あなたの隣のプレインズウォーカー ~第120回 ダンジョンズ&デヴィルズ&デーモンズ~

若月 繭子

はじめに

こんにちは、若月です。

これまで、「ダンジョンズ&ドラゴンズ」(以下D&D)の象徴的なモンスターとしてビホルダーとドラゴンを取り上げてきました。「~ドラゴンズ」なのにビホルダーを先に紹介したのはどうなのだろう、と今さらちょっと思いましたけど。

ギルドの重鎮、ザナサーティアマト花の大導師

さて、マジックにおいてデーモンは重要なクリーチャー種族であり、物語で重要な役割を果たしてきたデーモンがたくさんいます。D&Dにおいてもデーモン(とデヴィル)は有名かつ手強いモンスターであり、世界の運命に関わるような高レベルシナリオにもしばしば関わってきます。

ですが、名前は同じながらもマジックとD&Dとの間でデーモン・デビル/デヴィルはその設定も性質も異なっています。今回は両者の相違点を探り、また『フォーゴトン・レルム探訪』でカード化されたD&Dの有名デーモン&デヴィルを解説します。

第118119回と同様、今回もテーブルトークカフェDaydream様にて閲覧させていただきました各種資料を参考にしております。店舗紹介が前々回記事にありますので、そちらもご覧ください。同じく、ダンジョンズ&ドラゴンズの日本語版版元である株式会社ホビージャパン様からもご協力と監修をいただいております。

……D&Dで「関連記事一覧」ができるほどに書いてきたとはなあ。一応これはマジックの背景ストーリーや設定を楽しく取り上げる連載です。フリーダム。

1. マジックのデーモンとデビル

DevilはD&Dでは「デヴィル」マジックでは「デビル」となっています。そのため今回の記事では、D&DのDevilは「デヴィル」、マジックのDevilは「デビル」と表記します。ややこしいかもしれませんがご了承下さい。

■マジックのデーモン

まずはそれぞれの定義をおさらいしましょう。デーモンについては書籍にちょうどいい記述がありましたのでそのまま訳して紹介します。

書籍「The Art of Magic: The Gathering: Concepts & Legends」P.131より訳

デーモン

多元宇宙のあらゆる既知の次元にデーモンがいる–黒マナの悪しき顕現であり、強欲、野心、残虐、憎悪、腐敗を体現している。予想できるかもしれないが、一体のデーモンを召喚し支配することは君の心身健康を著しく害する可能性がある。だが上手くいけば、君の敵にはさらに凄まじい危害をもたらす。

デーモンは「黒」を代表する大型クリーチャーであり、「黒」という色の悪しき面を体現しています。マジックでは同じ種族でもその次元によって少しずつ姿形や性質が異なりますが、それでもデーモンが「黒マナの体現」だというのは割と共通しています。もともとデーモンではない生物が、何らかの強力な外的要因や、あまりに堕落してしまうことでデーモンに変化するというものもあります。

ほとんどの次元において、デーモンは極悪な存在として恐れられています。知性は概して高く、「取引」や「契約」を用いて他者を堕落させるのを好みます。また信者を集め、悪魔崇拝のカルト教団を形成する者もいます。有名どころではイニストラードのスカースダグ教団や現代ドミナリアの陰謀団がそれですね。ラヴニカのラクドス教団もある意味それでしょうか。

カードとしてのデーモンは、ほとんどが黒単色です。2021年8月現在、黒単色のデーモンは104体いますが、ほかの単色(といっても赤単が4体いるだけ)や多色のデーモンは今なお少数です。多くは5/5以上の大型クリーチャーであり、何らかのデメリットと引き換えにマナレシオが優秀だったり、プレイヤーへと利益をもたらしたりします。とはいえ近年ではデメリットをまったく持たないデーモンも増えています。

奈落の王深淵の迫害者グリセルブランド血の取引者、ヴィリス

■マジックのデビル

一方、マジックのデビルはデーモンと比較して数は少なく、登場する次元も限られています。「何となくこういうクリーチャー」という認識はあるかもしれませんが、デーモンほど具体的に語られてはきませんでした。もっとも多くのデビルが登場しているのはイニストラード次元であり、そのアートブックに詳しい解説がありました。

書籍「The Art of Magic: The Gathering – Innistrad」P.112より訳

デビルは悪意あるいたずらを地獄のように振りまく。彼らは徒党を組み、デーモンの側近となる–デーモンの利己的な欲望と衝動が肉体を得たものである。デビルは残酷で非常にサディスティック、自分自身や他者の安全はまったく気にしない。デビルは破壊、大混乱、苦痛を大いに喜ぶ。

デビルは直立状態で3から4フィート、針のような歯が並ぶ口に、皮膚はしばしば明るい、あるいは深い赤色をしている。通常は1本もしくは2本の角が後方に伸び、ほとんどの個体が鞭のような長い尾を持つが、姿形は個々でまったく異なっている。デビルは機敏で戦いにおいてはまずまずの腕を発揮するが、価値あるものを破壊することと他者を苛立たせることにもっとも真価を発揮する。

苦々しい感情を生成し焚きつけるとなれば、デビルはそのエキスパートだ。デーモンは自らの力を誇示・拡大し、定命を誘惑してそのもっとも貴重なものを差し出させる方法に興味を抱く。一方デビルはただ、可能な限りもっとも(彼らにとって)面白い方法で破壊を繰り返し混乱をもたらそうとする。

ほかの次元、たとえばラヴニカ次元にもけっこうな数のデビルがいますが、外見や性質はイニストラードのそれと大きな違いはありません。カードではほとんどが赤単色であり、P/Tはデーモンよりも小型でだいたいは3/3以下、炎との親和性を現すように直接ダメージを与える能力を持つものが多く存在します。デーモンが黒という色の悪しき体現ならば、デビルは赤という色の悪しき体現であり、好き勝手に混沌を振り撒きます。多くのカードで、嫌がらせじみた破壊活動を行うデビルの様子が見られます。

護符破りの小悪魔やじる悪鬼騒乱の悪魔

《やじる悪鬼》フレイバーテキスト

奴らの言語は断続的な鼻息と狂ったような叫びの耳障りな塊だが、その言わんとすることは極めて明確だ。

《騒乱の悪魔》フレイバーテキスト

悪魔にとって、ものを燃やすことは喜劇、娯楽、芸術表現の最終形態である。

デーモンとデビルのプレインズウォーカーもいますが、どちらも少々特殊な成り立ちです。デーモンのプレインズウォーカー、オブ・ニクシリスはかつて人間であり、プレインズウォーカーとして覚醒した後にデーモン化しました。半デビルのプレインズウォーカー、ティボルトも元は人間でしたが、魔法が暴走した結果デビルと融合してしまったというものです。デーモンは純粋なマナの体現であるため、本来であればプレインズウォーカーにはなれないと明言されています。デビルの方は不明です。

灯の再覚醒、オブ・ニクシリス嘘の神、ヴァルキー

この2人は同時に、マジックのデーモンとデビルの違いを示しているかと思います。デーモンはどちらかというと落ち着いた恐ろしさがあり、深慮遠謀をもって悪しき野望を達成しようとします。デビルは衝動的な心のままに混沌と破壊を喜びます。とはいえ『カルドハイム』のティボルトは決して行き当たりばったりではなく、さまざまな計略を巡らせて世界を混乱に陥れていましたけどね。

2. D&Dのデーモンとデヴィル

マジックのデーモンとデビルは、個人個人はともかく種族同士に何らかの因縁があるというわけではありません。一方D&Dのデーモンとデヴィルは、不倶戴天の敵同士です。彼らは下方次元界(D&D多元宇宙において悪の属性を持つ諸次元界)の支配を巡り、終わることのない「流血戦争」を続けています。

■D&Dのデーモン

マジックのデーモンが黒マナの体現であるなら、D&Dのデーモンは「混沌にして悪」の体現であり、ただ破壊のためだけに存在しています。多元宇宙にデーモンの悪しき影響を蔓延させ、文明の破壊と滅亡をもたらし、すべてを絶望と荒廃で塗り潰すのがデーモンの望みです。デーモンの影響は凄まじく、そこに存在するだけで消えない悪臭や影がその地にまとわりつき、植物は枯れ、野生生物は近づかなくなります。

デーモンと一括りに言いますが、その姿形は混沌を体現するように非常に多種多様であり、いわゆる人型のデーモンは少数です。マジックプレイヤーが見れば、むしろホラーやナイトメアが近いと感じるでしょうか。

上の画像はD&D第3版(現在は第5版)のものですが、これらすべてが「デーモン」に分類されています。彼らは数あるD&D次元界の中でも、混沌と悪の次元界である無限の階層なす奈落界アビスを棲処としています。このアビスそのものがデーモンを生み出しているのです。あるいは呪いを受けた定命の魂や、アビスに囚われた魂から生み出されるデーモンもいます。

デーモンの社会は無秩序ですが、それでも弱いデーモンは強いデーモンに従います。そうしなければ殺されるためです。デーモンの地位は流した血の量で決まり、倒した敵が多ければ多いほどデーモンは偉くなります。敵とはデヴィルであったり、ライバルのデーモンであったりします。そのような昇進のシステムがあるにはありますが、ほとんどのデーモンは十分な力を得る前に滅んでしまうのです。それでも長き闘争を生き延びてきた最強クラスのデーモンは「デーモン・ロード」と呼ばれており、『フォーゴトン・レルム探訪』では2体がカード化されています。こちらは後の項目で解説します。

デーモンは極めて恐ろしい存在ですが、その力を求めてやまない定命も大勢います。強大なデーモンを召喚しようとしている悪人や組織を止める、というのはD&Dのシナリオの定番です。D&D世界にはデーモン・ロードを信奉するカルト教団がいくつも存在し、主の野望のために働く代わりに力や富といった恩寵を授かっています。これはマジックのデーモンと同じですね。とはいえデーモンにとって彼らは使い捨ての道具に過ぎません。用済みになれば殺され、その魂はアビスにて悲惨な末路を辿ります。

■D&Dのデヴィル

一方のデヴィルは「秩序にして悪」の体現です。彼らは破壊や殺しよりも征服と支配のために生きており、他者を奴隷に落とし弱者を踏みにじることを最高の喜びとします。デヴィルは知的で狡猾、定命を誘惑して堕落させ、邪悪な思想を広めさせたり魂を差し出す契約に署名させたりします。

秩序属性であるデヴィルの社会は、絶対的な階級制です。デーモンが上位者に服従するのは殺されないためにですが、デヴィルは見返りがあるために服従します。とはいえあらゆるデヴィルは支配されるよりも支配することを望んでいるため、目障りな上司やライバルを始末し、のし上がる機会を常に伺っています。

デヴィルが住まう秩序にして悪の次元界、九層地獄バートルは、その名の通り九つの層が積み重なった形状の地獄です。各層にはその支配者であるアーチデヴィルの悪しき性質を体現するような恐るべき風景が広がり、無謀にも宝探しやデヴィル退治、あるいは禁断の知識を求めて訪れる冒険者に牙をむきます。

デヴィルにも多種多様な個体が存在します。こちらも「第3版」のものですが、デーモンよりも割と人型をしているのがわかるかと思います。アーチデヴィルの中には、私たち人間の目にも美男美女と映る者もいます(なめくじの怪物もいますが)。

デヴィルは定命の魂を求めます。相手の魂を所有するということは、その者に対して絶対的な支配権を手にすることを意味するためです。デヴィルはポータルや召喚魔法を通じて九層地獄からほかの次元界へ向かい、力や知識や富を対価に契約を持ちかけます。デヴィルの甘言は、ただ強大な君主や野心家の魔術師にのみ向けられるのではありません。

書籍『モルデンカイネンの敵対者大全』の例を借りるなら、「たとえば軍隊を丸ごと焼き尽くせる秘術の呪文も、農民には何の使いみちもない。だが、今後数年にわたってどの種類の農作物が高値で売れるか分かるとなれば、農夫は地獄の契約にサインしてしまうかもしれない」。そしてその契約は、九層地獄の支配者アスモデウスの意によって必ず実行されます。

ならば、マジックでリリアナが契約を破棄したように、契約相手のデヴィルを殺してしまえばいいのでは?いえ、デヴィルは不滅の存在です。九層地獄の内で死亡したのでない限り、彼らは即座に出身階層にて復活するのです(逆に九層地獄の中で死亡したなら、どれほど高位のデヴィルであっても破壊され、蘇ることはありません)。デヴィルごとに「契約書」(書面であるとは限らない)の形状は異なっており、契約を無効化する方法も千差万別です。少なくとも契約相手のデヴィルを殺しても無効化はされません。

D&D第3版のサプリメント『魔物の書Ⅱ:九層地獄の支配者』には、デヴィルと契約を交わした魂がどうなるのかが非常に詳細に解説されているのですが、その行く末は凄まじくおぞましいものでした。リリアナはともかく(失礼)、悪魔学者のダブリエルなら上手くやれるのかな?(ところで『Jumpstart: Historic Horizons』にて神話レア収録おめでとうございます!)

……というように、デヴィルの「秩序・悪」の性質、契約によって魂を手に入れるという行動はマジックのデーモンの多くに当てはまるものです。D&Dとマジックがコラボするにあたって、性質的にわりと逆であるデヴィルとデーモンをどうするのかは気になっていたところでしたが、素直にデヴィルはデビル、デーモンはデーモンになっていました。両方知っていると違和感がないでもないですが、不都合らしい不都合も特にないでしょうし、いいんじゃないですかね。

名演撃、ラクドス

ちなみに書籍「Guildmasters’ Guide to Ravnica」によれば、ラクドスの属性は「混沌にして悪」。しっかりD&Dでもデーモンです。

3. 著名なデーモン・デヴィル

『フォーゴトン・レルム探訪』には、D&Dでも超・有名どころのデーモンとデヴィルが伝説のクリーチャーやプレインズウォーカーとしてカード化されています。まずはデーモン・ロードから。彼らはアビスの無数のデーモンの中からのし上がった唯一無二の魔物であり、アビスの階層の一つかそれ以上を支配し、物質界にも多くの信者を抱えています。

■オルクス

オルクスの初登場はD&Dの初期も初期、1976年。「不死のプリンス」の名が示すように、かつてライバルとの戦いに敗れて殺害されるも蘇ってきました。D&Dプレイヤーだけでなく世界内での知名度も高いらしく、これは古い版の情報になりますが、D&D世界の人々はいわゆる「デーモン」というとオルクスの姿を思い浮かべるのだそうです。上でD&Dのデーモンの姿は多種多様と書きましたが、たしかにオルクスは我々の目にも普通にデーモンと映るような姿をしています。

不死のプリンス、オルクス

人型の上半身に山羊の下半身、蝙蝠の翼といった姿は初出から変わりません。オルクスはアンデッドに特化したデーモンであり、定命の信者も多いのですが、むしろアンデッドの奉仕の方を好んでいます。そして多元宇宙のすべての生命を消し去り、彼に忠誠を誓うアンデッドのみが棲む世界に変えるのを目標としています。

オルクスが所持する伝説的なアーティファクト(D&Dにおいて「アーティファクト」は、魔法のアイテムの中でもさらに特別な力を持つものを指します)が、統率者デッキに収録されている《ワンド・オヴ・オルクス》D&Dの全多元宇宙でも、もっとも強力な悪のアイテムのひとつです。アンデッド特化のオルクスの設定は、むしろこちらで表現されている気がします。

ワンド・オヴ・オルクス

この頭蓋骨は、オルクスが殺した人間の英雄のものです。D&Dではさまざまな効果を秘めた超強力な武器というだけでなく、レベルの低い者はこのワンドに触れただけで、またオルクスの意志に反してこのワンドに触れただけでも、抵抗に失敗したなら即死してしまいます。オルクスのカルト教団員は、このワンドを模したものをしばしば所持しています。

オルクスの野望を阻む最大の敵は、正義の存在よりもむしろ別のデーモン・ロードたちです。オルクス、「暗黒のプリンス」グラズズト(旧版ではグラズト)、「プリンス・オヴ・デーモンズ」デモゴルゴンの3体は宿敵同士としてそれこそD&Dの黎明期からアビスの覇権を巡って争っています。もしも今後またD&Dとのコラボセットが登場するなら、オルクスが出た以上もう2体も出して欲しいですね。

■ロルス

蜘蛛の女王、ロルス蜘蛛の女王、ロルス

プレインズウォーカーとしてカード化されていますが、設定上はデーモン・ロードです。ロルスも非常に古くからD&Dに登場しており、初出はおそらく1978年。初期の版では蜘蛛の身体から女性の顔だけが突き出ているというようなデザインでしたが、現在では我々が見てもかなりの美女です。第4版(現在は第5版)の『モンスター・マニュアルⅢ』の表紙はロルスです。そしてこのアートを手がけたJesper Ejsing氏が、今回ボーダーレス版のロルスを担当しています。粋ね!

ロルスはD&D世界のダークエルフ、ドラウの邪悪な女神です。遥かな昔にエルフの神々との戦争を引き起こしてエルフの民を永遠に分裂させ、自らを信奉する者たちを地下世界アンダーダークへと導きました。非常に気まぐれで嗜虐的で悪意に満ちており、自らを信奉するドラウの社会にすら争いを求めます。「自軍の」クリーチャーが死亡したらなら忠誠度が上がるという常在型能力にその性格の悪さが伺えます。

ドラウの都市ではいくつもの名家が常にロルスの寵愛を求め、陰謀を張り巡らせて覇権を争っています。その一方で、ひとつの権力がすべてを掌握するという「安定した」状態はロルスが望むものではないと薄々気づいている者たちもいます。ドラウは地上世界の者たちを見下しており、ときおり略奪と殺戮に赴きます。ロルスの期待を裏切った者は異形の《ドライダー》に変化させられ、奴隷よりも卑しい存在として蔑まれると同時に恐れられます。

ドリッズト・ドゥアーデン

D&Dでもっとも有名なダークエルフ、ドリッズト・ドゥアーデンはドラウの邪悪な社会に背を向けた数少ない一人です。彼はもともと、産まれてすぐにロルスへの生贄に捧げられる予定でしたが、兄のひとりが暗殺されたことによって生かされました。ドラウには稀な正義の心を持って生まれ育ったドリッズトは、相棒グエンワイヴァーとともに故郷を捨て、地下世界アンダーダークを放浪した末に地上を目指しました。

ドラウは邪悪な存在として地上では忌み嫌われていましたが、ドリッズトは長い旅の果てに真の友を得て、彼らと彼らが生きる地上世界を守るべく戦い続けています。このドリッズトの仲間たちも、全員ではありませんが『フォーゴトン・レルム探訪』及び統率者デッキにてカード化されています。

ブルーノー・バトルハンマーアイスウィンド・デイルのウルフガルCatti-Brie of Mithral Hall

そしてデヴィルの中でも唯一無二の存在、アーチデヴィル。『フォーゴトン・レルム探訪』では、九層地獄の最上層と最下層の支配者がそれぞれカード化されています。

■ザリエル

こちらもロルス同様プレインズウォーカーとしてのカード化ですが、設定上はデヴィルです。九層地獄の各層の支配者は版が変わると交代することがあり、ザリエルは第一階層アヴェルヌスの、現行第5版(2014年刊行)からの支配者です。以前の版でも名前だけは出ていたのですが、ビジュアルが判明したのは第5版が初めてなのかな?

アヴェルナスの大公、ザリエルアヴェルナスの大公、ザリエル

ザリエルはもともと天使(D&Dでは「エンジェル」)であり、デーモンとデヴィルの「流血戦争」を監視する役割を担っていました。しかし戦闘狂である彼女は、自らその戦争に加わりたくてたまらなくなり、ついに部隊を率いて乱入しました。ですが戦いでほとんどの部下は死亡し、ザリエルも屍の山の中で気を失ってしまいます。彼女はアスモデウスの部下に回収され、九層地獄の最下層へと連れてこられて治療を受け、アスモデウスの提案を受け入れてデヴィルへと変化し、第一階層の支配者となりました。「戦闘狂」の設定は[-6]能力、追加の戦闘フェイズを得るのがいかにもそれという感じです。

第一階層の前支配者ベルは、ザリエルの部下に降格させられましたが、いずれ彼女は流血戦争に大敗して凋落するだろうと考えて今は大人しく従っています。九層地獄の各層の支配者たちは常にライバル心を抱いて互いを牽制し合っていますが、ザリエルは地獄の政治に一切興味を持っていません。彼女が目を向けるのは流血戦争のみであり、戦力となる定命の魂を集めさせ、武勇と献身を示す者と契約を結んで力を与えます。

またマジックの天使はたとえ堕天しても、クリーチャー・タイプは「天使」のままです。一方でD&Dではそうではありません。D&Dのエンジェルの属性は必ず「秩序にして善」。これが変化してしまったなら、もはやエンジェルではない……ということなのだと思います。

『バルダーズ・ゲート:地獄の戦場アヴェルヌス』

ザリエルは、発売中のシナリオ集『バルダーズ・ゲート:地獄の戦場アヴェルヌス』の主要登場人物です。見ての通り表紙がザリエルその人です。内容のネタバレを書くのはあまりよろしくないので少し別の話をしますが、この本の原題は「Baldur’s Gate: Descent into Avernus」。直訳すれば「バルダーズ・ゲート:アヴェルヌスへの降下」でしょうか。それが日本語版ではかなりアグレッシブなタイトルになっています。これについては、日本語版公式ウェブサイトにちょっとクスっとする話が載っていました。

「D&D第5版へのお誘い 『地獄の戦場アヴェルヌス』 3 地獄の魅力」より引用

最後に地獄全体でなく地獄の一番浅い層アヴェルヌス固有の話をすると、ここは地獄というより戦場――デヴィル、デーモン、その他の群小勢力が覇を競う戦場であって、ダンテの地獄とかにはあんまり似ていません。何に似ているといってマッドマックスとか北斗の拳とかFalloutとかのポストアポカリプス世界に似ています。DMはここらへんを何か1本見て/遊んでおくと参考になるでしょう。

「D&D第5版へのお誘い 『地獄の戦場アヴェルヌス』 4 他のD&D製品とあわせて使う」より引用

(3)翻訳時には題名を『バルダーズ・ゲート:地獄のヘルロード』にしようとか地獄のウォーマシンの名前をチキチキマシン風にしようとかルールーの語尾を全部「~ルー」にしようとかいう案もありましたが訳者陣はすべての誘惑に耐えました。偉い。

……ちょっとだけ名残がありません?

■アスモデウス

恐らく、D&Dでもっとも有名なデヴィルがアスモデウスでしょう。『フォーゴトン・レルム探訪』発売前、恒例のマローヒントでこのセットに「デビル・神」がいると発表された際には、D&Dを知る勢の多くがアスモデウスだろうと予想していたかと思います。初出はとても古く、1977年に発売された最初期のモンスター・マニュアルにはすでに名前が載っていたようです。

アーチフィーンド、アスモデウス

アスモデウスは九層地獄の主、全デヴィルの神にして最高支配者です。古い版の情報になりますが、ある神話では、アスモデウスは宇宙の創造者の堕落した姿とされています。また別の神話は、かつてもっとも強大でもっとも美しい天使であったアスモデウスが神々と契約を結び、邪悪な魂を転送する規則と地獄の境界線を定義し、九層地獄の王の座についた物語を伝えています。

公式記事「『フォーゴトン・レルム探訪』の伝説たち」より引用

九層地獄の支配者、アスモデウスは宇宙の支配を求めている。その監視のもと、あらゆる生けるクリーチャーは地獄の階級制度の中に地位を与えられて宇宙は清純かつ完璧な状態になるだろうと彼は信じている。戦争は終わり、あらゆるクリーチャーは満たすべき目的を得る。宇宙は楽園となる、少なくともアスモデウスはそのように見ている。

無論、彼が見るに、アスモデウスこそがこの理想的な未来をもたらすために必要なカリスマ、力、洞察を兼ね備えた唯一の存在である。デヴィルの中には彼のライバルもいるが、それらは下等であり、やりたいようにやらせたならばそれらは宇宙をデーモンが蔓延する大嵐に変えてしまうだろう。善の存在は感情的な愚者であり、なすべき行いを成すには繊細で軟弱すぎるのだ。彼が思うに、アスモデウスこと宇宙を消滅から守るために、宇宙によって選ばれた者なのだ。

アスモデウスは明敏で精緻、究極的な秩序を体現するように落ち着いた物腰の紳士です。謀略の達人であり、かつては善なる次元界セレスティア(バハムートが棲処を構える次元界でもあります)へ赴き、弁舌を駆使して生還したとも言われています。

無数のデヴィルが定命と交わすありとあらゆる契約は、最終的にアスモデウスへと行きつきます。ほかの階層の支配者を任命できる、またその座を剥奪できるのはアスモデウスだけです。すべてのデヴィルがアスモデウスに服従していますが、多くのアーチデヴィルはアスモデウスの座を奪いたいと願っており、特に第八階層、極寒の氷結地獄カニアの支配者メフィストフェレスは、ほかと比較しても並々ならぬ敵意と野心をアスモデウスに対して抱いています。アスモデウスのほうでもそのような敵対心は承知の上で、九層地獄の最下層に玉座を構えて途方もない深慮遠謀を巡らせています。今のところ、アスモデウスの支配の座が揺らぐような気配は見られません。

『フォーゴトン・レルム探訪』でカード化されている九層地獄の支配者はザリエルとアスモデウスだけですが、マジックに顔を見せていなほかのメンバーも非常に個性的かつ恐ろしいデヴィルたちです。マジックのファイレクシア(旧ファイレクシアも九層だ)もそうですが、こういう「想像を絶するほどに邪悪な軍団とそれらが棲む世界」の設定は非常に恐ろしいと同時にどこか心躍ります。魅力的な悪役というのは、いつも作品に面白さを加えてくれるものです。

4. おわりに

以上です!『フォーゴトン・レルム探訪』に関して、ひとまず書こうと思っていた内容を書き切りました。

結局《ドリッズト・ドゥアーデン》の物語を解説しなかったのですが、やはり日本語版がしっかり刊行されている書籍の内容を詳細に書くのは憚られました。とはいえ本当に面白い物語ですし、コミックも出ています。読んだら夢中になりますよ!!私も日本語翻訳分は全部読んだのですが、その続きとして遥かに多い冊数の英語版が刊行されています。先が気になるのでとうとう手を出してしまったのですが、わかりやすい英語で、さらにやっぱりすごく面白い……困る……これは沼だ……。

納墓

個人的に、D&Dコラボは今回だけで終わってしまうのはもったいなすぎると思います。たとえばドリッズトの小説シリーズだけでも、魅力的なキャラクターがまだまだたくさんいます。ずる賢くて臆病だけど仲間想いのレギス、ドリッズトの父であり師匠のザクネイフィン、ドリッズトを宿命のライバルとして狙う暗殺者エントレリ、切れ者で世渡り上手の傭兵団長ヤーラクスル(ジャーラックスル)……マジックのカードとしてぜひとも出会いたいですよ。

D&Dの記事を書くにあたっては、普段のマジック記事とはいろいろと勝手が違いましたし、資料のほとんどが物理書籍なので求める内容を探すのにずっと時間がかかりました……でも楽しかった!もしこの一連の記事で、ほんの少しでもD&Dに対する、マジックに対する興味や理解を深めていただけたのであれば、それ以上に嬉しいことはありません。 それではまた次……

神河に!ついに!!再訪だあああああ……サイバーパンク!!!!!

(終)


参考資料

『ダンジョンズ&ドラゴンズ プレイヤーズ・ハンドブック』
『ダンジョンズ&ドラゴンズ モンスター・マニュアル』
『ダンジョン・マスターズ・ガイド』
『バルダーズ・ゲート:地獄の戦場アヴェルヌス』
『モルデンカイネンの敵対者大全』
『Guildmasters’ Guide to Ravnica』
『モンスター・マニュアルⅢ(第4版)』
『魔物の書Ⅰ:奈落の軍勢』
『魔物の書Ⅱ:九層地獄の支配者』
『次元界の書』
『不浄なる暗黒の書』
『Dungeons & Dragons Art & Arcana: A Visual History』
『The Art of Magic: The Gathering: Concepts & Legends』
『The Art of Magic: The Gathering – Innistrad』

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若月 繭子 マジック歴20年を超える古参でありながら、当初から背景世界を追うことに心を傾け、言語の壁を越えてマジックの物語の面白さを日本に広めるべく奮闘してきた変わり者。 黎明期から現在までの歴代ストーリーとカードの膨大な知識量を武器にライターとして活動中。 若月 繭子の記事はこちら