はじめに
こんにちは、若月です。現在は2020年9月頭。この記事を書き終わってあとは提出だ、と思っていたところですんごいアナウンスが来てしまった!!!
【特報】2021年の製品リリース・スケジュールを公開!
— マジック:ザ・ギャザリング (@mtgjp) September 1, 2020
前半部ではまさかのカルドハイム、新次元ストリクスヘイヴン、そしてあの時のらせん・ブロックがリマスターという形で登場します!後半部には「ダンジョンズ・アンド・ドラゴンズ」とのコラボセットやイニストラードの姿も! #mtgjp pic.twitter.com/hPeRINmPWq
Up next in the summer is something special people have been asking for for a long time. We're collaborating with @Wizards_DnD! It's a full black-bordered Standard-legal set featuring Dungeons & Dragons we're calling Adventures in the Forgotten Realms. pic.twitter.com/cBIKfeGIT3
— Magic: The Gathering (@wizards_magic) September 1, 2020
(大まかに訳)来年夏にやって来るのは誰もが長年待ちわびていた特別なセットです。「ダンジョンズ&ドラゴンズ」とのコラボレーション!黒枠の完全スタンダードリーガルセット、その名は「Adventures in the Forgotten Realms」です。
まじかああああああ!!!!!
世界最初のテーブルトークRPG「ダンジョンズ&ドラゴンズ」(以下、D&D)。マジックとともに、ウィザーズ社の柱となる製品のひとつです。どちらも多元宇宙を舞台としたファンタジーゲームであることから、いつか互いの世界を行き来できるようにならないかな……と願っていたプレイヤーは結構いたと思われます。それが、後述しますがD&D側の書籍という形だけでなくついにマジックのカードとしてやって来るとは!
私もD&Dはそれなりに触ってきましたので、一連の新製品アナウンスの中では一番の驚きでした。いや、これは歴史的快挙でしょ!まだセットタイトルしか出ていませんが期待しかありませんよ!!今のうちに色々勉強して備えておかなければなるまい……。
そして全くの偶然なのですが、今回はそのD&Dに絡んだ記事を書いていたのでした。テーロス次元の話です。とはいえ『テーロス還魂記』の物語は小説が存在せず、連載記事もなく、簡単なあらすじといくつかのカードのバックストーリーが公開されているのみです。
「詳しい物語の不在」については不満の声が多く上がっていたようで、物語展開とは管轄が別であるはずのマローも記事で述べていました。
公式記事「デザイン演説2020」より引用
テーロスを再訪するということを告知したとき、多くのプレイヤーがエルズペスの再登場を期待して喜んだ。『テーロス』ブロックの最後に、エルズペスはヘリオッドに殺され、死の国に送られたのだ。再訪ということは、彼女の物語の続きを意味する。彼女が死の国を脱出するのは誰でもわかるが、その方法は。それが知りたいのだ。小説が発売されなかったので、物語を語る部分の多くはカードによることになる。物語はセットに反映されてはいるものの、物語の続きを長い間待っていたユーザにとって説得力のある描写ではなかったのだ。
まあそんなこともあって、この連載では『テーロス還魂記』を扱えずにいました。私としてはエルズペスもそうですが、『テーロス』でのコミックが途切れたまま『灯争大戦』に行って死んでしまったダク・フェイデンに何かしらフォローが入ってくれたらな……と。ですが先日、同じウィザーズ社製品でも別の方角から……
ダンジョンズ&ドラゴンズ第5版サプリメント「Mythic Odysseys of Theros」!
こちらの書籍で、テーロス世界に関する新情報が……少なくとも、マジック側で公開されていない情報が、大量に明らかになりました。『テーロス還魂記』のストーリー詳細ではなく各種設定のほうなのですが、それでもこれは絶対重要!クローティスはどんな神なの?タイタンとは一体何なの?タッサの槍は結局どうなったの?セットの発売からはずいぶん経ってしまいましたが、今回はそんな誰もが気になっていたであろう設定をいくつか解説します。
1. 「Mythic Odysseys of Theros」とは
まず、この「Mythic Odysseys of Theros」とは一体何なのかという話を。これは冒頭にも述べた「ダンジョンズ&ドラゴンズ」(D&D)を遊ぶための製品のひとつです。D&Dにもマジックと同じように様々な次元世界があり、中には「マジックの世界」を舞台にして遊ぶための製品もいくつか存在します。
第57回で少し述べた「Plane Shift」シリーズや、ラヴニカ関連で時折取り上げる「Guildmasters’ Guide to Ravnica」がそれであり、「Mythic Odysseys of Theros」はその最新作になります。マジックとD&Dは基本的に別のゲームですが、近しいところもたくさん存在し、製作スタッフや参加アーティストには同じ名前がしばしば見受けられます。コラボとして、銀枠やテストプリントですがこんなカードもありますね。
「ビホルダー」はD&Dの名物モンスターであり、冒険者からは大いに恐れられている「目玉の暴君」です。そういえば「デュエル・マスターズ」にも出張していたわね。顔が広い。
さて、これらの本は「遊ぶためのデータ」であるため、マジック側にない具体的なステータスや数値情報が収録されています。
例えば「Guildmasters’ Guide to Ravnica」のデータによれば、ニヴ=ミゼットの通常移動速度(飛行)は80フィート/6秒=時速約14キロメートル。また、キャラクターの行動指針として善-中立-悪と秩序-中立-混沌の「属性」が重要であるため、マジックでも重要なキャラクターのそれらもしっかりと設定されています。これはとても興味深い情報ですので、テーロスの神々15柱(ただしゼナゴスではなくクローティス)の属性を表にしました。参考としてラヴニカのギルドマスターも入れてあります。
とはいえ、果たしてD&Dでの設定をそのままマジックに適用してもいいのかどうか、それは実のところ定かではありません。一通り読む限り両者の間に矛盾はないものの、例えばまたニヴ=ミゼットになりますが、D&Dのモンスターとしてのデータでは[電気]と[火]に完全な耐性を持っています。この設定をマジックに適用したなら火力呪文ではダメージが与えられない、ということになってしまいます。これはよろしくありませんよね(物語的な設定とゲーム上の設定も、ある程度別ではありますが)。
また、時折マジックでの設定がD&Dのものに変更されている部分があります。例として、マジックでの「ゴルゴン」がD&Dでは「メデューサ」になっています。ほかにも「Guildmasters’ Guide to Ravnica」では《自由なる者ルーリク・サー》が「双頭巨人」ではなくD&D種族の「エティン」と記述されています。説明を読む限り「あぁ、同じだわ」と思うのですけどね。
そのため私としては、「Mythic Odysseys of Theros」及び「Guildmasters’ Guide to Ravnica」のみに記述されている設定は、「あくまでD&D側で公開された設定であり、マジック側でも適用されるとは限らない」と前置きした上で取り扱うというスタンスで進めていきます。
2. クローティス
前『テーロス』ブロック、『神々の軍勢』にて神の座に昇ったゼナゴスは『ニクスへの旅』で倒されました。つまり元々赤緑の神は不在→一時的にゼナゴスがその座に→再び不在に、という流れだったのですが、赤緑の神はずっと存在しなかった……というわけではないようです。
テーロスの神は人々の信仰心=信心から生まれ、力を得ます。では信心を失い、人々から忘れられた神はどうなるかというと……存在できなくなってしまうとされています。『ニクスへの旅』当時の公式記事には、かつて存在したが今は忘れ去られてしまった神々もいる、と示唆されていました。
Concept art Klothys. ( Concept push Theros)#mtg pic.twitter.com/2XJ3xMiQuh
— Magali Villeneuve (@Cathaoir1) June 27, 2020
そして『テーロス還魂記』にて登場した赤緑の神、クローティス。この名前は旧テーロス時代にはなく今回初出でした(設定はあったのかもしれませんが、少なくとも表に出てきてはいませんでした)。ですが何者?それは公式記事で少しですが説明されていました。
公式記事「『テーロス還魂記』物語概要」より引用
テーロスの神々が力を得る以前、タイタンたちが――肉体を持つ、恐るべき原初の力が――定命の領域を彷徨い、行く先全てに死と破壊を振り撒いていた。自らを守る力を持たない定命の存在は、その難局においてひたすらに祈りを捧げた。この祈りから、姿形をとった信心から、神々が生まれ出た。
定命の信念という途方もない力を吹き込まれ、神々はタイタンたちを死の国へと封じた。運命の神クローティスは看守の役割を申し出ると、自ら死の国へと永遠に隠遁した。エレボスは死の先に続く世界を統べ、クローティスはタイタンたちが逃れぬよう、永劫の封印を務めた。
「運命の神」。その名が知られていないのは、遥か昔に死の国へと隠遁したため。クローティスのプロフィールも「Mythic Odysseys of Theros」に掲載されていました。重要そうな箇所をいくつか訳します。
書籍「Mythic Odysseys of Theros」P.58より訳
運命の神クローティスは、テーロスのもっとも初期の時代に誕生したと信じられており、クルフィックスとともにこの次元の最初の神性の1柱である。彼女は宇宙の秩序を監視し、あらゆるものが正しき立ち位置に留まるよう努めている。もし自身が警戒を解いたなら、宇宙の平衡はたやすく覆ると知っているためである。宇宙秩序の破滅的な混乱に引き続いて――ゼナゴスというサテュロスが神の座へと昇り、打倒された――クローティスは定命の記憶にある限り初めて死の国から姿を現した。運命の糸を解き、世界を正すために。
クローティスは表面的には穏やかながら、定命も神々も同じく運命の糸を引き裂き編み直して取るに足らない野心を煽る様に怒り狂っている。そのような悪しき者の前では、彼女の静かな振る舞いは外れて落ちる。怒りの中では髪のヴェールを通して赤く光る眼が見え、燃える髪の束を破壊的な武器として振るう。
クローティスは運命の体現であり執行者である。死の国で長い時を経てほぼ忘れ去られていたクローティスは、テーロスの現状に対して無言の失望をまといながら、ごく最近姿を現した。
クローティスの髪の1本1本は運命構造の一部、すべての存在を基部より支える自然秩序である。彼女の信者は、あらゆるものに織り込まれたその糸を見て、宇宙の真実への理解と未来がどうように展開するかの洞察を与える。
幽閉されたタイタンが脱出して彼女が築いた秩序を破壊しないよう監視するため、クローティスは遠い昔に死の国へと身を引いた。このため彼女は口にしないほうがいい秘密や触れるべきでない力を司る神でもある。
……うん、D&Dの記述だけどこれはマジック側の記事でも載るべき内容だと思う!つまりクローティスはどんな神かといいますと、
《猛然たる顕現》フレイバーテキスト
クローティスはテーロスの運命を繕い始めた。その縫い目は怒りに導かれていた。
《運命的結末》フレイバーテキスト
「すべて然るべき場所へ戻る。」――運命の神、クローティス
クローティスとほかの神々との関係は様々です。「Mythic Odysseys of Theros」によれば、クローティスは運命を不可避のものとして重んじているため、分をわきまえないようなほかの神々を軽蔑しています。小さき定命から神の座へ昇ったゼナゴスや傲慢なヘリオッドはその最たるものです。エファラによる都市化、ケイラメトラによる自然の飼い慣らしもまた、自然の秩序への傲慢な反抗であるとして嫌っています。一方でタッサ、パーフォロスといった創造と破壊のバランスを重視する神々にクローティスは敬意を表しています。自然のサイクルを尊ぶナイレアも同様です。
同じ死の国の住人として、エレボス・エイスリオスとクローティスの関係は複雑です。クローティスはエレボスの傲慢さと暴虐を知っていますが、それでも2柱は互いをある程度尊重し合っています。エイスリオスは最近までクローティスの確固たる仲間でしたが、彼女が死の国から現れた際に様々な怪物も一緒に定命の世界に引き寄せられたため、エイスリオスは怒っています。
なお、元々クローティスがタイタンの看守という役割を引き受けたのは、それが運命というものなのだと了承したためでした。ではそのタイタン、カードのほうは猛威を振るっていますが、彼らは何者なのでしょうか?
3. タイタンと神々
タイタンの存在は『テーロス還魂記』で初めて明かされましたが、テーロスの元ネタであるギリシャ神話を少しかじっていれば、たやすく心当たりに行き着くと思います。神々と巨人族の戦い、ティタノマキアですね。「Mythic Odysseys of Theros」によれば、タイタンとともにテーロスの神々は4つの世代に分けられるのだそうです。用語が定まっているわけではありませんが、ここでは便宜上「第〇世代」と記述します。
■第1世代:タイタン
上でも引用したように、タイタンは「テーロスの神々が力を得る以前」から存在したとされています。彼らが一体どこから来たのかというのも、「Mythic Odysseys of Theros」に書かれていました。
書籍「Mythic Odysseys of Theros」P.34より訳
第1世代の時代は、「神々」と一般的に理解されている存在の前に遡る。定命が神々を存在として夢見る以前、神々のような高貴な存在を夢見るようになれる以前、ニクスの可鍛性な夢的物質は定命の怖れをタイタンの姿で形作った。
タイタンは純粋な混沌の存在であり、定命世界の秩序に逆らうすべてを体現し、決して崇拝されることはないがときに怖れから鎮められる。神話は神々がそれらと戦い、死の国に封じるまでを詳細に述べている。
今やタイタンは定命からほとんど忘れ去られている。それらの名や二つ名についての言及は最古の物語にごくわずかに現れるのみで、タイタンたちを産み出した悪夢をほのめかしている。
「死の飢えのタイタン」クロクサは死の恐怖と、死というものが持つ飽くことのない食欲の体現である。「自然の怒りのタイタン」ウーロはケラノスやタッサの直接の前任者と思われるかもしれないが、自然災害の化身であり、それら神々のような創造性や思慮深さを一切持たない。
つまりタイタンも神々と同じく、人々の感情を起源としてニクスから生まれたものであるようです。生命が必ず直面する死というもの、また人の身ではとても太刀打ちできない自然災害の恐ろしさ。神々と違うのは「崇拝」ではなく「怖れ」から生まれたものである、というところでしょうか。
《食らいつくし》フレイバーテキスト
「クロクサはすべてを貪る。満足や喜びのためではなく、そうするのが普通だから。あれは、形を成した限りない飢餓。」――運命の神、クローティス
さらに「Mythic Odysseys of Theros」によると、どうもタイタンはウーロとクロクサだけではないようなのです。上に乗せた訳文のそのまま続きがこちらです(名称の部分はあえて訳していません)。
書籍「Mythic Odysseys of Theros」P.34より訳
「Phlage, Titan of Burning Wind」はすべてを飲み込む炎の旋風であり、「Skotha, Titan of Eternal Dark」は星のない夜空の完全な暗闇である。
確かにこのアートをよく見ると、ウーロとクロクサ以外にもう2体いるようなんですよね。マローも記事で「足りないタイタンがあった」と言及していました。これは将来3度目のテーロスで、もしくはどこかの特殊セットで登場する気配?
■第2世代:クルフィックスとクローティス
旧テーロスの時点では「最古の神はクルフィックス」とされてきましたが、クローティスもクルフィックスと並ぶ古い存在であると明かされました。
書籍「Mythic Odysseys of Theros」P.34より訳
最長老の神々はクルフィックスとクローティスであり、しばしば2柱は同胞、もしくはタイタンたちからの派生と想像されている。この第2世代の起源については謎である。クローティスは不可避性の意識から生じたのかもしれない。世界は定まったように展開し、従って定命の行動などさしたる違いをもたらさないという観念である。クルフィックスは、宇宙の仕組みは定命が単純に理解できるものではないという思想に支えられた神秘性から生じたのかもしれない。
この2柱はテーロス最古の神々として、互いを深く尊敬し合っています。ですが神話によれば、生まれ出たばかりの2柱は当初、支配権を争いました。ですが、すぐに自分たちの争いがこの幼く脆い世界を危険にさらすと悟り、対抗心を捨てて破壊ではなく何かを共有するほうがいいと合意した……のだそうです。
■第3世代:単色の神々
クルフィックスとクローティスは人々が世界に対して抱く概念的なものの体現ですが、次に人々は普遍的な自然法則を神々として形にしました。
同・P.34より訳
地平線の彼方の世界と、人生の試練に取り残された運命の進路を定命がひとたび想像できるようになると、彼らは原理原則や秩序、自然法則の概念を定式化した。それらの思想から、神々の第3世代が生まれた。太陽冠のヘリオッド、深海住まいのタッサ、荒涼とした心のエレボス、青銅血のパーフォロス、鋭い目のナイレアである。この神々は互いを「兄弟姉妹」と呼ぶことで知られているが、両親について触れたことはなく、クルフィックスとクローティスがその役割であると想像することもほぼ全くない。
■第4世代:多色の神々
そして俗に「小神」とも呼ばれる神々。彼らは先の「大神」よりもずっと社会的、文明的な物事を司っています。
同・P.34-35より訳
ほかの8柱、第4世代は定命にとっての現実への抽象的原則を適用した存在である。例として、ヘリオッドが普遍的な道徳的教訓を象徴する一方で、エファラは定命の社会を統べる法、規則、構造の神である。ナイレアが自然世界、弱肉強食の摂理、季節の変化の神である一方、ケイラメトラは人間が手を加えた自然――農業、牧畜、そして人の生の中にある自然のサイクル、特に出産の神である。
ここで例として挙がっているのはエファラとケイラメトラですが、ほかにもファリカは薬や錬金術を、フィナックスは欺瞞や賭け事を司る神です。もしかしたら彼らは単色神が生じた時代よりも文明がずっと進んでからの存在なのかもしれません。
……以上のようにタイタンと神々は合わせて4つの世代に分類されています。彼らがすべて「ニクスから生まれた」ところは同じですが、時代が異なるだけでなく、人々のどのような感情から生じたのかもまた異なります。
タイタンは自然への恐怖、クルフィックス・クローティスは宇宙の神秘性への好奇心やそれが到底理解など及ばないものであるという達観、単色神は自然秩序や法則、多色神はもっと人々の社会秩序や思想の具現。各世代の違いは時代だけでなくその「感情的な起源」の違いなのでしょうか。またタイタンが崇拝されているわけではないのと同じように、クルフィックス・クローティスも自らの存在のために人々の信心を必要とはしないようです(ゲームシステム面はともかくとして)。
同・P.58より訳
クローティスは定命の信心からの起源を持たず、人類の歴史のほとんどから薄れて消えてしまっている。クルフィックスを除くほかの神とは異なり、彼女は自らの維持や顕現のために崇拝を必要とせず、またそれらを求めることもない。大体において定命は彼女にとって無意味な存在だが、彼らが自然の摂理を否定して運命の糸をもつれさせるときは別である。
確かにタイタン及びクローティスとクルフィックスは、信心とは異なる感情や概念から出でた存在です。そのため崇拝されずとも存在し続ける……昔からなんとなく疑問に思っていることがあります。例えばテーロスで科学技術が進歩して太陽の運行、月の満ち欠け、季節の移り変わり、潮の満ち引きといった自然法則の仕組みが解明されたなら、それらを司る神々に対する信仰心は弱まり、果てには存在できなくなってしまうのだろうか……と。
一方で恐怖という根源的な感情、宇宙という深遠への好奇心や憧憬、運命という形のないものの探求、それらはどれほど技術が進歩しても尽きないのではないか、と思うのです。とはいえ、そんなことを考えなければいけないほどの宇宙観の変化がテーロス次元に起こるとしても、遥か未来の話でしょうね。
4. タッサの槍とキオーラとカラフィ
Magic Story「海を落ちて」より引用
タッサは軽蔑するように片手を動かすと、キオーラの喉を締める二股槍の力が緩んだ。キオーラはその柄を両手で強く掴んだままでいた。
「感謝するわ」 キオーラは囁いた。
「何に対しての礼だ?」タッサが尋ねた。「謙虚であるべしという教訓にか?」
キオーラの密かな、窮地の呪文は完成に到達した。
「この槍を」 彼女はそう囁き、虚空へと溶け去った。タッサの武器を今も両手に掴んだままで。世界の間へと滑りこむ直前に聞いたのは、怒れる神の苦悩に満ちた叫び声だった。
世界の狭間にて、キオーラは奪い取った宝を握りしめ、笑った。
旧テーロスにて、キオーラはタッサの神器である槍を奪って逃走しました。この物語が公開された時は読者揃って拍手喝采だったなあ、まさに「小さな定命が神々を出し抜く」伝説そのもののように。いやれっきとした窃盗なんですけどね……。
元々キオーラがテーロス次元にやって来たのは、故郷ゼンディカーを蹂躙するエルドラージと戦う手段を求めてでした。そして超巨大クラーケンの《まどろむ島、アリクスメテス》を手に入れようとするも叶わず、タッサの怒りを招くものの、すんでのところで神の槍を掴んで次元渡りに成功したのでした。
そして意気揚々とゼンディカーに帰っていったキオーラでしたが、その後はあまり芳しくありませんでした。《大いなる歪み、コジレック》に対抗しようと《潮汐を作るもの、ロートス》を呼び出しましたが力及ばず死なせてしまい、最終決戦では業を煮やしてゲートウォッチの作戦を妨害しようとしました(ジェイスが止めて事なきを得ましたが)。
『灯争大戦』でもカード化されていましたが、出番はあまり多くありませんでした。印象的な場面としては砂漠の次元育ちのテヨ君が物珍しそうにキオーラを見つめていた、またダク・フェイデンが二又槍に手を出そうとして後悔していた、というくらいでしょうか。戦いが終わると「自分がテーロス次元に行くのはまずい」とギデオンの葬送には同行せず、ゼンディカーへと帰っていきました。
……というようにキオーラのその後はわりと語られていたのですが、槍を奪われたほうのタッサについては『テーロス還魂記』まで何の音沙汰もありませんでした。そして……
だからといって、『テーロス還魂記』でタッサが隠れているわけはありません。新たな武器を携えて再登場です。美しき《深海住まいのタッサ》をご覧あれ! 特別アート版、星座に描かれた姿もどうぞ! #mtgjp #mtgtheros pic.twitter.com/L0wwnx8KNS
— M.Wakatsuki/aisha (@aishawakatsuki) January 3, 2020
プレビューは私だ!!!!!まさか神をいただけるとは……。そして、なんか新しい槍持ってる。最初にも書いたように小説が出なかったため、この槍の由来もずっと不明のままでしたが、「Mythic Odysseys of Theros」でようやく明かされました。タッサとキオーラの戦いがテーロス世界で実際にどのように伝わっているのか、少なくともひとつの形がこちらです。
書籍「Mythic Odysseys of Theros」P.80、「Myths of Thassa/タッサの神話」の項目より訳
「偽カラフィ」
神々が大いなる沈黙に入った間、1人のトリトンが現れて船乗りカラフィを詐称し、カラフィの生ける船「南風号」に搭乗して海を渡った。このトリトンは偽の予言でトリトンたちを誤解させ、また深海から1体のクラーケンを呼び寄せてその力を得ようとした。神々の沈黙が破られてタッサが世界に帰還すると、神はその偽者を打ち倒し、そのあまりの怒りは二又槍を砕くほどだった。タッサの幾度もの優しさを忘れないパーフォロスが代わりとなる神器を鋳造した。
なるほど、二又槍を失った件は「怒りのあまり二又槍を砕いた」という解釈をされているようです。とはいえ《キオーラ、海神を打ち倒す》なんてカードもあるあたり、伝承らしく色々なバージョンがあるのだと思われます。そして新たな槍はパーフォロスの贈り物と。パーフォロスとタッサは、対抗色同士ですが仲は良好みたいなんですよ。
書籍「Mythic Odysseys of Theros」P.76より訳
タッサは万神殿におけるパーフォロスのもっとも近しい仲間である。水は柔軟であり抑える力を持つことから、パーフォロスはタッサの波を破壊も再鍛もできないと知っているためである。恐れていないからこそ、タッサはパーフォロスを友として扱っている。パーフォロスはしばしば素晴らしい贈り物をタッサのために作り上げ、彼女が住まう深海の宮殿には鍛冶の神からの比類なき創造物が無数に並んでいる。
素敵だわパーフォロス様。そしてキオーラが詐称していたカラフィも、名前は旧テーロスから出ていましたが『テーロス還魂記』で本人が登場しました。
マーフォークですらないじゃん……。カラフィは都市国家メレティス出身、史上最高の船乗りとして知られる英雄です。パーフォロスが住まうヴェリュス山に忍び込んで神の涙を盗み、フィナックスの背後でその秘密を書き記し、世界の果てでタッサと競争してニクスへと漕ぎ出したとされています。『テーロス還魂記』のいくつかのフレイバーテキストで言及されている叙事詩「カラフェイア」は、このカラフィの冒険を取り扱った物語です。
書籍「Mythic Odysseys of Theros」P.8-9より訳
「カラフェイア」は1人の英雄とその偉業に、ずっと首尾一貫した物語的な焦点が当てられている。史上最高の船乗りとして知られるカラフィはメレティス出身の人間の詐欺師で、南風号と呼ばれる船を駆った。彼女は定命として初めて風の秘密のパターンを解読し(そしてタッサの怒りを招いた)、世界の果てを越えてニクスへと漕ぎ出し、星空に自らの場所を得た。彼女の冒険の物語はダクラ諸島とテーロス沿岸地帯への神話的な旅であり、生物、国家、そして驚くべき現象が豊富に語られている――そのいくつかは物語の通りに現存しているが、ほかは歴史や神話の中に失われた。
旧作での台詞からわかりますが、キオーラもカラフィについて多少は知っていたようです。
小説「Journey Into Nyx, Godsend Part 2」チャプター13より訳
「ヴェリュス山に忍び込んでパーフォロスの涙を盗んだって話は聞いたことある?馬っ鹿みたい!フィナックスの後ろに隠れて秘密を1年間も書き取ってたってのは?コーシじゃないんだし、私を誰だと思ってるのよ?」
誰だと思ってるのよっていうか君が誰のつもりだ。カラフィを含む亜神サイクルは重要人物揃いですから、やはり詳しい話が知りたかったですね。旧作メインキャラのダクソスとアナックスはもちろんのこと、設定が語られていただけのカラフィとティマレット、そもそも新キャラのレナータ。小神の亜神はいなかったのかな?
最後にまたキオーラの話に戻りますが、どうもこの子は株が下がりっぱなしというか……でも毎回言いますが、私キオーラとても好きなんです。初代テーロスの物語において、その明るさと軽やかさにどれほど救われたことか。ゼンディカー次元に帰っていったことは確かなので、『ゼンディカーの夜明け』の何かしらで登場だけはしてくれないかな……。
5. アクロスとキテオン伝説
上で少し亜神サイクルについて触れました。設定上は大神5柱がそれぞれ選んだ勇者です。アナックスは都市国家アクロスの王でしたが、それがパーフォロスの亜神となっている。では国のほうはどうしたのかといいますと。
書籍「Mythic Odysseys of Theros」P.86より訳
現在、アクロスの政治体制は混乱の内にある。アナックス王は死去し、妻であるサイミーディ女王は行方不明となっている。ケラノス神の神託者である女王は炎の柱と化して風に消えたと噂されているが、その死が定かでないため、国は新たな統治者を決定できずにいる。アナックスとサイミーディに子はなく、そのため王の姪であるタラニカが摂政となって、困難な時期にある都市国家を導こうと奮闘している。
さらに事態を複雑化させるかのように、アナックス王は死んではいないという噂がある。彼、もしくはニクス生まれの彼の似姿らしきものが、サテュロスの歩兵の群れの先頭で目撃されている。その人物が振るう斧は煙を上げ、溶岩を滴らせているという。
どうやら死亡した扱いのようです。ちなみに旧作では、『神々の軍勢』ストーリー終盤の戦いで重傷を負うものの、生きてはいました。
英雄譚《アナックスの勝利》が、まさにその戦いを描いたものです。Magic Story「アクロスの壁」……から続くエピソード、ミノタウルスの将軍との戦いです。サイミーディ女王は行方不明とされていますが、実のところはこの戦いにおいて自らの命と引き換えにケラノス神の助力を得て、その結果「炎の柱と化して風に消えた」のでした。
公式記事『テーロス還魂記』ストーリーカードより引用
アナックスは、かつてアクロスの伝説の王でした。しかし今はパーフォロスの勇者として、神々の戦争に関わっています。勝利以外のことを考えぬよう「鍛え直された」にも関わらず、彼は同じ名前を繰り返します……「サイミーディ」と。
これは全多元宇宙が泣いた。……で、今回それ以上に驚いたのがそうタラニカ。アナックス王の姪で現在は摂政とか、貴女そんな偉い人だったのか!!アクロス軍のある程度の実力者でキテオンの熱烈な信奉者とかかな、くらいに思っていました。
《アクロスの古参兵、タラニカ》 フレイバーテキスト
「キテオンが我々全員をずっと見守ってくれていると思いたい。」
この原文は“I like to think Kytheon keeps watch over all of us.” スペルブック版《安らかなる眠り》のフレイバーテキスト、ゲートウォッチとしての誓いである “I will keep watch.” にかかっているのは言うまでもありません。『テーロス還魂記』が発表された当初、私は「ギデオンの故郷へ帰るのにそのギデオンはもういないんだよな……」と切ない気分でした。ですがそれは間違いだったと思い知らされました。ギデオンはこうして今も見守ってくれている……私が『テーロス還魂記』で一番嬉しかったのが、このカードの存在です。
キテオンがアクロスを守り、伝説に名を残した出来事は、実のところそれほど昔ではありません。それが詳細に語られた公式記事、ギデオンのオリジン回によれば当時のキテオンは17歳。一方で我々がよく知るギデオンの年齢は様々な描写から30代前半~中盤、40は行っていなかったと推測されます。つまり長くても20年前くらい。現実のマジックで言うなら『インベイジョン』が発売された当時くらいの昔です。
テーロスはひとつの出来事が速やかに伝説となる世界です。「Mythic Odysseys of Theros」には、キテオンがアクロスを救っただけでなく、その後についても言及されていました。
書籍「Mythic Odysseys of Theros」P.45より訳
キテオンの脱出
キテオン・イオラの物語は広く知られている。アクロスの孤児であった彼はヘリオッド神の槍を手にし、自らエレボス神の殺害を試みた。キテオンは友人らと共に打ち倒され、その物語は悲劇で終わっている。だがエレボス神の高位の神託者は、キテオンの魂は死の国にはなく、神の目の前でいかにしてか逃亡したと知っている。ヘリオッドもしくはクルフィックスはキテオンの魂の行方を知っているのではとエレボスは感じており、その行方を知らせた者には褒賞が与えられるだろう。
キテオンの魂はテーロスを離れ、英雄としていくつもの世界で正義のために戦って、やがて遠いラヴニカで巨悪を滅ぼして多元宇宙を救ったんですよ……エレボス様が望むような回答ではないかもしれませんね。
今回はここまで
久しぶりにこういう「設定話」書きましたが楽しかった!テーロスは奥が深く、そしてますます小説が出なかったのが悔やまれる……。将来3度目の来訪のときでもいいので、何かしらフォローしてくれることを願っています。
それではまた次回。『灯争大戦』後日談のリリアナの話か、それとも『ゼンディカーの夜明け』についてか。何を書きましょうかね。
(終)