GPシンガポール出発前日
「週末は赤黒同型100回やったかんね」
普段はあまり過大なことなど言わない川崎 慧太(BIGMAGIC所属プロ)のその言葉を聞いても、ぼくは不信感を拭えなかった。手渡された赤黒アグロには《熱烈の神ハゾレト》が入っていなかったからだ。
その対処のされづらさ・スピードから赤同型では《ハゾレト》が1番強いというのは定説となっており、事実ミラーマッチが増え半分当たることさえ容易に想像されうる今週末においては、多くの赤を使うプレイヤーがそれを4枚入れるところから構築をスタートしていた。
ぼくは川崎が万が一忘れていないかを確認するために尋ねた。
「そういえばあいつはどこに行ったんだい?赤い神さ」
「ハゾレト?ん、ああ」
そんなのもいたねと言わんばかりに彼は軽く返す。多くを語るタイプではないのだ。
不安だ。そもそも赤黒を使うのは嫌だったのだ。仮想敵にされていることは明白であり、誰しもが充分な対策を取っているか、あるいは同じようなデッキを使用しているだろう。そこにエッジはないように思えた。
そんなぼくの思いを見透かすかのように、あるいは自身に向けてマントラを唱えるかのように川崎は言った。
「メタっても勝てんよ。ジャンドやから」
このデッキはサイドまで見ても緑のカードはないため、ジャンドではないはずだ。その言葉はおそらくもっと概念的な意味を持つのであろうが、少なくともぼくには何を言っているのかさっぱり分からなかった。
それでも先週末急遽ラスベガスに行っていて、帰ってきてタスクに追われて前日になっても何一つ用意できていなかったぼくは、彼に全てを託すしかなかった。
リストの75枚だけを集めデッキケースに入れ、それをリュックにしまい、どうにでもなれと床に就くことにした。
1 《沼》
4 《泥濘の峡谷》
4 《竜髑髏の山頂》
1 《霊気拠点》
-土地 (24)- 4 《ボーマットの急使》
3 《損魂魔道士》
4 《屑鉄場のたかり屋》
3 《航空船を強襲する者、カーリ・ゼヴ》
4 《ゴブリンの鎖回し》
3 《ピア・ナラー》
4 《再燃するフェニックス》
1 《栄光をもたらすもの》
-クリーチャー (26)-
GPシンガポール1日目 -朝-
「更地にカーンが板やから」
当日の朝、川崎に大まかなサイドボードの流れを聞いた。基本的に赤同型ではクリーチャーを減らし、除去を増やし、《ウルザの後継、カーン》でアドバンテージを取ってゲームに勝利するというプランらしい。彼はとにかくこのカードの強さを事あるごとに主張していた。板というのは鉄板から来ており、外さない、確実であるという意味だ。
「あとピアね。ピアッ、ピアッ、ピャーッ!」
メインから3枚も入っている《ピア・ナラー》は驚くべきことにサイドボードにさらなる枠が取られていて、赤系にも青白コントロール相手にもサイド後は4枚デッキに入った状態で戦う構成になっていた。これもぼくが見てきた赤黒のなかでは珍しいアプローチだった。
《ピア・ナラー》は《ゴブリンの鎖回し》に弱いのだ。そのため一般的には使用枚数は低下傾向にあり、2枚までにとどめているプレイヤーが多かった。
「鎖回し?別にいいんじゃない?」
確かに川崎はそう言った。出されないことを祈る、ではなく。こちらのレジェンドは《スケイズ・ゾンビ》になってしまうというのに。
GPシンガポール1日目
初日は3Byeのあと赤黒に4回、エスパーコントロールに1回と対戦し、全てに勝利しスタンディング1位で終えた。
引きや展開が良かったのももちろんあるが、《カーン》で勝つというゲームプランは正しく機能し、実際にこれ1枚で同型を制す展開が多かった。たしかにこのデッキは《ハゾレト》が入っていないにも関わらず、ミラーマッチにおいて優位性を保っていた。
《ピア・ナラー》もまた活躍した。赤黒相手に4回プレイして勝ったゲームもあった。同型対決のサイド後ではお互いが除去を構えあう展開も多く、そうしたときに能動的に行動できる利点は大きかった。また《再燃するフェニックス》を除去から《ゴブリンの鎖回し》で対処されるのが一番厄介なので、それこそ《鎖回し》で《ピア・ナラー》に対応されることはさほど問題にはならなかった。
青いコントロールデッキへの耐性が上がっているのもプラスだ。このカードは青白コントロールやエスパーコントロールに対して特に効果的で、どの能力も相手にとって脅威となりえる。
そして多くの赤黒使いたちが《ハゾレト》を抱えながら敗北していく姿を見た。彼らのうち数人は《ショック》を抜き、土地を25枚にし、それでも《ハゾレト》を複数枚投入していた。
その光景から、ぼくはあのときの言葉を少しだけ理解した。
「ハゾレト?ん、ああ
(たしかに《ハゾレト》は素晴らしいカードだね、でも強力なカードだからといって赤いデッキにただ入れればいいというわけではないんだ。《ハゾレト》を投入するというのはデッキをデザインするということに近い。戦場に出てもすぐに殴ることができず、ハンドに貯まってしまうこのカードは強くないからね。真にこのカードを活かすためには例えば《ショック》のような軽くてでも弱いカードを入れたり、重いカードの採用を諦めたり、土地を削ったりする必要があるのさ。ただそれは安定性の低下を招く。爆発力とのトレードオフだね。それもまあ悪くないんだけど、同型を制すためにそんなことをする必要なんてないんだ。それよりもサイド後お互いが除去し合うなかどう有利に進めていくかを考えたアプローチのほうがいいと思うよ。《カーン》を使うのが良い。おそらくこのカードが同型ではベストカードだろうね。忠誠値はとにかく高いし、無色だから《チャンドラの敗北》もくらわない。片方のプレイヤーだけが《カーン》をコントロールしているようなことがあれば、すぐに勝敗は決するよ。)」
おそらく川崎が言いたかったことはこんなところだろう。
GPシンガポール2日目
予選ラウンドは日本人の強豪プレイヤーである瀧村 和幸の緑黒蛇と玉田 遼一のジェスカイコントロールに負けるも、最終戦までに2敗で抑えることができて、R15での市川 ユウキとの合意の上での引き分け(ID)を経て、トップ8に残ることができた。
【GPシンガポール18】グランプリ・シンガポール2018決勝ラウンド進出者は玉田遼一、市川ユウキ、佐藤レイ、Kowalski, Grzegorz、岡本亮、Chan, Andy、Li,Jingyang、大木樹彦の8名です!(順位順、敬称略) #mtgjp #gpsing pic.twitter.com/DsCVqEP3Oq
— マジック:ザ・ギャザリング (@mtgjp) 2018年6月24日
だが決勝ラウンドでは、準々決勝で香港のプレイヤーの赤黒に1本目こそ取るも、2本目は土地が3枚で止まってしまい負け、3本目も受けに回っていたところ、相手の《包囲攻撃の司令官》を上手く対処することができずにゲームを落とし、ぼくは6位で今大会を終えることになった。
まあ結局最後は赤黒に負けてしまったけれど、それ以外の対赤黒のマッチはすべて勝利しているので赤黒とは計8回当たり成績は7-1と優秀な成績を収めることができた。
回せば回すほど、このデッキの構築が理論によってではなく、数々の実践を経て選別されたカードで構成されているのがわかる素晴らしいリストだった。4枚しっかり投入されている《再燃するフェニックス》、《削剥》をはじめ、使っていて強い、欲しいと思うことの多いカードは確かに相応の枚数が投入されていた。
ぼくはこのような細かい構成の差と明確なサイドゲームプランだけで、ここまでエッジが出せることにただただ驚いた。
そしてこのような環境末期においても真摯な調整に意味はあるということを知り、またカードを選択するだけではなく、ゲームプランに沿ってしっかりとデッキを構築する、ということの大切さを教えられた。
ありがとう、川崎。君のジャンドをまた待っているし、ぼくのキスキンもいつか君に渡せたらと思う。
最後にこのデッキを使うという人のためにこの環境で特に多い赤黒と青白へのサイドボードプランとワンポイントアドバイスを挙げておく。
vs. 赤黒(アグロ/ミッド)・赤単
In
2マナのクリーチャーは基本全て抜く。こちら先手時のみ赤黒には《屑鉄場のたかり屋》、赤単には《航空船を強襲する者、カーリ・ゼヴ》を(《地揺すりのケンラ》を止められるか、ゲームレンジの長さで変えている)相手の構成によって残す。その場合《栄光の刻》・《マグマのしぶき》をサイドインしないか、《無許可の分解》・《反逆の先導者、チャンドラ》で枚数を調整する。
相手が除去を構えていそうなら《損魂魔道士》・《ゴブリンの鎖回し》は出さないことも多い。特に《チャンドラの敗北》か《ゴブリンの鎖回し》を持っているときの《損魂魔道士》はコンボパーツの片割れのようなものだから、相手に有効に除去されないよう気をつけてプレイすること。
vs. 青白コントロール
入れる8枚は固定だが、抜くカードはある程度臨機応変でいい。《黎明をもたらす者ライラ》や《奔流の機械巨人》のために《無許可の分解》だけ残しておく。
相手に手札が十分にあり白2マナを含む4マナを立てているときは、基本的に他にクリーチャーがいるなら《ピア・ナラー》・《屑鉄場のたかり屋》・《再燃するフェニックス》は攻撃しない。ただ《ピア・ナラー》と《屑鉄場のたかり屋》が両方いるときは《ピア・ナラー》の効果で《屑鉄場のたかり屋》を生け贄に捧げることができるので攻撃する。もちろん手札に追加の《ピア・ナラー》がいるなら《ピア・ナラー》は攻撃する。
《ボーマットの急使》の効果で《屑鉄場のたかり屋》・《木端+微塵》を捨てることができることを覚えておくこと。むやみに《たかり屋》を《中略》されにいかないこと。
以上だ。
少しでもこの記事が役に立てば幸いだ。そのほかのマッチアップやデッキについて聞きたいことがあったら、ぼくのtwitterアカウントにでも質問してくれ。
それではまた。