱり時間がかかるけど、お客さんが付いてきてそこでマジック盛り上がってるってわかればわかるほど、復帰層とか新規の人もどんどん来やすくなっていく。大阪のほうが都市部だから、その発展が早かったね」

晴れる屋大阪店晴れる屋大阪店

関西に進出。当時の晴れる屋大阪店

齋藤「ターニングポイントはその後。2017年2月、『遊戯王』のいわゆるリンクショックからのTCG不況があって、マジックも店舗がどんどん閉店していき、下げコンディションというかムードが悪くなっていって、晴れる屋の売り上げも伸びづらくなった。晴れる屋が始まって以来、初の事態だったね。しかもマジックが発端じゃなくて他タイトルが発端ということで、『これはまずいな、指咥えてるとマジックもまとめて持ってかれるかも』と思った」

齋藤「そこで『マジックだけでもムード良くしなきゃ!』ってことで、大阪店もまだ黒字って言えない状態だったけど『晴れる屋全国展開します!』ってあえて言っちゃって、地方展開をもっと試すことにした。成田も大阪も有意義だったしってことでムード上げ半分お試し半分で2017年4月に札幌店福岡店をかなり無理して出して……まあ、すげーきつかったね(笑)。札幌店は50席だったから良かったけど、福岡店はしばらく大赤字だった。でもそこでお客さんに対して全国展開を宣言したことが今につながってるよね。厳しい中で明るくなることをしたいっていう、自分たちで頑張って作った希望の先に、今の出店方針があるんだよね」

晴れる屋札幌店晴れる屋福岡店

札幌店(左)、福岡店(右)
北から南までマジックを広げてゆく

齋藤「やっててわかったのは、どの店舗も最初からガンガン盛り上がるなんてことはなくて……名古屋店なんかは最初からある程度好調だったりしたけど……ともあれ共通して言えることは、『晴れる屋が支店を出すと、そのエリアでのマジックがこれまでより盛り上がるのがわかる』ってこと。普通は『新しく店舗を出したらそのエリアからの通販の売り上げが下がるんじゃないか?』と思うじゃん。現場で買えるようになったら通販が割りを食いそうだし。そう思いきや、意外にも横ばいからアップくらいになるんだよ。そういうのを見てると、『店を出す=盛り上がりにつながる』っていうのが実感としてわかるじゃん」

晴れる屋名古屋店晴れる屋静岡店

名古屋店(左)と静岡店(右)

齋藤「カードゲームをやめちゃうのって友達とか相手がいなくなるからっていうのが多いと思うけど、逆に晴れる屋ができれば場所も相手が増えるから、じゃあマジックをもっと楽しくなるしもっとやりやすくなる。これはもうやりがいがあるよね。実は地方のお店とかは畳もうという話になったことも何度かあったんだけど、そのたびにオレが『嫌だ!遊ぶ場所を増やすのはいいけど減らすのはダメ』って止めて。だから晴れる屋って無敗なんだよ。絶対投了しないから無敗(笑)。でも、その結果として全部の店がプラスにつながって今がある。専門店を全国にたくさん出すってほかでやらないことだし、うちしかやらない、うちしかできないことなら、使命感として頑張りたいって思うね」

晴れる屋秋葉原店晴れる屋仙台店

秋葉原店(左)、仙台店(右)

晴れる屋横浜店晴れる屋高松店

横浜店(左)、高松店(右)

MTG BAR 飲める屋晴れる屋大宮店

MTG BAR 飲める屋(左)、大宮店(右)

TCG不況によって苦境に立たされたマジックを救うための強がりから始まった「47都道府県出店計画」は、はじめのうちは確かに根拠のない無謀な試みだったかもしれない。

けれども支店という形で日本各地に蒔かれた種は、やがて芽を出すと着実に成長し、地方のマジックコミュニティを支えるためのなくてはならない土台となった。

その流れを見守ってきた経験が、おそらく齋藤の思想を変えたのだろう。

それはトーナメントセンター設立当初に齋藤が夢見ていた「トキメキ」とは違ったものかもしれない。

だが、7年半前の曖昧で不確かな手触りをした概念だけの言葉よりも、もっと具体的でワクワクするような夢の形がそこにはあった。

だからあとは、その形を言葉にするだけだ。

■3. 7年半前と「トキメキ」の形はどのように変わったのか。

齋藤「最初は『そうありたいな』という想いだけだったけど、今や晴れる屋って正直、マジックのムードを左右する存在になってると思うんだよね。だからうちがでかいことやるとか店舗を増やすことって、定期的にやらないとマジックのムードが下がりかねない。晴れる屋が店を出せば盛り上がるし、リニューアルすれば盛り上がる。けど晴れる屋の動きがなかったらみんな盛り下がっちゃう。もともとは『やれば加点』だったけど、今では『やらないと減点』になっちゃうみたいな要素もあると考えていて、ムードメーカーだからプラスになるような動きを見せ続けたい。前だったら『そんなこと言うのはさすがに大それてるよな』と思ってたけど、今はシンプルに『みんなのために動き続けなきゃ』っていう想いがあるんだ」

7年半前に業界の挑戦者だった晴れる屋は、今や業界を代表するカードショップとなった。

しかしそれは、この7年半の間に晴れる屋が続けてきた全国各地への支店展開という絶え間ない挑戦があればこそだ。

トップに立った今だからこそ、なおより一層の高みを目指してさらなる挑戦を続ける必要がある。

ならば今回のリニューアルが意味するものとは、いわば決意表明にほかならない。

齋藤 友晴

齋藤「もちろん、一つ実現するにつれて背負うものもそれに比例して多くなっていくだろうとは思うんだよ。TC東京を最初に作ったときは正社員10人くらいだったと記憶してるんだけど今は正社員100人近くいて、スタッフ全体でも30人いなかったと思うけどもう300人超えてて、スタッフの数も売り上げも7年半前と比べて10倍くらいの規模になってる。マジックのプレイヤー数自体も、MTGアリーナのおかげで昔の3~4倍以上にはなってそうだよね。統率者戦のフリープレイで遊んでる人も増えたし、会社の部活でやってたりとか、何らかの形でマジックを触ってるっていう人もすごく多い。ただそういう人たちみんなの遊び場を背負ってると考えると、立ち止まってられないかな」

7年半前と比べ、決断の重みは比較にならないほど重い。

だがそれでも、齋藤は迷わない。

なぜなら、「トキメキ」はすでに具体的な形で見えているからだ。

齋藤「開設最初のTCは昔のDCIトーナメントセンターへの憧れがあって、というのも自分自身がプレイヤーとしてトキメきたい、楽しみたいっていう思いが強かったから。当時は競技の勝ち負けが一番の楽しみ方で、オレにとってはプロプレイヤーが本業で晴れる屋は副業だった。でも今は色々な経験を経た結果、オレの1番のマジックの楽しみ方は完全に『マジックをひたすら盛り上げるのが楽しい』に変わったんだよね。Youtubeを始めたのも、『マジックを盛り上げる』っていう関わり方が自分は今一番好きで熱くなれるからそれをやってる、っていう感じ。店舗を出したり店舗を強化したりすることは事業の発展にもつながるし、これからはそれをもっとどうハイスピードでやるかを考えてる。『うちの近くにも店を出してくれるんじゃないか』って期待してくれる人も増えてきてるし、もっとみんなをトキメかせて、もっと自分たちもトキメいて、マジックを盛り上げていきたいね」

トモハッピー

Youtuberとしてもマジック界をけん引

競技の中心地から、遊びの中心地へ。

7年半前と比較して圧倒的に多様化した現代のプレイヤーの楽しみ方を受け止めきれる、多機能複合施設への改修。それがTCリニューアルの意図だとするならば。

スタンダードも、モダンも、統率者戦も、パイオニアも、レガシーも、ヴィンテージも、ドラフトも、パウパーも。そしてもちろんプレイヤーだけではない。コレクションも。背景世界も。

マジックに関するありとあらゆる楽しみ方を肯定し、つながりを作るお手伝いをする。

それが日本中で行われるというのである。現在、過去、未来を問わずマジックを好きな人にとって、これ以上心強いお店は他にないだろう。

齋藤「7年半前のTCへの拡大移転のときもワクワクしたけど、それは100%の自信もないまま得体のしれない世界に足を踏み入れてどうなるかわからないみたいなスリル半分だったからでもあった。対して今回のリニューアルは、『満を持して』という感じかなと思う。7年半前は普通なら選択肢にすらあがらないようなことを『トキメキ』で無理に推し進めた結果だったけど、今回は選択肢の中で『これが今やるべき!』っていう確信があってやれている。実際リニューアルオープンの日に半日くらい店頭に立ってみて、たくさんのお客さんが喜んでくれているのがこの目で見れた。自分がトキメいただけじゃなくて、やってよかったなと思ったよ。これからのマジックに対する希望が膨らむ場所になっていると思うから、ぜひ色んな人に見に来て欲しいね」

さらなる想いを込めて、リニューアルオープン

齋藤「ちなみに、実はこの感覚は大阪のトーナメントセンターを作る際にすでに得てるんだよね。TC大阪は商業ビルの中でめちゃめちゃ綺麗で、『オレたちが打ち込んできたマジック:ザ・ギャザリングの未来にこういう店できてるぞ、何なら自分たちで作れてるぞ』っていうレベルのトキメキをそこで見たから、東京も負けてられないなっていう想いで今回リニューアルしたのもあった。関東の人はTC東京に来てもらって、関西の方はTC大阪をぜひ見てもらえたら、よりマジックに期待が持てるんじゃないかと思う。もちろんコロナが気になる人は落ち着いてから来てもらって、もし来てくれる場合もマスクや手指の消毒などご協力をよろしくお願いします」

晴れる屋 トーナメントセンター 大阪晴れる屋 トーナメントセンター 大阪

晴れる屋 トーナメントセンター 大阪

齋藤「結論として、今後もマジックをどんどんガンガン発展させにいくつもり。晴れる屋が発展していくことはマジックの発展に近いと、そういう気持ちでやってるから、これからも晴れる屋を伸ばしつつマジックを盛り上げていくよ」

2時間にわたるインタビューを、齋藤はそう締めくくった。

「盛り上げる」という言葉を聞いただけでは、具体性を伴わない空虚な目標に聞こえるかもしれない。

だがここまで読んだ人ならわかるように、齋藤は7年半という時間をかけてそれが口だけのものではないことを証明し続けた。

だからきっと、これからも行動で示し続けてくれることだろう。

最後に、トーナメントセンターとはどんな場所なのか、そして次なる目標について尋ねると、齋藤はこう答えてくれた。

齋藤「普段から使ってもらう店であってもいいけど、『ちょっと遠征してでも行きたい特別な場所』があるとなお楽しいよね。だからトーナメントセンターはトキメく場所、特別な店舗であり続けたい。次の目標は、そうだな……2024年の3月までに『47都道府県100店舗展開』を新たな目標にしたいなと思ってるよ」

■ 4. 馬鹿の夢は終わらない。

夢とは現実の先にあるべきものだ。

競技の発展という狭い視野での「トキメキ」から、マジックそのものとそれに関わる人々すべての盛り上がりという広い「トキメキ」へとステップアップを遂げた齋藤の夢は、7年半という時を経てトーナメントセンター東京のリニューアルへと結実し、そして日本全国へと飛び立とうとしている。

夢を現実にするために行われたその数々の実践が、妥協であろうはずもない。

2021年、社会がこれまでになく変容することを強いられる中で、人はマジックとの関わり方を変えていかざるをえないかもしれない。

だがどんな関わり方になったとしても、齋藤の熱い思いが作り出した晴れる屋という場所が、必ずや人と人とのつながりを作る結節点となるに違いない。

そして、だからこそ。

夢見る馬鹿が挑戦し続けるのを、応援し続けたいと私は思うのだ。

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伊藤 敦

伊藤 敦 通称”まつがん”。独自の構築理論と情熱を武器に、次々と独創的なデッキを世に送り出してきた。またプレイヤーとしてだけでなく、ライターとしてもその名をはせており、これまでに数々の名作を手掛けている。そんな彼の集大成とも言えるSuper Crazy Zooは国内外を問わず大きな話題となった。 永遠のライバルは、アメリカが生んだ”鬼才”Travis Woo。 2018年3月31日をもって株式会社晴れる屋を退職 (ガチ)。 伊藤 敦の記事はこちら