あなたの隣のプレインズウォーカー ~第86回 あなたの隣のコマンダー2019 (義)兄弟戦争・決着編~

晴れる屋メディアチーム

はじめに

さあ続きです!前編はこちら!

1. 潜入者ヴォルラス

ウルザ・ブロックという「過去編」を経て、ウェザーライト・サーガは現代へと戻ってきました。『メルカディアン・マスクス』にてお馴染みの面々に再会です。そしてここで、遂にジェラードとヴォルラスの決着がつくことになります。

ウェザーライトの英雄、ジェラード姿奪い、ヴォルラス

ところでこの21世紀に『メルカディアン・マスクス』のストーリーを話す際は、ひとつ重要なネタバレをどうしようかいつも迷います。まあわかりやすく進めたいのと、カードから把握している人も多いと思いますので最初から書いてしまいましょう。

テンペスト・ブロックの物語において、最後までヴォルラス本人はジェラードの前に姿を現しませんでした……そう思われていました。判明するのは『メルカディアン・マスクス』の物語中盤以降になるのですが、実はラースで救い出したタカラは、ヴォルラスが変身した姿だったのです。今もよく知られる黒のカード2枚がありますね。

暴露血の復讐

《血の復讐》フレイバーテキスト

スタークには、その声はタカラのものだが、彼女が発する毒気はヴォルラスのものであることがわかった。

ヴォルラスはジェラードに復讐するために、スタークの娘タカラの姿をとってウェザーライト号に乗り込んでいたのでした。当然、ラースの支配者という地位は放り出して。この前知識があるかないかで物語を読んだ印象は結構変わってくるのですけどね。ちなみに本物のタカラはといいますと、これは『ネメシス』にて判明するのですが、未だ要塞内に囚われていたのでした。

2. メルカディアン・マスクス

この『メルカディアン・マスクス』も長く壮大な物語です。苦難と大冒険、張り巡らされる陰謀、溜息をつくような恋愛、そしてドミナリアの兄弟戦争から続くレイモス伝説(詳しくは第59回を!)。全て書いていたらきりがないのでここは「ジェラードとヴォルラス」に焦点を当てて解説します。

クラッシュ潮津波

さて、《移ろいの門》を抜けたウェザーライト号は見知らぬ次元へと墜落してしまいました。シッセイ艦長の巧みな操縦により、犠牲者は最小限で済んだのかもしれません。ですが船の損傷具合を確認している時、彼らは突然の鉄砲水に襲われ、ウェザーライト号は流されていってしまいました。

船を失った彼らは、この次元の中心地と思しきメルカディア市へ辿り着くと、そこでは実質的にゴブリンが実権を握っていると知ります。メルカディアのゴブリンは他の次元よりも大柄で知能も高いのです。乗組員のスクイーがゴブリンであることを利用し、ジェラード達は上手く立ち回ってウェザーライト号を取り戻そうと奮闘しました……が、結果として船は市の手に渡ってしまいました。

それでも乗組員達が船を取り戻そうとする中、ジェラードはメルカディア市にて無為な長い時間を過ごす羽目になります。タカラ=ヴォルラスはジェラード達のために奔走しているように見せながら、執拗に彼らを悪い状況へと追い込んでいきました。自分が暗躍しているとは気づかれることなく……

責任

《責任》フレイバーテキスト

ジェラードは自分たちがラースから救い出した女は、思っていたような非力な者ではないことを悟った。

特にジェラードには巧みな話術を用いて、その心に憎悪を植え付けていきました。その様子はどこか楽しそうですらあります。

小説「Mercadian Masques」チャプター12より訳

しばし息をのんだ後、ジェラードは言った。「裏切り、か。忌まわしいものだ。誰かが君を裏切ってヴォルラスの手に売り渡した、そして君を取り戻すためにスタークはシッセイを裏切った。何よりも汚らわしい行いだ、裏切りというのは」

「弟よ」タカラの視線はこの部屋を越えた何処かを見据えていた。その瞳には残り火がくすぶっていた。「あれが私を裏切った」

「弟?弟がいたとは知らなかった」

「そうでしょうとも!」その声は辛辣だった。「喋ったことなんてなかったもの。実の弟ですらないわよ、ただの厚かましい親なし子で。私のことをずっと羨んで、いつも私のものを奪おうとしていた。あれが私を裏切って、父親を奪って、私の人生そのものを破滅させて、奴隷の身分に売り渡したのよ」

それにしてもこの元エヴィンカー、ノリノリである。こんなん笑うわ!またこの場面の少し後、大筋にはあまり関係ないのですが、昔から私が大好きな場面があるので紹介します。鬱屈とした中では、酒に酔った仲間同士で喧嘩が起こるのもやむなしで……

同チャプターより訳

ジェラードはうなり声を上げた。「本当はおれを認めているんだろう」

ターンガースはただジェラードを掴んで背負い投げた。「本当は俺のことが怖いんだろう」

息を切らし、ジェラードはよろよろと立ち上がった。「誰が怖がるか……ほら吹きのデカブツ――」その嘲りは腹部への強烈な拳の一撃で途切れた。

ミノタウルスは切れた唇に笑みを浮かべた、「レガシーに『もうちょっとで』相応しい男なんぞ、誰が認めるか」そして歯に蹴りを入れられた。

両者は一瞬後ずさり、力を込め、そして突進した。2つの拳が空を切った。2つの顎が砕けた。2組の目が泳いだ。2人は床に、それぞれ逆方向を向いて倒れた。

両手を払いながら、カーンはそっと2人の間を抜けて窓へと向かうと、格子の向こうを覗き見た。「静かな夜になりそうですね」

殴り合い

まさにこのカードそのままなんですよ、最後に冷静に締めるカーンがまたいい味を出している。

ですがシッセイ達が海上都市サプラーツォから首尾よく帰還すると、状況は好転を始めます。一行はチョー=アリムの魔術師が起こした嵐に乗じて行動を開始しました。ジェラードは数人の仲間と共にメルカディア市を脱出し、伝説のレイモスのアーティファクトを求めてディープウッドの森へと向かいました。そのメンバーにはタカラ=ヴォルラスも入っていたのですが……。

レイモスの環状列石

グールがはびこる森を抜け、ジェラード達は《レイモスの環状列石》へ辿り着くと、この次元にて様々な伝説と預言にうたわれるレイモスの起源を知りました。それは数千年前、ドミナリアの兄弟戦争から難民を乗せて飛び立ち、この次元へと辿り着いた1体の《ドラゴン・エンジン》だったのです。元はファイレクシアの破壊兵器だったものがウルザに鹵獲され、再プログラムされ、苦しむ人々を救う任務を与えられたもの。その出来事は時とともに神話となって、形を変えてこの地の人々に語り継がれていました。

ですがレイモスはメルカディアへと墜落した際に、都市ひとつを滅ぼしてしまったことを悔いて長い眠りについていました。ジェラード達が求めるのは、レイモス自身の核から削り出した5つの石でした。

ドラゴン・エンジン、レイモス
レイモスの歯レイモスの眼
レイモスの頭蓋骨レイモスの心臓レイモスの角

姿を現したレイモスは、ウェザーライト号がこの次元に墜落したこと、ジェラードがここにやって来た理由を把握していました。そしてこの次元において自身の存在が神話となっており、いつか到来する預言の救世主として奉られていることも。沈んだ心でその「虚構」を見るレイモスを、ジェラードは説得しようとします。

小説「Mercadian Masques」チャプター19より訳

「ウェザーライト号のジェラードよ、お前は預言など信じていない」 叱りつけるようなレイモスの声は、金属が震える音だった。

「そうです、信じていません」 ジェラードは頷いた。その両目はドラゴン・エンジンを見据えていた。「ですが、希望を信じています。預言というのはそこから生まれ出るのです。希望です。預言を信じる人々は、あなたによって祖先がいかにしてこの地にもたらされたかを覚えている。遠い昔の、恐ろしい日々を。死と破壊を覚えていて、ですがその恐怖を希望へと変えた。確かに彼らが覚えているのはレイモスですが、望んでいるのはそれがもたらす救世の時なのです。それは起こるべき運命を定める預言ではなく、きっと起こると願う希望なのです」

金属の瞳が深く、鋭くジェラードの魂を覗き見た。だが言葉はなかった。

ジェラードは続けた。「あなたは死者を悼むためにこの場所を作り上げた。ですが今生きている者については? あなたはこの世界にもたらした傷を癒したがっている、そして今ここにその機会がある。あなたは自分が殺してしまった多くの人々を悼んできたが、悼むだけでは十分ではない。今苦しんでいる多くの人々については? レイモスの骨は、ここにあれば只のひとりよがりの宝でしかない。ですがウェザーライト号と共にあれば、救世をもたらすことができるのです。世界をひとつにできるのです。邪な存在から、世界を救えるのです」

ジェラードはこれまでにない熱をもって語りました。そして不意に、自分の言葉から何かを悟ります。それはひどく滑稽なことに思え、ジェラードは声をあげて笑いだしました。奇妙な状況に、レイモスは訝しみました。

同チャプターより訳

「何が可笑しいというのだ?」

ジェラードは笑みを向けた。「それは単に……単に、レイモス、私もあなたのような者だったというだけです。皆、私が世界を救うのだと言っている。長いこと、私は腰を上げずにいた。1人の人間がどうして世界を救える?ですが抗うのは諦めました、運命と戦うのは厳しすぎるとね。たった今のことです、あなたに向けた言葉を自分で聞いて――本当に今ようやく、自分の運命が追い付いてきたことを知った。知らず知らずのうちに、俺は誰もが言うような存在になっていた」

その説明は腹の底からの大笑いで終わった。

かつてジェラードは、自らの運命の重さから逃げ出しました。自分のこの運命があるからこそ一族を滅ぼされ、養父を失い、そして親友も……ですが逃げ続けていたら、大切な友がさらに命を落とすことになると自覚します。そのため不承不承、仲間のためにと言い聞かせて再びの探索と戦いに身を投じました。それが今、自分がその運命と皆が求めたまさにその存在になっていたと気付いたのでした。

ジェラードの様子を見てレイモスは怒るでもなく、嘲るでもなく、どこか諦めたように思えました。希望というもの、そしてそれがたやすく滅びないことは、レイモスも理解していました。元々、苦しむ人々を救うという任務を与えられていた彼に、頑なに拒否する気はなかったのでしょう。レイモスは石を持ち出すことを許可し、再びその巣に身を横たえました。無事に目的を達成したジェラード達は帰路につくも、翌朝目覚めるとタカラが姿を消していました――レイモスの石と共に。

一方のメルカディアでは、ハナ・カーン・スクイーの3人がいずこかに隠されたウェザーライト号を探し続けていました。レイモスの石を奪って一足先に戻ってきたタカラ=ヴォルラスは、ハナとカーンの前に現れてジェラード達は失敗したと、全滅したと告げます。

小説「Mercadian Masques」チャプター20より訳

「ジェラードは埋まって死んだわよ!」 勝ち誇ってタカラは叫んだ。

そこで、巨大な銀の手がその顔面に叩きつけられ、赤毛の女性はぼろ人形のように吹き飛んだ。

「邪な怪物め!」 カーンが低い声で、その女性を威圧した。「忌々しい、邪な怪物め!」

タカラは立ち上がった。唇には笑みではなく血が滲んでいた。怖れることなく、タカラは銀のゴーレムを見据えて威嚇するように言った。「カーン、もう一度殴ってごらんなさいよ! もう一度!」

憤怒に震えながら、カーンは下がった。「そうしたいのは山々ですが、できません。もう一度殴ったなら、あなたを殺すことになるでしょうから」

タカラは唇から血を拭った。「あら、できないとはね」蝋燭とパワーストーンの奇妙な光の中、その顔が変化していった。赤い髪は灰色の皮膚と骨に。頭蓋骨が皺になったように、黒く小さな角が列を成して伸びた。人間の瞳は白く貫く球体と化した。女性の身体は膨れ、筋骨隆々とした上半身が現れた。タカラの、あざ笑うようなあの酷い笑みだけが残っていた。他は、そこに立っているのはヴォルラスだった。

「カーン、俺をもう一度殴ってみろ!もう一度な!」

(この時はまだ不殺を貫いていた)カーンでも助走つけて殴る。彼は割と早くから、タカラがどこか怪しいと察していました。ですがこの後、ヴォルラスはハナとカーンを誘拐します。破損したウェザーライト号を修理させるのが目的でした。

地下格納庫

そしてジェラード達もメルカディア市へ帰還し、外部からの協力を得て都市の地下部である逆さ山の中に入ると、そこに広大な格納庫があることを知りました。旗艦プレデターによく似た戦艦が膨大な数で並んでいました。明らかにドミナリアを侵略するためのものです。

ヴォルラスの影響はこの地にも及んでいる?疑問は晴れず、ですが同時にジェラードは何かを感じました。ウェザーライト号が呼んでいるのです。そして多数の爆薬が詰まれた敵艦は非常に密集しており、ひとつを爆発させれば容易に連鎖反応が起こると思われました。ジェラードは上手く爆発を起こし、大混乱の中でウェザーライト号を目指しました。

微震

ですがウェザーライト号まであと少しというところで、遂にヴォルラスがその姿を、ジェラードの前に現しました。その顔に浮かんだ悪意の笑みを見て、ジェラードは察します。それはとても見慣れたものでした――タカラの。憎悪の棘を刺すような会話の中の。ジェラードの過去をひとつひとつ後悔させるような物言いの中の。ヴォルラスはずっと、すぐ近くにいたのだと。

小説「Mercadian Masques」チャプター23より訳

「そういうことか、お前はそこにずっと隠れていた――他人の皮膚を被って。俺に顔を合わせるのが怖かったか。ヴュエル、お前は本物の臆病者だ」

傲慢な瞳に怒りがひらめき、だがそれは一瞬で消えた。

「義弟よ、おれは隠れていたのではない。お前の内から脊髄を抜き、お前の外からレガシーを奪っていったのだ。タカラの姿をとっていたのは、お前への怖れではなく憎しみからだ。お前にもお前自身を憎んで欲しくてな。ラースでおれは何人もの英雄の脊髄を抜いて真似事の憎しみに入れ替えてきた。おれがお前にしていたのはそれだ。おれは臆病者などではない――むしろ相談相手、慢性的かつ大きな弱点を指摘してそれを乗り越えさせる友人だ。だがどうやらお前は救いがたいようだ。お前の敗北は決定づけられている」

「敗北者はお前の方だ。艦隊は破壊した。ファイレクシアの怪物も巻き添えだ。お前の支配は終わった」

ヴォルラスは笑った。兵士の輪の中を行き来しながら、声をあげて笑っていた。「こちらはお前とシッセイの20倍の戦力がある。お前の愛するハナは処刑され、お前の守り手であるカーンは拘束した。そしてお前の完璧な船は俺のものだ」

エヴィンカーはそこで身を翻し、ジェラードをまっすぐに見据えた。「おれが敗北者だと言い張るか。艦隊が燃えた、それが何だ?これほど愉快極まりない仮面劇の見物料と思えば安いものだ。お前が愛するもの全てをおれがひとつひとつ、入念に剥がしていく。お前が何もかもを失って無力となるまで――おれがお前を殺すまで」

そして遂に決闘が始まりました。剣がぶつかる金属音を聞きながら、ジェラードの内に幼少の頃の記憶が蘇ります。ジャムーラの眩しい太陽の下、まだ少年の彼とヴュエルが戦いの訓練を受けていました。シダー・コンドが2人に教えます。無敵の剣士など存在しない、あらゆる強みは裏返せば弱点となる。そしてヴュエルは右側の防御が疎かになりやすいと。戦いながら、ジェラードは注意深く観察します。ヴュエルのその癖は――今も同じでした。

小説「Mercadian Masques」チャプター23より訳

注意深く、ジェラードは自らに言い聞かせた。攻撃を受け止めながら間合いをはかった。勝機は一度だけ。もし攻撃して失敗したなら、意図がばれて恐らくはこちらが死ぬ。

ジェラードは防御を解いて仕掛けた。

ヴォルラスの剣が振られ、ジェラードの無防備な左側をまっすぐに狙った。

思考ほどに素早く、ジェラードは突いた。その剣が胸鎧に刺さり、金属と筋肉と骨を、肺までも貫通していった。

ヴォルラスは後ずさり、身体からその剣を抜いた。苦痛に吼え、呼吸と共に胸部の穴が血で泡立った。唇に血の泡が浮いた。「おれに……傷をだと……!」

無慈悲にジェラードは進み出て、剣を高く掲げた。「それでは済まさない。殺す!」斧のようにその武器が振り下ろされた。

ヴォルラスはひるみ、剣でその攻撃を受けとめようとした。遅すぎた。それは音を立てて無益に落ちた。

ジェラードの武器が棍棒の重さと、剃刀の鋭さで命中した。

剣はヴォルラスの右鎖骨を砕き、そこからさらに深々とめり込んで切り裂いた。肋骨が折られ、腱が断ち切られ、一瞬後に血が猛烈な勢いで噴き出した。剣はあまりに深く刺さり、肺に空いた穴まで届いた。

その攻撃のあまりの速さに、ヴォルラスは一瞬立ち尽くしていた。そして力なく崩れ、足をもつれさせて腰を上げたままうつぶせに倒れた。

ジェラードの義兄ヴュエルは――ジェラードの宿敵ヴォルラスは――遂に死んだのだ。

この勝利も束の間、ジェラードとシッセイは再びウェザーライト号を目指しました。ターンガースが先に到着しており、処刑される寸前のハナを救い出していました。皆で再会を喜び、傷の応急手当をすると、ウェザーライト号の砲撃で出口を破壊して格納庫から飛び出しました。

落盤

一方、ヴォルラスはなおも生きていました。身体を自由に作り変えるシェイプシフターとしての能力は、見方を変えれば高い治癒能力となるのです。ジェラードが与えた傷は確かに重傷でしたが、致命傷ではありませんでした。とはいえさらに一撃が来たなら、間違いなく死んでいたでしょう。苦痛をこらえつつ、ウェザーライト号が格納庫を脱出していく音が聞こえましたが、ヴォルラスはまだ諦めませんでした。

同チャプターより訳

今なお、肋骨や筋肉を編み直しながらも、ジェラードの嘲りが心にこだましていた。他人の皮膚を被って……俺に顔を合わせるのが怖かったか……臆病者……

ヴォルラスは身体を起こそうとした。できなかった。血はまだ血管に戻る最中だった。すぐに座り、歩き、自分の船まで行けるようになる。ジェラードは艦隊の大半を破壊したかもしれないが、戦艦レクリーントは見つけていないと思われた。乗組員をかき集めて船に乗り、再び戦う。

勝てる時を待って臆病に縮こまるのではない。これはもっと輝かしい、勇気――そう、勇気だ! 臆病?否――勇気だ!

その言葉は、自らの心にすら、偽りのように響いた。

ジェラードはおれを殺した。全てを奪った。生き延びたのは、臆病だったためというだけだ。ジェラードはまたもおれを殺した。ジェラード!

憎悪が脊髄をくれた。そこから自らを作り上げた。臆病も勇気も関係なかった。憎悪だけがあった。憎悪によって再び立ち上がり、憎悪によってジェラードを殺すのだ。

レクリーント/Recreant、意味は「臆病者」「卑怯者」。果たして今のヴォルラスはこの名をどう思ったのでしょうか。

眼下のメルカディア市では、その支配に対する反乱が勃発していました。ですがウェザーライト号がそちらへ向かう間もなく、レクリーント号が襲いかかってきました。サイズはウェザーライト号の倍、浴びせてくる火力は3倍もあり、それでいて速度はウェザーライト号に負けていません。振り切ることはできず、とはいえ後部砲座のスクイーが巧みに砲撃を当てました。ジェラードは敵艦の艦橋にヴォルラスの姿を認めます。この地に伝わるレイモスの神話は、ウルザとミシュラの兄弟戦争が形を変えたもの。そして自分達。思うところがないわけはありませんでした。

小説「Mercadian Masques」チャプター24より訳

ジェラードは後方を見つめた。よじれた姿の義兄が、憤怒の形相で舵輪を握っていた。古の時、ミシュラもまた同じようによじれ、ファイレクシア人へと変質させられた。ウルザは嫌悪と共に弟を殺害した。歴史は繰り返す、何と奇妙なことだろうか。今日も、その日と同じように終わるのだろうか?

否。ジェラードの怒りは消え去っていた。もはや義兄を憎んではいなかった。悲哀だけがあった。怒りではなく、慈悲によってヴォルラスを殺すのだ。

高度を上げて敵艦のエンジンに負担をかけたところで、ジェラードは全エネルギーをスクイーの後部砲座へ回してエンジンを切るよう命令します。落下の勢いで船尾をぶつけ、そこでさらに砲撃を行うという意図でした。一瞬の躊躇の後にその命令が実行され、ウェザーライト号は一瞬、宙に静止しました。全てが沈黙し、船首に吹き荒れる風すら止んだように思えました。

同チャプターより訳

静寂の中、スクイーの砲塔だけがうなりを上げた。その熱い砲撃がレクリーント号に直撃した。

そしてウェザーライト号は落ちた。長く鋭い船尾が艦橋を貫き、ガラスと舵輪を砕いた。直撃を受ける寸前、ヴォルラスは悲鳴とともに避けた。船尾はレクリーント号に埋もれるほど深く刺さり、そしてスクイーの砲撃が続いた。白熱したエネルギーが木材を、金属を、クリスタルを――全てを裂いた。ウェザーライト号の船尾の周囲には、何も残らなかった。

一瞬にして、レクリーント号の後部は巨大なエンジンと共に完璧に蒸発した。舳先だけが残っていた。割れた船体にヴォルラスを掴まらせたまま、それは落下していった。

今度こそ、文句なしの勝利でした。何気にスクイーがやりよるんですよこの戦い。ウェザーライト号は再び舞い上がり、そしてヴォルラスは……

同チャプターより訳

ジェラードはまたも成し遂げた。またもおれを殺した。今回は死ぬべきだったとヴォルラスはわかっていた。そうしないのは臆病というものだろう。完璧な敗北だった。今生き続けるのは蛆虫として生きるようなものだった。惨めな生き様だった。

とはいえ、それもまた生きていることには変わりなかった――我慢できる生き様だった。煙と破壊の只中、ヴォルラスは這うように私室へ向かった。辺りは酷い有様で、だがポータルの機構は残っていた。それは閉じられたハッチの先、壁に備え付けられていた。

周囲の混乱、眼下の死と頭上の敗北にも関わらず、ヴォルラスは冷静にハッチを開いた。

『……顔を合わせるのが怖かったか……臆病者……』

それはもはや義弟の言葉ではなかった。ヴォルラス自身の言葉だった。

彼はポータルの装置へと足を踏み入れた。その単純な動作が死から、メルカディアから連れ出してくれる。打ちのめされ、不本意に、ラースの玉座へと帰還するのだ。

ジェラードにとっても、ヴォルラスにとっても、これが決着でした。義兄が生き延びてラースに帰ったことをジェラードは知りません。レクリーント号の残骸を確認したような記述もありません。乗組員らはメルカディアの支配が転覆した様とレイモスの復活を見届けると、共に戦った人々との別れを惜しみ、また再会を約束してドミナリアへと帰っていったのでした。ファイレクシアによる侵略の時は近い……彼らの予感は次の『インベイジョン』にてすぐに現実となります。

平穏

3. ネメシス

ここからはジェラードから離れます。ヴォルラスがラースへ帰りつくと、本拠地要塞ではエヴィンカーの称号を賭けた争いの只中でした。彼の不在の間にファイレクシアが介入し、ラースの新たな支配者に相応しい者を選抜しようとしていたのです。候補者はクロウヴァクスアーテイグレヴェンの3人。

プレデターの艦長、グレヴェン

このうちグレヴェンは、現場主義を貫く方がいいとして早々に辞退していました。元々《脊髄移植》によってヴォルラスに支配されていた彼でしたが、『ネメシス』ではヴォルラスの失踪によってその枷が取り払われ、隷属への激しい《憎悪》から解放されました。そして本来の彼なのであろう実直な武人として、旗艦プレデターの修理や軍の管理にあたりました。

そしてグレヴェンも今回リメイク!威迫能力、ライフルーズ分の+X/+0、クリーチャーを生贄に捧げて云々と、そこかしこに元のグレヴェンや関係する有名カードの面影があるのがもう最高じゃないですか。

Commander Greven il-Vec憎悪悪魔の布告

アートも強烈に怖くていいよね!ジェラードと同じように背景がその船、主人であるヴォルラスとクロウヴァクスの姿も見えます。アートを手掛けたZack Stella氏がTwitterにて詳しく説明してくれていましたが、水色の球は《侵略計画》のドミナリア地図。また元々はアーテイも入れたかったのですが適切な場所がなかった、とのこと。これはちょっと残念。

熟達の魔術師アーテイ

そのアーテイ。彼はラースに置き去りにされたところをグレヴェンに捕えられて要塞まで連れて来られたのですが、処遇を判断すべきヴォルラスはすでに失踪していました。そして尋問の後に牢に入れられていたところで、「流動石を操る」才能があることが発覚してエヴィンカー候補に抜擢されます。彼を見出したのが、エヴィンカー選抜のためにファイレクシアから送り込まれた使者のベルベイでした。

(小説「Nemesis」の裏表紙)

これは小説「Nemesis」の裏表紙です。ベルベイは「ファイレクシアからの使者」という恐ろしい肩書ながら、外見はアーテイ(19)とさほど変わらない年頃のエルフの娘。その実は、スカイシュラウド・エルフの姫アヴィラが誘拐・改造された姿です。以前の記憶はなく、ファイレクシアに隷属する身でありながら奇妙な自立心と年相応の好奇心を持っています。

アーテイはこの争いに巻き込まれた形ながらも、その傲慢さを不屈の精神に変えて懸命に切り抜けようとします。そんな彼にベルベイは興味を抱き、後に2人は惹かれ合うようになります。アーテイとベルベイの関係は『ネメシス』の物語の軸のひとつであり、あの高慢で皮肉屋のアーテイが初めて抱く恋愛感情に戸惑う様は読んでいてとても微笑ましく……とはいえその結末は悲しいものになるのですが。

隆盛なるエヴィンカー

そしてクロウヴァクス。彼はファイレクシアに連れ去られて改造を受け、肉体を強化されただけでなく心までも完全に歪められてラースへ戻ってきました。その力と残忍さは際立っており、エヴィンカーの最有力候補だというのは誰の目にも明らかでした。とはいえアーテイと親愛の情を育んだベルベイは彼を嫌い、可能な限り指名を先延ばしにしますが、最後には逃れることはできなくなりました。

やがて、公式にエヴィンカーを指名する時がやって来ました。ですがその時、グレヴェンが別の人物を連れてベルベイの前に進み出ました。コーの男性と思しきその人物は、驚いたことにクロウヴァクスよりも巧みに流動石を操り、そして正体を現しました――そう、ヴォルラスです。密かに帰還した彼はグレヴェンを再び隷属させると、じっとこの時を待っていたのでした。

威圧墜ちたる者ヴォルラス

《墜ちたる者ヴォルラス》フレイバーテキスト

おれは一歩を踏み出したんだ。降りたんじゃない。

あえてここは旧カードで。墜ちたる者/Fallenというこの肩書は「地位を失った」の意味が大きいのだと思います。ベルベイにとっては好機でした。彼女は2人に、戦えと命令します。勝者こそが疑う余地もなくエヴィンカーとなるのです。クロウヴァクスとヴォルラスにとってもそれは好都合でした。無慈悲で激しい戦いが開始され、ベルベイが見るにヴォルラスの方が技術と経験で優っていました。ですがクロウヴァクスもまた予想以上に手強く、観衆の中に投げ出された際には周囲の者達を無差別に殺害して力を取り戻し、戦い続けました。

一方、その戦いを密かに見守る者がいました。アーテイです。邪魔者としてクロウヴァクスに幽閉されていたところを、ベルベイの協力もあって密かに抜け出してきたのでした。彼は弱った身体で状況を見定めようとします。戦闘能力で言えばヴォルラスが上、けれどクロウヴァクスは周囲の生者から力を取り戻して戦い続けることができる。さらに、ヴォルラスが勝利したとしても自分を生かしておく理由はない……そう判断し、アーテイはクロウヴァクスの側につくことを決めました。ヴォルラスがクロウヴァクスに致命的な一撃を当てようという瞬間、アーテイは密かに魔法を用いてその攻撃を曲げ、クロウヴァクスに勝利をもたらしました。

暗黒の凱歌

《暗黒の凱歌》フレイバーテキスト

あとは戴冠式だけだな。

こうして次のエヴィンカーが正式に決定しました。敗北したヴォルラスはすぐに殺されるのだろう、と誰もが思っていましたが、そうではありませんでした。クロウヴァクスは大々的な、そして周到でおぞましい処刑の場を用意しました。

小説「Nemesis」終章より訳

ヴォルラスは敗北した直後に殺されていたと誰もが思っていた。だが彼は全ての栄光を失いながらもそこに立っていた。クロウヴァクスの戴冠から数週間をかけ、技術者達はヴォルラスの処置を行った。彼らはヴォルラスからファイレクシアの強化と組織のほとんどを除去し――その成功の度合は様々だった――かつてのヴォルラスであった神のごとき存在の抜け殻だけが残っていた。逞しい身体はもはや無く、小さく不器量なヴュエルだけが。腰巻きだけを身に着け、再び正式にヴュエルとなったヴォルラスは、それでも氷のように冷たい威厳をもって、顔を上げて歩いていた。

処刑場に辿り着くと、最後に言うことはあるかとクロウヴァクスが尋ねます……昨晩、ヴュエルの舌が切り落とされたことを知りながら。そしてヴュエルは血管に流動石を注入されました。続いて、今やクロウヴァクスの部下となった《堕落した者アーテイ》が命令すると、流動石は細胞レベルからその身体を解体し始めました。

ぐらつき

ヴォルラスの体が分解しかかっていることから、《ぐらつき》はその場面なのだと思います。カードではヴュエルの姿に戻っていないのですが、多分わかりにくいからではないかと。またカード名は「ぐらつき」ですが、原語のToppleには「(ぐらつかせて)倒す」「(人を地位から)没落させる」「(政府などを)転覆する」のような意味もあります。過去にも同じ場面を紹介したことがあるかと思いますが、ヴュエルの最期がこちらです。

同章より訳

ヴュエルは仰向けに倒れた。耳と鼻が顔から滑り落ち、今際の息と共に歯も剥がれ落ちる中、彼は見た――永遠の灰色をしたラースの空が、雲ひとつない完璧な青空へと変わる様を。それはドミナリアの空だった。コンドの息子、ヴュエルは最期の時に、故郷へと帰り着いたのだ。

痛々しい、けれど清々しいこの最期。『ネメシス』の小説は昔から背景ファンの間でとても評価が高い作品です。実際面白く、ですが全く救いもありません。ベルベイは死亡し、アーテイは生き延びましたが、ファイレクシアのドミナリア侵略が始まると敵としてかつての仲間に立ちはだかることになります……。

4. おわりに

とても長くなってしまいました。ウェザーライト・サーガの主人公ジェラードと、宿敵ヴォルラスとの因縁の物語は以上になります。当初、ヴォルラスはラスボス的な存在だと誰もが思ったでしょう。ですがこうして、侵略戦争本番(インベイジョン・ブロック)を待たずして退場……これもまた、メインキャラでも容赦なく死亡するマジックの物語の「過酷さ」の一面かな、と思います。最近は結構減りましたけどね。

それではまた次回に。

(終)

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