はじめに
……すごくかっこいいなあ!!!!!
こんにちは、若月です。いや私がそんなこと言うまでもなく、ドラゴンとはかっこいいものです。それでも『フォーゴトン・レルム探訪』に収録されているドラゴンのかっこいいことよ。さすがは「ダンジョンズ&ドラゴンズ」(以下D&D)、ドラゴンと戦うゲームの始祖からやってきたドラゴンたちというだけあって、「これぞドラゴン」という正統派なかっこよさがあると感じます。今回はそんな『フォーゴトン・レルム探訪』のドラゴンを解説していきます!
前回と同様、今回の記事内容につきましてもテーブルトークカフェDaydream様にて資料を閲覧させていただきました。店舗紹介が前回記事にありますので、そちらもご覧ください。同じく、ダンジョンズ&ドラゴンズの日本語版版元である株式会社ホビージャパン様からもご協力と監修をいただいております。
1. マジックのドラゴン、D&Dのドラゴン
「ダンジョンズ&ドラゴンズ」というからには、ドラゴンがたくさんいないわけがありません。『フォーゴトン・レルム探訪』に収録されているドラゴン・クリーチャーは16枚。『タルキール龍紀伝』の26枚には及びませんが、ドラゴン関連カードもかなり豊富です。
D&Dのドラゴンは、誰もがなんとなく「ドラゴンとはこういう種族だ」と思い描くドラゴンそのものです。
D&D第5版へのお誘い『モンスター・マニュアル』プレビューより引用
トゥルー・ドラゴン(真竜)は恐るべき力と太古に連なる血筋を持つ、翼の生えた爬虫類だ。ドラゴンの肉食獣じみた狡猾さと欲望は有名であり、恐怖の的である。最も歳経た竜は世界最強のクリーチャーに数えられるほどだ。また、ドラゴンは魔法の生き物でもあり、生まれつきの力を動力源とした恐るべきブレス攻撃やその他の超常的な能力を備えている。
そしてマジックはD&Dの影響を大きく受けて生まれた創作物の一つです。そのドラゴンもやはり、「いわゆるドラゴン」そのものです。
書籍「The Art of Magic: The Gathering: Concepts & Legends」P.141より訳
ドラゴン
獰猛で恐ろしく、炎を吐くドラゴンは赤マナの性質を体現している――本能的で、混沌として、支配を受けない。大地から突き出して風景を形作る山々のように、ドラゴンは生態系を支配し文明を脅かす強大な自然の力である。
とはいえ、ここでマジックとD&Dとの違いが出てきます。マジックは5色のマナの概念によって成り立っているため、ドラゴンにもその色マナの性質が現れます。ドラゴンの「メインカラー」はまぎれもなく赤ですが、マジックにはほかの色のドラゴンも多数登場してきました。赤や緑、野生の色を持つものはいかにもドラゴンというような荒々しい破壊者ですが、白や青、守護や知識といった色のドラゴンは人々を見守る導き手にもなります。これはサイクルの伝説ドラゴンを見るとわかりやすいかと思います。
一方、D&Dに5色のマナの概念は存在しませんが、それでもドラゴンにはいくつもの種類が存在します。D&Dのドラゴンは、まず鱗の色で2種類に分けられます。鮮やかな色彩の鱗を持つクロマティック・ドラゴンと、金属的質感の鱗を持つメタリック・ドラゴン。ものすごく簡単に言いますと、クロマティック・ドラゴンが悪玉、メタリック・ドラゴンが善玉です。
D&Dにおいて、典型的なクリーチャーはその倫理観や傾向を大まかに表す「属性」を有しています。属性は「善-中立-悪」の軸と「秩序-中立-混沌」の軸で定義されており、「秩序にして中立」「混沌にして悪」など3×3=9つが存在します。メタリック・ドラゴンは「善」の側、弱き人々の力となり、庇護する存在。一方のクロマティック・ドラゴンは「悪」の側、人々を食らい、略奪するといった害をなす存在――という感じで考えていただければだいだい大丈夫です。
2. クロマティックとメタリック
そんなD&Dのドラゴンたちが、『フォーゴトン・レルム探訪』でマジックのドラゴンとしてカード化されました。彼らは具体的にどんな存在なのでしょうか、そしてどのようにマジックと融合しているのでしょうか?
■クロマティック・ドラゴン
まずはこちら、悪しきドラゴンたち。D&Dで冒険者たちが戦うことになるドラゴンは、ほとんどがこちらでしょう。クロマティック・ドラゴンは攻撃的で強欲で傲慢、ドラゴンという生物の邪悪な側面を体現するような存在です。彼らはありとあらゆる財宝を欲してやまず、この世の富をすべて我が物にする権利があると、自分がそれらを集めるのは「正当に取り戻している」だけなのだと信じています。
ここで面白いことに、クロマティック・ドラゴンの色には5種類が存在します。ホワイト、ブルー、ブラック、レッド、グリーン。そう、マジックの5色と同じです。これは偶然?それともマジックの5色がここから取られたとか? これは公式記事にて言及がありました。
公式記事「ダンジョンズ・アンド・デザインズ その1」より引用
知らない諸君のために言うと、D&Dのドラゴンの主な色5色は、白、青、黒、赤、緑である。これは無視できない偶然の一致だったので、このセットにはアンコモンのドラゴンのサイクルが存在する。
偶然らしいです。それでもびっくりですよ。そしてクロマティック・ドラゴンはどれもブレスを吐きますが、そのブレスの属性が色によって異なっており、カードでは以下のような個々の能力として再現されています。
ドラゴンの色 | ブレスの属性 | カードでの効果 |
---|---|---|
ホワイト | 冷気 | アンタップ制限 |
ブルー | 電撃 | パワーにマイナス修正 |
ブラック | 酸 | P/Tにマイナス修正 |
レッド | 炎 | 直接ダメージ |
グリーン | 毒 | 「接死」的な能力付与 |
こうして見ると、「ブレスの属性」は必ずしもマジックの色と一致していません。「冷気」はマジックにおいてはだいたい青ですし、「電撃」は赤です。それでも効果のほうはそのブレスから連想される、かつカラーパイから外れすぎていない能力を上手く持たせています。アンタップ制限は青が第1色ですが、白にもこれまで多少登場していました(《コーの鉤の達人》《絡め取る罠》《手かせ》)ので大丈夫ということらしいです。
またクロマティック・ドラゴンが悪しき存在であることは、フレイバーテキストにて説明されています。
《ブラック・ドラゴン》 フレイバーテキスト
ブラック・ドラゴンは人間の王国の崩壊を楽しむ。
《レッド・ドラゴン》フレイバーテキスト
レッド・ドラゴンはこの世界とその全てのクリーチャーが自分の支配下にあると考えている。
《グリーン・ドラゴン》フレイバーテキスト
グリーン・ドラゴンは善き心の持ち主を腐敗させることに特に快感を得ている。
ちなみにこれらの記述は、D&Dの各クロマティック・ドラゴンに設定されている性格にきちんと一致しています。ブラック・ドラゴンは弱者が繁栄する様を大変嫌っており、人型生物の王国が滅びるのを見るのが大好きです。グリーン・ドラゴンは二枚舌の達人であり、ずる賢く他者を意のままに動かします。
そしてクロマティック・ドラゴンの中でも、いえD&Dのドラゴンといえばやはり「レッド・ドラゴン」でしょう。ドラゴンの中でもっとも欲深く凶暴、破壊の限りを尽くします。D&D世界の多くの文化にて、レッド・ドラゴンは邪悪な竜の代表格とされています。D&Dにおいてモンスターの強さを示す「脅威度」の数値を見ても、レッド・ドラゴンは最強のクロマティック・ドラゴンです。前回少し触れましたアーケードゲーム「ダンジョンズ&ドラゴンズ シャドーオーバーミスタラ」でも、ラスボスと隠しボスはレッド・ドラゴンでした。画面を覆い尽くす炎(避け方を知らなければ即死)を初めて見たときの驚きは今も忘れません。
1983年に発売されたD&Dのスターターセット、通称「赤箱」のパッケージには、レッド・ドラゴンとファイターの戦いが描かれています。
とても有名なアートですので、D&Dをプレイしていなくてもどこかで見覚えがあるという人はいるかと思います。書籍「Dungeons & Dragons Art & Arcana: A Visual History」には、このアートが誕生した経緯が語られていました。
「Dungeons & Dragons Art & Arcana: A Visual History」P.154より訳
この絵では何が必要かという説明をElmore(アーティスト)が求めると、Gygax(D&Dを最初に作り上げたデザイナー。「ロールプレイングゲームの父」とも呼ばれる)は身を乗り出して片手を鉤爪のように掲げ、ドラゴンが「飛びかかるぞ」という仕草をした。それで充分だった。Elmoreは必要とするものを手に入れた。「Dungeons & Dragons Basic Rules Set 1」、通称「赤箱」はこのゲームの絶頂期においてTSRのベストセラーの一つとなり、世界中の何万人というD&Dプレイヤーにとっての入り口となった。
ちなみに2010年発売の『ダンジョンズ&ドラゴンズ第4版 スターター・セット』のパッケージは、復刻の意味があってかアートとデザインが忠実に再現されていました。この箱絵があったからこそ、レッド・ドラゴンがD&Dの「顔役モンスター」になったのかもしれませんね。
一方、マジックのほうでこれらクロマティック・ドラゴンのような「破壊の限りを尽くし、宝物を奪い、暴力と恐怖で支配する」と設定されているドラゴンは少ない気がします。強さや荒々しさ、その炎で知られるドラゴンはたくさんいるものの、人々を脅かす悪しきモンスターとしてのドラゴンは、いないことはないのですが少なくとも物語ではあまり見ません。
『運命再編』での龍(タルキールのドラゴンは「龍」と表記)がある意味近いのかとも考えましたが、一概にそうとも言えません。マジックのほとんどの次元にドラゴンは生息していますが、それぞれで設定も少しずつ異なります。それでもたいていは人間社会にとっての脅威というよりは、強大な捕食獣といったような雰囲気で登場しているように思えます。
クロマティック・ドラゴン的な「暴君」のドラゴンとして私が思い当たったのは、《カーの空奪い、プローシュ》です。
公式記事「10の統率者たち」より引用
《カーの空奪い、プローシュ》はドミナリアのカー地方に君臨している。彼は毎日、日の出とともに飛び立ち、獲物を追いつつ自らが領地とする土地を監視している。遠くからドラゴンの羽ばたきが聞こえてくると、彼の臣下の多くは恐慌状態に陥り、猛火に耐えられる避難所を探して奔走する。狩人が一人自分の領地に迷い込んだだけでも罰として村々を焼き払う。それがプローシュだ。彼に敬意を示さない者は生きたまま火に包まれる。プローシュはこの地域のコボルドに崇められており、この「大首領様」が同胞を、見逃してくれることを願って自らの身を差し出すコボルドもいるぐらいである。プローシュは飽くなき捕食者であり、彼の「仲間」が死ねば、彼の力はさらに高まるのだ。
プローシュは『ドミナリア』のストーリー第8話にも名前だけですが登場しており、「街を襲おうとしている」という描写もありました。そういえば、プローシュはコボルドトークンを出します。物語でもプローシュを崇めるコボルドたちが悪さをしようとしていました。《強き者の下僕》から見てとれますが、D&Dにおいてコボルドは爬虫類的な姿をしており、邪悪なドラゴンを崇めています。もしかしてプローシュとコボルドの関係は、D&Dが元ネタだったりします?
■メタリック・ドラゴン
そして「善玉」のメタリック・ドラゴン。自分たちはこの世界において特に強力な種族であると認識しながらも、支配よりも守護や保護を担う者だという自覚を持っています。宝を欲しがるのはクロマティック・ドラゴンと同じですが、彼らは物欲ではなく調査欲と蒐集欲からそれらを棲家に保管します。
また、自分たちは弱きものの庇護者であると考えているため、邪悪な宝物やアーティファクト(D&Dにおいて「アーティファクト」は、単なる魔法のアイテム以上の力を持つ貴重な物品を指します)が悪しき手に渡らないように守っていることもあります。
《アダルト・ゴールド・ドラゴン》 フレイバーテキスト
ゴールド・ドラゴンはメタリック・ドラゴンの中でも最大級の大きさと力と知恵を持ち、しばしば定命の者の一族を脅かす悪から守る保護者役を担う。
カード化されているのは《アダルト・ゴールド・ドラゴン》だけですが、メタリック・ドラゴンにも5種類が存在します。カッパー、ゴールド、シルヴァー、ブラス、ブロンズ。彼らはみな気高く善良なドラゴンですが、その性質はさまざまです。
たとえばカッパー・ドラゴンはジョークや謎かけが大好きないたずら者で、吟遊詩人が奏でる音楽や物語を楽しみます。シルヴァー・ドラゴンは短命種族である人間の活力と衝動に惹かれて固い友情を結び、長い時を人間の姿で過ごします。そう、メタリック・ドラゴンはクロマティック・ドラゴンと異なり、十分に成長すると人型生物への変身能力を獲得します。そしてありふれた人々に身をやつして好奇心のままに街を散策したり、文化や料理を満喫したり、困っている人々に助力を差し伸べたりします。
それではマジックでこのようなドラゴンは……と考えますと、少々いますよね。決して暴力的でも衝動的でもなく、人々を守護し導くようなドラゴンは、多くは上でも述べた通りにサイクルを形成するドラゴンのうち白や青や緑を含むものになります。ですがたとえば『ストリクスヘイヴン:魔法学院』の創始ドラゴンたちは、色に関係なくアルケヴィオス次元の人々を見守っています。創始ドラゴン個々の詳細設定は今のところ明かされていないので、実際の性質や性格がどうなのかはよくわからないのですが。少なくとも黒緑の《ベレドロス・ウィザーブルーム》は、物語においては思慮深く慎重な性格で描かれていました。
また第115回で触れましたが、『レジェンド』のエルダー・ドラゴンの一体であるクロミウムは金属質の身体をしています。このセットのエルダー・ドラゴンたちは開発者のD&Dキャンペーンで登場していたものだというのは広く知られています。ですが中でもクロミウムは元々メタリック・ドラゴンであった……という話を私はどこかで見たような記憶があります。が、その情報源が見つかりません。それでもクロミウムは「人間の姿に変身する」能力を持っており、《変遷の龍、クロミウム》の能力として再現されています。こちらも第115回からの再掲になりますが……
『基本セット2019』バンドル付属小冊子P.8より訳
変遷の龍、クロミウム
茶目っ気があり狡猾なクロミウムは、エルダー・ドラゴン最強ではなくとも、その機知をもって生き延びてきました。彼は変身能力を持ち、人間の姿で過ごして定命の文化や習慣を学ぶのを楽しみます。彼らの中でとても長い時を過ごしたため、クロミウムは他のエルダー・ドラゴンたちから人類を守っています。
うーむ。これはやはりメタリック・ドラゴンのような?
ところで、マジック最強の邪悪なドラゴン、ニコル・ボーラスには「金色」のイメージがあるかと思います。実際の鱗の色は……黒っぽくくすんだ金色、なのかな?さらにボーラスは変身能力を持っており、頻度は多くありませんが物語中では人間に化けることもありました。一方、そのボーラスと戦った(「再誕」する以前の)ニヴ=ミゼットは、まぎれもない赤色の鱗です。
ニヴ=ミゼットは必ずしも「善玉」ではないかもしれませんが(「Guildmasters’ Guide to Ravnica」によれば属性は「混沌にして中立」)、故郷ラヴニカを守るために命尽きるまで戦いました。悪しき金色のドラゴンから世界を守るために戦う赤いドラゴン……D&Dとは正反対だなあ!
前々回書きましたが、ニコル・ボーラスはもともと『レジェンド』開発者のD&Dキャラクターですし、ニヴ=ミゼットはデザイナーがD&D第3版のドラゴンたちと同じ人物です。2体ともD&Dとは浅からぬ縁があるドラゴンだということを考えると、すごく面白いですよ。
3. 有名なドラゴンたち
もちろん『フォーゴトン・レルム探訪』では、有名なネームドのドラゴンが何体もカード化されています。
■アイシングデス
この項目にはR.A.サルバトーレ著「アイスウィンド・サーガ 2 ドラゴンの宝」のネタバレが含まれています。
公式記事「『フォーゴトン・レルム探訪』の伝説たち」でも解説されていますが、今回のコラボで興味を持って小説を読み始めた人もいるかもしれませんので一応ね。
『フォーゴトン・レルム探訪』に収録されている伝説のドラゴンたちはどれも物語やシナリオに由来しています。中でもこの《霜の暴君、アイシングデス》は、あの《ドリッズト・ドゥアーデン》の物語に登場していることもあって有名なのではないでしょうか。
この「アイシングデス」とは二つ名であり、本名はIngeloakastimizilian/インゲロカスティミジリアンといいます。長いね!マジックではカードという媒体の都合上、どうしても物理的なスペースの問題があるため、固有名詞は短いものが好まれます。一方D&Dではそのような制約がほぼないので、このような長く複雑な名前もつけられるんですね。
いきなり話がそれました。アイシングデスはフォーゴトン・レルム世界の北方地域に棲むドラゴンであり、遠い昔には鹿や人間を狩ってひどく恐れられていました。ですが棲家とする氷の洞窟で長いこと眠りについているうちに成長し、出入口を通れなくなってしまったのです。とはいえドラゴンは、何も食べずとも何百年も生きられます。洞窟の天井を破って脱出することも可能でしたが、まだそこまでする気もありませんでした。アイシングデスは財宝の夢を見ながら、幸せに眠り続けました。
そしてアイスウィンド・デイルのバーバリアンの間には、このホワイト・ドラゴンと財宝の伝説が語り継がれてきました。ほとんどの人々はただの作り話だと思っていますが、ウルフガル(D&Dではウルフガー)はその伝説が真実だと知っていました。かつて彼の父親は、アイシングデスが棲むという秘密の洞窟の入り口を発見していたのです。そして自ら挑むには至りませんでしたが、死ぬ前に息子へとその知識を伝えたのでした。
ウルフガルは現在の部族長へと挑戦するにふさわしい功績を上げるため、アイシングデスを倒そうと決意して巣穴に乗り込みました。相手は長い眠りで衰えていたとはいえ屈強なドラゴンであり、猛烈な氷のブレスを吐く強敵です。ウルフガルはドワーフの王《ブルーノー・バトルハンマー》から授かった魔法の戦鎚「イージスの牙」を巧みに振るい、また友であり戦いの師匠でもある《ドリッズト・ドゥアーデン》の助けを得て、見事このドラゴンを倒してのけたのでした。ウルフガルはアイシングデスの角を戦利品にして部族へ向かい、ドリッズトはアイシングデスの財宝から一本のシミターを手に入れました。
ドリッズトは二刀流のシミター使いとしてフォーゴトン・レルム世界でも我々の世界でも知られていますが、彼が振るうそのシミターの一本がこの氷の魔剣アイシングデス。もう一本の剣「トゥインクル」(こちらは『フォーゴトン・レルム探訪』には未登場)とともに、その後ドリッズトが長きに渡って愛用することになります。
■ティアマト
『フォーゴトン・レルム探訪』では、D&Dにおける名高いドラゴンの神二柱がカード化されています。「ティアマト」と「バハムート」、何らかの創作物でこれらの名を抱くドラゴンを見たことがないという人は少ないかと思います。
まずはこちらティアマト。もともと我々の次元のメソポタミア神話における母神なのですが、それがドラゴンになったのはD&Dが由来とされています。D&Dでの初出は1976年、当時から5つ首の強大なドラゴンとして描かれていました。富と欲望と復讐の女神であり、クロマティック・ドラゴンの主神でもあります。
クロマティック・ドラゴンの5色5本の首を持つティアマトは、彼らの貪欲さと暴力を象徴する存在です。「女神」と書いたように雌であり、各色クロマティック・ドラゴンの愛人(竜)がいるのだとか。ライブラリーからドラゴン5枚を持ってくるのはその設定の再現なのでしょう。
ティアマトはD&Dに多数存在する下方次元界のひとつ、秩序にして悪の次元界である九層地獄バートルの最上層アヴェルナス(D&Dではアヴェルヌス)の一部を支配していますが、同時にこの地に囚われています。これは九層地獄の主アスモデウスとの契約によるものですが、契約の具体的な内容はティアマトとアスモデウスしか知りません。この九層地獄や各層を統べるアーチデヴィルの設定はぞくぞくするほど恐ろしく、だからこそ心躍ります。こちらは次回に紹介できればと思っています。
発売中のシナリオ集「バルダーズ・ゲート:地獄の戦場アヴェルヌス」(見ての通り、表紙は《アヴェルナスの大公、ザリエル》)はタイトルの通りにアヴェルヌスが舞台のひとつであり、この地に巣を構えるティアマトのデータも掲載されています。データがある、すなわちいくら人知を超えた強大なモンスターであろうといずれは倒せる……と考えられるかもしれません。ですがティアマトはただのモンスターではなく神。現行D&Dでプレイヤーが到達できる強さを遥かに超えています。
D&Dのモンスターには強さの基準として「脅威度」という数値が設定されています。「リソース十分な冒険者4人は、自分たちのレベルに等しい脅威度を持つモンスター一体を、それなりに歯ごたえこそあるものの死者を出すことなく倒せる」という想定になっています。現行D&Dにおけるプレイヤーの最高レベルは20ですが、ティアマトの脅威度はそれを遥かに凌駕する30。そしてティアマトは肉体が破壊されたとしても、霊的実体は九層地獄にあるティアマトの領地に戻り、実際に「(訳注:つまり死なない)」ときっぱり書かれています。ですので無茶なことはやめましょう。
『フォーゴトン・レルム探訪』におけるティアマトは伝説のクリーチャーとしてカード化されていますが、最大の憎悪を燃やす敵、後述するバハムートはプレインズウォーカーです。優劣があるというわけではなく、ティアマトは上記のように九層地獄に囚われていて他の次元界へ行けないため、プレインズウォーカー扱いではないのかもしれませんね。
■バハムート
ここではまず、『フォーゴトン・レルム探訪』のプレインズウォーカーについて説明しておきましょう。彼らはプレインズウォーカーの灯を保持しているわけではなく、D&Dの多くの世界で名を知られる、あるいは崇拝される、活躍している人物たちです。
たとえば《モルデンカイネン》は、フォーゴトン・レルムではなく「グレイホーク」というまた別の世界の出身です(そして、D&D製作者の一人ゲイリー・ガイギャックス氏のプレイヤーキャラクターなのだそうです)。
D&Dも多元宇宙世界観なのですが、その性質や扱いはマジックと少々異なっています。細かい説明を抜きにして言いますと、各次元界の行き来はD&Dのほうが容易かもしれません。
D&Dには、次元間移動のための呪文がいくつか存在します。代表的なものが「プレイン・シフト/Plane Shift」。この呪文を用いれば、自分だけでなく最大8人をまとめて異なる次元界へと送り込むことができます。現行のD&Dではウィザードが13レベルで習得可能であり、この13レベルというのは、プレイヤーズ・ハンドブックの描写を借りるなら「常人と一を画する水準の力を獲得し、ほかの冒険者たちと比べても抜きんでた存在となる」「この強大な冒険者たちはしばしば、地域や大陸全体を脅かすような脅威に立ち向かう」ほどの強さです。
この呪文の習得方法や行き先の指定にもまた難しい条件が必要となってくるのですが(これはダンジョン・マスターの裁量によります)、マジックにおける「プレインズウォーカーの灯」のように特別な素質は必要ありません。また、特定の次元界へと繋がるポータルも存在します。これは昔のマジックと同じ感じかと思います。
と前置きが長くなりましたがバハムート。善なる竜の王であり、D&Dにおいてはドラゴンの主神の座をティアマトと二分しています。バハムートはメタリック・ドラゴンの5つ首を持つ……というわけではなく、首は1本です。その代わりに鱗の色は白金色で、「プラティナム・ドラゴン」とも呼ばれます。
なるほどメタリックの5体とはまた異なる、そして貴重な金属だ。彼は外方次元界のひとつ、秩序にして善の次元界である7つの層なす天界山セレスティアに居を構えていますが、人の姿をとって物質界を放浪していることもあります。D&Dの書籍ではたいてい「カナリアを連れたヒューマンの老人」と書かれているのですが、カードでは颯爽とした雰囲気の若者ですね。このカナリアは7体のエインシャント・ゴールド・ドラゴンが化けたもの。《アダルト・ゴールド・ドラゴン》よりもさらに年を経て、さらに強大になったドラゴンたちです。この「カナリアを連れた老人」の記述も、D&Dにおいてはごく初期から存在します。
メタリック・ドラゴンの例にもれず、バハムートも人々の守護者です。そのためメタリック・ドラゴンではなくとも、正義と守護の守り神としてバハムートを信仰する人型生物のクレリックやパラディンもいます。過去のD&Dの版には、バハムートに仕えるクレリックの上級職として「ヴァサル・オヴ・バハムート」というクラスが存在しました。
バハムートの宝物庫から直接お宝が送られてきたり、レベルが上がると悪のドラゴンに対するダメージにボーナスが付いたりします。ちなみにそれが掲載されているのは「高貴なる行いの書」、そう『フォーゴトン・レルム探訪』でカード化もされている《高貴なる行いの書》の実物(D&Dの書籍サプリメント)です。なお対になる《不浄なる暗黒の書》も、もちろん書籍として実物が存在します。
「花の大導師」という名にはどのような由来・意味があるのかについては、可能な限り調べました。Forgotten Realms Wikiによれば、フォーゴトン・レルム北東部のダマラ王国に位置する「黄薔薇会修道院」のモンクに与えられる称号、とありました。私のほうで現物の書籍を調べたところ、その修道院の所在までは確認できたのですが、その詳細や「花の大導師」の称号には至ることができませんでした。どうやらTSR社時代に発売されたサプリメントに記述されているようです。力不足で申し訳ない……。
ところで前述のように、『フォーゴトン・レルム探訪』のプレインズウォーカーはD&Dの有名人たちです。つまり、元ネタを知らなければ「誰この人……」となってしまいます。が、《花の大導師》のプレインズウォーカー・タイプ欄に輝く「バハムート」の文字。バハムート。何らかのファンタジー作品でこの名をまったく見たことがないというマジックプレイヤーは稀でしょう。能力と合わせて考えるに、こいつの正体はバハムートというきっとすごいドラゴンなのだろう……と推測できたかと思います。これは偽名プレインズウォーカーとして、直前に《オニキス教授》という先駆者がいたのが大きいですね。
また《ティアマト》が公開された際、D&D勢からは「バハムートもきっといるのだろうけれど、ティアマトの効果でライバルのバハムートが呼び出されるのはまずくないか」と言われていました。これは《花の大導師》がドラゴンになるのは場に出た後ということで、きちんと解決されています。でも、ドラゴンとしてのバハムートのアートも見たかったな……。
4. 「D」はまだあります
今回はここまでです。もともとはD&Dのドラゴン・デーモン・デヴィルを一気に解説したかったのですが、さすがD&Dの顔であるドラゴン。一回丸々使ってしまいました。前回(ビホルダー)もそうでしたが私はこんなのばっかりですね。
次回こそD&Dのデーモンとデヴィルについて、マジックとの共通点や相違点を解説していきます。もちろんカード化されている有名人たちについてもね!それではまた次回に。
(終)
参考資料
「ダンジョンズ&ドラゴンズ プレイヤーズ・ハンドブック」
「ダンジョンズ&ドラゴンズ モンスター・マニュアル」
「ダンジョン・マスターズ・ガイド」
「バルダーズ・ゲート:地獄の戦場アヴェルヌス」
「次元界の書」
「ドラコノミコン:クロマティック・ドラゴン」
「ドラコノミコン:メタリック・ドラゴン」
「フォーゴトン・レルム・キャンペーン・ガイド」
「竜の書 ドラコノミコン」
「高貴なる行いの書」
「Deities and Demigods」
「アイスウィンド・サーガ 2 ドラゴンの宝」
「Dungeons & Dragons Art & Arcana: A Visual History」