マジックオンラインというのは、孤独な世界だ。
勝っても誰も褒めてくれないし、負けても誰も慰めてくれない。純粋にマジックを楽しむべく、機能だけを追求して極限までコミュニケーションが排除された結果出来上がったのは、自宅で一人でPCに向かってマウスを握り続けることを厭わない廃人たちの理想郷だった。
そこで何が行われているのか、普通のマジックプレイヤーたちには知る由もないだろう。
例えるならそう、深海のようなものだ。
日の光の届かない闇の底で、我々は蠢いている。
怯えや甘えを見せれば一瞬で淘汰される厳しすぎる生存環境で、日夜戦い続けているのだ。
敵ではなく、己自身と。
あれから、【Super Crazy Zoo】を手にとることは少なくなった。
私が参加でき、なおかつ規模的にはプロツアーに匹敵するような、モダンの大型イベントがなかったというのもある。
だが何より、「この期に及んでSCZを使い続けることに何の意味があるのか?」と、疑問を持つようになってしまったからだ。
そもそもSCZを作ったのは津村 健志を【プロツアー『運命再編』】で勝たせるためだったが、その最大のチャンスを失ったことで、私の目的はプロツアーという活躍の舞台を逃したSCZを何とかして別の舞台で世界デビューさせるというものにシフトしていた。
しかしそれは、事故で夭折した男が己の存在した証を残すべく、成仏できずにこの世を彷徨っている……というような状況に等しい。
ゾンビのように。幽鬼のように。
あるいはこの場合、「《死の影》のように」と言うべきだろうか。
いずれにせよSCZを手に取るたび、私は自らの未練を強く意識するようになっていた。
マジックで勝つためには、「合理的なデッキ選択」というものが必要不可欠だ。そのことは、【青白GAPPO】でとっくの昔に学んだはずだった。
だが私がモダンのトーナメントに出るに際し、SCZを選択するとき。
はたしてそれは、「このデッキの勝率が一番高い」という合理的な判断を下した結果なのか、それとも私の強すぎる未練がバイアスをかけた結果なのか?
私自身、判別がつかなくなってしまったのだ。
だから私はやがて、SCZを使うことを避けるようになっていった。
代わりに私の逃げた先は、トロンだった。
4 《森》 4 《ウルザの塔》 4 《ウルザの魔力炉》 4 《ウルザの鉱山》 1 《幽霊街》 1 《魂の洞窟》 1 《ウギンの目》 -土地(19)- 1 《ワームとぐろエンジン》 4 《白金の天使》 1 《引き裂かれし永劫、エムラクール》 -クリーチャー(6)- |
2 《否定の契約》 4 《古きものの活性》 4 《森の占術》 2 《全ては塵》 3 《ミシュラのガラクタ》 4 《探検の地図》 4 《彩色の星》 4 《彩色の宝球》 2 《大祖始の遺産》 4 《忘却石》 2 《精霊龍、ウギン》 -呪文(35)- |
4 《スラーグ牙》 3 《自然の要求》 2 《呪文滑り》 2 《否定の契約》 1 《森の女人像》 1 《棲み家の防御者》 1 《隔離するタイタン》 1 《はらわた撃ち》 -サイドボード(15)- |
従来の「赤緑トロン」ではメインでバーンへの耐性がなく、ほぼ確実にメインのゲームを落としてしまうため、運よく2本目を勝ったとしても後手の3本目で《破壊的な享楽》と《頭蓋割り》にやられてしまうのが常だった。
そこでメインからバーン耐性を付けるため、《解放された者、カーン》を《白金の天使》に差し替えたのがこの形だ。代わりに土地系のコンボには耐性が低くなってしまうものの、そこは割り切っている。
6月の半ばごろ、私は【グランプリ・シンガポール2015】でカバレージライターとして現地に乗り込むことが決まっていたため、モダンの環境把握に努める必要があった。
そんな折、友人であり、後にこのグランプリで優勝することにもなる人見 将亮(東京)が、このコンセプトに若干の興味を示したのだ。
私はこれ幸いとばかりにSCZを放置し、「プラ天トロン」の調整に注力した。
決して勝率が高いデッキではなかったが、長い時間をかけて調整した75枚なだけに、愛着があった。
やがて【グランプリ・シンガポール2015】が終わり、日本に帰国した私は、MOCS7の開催がその週末に迫っていることを知った。
MOCSというトーナメントについて、そして私とMOCSとの因縁については、【MOCS3レポート】を参照されたい。
今回のフォーマットもモダンだった。私が現在、最も時間を割いているフォーマット。
だが、私は迷っていた。どのデッキで出場するべきなのかを。
本戦の出場資格となるQP (Qualifier Point) が溜まったのは「プラ天トロン」のおかげだったが、他方でご存知の通り、シンガポールで人見が選択したのは「親和」であり、「プラ天トロン」ではなかった。
それもそのはず、繰り返すが「プラ天トロン」の勝率は高くはない。彼の【情と理】という行動理念からすれば、「プラ天トロン」を選ぶということは全く合理的とは言えなかったのだろう。【そしてそれは確かに、正しい判断だった】。
けれども、だとしたら。私は一体、何を使えばいいというのだろう?
いよいよあと2日でMOCS7というときになっても、私はいまだに煩悶していた。
それでも、いい加減結論を出す必要があった。
この時点で選択肢は「プラ天トロン」とSCZとの2択だった。そして直近では「プラ天トロン」により多くの時間を費やしている。
無論、「今度こそSCZを世界に羽ばたかせたい」という思いもあった。
だが何よりこのデッキは。
せっかく作った「プラ天トロン」は、1か月ほどの時間をかけたにも関わらず、SCZと違って「まだ一度も大舞台に持ち込まれていない」のだ。
そして私は、「プラ天トロン」でMOCS7に出場することを決意した。
たとえそれが「コンコルドの誤り」と呼ばれる、過去の投資の多寡から将来の行動を決定するという非合理の典型だとしても。
しかし、そんな私の判断は一瞬で覆されることとなった。
MOCS7の前日、「プラ天トロン」で出場するという私の報告を聞いた津村 健志が、私にこう言ったのだ。
津村 「それで後悔しないんですか?後悔するんだったら、SCZで出た方がいいですよ」
それは複雑なデッキ選択の泥沼に嵌まっていた私にとって、ものすごくシンプルで、この上なく明快な考え方だった。
そしてこのとき同時に私は、「自分が何故SCZを使いたがらなくなっていたのか」という本当の理由を悟った。
多分私は、SCZで敗北して「SCZが実はファンデッキに過ぎない」という結果を突きつけられることを恐れていたのだ。
以前までの私なら、SCZで負けることも恐れなかっただろう。だが今のSCZには、「モダンで通用するデッキ」としての一定の評価がある。ここでもし【MOCS3】に引き続いての惨敗ということにもなれば、SCZは実はモダンでプレイアブルではなかったということになるかもしれない。それが怖かった。
だが、私が求めているのは自分にとって価値のある結果であって、他人の評価はそれに付随したおまけに過ぎない。
価値ある結果を求めることをやめれば、あとには必ず後悔が残る。
人生は一度きりだ。そして、このモダンのこのメタゲームも一度きり。SCZを使う機会も、今をおいて他にないかもしれない。そのことを、津村は教えてくれた。
立ち向かうべきは、己自身。怖いのは、挑戦することを忘れ【ゾンビ】となり果てることだ。
そしてようやく私は、後悔しない道を進もうと決めた。
1 《血の墓所》 1 《草むした墓》 1 《聖なる鋳造所》 1 《寺院の庭》 4 《湿地の干潟》 4 《樹木茂る山麓》 2 《血染めのぬかるみ》 1 《乾燥台地》 2 《新緑の地下墓地》 -土地(17)- 4 《ステップのオオヤマネコ》 4 《野生のナカティル》 4 《死の影》 3 《僧院の速槍》 4 《通りの悪霊》 -クリーチャー(19)- |
4 《ギタクシア派の調査》 4 《変異原性の成長》 4 《稲妻》 4 《ティムールの激闘》 4 《強大化》 4 《ミシュラのガラクタ》 -呪文(24)- |
4 《わめき騒ぐマンドリル》 4 《思考囲い》 4 《滋養の群れ》 2 《否定の契約》 1 《古えの遺恨》 -サイドボード(15)- |
デッキレシピ自体は【Super Crazy Zooのまわし方】と75枚変わっていない。
【グランプリ・コペンハーゲン2015】でトップ16に入賞したレシピとどちらがいいのかは、実のところわからない。
だが私は、今のモダンのメタゲームで生じる様々な課題について、この形の方が乗り越えやすいと考えている。
やがて、その時が来た。
もはや迷いはない。SCZとともに、行けるところまで行くだけだ。
238名、9回戦。
9-0まで、駆け抜ける!!
※動画の音声について、ゲーム音とマイク音声とのバランスが悪く聞きづらくなっております。ご注意ください。
■ 第1回戦 対 赤緑トロン
Game 1
先手でドロー次第では3キルかなーと思ってたら後手2ターン目に《呪文滑り》出されて《強大化》が封じられ、《ワームとぐろエンジン》 or 《精霊龍、ウギン》までつなげられて負け。
Game 2
先手3キル。
Game 3
相手がダブルマリガン。こちらも《ステップのオオヤマネコ》がいる状態で土地が詰まるが、《思考囲い》で《解放された者、カーン》だけ抜いて相手をスペルがない状態にして時間を稼ぎ、無事土地を引き込んで勝ち。
×○○ Win |
1-0 |
■ 第2回戦 対 グリクシスコントロール
Game 1
先手3キル。
Game 2
《思考囲い》でコンボを封じ、《黄金牙、タシグル》を《死の影》で棒立ちさせながらアタック。最後は《謎めいた命令》を《否定の契約》して勝ち。
このカードを撃つといつも対戦相手に “lol” とか “really?” とか言われるんだけどみんな過小評価していると思う。
○○ Win |
2-0 |
■ 第3回戦 対 アミュレットブルーム
Game 1
先手3キル。
Game 2
《思考囲い》を求めてマリガン、6枚で無事たどり着くがその代わりにフラッド気味でクリーチャーが引けず、もじもじしている間に《龍王アタルカ》着地が確定したので投了。
Game 3
先手3キル。
○×○ Win |
3-0 |
■ 第4回戦 対 バーン
Game 1
《死の影》3枚の微妙な手札をキープするが、相手がバーンで噛み合った上に、相手のドローがヌルくて3体アタックが間に合って勝ち。
Game 2
後手ノーランド。
この7枚をギャンブルキープした結果、2ドローで土地が引けて《思考囲い》で《流刑への道》を落とし、《死の影》+《ティムールの激闘》で勝ち。
○○ Win |
4-0 |
■ 第5回戦 対 バーン
Game 1
ここで痛恨のミス。
先手2ターン目、戦闘中に《ステップのオオヤマネコ》に《変異原性の成長》を2点火力として撃ち、自分のライフを減らして《死の影》をプレイするつもりが、ダメージを解決してしまう。
仕方なく第2メインに《変異原性の成長》を空打ちして《死の影》はプレイするものの、結局その2点が響いて最後2点足りずに負け。
原因は日本時間の深夜であり眠かったということも多少あるが、やはり放送や録画のための一人喋りによる集中力の低下というのはあると思う。
なかなか難しい問題だが、喋りながら完璧なプレイをするというのはプロであってもそう簡単にできることではない。
今回のミスは自分の意思で録画しているため完全に自己責任なのだが、たとえば【津村健志のゴキゲン!MO生活】を視聴する場合などは、そういった点に留意していただけると幸いだ。
Game 2
相手の土地が2枚で詰まり、手札をうまく消化できないところに《死の影》を着地させ、《思考囲い》で《跳ね返す掌》を落としてから《ティムールの激闘》で勝ち。
Game 3
相手の火力多めの手札に対し、《焼尽の猛火》を《変異原性の成長》でかわして《野生のナカティル》を盤面に残してトップ勝負になるが、こちらが《強大化》か《わめき騒ぐマンドリル》を引く前に火力を引き込まれて負け。
×○× Lose |
4-1 |
■ 第6回戦 対 スケープシフト
Game 1
先手4キル。
Game 2
相手のデッキがわからず適当なサイドをした結果《神々の憤怒》2枚でハマり、勝てるビジョンがなくなったので投了。
Game 3
相手が序盤に《風景の変容》2枚引いて無駄牌を抱えている中で《野生のナカティル》と《死の影》でビート。《謎めいた命令》で1ターン《濃霧》されるがそのまま何も引かれずに勝ち。
○×○ Win |
5-1 |
■ 第7回戦 対 双子
Game 1
1ターン目《野生のナカティル》への《稲妻》を《変異原性の成長》でかわして先手4キル。
Game 2
《思考囲い》2枚で盤面への干渉手段を排除し、《稲妻》をつかわせてから《死の影》でビート。《謎めいた命令》で時間稼ぎされるが特に何も引かれずに勝ち。
○○ Win |
6-1 |
■ 第8回戦 対 マーフォーク
Game 1
先手4キル。
Game 2
《変異原性の成長》を駆使してテンポをとり、毎ターン《死の影》でチャンプ強制というところまで持っていくが、微妙なフラッドとサイクリングできない《通りの悪霊》が響いて負け。
Game 3
後手2ターン目の《呪文滑り》の返しで《古えの遺恨》をトップするご都合ドローで勝ち。
○×○ Win |
7-1 |
■ 第9回戦 対 バーン
Game 1
自分でライフ減らして普通に後手3キルされる。
Game 2
《死の影》出して《跳ね返す掌》を《思考囲い》でぶち抜き、《滋養の群れ》で致死量の火力をかわして《ティムールの激闘》で勝ち。
Game 3
相手のギャンブルキープがハマって、《死の影》2体引くも間に合わずに負け。
×○× Lose |
7-2 |
驚異のスイスラウンド9回連続先手により7-2で7位に滑り込み達成。
あと8人、あと3勝。
この段階に至って私は、”Thage”……Gerry Thompsonのことを考えていた。
【だらだらクソデッキ vol.8】で書いたように、最近私のデッキをよく取り上げてくれている彼だが、実は今年の【MOCS5】で優勝している。
つまりここで私が優勝すれば、シアトルで対戦者として彼と会うことができ、そして直接伝えられるのだ。「いつもありがとうな!」と。
それだけではない。スイスラウンドでの先手祭りといい、私はここに至るまでの巡り合わせに「運命」を感じざるをえなかった。
【3年前のMOCS決勝戦での敗北】。私が作り上げたSuper Crazy Zoo。失われたプロツアー。津村の言葉。正しい選択。後悔のない選択。
勝ちたかった。
ただ純粋に、勝ちたかった。
■ 準々決勝 対 ストーム
Game 1
相手が先手ワンマリから事故って後手3キル。
Game 2
【前回】の反省を生かし、《思考囲い》でリチュアルを抜いて後手3キル。
○○ Win |
■ 準決勝 対 バーン
Game 1
またもプレイミス。
後手で相手のデッキがバーンだとわかっていたのに《死の影》マリガンをせずに弱い7枚をキープしてしまった。
《死の影》と《ティムールの激闘》を揃えるだけでワンチャン勝てるのでこれは圧倒的にマリガンミスだった。
「どうせメインボードは勝てないから」と半ば甘えていた。《死の影》があるのだから、そんなわけがないのに。
それでも《死の影》をトップして土地/1マナ火力/クリーチャーを引かれない条件で勝ちというところまでいくが、土地を引かれて予定調和で負け。
Game 2
またまたプレイミス。
マリガンしろよ!!
気持ちが萎えていたとしか思えない。こんなヌルい手札をキープするとは……。
おそらくこの局面でバーンに当たり、1本目を落とした段階で、心が敗北を受け入れてしまっていたのだろう。
クリーチャーを5体くらい並べられて一瞬で負け。
×× Lose |
負けた。
私は、負けた。バーンにではない。己の心の弱さに負けたのだ。
SCZは【世界にほんの少しの爪痕を残した】が、またしても英雄にはなり損ねた。
この悔しさを正確に表現するなら、この後に50行くらい「ああああああ」と「死にたい死にたい死にたい」だけの行が続くことになるのだが、さすがにそれはやめておく。
だが、それでも。
少なくとも「プラ天トロン」で出るよりはマシな結果だっただろうと思う。
その点において後悔はないのが唯一の救いだ。
私は正しいデッキ選択をした。それはきっと良い経験として、次の機会にはまた役に立つだろう。
そう、私は挑戦を続ける。SCZがモダンで通用する限り。
この深海で、戦い続ける。
それでは、またどこかの記事で会おう。
Twitterでつぶやく
Facebookでシェアする