第7期ヴィンテージ神決定戦: 森田 侑(東京) vs. 原根 健太(東京)

晴れる屋

By Hiroshi Okubo


 ニコニコ生放送の配信ブースで試合直前のコメントを終えた神と挑戦者が席に着く。純白のウレタンで覆われた壁は高く、部屋には複数のカメラと対戦テーブルだけが設置されており、会場は空々しいほど森閑として。物言わぬトロフィーは、されど雄弁に主張していた。

 この空気に“慣れる”ことなどないのだろう。そして、このひりつくような緊張感こそがフィーチャーマッチの醍醐味の一つでもあるのだ。向かい合う2人の表情は緊張に強張りながらも、どこかその感覚を味わっているようにも見えた。


 森田 侑(東京)。

 初のヴィンテージ神としてその座に就いたのは11か月前。【2016 Asia Vintage Championship】でもトップ8に入賞を果たし、頂点に在りながらなおも腕を磨き続ける古豪である。

 ヴィンテージへの造詣の深さは他の追随を許さず、【メタゲームを俯瞰】し、最適な回答を導き出すその思考力はこの神決定戦の場でさらに冴えわたる。藤井 秀和(千葉)と戦った【前回】は挑戦者のデッキを完全に読み切ったうえで勝利を収めていた。

 緻密な戦略と卓越した戦術。その両方を最大の武器に戦う彼はまさしく“完全無欠”と称するにふさわしいと言えるだろう。


 相対するは原根 健太(東京)。

 【グランプリ・京都2016】ではトップ4に入賞した記憶も新しく、今シーズン最注目のプレイヤーの1人だ。第7期の神挑戦者決定戦では各フォーマットで好成績を残しており、ますますその腕に磨きがかかっている。

 そんな彼の“ヴィンテージ歴”のスタートは前回の【第7期ヴィンテージ神挑戦者決定戦】。すなわち、初めてヴィンテージをプレイしたその日に優勝を果たしたということになる。

 【事前インタビュー】では「グランプリの準備などもあるのでなかなかヴィンテージの練習に力を入れることはできていません」と自信なさげに述べていたが、同時に「精一杯食らいついていきたい」とも語っており、森田との経験の差を認識しながらも今日の試合に向けて戦意は十分だ。

 ダイスを振って先手後手が決まると、固く握手を交わして戦いに臨む。栄冠を手にするのは果たしてどちらになるか――


森田 侑 vs. 原根 健太
森田 侑(左) vs. 原根 健太(右)




Game 1


 先攻の森田が《古えの墳墓》《Mox Pearl》とプレイして第1ターンから素早く《異端聖戦士、サリア》を戦場に送り込む!


異端聖戦士、サリア


 これに対するリアクションを持たなかった原根は《Volcanic Island》をタップインするのみでターン終了と、序盤の展開力で大きく差がつくことになってしまう。

 森田はその隙を見逃すことなく、《不毛の大地》で原根のマナ基盤を攻めたてながら《変位エルドラージ》を戦線に追加。続く第3ターンには6点クロックを刻みながら原根の選択肢を着実に奪い取っていく。

 ここまでわずか2ターン。《異端聖戦士、サリア》《不毛の大地》によって強烈にマナを縛られる原根の生殺与奪の権利は完全に森田が握っている。


森田 侑 vs. 原根 健太
森田 侑(左) vs. 原根 健太(右)


 森田の《太陽の指輪》にはかろうじて《精神的つまづき》で対応するも、さらにプレイされた《封じ込める僧侶》を前に苦い表情を浮かべる。

 状況を打破する1枚を探しに《渦まく知識》をプレイした原根だったが、届かず。続くターンに襲い来るエルドラージと聖騎士の連合軍を前に成す術なく崩れ落ちるのであった。


森田 1-0 原根


 わずか5分で終了してしまった第1ゲーム。試合前のデッキチェックの際、森田は筆者に「メンターやオースのようなデッキを意識しました」と語りながらデッキを拡げて見せてくれた。


森田 侑
森田 侑


 そんな神の慧眼が選び抜いた選択は『白単エルドラージ』。


異端聖戦士、サリア


 第1ゲームで原根を封殺した《異端聖戦士、サリア》はフェアな構造のデッキに対して強く、『オース』のようなデッキに対しても《カラカス》《変位エルドラージ》によってメインボードから対抗することができる。

 そして原根は神の穎悟に導かれるかのように『メンター』デッキを持参していた。『白単エルドラージ』というアンサーは、まさしく“ヴィンテージを識る者”に相応しい選択だったと言えるだろう。

 多数の2マナランドやMoxenの恩恵を受けながら早々に戦場に現れるヘイトベアーに強烈な支配を受けた原根だったが、第2ゲームで巻き返しを図ることができるか?


Game 2


 神決定戦はプロツアーのプレイオフに準拠したルールで行われる。すなわちBo5(3本先取)で、第2ゲームまでサイドボードなし。言葉少なにライブラリーをシャッフルし、第1ゲームと同じ60枚の山から7枚のカードを捲りて互いのキープ宣言を聞き届けると原根がさっそくアクセルを踏んだ。


Mox Sapphireヴリンの神童、ジェイス


 1ターン目から《Mox Sapphire》の恩恵を受けて《ヴリンの神童、ジェイス》が舞い降りる!

 当然《意志の力》など入っていない『白単エルドラージ』駆る森田はそのプレイを静かに見守りつつターンをもらい、お返しとばかりに《Black Lotus》を見せる。

森田「通ります?」

原根「ええ」

 これに打ち消しが飛んでこなかったことを確認すると、森田からは続けて《古えの墳墓》から《ファイレクシアの破棄者》をプレイ。指定は必然の《ヴリンの神童、ジェイス》だ。


ファイレクシアの破棄者


 わずか10秒程度のやりとりの間に0/2の伝説のバニラへと成り下がってしまった神童だったが、続く森田の《ファイレクシアの破棄者》の攻撃に対しては原根からも《ヴェンディリオン三人衆》で応じ、その手札から強烈なクロックである《現実を砕くもの》を抜き去りながらブロック。

 目まぐるしく戦況が変遷する中、森田は先ほど通しておいた《Black Lotus》から《変位エルドラージ》をプレイしてターンを終了する。


森田 侑
原根 健太



 ここから原根の猛反撃が開始される。まずはと《思案》で手札を整え、《霧深い雨林》から《Tundra》をサーチ。

 続けざまに《Ancestral Recall》をプレイしながら横目で墓地の枚数を確認すると、《ヴリンの神童、ジェイス》の能力を起動し、「変身」。


Ancestral Recall天秤


 さらに続くターンに《露天鉱床》でマナ基盤を締め上げられ、《天秤》でクリーチャーを一掃されてしまうともはや森田にできることは多くない。

 森田のドローゴーで再びターンを得た原根は無人の荒野に《僧院の導師》を呼び出し、《束縛なきテレパス、ジェイス》によって再び《Ancestral Recall》を唱え始める。


僧院の導師


 覆しようのない圧倒的なアドバンテージ差に森田も思わず苦笑を浮かべつつ、逆転は不可能と察して素早くカードを片付けるのだった。


森田 1-1 原根


 ヴィンテージにおける先攻の利とはすなわち、行動回数の差にある。一つ一つの呪文のコストが軽く、そのどれもがゲームに及ぼす影響が大きいからこそ一手の遅れを取り戻すのは難しく、スタートダッシュの勢いがゲームの趨勢に直結しやすいのである。

 第2ゲームはまさにそれを体現するかのようなゲーム展開で、《Mox Sapphire》の加護を受けながら怒涛の呪文のラッシュを続けた原根が勝利をもぎ取っていった。


原根 健太


 事前に行ったインタビューでは「刺激的なゲームができると思うので楽しみです」と語っていた原根だったが、ゲームに臨むその表情は真剣そのものである。

 森田との間に横たわる絶対的で埋めようのない経験の差は、丁寧なプレイングと戦況分析、そして気迫で――捨鉢に特攻覚悟ではなく、勝利を渇望する強い意志で以て補い、神の技巧にしっかりと食らいつく。原根の力は、2ゲームを経てますます冴えわたってゆくようだった。

 麒麟児は神をも射程圏に捕らえている。

 互いに淀みなくサイドボーディングを終えると、第3ゲームの幕が開けた。


Game 3


 先攻の森田は「メンター」に対するキラーカードである《三なる宝球》をしっかりとキープすると、《魔力の墓所》の恩恵を受けながらこれを1ターン目からプレイする!


三なる宝球


 さっそく突き付けられた脅威。しかし、原根も今度ばかりは第1ゲームの二の舞にはなるまいと備えていた《意志の力》で応じて対抗する。

 だが、続くターンに森田が披露したのは《虚空の杯》。「X=1」でプレイされたこのアーティファクトが着地すると、2マナランドの恩恵をフルに受けて《難題の予見者》までもが降り立つ。


虚空の杯難題の予見者


 これによって2ターン目のアクションとなる予定だった《ヴリンの神童、ジェイス》が抜き去られると、原根からは煙も出なくなってしまう。望まぬドローゴーを強いられる原根を介錯すべく、森田が送り込んだのは《現実を砕くもの》

 一挙押し寄せた9点クロックに押し込まれる原根だったが、ここで簡単に膝を屈するほどヤワではなかった。

 まずはと森田のターン終了時に《摩耗+損耗》で森田の《虚空の杯》を割り、ターンが帰ってくるや否や《Black Lotus》のバックアップを受けながら《至高の評決》


至高の評決


 森田のクリーチャーを一掃したのち、《神秘の教示者》《Ancestral Recall》をトップに積んで続くターンにキャスト。この強烈な猛反撃にはさすがの森田も眉間に皺を寄せつつその様子を見守っていた。

 だが、トップデッキに恵まれた森田は《変位エルドラージ》を戦線に送り込んで体勢を立て直し、《アメジストのとげ》で原根の自由を奪いつつ《梅澤の十手》を装備させて攻撃を行う。


梅澤の十手


 森田のライフも《魔力の墓所》によって2まで落ち込んでいたものの、この攻撃によって《梅澤の十手》にカウンターが載ってしまう。

 さらにダメ押しの《難題の予見者》までもが登場すると、原根の健闘も空しく森田が神防衛への王手をかけることとなった。

森田 侑
森田 侑



森田 2-1 原根


森田「あの《至高の評決》は負けたと思った、さすがにw」

 まさか《虚空の杯》まで含めて全ての戦術が看破されてしまうとは。

 《意志の力》《摩耗+損耗》《至高の評決》《Ancestral Recall》。ここまでの猛反撃はさすがの森田にも想定しきれなかったようで、苦笑交じりに思わず言葉を漏らす。しかし、その上からもしっかりと原根を押しつぶしたのもまた、やはり神の御業か。


 森田が自らの頬を叩いて自分に檄を飛ばす。あと1勝。目の前の原根をルーキーと侮ってはいけない。

 やがて原根が先攻を得て、静かに第4ゲームをスタートした。


Game 4


 1ターン目に《Mox Sapphire》《思案》で手札を整える原根に対し、森田が差し向けたのは「X=1」の《虚空の杯》


虚空の杯


 原根がこの邪魔な置物に足を取られて身動きが取れずにいる様子を見て、森田は《不毛の大地》で原根の《Volcanic Island》を破壊し《摩耗+損耗》をケアすると、《ファイレクシアの破棄者》をプレイして徐々にそのライフを攻める。

 さらに徹底的に原根を締め上げるべく続くターンに森田が唱えた《三なる宝球》が戦場に配備されると、いよいよ森田が完全にゲームを掌握し始めた。

 《至高の評決》《天秤》という2種類のリセットを見せられている森田はゲームを急くことはせず、地道に《ファイレクシアの破棄者》で原根の選択肢を奪っていく。


ファイレクシアの破棄者


 2点。

 2点。

 2点。

 まるで時間を刻むかのように、緩やかに一定のリズムで、森田の《ファイレクシアの破棄者》が原根のライフをすり減らしてゆく。その間も原根は《意志の力》で森田の《梅澤の十手》を打ち消し、3マナのコストを支払いながらも《Black Lotus》《Mox Jet》を並べてマナを伸ばし、トップデッキに望みを託して必死に抗っていた。


 だが、終ぞ解答へは及ばず。

 やがて時が満ちると、森田の呼び出した《現実を砕くもの》が若きチャンレンジャーを一気に呑み込む――


森田 3-1 原根


原根「ありがとうございました。」

 原根が右手を差し出し、森田へと声をかける。


 発したその言葉は簡便な挨拶。

 なれどそれは試合終了後のルーチンとして発せられたものではないことは明らかだった。


 対戦相手への最大の謝意と、勝者を讃える敬意に満ちたその声色。まっすぐに森田を見据える原根の眼差し。

 そして、わずかに震える右手が、その言葉の重みを物語っていた。


 原根は勝利の価値を信じている。その尊さを知っている。だからこそ、誠に心から勝者を讃えることができる。

 今日の悔しさを遥かなる旅路の1ページに刻み付け、彼はこれからも走り続けるのだろう。競い、戦い、さらなる研鑽を積んでひたすらに栄冠を追い求め、その先にある勝利を掴み取るまで。


 森田は原根の右手を取り、「ありがとうございました。」と頭を下げる。

 原根の75枚のデッキ選択も、そのプレイも、自らを打ち倒さんと磨き抜かれたものだった。原根が苛烈な攻めを魅せるたび、怒涛の反撃で森田に迫るたび、死力を尽くして可能性を探るたび、森田の表情は明るく輝いていた。

 そしてその全力こそが、神として、ヴィンテージプレイヤーとして森田が渇望するものだった。


 全力で戦ってくれてありがとう。


 栄冠を巡る戦いの果てには、神と挑戦者の垣根を超えて互いをリスペクトし合う2人のマジックプレイヤーの姿があった。



森田 侑


 第7期ヴィンテージ神決定戦、勝者は森田 侑(東京)!

 防衛おめでとう!!




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