プロツアーの終わりに: ルーカス・エスペル・ベルサウド

晴れる屋

By Kazuki Watanabe

 プロツアー取材では、様々な出来事に遭遇する。プロプレイヤー同士が繰り広げる熱い戦いは、喜びや悲しみといった感情を伴って会場を満たしている。

 私はその感情や思考といったものを言葉にして読者の皆様へお伝えしているわけだが、時には“筆舌に尽くし難い”と表現せざるを得ない場面にも遭遇するのだ。

 プロツアー『霊気紛争』が、私にとって初めてのプロツアー取材だった。それから一年。何度も言葉にできない感情に襲われている。

 「言葉にできない」と言ってしまえば聞こえは良いが、それは物書きとして敗北に近い。

 これは、いわば私の敗北の記録だ。筆舌に尽くし難い場面を表現するために、その前後を綴ることにしたい。

■ フィーチャーエリアで見た、とある光景

 Hareruya Prosのルーカス・エスペル・ベルサウドは、この2日間勝利を重ね続けた。

 1stドラフトを全勝で終え、初日の成績は7-0-1。2ndドラフトで1-2と後退するも、トップ8入賞の目を残したままモダンラウンドに突入する。成績上位者ということで、インタビューも受けていたほどだ。

インタビュー

 そして、スイスラウンド最終戦。勝てばトップ8が確定する一戦。フィーチャーマッチに移動するプレイヤーとして、もちろんルーカスの名前もアナウンスされていた。

 IDによってトップ8入賞を確定させたハビエル・ドミンゲスパスカル・フィーレンを祝福したあと、私は少し遅れてフィーチャーエリアに足を運んだ。

 そして目にした光景が、これだ。

ルイスとルーカス

 背を向けているのがルーカス。そして対戦相手は、同じHareruya Latinのルイス・サルヴァットである。

 この光景を目にしたときの衝撃は、やはり筆舌に尽くし難かった。

 このラウンドを終えれば、もう一人Hareruya Prosがトップ8入賞を果たす。それは同時に、Hareruya Prosが一人、トップ8目前で敗れ去ることを意味する

 結論から言えば、ルーカスは敗れた。

 何と言葉を掛けるべきか。迷ったまま会場を去る彼を見送り、そのやり切れない気持ちを抑え込んでトップ8の発表を見守った。

Hareruya Latin

 ルイス・サルヴァットの入賞を間近で見守るHareruya Latinの仲間たち。しかしそこに、ルーカスの姿はなかった。

■ そして、最終日の朝

 一夜明けて、日曜日。

 荷物をまとめてホテルから会場へ向かう道中、私はルーカスのことを考えた。

 「落ち込んでいるだろうか」「眠れなかったかもしれない」「今日は会場に来ないかも?」。

 しかし、私の中には確信にも似た考えがあった。「杞憂に過ぎないだろう」と。

 世界選手権2017、そしてプロツアー『イクサラン』で会話をした彼は、何よりも仲間の存在を大切に思う人物だった

 そして何より、

 ちょうど一年前。彼がプロツアー『霊気紛争』で優勝を決めてトロフィーを掲げたとき、一番最初に彼を祝福したのは決勝で敗れたマルシオ・カルヴァリョであり、何十人という仲間が王者を祝福した。私にとって初めてのプロツアー取材。目の前で繰り広げた感動的な光景は、今でも忘れることができない。

 南米プレイヤーの、そしてHareruya Latinの結束力は、我々の想像を遥かに上回る強さなのだ。

 だからこそ、私は確信していた。

 きっと、入賞を逃したことを悔やんでいるだろう。しかし、それでもなお、彼は仲間を応援するであろう、と。

 そう思いながら会場に入って会場の様子を眺めたとき、

 私はもう一度、筆舌に尽くし難い感情に襲われたのだ。

 まだ誰も会場に居ない時間。ルーカスは、仲間を応援するために誰よりも早く会場に足を運んでいた

 私が挨拶をすると、彼はいつものように笑顔で答えてくれた。

――「早いですね」

ルーカス「もちろんです。ルイスが精一杯戦えるように、サポートをしなければいけませんからね」

 何の加筆もない。彼は、本当にこう言ったのだ。

 私が感動に打ちひしがれていると、ルーカスは続けた。

ルーカス「昨日敗北した瞬間は、たしかに冷静になれませんでした。ですが、それは『彼が勝ったから』ではありません。『私が負けたから』、自分が不甲斐なかったからです。彼は素晴らしいプレイヤーですし、実力も十分です。私が一歩及ばなかった……その一歩が悔しかったんですよ」

 かつてルーカスは、インタビューで語ってくれた。「対戦相手へのリスペクトを忘れてはいけません。マジックの勝敗に、人の優劣を決定する要素はないんです。そこにあるのは、1つのトーナメントにおける勝ち点3だけなのですから」と。

 彼は、自分が手に入れられなかった3点を得て、今まさに準々決勝に挑もうとしている対戦相手であり、仲間であるルイスに向けて、最大級の敬意を評しているのだ。

 そのことを私が伝えると、彼は少し恥ずかしそうにしながら、

ルーカス「私がいつも考えていることです。負けたときは、どうしても心が荒んでしまいます。そういうときこそ、リスペクトを忘れない。今回も『私が負けた』、それだけですよ」

 と答えた。

 そんな話をしていると、ルイス・サルヴァットが会場に到着した。ルーカスは即座に歩み寄り、2,3の言葉を交わす。

 話を終えて握手を交わすと、ルイスは私の方へと歩み寄ってくれた。

 「頑張ってください。幸運を」と伝えると、彼は手を差し出して一言。

ルイス「ありがとう。それじゃあ、行ってくるよ」

 私はその手を握り返し、ルーカスと二人で彼を見送った。

 その時の私たちは、この先の未来をまったく想像できていなかった……と言いたいところなのだが、ルーカスは確信を持っていたのかもしれない。「何の心配も要らない」と私を諭すかのように、

ルーカス

ルーカス「大丈夫です。見守りましょう。彼は、きっと勝ちます」

 と満面の笑みを見せてくれたのだから。