あなたの隣のプレインズウォーカー ~第126回 ワンダー☆ワンダラー~

若月 繭子

《放浪皇》について語る

こんにちは、若月です。

これは……正統派ヒロイン!!!!!『神河:輝ける世界』は普段よりもずっと多彩で華やかなプロモーションが行われていました。なかでもひときわ話題になったのはこのアニメだったかと思います。メインストーリーを下敷きに魁渡と放浪皇の関係性にクローズアップした、美しくも切ないPV………この劇場版アニメの公開はいつですか!!!???

一方、世の中では『ニューカペナの街角』プレビューも始まりました。けれど私はまだネオ神河を書き足りない!今回はカードでも大活躍中な『神河:輝ける世界』のヒロイン、放浪皇陛下のお話です!!

1. 謎のプレインズウォーカー

放浪者

放浪皇、あるいは放浪者の初出は2019年の『灯争大戦』。新プレインズウォーカー4人のうちの1人としての登場でした。このセットは「ニコル・ボーラスとの最終決戦」ということでプレビューも実に凝っていまして、最初に公開されたのは非常に不穏なティザー映像、そしてその少し後に公開された「ステンドグラスに描かれたプレインズウォーカーたち」。こんなにたくさんのプレインズウォーカーが一気にカード化されるということで当時は騒然となりました。

ちなみにこのしばらく後にあの「日本語版限定アート」の存在が明かされ、さらなる大盛り上がりになったのでした。ちょうど『灯争大戦』の小説「War of the Spark: Ravnica」の発売日だったので、私は読み進めながらこちらもチェックして忙しかったなあ……。

(喋らずにはいられなかった)

このように公開された『灯争大戦』の新顔4人のうち、ダブリエルは小説「Children of the Nameless」で既出、テヨも『灯争大戦』小説の表紙絵に描かれているのが早くに確認されていましたので、当時完全に初出だったのはカズミナと放浪者だけでした(もちろん記事公開当時では名前も出ていませんでしたが)。

そして放浪者は、カードプレビューの際に多少の設定が明かされていました。正体不明ということでプレインズウォーカー・タイプを持たず、さらには「常にプレインズウォークしている特異体質」「普通プレインズウォークには集中を必要とするのだが、彼女は『プレインズウォークしないように集中する』ことが必要」。なんだそれは!

王家の跡継ぎ

プレインズウォーカーとしての性質、プレインズウォーカーの灯の性質?が通常と異なるキャラクターはときどきいます。たとえば双子のプレインズウォーカー、ウィル・ケンリス&ローアン・ケンリスは「プレインズウォーカーの灯を共有している」らしく(これもどういうことなのか実際よくわからない)、ふたり一緒でなければプレインズウォークできません。放浪者は顔も見えず正体不明ということも合わさって、ひたすらに謎なキャラクターとしての登場でした。

そのため、放浪者の正体については登場直後からさまざまな推測がされていました。私はどこか神河っぽい衣装から、そしてボーラスとの最終決戦ということで梅澤家の関係者だろうか、と考えました。

『ドミナリア』にて《逃亡者、梅澤哲子》とその設定「今もボーラスの目をかいくぐっている」が出ていたというのもあります。ラヴニカが舞台ならば梅澤家は直接関われない。ならば梅澤の血筋でなくとも、梅澤家が対ボーラスのために雇っているエージェントを送り込んだ……とかそういう感じに。結局梅澤家は何も関わらなかったなあ。『Dominaria United』で出てくるんですかね?

放浪者の正体について、当時よく言われていたのは次の2つです。

エルズペス説

遍歴の騎士、エルズペス

言われていた、というよりは「期待されていた」感が大きいように思えます。『灯争大戦』の時点ですでに『ニクスへの旅』から結構な年月が経っており、またこのプロモが登場していたというのもあるでしょう。放浪者のプレインズウォークの特質は、安らぎを望んでも得られないエルズペスの……みたいな。とはいえ髪の色も肌の色も違いますし、『灯争大戦』の小説を読むに雰囲気も違いました。エルズペスだとしたら背負うものの重苦しさがない、とでも言えばいいのかな。

アクロスの古参兵、タラニカ

結局、こちらの説は『テーロス還魂記』にて時系列的に否定されました。《アクロスの古参兵、タラニカ》の背後にギデオンの彫像が描かれていることから、エルズペスが死の国から脱出した『テーロス還魂記』は『灯争大戦』よりも後の出来事と考えられます。毎回言いますが『テーロス還魂記』のストーリーはあらすじしか存在しないので詳細が全然わからないんですよ……。

エムラクール説

見捨てられた神々の神殿

説、といいますかこちらはほとんどネットミームのようなものであり、本気で信じていた人はあまりいないと思いますが。シルエットが似ていること、また放浪者の特異な灯の性質は、久遠の闇で生まれた怪物エルドラージのそれなのではないか……という感じだったでしょうかね。

が、エムラクールはプレインズウォーカーではありません。エルドラージの巨人たちは久遠の闇を渡りますが、彼らはプレインズウォーカーの灯を持ちません。そもそも前提が違うのでした。

仮面使い、エストリッド運命の手、ケイリクス

このようにカードはあるものの、キャラクターとしてはよくわかっていない……というプレインズウォーカーはときどきいます。統率者セットで登場した《仮面使い、エストリッド》、本流のセットで登場したものの詳細なストーリーが語られていない《運命の手、ケイリクス》あたりがそれです。放浪者と同期のカズミナも、『ストリクスヘイヴン:魔法学院』で再登場するまでほとんど何もわかりませんでした。いやカズミナの場合、ストリクスヘイヴンを経てもやっぱりいろいろ謎ですけどね……。

ちなみに放浪者というプレインズウォーカーがもともとどのように作られたのかは、デザイナーさん自ら明かしていました。

訳:ときどき、特に何の計画もなくアイデアを探求する日がある。5年前、私はデスクの近くの壁に特に注釈をつけずにこの作品を貼りつけた。アイデアは単純なものだった。目立つ帽子をかぶった謎めいたプレインズウォーカーにして熟達の剣士。今や私の娘は皇へと成長した!

プレインズウォーカーが作られる経緯にはさまざまなものがあるようです。たとえば《タイヴァー・ケル》は「エルフの部族プレインズウォーカーが必要」というところから生まれました。けれど放浪者は特に具体的な設定のない1枚のスケッチから、そしてそれがこんなにも強くて魅力的なキャラクターに成長する、そんなこともあるんですねえ。

2. 神河以前の放浪者

■『灯争大戦』

放浪者の一撃

第84回で取り上げたように、『灯争大戦』本編ストーリーにおける放浪者の出番はあまり多くありませんでした。とはいえ、謎めいた設定とは裏腹に普通に他人と接したり喋ったりしていたため、その物腰や雰囲気に謎めいたところはあまりなく「なんかこういう人」だというのが私の印象でした。

ほとんど顔出し程度のプレインズウォーカーもいた中で、台詞があった放浪者は扱いの良いほうだったかもしれません。さすがに36人(通常の収録以外にダク・テゼレット・ヤンリンもいたため実質39人)を登場させるのは大変だったのでしょう。繰り返しますがアショクは一切出番なし、カズミナはウェブ連載版に顔出しがあったのみです。

また話中で明かされた設定として「サルカンとは知り合い」というものがありました。これはむしろニヴ=ミゼットやハゾレトとの繋がりと合わせて「サルカン顔広いなあ」という感想を抱いたのですが。

ダク・フェイデン

それと放浪者に関連して、ちょっと悲しい話がひとつあります。ダク・フェイデンは放浪者の見事な戦いぶりを見て、《不滅の太陽》がオフにされた後もラヴニカに留まって戦い続けることを選んだのでした。ですがその選択が仇となって彼は……いえ放浪者に一切の責任はありませんし、ダクが調子に乗って前に出過ぎたのが悪いのですけれど……。

■『灯争大戦』後日談(小説「War of the Spark: Forsaken」)

『灯争大戦』から直接続く後日談小説「War of the Spark: Forsaken」。放浪者は『灯争大戦』の本編よりもむしろこちらで活躍していました。プレインズウォーク能力についてもここできちんと説明があり、ほかのプレインズウォーカーたちもその話には驚いていました。

この小説にて放浪者は、まずラヴニカから逃亡したリリアナを追いかけて行き先(ドミナリア)を突き止め、またテゼレットを追跡する任務を受けたラルに協力します。そしてこのときに「テゼレットと過去に因縁があった」と明かされていたのでした。第91回93回から訳を少々修正して(『神河:輝ける世界』に口調を合わせて)再掲します。なにせ当時はまだ正体不明だったので……

嵐の伝導者、ラル

小説「War of the Spark: Forsaken」チャプター38より訳

「どうして俺を手伝ってくれてるんだ?テゼレットと昔何かあったのか?」

「あったのですよ」

ラルは待った。放浪者は詳しく言うことはせず、そのため彼は促した。「それで……」

「それで、あの男が死ぬのは多元宇宙にとっては良いことだろうと考えて」

「なぜなら……」

「なぜなら、極めて危険な人物だから。貴方がそれを理解しているかどうか」

「理解してるさ。俺もあいつと昔ちょっとあった」

「貴方が知っているのは、ニコル・ボーラスのために働いていたあの男でしょう。それでも十分に危険だと思います。ですが、それは私が怖れるテゼレットではありません」

「あれを怖れてるのか?」

彼女はためらい、黙った。その沈黙は続き、やがて気まずさへと変わっていった。ラルがそれを破ろうとした瞬間、放浪者は言った。「ドラゴンの手綱を解かれたあの男が、どんな存在になりうるかを」

ラルは彼女を見つめた。放浪者はほぼ微動だにしなかった。気づけば、ラルは帽子の鍔の影に隠れたその顔を何としても見てみたいと思っていた。だが、どう尋ねたらいいのかもわからなかった――どう切り出そうとも、考えつく限り、その言葉は脳内で率直に言って無礼に感じた。「だから俺たちはあいつを倒す。多元宇宙の大義のために」

「多元宇宙の大義のために」

「それと多少の個人的な満足のために?」

「それとたくさんの個人的な満足のために」

テゼレットのほうにも放浪者を認識していたような描写がありました。彼女はテゼレットが使役するガーゴイルと戦うのですが、エーテリウムと石の拳で殴りつけられて意識を失い、集中が切れたことで即座にプレインズウォークしてしまいます。その描写を。

同・チャプター58より訳

そしてアラーラ次元に留まるための集中を失ったことで、彼女は即座にどことも知れぬ場所へとプレインズウォークしてしまった。

まずいと思いつつ、ラルは確信してもいた。回復したならすぐに戻ってくるだろう。

それまでには、この戦いを終わらせてやろう。

テゼレットは片膝をつき、左手で口元を拭った。「あの女は離脱などしないと思っていたのだがな」

それとForsakenでの放浪者について外せない場面がもうひとつ。こちらも第91回から訳を修正しまして再掲します。

小説「War of the Spark: Forsaken」チャプター38より訳

「君の顔を見せてくれないか?」ラルはそう尋ねるつもりはなかった。ただ、口を滑らせただけだった。

「嫌です」返答は短く、簡素だった。

「何で駄目なんだ?何で隠してるんだ?何でそんなに隠すのが上手いんだ?」

「そうですか?」彼女は髪を払いのけて顔を上げた。帽子の鍔の下に、放浪者は顔を完全に覆う黄金の仮面をまとっていた。その両目ですら影の中に隠れていた。

……黄金の仮面、ってどう考えてもあれだよな、テーロスの蘇りし者。小説の発売が『テーロス還魂記』の数か月前だったこともあり、その伏線かとも話題になりました。ですが結局無関係だったようです。何だったんだろう……面頬か?

■『イコリア:巨獣の棲処』

刃による払拭

《刃による払拭》フレイバーテキスト

放浪者は多くの道を歩く。彼女の刃が進む道はただ一つ。

以前にも書きましたが、このカードを初めて見たときはびっくりしました。え!!??ですが一瞬して納得しました。放浪者は常にプレインズウォークしているため、何の前触れもなくまったく関係ない次元にふっと顔を出しても特に不自然ではないのです。「プレインズウォーカーは異邦人であり、いつどこに顔を出してもおかしいということはない」というのが私の持論なのですが、放浪者はある意味その極地だ。

公式記事「『イコリア:巨獣の棲処』ストーリーカード」より引用

放浪者について知るようになったのは、ラヴニカに閉じ込められたときのことだった。彼女の次元渡りの方法はすごい――無意識にそうしてしまうので、今いる所に居続けるには集中しないといけない。このイコリアでも見かけたけど、一瞬後にはいなくなってしまった。――ビビアン・リードの野帳から

小説にはそれらしき通りすがりの白い人物の描写はなかった……と思います。この先こんな感じで何度もカメオ出演するのかな、と思いましたが特にそういうわけでもありませんでした。イコリア漫画でも、どこかのコマの隅に入れたかったのですけどね。

3. 最強の幼馴染

そして2022年初頭、『神河:輝ける世界』。17年ぶりの神河次元再訪、長い年月を経たことによる世界の変貌、マジックで見たこともないサイバーパンク要素、豊富に取り入れられたジャパニーズポップカルチャー……驚きの途切れないセットの中、これもまたひときわ大きな驚きだったかと思います。

「メインストーリー第3話:予期せぬ協調」より引用

壊れた機械の背後に、ひとりの女性が立っていた。純白の髪、その手には一振りの剣。顔を上げると、その容貌が大きな帽子の下から現れた。その茶色の瞳を、魁渡はすぐさま認識した。

最後に見た神河の皇は、まだ少女だった。だが年月は彼女を変えた。その瞳に深く宿した知啓は、百もの人生を経てきたかのようだった。ただ歳を経たのではなく、戦士として成長していた。プレインズウォーカーとして成長していた。

放浪者。

放浪皇

謎のプレインズウォーカー、放浪者。その正体は失踪した神河の皇であり、故郷へ帰る手段を探し求めている……初登場当時は多くが謎だったプレインズウォーカーの詳細が再登場時に判明する、というのは特に珍しいことではありません。それでもびっくりですよ。ちなみに『神河:輝ける世界』初報の動画に、気になるほのめかしがされていました。

There’s also another mysterious Planeswalker making an appearance in this set.
(訳:このセットではまた別の謎めいたプレインズウォーカーが登場します。)

The emperor of Kamigawa is someone that you may have seen before.
(訳:神河のエンペラーは見覚えのあるかもしれない人物です。)

この時点で多くの人が予想していたのは、エンペラー=テゼレットというものでした。オーコなのではという意見もいくつか見られました。どちらにしても、このエンペラーを黒幕・悪役と想定してのものだったのでしょうかね。

そして皇は『神河:輝ける世界』の主人公である忍者プレインズウォーカー、漆月 魁渡の幼馴染でもあるというのも明かされていました。ふたりの出会いはとても微笑ましいアクシデントによるものでした。

「メインストーリー第1話:永岩城の異邦人」より引用

それが皇だとは、魁渡は知らなかった。同じ年頃の女の子の声が聞こえてきただけだったのだ。悪戯を軽脚先生に告げ口するような相手ではなく、友達になれそうな相手。

だから、魁渡は本当のことを明かした。立ち入り禁止の書庫に忍び込んで本を持ち出すという挑戦の途中で誰かに見られたこと。これまで生きてきた中で一番速く走り、屋根を三つと壁を五つ越え、建物一つをよじ登って逃げたこと。

その女の子は仕切りの向こうで笑った。そんな可笑しいことを聞いたのは初めて、その言葉の中に彼は笑い声を聞いた。

ふたりはそれから一時間近く語り合い、魁渡は訓練に遅刻していると気づいた。彼は女の子の名を尋ねたが、返事はなかった。最も親しい相手であっても、皇は名を明かしてはならない。それでも、もし隠れる場所が必要になったら、是非また会いに来てくれていいと彼女は言った。

去り際、壁を登りながら魁渡は辺りを見渡した――戻ってこられるように――そして自分は皇の庭園に入り込んでいたと気づいたのだった。

良い皇国兵であれば、再訪すべきではないと心得ているはずだ。良い臣下であれば、皇にそんなにも砕けた言葉遣いをするのは不適切だと心得ているはずだ。そして良い訓練生であれば、勉強の妨げになるような気晴らしはしないものだ。

だが魁渡は何よりも、自らの心に従うことを心得ていた。

覆いの向こうにいる皇を次に訪れた時、魁渡は彼女が何者かを仰々しく騒ぎ立てはせず、ただ呼びかける必要が生じた際には「皇さま」と呼んだ。来る日も来る日も、彼はただ、友人を相手にするように話した。

そして、やがてふたりはそうなった。

漆月魁渡幼き日々

《幼き日々》フレイバーテキスト

皇国の習わしにより、皇の名前は最も親しい幼馴染である魁渡にすら明かす事を禁じられているため、幼い頃より彼に「陛下」と呼ばれることを余儀なくされたのだ。

皇宮の庭園で遊ぶ幼いふたり。「幼き日/When We Were Young」というカード名もいいですよねえ。世界観的にはこれまでのマジックとは一線を画すサイバーパンク、でも物語はかなり直球のボーイミーツガール。いいわー!!

そして放浪者の特異体質についても理由が判明しました。《神河の魂、香醍》を支配しようとしたテゼレット、彼が操る装置《現実チップ》によって変則的に覚醒させられたため、灯が不安定な状態でありひとつの次元に長く留まっていられないのです。神河に帰ることもできず、皇の座は長く不在の状態が続いている。失踪した幼馴染を探し求める魁渡、その過程で明らかになる異次元の脅威――『神河:輝ける世界』はそのような物語になっています。

放浪皇個人の話に戻りましょう。彼女はまだ幼いうちに、香醍によって皇として選出されました。皇は血筋によらず選出されますが、恐らくはそれに相応しいような教育を受けて育てられたのだと思います。統治者として公明正大に、厳格に。思えば『灯争大戦』の放浪者は不滅の太陽が切れた後も戦い続け、続編でも力を貸してくれていました。正しき行いを成し、罪なき人々を守る。これは故郷から遠く離れても、皇という立場を意識し続けてのことだったのかもしれません。

また《幼き日々》のフレイバーテキストにあるように、神河の皇は名を明かしてはならない。放浪者のプレインズウォーカー・タイプが空白である理由はこれでした。私たちにすらその名は明かさないというのは徹底しています。これまでにも「正体を隠したプレインズウォーカー」は登場していましたが、放浪皇はその本気度が違います。ねえ?

嘘の神、ヴァルキーオニキス教授花の大導師

さて『神河:輝ける世界』の物語中盤、再起動された《現実チップ》に呼ばれるようにして放浪皇は神河に帰還します。その人物像は礼儀正しく、静かな正義感をたたえている。とはいえ馴染みある相手には軽口を叩きもします。

「メインストーリー第4話:突入」より引用

魁渡は胸の痛みをまたも感じた。皇を探している間ずっと、彼女の方でも自分を探しているのかもしれないなどとは考えたこともなかった。

「故郷へお連れするのに、こんなに長い時間がかかってしまいました。申し訳ありません」

「期待はしていませんでしたよ。貴方は何にでも遅刻していましたからね――私たちの訓練にすら」

「え?そんなことは――」皇の声に隠された笑い声に、魁渡は言葉を切って溜息をついた。「遅れたのは一度だけです」

同記事より引用

「わかりませんか、私は貴方の命を救ったのですよ。それも私が覚えているかぎり、一日に二度も」

その両目が冗談めかして輝いた。「私の気を惹きたいなら、他の方法があるでしょうに」

「メインストーリー第5話:次なる戦いへ」より引用

「そんなに戦い好きになっていたなんで知りませんでしたよ」

放浪者は帽子を正した。「私が覚えている男の子は、むしろ皇宮の厨房でつまみ食いをする方をずっと好んでいましたが」

現実チップ現実への係留

かわいい。放浪皇は現実チップで灯を一時的に安定化させますが、魁渡との再会をじっくり喜ぶ暇はありませんでした。そして落ち着き払ってはいながらも、故郷へ帰り着いたことを、魁渡と再会できたことを彼女は内心ではとても喜んでいました。それでもそれを表には出しませんでした。出せなかったのです。

「メインストーリー第5話:次なる戦いへ」より引用

例え戦いの中であろうと、皇は感情を制御するように教えられてきた。だが、その灯によって他次元へと連れ去られた時、彼女はまだ子供だった。長い間、孤独の中にいた。寂しく悲しい孤独の中に。

だから、できることをしただけだった――心の鍵をかけ、落ち着いた振る舞いを生き伸びる手段に変える。

けれど今こうして故郷に帰りつき、自分の感情が胸の中で叫び、解放されたがっているのを感じた。それでも彼女は警戒を解きはしなかった。神河に留まり続けられると確信できるまでは。

もし心の鍵を開けて、皆に再会できた喜びを――魁渡に再会できた喜びを――思うがままに解き放った瞬間、今一度この世界から切り離されてしまったなら?そのような悲嘆から回復するには、一生かかるかもしれない。

肉体の裏切者、テゼレット魁渡の追跡

ふたりはタミヨウとともにテゼレットの野望を止めようと奮闘します。ですがテゼレットはタミヨウの束縛の魔法を破り、それだけでなくタミヨウをさらって逃走しました。同時に現実チップも失われたことで、放浪皇は再び神河次元に留まってはいられなくなってしまいます。

師匠であり長年に渡って皇国に仕えてきた《皇の声、軽脚》を名代として指名し、魁渡には別れを惜しむよりも尽くしてくれた感謝を告げると、放浪皇は再び不安定な灯に屈していずこかへとプレインズウォークしていってしまいました。

あっという間の再会と別れ……『神河:輝ける世界』の物語の結末は切ないものでした。とはいえ、その後エピローグで語られたタミヨウの様子には、別れの悲しさすら吹き飛んでしまうのですが。

そして魁渡は再び旅に出るに際し、「プレインズウォークに熟達しなければならない」と言っていました。彼のプレインズウォーカー歴は10年以上ですので、それなりにベテランなはずです。とはいえプレインズウォークの得意不得意は人それぞれ。久遠の闇でほかのプレインズウォーカーを追いかけたり、残された軌跡を読んだりといった行動には慣れと技術が要求されます。まったくランダムにプレインズウォークしてしまう放浪皇を追跡するのはたしかにとても難しそうです。

一方の放浪皇は強い心を持ちながらも、とても長い間孤独に多元宇宙を旅してきました。魁渡が自分を探してくれていたというのは以前から知っていたようですが、『神河:輝ける世界』にて念願の再会を果たし、短い時間ではあったけれど一緒の時を過ごせた。それは放浪皇にとってもとても励みに、救いになったのではないか……私はそう思います。

4. 待つ未来は

完成化した賢者、タミヨウ

ファイレクシアがプレインズウォーカーを「完成」させられるようになったということで、魁渡と放浪皇がこの先どんな結末を迎えるのか、それを心配する声が多く上がっています。このタミヨウが公開されたときの衝撃たるや……。なおストーリー記事でタミヨウが登場した以降も、本人のカードと思しきアートがいつまでも出てこなかったため、なにかがおかしいと感づいていた人もいたようです。

ですが実のところ、私はそんなに心配していないんですよ。「大きな戦いに向けて一旦離別する」は生存フラグだと思っています。ほらこれとか。

誘導記憶喪失

魁渡の色は青黒。だいたい悪役に回りがちな色ですが、「幼馴染を故郷に連れ帰る」という一番の目的は間違いなく善いものであり、また彼はタミヨウがさらわれた責任も感じています。ファイレクシアが多元宇宙へと支配の手を伸ばすということになれば、間違いなくそれを止めるために戦うでしょう。

また放浪皇が無事に神河へ帰還するには、不安定なままである灯をどうにかしなければいけません。プレインズウォークを防ぐ《不滅の太陽》の技術でなんとかする、とかできませんかね。『灯争大戦』からそのままなのであれば、ラヴニカに置きっぱなしのはず。

ひとまず魁渡は早いとこゲートウォッチに接触したまえ、ファイレクシアについては多分あそこが一番情報持ってるから……そういえば公開されたばかりの『ニューカペナの街角』ストーリーに気になる描写がありました。

『ニューカペナの街角』サイドストーリー「自由の側」より引用

ビビアンの首筋の毛が逆立った。「新ファイレクシアのために動いているの?」ケイヤがカルドハイムにてその一体と戦ったこと、そして神河にもいたという話はビビアンにも伝わっていた。ファイレクシアとは害毒であり脅威、そしてテゼレットはそれらを媒介しているのだ。

カルドハイムはともかく、神河の話が伝わるの早くないですか?タミヨウがファイレクシアにさらわれたという話も広まっているんでしょうか。またビビアンはゲートウォッチに加入してはいませんが、「プレインズウォーカーの灯は善いことに使うべき」という理念は同じです(これはイコリアのストーリーで語られていました。詳しくは第112回を)。そのためこちらもゲートウォッチと頻繁に連絡をとっているのかもしれません。

5. 連載の今後につきまして

放浪皇についての話は以上になりまして、最後にひとつお知らせです。

躁の書記官

具体的な内容はお伝えできないのですが、2022年4月以降はこの連載記事を書くためのまとまった時間があまり取れなくなるかもしれません。そのため大変申し訳ないのですが、今後は月刊ではなく不定期連載ということにさせてください。すでに今年はこれを含めてまだ2本しか書けていませんね……。とか言いつつ何事もなかったかのように毎月掲載するかもしれません。そのときはそのときで笑ってやってください。

自分の仕事の中でもこの連載はひときわ長く続いていますし、かなり好き勝手にやらせてもらっている楽しいものです。決して完全に止めるつもりはありません。神河のジン=ギタクシアスで1本書きたいなーって思っていたらウラブラスクまで出てきたよ!加減して!!

そして、今年で『オンスロート』発売から20年になります。私のライターとしての原点がこのあたりなので、何としても詳細にストーリー紹介をしたいと思っています。

それでは、いつになるかはわかりませんがまた次回に。

(終)

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若月 繭子 マジック歴20年を超える古参でありながら、当初から背景世界を追うことに心を傾け、言語の壁を越えてマジックの物語の面白さを日本に広めるべく奮闘してきた変わり者。 黎明期から現在までの歴代ストーリーとカードの膨大な知識量を武器にライターとして活動中。 若月 繭子の記事はこちら