はじめに
2022年最初のスタンダードセット……それこそが、初代神河ブロックより2,000年後を描いた『神河:輝ける世界』です。
— マジック:ザ・ギャザリング (@mtgjp) August 24, 2021
ネオンきらめく近未来都市に、かつての面影を残す新たな神河次元。その闇を――忍者が征く! #mtgjp pic.twitter.com/GmOv3irryp
こんにちは、若月です。
2021年8月25日の大規模公式発表において、(少なくとも日本で)もっとも話題になったのは恐らくこの『神河:輝ける世界』でしょう。多くのファンが待ち望んでいた神河次元への再訪、けれど長い年月が経過したその様相はすっかり……未来!とはいえ以前から、冗談交じりに「重金属酸性雨が降り注ぐネオ神河」のようなネタは盛んに?口にされてきました。日本公式の記事にも……
公式記事「ザ・ニンジャ(レガシー)」(掲載:2018年9月)より引用
実は『神河物語』の時代というのは多元宇宙的にはとてもとても古い時代であり、となると今現在の神河はどうなっているのか?ネオンサインが輝く夜の街でサイバーパンクなニンジャが壁走りしているのか?妄想が膨らんでしょうがない。
そして発表直後から、示し合わせたように多くの人が「ネオ神河」と呼称しているのは笑いました。いや私もそう呼んでいますが。英語名が「Kamigawa: Neon Dynasty」だから別に間違ってないな!ネオサイタマと語感が完全に同じなのがいけない
神河ブロックの物語は現在よりもかなり昔に位置しますので、世界の様子が大きく変貌していても何らおかしくはありません。それでも、再訪でこんなに様相が変化した次元というのは初めてな気がします。そもそも、現地時間(だよな?)で2000年を経て再訪というのがこれまでにない大きな年代ジャンプです。我々の時間でも神河への再訪はなんと17年ぶり。ラヴニカやイニストラードやゼンディカーといった人気次元にだいたい5~7年スパンで再訪していることを考えると、すごい年月です。
とはいえ、今ネオ神河についてわかることはわずかです。ならば旧神河ブロックの物語を解説するべきときなのでしょうが、3セット1ブロック制の時代なので長い!今回はひとまず「当時の」神河世界をおさらいし、またこの17年の間にマジックで神河がどのように語られてきたかを探ります。
1. 神河という次元
マジックの多元宇宙に存在する次元の多くは、我々の現実世界の何らかをモチーフにしています。たとえばイニストラードは近世の中欧的な世界を舞台に、狼男や吸血鬼といったゴシックホラーの怪物との戦いが描かれています。ラヴニカは東欧、主にチェコがモデルです。テーロスはギリシャ神話、タルキールはアジアの広範囲、フィオーラはルネサンス期のイタリア……などなど。新次元が登場するたびに「今回は〇〇次元」という説明がされるくらいです。
そしてそんな次元の中でも、神河は戦国時代の日本をモチーフにしているため、ひときわ独特な雰囲気をまとっています。さまざまな種族、職業、建築様式といった目に見えてわかりやすいものだけでなく、神河という世界の姿形そのものもまた独特です。
神河は、人や獣といった定命が生きる領域「現し世」と、神と呼ばれる精霊が生きる「隠り世」とが表裏一体に組み合わさった世界です。次元の外から見ると、涙型をした2つの世界が組み合わさって球形になっているのだとか。太極図みたいな感じ?
現し世には人間だけでなく、白い髪と長い耳を持ち雲の上の都に住む空民や、今のところほかの次元には見られない狐や鼠や蛇のヒューマノイドが栄えています(神河のかなりあとに人型の蛇種族としてナーガが登場しましたが、姿はだいぶ異なっており、クリーチャー・タイプも別です)。
神河次元の神は神という名ですが、クリーチャー・タイプが示すようにGodというよりはSpirit、森羅万象に宿る精霊です。自然現象や強い感情といったものが姿を成したものであったり、文物に宿った魂であったり、いわゆる妖怪であったりします。とはいえ、たとえば光や闇や天候や生命といった普遍的で根源的なものを司る神は、ほかの次元でのGodと同じように強大な力を持ち、崇拝されています。
書籍「神河物語 公式ハンドブック」P.10より引用
五柱の明神
神河では森羅万象に霊的な精髄――神――が宿り、それぞれの神が固有の役割を負っている。だが、物質界たる現し世に階位序列があるように、霊界たる隠り世にもまた同様の上限関係が存在する。たとえば、松の古木の神は落ち葉の神より格上であり、森全体の神は一本の松の神より神格が高い。
こうした階位の最上位にあるのが、“まばゆき霊的精髄”――つまり、明神である。五柱の明神は、この世界にある五つの根源的な力に宿り、それぞれ「正義」「知識」「力」「情念」「創造」を象徴する。明神はほかのいかなる神にも増して厚い信仰を集め、壮大な社に祀られている。
神は時に現し世に現れ、人々に友好的に関わったり害を成したり、あるいはただそこにいるだけだったりしながら、おおむね良好な関係を築いていました。ですがあるとき突然、神が人を襲いはじめました。人を守り続ける神もいましたが、多くの神が怒り狂い、現し世に破壊と死をもたらしました。この戦乱が「神の乱」、神河ブロックの物語はこの勃発から収束までを描いています。
2. 神河とドミナリアと梅澤家
物語上で取り上げられた回数は少なくとも、神河次元はひとつ重要な役割を担っています。「多元宇宙最古の巨悪」ニコル・ボーラスが数少ない敗北を喫した相手として、《Tetsuo Umezawa》がいます。彼はそのルーツを神河次元の落武者、《梅澤俊郎》に辿るのです。
ドミナリア次元で起こった度重なる次元規模の災害は、いくつもの「時の裂け目」を形成しました。それらはやがて『時のらせん』ブロックで起こる危機と、多元宇宙全体の法則が変化する「大修復」に繋がりました。ですがこの「時の裂け目」は、ドミナリアだけなくほかの次元にも波及していたのでした。神河もその影響を被った次元の一つです。
書籍「The Art of Magic: The Gathering – War of the Spark」によりますと、トレイリアにて起こった時間遡行実験の失敗が、時の裂け目をひとつ作り出しました。そしてそれは、そこから100年ほどの時を遡った神河次元の、現し世と隠り世の境界を弱体化させたのでした。《永岩城の君主、今田》はこの機会を利用して隠り世へと手を伸ばし、最古にして万物の神である大口縄の精髄を手に入れます。神々は怒り狂い、20年に渡る神の乱が勃発したのでした。
そして現し世と隠り世の境界だけでなく、神河とほかの次元との境界もまた弱体化しました。大口縄が神の乱にかまけている隙に、夜と影を司る神の《夜陰明神》は神河の外を覗き見て、多くのほかの世界の存在と、そのすべてで夜と影が何らかの形で崇拝されていることを知ります。明神はこれを大いに喜び、神の乱が終わらないことを願います。ですが、夜陰明神の忠実にして狡猾な信奉者である梅澤俊郎は、神の乱を収束させるにあたって重要な役割を果たしました。
夜陰明神はその「罰」として俊郎を神河から連れ出し、神河の外に見つけたひとつの世界――ドミナリアへ連れ出すと、彼の視力を奪って置き去りにしました。それでも狡知に長けた俊郎は生き延び、現地に梅澤家を興し、やがて遠い子孫のテツオはマダラ帝国の勇士となって皇帝ニコル・ボーラスを倒すのです。テツオとボーラスの話については、第57回にて詳しく解説しています。
そして時が流れ、『ドミナリア』で登場した梅澤哲子は、この梅澤家が今も存続していることを示しています。物語に登場はしていませんでしたが、設定は公開されています。
「ドミナリアの伝説たち」より引用
梅澤家の最も印象的な特徴は、同時に最も疑わしくもあります。エルダー・ドラゴンにしてプレインズウォーカー、ニコル・ボーラスから永遠の憎悪を向けられているというものです。
哲子はボーラスを裏切った祖先から名を貰い、秘密裡に育てられ、多くの魔法の出入り口を繋ぐ魔術を教えられました。哲子はそういった出入口を自由に通過することができ、ボーラスの察知を避けながらそのドラゴンに対して計略を練っています。
「多くの魔法の出入り口を繋ぐ魔術」というのは、俊郎がかつて夜陰明神から授かった影から影へと渡り歩く力と何か関係があるのかな?ボーラスはラヴニカで倒されましたが、哲子や梅澤家にもその情報は伝わっていればいいのですけれど。
またよく見ると、哲子の腰には十手が差されています。俊郎が持っていた十手そのものかどうかはわかりませんが。《梅澤の十手》はとても強力な装備品として今も有名であり、スタンダード当時は多くのデッキに4枚投入され、現在でもモダンでは禁止カードです。俊郎は物語でも十手を持っており、主に漢字魔術を書くために用いていました。実際のカードのような強さはなかった……と思います。
このように梅澤一族はドミナリアで存続しています。一方、神河にて俊郎に妻や子がいたという話は聞きませんので、そちらでは残っていない可能性は高いでしょう。とはいえ『ドミナリア』では、《ジェラード・キャパシェン》を除いて全員が殺されたはずのキャパシェン一族の子孫が「親戚が生き延びていた」という設定で登場していました(《模範となる者、ダニサ・キャパシェン》&《艦の魔道士、ラフ・キャパシェン》)。そういう感じのがまたあるかもしれな……あ、いや待て……(何かに思い当たった)
3. 17年の時を越えて
長いこと神河次元は「不人気のため再訪の望みは薄い」と言われてきました。以前、さまざまな次元を再訪する可能性についてマローが記事で言及していましたが、その中でも神河はなかなか悲惨な書かれようでした。
公式記事「ラバイア値 その1」(掲載:2018年11月)より引用
神河
人気:不評
すべての投票の中で、これが最も評価の低かった世界である。近年になって昔の世界について尋ねたときでさえ、神河は最低かその付近に位置する。つまり、神河には少数だが非常に情熱的で主張の強いファンが存在するので、私のブログやソーシャルメディアではよく話題になることがある。
興味のある人は実際の記事で続きを確認していただきたいのですが、今読むと「よく再訪できたな……(まだ先ですが)」という感想すら浮かんできます。
今でこそ統率者戦の流行に伴い、神河ブロックの多くのカードが再評価されています。それでもカードパワー的にはどうしても一つ前の『ミラディン』ブロックと比較して語られてしまいがちです。あちらは今見ても強力なアーティファクトが多数収録されており、「親和」絡みで禁止カードを派手に輩出したことでも有名です。
世界観的にも神河は「戦国日本+神道」という元ネタに忠実ではありましたが、それがプレイヤーの心に響くかというと必ずしもそうではありませんでした。「武士道」「忍術」といったキーワード能力が、ほかの次元のセットで非常に再利用し辛いのもありました。またこれは伝聞なのですが、日本風の固有名詞が欧米では非常に覚えづらい・発音しづらい……というのもあったようです。
それでも、近年の統率者系セットで神河出身のキャラクターがカード化されたり、小説でプレインズウォーカーが神河を訪れたりしています。すべてではないにしてもいくつか取り上げてみましょう。
■神河の人物
タミヨウ
おなじみタミヨウ。神河独自の種族、空民のプレインズウォーカーであり、さまざまな物語を収集して多元宇宙を渡り歩いています。初出は2012年『アヴァシンの帰還』。当時すでに神河次元については長いこと音沙汰がなかったこともあり、ゴシックホラー世界に突然現れた日本風プレインズウォーカーはなかなかの衝撃でした。
とはいえタミヨウはメインストーリーに関わらず、イニストラードの月を研究しにやって来た「観光客」のような立ち位置での登場でした。プレインズウォーカーはさまざまな次元を渡り歩く異邦人であり、いつどこの世界にふらりと顔を出しても特におかしいということはない――タミヨウ(と、同じく『アヴァシンの帰還』で初登場のティボルト)はそう気づかせてくれました。
そしてタミヨウは『イニストラードを覆う影』で再登場しました。ジェイスとともに天使の狂気の謎を追い、さらにはエムラクールを月に封印するうえで決定的な役割を担いました。『灯争大戦』でもカード化されていましたが、物語での出番はさほどありませんでした。また「さまざまな次元を渡り歩いて物語を収集している」という設定上、タミヨウは社交的な人物であり交友関係も広いようです。ゲートウォッチの名がプレインズウォーカーに知れ渡ったのは、タミヨウの助力があってのことだったようです。そういえば今回のイニストラードには今のところいないですね。
タミヨウの衣服や所持品は、見たところ『神河』ブロック当時の空民とそう変わらない雰囲気です。現代日本でも着物を着る人がときどきいるように、現代神河でも空民は(あるいはタミヨウ個人は)伝統的な装いを続けているのかも……それとも伝統的なのは見た目だけで実は超ハイテク装備だったりするとか?
かせ斗
こちらは『統率者(2015年版)』より。神河次元に棲む蛇の知的種族、大蛇人(おろちびと)の伝説クリーチャーです。当時の公式ページの解説がこちらです。
遠い昔、神河次元にて、せし郎は大蛇の共同体を率いていた――彼の種族、四本腕の蛇人の本拠地を。大魔導師かせ斗は、古の導師たるせし朗の血を引き、崇拝されるこの祖先から受け継がれた智慧の守り手を任じている。
「遠い昔」「古の導師たるせし朗」という説明から、かせ斗は神河ブロック当時のキャラクターではなく、それよりも未来の人物だとわかります。どれほどの年月が経過しているのか、かせ斗が現代神河の人物なのかどうかまでは不明ですが、カードを見るだけでも、当時とは異なるものがあるのがわかります。
かせ斗のクリーチャー・タイプは「蛇・ウィザード」。魔法を用いる大蛇人として「蛇・シャーマン」は神河ブロック当時にもたくさんいましたが、ウィザードは一体もいませんでした。かせ斗の衣服も、当時の大蛇人のプリミティブなものとはまったく異なり、重厚かつ繊細です。
また、「かせ斗」という名前。神河ブロックにおける大蛇人の名前は「せし郎」「そう介」「さ千」「しさ斗」「しず子」など、すべてサ行から始まっていました。何でもこれは「蛇が立てるシューシューといった息の音をイメージしたもの」なのだとか。ですが、かせ斗はその命名法則から外れています。大蛇人の社会に、あるいは環境に何か大きな変化があったのかもしれません。
百合子
虎の影、百合子
神河次元に出没する「虎の影」の正体は謎に包まれています。ですが彼女がまとう怪物の面は弱き者に希望を、強き者に恐怖を与えます。百合子は秘密を武器に権力を貶め、抑圧され苦しむ人々に救済をもたらします。
そして人気の統率者、百合子。実のところ現在出ている情報はこれだけです。とはいえこの「弱きを助け強きを挫く」という人物設定は神の乱当時よりも別の時代のほうがしっくりくる気がします。衣装や背景の建物は神河ブロック当時とそう大きく変わらないですね。取り上げてはみたけれど書くことはそんなになかった。ごめん!
■神河の描写
Future Sight(小説、2007年)
『未来予知』の小説に、神河と思しき次元の描写が存在します。元の神河ブロックは、当時展開されていたストーリーから見ても過去の物語でした。つまりこの時点ですでに、神河ブロックから結構な年月が経過しているということになります。
神河と思しき次元の描写、と書きましたが正確には「神河と思しき次元をその外から見た描写」です。これは第59回で解説していましたので、そのまま再掲します。
小説「Future Sight」P.255-256より訳
彼(レシュラック)はボーラスを追ってとある不思議な次元へ、いや、とある不思議な次元のすぐ外側の虚空へ辿り着いた。その世界は珍しい果実が割れたように、2つの涙型が合わさって完全な球形を成していた。球は曇っており、氷水の鉢のように不透明で、その形の先がどのようなものかはまったく見通せなかった。
(略)
彼とその世界の間に、獰猛そうな女性が2人、槍と剛弓を手に現れた。双子のようで、そのきらびやかな鎧の下の姿はほぼ同一だった。左の1人は蛇を思わせる鋭さと危険を漂わせ、もう1人は女王のような威厳を携えていた。
2人は槍を交差し、声を合わせて告げた。「我等はこの世界の守り手。そなたを歓迎することはできぬ。立ち去るがよい」
この2人は《真実を求める者、今田魅知子》と《奪われし御物》の中の人と思われます。2人は『神河救済』のクライマックスで大口縄を倒し、その神に代わって現し世と隠り世の均衡を修復しました。そこから遠い未来には、神河次元そのものを守っているようですね。とはいえ後述する小説では、ジェイスやテゼレットが神河にプレインズウォークしていたので、プレインズウォーカーの侵入を防いでいるというわけではないようです。
Agents of Artifice: A Planeswalker Novel(小説、2009年)
ここからは一応「現代の神河」になるかと思います。
過去にも何度か取り上げてきましたが、これはジェイスが主人公の小説です。今のような多元宇宙の英雄になる以前、ゲートウォッチの仲間となるプレインズウォーカーたちに出会う以前、彼がまだわりと後ろ暗い人生を送っていたころの物語が描かれています。
当時のジェイスはテゼレットが(ボーラスから奪って)支配する次元間組織「無限連合」の一員として働いていたのですが、あるとき神河へ向かう任務を命じられます。まずは神河行きを切り出されたときの反応がこちらです。実は過去回でも取り上げていたのですがもう一度。
小説「Agents of Artifice: A Planeswalker Novel」チャプター13より訳
「神河という世界を知っているかね?」
片足を引きずるドローマッドを見つけた狼のように、ジェイスは生気を取り戻した。
「もちろんです!その世界について、いろいろすごく面白そうなことを聞いていました。いつか行ってみたいと思っていたんです」
このときのジェイスはあまり気の合わない先輩プレインズウォーカーと組まされて不機嫌だったのですが、「神河」の名前を聞いてこの通り。微笑ましくって昔からとても好きな場面です。その少し先、現地に到着したときの反応も。
同チャプターより訳
将軍が統べる神河の国の話を、ジェイスはテゼレットから聞いていた。それに魅了され、多層の屋根をもつ寺院や華麗な宮殿を見てみたいと、その街路を歩いて現地の人々の音楽のような韻律の言葉に浸ってみたいと長いこと願っていた。
だが今日はそのどれも叶わなそうだった。任務で向かう場所は神河のどの大都市からも離れているのだ。
観光しに来たかったのに仕事で来ることになってしまった悲哀だ。ちなみにこのときは任務のために髪を黒く染め、衣服もいつもの青ローブではなく現地人のものを着ていました。そして目的地である鼠人の村をジェイスが観察する描写もあります。
同チャプターより訳
その鼠人の村は沼地の大半に広がっていた。枯れ木と竹でできたさまざまな高さの小屋が、すべて沼の濁り水の上に建っていた。素朴ではあるが、それらの建物が見せる鼠人の技術はジェイスを驚かせた。玄関や窓は適当に粗く開けた穴ではなく、完璧な楕円形や円形だった。最大の幹に向かう階段は、人間でない者の手で作られたにもかかわらず堅固で平坦だった。ランタン、あるいは先端に旗をくくりつけた竹竿がそれらの建物の脇から伸びていた。沼地のほとんどは歩いて渡れるほどの深さだが、多くの家の基礎部には小舟が繋がれていた。
これらを見る限り、テクノロジー的なものの気配はありません。とはいえ都市圏から離れている、また鼠人の村はこういうものだと言われれば納得はできる……でしょうか?
Magic Story『カラデシュ』編(ウェブ連載、2016年)
こちらはウェブ連載として日本語版が存在しますので、当時読んだという人もいるかと思います。アジャニの回想シーンとして、タミヨウの自宅の描写がありました。
空民が住む雲上の都、朧宮。タミヨウはそのどこかにある家に、愛する夫や子供たちとともに暮らしていました。多くの次元へ旅をし、プレインズウォーカーではない家族のために物語を収集して帰ってくる――タミヨウのこの設定には多くの読者が驚いたかと思います。
で、改めてこの話を読み返しました。神河次元での場面はタミヨウの自宅オンリーなのですが、そこに何かしらサイバーパンク的なものは特に見当たりません。でも実はいろいろなところにハイテク技術が使われているのかもしれませんし、アジャニもタミヨウ家には馴染みのようですのでそういうのがあってもすでに見慣れていたのかも?
War of the Spark: Forsaken(小説、2019年)
そして一番最近の描写がこちら、『灯争大戦』の続編小説です。指名手配犯となったテゼレットを追跡するラルと放浪者が、ごく一瞬ですが神河に立ち寄っていました。
小説「War of the Spark: Forsaken」チャプター38より訳
放浪者はテゼレットの「匂い」がわかっていた。
彼女の手助けを得て、ラルは広大無辺の多元宇宙を駆けて標的を追跡した。ラヴニカからアモンケット、イニストラードへ、神河へ、そしてどこかの次元へ。この追跡で立ち寄ったほとんどの世界と同じく、ここもまたラルが訪れたことのない次元だった。
……「Kamigawa」としか書いてない!何一つわかんなかった。しかしこの神河がネオンきらめくネオ神河だとしたら、技術者のラルはゆっくり滞在したいでしょうねえ。いやすでに何度も行っていたりするかもしれませんが。ちなみにこの「どこかの次元」とはイクサランであり、2人がここで休息を取ったときのエピソードを連載第91回で解説していますので、興味がありましたらそちらもご覧ください。結局何だったんだろう黄金の仮面……
4. 発表動画からわかること
今のところ『神河:輝ける世界』についてわかることは多くありません。それでも発表動画48:20付近から、YouTubeの字幕を拾って考察していきましょう。
This is set 2000 years after the first Kamigawa block.
最初の神河ブロックから2000年後になります。It’s a place where tradition meets modernity.
そこは伝統と現代が出会う場所。Think Neon, ninjas and cyberpunk samurai.
ネオン、忍者、サイバーパンク侍。
伝統。つまり、元の神河ブロックの面影を残すものもあるのでしょう。そしてはっきり「サイバーパンク」って言ってますね。本当に神河がサイバーパンクになるとは……改めてこう、遠くまで来たなあと不思議な感慨深さがあります。侍もきちんと残っているんですね。
また、この「2000年後」というのがまだちょっとよくわかっていません。旧神河ブロックからAR(ドミナリアの暦)で2000年となると、現在よりも数百年は未来ということになるのですが、マローは「『神河:輝ける世界』は現代が舞台」と言っています。「神河では」2000年経っているということなのでしょうか。各次元で1年の日数が同じというわけでもないでしょうし?
This is of course, like all magic sets, it has a unique magic twist.
あらゆるマジックのセットと同じく、マジックならではのひねりがあります。This isn’t just your typical Sci-fi dystopia.
典型的な.SFディストピアではありません。
A correction to what we revealed in the Showcase today: This lovely piece of Kamigawa: Neon Dynasty concept art was done by Leon Tukker, not Chris Ostrowski. Both are fantastic artists, and we encourage everyone to check out their work! pic.twitter.com/9St2inIh9V
— Magic: The Gathering (@wizards_magic) August 24, 2021
発表と同時にこちらのコンセプトアートも公開されていました。きらびやかな摩天楼、建物の形状にはかつての神河の面影が見えます。にしても奥の巨木は一体?
This is our new Planeswalker Kaito.
新プレインズウォーカーのKaito。He’s a cool cyber ninja, we love him.
クールなサイバー忍者です。
ついに出た忍者プレインズウォーカー!『モダンホライゾン』の忍者の存在や『灯争大戦』でラザーヴが手裏剣を投げていたことから、「実は忍者のプレインズウォーカーがいて忍術を多元宇宙に広めているのでは」とまことしやかに囁かれてきましたが、本当にいた。いやこのKaitoが忍術を広めているかどうかはわかりませんけれど(予防線)。でもサイバー忍者ってつまり……何だ。手元の辞書で「Cyber-」を引いたところ、「コンピュータ(ネットワーク)に関する、電脳、サイバー、仮想」とありました。サイバーニンジャ……
There’s also another mysterious Planeswalker making an appearance in this set.
このセットではまた別の謎めいたプレインズウォーカーが登場します。The emperor of Kamigawa is someone that you may have seen before.
神河のエンペラーは見覚えのあるかもしれない人物です。
一番気になったのがこれです。神河の皇帝とか帝とかエンペラーとか、とにかくそういう立場の人物は我々がすでに知っているかもしれない……いや誰だ。神河人なのか、それとも「ヴラスカ船長」や「テゼレット審判長」や「オニキス教授」みたいになぜこのキャラが!?というパターンなのか。ん、そもそも「別の謎めいたプレインズウォーカー」=「エンペラー」なの?ちょっとこの文脈でははっきりしないですね。そしてこれについてはもう一つ気になることもありまして。
書籍「神河物語 公式ハンドブック」P.4より引用
しかし、日本における史実と異なり、神河に帝は存在しない――大小さまざまの大名たちが、ただ覇を競っている世界なのである。
そう、「将軍」はいましたが「帝」はいなかったんですよ昔の神河。2000年の間に政治体制が変化したのか、あるいは「突然この世界に姿を現し、科学技術で神河を統一した皇帝は~」みたいな展開なのか。いやこれは単なる妄想ですが。
5. 備えよう
「技術の発展度合」というのはその次元の重要な個性です。たとえばテーロスは「ギリシャ神話世界」であるため、我々の次元の歴史で言うところの青銅器文明の段階であり、鉄器すらまだわずかという設定です。イクサランは大航海時代、イニストラードは近世。このあたりは次元の元ネタに忠実という感じですね。
その一方、21世紀の地球次元と比較しても遜色ない技術レベルの次元も存在します。カラデシュやラヴニカの科学技術は霊気や魔法が組み合わさった結果、現代の我々にも匹敵していると感じます。たとえばカラデシュでは巨大ロボすら存在します。ラヴニカでは、カードにはありませんが地下鉄的なものすら通っています(書籍『Guildmasters’ Guide to Ravnica』情報)。
そして「ネオンきらめく都市」「サイバーパンク」と明言されている『神河:輝ける世界』。マジックはファンタジーでありながら常にその境界を押し広げ、とはいえ「SF」に踏み込みすぎないよう絶妙なバランスを保ってきたように思えます。マジックにおけるファンタジーとSFの境目については、『ミラディン包囲戦』時代の公式記事に少しだけ言及がありました。
A World Sculpted from Metal(掲載:2011年3月)より訳
傷跡ブロックと元のミラディン・ブロックにおける最大の挑戦の一つは、「宇宙船が飛び交う未来」「スチームパンク」「ロボットの世界」といったさまざまなサイエンス・フィクションにあまり踏み込みすぎないように保つことだった。ここにはアーティファクトとアーティファクト・クリーチャーが溢れている。マシーン、装備品、歯車、そして生きた金属で作られたクリーチャーたち。確かにマジックはSFのコンセプトとイメージを含んでいるし、我々はファンタジーの境界をつついてその明らかな伸縮性を楽しんでいる。それでも、それはマナ、魔道士、呪文に基づく多元宇宙だ――ファンタジーに深く根を下ろしているものだ。
(略)
《研磨時計》や《迫撃鞘》、《回転エンジン》といったような可動部分を持つアーティファクトは、科学的原理で動いているのではない。それらの部品は互いに連結した機械仕掛けの歯車で動いているとしても、その燃料源は――大元の動力源は――ほぼ常に魔法であり、蒸気機関や内燃機関や電気ではない。ばねとポンプは不可。電線も不可。回路基板、バッテリー、その他トランジスタ以後の水準の技術は確実に不可。車輪ですら、魔力で動いているのかいかれたゴブリンの製作物であるかが明らかになるまでは公式クリエイティブ・チームに嫌な目で見られる。
(略)
「金属のゴーレム」は危険なまでに「ロボット」の領域に近づく。そして我々は、関節の潤滑油を心配し壁のコンセントにプラグを差し込むようなアンドロイドの世界を望みはしなかった。もう一度言うが、マジックの基本単位は魔道士だ。現実世界の工学に触発された世界を構築し始めたなら、それはファンタジーの世界を去ることを意味する。
これを読むと、当時はSFの領域に踏み込むことに対して非常に注意深い態度であったことがわかります。ですがあくまでこれは『ミラディンの傷跡』ブロックについての話です。ミラディンではあまりよろしくないとされた車輪についても、その5年後に発売された『カラデシュ』では目いっぱい登場しています。車どころか列車やヘリコプターまであります。
ネオ神河について、サイバーパンクのマジックは本当にマジックなのかという懸念があるのは私も理解できます。ですがマジックは長い時間をかけて、多種多様な世界を構築してきました。その中で、我々の次元に匹敵する、あるいは上回るような技術を持たせつつも、しっかりマジックのままでいる……というような見極めができてきたのではないかと思うのです。マジックとサイバーパンクをどのように融合させてくるのか。物語もですが、これはいつも以上に開発秘話が楽しみです。
それではまた次回に。
(終)