はじめに
【PT名古屋20】ついに幕を開けたパイオニアでの戦い。プレイヤーズツアー・名古屋2020では、どんなデッキが勢力を広げたのか? 使用者数順に、主要デッキをサンプルとともに掲載します。 https://t.co/481AowM3Q4 #mtgjp #PTNagoya pic.twitter.com/5Oqzh4Osos
— マジック:ザ・ギャザリング (@mtgjp) February 1, 2020
プレイヤーズツアー・名古屋2020の1日目。普段トーナメントシーンとは無縁のところにいる私ですが、この円グラフと記事には目を向けざるを得ませんでした。
「3位:5色ニヴ=ミゼット 21名」
こんにちは、若月です。《ニヴ=ミゼット再誕》がパイオニアで活躍中、というのは私も知っていました。それでも、大舞台で一大勢力として名前が挙がるほどとは!マジックの技術や知識をストーリーに全振りしている私ですが、それでも「カードゲームなのだから、カードを使われてこそ」だと思っています。物語でどれほど格好良くても、やはり実際のゲームで大活躍とあれば別格の嬉しさなわけですよ!残念ながら2日目は振るわなかったようですが、ニヴ=ミゼットはその歴史も長く物語も豊富なキャラクターです。これは記事書くしかないじゃん?
ということで、今回と次回はイゼット団員もそうでない人も、ニヴ=ミゼットがどれほど凄いドラゴンかを知っていただければ幸いです。
1. イゼットとミゼット
都市次元ラヴニカの中核を成す10のギルド。ニヴ=ミゼットはそのうちの青赤のギルドである「イゼット団」の創設者にしてギルドマスターを務めるドラゴン……少なくともそこまではみなさんご存知かと思います。初登場はもちろん最初のラヴニカブロック、その中でもイゼット団が取り上げられたのは2番目のセット『ギルドパクト』。伝説のドラゴン・クリーチャーは常に注目されるものですが、ニヴ=ミゼットはその自己完結した能力と同等かそれ以上にフレイバーテキストが際立っていました。
数式、それも何かよくわからない。とはいえこの解読法は有名な話だと思います。括弧内の文字を式が示す通りに、それぞれ時計回りに90度回転させてやると読むことができます。
「Z–>」→「NIV」
「E–N²W」→「MIZ2E」→「MIZZE」
これを式に戻して「NIV-MIZZEt=1」→「NIV-MIZZET」。ちなみに公式な回答はマローの公式記事「WHAT DO YOU KNOW, PART II」に掲載されていました。自身のカードのフレイバーテキストにこんなひねった技を使ってくる、それだけでこのドラゴンは只者ではないとわかります。深く広大な知性だけでなく、そこからとてつもなく突拍子なことをやってきそうな雰囲気。彼が統率するイゼット団の各種カードもそうでした。
《小柄な竜装者》フレイバーテキスト
猛火凧の原理は単純ですよ、本当に――効力除去イオンと電子推進マグネトロンを媒体に応用するだけですから。――イゼットの修繕士、ジュズバ
《分裂動因》フレイバーテキスト
私は分裂症の実験用ゴブリンの脳を使って実験をしたんだ。バーナーの炎がおとなしくなって、ビーカーは飛び回って粉々になったよ。実験成功だ!――イゼットの精神術師、ミズナー
《軟体電極獣》フレイバーテキスト
全く反対のエネルギーを原形質の泡の中に封じることで、素晴らしいペットができるのだよ!――イゼットの魔道士、トリヴァズ
一応イゼット団は、都市世界ラヴニカの各種インフラ設備を維持管理する市民生活になくてはならない技術系ギルドです。ですが、カードから見えるその姿は控えめに言ってもマッドサイエンティスト集団。今でこそマジックにおいて、古典的西洋ファンタジーものの枠に収まらないような組織や勢力は珍しくありません。とはいえ今から14年前、イゼット団は極めて科学的で、奇妙で、ぶっ飛んで、新しいものとして私達の目に映りました。
実のところニヴ=ミゼットがイゼット団を創設したのは、「退屈を紛らわせるため」。彼は遠い昔、ラヴニカのほかのドラゴンほぼ全ての消失を「仕組んだ」後に退屈し、自らのギルドを持てば楽しめるかもしれないと考えたのでした。
ともかく、そんなどう見てもファンタジーを逸脱した組織のトップを務めるドラゴンとはどのような存在なのか。書籍「Guildmasters’ Guide to Ravnica」にぴったりの記述がありました。出版されたのは比較的最近(2018年11月)かつ『ラヴニカのギルド』前という設定ですが、ニヴ=ミゼットの本質的なものは何ら変わっていないと思いますので訳して紹介します。
書籍「Guildmasters’ Guide to Ravnica」P.241より訳
広大な知性と途方もない力、それに見合う傲慢さと虚栄心に取りつかれた古のドラゴン、ニヴ=ミゼットはイゼット団の創設者であり支配者でもあります。イゼット団本拠地の最上階に据えた私的な研究室から、ニヴ=ミゼットは無数の部下へと研究や実験を指示しています。彼は何やら不可解な目的のために膨大な数の、ですが見たところ無関係のプロジェクトを進めています。
この古のドラゴンが、ラヴニカで最も聡明な存在かつ最も強大なスペルキャスターの一体であることに疑問を挟む余地はほとんどありません。あらゆるドラゴンと同様に彼は強欲ですが、重宝するものは科学的・魔法的知識です。ニヴ=ミゼットの野心はほかの全ギルドマスターにとって不気味な脅威となっていますが、途方もない魔法の力と、炎のブレスや鋭い牙という物理的な脅威を併せ持つ彼に直接対峙するという考えはほぼありえません。
「広大な知性」「途方もない力」「傲慢さ」「虚栄心」。つまりはいかにも長い年月を生きてきたドラゴンらしいドラゴン、と言えますよね。中でもその虚栄心はイゼット団のそこかしこに見ることができます。ギルド名が創設者名から来ているというのは珍しいものではありませんが(アゾリウス評議会:アゾール一世、ラクドス教団:ラクドス、セレズニア議事会:マット・セレズニア、シミック連合:シミック)、ニヴ=ミゼットの自己顕示欲はギルド名だけに留まりません。
《イゼットの印鑑》フレイバーテキスト
イゼットの印鑑はしばしばデザインされ直され、その度にニヴ=ミゼットの虚栄に満ちた肖像に近づいていく。
《火想者の高巣、ニヴィックス》フレイバーテキスト
ニヴ=ミゼットの才能と虚栄は、ニヴィックスの鏡の間全体に映りわたっている。
ギルドシンボルの形状、「ニヴィックス/Nivix」という本拠地名、鏡張りの内部構造。そしてミジウム、これは非常に頑丈ながら加工が可能で、軽く、耐火性に優れた金属です。これはイゼット団が生産し、ほかのギルドを含めたラヴニカ全体で広く使用されています。ニヴ=ミゼットはその創造物を通して、自らの才能と偉大さを知らしめることに成功しているのです。ちなみに「ダンジョンズ&ドラゴンズ」のものではありますが、ニヴ=ミゼットは何とフィギュアが発売されています。その名も「Niv-Mizzet Red Dragon Premium Figure」。
レッド・ドラゴン(赤竜)といえば、ダンジョンズ&ドラゴンズでは始まりの時からのアイコニックな敵モンスター。そちらも強大で強欲で傲慢な暴君ですが、極めて強い破壊衝動を持っています。そこは深慮遠謀に満ちたニヴ=ミゼットと厳密には違いますね、一緒にしたら怒られそう。
ともかくニヴ=ミゼットは簡単に表現すると「すごく強くて頭が良くて気まぐれで目立ちたがりで傲慢なドラゴン」。ですが、そこに「邪悪」という形容だけはありません。ニコル・ボーラスを説明する際には必ず「悪しき存在である」という表現が入りますが、逆にニヴ=ミゼットが何かしら「悪」と表現されることはないように思えます。極めて自己中心的、けれど物語内でのニヴ=ミゼットの動向を辿ると、ラヴニカ世界を大切に思い、その危機を回避し、何としても守りたいという心が見えてくるのです。
2. ラヴニカ1期 VS. ネフィリム
さて、『ラヴニカ:ギルドの都』ブロック及び『ラヴニカへの回帰』ブロックにおけるニヴ=ミゼットについては過去記事にて数度扱ってきましたが、もう一度辿りますよ。
ニヴ=ミゼットの若い頃についてはほとんどわかっていません。年齢についてはこれまで「15000歳以上」とだけ言われていましたが、『灯争大戦』の小説で正確な年齢が判明しました。16768歳だそうです。つまりギルドパクト調印の時点で6700歳ほど、でもこれがドラゴンの年齢としてどの程度なのかは私もよくわかりません。
その「ギルドパクト調印」。今から話中時間で1万年前、ギルド間の争いを阻止してラヴニカに悠久の繁栄をもたらすための不戦協定魔法「ギルドパクト」が作成され、ギルドマスター達が血の署名を交わしました。ニヴ=ミゼット以外にカード化されているメンバーは以下の通り(オブゼダートは構成員が代替わりしているので、当時と完全に同一ではないと思いますが)。
この中でも、ギルドパクト製作者であるアゾールは当時プレインズウォーカーでした。ニヴ=ミゼットはプレインズウォーカーや多元宇宙の存在を知っているのですが、それはもしかしたらかつてアゾールから得た知識なのかもしれませんね。2体がどんな間柄だったのかは明かされていませんが、前日談にほんの少しだけ言及がありました。
「The Gathering Storm」チャプター11より訳
「その通りです」とラル。「これは、我々が学んだように、ギルドパクトそのものの基礎構造です。この街のあらゆるところに、我々全てを束縛する力を作り出す結節や線が張り巡らされています」
「全て、我も熟知しておる」とニヴ=ミゼット。「アゾールがその基礎を据えるさまを見ていたのでな」
ギルドパクトを作るところを見ていた、ってその話ちょっと詳しく聞かせて欲しい。同等な立場だったのか、それとも今よりもずっと若いニヴ=ミゼットが色々学んだのか。
また、ラヴニカに生息するドラゴンは少数です。それは遠い昔にニヴ=ミゼットが、ほかの個体をほとんど駆逐してしまったからなのだとか。『ギルドパクト』(こちらはセット名)の物語では、太古のドラゴンの卵を孵化させて自らの力とし、ニヴ=ミゼットの座を転覆させようとした狂科学者が敵として登場していました。ですがそれは、《オルゾフの御曹子、テイサ》や《ウォジェクの古参兵、アグルス・コス》によって退けられました。
ところでニヴ=ミゼット本人が物語に登場したのは、その『ギルドパクト』ではなく『ディセンション』でした。上記の騒動の余波で、ラヴニカの地下に眠っていた古代の怪物ネフィリムが目覚め、街を蹂躙し始めます。ニヴ=ミゼットは部下の要請に重い腰を上げて飛来し、2体の巨大なネフィリムとそれらが生み出したたくさんの落とし子を始末するのですが、敵の物量としぶとさから次第に不利となっていきました。
小説「Dissension」チャプター3より訳
『我に指示をしようというつもりか?』 ドラゴンの返答が入った。『否。これは愉快な気晴らしであった――だがすでに関心は薄れた。もはや興味などない。我は引き下がり、ほかの者らの力がネフィリムに対抗しうる様をしばし見守るとしよう』
そして本拠地ニヴィックスではなく、誰も知らない住処へと飛び去って行ってしまいました。これが『ディセンション』の物語ごく序盤のことです。その後ニヴ=ミゼットの出番はなく、残ったネフィリムは多くのキャラクターの奮闘により倒されました。『ディセンション』ではこの残ったネフィリムだけでなく、《クラージ実験体》や《穢すものラクドス》の怪獣大決戦が繰り広げられています。まあ、ここにニヴ=ミゼットまで入ってきたら間違いなく収集つかなくなっていただろうな……。
3. ラヴニカ2期 ドラゴンズ・メイズ
が!拍子抜けだったのはそこまでです。『ラヴニカへの回帰』からニヴ=ミゼットは本気の活躍を始めます。何せ始まりからしてこのキーアートでしたからね。
『ラヴニカへの回帰』のタイトルと共にこのキーアートが紹介されたときは大盛り上がりでした。この約1年前、スタンダードで猛威を振るっていた《精神を刻む者、ジェイス》が禁止されており、その記憶もまだ新しかった頃です。そんな憎たらしいほどの強キャラ(と当時は広く思われていた)と、あのドラゴンが共演!?これは楽しみしかない!!というふうに。
さて、前作ではギルドパクトの魔法が失われ、ギルド間の情勢は不安定なものとなっていました。とはいえ1万年もの間この世界を支えてきた10の組織の存在と、その役割が今さら変わることはありません。
そしていつからか、ラヴニカ中心街である第10管区の各所に、神秘的な文様や三次元的なマナの流れが現れるようになりました。ニヴ=ミゼットは多くの団員を割いてその調査を開始します。やがて、マナの流れは10のギルドの領域を通過し、全ギルドの中立地である「アゾールの公開広場」で終わっていると判明しました。イゼット団はそれを「暗黙の迷路」と呼びました。
また、独自に調査を進めていたジェイス・ベレレンが精神魔法で接触してくると、ニヴ=ミゼットは当然それに気づき、ラル・ザレックへとその精神魔道士の調査を命じました。なお、ジェイスはニヴ=ミゼットに気付かれた恐ろしさに自らの記憶を消しますが、すぐにその失った記憶を再び求めて第10管区を右往左往し、ディミーア家やラクドス教団にも関わらざるを得なくなって散々な目に遭うことになります。
ラルの奮闘もあってイゼット団は「暗黙の迷路」の経路を解明し、それを終点まで辿りましたが何も起こりませんでした。つまりこの目的は発見し解明されることではなく、別にあるのです。ではそれは一体?ニヴ=ミゼットとラルが至った結論がこちらです。
小説「Gatecrash: The Secretist, Part Two」より抜粋・訳
「うむ、だがイゼットのように考えるでない。製作者のように考えるのだ。我らは迷路の秘密を調査し、多くの経路を試みた。だが何もなかった。つまり迷路は我らの探究、実験、才を試すためのものではない。それを作り上げた者は、我らのようにそれらへと価値を見出さなかった。迷路は、ほかの何かを試しているのだ」
直観の稲妻がラルの脳裏に走った。ニヴ=ミゼットの言葉が真実ならば、暗黙の迷路はラヴニカ最高の魔道士やギルドを称えるためのものではない。そしてそれは、ただ適切なときに発見されるために設置されていた。
「今、私達が迷路の兆候を発見した理由は一つ。それはギルドパクトに関係しているからです。ギルドパクトが消失した際に出現するように作られた。つまり……迷路はある意味、装置です。ギルドパクトの途絶によって起動する、安全装置なんです」
ドラゴンは誇らしく胸を膨らませた。「いかにも。我が結論も同じだ」
「では……迷路はギルドパクトと同様に古いものに違いありません。創設者の頃にまで遡るほどに」
「そなたが発見した暗号によれば、アゾリウス評議会の創設者アゾールだ」
アゾリウス。法と論理のギルド。法こそ秩序の基盤となる、そう信じる者たち。そして迷路はアゾールの公会広場にて終わっていた。
「アゾリウスによって作られたのであれば……迷路は我らの才を査定するためのものではない。真に解明するには、別の何かを試す必要があろう。アゾールが重きをおくであろう何かを」
もちろん、古のアゾール、アゾリウス評議会の創設者は、平和的協調の雰囲気を育もうとしたのだろう。
平和的協調。一方で街では、複数のギルドの軍勢が一触即発の空気となっていました。その知らせを受けたニヴ=ミゼットは、ラルを伴ってすぐに動き出します。その先の展開は、心が震えるほどにかっこいいので訳多めで紹介させて下さい。過去にも数度書いていますが改めて!
小説「Gatecrash: The Secretist, Part Two」より抜粋・訳
そこかしこで叫び声が上がった。ジェイスは押し黙り、イクサヴァは剣を収めた。
「ドラゴンだ!」
そして2人もほかの全員と同じように、空を見上げた。
当初、ニヴ=ミゼット自身が雲間から姿を現したように見えた。翼のはためきに突風が起こり、その鱗は陽光にきらめき輝いていた。
ドラゴンの姿が降下してくると、戦いは凍り付いた。だが全員の目が向けられると、それはドラゴン自身ではなく、映像だと明らかになった。光によって作り出された巨大な映し身であり、目を引くが重みと実体はないものだった。
イゼット団の魔道士が一人、近くの屋根の上に陣取って、真鍮とクリスタルの小型レンズをニヴ=ミゼットの映像の方角へと向けている姿をジェイスは見つけた。そのもう片方の手には、稲妻の球が保持されていた。
これは戦いを続けろという合図なのか、それとも止まるべきか、戦闘員たちは定かでなかった。映像のドラゴンは実際に着地するかのように降下し、だが後ろ足の鉤爪を宙に落ち着けると翼を畳み、何もない場所に留まった。その映像は戦場の上に浮いたままでいた。
「我がギルドマスターより、ラヴニカの全ギルドへ告知する」屋根の上の魔道士が声を上げ、魔法のレンズを掲げた。「この街の全ての者へと、我々のギルドからの公布だ。心して聞くように」
映像のニヴ=ミゼットは戦場を掃うように頭を動かした。セレズニアの信者、ラクドスの暴徒、ほかのギルドもほとんどが争いを止めた。だが数人は抵抗した。巨大なドラゴンはその戦いの上へと幅広の炎を吐いた。それは映像であり、触れたものに火をつけることはなかったが、本物の炎のように咆哮し、求める効果を得た。戦いは止んだ。
「ラヴニカの人民よ」ドラゴンの声は、本人のそれのように大きくとどろいた。「これより告げるものについて、ぜひとも熟考するように願う」
ジェイスは首を傾げた。ドラゴンの言葉はこだまとなって響いた。どれほど多くのイゼット団の魔道士がこの告知を街に投影しているのだろうか、そしてどれほど多くの聴衆がニヴ=ミゼットの存在に怯えさせられているのだろうか。
ここで争っていたのは主にセレズニア議事会、ラクドス教団、グルール一族の軍勢です。まだ人の話を聞くセレズニアはともかく、怖れ知らずで無謀なラクドスとグルールをその存在感で黙らせてしまうとは。それも本人じゃなくて映像で。巻き込まれたジェイスと同じように、読んでいる私も「すげえ」と感心しました。それ以前に、ほかのギルド同士の争いにニヴ=ミゼットが介入するという事態そのものが異例です。一体何が始まるの? 続けてニヴ=ミゼットが明かした内容は、さらに驚かされるものでした。
「我らがこの偉大なる都市は深い秘密を隠している」ニヴ=ミゼットの映像は続けた。「我がイゼット団の魔術師らはこの管区を貫き走る古の迷路を発見した。その存在目的、秘めた力を我々は今や理解しつつある。曲がりくねり、管区の街路や地下道を貫いて描かれる『暗黙の迷路』。とはいえその道筋は定かではない」
ジェイスは耳を疑った。自分が調べてきた秘密が、イゼット団が密かな計画として進めてきた内容が、自らの記憶から消去した挙句に苦心して取り戻したそれが――公衆へと、イゼット団のギルドマスターによって、発表されている。だが、ニヴ=ミゼットは迷路を解くための正確な経路のような、重要な細部への言及を注意深く避けていた。自分やイゼット団が長いこと研究してきたものを、なぜほかの全ギルドへ公開するのか?ジェイスはそれを推し量れなかった。
「だが我々は知っている、その終点には大いなる力が眠っておると。そして解明のためには、全ギルドが手を一つに携えねばならぬことも」
呟きが群衆の間に広がった。ニヴ=ミゼットの映像はその場で翼を広げ、自らへと注目させた。
「迷路を駆ける代表者として、各ギルド1人の勇者を送り込むのだ。定められた時間に、勇者らはギルド渡りの遊歩道にて集合せよ。よじれ曲がりくねる迷路を駆ける競争を始めようぞ。栄冠を手にする者を、ギルドのために迷路の力を手にする者を、そしてその危険に屈する者を、見届けようではないか。さあ、備えるがよい」
当時、第3セットである『ドラゴンの迷路』というタイトルはすでに公表されていましたが、そのドラゴンとは何(誰)を指しているのか、までは不明でした。ですがニヴ=ミゼットのこの演説で全てが繋がりました。ドラゴンの……ドラゴンが開催する、暗黙の迷路の、レース。なお、セットのキャッチコピーは「十のギルド、ただ一つの目的地!/Ten Guilds, One Destination!」。はーーーーそういうことか!!!!
時にセットタイトルは物語の核心的ネタバレになりうるのですが(例:『新たなるファイレクシア』『アヴァシンの帰還』『破滅の刻』)、これは……熱いじゃないか。その存在感で有無を言わさず争いを止めさせ、惜しげもなく謎を明かして、全面戦争ではなく代表者による全ギルド対抗戦の開催を宣言。そんなこと、このドラゴン以外にできないな?でも突っ込むと、迷路を作ったのはアゾールなのだから「ドラゴンの迷路」じゃなくて「スフィンクスの迷路」が正しいのではないだろうか。ああでも当時アゾールの種族は人間とされていたっけ。
それにしてもただ全ギルドの参加を要請するのではなく、競争という形式をとったのはとても上手いな、と思いました。暗黙の迷路自体やそれが約束するという報酬には興味のないギルドでも、ほかのギルドには負けたくない、競争から逃げたと思われたくないという対抗心は絶対にありますからね。
そしてイゼット団の迷路走者として、奇魔メーレクが創造されました……実のところ、以前から迷路の存在を把握していたイゼット団は、その専用走者の開発を進めていたのだそうです。自分が走者に選ばれるものと信じ込んでいたラルは当然、困惑しました。
小説「Dragon’s Maze: The Secretist, Part Three」より訳
「メーレク? メーレクとは?」
「む、おぬしはまだメーレクに対面しておらぬか?」 ニヴ=ミゼットが尋ねた。そしてドラゴンは発電機の中に漂うエレメンタルらしき存在を鉤爪で示した。「あれこそが、イゼット団の迷路走者メーレクである。精霊術士、薬術士、精神構築士、そしてエネルギー束縛の専門家らによって、迷路を駆けるために特別に製造された。おぬしの研究全てを考慮した上で、そしてその理解をこのメーレクの構築へと直接役立てておる」
ラルは不安とともに笑った。「どういうことでしょうか? 理解しかねます」
「メーレクは動的マナ原理の統合実験を経て作られておるのだ」
「いえ、それはわかります」 メーレクの氷の身体が放つ眩しい反射が、ラルの目に映った。「ただ、私が選ばれるものだと」
「それは無論違う。おぬしは遷移動的マナの核を持っておるのか?おぬしの皮膚は伝導性の自己修復機能の氷でできておるのか?」
(略)
「メーレクが迷路レースにおける我らの代表となる」ニヴ=ミゼットは音節ごとに歯を見せつけて言った。「これは決定である。ギルド魔道士ザレックよ、退出してギルド渡りの遊歩道へ赴き、競争者らのために準備を整えるがよい」
実際これは、私達も気になっていたところでした。迷路走者サイクルとして伝説のクリーチャーが10体カード化されている。イゼット団はメーレク、ではラルは一体どうするのか……と。そしてやって来た迷路レース開催当日、《ギルド渡りの遊歩道》での開会式にて。各ギルドの迷路走者が名乗り出て、最後にイゼット団の番がやって来ると、司会者を務めていたラル・ザレックがあろうことかメーレクを背後から不意打ちして殺害し、自分こそがイゼットの走者だと名乗り出たのでした。
これは当時、すさまじい「出落ち」として話題になりました。突然の走者交代はありましたがレースは開始され、最終的には《迷路の終わり》に辿り着いて争う10人をジェイスが精神魔法を用いて調停し、その功績を迷路に認められて「ギルドパクトの体現者」となりました。詳細は第20回・第20.5回を参照です。
ちなみに、この迷路レースの終点が《迷路の終わり》。このカードを勝利条件として据えた「迷路の終わりコントロール」は、ある意味この迷路レースそのものをデッキで表現したものと言えます。全ての門を通って(集めて)勝利、素晴らしいくらいにフレイバーが再現されている。プレイヤーが迷路を駆けながら《至高の評決》(設定上は、全ギルドの協調が叶わなかったときに罰として第10管区を吹き飛ばす大量破壊魔法)を撃ちまくるのは苦笑するところですが。
話を戻しましょう。そして自身の新たなステータスをまだ完全に理解しきれていないジェイスが我に返ると、目の前にニヴ=ミゼットの姿がありました。
小説「Dragon’s Maze; the Secretist Part Three」より訳
彼はドラゴンの目を見上げていた。
ジェイスはすぐさま立ち上がった。ニヴ=ミゼットは広場のすぐ外、近くの建物にその巨体を休めていた。迷路走者は全員が、ジェイスとドラゴンとの遭遇を見つめていた。ラザーヴの姿はどこにもなかった。
ドラゴンは首を伸ばして傾け、不確かな視線でジェイスを見つめた。その直立した瞳孔はジェイスのあらゆる動きをとらえようとしていた。湿り気を帯びた薄膜がその目を覆い、引いた。
「ギルドパクトは……修復された」 ドラゴンはゆっくりと言った。
「はい」
ニヴ=ミゼットの鼻孔から煙が細く漏れ出た。ドラゴンは首をわずかに傾げた。「イゼット団は、セレズニア議事会へと宣戦布告したいのだが」そして言うと、黄色の大きな瞳をぴくりと動かした。
ジェイスの反応を推し量っているのだ。
「駄目です」 ジェイスは静かに返答した。
ドラゴンの頬から伸びる刺がわずかに動いた。彼は太い首を曲げ、巨大な頭部をジェイスの顔の高さまで下ろすと、その小さな全身を見据えた。ニヴ=ミゼットは二つの鼻孔から熱い煙をジェイスへと吹きかけ、その煙の向こうの相手を上から下まで見つめた。煙は拡散し、ジェイスは咳込みたい衝動を抑えた。ドラゴンは唇を動かし、象牙色の巨大な牙を見せた。
「よかろう」
ニヴ=ミゼットは下がり、背筋を伸ばして翼を広げた。それは広場全てを覆うほど大きかった。そして一つ力強い羽ばたきで風を巻き起こした。ジェイスと走者たちが見守る中、ニヴ=ミゼットは宙へと舞い上がった。その視線をジェイスに定めたまま、けれどやがて背を向けるとラヴニカの地平線へと姿を消した。
世界の危機は防がれ、新たな秩序のもとで誰もが再び日常へ戻っていく。『ラヴニカへの回帰』ブロックの物語は、一応めでたしめでたし……で終わりました。とはいえ私はこの結末よりもむしろ、話中で見せてくれたニヴ=ミゼットの大きな存在感に「ああラヴニカはこの先も大丈夫だな」と不思議な安心感を抱いたのを覚えています。このドラゴンは、自分勝手に好奇心を追求しているだけではないのだと。ラヴニカという世界を、例えば、壊したいなどとは決して思っていないのだと。
ところで、この項目冒頭で紹介したニヴ=ミゼットとジェイスのキーアートですが、実は『ドラゴンの迷路』ラストまで物語を追っても、この2人がこんな風にかっこよく揃う場面はありませんでした……上で紹介した会話の場面でも、向き合って喋っていましたし。今見るとギルドパクトの体現者2代が並び立つ、ではあるのね。
4. 本番はこれから
このように『ラヴニカへの回帰』ブロックは、ギルドパクト崩壊による各ギルド間の対立と、それに伴う門なし(ギルド無所属民)の台頭によるさらなる情勢不安……というところからニヴ=ミゼットが全部「迷路レース」に持って行ってしまいました。強引な展開にも見えるかもしれませんが、不可避と思われた争いを止めてのけたのは、そして自分のペースに全ギルドを巻き込んだのは実際すごいドラゴンなんだな、と思わざるを得ませんでした。
ですが、『ラヴニカのギルド』『ラヴニカの献身』のメインストーリーでは、ここからさらにラヴニカ最古の存在として世界を侵略者から守るという気概を見せてくれます。例え一度死のうとも……
次回もすぐに掲載されますので、少々お待ちください。
(続く)