はじめに
『イニストラード:真夜中の狩り』メインストーリー第5話「夜来たる」より引用
視界が晴れた時には、吸血鬼の姿は消えていた。飛び去っていた――既に暗い空に、小さな黒い点がかすかに見えた。
鍵は奪い去られた。
セレスタスは沈黙していた。
イニストラードに夜が降りた。
ここから永遠に続くであろう夜が。
こんにちは、若月です。
なんということだ。収穫祭、昼と夜の均衡を取り戻す儀式はオリヴィア・ヴォルダーレンの不意の乱入によって失敗に終わり、イニストラードに永遠の夜が訪れてしまいました。『イニストラード:真夜中の狩り』の物語はバッドエンドで幕を閉じ、『イニストラード:真紅の契り』へと続きます。ブロック制が廃止されて以来、ストーリーも1セットで完結するという展開が長いこと続いてきました。ですので「続きもの」は久しぶり!間をあけずにセットの発売が続くのは少しせわしないですが、ストーリーをじっくりと語れるのはいいですね。
イニストラード次元は登場して長く、再訪も今回で二度目とあって豊富な情報が蓄積されてきました。日本語になっていない、この連載でまだ紹介していない話もたくさん存在します。特に書籍「The Art of Magic: The Gathering – Innistrad」には美麗な大判アートだけでなく、公式記事で紹介されているよりも遥かに多くの解説文が掲載されています。またこの書籍が発売されたのは『異界月』のころでしたので、結構な情報が最初のイニストラードからアップデートされています。『イニストラード:真紅の契り』への予習として触っておくのもいいんでない?
というわけで、今回は主にこのアートブックからイニストラード次元の吸血鬼について学んでいきましょう。
1. イニストラード吸血鬼概論
たとえ同じ種族でも、次元によってその姿や性質はさまざまです。マジックの吸血鬼には、モンスター寄りの見た目をしているものも結構います。ミラディン次元の吸血鬼は牙と口ではなく、スポイト状の指先から血を吸います。タルキール次元の吸血鬼なんて、知性があるのかどうかすら怪しそうな見た目です。
そんな中でイニストラードの吸血鬼は「いかにも」な、我々がさまざまな創作物でよく知る、美しく高貴で退廃的な吸血鬼です。彼らは遥か昔、天使の血を飲むという邪悪な儀式によって誕生した12人の吸血鬼を始祖として発展してきました。狼男、ゾンビ、幽霊、吸血鬼……イニストラード次元には人類の敵と言える怪物たちがたくさんおり、そしてそれらは元をたどれば人間ですが、中でも吸血鬼は最大の脅威とされています。
彼らは人間を喰らう必要を(嫌々)理解しながらも、自分たちは人間の上位者であり後継者であると自負しています。また彼らには礼節こそあれ節制や道徳は欠けており、自堕落な欲望のままに生きています。
イニストラードの吸血鬼の特徴は何といってもその目です。瞳孔は金か銀色、白目の部分が黒色になっています。皮膚は青白く、牙はごくわずかに長い程度で吸血の際に伸びます。爪もやや長い傾向にあります。そのように外見は人間とあまり変わりないため、変装や簡単な魔法で人間に扮し、その社会の中に紛れることも十分可能となっています。彼らは不老であり、人間の倍ほどの筋力を持ちます。また飛行、蝙蝠や霧への変身といった能力は学んで会得するらしく、自動的に所持するものではないようです。なるほどイニストラードの吸血鬼には飛行を持たないものも結構いますね。
吸血鬼に対して有効な戦法についても、よく知られたものがイニストラード特有のひねりをもって採用されています。吸血鬼は十字架が苦手という設定は、アヴァシン教団のシンボルが邪を祓うという設定に置き換えられています。
イニストラードの吸血鬼には、銀だけでなくあらゆる武器が有効です。とはいえ生木で作られた武器が非常に効果的です。また吸血鬼は銀や鏡に、実際の姿ではなく人間としての無力な姿を映されます。そのため吸血鬼はあらゆる鏡を避け、銀製品を苦手としています。
一方で、イニストラードの吸血鬼にニンニクは効きません。公式記事「闇の隆盛 受信メールボックスの日」によれば、「この次元の吸血鬼の荘厳なイメージにそぐわない」ためにそう設定したのだそうです。
吸血鬼はどれほどの血を飲むのか。1体の吸血鬼は、生きていくために1か月に大人の人間1人分ほど(約5リットル)の血液を必要とします。血が不足すると吸血鬼は数日のうちに乾き、やがて塵と化してしまいます。多くの吸血鬼は喜んで必要以上の血液を消費します。まあこれは人間だって、食べられるのであれば必要以上に食べますからね。
動物の血や死体から採った血は不味く、吸血鬼の栄養にはなりません。吸血鬼の錬金術師たちは長年に渡って代用血液の製造を試みてきましたが、成功した者はいません。通常の(人間の)食事や飲み物も吸血鬼の栄養にはなりませんが、彼らの多くは美味しいご馳走や上質の酒を愛します。食事、睡眠、性交、つまりは人間の三大欲求を、必要はないのですが吸血鬼は思う存分に楽しんでいます。
2. 四大血統と始祖たち
イニストラードの吸血鬼がどのように生まれたかは、はっきりとわかっています。
古のイニストラードにて、人間の錬金術師エドガー・マルコフは自らと家族の命を長らえる研究をしていました。ですが歳を経るにつれ彼は錬金術的なアプローチに絶望し、闇の術に手を染めます。やがてシルゲンガーというデーモンがエドガーに接触し、不死を得る方法を教えました。それは天使の血を飲むことを含めた不浄な儀式です。エドガーを含めた12人がこの儀式に参加し、今日まで続くイニストラードの吸血鬼の祖となりました。
『統率者(2017年版)』に新規アートで再録された《血の貢ぎ物》は、この儀式の場面を描いているものと思われます。手前で儀式に参列しているのはエドガー、ソリン、オリヴィアを含めて12人。またソリンの血色が今よりもずっと良いことから、このアートでの彼はまだ人間なのだろうとわかります。ちなみにこの後に起こる吸血鬼への変質がきっかけで、ソリンはプレインズウォーカーとして覚醒したのでした。
現在、12の血統のうち3つは完全に絶え、5つは小規模であり、残る4つが「主要な血統」とされて多くのカードに登場しています。そして同じ吸血鬼でも、性質や勢力範囲はそれぞれ少しずつ異なっています。それらを見ていきましょう。
■マルコフ家
おなじみ、ソリンの実家です。「マルコフ」の名が初めて登場したのは《ソリン・マルコフ》、つまり『ゼンディカー』ですので実際にイニストラードが舞台となるよりも2年も前でした。
12人の始祖の中でも発起者とも言うべきエドガーを祖とするマルコフ家は、もっとも名高い吸血鬼一家とされ、精神魔法を得意としています。遠慮なく同類の数を増やしていったので単純に人数も多く、かつてはイニストラードの4州すべてに分布する最大規模の血統でした。ですがそれゆえに、『アヴァシンの帰還』にてアヴァシンが《獄庫》から解放されるとマルコフ家は最大の標的とされ、また内ゲバ(吸血鬼は政治闘争を娯楽として好みます)や『イニストラードを覆う影』『異界月』でのナヒリの攻撃によって現在は著しく勢力を削がれてしまいました。
始祖エドガーの初登場は『闇の隆盛』の公式記事だったと思いますが、しばし年月を経た『統率者(2017年版)』にてカード化されました。非常に強力な統率者として人気です。また先日、ジャッジプロモとしての配布が発表されました。
これは美しい……!『イニストラードを覆う影』『異界月』にてマルコフ家の館は壊滅させられ、エドガーの生死も不明とされてきました。ですが『イニストラード:真夜中の狩り』には、生死はともかくエドガーの存在を示唆するカードが存在します。
《運命的不在》フレイバーテキスト
策略を察したソリンは祖父が眠る墓へと急いだ。しかしすでに先を越されたようだった。
このカードは「注目のストーリー」でもあるのですが、『イニストラード:真夜中の狩り』ストーリーにこの場面は描かれていませんでした。ここでもうひとつ気になるのは、『イニストラード:真紅の契り』のコレクター・ブースターのパッケージ。
左はオリヴィアとして、右側の人物が持っている剣はエドガーのそれによく似ていますよね……?あとこれには関係ないと思いますが、キーアートやドラフト・ブースターのソリンは何で胸元はだけているんです?その笑みと差し出された左手は何を誘っているんです?
また11月19日には次なるイニストラード次元を舞台としたセットである『イニストラード:真紅の契り』も登場します……そう、ソリンが帰ってくるのです! #mtgjp pic.twitter.com/qA84SjotAO
— マジック:ザ・ギャザリング (@mtgjp) August 5, 2021
いや変な意味じゃなくて、『イニストラードを覆う影』以降のどうにも不機嫌なソリンとは何か違うな……と。そしてソリンも登場時からずっと同じ衣装なので、こんな小さな変化だけでも「お?」と思ったのですよ。
■ヴォルダーレン家
四大血統でも、マルコフ家と同等に我々が名前をよく聞くのはこのヴォルダーレン家でしょう。始祖オリヴィアはカードでよく見るように健在であり、人間の文明から遠く離れた領地にて贅沢な暮らしを楽しんでいます。この血族の吸血鬼は多くがオリヴィアと同じように辺境の地に住まい、そのためアヴァシンと天使による粛清を逃れていました。彼らは蝙蝠や猫や蛇といったものに変身する魔法を得意としています。
オリヴィアは非常に気まぐれでエキセントリックな女性です。贅沢なパーティーを開催することで知られますが、客人たちがその仮面に隠して繰り広げる終わりのない策略や陰謀からは距離を置いています。『異界月』ではソリンの要望に応じて軍を出すも、ナヒリとの戦いで石に閉じ込められた彼については放置していました。
そして今回の記事冒頭で触れたように、『イニストラード:真夜中の狩り』のクライマックスにてオリヴィアは人間側へとバッドエンドをもたらしました。次なる『イニストラード:真紅の契り』にて彼女がメインキャラクターとして登場するであろうことは誰の目にも明らかです。
公式記事「『イニストラード:真夜中の狩り』と『イニストラード:真紅の契り』のお披露目」より引用
影から忍び寄るのは意思を持たぬゾンビや狂乱の狼男だけではない。自身で設計を練り上げ、計算され尽くした不死身の存在もいる。そして、誰もがうらやむ豪華絢爛な結婚披露宴のために、ありとあらゆる吸血鬼が集結する理由とは?そちらは『イニストラード:真紅の契り』で語られるだろう。
『真紅の誓い』の各種パッケージにはオリヴィアの姿があり、そして彼女が「花嫁」であることはすでにわかっています。上でエキセントリックと書きましたが、たしかにこの衣装センスはイニストラードでは中々ないと思います。問題は、結婚相手が誰なのかってことですよねえ……
■ファルケンラス家
四大血統のうち、このファルケンラス家だけは始祖がすでに故人となっており、その名前も判明していません。始祖は高名な鷹匠であり、その鳥に相応しい活動性と獰猛さで知られていました。その資質は今も血統の中に受け継がれており、ファルケンラス家の吸血鬼は飛行能力に長ける者が多く、素早くかつ獰猛な狩りの技を誇りとしています。
彼らは堂々と人間の共同体に入り込んで獲物を吟味します。ですがアヴァシンが帰還した際にはその豪胆さが仇となり、天使による粛清の標的となりました。ファルケンラスの居城や館の多くは破壊され、生き延びたのはほとんどが孤独に活動する狩人たちです。『イニストラードを覆う影』『異界月』では、ファルケンラス家の多くの吸血鬼がエムラクールの影響を受け、獣じみた獰猛な狂気に屈してしまいました。
上記のように始祖は故人ですが、血統の中でも最年長のひとりであるエインジー・ファルケンラスは『統率者(2019年版)』でカード化されました。現当主がエインジーなのかなと思ったのですが、調べてもそうは書いていなかったのでよくわかりません。
統率者(2019年版)「残酷な憤怒」インサートより引用
イニストラードのファルケンラスの吸血鬼は、その残虐性で知られています。エインジー・ファルケンラスは血統で最年長の一人ですが、一族の基準で見ても残酷と評されています。執拗で容赦ないエインジーは、始祖の地を取り戻しファルケンラス一族の栄光を復興することを目指しており、誰にも何にもその邪魔をさせるつもりはありません。
同じ女性吸血鬼でも、豪華絢爛なオリヴィアとは異なるシンプルな衣装にベリーショートの髪型。ファルケンラス家の活動的なイメージが現れている気がします。エインジーは同族を集めて猟団を形成し、天使や僧たちに奪われた故郷であるファルケンラスの城を取り戻すべく活動しています。それとエインジーといえば、私はこのフレイバーテキストが昔から好きです。
《逆鱗》フレイバーテキスト
「野蛮人め!お気に入りの椅子を燃やすなんて!皆殺しにしてやる!」 ――エインジー・ファルケンラス
怒るところそこなの。
■流城家
Stromkirkで流城。吸血鬼の本場は山岳地帯のステンシア州ですが、流城家だけは沿岸地域のネファリア州を本拠地としています。人間の人口が多いため、流城家の吸血鬼はほかの血統よりも変装や幻惑の術に長けており、大規模な街に入り込んで狩りを行います。
『イニストラード:真夜中の狩り』では、アヴァシン教団以前の民間信仰や伝統や魔術がクローズアップされています。流城家の始祖であるルノも、アヴァシン以前の海と嵐の古き神に仕える高僧でした。先日の『第18期スタンダード神決定戦』でも活躍した《溺神の信奉者、リーア》は、ルノが数十年前に秘密裏に設立した教団の高司祭です。
ルノは『イニストラード:真夜中の狩り』時点ではカード化されていませんが、死亡したという情報も今のところありません。ネファリア州ドルナウに流城の荘園があるので、そこに住んでいるのでしょう。そしてカードを見ただけではわかりませんが、実はルノではなくとも流城家の伝説の吸血鬼がすでに存在します。それも結構早くに登場していました。こちらです。
書籍「The Art of Magic: The Gathering – Innistrad」P.154より訳
吸血鬼ジェリーヴァは全州にて目撃されているが、ヘイヴングル近隣の絢爛たる屋敷に住んでいる。ヘイヴングルの賑やかな街路は彼女の味覚を満足させる絶好の狩場なのだ。流城のルノの直系であるジェリーヴァは家系とは縁を切り、ルノが関与するネファリア沿岸の教団と敵対している。彼女は犠牲者を弄ぶことで知られており、血を貪る前にその精神を喰らう。彼女は魔道士の精神と秘密を、特にアヴァシン教団の大魔道士のそれらを渇望している。強力なテレパス能力によって、彼女はイニストラードに蔓延する狂気から自らを守っているようである。
ジェリーヴァは『統率者(2013年版)』で登場していましたが、当時は流城家という情報はなかったのでアートブックのこの記述を読んでびっくりしました。たしかにネファリア州は流城家の本拠地だもんな。近年は物語やフレイバーテキスト出身のキャラクターが盛んにカード化されています。ルノもきっといつかカードとして登場するでしょうね。
■そのほかの血統
小規模とされるもう5つの血統やその始祖たちについてはほとんどわかっていません。ですがD&Dの無料サプリメント「Plane Shift: Innistrad」によれば、そのひとりはStrefan Maurerというのだそうです。Maurer。マウアー。
「Plane Shift: Innistrad」P.32より訳
それらほぼ無名の血統のひとつに、ステンシア辺境の谷、人里離れた地域を統べるストレファン・マウアーがいる。
同・P.33より訳
父の死の後、ストレファンは魔法を研究し、悪魔シルゲンガーと契約を交わして不死を得た。弟セルゲイを殺害してその血を飲んだ後、ストレファンはマルコフ荘園へと赴いてエドガー・マルコフの助言を求めた。彼らはシルゲンガーと共に、イニストラードの吸血鬼の十二血統を作り出した。
もちろんこれはD&Dのデータですので、マジック側でも適用されている設定かどうかはわかりません。そもそもこの情報というのが、D&Dの長編ゴシックホラーシナリオ「Curse of Strahd」を、イニストラードを舞台に移して遊ぶためのデータからのものです。実際、マジック側でこのマウアー家の情報は、最初期の公式記事「プレインズウォーカーのためのイニストラード案内 ステンシアと吸血鬼」においてわずかに名前が出ているのみです。弟セルゲイというのもコンバート元そのままですので、マジックでも同じかどうかはやはり疑問です。
少し話はそれますが、このシナリオ表紙の吸血鬼、ストラード・フォン・ザロヴィッチ伯爵もD&Dにおいては昔からの超有名人であり、日本語訳されているコミックにも登場しています。『フォーゴトン・レルム探訪』にいてもまったくおかしくなかったでしょうね。しかしストラード/Strahdとイニストラード/Innistrad。同じゴシックホラーもので、名前も似ているのは偶然?なお初出はストラードの方が先であり、恐らく1983年。ウィザーズ社がTSR社を買収してD&Dの各種権利を得るずっと以前です。
話がそれたついでにもうひとつ。書籍「The Art of Magic: The Gathering – Zendikar」によれば、ゼンディカー最初の吸血鬼も――ウラモグの意思に完全に屈して変質させられ、最初の「血の長」となった者たちも――12人だったのだそうです。これは一体?単なる偶然の一致なのか、それとも多元宇宙の吸血鬼にとって12という数字には何か特別な意味があるのでしょうか。
ちなみにイニストラードの吸血鬼はすべて元人間ですが、ゼンディカーの吸血鬼となったのは人間だけでなくコーやほかの種族もいたのだそうです。
3. 今回はここまで
さすがはイニストラード、吸血鬼について解説するだけで記事1本分になってしまいました。元々はソリンのこれまでについても一緒にまとめようかと思っていたのですが、入りきらなかった。それでもこういった「設定話」は楽しく、だいたい把握していたと思っても調べているうちに新たな発見があります。
それではまた次回に。今度こそソリンについて書く予定です。
(終)